貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第29話 誘引

 

 エブラ川に集結しつつあるクルアン教徒の軍勢の中で、アマルは無表情ながらに不満を露わにしていた。

 

 それは、自らが男の子にめためたにされた挙げ句に敗走したから……というわけではない。

 

「……再考、して。今から、近隣の街、攻撃した方が、いい」

 

「お嬢、堪忍くださいよ。あたし、過ぎたることには手を出さない主義なんですよぉ」

 

 天幕内にいる目の前の女、北東部の指揮官であるラービアに起因する不満であった。

 

 アマルと同じ褐色の肌を持ち、アマルの祖母ファイカの下で数多の戦場を往来してきた女。

 アマルも、そつがないと評価していた。

 

 その人物の表情は……非常に気怠げで、やる気が無さげ。

 お給料のために働いてますと、その目が言っている。

 

「このままだと、あの敵、婆のところ、行きかねない。だから、陽動が必要」

 

「お嬢がそう言うから、こうして陣取ってるんじゃないですかぁ」

 

 つらつらと、立板に水が如く流暢に言い訳を並べ立てる。

 ヘラヘラとしながら、それでいて頑固に。

 

「それに、陽動っていったって、奴らどこに潜んでいるかも知れたものじゃないですよ? 街に構っているうちに、背中を強襲されたら堪りませんって」

 

 ただ、完全に無いと言いきれない、一理ある意見でもあった。

 アマルも、それは否定しない。

 

 あの敵は目敏い、嗅覚が良い。

 エーラ川でも側面攻撃を阻止された、油断ならない。

 

「その敵の背後を、更に私が、襲う。そうすれば、勝てる」

 

 けれど、敵の鼻が良いなら、それを利用する手もある。

 

 敵が強襲してくることを前提に、アマル自身が予備兵力兼伏兵になる。

 それならば、問題はないだろうと言い募った。

 

 こちらも街と挟撃される形になるため分は悪いが、上手くいけば包囲殲滅も望める。

 

 あの敵を撃滅できるのならば、多少のリスクを背負い込む必要がある。

 

 そうアマルは判断しているのだが……ラービアは、非常に乗り気でなかった。

 

「そこまでする必要、あるんすか? 因みに、あるなら挟撃される側のあたしの命が危険で嫌ですし、無いならもう撤退しても良いんじゃね、って思ってますよ」

 

 早口気味に、やらない理由を並べ立てる。

 テコでも動かんし、何なら帰らせろと言いたげであった。

 

 これには、アマルも無表情ながらにイラッとした。

 このアマ、それでも戦士なのかと。

 

「……何で、そこまで嫌がる。用兵の機微は、分かってるのに」

 

 不満を隠さず何故をぶつけるアマルに、ラービアは曖昧に笑って言った。

 

「お嬢が張り切り過ぎているからですよぉ」

 

「……私が?」

 

 張り切っていると指摘されて、そうだろうか、とアマルは困惑した。

 

 でも、直ぐそうかもと認めることができた。

 張り切っているのと出撃を拒否するのに、何ら因果関係は無かった為だ。

 

「張り切っている、なら、何?」

 

「お嬢はイキイキしてるってことは、相当に手強い相手ですよね?」

 

 その言葉に、素直に頷く。

 敵は強い、だからここに釘付けにしなくてはならない。

 

 そう進言して、軍を踏み止まらせたのはアマル自身であったから。

 

「敵は最精鋭、今までの山岳人達の軍と、違う」

 

「疑ってないですよ、それは。そいつらに強襲受けて、2500程損害は出てるんです。明らかに異常な相手だってのは、ちゃんと理解してるんすよ」

 

 だからこそ、とラービアは言う。

 

「そーゆー奴らは真面目に取り合っちゃいけないし、隙を見せたら死体になるのはあたしなんです」

 

「……でも」

 

 理屈は分かる、リスクが高いのも。

 

 だが、手をこまねいては好き勝手に暴れられる。

 誰かが、奴らを相手する貧乏くじを引かなくてはならない。

 

 アマルはそう信じているし、理屈の上でもそれは正しかった。

 

 ……ただ、それは貧乏くじと形容できる程度に、相手と応戦できるアマルだからこその言である。

 

「総大将がお嬢なら、それで良いと思います。きっと死なないし、上手くやる」

 

 ラービアは、決してアマルを粗略にしているわけではない。

 むしろ、実力を高く評価している。

 

「でも、今この軍を預けられているのはあたしで、責任があるんです。自分の力量だと失敗しそうな作戦で、ギャンブルする用兵はしたくないんですよ」

 

 だからこそ、自分とアマルの差を理解し、相応でいようとする理性があった。

 

 北東部方面の指揮官に選ばれた理由も、その慎重さ故に大きい失敗はしないとファイカに思われたから。

 

 元より、戦果を上げることを求められてなどいない。

 ラービア自身、それを過不足なく理解していた。

 

「そういう訳でお嬢、今回は潔く諦めてください」

 

 いつの間にか、ヘラヘラした雰囲気は無くなっていた。

 何なら、少し申し訳なさそうにもしている。

 

 そんなラービアを前にして、アマルは更に何か言おうとして……結局、口を閉ざしてしまった。

 

 立場としての責任を説かれると、アマルとしても強要はできない。

 

 指揮官はラービアで、自分には権限がない。

 顔馴染みであることに甘えて、出過ぎたことを言っていたと理解したのだ。

 

「……ごめん。無理、言った」

 

「いやいや、あいつらがヤバいのは事実ですから。ただ、生半な手段や策だと、あたしの手に余るだけで」

 

 なので、アマルは素直に謝罪できたし、ラービアは素直にそれを受け取れた。

 

「……油断、しちゃダメ、だから」

 

 尤も、だからといってアマルが納得できたかと言えば、そうでも無かったみたいではある。

 

 そう言い残して部屋を出た彼女に、ラービアは苦笑と共に見送って。

 

 

「油断したくても、相手がいないとできないですよ、お嬢」

 

 心配性な年少者に、小さく告げた。

 

 動かなければ、向こうから手は出してこない。

 それで良いと、ラービアは考えていた。

 

 自分たちを無視して、イスペリア軍本隊の救援に向かうのならばそれで良し。

 ファイカなら、如何様にでも対処しよう。

 

 大体、ここに留まっていること自体が残業である。

 自身は、役割を十分に果たしているだろう。

 

 そう考えていたからこそ、ラービアは落ち着いていた。

 

 ──その落ち着きが取り払われることになるのは、4日後のことであった。

 

 

 

 

 

「……北部に敵が集結しつつある?」

 

「はい、その数およそ2500程」

 

 今日も何事もなし、となることを望んでいたラービアの下に齎されたのは、周辺のイスペリア兵が集結しつつあるという報告。

 

 数はラービア達の半分だが、問題はその目的。

 どう考えても、エブラ川に居座るクルアン教の軍を撃破するために掻き集められた集団であった。

 

「ちゃんと鬱陶しくはあった。だから、排除目標になっちゃったかなぁ」

 

 面倒臭いという態度を隠さずに、ラービアはこめかみをグリグリと揉みしだいた。

 

 ここに居座られると、動けない。

 ならば、動くためにはエブラ川の敵を撃破すれば良い。

 

 500では無理でも、増援を呼んだから相手になるはず。

 

 ……成程、道理ではある。

 道理ではあるのだが、それはそうと溜息が出た。

 

 2倍の敵にイスペリア軍が突っかかってくることなど、今までなかったから。

 

 そんなことができるのは、勝てる目算があるか余程の自信家のどちらか。

 アマルの話を聞く限りは、多分どっちも。

 

 それを理解して、ラービアは憂鬱になったのだ。

 

「……戦うべきか、引くべきか」

 

 第一に考えたのは、即座に撤退すること。

 

 既に日数は稼いだし、1週間以内にイスペリアとクルアン教側の主力部隊同士が決戦を始めるだろう。

 

 今から北西部に向かっても、決戦にはギリギリ間に合わない。

 

 ……そう、"ギリギリ"である。

 何かあって予定が遅れていれば、間に合うかもしれない。

 

 この微妙なタイミングが、逡巡を呼んだ。

 自分から打って出るつもりはなくても、敵の援兵を素通りさせるのは話が違う。

 

「流石に戦うしかない……」

 

 ラービアは凄く嫌そうに、首を振った。

 化け物みたいな相手に正面から戦いたくはないが、ここでの撤退は大局的に宜しくなさすぎる。

 

「鬱陶しいこと、するなぁ」

 

 勝手にいなくなる分には、知らぬ存ぜぬファイカが何とかするを決め込むつもりであったのに、目の前で蠢動されたら相手をせざるを得ない。

 

 誠に彼女にとって、敵の行動は迷惑千万でしかなかった。

 

 

 

 

 

 そうして、敵は来た。

 エブラ川に布陣するクルアン教徒の軍勢4000の前に、イスペリア軍とマリーナ騎士団の混成軍2000が。

 

 対岸に姿を見せた敵は、悠然とそのまま布陣──しなかった。

 

「は?」

 

 思わず、ラービアは声を出してしまった。

 

 敵がそのまま長蛇の陣、移動用の陣形のまま、対岸にいるクルアン教徒の軍に構わず、河辺の上流を目指すように移動を始めたから。

 

「あー、そうきたかぁ……」

 

 ラービア達の切先を掠めて、そのまま上流──北西部方面へと向かい始めた。

 

 考えずとも、その意図は簡単に理解できた。

 敵は北西部へ救援に向かうフリをして、クルアン教徒側に阻止攻撃を強いているのだ。

 

 どう考えても、それは不利だ。

 万全の防備を整えていた地点を捨てて、自ら渡河して攻撃を仕掛けることになるのだから。

 

 けれど、このまま敵軍を無視すれば、2000もの敵が決戦に間に合うかも知れない。

 

 ──しかも、計算上ではファイカの後ろを取れる位置に。

 

 戦術的には大した数でもないが、戦略的には自軍の後方に現れた2000の兵はあまりに大きい脅威である。

 

 正面からならともかく、後背を突かれれば幾らファイカと言えども手を焼く。

 

 しかも、相手には化け物みたいな攻撃力を持つ奴らも混ざっている。

 

 今回の決戦で敵に大打撃を与え、北西部を奪還するという目的を瓦解させかねない戦力であると、評価せざるを得なかった。

 

 戦術的には、敵が居なくなった北東部を無茶苦茶にするべきなのだが、そうしている間にファイカが背後を突かれて決戦に負ければ全てが終わる。

 

 つまり、誘いであると理解しつつも、クルアン教の軍は渡河して戦いを挑まねばならなくなったのだ。

 

「お嬢が言ってた油断するなって、こういうことだったんだっ」

 

 聞いてた話と違う。

 敵は脳筋みたいな奴らって言ってたじゃん!

 

 ラービアはそう喚きたかったが、現実は非情。

 否が応でも、攻勢に出ざるを得なかった。

 

「全軍、敵を追撃する。とにかく急いで、敵後背に齧りついて!」

 

 慌しく、クルアン教の軍は河辺に築いていた陣地や罠を放棄して、川向こうへと追撃を開始した。

 

 

 

 無論、それはイスペリア側、もといマリーナ騎士団側も察知して。

 

「ここには多分、あの子がいる。なら、エーラ川でやられた分の借り、返させてもらうよ」

 

 反転しつつ迎撃体制を取る中で、占い師の彼は静かに、けれども決意がこもった声でそう呟く。

 

 もう負けないと、心に誓って。

 

 ──エブラ川の戦いが、始まろうとしていた。





tips:後年の誰かとの会話、その一部を抜粋

"エーラ川で、私は負けた。
逃げたのは私、勝鬨を上げたのは、あなた達、だから"

"……自分が、してやられたから、自分の、負け?"

"……あなたのそういうところ、嫌い"

"あなたに一回も、勝てたこと、ないのに。負けたって、被害者ヅラ、するから"
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