雪の夜 作:ナナシノ
「そうだな…“ゆき”の一番都合のいい時間は?」
「私はいつでも大丈夫だよ!」
「うーん…それなら……10時頃はどうかな。」
その時間であれば殆どの店は開店しているだろう。少なくとも
、土曜日であるならば大体開きはじめているはずだ。
「うん!全然問題ないよ!楽しみだな~。集合場所はどこにしよっか?」
「…もしも良ければ、この東屋にしない?」
この提案には特別な意味があったわけではない。お互いの家はまだ知らないが、こんな夜にいるくらいだ。すぐに帰れるぐらいには家が近いのだろう。先ほど本人も言っていたから間違いはないだろうし、来るのにかかる手間も少ないだろうと思っただけ。
自分も大して離れていないから、お互い楽な方がいいはずだ。
ただそれだけだった。
「……うん!10時にここに集合ね!」
“ゆき”は目をキラキラと輝かせてそういった。
喜ぶようなことは何もないのに。むしろ社会人になって公園に集合なんておかしいといわれることも考えていたのに。
「良かったぁ。成長していても“よる”はやっぱり昔と変わらないでいてくれて。」
「…さっきは変わったっていっていなかった?」
「もちろん!さっき変わったっていったのはね。昔と比べて人との接し方というか、視野が広がったように感じたから。変わってないのは根っこにある、すっごく優しい所だよ!」
優しい?今までの会話のどこにそんな要素があったのか。
会話をするのに時間もかかる。話をきかず、考え込むようなところばかりみせていて、少しも優しさなんてなかったはずだ。
「とにかく!明日はちゃんと時間通りにここに来てね!私、ずーっと待ってるからね!いつまでもこなければ家に押し掛けちゃうからね!」
「わ…わかった…。…遅れないように気を付けるよ。」
「約束だよ~?それじゃあお互い風邪引かないように、そろそろ帰りますか~。」
「そうだね…。かなり身体も冷えてきているし、明日に響かないよう早く帰って休もうか。」
「もし風邪を引いたら連絡してね?すぐに看病にいくからさ!」
「そうならないように気を付けるよ。ありがとう。また明日。」
「うん!また明日!私はまだもう少しここにいるから、先に帰ってて?」
「…?…わかった。風邪、引かないようにね。」
そういって“ゆき”と別れて自分は帰路についた。
家までは公園から徒歩で大体10分ほどで着く。そこまで離れていないが、雪も降っている。足を滑らせないように気を付けながらだと少し時間がかかるが仕方がない。転んで怪我をしてはどうしようもないからだ。風邪を引くのもよくないが、怪我はもっとよくないだろう。最悪仕事に関わるからだ。
そんなことを考えていると、ふと先程のことを思い出す。
まさか昔遊んだ友人に会えるとは。自分にとって“ゆき”は初めての友人といえるだろう。人に関わることのなかった自分が初めて自分から家族以外で関わりにいった人だ。
今の今まで忘れていたとはいえ、自分にとってのターニングポイントになった人物だ。彼女がいなければきっと変わらないままだっただろう。
そうして、彼女と出会った時のことを思い返す。
確か…
彼女と初めて出会ったのはあの公園だ。その時の自分は小学生で、他のクラスの人間はグループを少しずつ作り始めているような時期だった。その時期の自分はまだまだ他の人と会話は愚か、遊ぶなど考えたこともないような時だった。
当然そんな自分はクラスの異物であり、腫れ物のような扱いを受けていた。それはそうだろう。自然界でも群れに馴染もうとしないものは排斥されるに決まっている。まだ幼い子どもたちは己の感じるように振る舞うことは仕方がない。ただ、そのときの自分はそうされても少しも気にならなかった。
自分が気にしていたのは家族のことで、それ以外は適当に終わらせられればそれで良かったからだ。ある程度真面目に授業を受け、テストではほどほどの点数をとっていればそれで良いとすら思っていた。
ただやはりそれだけではいけなかった。今となってはわかりきっていたことではあるけれど。
始めは数人からの陰口だった。そこからクラス全体に広がり、今度は無視されるようになった。けれど授業で必要なときは最低限会話していたからまだよかった。
無視や陰口では収まらなくなってきたのだ。私物を壊されるのは当たり前。直接的に危害を加えられることも増えていき、身体には傷が出来ることが多くなった。
そうなってようやく周りの顔色を伺わねばならないことに気が付いたのには、我ながら愚かとしかいいようがない。
率先して会話することもなく、平凡な自分よりも、大多数の人間の方が優先されるのは仕方ないことだった。
両親は自分の子どもがいじめを受けていることには気付いていた。
もちろん心配してくれていたし、何度か学校側に抗議もしてくれていた。けれど状況は変わることはなかった。担任が少し注意して、表面上だけ謝って、それでおしまい。もっと分かりづらく、もっと陰湿になるだけだった。
それでも何度か抗議を入れてくれていたが、学校側はもう終わった話として片付けていた。何時からか、両親は教師たちからモンスターペアレントのような扱いを受けるようになってしまっていた。
引っ越しをしようにも家に余裕はなく、泣いて謝られたことも覚えている。
ただ、一つ下の妹は自分を反面教師としていたお陰か、自分とは真逆にクラス内に友人が多かった。それもあって、家に余裕があったとしてもきっと引っ越すこともなかったとは思うが。
そうして学校に居場所のない自分を、気分転換にいつも連れ出してくれていたのが、あの公園だ。
家と自分のいっていた小学校は離れており、近くに同じ学校の人間はいなかった。だから安心して遊べると考えてくれていたのだろう。
その日は平日で、雪が降っていた。丁度今日のように。
しんしんと降り積もる雪を見ながら、1人でいつもの公園に向かっていた。防寒対策は万全で、もこもこのマフラーと手袋をつけて、普段とは異なり意気軒昂に歩いていた。いつもは妹と母も一緒にきていたが、その日に限って妹は熱をだしてしまっていたのだ。
妹は冬が好きで、雪が降ると大層喜んで遊びにでかけていた。雪だるまや雪うさぎが大好きで、雪が降る度に作るほどだった。そんな妹が悲しそうに外を見ていたものだから、居ても立ってもいられず、自分から母に公園にいきたいと言い出したのだ。母は看病のため妹の側から離れられず、1人でいくことになった。
道中は特に何事もなく、無事に公園につくことができた。
この辺りは子どもが住む家が少なく、いつもきていても殆ど見たことがなかった。たまに来る人はいるが、こんな日にくる人は少数だった。
だから、傷だらけで季節に見合わない服装の子どもはすぐに目についた。自分と同じくらいの年の頃だろうか。服のあちこちに穴があり、そこから覗く肌には無数の傷があった。足には靴も靴下もなく、真っ赤になり傷だらけの素足がなんとも痛々しかった。
何よりも目を引いたのはその子どもの髪だった。この日本という国ではなかなか見かけることの少ない、雪のように白い髪。自分の学校にはハーフの子どもなどいなかったから尚更目についた。
その子は東屋の下で震えながら座っていた。
何時もならば声なんてかけない。どんな状態であれ自分には関係ないからだ。少し反省したからといって人の芯は直ぐに変えられるものではない。同じ学校であるわけでもなく、近所で見たことのある人というわけでもない。無視したってよかったのだ。
ただ……その姿が少し自分に重なっただけだった。自分はあそこまで酷いわけではないし、一緒にするのは相手に失礼になるだろうけれど、それでも傷付いたその子が学校での自分を思い起こさせた。
それでもここで無視するのは簡単だ。重なったからといって行動しなければいけないわけではない。
だが
そんな自分をみて両親は褒めてくれるだろうか?妹は喜んでくれるか?
そうと決めたら行動は早かった。
「ねぇ。」
「……」
「ねぇってば。」
「……?」
「そこのきみにいっているんだよ。白い髪のきみに。」
まるで自分に話しかけられることなど考えてもみなかったかのように、その子は目を瞬かせた。
「ぼくにいってるの…?」
「そうだよ。他に誰がいるの?きみしかいないじゃないか。」
「きみは誰?どうしてそんな格好をしているの?いつもここにきているけれど、きみは見たことがない。何処からきたの?」
そう次から次へと質問を飛ばしてしまったことは今思えば失礼だったろう。初めから口調は崩れており、とてもじゃないが初対面でするようなことではなかった。
「えっと…ぼくは…」
見るからに戸惑っている子どもを置いて、自分は勝手に話続けた。
「いいや、きみは今から“ゆき”だ。今決めた。少なくとも自分はきみをそう呼ぶことにする!」
「それで、そんな格好で寒くないの?いくらきみが雪みたいだからってその格好じゃ風邪を引いてしまうんじゃないかな。」
あまりに自分勝手な言い分に、呆気に取られていた“ゆき”はそれでも
「…寒いよ。でもこの服以外はほとんどないんだ…。」
「手袋もマフラーも?」
「う、うん。もらったこともないよ。」
「そっか…。ならさ、このマフラーと手袋をあげる。その代わり、一緒に雪だるまと雪うさぎを作って欲しいな。1人でやるのは寂しいから。」
「…いいの…?」
「もちろん!自分から言い出しているんだから、いいに決まっているじゃないか。後は……そうだ!下は難しくても、上着なら貸してあげられるかもしれない。流石に上着をあげることはできなくても、貸すぐらいだったらきっと大丈夫だから。」
意識的に傷に関しては触れず、その時に自分ができることをしようと思った。自分だってよく知らない人に触れられたくなんてないから。自分が嫌だと思うことは人にしないように、なんて昔から両親によくよくいい聞かせられていた。
いかんせんとった行動がいささか強引だったことはお恥ずかしい限りだが。
子どものときのことだ。配慮が足りなくとも少しは多めにみて欲しい。
それはさておき、自分と“ゆき”は二人で雪うさぎを作っていた。雪だるまよりは持って帰るのに苦労はしないし、なにより可愛らしい。
“ゆき”は雪うさぎを作ったことも見たこともなかったらしく、目を輝かせていた。
「…これ!これすごくかわいい!こんなにかわいいもの初めて見た!」
「…大げさじゃない?こんなの、誰にでも作れるよ。丸めて耳と目を着けるだけでできるんだから。」
「ほんとに?…ぼくなんかでもそんなにきれいにできるかな。」
不安げに此方を見やる“ゆき”に被せるように、
「できるよ。絶対。できなくても、一緒にできるまで付き合うからさ。」
「それに、きれいじゃなくてもいいんだよ。きみが作りたいと思って、一生懸命作ればそれが最高なんだから。」
「もし馬鹿にしてくるよるな人が居たら自分が怒ってあげるから。何も気にしないで好きなようにすればいいんだよ。」
似合わないことをいったことはその時の自分にも分かっていた。けれどあんまりにも不安そうだったから、元気付けようと色々いった記憶がある。今ならきっと口にはだせないだろう。
「…うん!やってみる!」
そうなってようやく“ゆき”から笑顔が溢れた。
素足の“ゆき”には大変だろうと近くに雪を持っていき、二人で作り続けた。気付いた頃には雪うさぎは7匹できていた。
少し不恰好な雪うさぎを心底嬉しそうに眺める顔を見ていると、もうそろそろ帰らねばいけない時間が近付いていることを思い出した。
「ごめん!もう帰らなきゃいけない時間になっちゃった…。」
「…え?」
まるで今生の別れかのように悲しむ姿をみると、先ほどまでの笑顔からの落差で自分がひどいことをしているように感じた。
「…大丈夫だよ。いつもこのぐらいの時間まではここで遊んでいるんだ。もし家が近いのであれば、また今ぐらいの時間にきてくれればまた会うことができるから。」
「…!うん!ぜったいまたくる!やくそくだよ!」
「…約束。わかった。また次も遊ぼう。今度はもっといろんな遊びを考えてくるから。」
「うん!…あ、あぁっ!」
「どうしたの?」
「きみの名前、ぼくきいてない!」
「そうだったっけ?ごめん…忘れてた。自分の名前は…。」
「ちょっと待って!やっぱりぼくが決める!」
「え、えぇ…?」
急に名前を聞かれたかと思えば、今度は自分で考えると言い始めた。名前を考えることなんてあるのか?と疑問に思っていることに気付いたのか、
「だって、きみはぼくのことを“ゆき”っていうのに、ぼくからは普通に呼ぶのはなんかやだ!ぼくだってきみに名前をつけたい!」
確かに、よく考えてみれば自分が先にその子に名前をつけていた。
そうなれば大人しく名付けを待つほかなかった。
「…うーん…うーーん…。」
自分の顔や体をじーっと見られながら耐えていると、
「きまった!」
と大きな声で叫んだ。驚いて肩が跳ねる。
「うわっ!」
「…あっ!ごめんなさい…。」
「いや、大丈夫だよ…。それでなんて名前?」
「えっとね、きみの髪の毛はとっても真っ黒でしょう?」
「まぁ…一般的ではあると思うけど…それで?」
「うん。だから、きみの名前は“よる”だ!」
意気揚々と名前をいう“ゆき”。余程嬉しかったのだろうか。何度も繰り返していた。
「えへへ…“よる”…“よる”…ぼくたちだけの名前…。初めてのお友達…。」
何だか様子が少しおかしかったが、時間も迫ってきていることだからそのまま流してしまった。或いは自分も気分が良くなっているのかもしれなかった。こんな風に家族以外と遊んだことは殆どなかったから。初めての経験にこちらもなんだか楽しかった。
最近は特に同年代で和やかに過ごすことなどとんと無かったのだ。
気が緩んでしまうのも仕方がないだろう。次に“ゆき”に会うのが今から少し楽しみになっていた。
しかし、いよいよ時間がなくなってくるとなれば動かざるをえない。子どもの足で明るいうちに帰るためにはそろそろ出発しなければならないからだ。ただでさえ普段から心労をかけてしまっているのだ。それ以上心配をかける必要はない。
「それじゃあ、また。この時間に会おう。」
「う、うん!またね!」
そういって自分達はそこで解散した。もちろん雪うさぎを二匹、忘れずに。最初に自分が作った雪うさぎは“ゆき”に渡した。次に二人で作った二匹を連れてきたのだ。いつもの自分の雪うさぎと、不恰好だがどこか愛嬌のある雪うさぎ。残りの四匹は東屋に置いてきた。
家に帰ると玄関先に心配そうな母が立っていた。もっと早くに帰ってくるはずの子どもが暗くなるギリギリの時間に帰ってきたのだ。
親としては心配で仕方なかっただろう。顔を会わせて早々抱き締められた。…今度からはもっと早く帰るように気を付けなければ…と強く思った。
そのまま家に入ると、すぐにお風呂に入るようにいわれた。
その時に、持っていっていた防寒具はどうしたのか、と聞かれた。
「友達にあげた。」
というと、ひどく驚いた表情を浮かべていた。それはそうだ。今の今まで友達の
その日以降、両親と妹以外にもう1人。一緒に遊ぶ人間が増えた。
何度も会うにつれて、どんどん“ゆき”は明るくなっていった。本来の性格はこちらなのだろう。いつもにこにこと笑っていることが多かった。
けれど、その服の下にはいつだって傷があった。お互いそれについては触れることはなかったし、それでいいと思っていた。傷があったって関係性は変わらない。むしろ、それがあることで仲間意識すら芽生えていた。
そうしているうちに、“ゆき”はあの公園に来なくなってしまった。
今度こそ続きません