貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ですわお嬢様
何か書けたので、もう1話だけ投下します。
異教徒による、後方地域への襲撃。
物資集積地であったサンタルニャ市が、焼き打ちを受けた。
その報が知らされたのは、俺たち自身は十分な補給を受けて、動けるようになってからのこと。報告と同時に、クローデットさんは司令部の天幕へと呼び出されたのだった。
そして現在、俺たちはイスペリア軍司令部の天幕で、目の前の艶気のある女性から、事の次第を教えてもらっていた。
本来なら呼ばれていたのはクローデットさんだけだが、副官という立ち位置で同行を許してもらったのだ。
「物資集積地だったサンタルニャ市が焼き討ちを受けた、ですの?」
「ええ、丁度輸送隊がサンタルニャ市を出立するタイミングで、門が開いたところを、迅雷の如き異教徒の騎馬隊に蹂躙されてしまったそうで……」
目元に泣きぼくろがある、黒髪な妙齢の女性。
この人こそが、このイスペリア北西平定軍の司令官であるメンドース将軍。
出征前に宰相が、油断ならない人物だと溢していた相手であった。
「侵入者は撃滅できまして?」
「いえ、残念なことに……。混乱する守備隊を尻目に街に侵入し、物資を集積していた倉庫を放火した後は、悠々と敵は引き上げていったそうです。これで、物資の4割が使い物にならなくなりました……」
その妙に色っぽい人から受けた説明は、快進撃を続けていたイスペリア軍に初めて傷が付いた報告。実に悲しそうに、その事実を口にしている。
……宰相とは別ベクトルで、演技がかっている人みたいだ。
「では、物資を完全に充足させるまで、出立は延期するおつもりなのですの?」
「それは出来ません。これ以上の遅延は、異教徒本隊の来援を招くでしょう。諜報部によれば、敵は著しく規律が乱れている様ですが、それでも2週間程で動き出せるとの報を受けております」
ただ、戦局自体はよく見えていて、情報を何よりも大事に扱っている。得た情報から、おおよその展開を逆算して、やらなければならない事を策定できているのだから。
「それでしたら、これまで通り……いえ、それ以上の速さで進軍するべきなのでしょうね」
クローデットさんの言に、無礼を承知で口を挟みそうになった。
これまでも、結構の速度で進軍してきた。それ以上となると、もう補給がどうとか考えている暇はないだろう。
……最悪、略奪しながら進軍することになりかねないから。
けど、俺が抱いた懸念を、将軍は小さく首を振りながら否定した。
「いえ、いいえ、それには及ばないのです」
「どういうことですの?」
「──敵が一ヶ所に、エーラ川に集結しているからです」
その言葉に、思わず顔を顰めそうになった。
ここまで悠々と進軍できたのは、諸侯達が出撃を拒んで籠城に徹していたから。
本来ならば城壁が進軍を阻むが故に、クルアン教徒達の援軍が来るまで耐え凌ぐプランとして、籠城するのは悪い方策ではなかった。
今回に限っては、常識外れの破壊力を持ったマリーナ騎士団の破城丸太に、常識ごと城門を破壊されただけで。
このまま、籠城に拘り続けてくれたら、各個撃破で大した損害なく進軍を続けられたであろう。
ただ、打って出てくるというならば話は別になる。
諸侯達が意思を持って集結している。
それは即ち、彼女達を取り纏める者が現れたことを意味しているのだから。
「決戦を挑んできた、ということですわね」
「決戦を強要している、が正しいかもしれません。物資を焼かれた私たちは、敵の本隊が来るまでに進軍しなくてはなりませんから」
多分、将軍の言うことは当たっている。
敵は一貫した意図を持っている、一連の動きに形がある。
こちらの動きをコントロールし、戦略的に先手に立とうとしていのだ。
「乗せられておりますわね、罠があるかもしれませんわ」
「あるかもしれませんが、それでも進まざるを得ません。ですが、そうですね……」
クローデットさんの問い掛けに、将軍はわざとらしく悩ましげな顔を浮かべた後に──俺の方へと、視線を寄越した。
柔らかそうな黄色い瞳は、何故か爬虫類を連想させられて思わずビクリと体を震わせてしまう。
「マリーナ騎士団の軍中占い師さん、どうか私にも宣託を授けてくださりませんか?」
そうして、微笑みながらこの人は俺の役職を知っているのだと、マリーナ騎士団の事情にも詳しいと示したのだ。
「……小生が如き言で、将軍のお耳汚しを致すわけにはまいりません」
「まあ、本当に男の子なんですね。ふふ、どうかフードも取ってくださらない?」
興味深そうに、俺への興味を隠そうとしない将軍。
思わず、一歩退きそうになる。
だが、そうなる前にクローデットさんが、そっと俺の手を握ってくれて。
「閣下、ワタクシは嫉妬深いので、どうかご容赦くださりますよう願いますわ」
堂々と、将軍に対して否を突きつけてくれた。
怖がっていたのを察知して、守ってくれたのだ。
……俺が女の子だったら、多分恋に落ちてた、危ない。
「あら、それは……仕方ないですね」
将軍も本気でなかったのか、フードについてはすぐに引き下がってくれた。
「ですが、宣託はぜひ聞きたいです。それは構わないでしょう?」
代わりとして宣託、俺の考えを聞かせて欲しいと要求してきたが。
「構いませんわ。ね、ジルベールさん」
フードと違い、こっちはクローデットさんは拒否しなかった。逆に、見せつけてこいと言わんばかりに、期待している目をしてて。
俺のことを、自慢したくて仕方がないって気持ちが溢れていた。
そんな目をされたら、期待に応えたくなる。
それを自覚した瞬間に、俺は小さく頷いて。
「では、僭越ながら占いの結果を、将軍にお伝えします」
少しだけ、格好を付けてみることにした。
将軍がどんな意図で、俺なんかに話しかけてきたのかは分からないが、今はクローデットさんに恥を搔かせるわけにはいかないという気持ちで。
「まず一つ目に、敵軍は烏合の衆です。一箇所に集まってみせても、その実態は継ぎ接ぎにすぎず、それを結合させている要素さえ除ければ瞬く間に自壊します」
「結合させている要素とは?」
「勝ち目があると諸侯側に思わせて、出兵させた策のことです。これさえ除ければ、敵の士気は著しく減衰するでしょう」
手始めに、勝ち筋を提示した。
条件を設定することで、どう行動すれば良いのかを明確化するために。
「次に、敵が河川を戦場に選んだ理由。これは、渡河してきた敵に対して有利に戦えるという理由もあるでしょうが……」
「水を使うことを考えている、と?」
「ご推察の通りです」
続いて、敵がどのような手札で戦おうとしているのか。勢いのある敵に、一撃で大打撃を与える方法は何か。
考えると、答えはすぐに出た。
奔流の計、これしかない。
河の上流部を堰き止め、敵が渡河するタイミングでダムと化した堰を取り壊す。
これにより、渡河最中の敵軍は小規模の津波にさらわれて、下流で屍を晒す事になる。
敵を一撃で葬り去るなら、奔流の計か火計、それか卓越した指揮官による野戦での包囲作戦と相場が決まっている。
烏合の衆の敵を纏め上げるなら、それくらいド派手な算段を立てるしかない。それさえ発動すれば勝てると、諸侯達は思い込んで踏み止まれる。
逆にいえば、その切り札さえ封じてしまえば、敵の士気は崩壊するということだ。
「最後に、敵を纏め上げている指揮官について。これは異教徒の者で、間違いありません」
「断言ですか?」
「はい、諸侯達に突出した人物はありません。故に、背景に大きな武力を有しているクルアン教徒の人物しかありえません」
恐らくは、サンタルニャ市に攻撃を掛けたのと同一人物。本隊がいまだに動けないから、手勢だけで出来ることをしてきたのだと思う。
そこまで話して、以上ですと頭を下げた。
占いという体にしては、余計なことを喋りすぎたかもしれない。
けど、クローデットさんの期待に応えたかったから。自慢の相方だって思って欲しくて、少し張り切ってしまったのだ。
「ジルベールさん、完璧ですわ」
そして、クローデットさんはそう言ってくれた。
小声でこっそり、でも笑顔は隠さずに。
欲しかった反応が返ってきて、思わずニヤケてしまう。幸いにも、フードのお陰で見られることはなかったが。
「決戦に際してはエーラ川上流に別働隊を派遣し、堰を管理している敵を叩くのが吉、ということですね?」
そして、端的に今の内容を纏めた将軍の言葉に頷く。おおよそ間違ってないし、必要な行為であるから。
それに、将軍は少しの間だけ沈黙して。
「…………敵がそれ以外の策を取るとしたら、どうするか占って頂けますか?」
困った顔を形作りながら、そんな問い掛けをしてきた。
さっきの答えは、物足りないと言わんばかりに。
それに、こちらも困ってしまう。
奔流の計が、敵が取りうる最善の策だと思うから。
「他の、ですの?」
クローデットさんも同じく疑問に思ったようで、怪訝そうに問い掛けると、将軍は困った顔のまま頬に手を当てて。
「ええ、他のです。今回の敵将は、先手を打って戦場を描いている。今回の戦で、初めてこちらが後手に回らされた相手。その人物が、最善だからと常道の範疇で動くのでしょうか?」
大変正しく、納得させられる発言をした。
確かに、言われてみればその通りである。
敵は、ばぁやの言うところの虚を突くことが出来ることを、物資集積地の焼き討ちで証明してみせた。
なのに、今回は衒いなく常道を持って戦うだろうと考えるのは、些か楽観的だった。
だとしたら、敵はどうしてくる?
烏合の衆で、どう戦おうとする?
先の焼き討ちを見るに、敵手は積極的な用兵をする。けど、その積極性が発露させるには、兵の質が低すぎる。
まともに正面からぶつかったら、諸侯軍は瞬く間に瓦解するはず。では、正面からぶつかっても瓦解させなくするためには、どういう策を取ってくる?
考えて、考えて……あぁ、と気がついた。
俺なら絶対できない様な、そんな策といっても良いのか分からないものを。
「もし、敵が大胆不敵を通り越して、気宇壮大な人物であるのなら……この様に布陣すると思います」
天幕にあった地図の、ある部分を指差した。
すると、それを見たクローデットさんは目を剥いて。
「あ、あり得ませんわ!」
一語で、その布陣場所を切って捨ててのけた。
そう、あり得ない。
普通ならやっちゃいけないと一目で分かる。
指揮官として当然の感覚である。
うん、やっぱりクローデットさんは、真面目で素敵な指揮官だ。これからも、しっかり支えていかなきゃ。
「けど、こちらの虚を突き、兵を戦える様にするにはこれしかありません」
けれど、それはそれとして、あり得ないと思えてもハナから考えない様にするのは問題だ。俺も最初は選択肢から除外してしまっていたから、あまり人のことは言えないけど。
「……そう、でしょうけれど」
「してくるかはともかく、仮定として想定しておくことは大事です」
あり得ない、ということこそあり得ない。
ばぁやは、虚を突くために常識外れの行動をして来る相手がいるとも言っていた。
常識から外れた時、失敗した人物は愚か者と言われる。
では逆に、成功した人物は……。
「──相手が天才、英雄の可能性だってあり得ますから」
そう、紛れもなく"持っている"人物だ。
天才がそこら中に跋扈しているわけではないけど、敵に古代中国の韓信将軍やカルタゴのハンニバル将軍が突如として現れるかもしれない。
限りなく可能性は低いけれど、そのもしもを想定しておくことは必要だって思う。少なくとも、軍師の俺は。
そんな言に反応したのは、クローデットさんではなくて……。
「ええ、そうですね。敵を侮るなかれ、自分には想像もつかないことをしてくるかもしれない。……かつての異教徒の軍勢の様に」
さっきまでの当たり障りない微笑みとは違う──悪知恵の働く狐みたいな、そんな狡猾な笑みを浮かべていたメンドース将軍だった。
一歩引いてしまいそうになる表情、単純に怖いと感じてしまう気配がある。けれど、当の将軍はそれを気にした風もない。ただ、妙なやる気を漲らせている様にも見えて。
「ふふ、お陰で解が出せました。感謝致しますわ、ジルベール・ネイさん。流石は常勝不敗を誇る、マリーナ騎士団の軍中占い師殿です」
感謝の言葉を述べながら、そっと将軍は顔を近づけてきた。
そうして、耳元に一言。
「──オクタヴィア殿に入知恵したのは貴方ですね」
そっと、冷たい声音が耳を駆け抜けた。
背筋が粟立つ、一歩後ずさってしまう。
悪意は感じられないのに、どこまでも温度を感じさせない声だったから。
思わず将軍を見ると、彼女は何事もなかったかの様に曖昧な笑みを浮かべていて。
「ふふ、宮廷道化師殿、どうか私とも仲良くしてください。いま仲良くしているお友達より、より尽くしてあげられますから」
露骨なまでに、宰相に肩入れしすぎるなと釘を刺し、言い終えると退室を促した。
話したいことは話せたと言わんばかりに。
そうして部屋から出た後、俺とクローデットさんは顔を見合わせてから深い溜息を吐いた。
メンドース将軍、見識は深いけど、宰相の言うように油断ならない人みたいだったから。
敵にしたら陰湿なタイプなんだろうなぁ。
……宰相、見捨てちゃダメかなぁ。
「クローデットさん、全部ダメになったら一緒に逃げましょうね……」
「ですわ!?」
空を見上げると、俺の内心みたく曇天で。
どうしてか、その曇り空にドヤ顔の宰相と、"拾ったからには面倒を見ろ"とプラカードを掲げているベラの姿を幻視した。
深々と二度目のため息が出たのは、言うまでもないことだった。
イスペリア軍は迅速に出立の準備を始めた。
焼き討ちを受けたのは兵糧が中心だったので、軍の編成自体はスムーズに進められたのだ。
そうして、槍兵を中心とした部隊を編成し終えた開放軍司令官メンドースは出陣を号令する。
目的地は、敵の集結しつつあるエーラ川。
イスペリア北部有数の河川であり、北部と南部を縦に長く横断する要衝。
諸侯軍の最後の要害と言って良い場所であり、野戦を仕掛けるにはここしかない地点であった。
その地点へと、イスペリア軍は急行して。
川が見える位置まで到達した瞬間、皆が息を呑んだ。
敵軍は──河川を背後にして布陣していたから。
メンドース将軍が、予期していた通りに。
──背水の陣、敢えて自軍の退路を立つことで、兵卒に逃げない覚悟を決めさせる布陣。
多くの将軍が逆転劇を夢見て布陣し、その大多数が無惨に破れて命を代価として支払うことになった、軍事上避けるべき愚形。
敵は、公然とその策を使用してきたのだ。
その事実に、背筋が騒ついた。
今回の戦いは、容易ではない。
勝つにしろ負けるにしろ、敵は死に物狂いでくる。それを、視覚的にはっきりと理解した瞬間であったからだった。
では、今度こそ皆様良いお年をです。