貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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感想返しがまだで申し訳ないのですが、一旦書けたので投稿させてください。
感想の方は、後ほど返信させていただければと思います!


第24話 あすなろ

 

 その日、イスペリア王国臨時王都バローラは、歓喜の声に満ち溢れていた。

 出征した軍が、栄光の下に凱旋したからだ。

 

「イスペリア王国万歳! イザベラ陛下に栄光あれ!」

 

「イスペリア軍が遂に復活した!」

 

「名将メンドース将軍は私達の盾にして矛だ!」

 

 口々に出征軍を讃える民衆。

 その中でも、特に口端に登ったのは……マリーナ騎士団のこと。

 

 

「マリーナ騎士団が先陣を切って、1週間で10以上もの城を落としたんだって!」

 

「騎士団長のクローデット・ジラール女史は、古今無双の伝説の騎士だよ!」

 

「何かね、丸太で全てを破壊する無敵の騎士団なんだって!」

 

「なぜ丸太……?」

 

 

 大歓声の中、イスペリア軍の兵士やマリーナ騎士団のみんなは、誇らしげに手を振っている。

 

 自らを讃える民衆からのそれを、それが正当な権利と言わんばかりに。

 

 それを眺めながら、俺はみんなの影に隠れていた。

 色々と、こもごもと、何だか後ろめたくて。

 

 歓声の中にいると、自分だけがシミに思える。

 居心地が悪くて、落ち着かない。

 場違いな場所に、迷い込んだみたいだ。

 

「おにーちゃん、人がいっぱいで怖いの?」

 

 そんな有様を見たサラが、心配そうに近寄ってくれた。

 

「大丈夫? サラ、手、握るよ?」

 

「……ううん、ごめん、大丈夫。ちょっとね、この前の戦いで、あんまり役に立たなかったから」

 

 小さなサラに心配を掛けてしまったことに焦りを覚えつつ、慌てて弁明すると、サラはこてんと首を傾げた。

 

「そんなこと言ったら、サラは戦場に出てないよ? でも、ここに居る。お馬さんの世話、ちゃんとしたから」

 

 ごく自然と、そんなことを言って。

 

「……うん、サラがお世話してくれた馬のお陰で、すごく助かったよ」

 

「だよね? だったら、みんなの占い師さんをしてたおにーちゃんも、怖がらなくて大丈夫なんじゃないかな?」

 

 そう指摘されて、空を見上げた。

 いつも通りに曇っていて、どんよりとした空を。

 

「……ありがとう、サラ」

 

「えへへ、どういたしましてなんだよ!」

 

 取り敢えず、サラの頭を撫でて誤魔化した。

 そうじゃないんだと、口に出しては言えずに。

 

 ──歓声が、耳に痛い。

 ──心の置き所が、分からなくなるから。

 

 

 

 

 

 気が付けば、バローラの行政府前に居た。

 

 ベラと宰相がバルコニーから兵達に労いの言葉をかけて、肉とパン、それに酒が振舞われる。

 

 兵士達は群がりながら配給に列を成し始めて、その間にイスペリアの指揮官達やクローデットさんは、行政府へと入っていった。

 

 これから、論功行賞をするためだ。

 如何にこの戦で手柄を立てたかを主張して、権利を得るための儀式。

 

 多分、中はドロドロとしている。

 なのに、俺はここに居る。

 

 クローデットさんの補佐役なのに、中じゃなく外に。

 

 

『ジルベール、くん?』

 

『あ、エレーヌさん……その、お久しぶりです』

 

 さっき、エレーヌさんに会ったから。

 調整役としてバローラに留まっていた、俺より交渉が出来る人に。

 

『何か、あったんだ』

 

『……はい』

 

 俺の顔色を見ただけで、エレーヌさんには今の心情が伝わってしまっていた。

 

 エレーヌさんが流石なのか、俺が顔に出過ぎるのか。

 多分、両方かもしれない。

 

『そっか……疲れてる?』

 

『……その、ちょっとだけ』

 

 この人には、多分隠し事はできない。

 そんな気持ちで首肯すると、エレーヌさんは優しく肩に手を置いてくれて。

 

『なら、ちょっと休むべきだね』

 

『……え?』

 

『論功行賞には、ボクが出る。顔色が白いし、何か食べた方が良いよ』

 

『……そう、ですか』

 

 今の俺じゃ、クローデットさんの役には立てない。

 エレーヌさんからの、遠回しな勧告だった。

 

 それに、表情を殺しながら頷く。

 面倒くさくなりたくなくて、必死に。

 

『それから、後でクローデットさんとも話した方が良いよ。無茶苦茶こっち、見てきてるし』

 

『…………はい』

 

 チラリと視線を向けると、本当にクローデットはこっちを、俺のことをガン見していた。

 

 視線があっても、微塵も逸らす気配もない。

 逃がさないと、ロックオンされてるみたいだ。

 

 何かを、すごく言いたげな目をしていた。

 

 戦いの後、彼女の胸の中で泣いてしまったこととか、色々と情けなくて、事務的な話しか出来てないせいかもしれない。

 多分、一番心配を掛けてしまっていた。

 

『……エレーヌさん、クローデットさんをよろしくお願いします』

 

『任されたよ。代わりに、ジルベールくんはこの後クローデットさんから逃げないこと。良いかな?』

 

『……はい』

 

 

 そう言うわけで、俺は蚊帳の外にいた。

 このままでは良くないと分かっているけど、中々に上向けない。

 

 パンをモソモソと食べてみても、あんまり味がしない。

 食べてる場合なのかなって、そう思えてしまう。

 

 

 そんな中で、わざわざ俺に声を掛けにきた人がいた。

 

 

「失礼します、ジルベール・ネイ様でありますか?」

 

「そうですけど……何か御用ですか?」

 

 声を掛けてきたのは、給仕をしていた執事の人。

 俺の問い掛けに、簡素に頷いて。

 喧騒にかき消されるくらいの声量で、俺の耳元に囁いた。

 

「陛下より、初めて会った場所でお待ちしていると言付かっております」

 

 それだけ告げて、執事の人は給仕に戻って行った。

 残された俺は、ちょっと呆然として。

 

 でも、ぼんやりとしていても埒があかない。

 他にすることも無かったがために、フラフラと行政府内へと入って行った。

 

 

 

 

 

 そうして、行政府内のとある一室。

 初めてベラと会った部屋で、変わらぬ笑顔のまま彼女は立っていた。

 

「ジルにぃや、よう戻った!」

 

「……ただいま」

 

 いつもの様に、嬉しげに駆け寄ってきた彼女、ベラは、抱きつこうしてきた寸前で、動きを止めた。

 

「にぃや、何があったのかえ?」

 

「……俺って、そんなに分かりやすいかな?」

 

「嘘はつけなさそうな表情筋をしておる」

 

 抱きつく代わりに、俺の頬をムニムニと揉みしだいてくる。

 

 暖かくて小さな手のひらが、何だか心地いい。

 弱っている時には、人肌は心地よく感じるものらしい。

 

 ただ、体面が悪すぎるので一歩距離をとって逃れると、ベラはむぅ、と唸ってから、それでと切り出した。

 

「何かあったのかえ? 届いた報告では、戦は完勝だったと聞いておるが」

 

 ベラの口から出た完勝という言葉に、少しモヤっとした感情が胸に過ぎる。

 

 戦局全体から見れば、それも間違いじゃない。

 報告したであろう、メンドース将軍にも腹は立たない。

 

 マリーナ騎士団は、自らの名声を得るために必死で戦ったから。これからイスペリアで生きるために、懸命に。

 

 ……けど、それでもと胸につっかえるものがあった。

 

「全部終わった後、ちょっと思ったんだ。俺、自分の役割を全う出来たのかなって」

 

 口に出して、ようやく胸の内にあった感情が言語化された。

 そう、胸がつっかえて、モヤつく原因はそれだ。

 

 ──俺はあの時、最善を尽くせたのか。

 ──死んでしまった仲間は、やむを得ない死を迎えたのか。

 

 それが、ずっと胸に引っ掛かっている。

 あの時の俺は、お世辞にも褒められたものでは無かったから。

 

 必死ではあった、懸命でもあった。

 ただ、それが軍師としてのものでは無かったと思う。

 

 部隊の指揮は、アンナさんが代行してくれていた。

 俺に期待された役割は、それじゃ無かったから。

 

 でも、戦いが始まって、血を見て、嗅いでしまった時に、冷静さを失ってしまっていた。

 

 目の前のことを収拾しようとして、失敗した。

 定軍山の戦いにおける、夏侯淵将軍と同じ間違い方に他ならない。

 

 戦争のリアリティに、俺の理性が負けてしまったのだ。

 

 挙げ句の果てに、感情が昂って泣いてしまうなど、本当にダメダメでしかなかった。

 

「納得、いっておらぬのか?」

 

「……そうだね、そうだと思う」

 

 自嘲が出そうになって、堪えた。

 ベラも、サラと同じく気遣わしげな顔をしてくれている。

 

 ベラは王族だけど、まだ小さな子でもある。

 そんな子に、甘えてしまうわけには行かないと、理性が辛うじて働いた。

 

 だから、代わりに誤魔化す様に微笑んで。

 

「心配かけてごめん、ちょっと落ち込んでいるだけだから」

 

 嘘で塗り固めた返事をすると、ベラはジトっとした目をした。

 

「……無理していると、目が言っておる。嘘をつけなさそうと言われた直後に、即座にバレる嘘をつくでない」

 

 そうして、俺のど下手くそな嘘を、一刀両断にしてみせたのだ。

 

 顔が赤くなる、身の置き場がなくなった感じ。

 恥が血を介して、全身に巡る感触がする。

 今の俺、本当にダメな奴だ。

 

「全く、困った奴よな、汝も」

 

 そんな俺に、ベラは呆れを隠さなかった。

 ご尤もすぎて、合わす顔が無く俯いてしまう。

 

「……よし、にぃや。いや、ジルベールよ、よく聞け」

 

 けどベラは、呆れながらも優しげな口調で、宮廷道化師ではなく、ジルベール・ネイ個人へ向けて、こんな話を始めた。

 

「実はの、いま論功行賞の場は、荒れに荒れておる。一時休会になる程、白熱した議論が展開されておるのじゃ」

 

 だから余も、こうして汝に構ってもらう時間ができた、と溢した。

 

 言われて、得心がいった。

 論功行賞中にベラが抜け出す訳にはいかないから、今はお休み中なんだと。

 

 女王が手柄を認め、褒美を遣わすという形式が大切だから。少なくとも、王家の判子を押す係として必要とされている。

 だから、ベラはその場には必要なのだ。

 

 ……でも、そっか。

 合間を見て、わざわざ俺の様子を見にきてくれたんだ。

 

 なんか、ありがたい。

 気に掛けて貰えるのが、温かい。

 

「で、その荒れている原因なのじゃが……何か分かるかえ?」

 

 でも、続けられた問い掛けの意図は、よく分からなくて。

 

「空白地になった領地に、誰が座るのかで揉めてるん、だよね?」

 

 イスペリア軍は進軍中、裏切った諸侯の悉くを誅殺した。その理由と貴族達の欲望を推察して答えると、ベラはその通りじゃがな、と笑いながら頷いて。

 

「合ってはあるが、ちと足りぬ。問題は、誰が一番な功績を立てたか、という点じゃ」

 

 その言葉に、首を傾げた。

 だって、考えるまでも無いことだと思えたから。

 

「メンドース将軍、だよね?」

 

「まあ、普通はそう言うじゃろう。他の貴族も、オクタヴィアでさえ、そうであったら納得したであろうよ」

 

 持って回った言い方に、そうでは無いと察してしまう。

 でも、じゃあどこの誰が、と考えて……気が付いてしまった。

 

 イスペリア貴族に占められているはずの政治的舞台で、あり得るはずがない名前を。

 

「まさか……」

 

 俺の呟きに際して、ベラは意味深に間を使ってから。

 

 

「──クローデット・ジラール団長、メンドースが功績第一に挙げている人物じゃ。数々の城門を破壊し、エーラ川で敵の策を阻止した手腕を高く評価しての」

 

 

 そう、興味深そうに告げたのだ。

 思わず顔を上げてしまった俺の反応を、じーっと見つめながら。

 

「本気かポーズか、それは分からぬ。が、少なくともメンドースは、お主らのことを高く評価しておる。イスペリアに取り込むために、爵位と領地をやれと言うくらいには。……汝のことも含めて、の」

 

 俺の瞬きひとつ逃さないよう、熱心に。

 

「でじゃ、今一度問うのじゃが──」

 

 それでいて、どこか透明な目で。

 

「自らの活躍に、納得がいかぬか?」

 

 俺の心を丸裸にする様に、そんな問い掛けを投げてきた。

 嘘をついても、きっと見透かされるだろう。

 

 

「……ごめん、そういうのじゃ、ないから」

 

 

 だから、隠さずに正直に吐露した。

 子供扱いしてるし、されたがっている子だけれど、今だけは互いにそれを棚にあげて。

 

「勝った負けたの総合的な結果じゃなくて、その時に最善を尽くせたかどうか。預けられた命に対して、自分が真摯に振る舞えたかってことなんだ」

 

 勝ったから、結果が伴ったから良しとしていたら、いつか俺はとんでもない間違え方をすると思う。

 

 

『軍略を嗜むのも、楽しむのも良いでしょう。それは、覇気の現れでしょうから。……ですが、弄んではなりませぬ。人命を消費することに、躊躇がなくなります故に』

 

 

 いつか、ばぁやに教えてもらったこと。

 軍略を学ぶ中で、大切なこととして教えてもらった約束事。

 

 もしここで、認められているのだからと自分に言い訳すると、同じことがあった時に、自己正当化してしまう。

 

 同じ失敗を繰り返し、反省しない人間になる。

 そんなの、軍師以前に人として最悪だ。

 

「慰めてくれてありがとう。でも、ごめん。その理屈を受け入れたら、多分俺が俺じゃなくなっちゃうから」

 

 だから、善意だと分かりつつも謝絶した。

 今度は、間違えないためにも。

 

「ふむ、そうか……。まあ、義理堅いと言うか、汝らしいと言えば良いのか」

 

 観察者の目ではなく、いつもの瞳に戻るベラ。

 ただ、正直なところを話した俺に、ちょっと面倒そうな顔をしていて。

 

「余が慰めようとしても、汝の心には届かぬのぅ」

 

「いや、そんなことは……」

 

 思いやりは嬉しかった。それは事実であると伝えるも、ベラは軽く頭を振って。

 

「汝の気持ちを、今の余では分かってやれぬでな」

 

 そう言って、徐に立ち上がった。

 話は終了だと、そう言わんばかりに。

 

「論功行賞、再開するの?」

 

「いや、それはちと引き延ばす。汝はここで待機しておれ」

 

「……何で?」

 

「話ができる、話を簡単にしてくれる者を連れてくるでな、大人しくしておるんじゃぞ」

 

「え?」

 

 呼び止める間もなく、ベラは部屋を退出した。

 自分に代わり、誰か連れてくると言い残して。

 

 一体誰を……隠れてもいいかな? と考え始めてから、程なくして。

 誰かが、廊下を駆けている足音がした。

 

 かなりの勢いで、象でも連れてきましたかと問いたくなる様な。

 

 おずおずと隠れようとしたところで、部屋の扉が勢いよく開いた。

 

「ジルベールさん、聞きましてよ!」

 

「……クローデットさん」

 

 現れたのは、一番俺を気にかけてくれている人。

 あの戦いから、自分が情けなさ過ぎて、話がしづらかった人。

 

 その彼女が、肩を怒らせながら、つかつかと俺の方へと歩み寄ってきた。

 

 そりゃ怒るよな、論功行賞でだって役に立ててないし。

 ……俺の方が、対話をそれとなく避けていたし。

 

 だから、素直に怒られようと待っていると、彼女は俺の目の前で立ち止まって。

 

 

「ワタクシより先に、イザベラ陛下をお頼り遊ばせるなんて、流石に納得がいきませんわーーーーっ!!!」

 

 

 あっ、そっちなんだということ、悔しげに、地団駄を踏みながらクローデットさんは述べ始めたのであった。

 

 

 

 

 

 クローデットさんは頬を紅潮させ、怒っているのを隠そうとしない。そんな彼女を前にした俺は、平身低頭にならざるを得なかった。

 

「な、なんか、ごめんなさい……」

 

「全くもって、本当にそうですの! ワタクシ、ずっと待っておりましたのよ? 気持ちの整理がついたジルベールさんが、相談に来てくださるのを!!」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

「本当にそうなのですわ! 一人で悩む時間も必要と、寂しいながらもしばらくそっとしておりましたが……よりにもよって、ワタクシよりも他国の女王陛下に頼るのはおかしいじゃありませんの!!」

 

 クローデットさんは溜め込んでいたものを吐き出す様に、のべつまくなくマシンガンの様に話し続けた。

 

 俺が色々と内側に溜め込んでたのと同様、クローデットさんも俺に思うところがあったのだというように。

 

「傷付いているジルベールさんを見て、どんな気持ちでそっとしていたか分かりますの!!」

 

「え、いや、別に傷付いてた訳じゃなくて、反省してたというか……」

 

「ワタクシ、ジルベールさんの相方なのでしてよっ。ずっと見ていたから、分かります。今のあなたは、傷付いているのですわ!」

 

 いやいや、いやいやいや。

 思わず、その論調に反論しそうになる。

 

 確かに、俺は俺の至らなさに苦しんではいたが、だからといって傷付いてるの一言で片付けて良いものかどうか。

 

 そんなことを口籠る俺に、クローデットさんはピシリと断言した。

 

「一つ、貴方は戦闘で知っている顔の死者が出てしまったことが、クッッソ悲しいんですの!!」

 

 けど、ウダウダと渦巻いていた言い訳に似た理屈は、クローデットさんの指摘によって凍結した。

 

 ──悲しんでいる。

 その言葉を、感情を、わざと遠ざけていたことに、今更ながらに気がついたから。

 

 俺の失敗で死なせてしまったのかもしれないのに、悲しむ権利はあるのだろうかと思えて。

 自責の念が、心中に渦巻いていたのだ。

 

「……俺が悲しんでも、良いんでしょうか」

 

「良いに決まっております」

 

 けど、そんな俺をクローデットさんは一蹴する。

 

「行為と感情は別物。自分のせいでという気持ちがあっても、悲しみ自体は本物です」

 

「……そう、ですか?」

 

「例え自分に責任を感じていても、人を悼むのは憚られるものではありません。少なくとも、己の裡に於いては。そもそも、ジルベールさんに悼んでもらえなかったら、それこそ彼女たちが浮かばれませんわ」

 

 感情に理屈を付与されて、納得する。

 自分の中でなら、悲しんでも良いんだと。

 

 ……戦死したみんなは、エーラ川付近の共同墓地に埋葬された。今度、お墓参りに行こうって、やっと素直に思えた。

 

 

 

「次に二つ、貴方は敵に良いようにされたことが憎らしくて、クッッッソ悔しがっておりますの!!!」

 

 けど、素直に悲しみに暮れる間もなく、畳み掛けるようにクローデットさんは指摘を重ねた。

 

 この場で、俺の澱み全てを取り除かんと言わんばかりに。

 

 けど、その指摘に、またも背筋が伸びた。

 悔しい、俺の中にあった感情を、言語化された気がして。

 

 敵の策にもっと早く気づいていれば、もっと冷静に判断して有利に局面を運べていれば。

 

 そんな後悔が渦巻いて、寝床で延々と考えてしまい、眠れない夜があった。

 

 そっか……俺、悔しかったんだ。

 

「悔しいというのは、己が届かなかったと認めた時に発生する感情です。それでいて、高みに行くことを諦めていない時に」

 

「そう、ですね。おれ、もっとみんなの役に、立ちたいです……」

 

 素直に認められた、自身が悔しがっていることを。

 きっと、悪い感情ではないから。

 

「ええ、それでこそですわ。ジルベールさん、あなたはこう思っているのでしょう。──次があるなら、もっと上手くやる、と」

 

 その言葉に、然りと頷いた。

 次は間違えない、もっと正しくやる、と。

 

 微笑みを浮かべて、クローデットさんは認めてくれた。

 次は、きっと上手く出来ますわ、と。

 

 そうして、ちょっとだけ前を向けた俺に、クローデットさんは最後の指摘をする。

 

 

「最後に三つ、ジルベールさん、貴方は──思う通りに出来なかったご自分に、失望していらっしゃるのですわ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間──息が止まった。

 納得するしない以前に、包んでいた心の最深部へと、一気に踏み込まれた気がして。

 

「ジルベールさん、これは大切なことですから最初に述べておきますが……貴方は善戦しました、よくやったと思っております。ワタクシだけでなく、マリーナ騎士団の皆が思っていることですわ」

 

 けど、クローデットさんは止まらない。

 俺の心の底へと、どんどんと潜り込んでくる。

 

「悔しいという気持ちの裏返しは、自分はもっとやれたのにという口惜しさ。本領を発揮し切れなかった、自己評価と現実の乖離。あなたは、思う通りに出来なかった自分が嫌なのですわ」

 

 いや、と首を振ろうとする。

 だってそんなの、傲慢な上に……負け惜しみにしか過ぎないから。

 

 そんな恥知らずが自分だと、認めたくなくて。

 けど、そんな俺を、そっとクローデットさんは抱きしめて。

 

「分かります、分かってしまいます。──ワタクシだって、そうですもの」

 

 慰めるように背中を撫でてくれながら、そう独白する。

 

「クローデットさん、も?」

 

「えぇ、そうですの。ワタクシはもっとやれた筈と、常々そう思っていたのですわ」

 

 けど、俺の心を剥き出しにする代わりに、クローデットさんも自分の胸の内を晒してくれた。

 

 今の自分に隠し事はないのだと、格好をつけることもせずに。

 

「初陣から、イスペリアに亡命するまで。ワタクシ、もっと上手くやれたと思って、後悔することが多々ありましたの。理想の自分と現実のワタクシ、似ていると思うのに伴う結果がまるで別。本当に、嫌でしたの」

 

 ただ、格好を付けずとも、思い遣りだけはしっかりと感じられる。クローデットさんの心の古傷に、嘘偽りを感じないから。

 

「それに……クローデットさんは、どう向き合ったの?」

 

 だから、自然と俺も、自身の傲慢さと向き合えて。

 先達の彼女は、どうやって乗り越えたのかと尋ねると……ちょっと困った顔をして、それでも隠すことなく話してくれた。

 

「……母に見抜かれて、"小娘が、20年は早い"と殴られましたわ」

 

「そっかぁ……」

 

 確かに、そうかもしれない。

 どんな時だって上手くことを運べるのは、天に愛された人だから。

 

 愛されるための努力や才能が必要にしても、今の俺には足りていない。

 

 話を聞いて、少しだけ認められた。

 俺自身の中にある、理想とはまだ距離があると。

 

 失望するのは仕方なくても、それでも、ここで投げ出したかなんてないと。

 

 ──クローデットさんは、そうしてきたのだから、と。

 

 心のモヤが、晴れた気がした。

 沈んでいるだけだったのが、少し上向いた気がする。

 

 みんなのために、俺だってやれることはまだまだあるのだと。

 しなくちゃいけないことは、沢山あると。

 

 

「ですが……ここ最近は、理想に寄り添えておりますわ」

 

 

 でも、クローデットさんの話は、まだそこでは終わらなかった。

 むしろ、一番熱が籠っている、気がする。

 

「それって、何です?」

 

 誘われるように尋ねると、今までで一番明るい声音で返事が返ってくる。

 

「──あなたですわ、ジルベールさん」

 

 軽やかに、弾むような少女の声。

 本気で、そう思っているのが伝わって来てしまう。

 

「お、れ?」

 

「ええ、そうですわ。ワタクシの軍中占い師さん、大切な軍師さん」

 

 抱きしめられているから、イヤでも声が、吐息が、耳元に当たる。

 

 恥ずかしくて、くすぐったくて、体を捩るけれど、クローデットさんは離してくれない。

 

「初めに村へと敵が近づいて来た時、今までのワタクシならば死者を出したことでしょう。ですが、誰一人として死にませんでした」

 

「…………はい」

 

 だから、囁かれる言葉を受けざるを得ない。

 身も心も、距離が取れないから。

 

「バローラへと赴く時、エレーヌさんを用いようともしなかったでしょう。自分だけで何とかしようとして、イスペリアの良いようにされたと思います」

 

「……はい」

 

 思い出に浸るように、近い過去を想起する。

 あの時の俺は、どうだったかな、と思って。

 

 失敗はあった、けど前を向いている。

 ──いつも、隣にこの人がいたから。

 

「そして先の戦い、ワタクシ一人だと敵に不意を突かれて、イスペリアの戦列への攻撃を許したでしょう。戦いに負けて、マリーナ騎士団の名は地に落ちたやもしれません」

 

「はい」

 

 そういえば、と思い至る。

 敵を阻止するあの時は、この人が隣にいなかった、と。

 

「全てが思い通りではありません。ですが、貴方が助けてくださるから、理想に近いワタクシでいられましたわ」

 

「……クローデットさんの助けには、なれてたんだ」

 

「心の底から、ほんっとうに助かっておりますの! ですから、また助けてくださいな。ワタクシ、貴方がいないと理想の自分には、なれそうにありませんの」

 

 抱きしめられる力が、強くなる。

 必要としてると、素肌で伝えてくれている。

 

 ──それに、心がときめいた。

 

「……俺の方こそ、クローデットさんが居ないと半人前の軍師で、それこそエセ占い師です。それでも、いいですか?」

 

「なりましょう、自分に失望(負け)ない理想へ、一緒に!」

 

 その言葉は、何よりも爽やかで。

 俺にとってクローデットさんは、青空なのかもしれない。

 

 そんなことを、ふと思えた。

 胸が澄んで、高鳴ったから。

 

 ──心がとても晴れやかで、今までよりも軽くなった、そんな気がした。

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