貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

33 / 49

今更ながら、エブラ川のとエーラ川の語感が似てて、ややこしいことに気がつきました。
ただ、今更訂正するのも大変なので、このまま行こうと思います。

どうかご了承ください。


第30話 エブラ川の戦い

 

 エブラ川の戦いは、数の上ではクルアン教軍が有利であった。

 だが、地の利を活かしたのは攻撃側である。

 

 クルアン教軍が渡河を敢行し、イスペリア・マリーナ騎士団連合軍が三日月型に陣形を再編しつつ、その軍勢に弓を射かけるところから始まった。

 

「大型の盾を持つ兵士を盾に、歩調を合わせながら前進。隊列を乱さないように!」

 

 降り注ぐ弓に、クルアン教軍はラービアの指揮の元、ゆったりと進んでいた。

 

 時々足が止まりながらも、隊列を維持する。

 数では敵の二倍なのだから、対岸にさえ渡り切ってしまえば面制圧できると信じて。

 

「前衛には構うな、中衛に射を集中しろ!」

 

 一方、岸で全軍の指揮を取っていたベルタは、そうはさせまいと敵の分断を図った。

 

 中衛に攻撃を集中することで足を止め、前衛だけを先行させようとしたのだ。

 

 露骨な狙いにラービアは舌打ちしながらも、無理に足並みを揃えれば陣形がグチャグチャになるのを理解して。

 

「前衛、盾を捨てて先行。五月蝿い奴らを黙らせて!」

 

 逆に、前衛部隊は岸へと安全に渡り切れると判断し、ベルタの狙いに乗ることにした。

 

 前衛部隊の総数は1500。対岸の敵に数では負けているが、前衛に拘っている間に自分達が上陸してしまえば良いと判断して。

 

 両者の読みが一致したまま、戦いは推移する。

 互いの読みが噛み合っていない点は、上陸してきた前衛を素早く排除できるか否か。

 

 ベルタは撃滅できると踏んで、ラービアは前衛が踏み止まってくれると信じた。

 

 その結果は、すぐ目の前に現れることとなる。

 

「イスペリア軍はそのまま射を継続。マリーナ騎士団は、上陸してきた敵を迎え撃て。各員、抜刀!」

 

 

 

 三日月形の陣形の両先端部に、マリーナ騎士団の兵が500ずつ配置されていた。

 

 一番危険な白兵戦をマリーナ騎士団だけで担うのは、イスペリア軍とマリーナ騎士団では練度が違うから。

 

 マリーナ騎士団の動きにイスペリア軍が追随出来ないため、連動させての用兵を出来なかったという事情も含まれた。

 

 尤も、今のマリーナ騎士団主力部隊も、元山賊の降兵ばかり。

 メイド隊と比べると、大きく実力は劣る。

 

 凡庸に自軍よりも多数の敵と斬り合えば、その内に崩れ出すことだろう。

 

「みなさん、八つ裂きの時間です! ジルベールさんに格好付けるためにも、お尻の穴ふんじばって参りましょう! あっ、痔の人は前の穴ふんじばってください!」

 

 ならば、率いる人物をマトモじゃなくしてしまえばよい。率いられる兵は、指揮官に引き摺られて性質を変化させるのだから。

 

 そんな理屈で、マリーナ騎士団の各500ずつの部隊には、それぞれ令嬢内でも屈指の突撃バカを頭に据えたのだ。

 

「そういう訳でジルベールくん。私は先陣切りますから、困った時には占いで雷落としてくださいね?」

 

「……占いをなんだと思ってるんですか」

 

「勿論、みんなを勝たせる魔法か何かですよね!」

 

 尤も、突撃バカだけだと、敵を追い返した後に川の中まで追撃して勝手に死にそうなので、ストッパーとして各部隊に一人ずつ外付け理性のお目付役が配置された。

 

 人が居なかったため、右側部隊はジルベールがその役割を担うことになったのではあるが。

 

「……残念ながら雷は出せないので、俺が待てって言ったら待ってくださいね。占いの結果なので」

 

「わんわん、分かりました!」

 

 そう言いながら、彼女、マリーナ騎士団の突撃バカの片割れであるモニカ・ボーネは、ジルベールではなく上陸しつつある眼前の敵へと視線が固定されていた。

 

 理性でなく本能で、敵に襲い掛かるタイミングを測っていたのだ。

 

 最初の敵が上陸して、一、二の三歩目を踏み出した瞬間、モニカは叫んだ。

 

「突撃、血祭りの時間です!!」

 

 叫びながら、先陣切って敵に切り込んでいった。

 兵達も、その勇猛を越えて動物的な姿に突撃心が刺激されて、モニカに続けと右翼部隊は敵前衛部隊へと殺到していく。

 

 反対側からも、左翼部隊の突撃が開始される。

 絶妙なタイミングでの、左右からの挟撃であった。

 

 

 

 上陸した敵は、後続が次々と上陸している最中。

 引こうにも引けなくて、だからその突撃に盾を構えて耐えるという選択肢しか残されていなかった。

 

 ただ、その盾が早々に、馬鹿みたいな腕力を前に弾き飛ばされる。

 

「おりゃーっ、一撃必殺盾壊しの時間だよ! 取り敢えず死ねーっ!!」

 

 一番槍をつけることに成功した左翼部隊の突撃バカ、元ジラール家補佐の帯剣貴族であるノエラ・ルフォールの暴力的な一撃であった。

 

「むむ、今日もノエラに先を越されましたね。でも、私も負けずにとりゃー、盾壊しです!」

 

 それに続いて、モニカも早々に敵へと切り込んだ。

 

 後続のマリーナ騎士団兵士は、"壊してないじゃん、飛ばしてるじゃん……"と思いつつも、なんか雑に強い自軍の指揮官の姿に勇気付けられ、令嬢達が開けた敵陣の穴に向かって斬り込みを開始した。

 

 

「なんだコイツら!?」

 

 一方で、その頭の悪い突撃の被害者になった側であるクルアン教軍の前衛部隊は、敵の圧倒的な破壊力を前に度肝を抜かれる羽目になっていた。

 

 突撃バカ令嬢が開けた二箇所の穴からマリーナ騎士団兵が入り込み、盾を構えた兵の側面を突いて出血を拡大していく。

 

 慌てて盾を捨て剣を取ろうとしたが、それも早計であった。

 

「背を見せた敵を攻撃、その後すぐに乱戦に巻き込ませないよう離脱してください!」

 

 バカみたいな突撃に乗り損ねた兵をジルベールが統括して、50名ほどの集団を作り上げていたから。

 

 たった50名の即席部隊ではあるが、無理せず一撃離脱戦法に徹して、内側に切り込んだ部隊を殲滅しようとする敵の意識を大いに乱した。

 

 ジルベール自身がそうであった様に、突撃に着いていけない兵もいると見越しての指揮。

 

 今日は冷静さを見失わずに、的確な手段で敵を翻弄することに成功していた。

 

 ただ、他方では冷静さを失って、突撃に追従してしまった者もいた。

 左翼部隊のお目付役、とある法服貴族である。

 

 

 

「ノエラ待って、死ぬ! ボク死んじゃう!!」

 

「エレちゃん、死ぬんじゃなくて殺すんだよ? あと、エレちゃんが死んだらジルくん悲しむし、ダメそうなら私の背に隠れててね?」

 

「周りが敵だらけなのに、後ろに隠れても意味ないよね!?」

 

「あっ、そうだったね!」

 

 そう、マリーナ騎士団の法服貴族を統括する、エレーヌ・リオン。

 

 彼女は不幸にも、村から増援部隊の纏め役としてここまで来てしまったがために、ついでと言わんばかりに用立てられてしまったのだ。

 

 ジルベールから、"エレーヌさんっていつも冷静だし、お目付役なら最適解だよね!"と妙に買いかぶられてしまったせいで。

 

「敵兵を排除しろーっ!!」

 

「ひ、ひゃあーっ!?」

 

 無論、それは外交の場だけの話。

 突如としてこんな戦場に放り込まれたら、冷静さも何もあったものじゃない。

 

 ノエラが突撃を開始した時、"お目付役を任されたんだから、しっかり監視するためにも着いていかなきゃ"、とエレーヌ特有の生真面目さを発揮した結果がこれである。

 

 この惨状を見れば、ジルベールは己がエレーヌを尊敬するあまりに、無茶振りを課してしまったことに気が付いたであろう。

 

 尤も──。

 

「おー、エレちゃんやるじゃん!」

 

「ひ、ひぃーーん!!」

 

 エレーヌとて、文民とはいえ貴族である。

 腐っても、そこらの兵よりも魔力は強い。

 

 咄嗟に振り回したショートソードが敵兵を斬り伏せ、血潮を浴びることになったが、何だかんだで戦えてしまっていた。

 

「それじゃあ、エレちゃん背中任せるね。突っ込むから、合わせてねヨロシクゥ!」

 

「宜しくしたくないよ!!」

 

 魔力強者こそ正義の戦場では、エレーヌも立派な戦力。

 無駄に気配り上手なものだから、周囲のクリアリングもお手のもの。

 

 ノエラはかなり戦いやすそうにしながら、既にエレーヌのことを頼れる臨時の相方だと感じていた。

 

 

 そんなエレーヌの奮闘もあり(殆どはモニカとノエラが暴れ散らかしたのだが)、クルアン教の前衛がズタズタになったのは戦闘開始からたった30分でのこと。

 

 クルアン教前衛部隊は、既に統制が取れずにいた。

 死者が約200人、負傷者が約400人の大惨事。

 

 僅か30分の戦闘でこれだけの被害を出したのは、クルアン教の歴史でも数少ない事例である(比較的新興宗教ではあるが)。

 

 後ろが川であり、後続の味方が来るために退却もできず、一方的な被害者となるしかなかったのだ。

 

 ただ、それでも彼女らは前線に踏み留まっていた。

 逃げるに逃げられないため、やむを得ず。

 

 その頑張りは報われ、分散進撃していた中軍と後衛を再編して、ラービアは遂に敵と戦う余地が出来たのだ。

 

「全軍、弓捨て抜刀せよ」

 

 ここに来て、ベルタもイスペリア兵に抜刀させた。

 ここまで来れば、正面衝突以外あり得ないから。

 

 

「諸君らには、我らマリーナ騎士団が着いている。信じて戦え、神の厚き加護あるぞ!」

 

「異教徒の豚喰らい共を排除して、世に安寧と平穏を!」

 

 

 クルアン教軍は渡河で身体を冷やし、間断ない弓射の雨に晒されて疲弊を強いられていた。

 

 しかし、ラービアは前衛部隊を戦いながら再編し、外側から玉ねぎの皮を剥く様に、マリーナ騎士団の凶猛な攻撃から少しずつ引き剥がしていった。

 

 お陰で、兵力は未だ3000を数える。

 

 数の上では敵の1.5倍、マリーナ騎士団の兵にも多少の損害が出ていたことを考えると、互角以上に戦える条件が揃っていた。

 

 けれども、両軍は容易く動かない。

 間合いを図りながら、少しずつ距離を詰めていく。

 

 両軍共に警戒していたのだ、互いのことを。

 

 マリーナ騎士団は、敵の数を。

 クルアン教は、敵の攻撃力を。

 

 だから、容易には手を出せなくて。

 

 故に、待っていたのだ。

 状況を打破できる、戦場の主役が到着するのを。

 

 

 ──多数の蹄の音が、徐々に近づいて来た。

 

 

「よし、お嬢が来た! 全軍、攻勢開始!」

 

 緊張感の中で、停滞の均衡を破ったのはラービアだった。

 

 イスペリア・マリーナ騎士団連合軍の背後から、多数の土煙を確認したから。

 遂に動くべき時が来たと、そう理解して。

 

 そう、伏兵である。

 アマル率いる騎馬1000を、エーラ川上流に伏せていたのだ。

 

 だからこそ、敵軍が上流に向かい始めた時に慌てた。

 不利を承知で、渡河を敢行した。

 

 ファイカの背後を突くかもしれないという理由の他に、自身の伏兵も上流に存在していたから。

 

 でも、無理を通した忍耐が報われる時が来た。

 ラービアは、ようやく笑みを浮かべた。

 

 まともに相手すれば大損害を出すと、一連の戦いで理解できた。敵は噂通り、かなり手強い相手なのだと。

 

 なればこそ、難敵を罠に嵌めることが出来た安堵は、如何ほどのものであったであろうか。

 

 心の底から、ラービアは挟撃できることに安心した。この戦場でようやく、心の安寧を手にできたと思ったから。

 

 ──故に、その光景を見た時、彼女は己が目を疑った。

 

 アマルの奇襲部隊の側面を──敵が強襲したのだ。

 

 一瞬、ラービアの脳は現実を拒みそうになった。

 だが、目の前の現実は変わらなくて。

 

 自軍が伏兵を用いた時、相手も伏兵を用いたのだ。

 その事実を前にして、ラービアは顔面を青ざめさせた。

 

 栄光の勝利への扉が、己の前から遠ざかっていくのを理解した為のことであった。

 

 

 

 

 

 あの日の焼き直しになると、地形を見てジルベールは思った。

 条件が揃っていて、自軍は敵より少数だから。

 

 なので、あらかじめ指示していたのだ。

 令嬢の皆さん、今日は少し我慢してください、と。

 

 敵より寡兵でありながら、よりにもよって最精鋭の部隊をジルベールは隠した。

 

 敵の意図を一撃で挫くために、それが出来る機動性がある部隊を出すわけにはいかないと。

 

 

 予測通り、敵が来た。

 あの日の彼女が──アマルがいると信じた、ジルベールの読みが当たったのだ。

 

 

「ジルベールさんの占いが当たった。つまりは、ワタクシ達が勝利するということですの──総員、突撃ですわ!!」

 

 ずっと、彼女達は待っていた。

 朝を前にして、待てをされた猟犬みたいに。

 

 きっと来るというジルベールの言葉を信じて、時が来るのを。

 

「謝肉祭の時間だぁ、ぶち転がすぞーっ!」

 

「死体は全部川流し、お魚さんのご飯になーれ!」

 

「ジルベールくんに入れられる想定でお尻自慰して痔になった恨み、ここで晴らさでおくべきかー!!」

 

 我慢のさせられすぎで、異常なまでに昂った戦意を武器に、令嬢方とメイド隊の混合部隊は突撃を開始した。

 

 敵が上流に伏せていた様に、クローデット達も川辺から離れたところに伏せていたのだ。

 

「……懐かしいですわね」

 

 クローデットにとって、それはあの日の焼き直しであった。

 

 エーラ川のことではない。

 初めてクルアン教徒達と戦った村での戦いだ。

 

 あの日も、こんな風に我慢していたと思い出して。

 クローデットは、少し笑みを浮かべた。

 

「待っていてくださいましね、ジルベールさん!」

 

 そう言い、彼女は、彼女達は駆け出す。

 まるで暴風の様に、荒れ狂いながら川辺へと急行した。

 

 

 

 ──不意を突かれた。

 そう気がついた時には、既に手遅れだった。

 

「っ、各員、そのまま突っ切る。私に、続いて!」

 

 その姿を、否、気配を感じた瞬間に、アマルは即座にそう指示を飛ばしていた。

 

 これが彼女子飼いの本国兵なら、即座に呼応したであろう。そうでなくとも、一ヶ月アマルに可愛がられた部隊であれば、条件反射で指示に従ったのかもしれない。

 

 だが、残念なことに彼女が率いていたのは、臨時で任された騎馬隊である。アマルに対して、服従の念が足りていなかった。

 

 彼女の指示を聞いても、側面に迫る敵に対応するために、思わず足を緩めてしまったのだ。

 

「敵隊列の土手っ腹をぶち抜きゃ良いんだよね、おっしゃー!」

 

「そうですわ、ひたすら止まらず前進前進! 前へと進めば良いのですわ!!」

 

 奇襲部隊の中腹部は、令嬢方に切り込まれてた。

 敵の奇襲に一瞬、足を緩めてしまったが故の出来事。

 

 その一事が、ものの見事に致命傷となってしまった。

 

「分断、されたっ」

 

 隊列を突破された奇襲部隊は、集団として機能不全に陥りつつあった。

 

 アマルがいる前部はともかく、後部の部隊は恐慌状態に陥っている。

 

 奇襲を仕掛けるはずが逆に自分達が攻撃され、バカみたいな令嬢達の攻撃に晒されてパニックを起こしているのだ。

 

 戦術的には、分断された後部と呼応して、割って入ってきた敵を挟撃するべきである。

 

 だが、あの後部のザマでは、とてもそんな統制は取れそうにない。

 

 あまりに勝戦に慣れ過ぎて、劣勢時の粘りが兵達から微塵も無くなってしまっていた。

 

「……後部に構わず、そのまま敵主力を突破、する」

 

 だから、アマルは決断した。

 味方と合流し、撤退するしかないと。

 

 事実上、分断された後部を見捨てる判断である。

 いや、後部に敵は構わないと判断したのもあるが。

 

 その指揮に、兵達は今度こそ従った。

 

 先のクローデット達の攻撃で、人や馬、武器などが吹き飛ばされて空を舞い、痛ましい馬の悲鳴や人間の骨や頸椎がへし折れる音を聞いたのだ。

 

 あれを耳にした後では、戦意を維持するのは至難の業であったから。

 

 そんな兵達の姿を見て、思わずアマルは思った。

 

 もう少し早く、言うことを聞いてくれていれば。

 いや、自分が至らなかっただけか、と。

 

 馬上にて、アマルは己の唇を噛んだ。

 ほんのりと、鉄の味がした。

 

 

 

 

 

 既に全面攻勢を指示した後で、ラービアは撤回できず突撃するしかない状況に陥っていた。

 

 ここで足を止めれば、勢いを失った自軍は敵の強かな逆撃を被ることになる為である。

 

 ならば、敵に一撃を加えた上でお嬢を回収し、撤退するしかない。

 

 即座にそう判断したラービアは、前進を止めず……更に勢いづかせた。

 

「突撃、敵の中央を粉砕する!」

 

 そのまま、敵陣へと切り込んでいく。

 強引に、敵の兵列を撃砕していく。

 決死の覚悟で、ラービア自身が先陣に立って。

 

 その勢いは、覚悟は、報われたかのように見えた。

 

 敵は数で劣勢なため陣容は薄く、ラービア率いるクルアン教軍は、いとも簡単に敵中央の突破に成功したのだ。

 

 ただ、その容易さにラービアは違和感を覚えた。

 

「柔らかすぎるっ」

 

 その言葉と同時に、敵の右翼と左翼が同時に反転する。

 中央が突破されるなど、想定の範囲内だと言わんばかりに。

 

「元からそういうつもりだったのかっ」

 

 そのまま、左右の軍……マリーナ騎士団の兵達は、クルアン教軍の背後に逆撃を始めた。

 

 中央が突破されることは織り込み済み、中央は全て弱兵のイスペリア兵で固めてあったから。

 

 なので、その後にどうするかをあらかじめ、ベルタは通達していたのだ。

 

「こっちも反転して──」

 

「っ、ラービア」

 

「お嬢!?」

 

 そしてそのまま、令嬢達から逃げてきたアマルと合流することになった。

 

 それは、ラービアにとって大きなこと。

 いつでも撤退できる、その権利を手にできたのだから。

 

 僅かに顔を綻ばせるラービアであったが、アマルは無表情ながらに厳しい目をしていて。

 

「お嬢、敵に上手く誘われました。このままだと、後ろから滅多刺しにされます。だから、お嬢の騎馬隊を先鋒にして、こっちも反転攻撃して離脱を──」

 

「そんな暇、ないっ」

 

 アマルが滅多に出さない怒鳴り声を聞いて、ラービアは目を白黒させた。

 

 そこで、ようやくアマルが焦っていることにラービアは気がついた。

 

「お嬢、どうしたんですか。確かに今は危機的な状況ですが、お嬢の力さえあれば……」

 

「無理、あいつら、来る!」

 

「あいつらって……」

 

 アマルが逃げてきた方角に目を向けると、そこには猛烈な土埃を舞わせながら、こちらへと勇進してくる集団を確認して。

 

「えっ、速……」

 

 その猛スピードに、ラービアは又も己の目を疑った。前列のお嬢様方、馬に乗ってないのに時速40kmくらい出てね? と。

 

「あいつらに、後ろ、取られたら終わる。反転して戦ったら、間に合わなく、なる」

 

 その言葉と全力疾走しているお嬢様方には、確かに説得力があって。

 無様に逃げることに、素直に理解を示せた。

 

「でも、逃げるって言っても、どこに? 前も後ろも、挟まれてますが……」

 

「あっち」

 

 だから逃げ場所を問うと、アマルは指を差した。

 ……川の方向を、真っ直ぐと。

 

「あー、まあ、そうなりますよねぇ」

 

「弓矢の雨、降るけど。運良かったら、生き残れる」

 

 前も後ろもダメなら、横しかない。

 反対方向はイスペリアの支配地域だから、必然的に川に飛び込むしかなかった。

 

「……色々、ごめん。無理、言って、困らせた」

 

「お嬢、急にどうしましたか?」

 

「……死ぬかもしれないから、ラービアが」

 

「そこ、自分じゃなくて、あたしが死ぬこと前提なんですか!?」

 

「? 私は強い、死なない」

 

「お嬢なら、そうでしょうねぇ!」

 

 こんな最中で突如として煽られたラービアは、"クソッ、絶対に生き延びてやる!"と決意を固めた。

 

 アマル流の、頑張れという激励であると理解したのだ。

 

「全軍退却、川に逃げ込むよ!」

 

 その言葉と共に、ラービアはアマルを先行させた。

 

 目立つ騎馬隊を目印にして、全軍を無理にでも川へ誘導しようと画策したのだ。

 

 

「取り立ての時間ですっ、お代は命で支払ってください!」

 

「逃げたら追いたくなるのは、女のサガだね! ほらエレちゃん、追撃一緒に頑張ろうねー」

 

「もう、許して……」

 

 無論、タダで逃げることは出来ない。

 モニカとノエラの隊が、我先にと殺到してきたから。

 

 みんな目をぎらつかせながら、勝戦に花を添えようとしていたのだ(エレーヌの目だけは死んでいた)。

 

 

「……あーあ、死んだら地獄で待ってますからね、お嬢」

 

 

 そんな中で、ラービアは直営部隊を率いて殿を務めていた。追撃の威力を弱めるために、そうせざるを得なかった。

 

「あっ、偉そうな人発見です! 処してジルベールさんに褒めてもらいましょう!」

 

「モニカ、自分ばっかりいい思いしようたって、そうはいかないよ!」

 

 そして、頭と戦闘力がおかしい奴の相手は、魔力が高いラービアが必然的に引き受けなければならない。

 

 無論、ラービアはキレていた。

 

「〜っ、好き勝手なことばっかり言ってくれるなっ! 一人でも多く地獄に道連れにしてやるぅ!!」

 

 

 その後、ラービアの直掩隊が壊滅したのは30分後のこと。後退を続けながらも、味方が撤退する時間を稼いだのだった。

 

 なお、ラービア本人は生き延びていた。

 

 例の如く、モニカとノエラの令嬢パワーで宙へ吹き飛ばされ、犬神家の一族的逆さ足で川へと沈んでいったが、落ちたのが川だったこともあり、無駄に生命力が強かったのも相まって死ななかったのだ。

 

 神様に好かれているのか嫌われているのか、イマイチ分からない女であった。

 

 

 

 

 

 エブラ川の戦いは、斯くして終結した。

 

 参加兵力はマリーナ騎士団1452名、イスペリア軍1112名の2564名。対してクルアン教軍は、ガルガン人を中心にした5322名。

 

 発生した損害は、マリーナ騎士団の死者68名(内訳、メイド6名、兵士62名)に負傷者48名。

 イスペリア軍の死者148名に負傷者が59名。

 

 イスペリア・マリーナ騎士団連合軍の累計で見ると、死傷者323名となる。

 

 一方でクルアン教軍の損害が、死者1168名に負傷者が1403名。累計すると、死傷者2571名となる。

 

 兵力差は2倍と隔絶しており、防衛側の利もあったクルアン教軍であったが、マリーナ騎士団側の挑発的な進軍を前にして、地の利を放棄して打って出ざるを得なかった。

 

 その結果、イスペリア・マリーナ騎士団連合軍に戦いの主導権を握られ続けて、最後まで挽回を図れなかった。

 

 最初から最後まで、マリーナ騎士団が戦術的な言い分を通して、勝ち切ったのだ。

 

 負けた北東部のクルアン教軍は暫しの間、軍の再編を強いられることになる。

 

 この戦いの結果により、マリーナ騎士団は当初の目的であった、北東部方面のクルアン教の軍事的脅威を排除することに成功し、当面の安全を確保できたのだ。

 

 

 しかし、この戦いは前哨戦に過ぎない。

 ──運命を掛けた決戦は、北西部で行われるのだ。

 

 

「メンドース将軍とイスペリア軍主力、大丈夫かな……」

 

「分かりませんけれど、決戦は待って欲しいと通達はしてますわ。だから、参りましょう。ゆかねば、文句を言う権利さえ生じませんもの」

 

「そう、ですね」

 

 

 故に、マリーナ騎士団は戦いの後にも関わらず、行動を開始した。

 

 令嬢達とメイド隊だけで、一目散に北西部へと。

 間に合ってくれと、祈りながら。

 

 マリーナ騎士団の面々は、案外イスペリアのことを案じていたのであった。





tips:エレちゃんが泣いて止めるから……

敵の殿軍壊滅後、川の中まで追撃をかけようとしたノエラだったが、エレーヌに袖を掴まれて、"無理、もう絶対にむりだよぉ"と泣きそうな目で訴えかけられて、無事追撃を取りやめた。

なお、もう片方の部隊長だったモニカは、ジルベールにやんわり微笑み掛けられながら"やめてくださいね"と釘を刺されて、すんなり追撃を諦めたらしい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。