貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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長くなったので分割しました、次の話は明日か水曜辺りに上げようと思います。


第31話 決戦前夜

 イスペリア北西部の天幕にて。

 

 イスペリア軍総司令官であるメンドースは、マリーナ騎士団の使者(エレーヌ麾下の法服貴族)から報告を受け取っていた。

 

「マリーナ騎士団は北東部の敵を排除するため、即座に来援はできない。北東部方面の掃討後、北西部へと転進し敵の背後を強襲する、ですか」

 

 彼女はいつも通りのアルカイックスマイルを浮かべながら、伝えられた内容を要約して復唱する。

 

 それに、使者の令嬢も頷いて。

 

「はい、将軍におかれましては、それまで決戦は控えて遅滞戦術に終始していただきたく……」

 

 その言葉を吟味するように、メンドースは頬に手を当てた。薄い笑みの皮膜の下で、冷たいと思われている血潮が活発に巡り始める。

 

 このまま、敵主力が待つ平野部に突出すれば、敵の主力に完膚なきまでに粉砕されるだろう。

 

 それは、覆しようのない客観的な事実。

 現状、クルアン教軍32000に対して、イスペリア軍主力は24000と数で遅れをとっている。

 

 更には、クルアン教軍の内5000が騎馬集団。

 歩兵が主体のイスペリア軍では、平野では太刀打ちできない。

 

 数でも兵質でも負けているイスペリア軍で、相手はメンドースの天敵であるファイカが相手となれば、敗北は避けようのない帰結。

 

 ならば、そうならないために気を付けねばならないことは、およそ三つ。

 

 一つは、誘いに乗って平野に打って出ないこと。

 敵の騎馬の一方的な餌食になり、戦いにすらならないだろうから。

 

 勝つためには地の利のある、山や川に引き摺り込む必要がある。

 

 二つ目は、敵を放置しないこと。

 矛盾していると思われるだろうが、理屈はきちんとある。

 

 こんなところまでメンドースが主力を率いて出張ってきたのは、奪還したばかりの北西部の求心力を落とさないためである。

 

 敵の好き勝手に暴虐を働かせれば、命惜しさに北西部の民達がクルアン教軍に協力しかねない。

 

 無論、クルアン教軍はこれまでの略奪により、深い憎悪を民衆から買っている。

 

 だが、守ってくれない為政者というものは、それ以上に民から憎まれるのが世の常であるのだ。

 

 故に、メンドースは敵にちょっかいを掛け続ける必要があった。あわよくば、敵をそのまま山間部へと引き摺り込むような布石を打ちながら。

 

 本格的な戦闘に発展しないように、それでいて敵の注意を引きながら後退を続ける。

 

 至難であるが、やるしかない。

 それしか、メンドースに勝ち筋はないのだから。

 

 そして三つ目、それは──。

 

「……マリーナ騎士団は、どの程度で到着するのでしょうか?」

 

「およそ、10日の間にと。……向こうで、勝てていたらの話ですが」

 

 ──予想を上回る鬼札を、敵にぶつけること。

 

「イスペリア軍は、防衛線を三つ設ける予定です。第一線をメセラ高原、第二線をドエロ川、第三線をイスペル山脈。10日後の到着を予定すると……」

 

 考えるフリをしながら間を作り、メンドースは天幕内の地図を指でなぞりながら、ある地点で指を止めた。

 

「間に合って頂くには、ドエロ川で一度、敵の足を止める必要がありそうですね」

 

 ドエロ川、イベリコ山脈を水源とした、全長約900kmのイスペリア東西に跨る一大河川。現在では、イスペリアとクルアン教の境界線ともなっている。

 

「単独で戦う、ということですか?」

 

「決戦を行うわけではありません。少し、足止めを願う程度です」

 

「必ずではありませんが、より早く到着する可能性もあります。定期的に伝令を派遣いたしますので、その報告を聞いてからでも決断を下すのは遅くは……」

 

 不安の混じった意見に、メンドースはゆるりと首を振った。

 

「いいえ、どちらにしろ戦います。それに──敵将はファイカ・ビント・ハミダ、指し手に緩手が混じれば、たちまち窮地に立たされます。常に最善を尽くす用意を、しなければなりません」

 

「……そう、ですか」

 

 笑みを浮かべているのに重苦しいメンドースの言葉に、使者の令嬢は悲観を感じて不安になって……。

 

「──そういえばなのですが、ジルべ……じゃなかった。我が軍の軍中占い師殿より、閣下に手紙を預かっております」

 

「……お手紙?」

 

「はい、何でも占いの内容を書き記したとか。戦いの結果についてとのことで、士気高揚のためにも閣下にお役立ていただければ、と。……因みに、軍中占い師殿はとっても可愛い男性なんです」

 

 重苦しい雰囲気を吹き飛ばそうと、余計な注釈までつける令嬢。少しでも明るくなればと思いながら、役立つとは思っていない手紙をメンドースへと手渡した。

 

 多分、"みんな勝てるよ、頑張れー!"とでも書いたんだろうな、心は込めて。

 

 そんな風に使者の令嬢は思っていた、それで元気になれるとも。だって、男の子からそう伝えられれば、やる気は満タンになるし。

 

 だから、きっとメンドース将軍も喜んでくれるんじゃないかなと思い、このタイミングで手渡したのだ。

 

 だが、令嬢の予測は裏切られた。

 ……いや、ある意味では正しかったのか。

 

 手紙を開封して読み進みたメンドースの表情が──今日、初めてひび割れた。

 

 

「ふ、ふふ、うふふふふふふっ。ははっ、あはははははは!!」

 

「め、メンドース閣下!?」

 

 

 手紙を読み終えたメンドースが、突如として高笑いを始めたから。

 

 えっ、男の子からのお手紙って、そんなに嬉しくなっちゃうものなの!?

 こっそり開封して、私も読んどけばよかった!

 

 そんなズレた推察をしている令嬢を他所に、メンドースは息を荒げながら手紙を大切に畳み、懐へと入れた。

 

 そうして、先程の狂態など無かったかのように、いつも通りな玉虫色な笑みを浮かべて言った。

 

「──事情が変わりました。我が軍の予定はそのままに、マリーナ騎士団には別個に行動してもらいます」

 

「……は?」

 

 急にどうした、なんなのこの人と引いている令嬢のことなど考慮せずに、メンドースは幼子に語るように告げたのだ。

 

「マリーナ騎士団には、重要な役割を担って頂きたいのです。負けない戦いではく、勝つ戦いを行うために。──全部、占いの結果ですよ」

 

 

 

 

 

 クルアン教イスペリア方面軍総司令官のファイカが、敵軍集団を捕捉したのは、メンドースがマリーナ騎士団の使者と会談した3日後のこと。

 

 クルアン教イスペリア管区執政府マルドル、その北側に位置するメセラ高原に布陣する推定4000もの敵集団を発見したのだ。

 

 その報に、ファイカの幕僚団は俄かに浮き足だった。

 

「敵は何を考えているんだ?」

 

「ただでさえ劣勢な兵力を、更に分散させるとは……」

 

「山を頼みに抗戦し、我々の背後を敵主力が襲う策か?」

 

「いや、敵の主力はドエロ川に布陣しているらしい。ここまで到達するには、丸二日掛かる」

 

「ならば、ドエロ川に向かった我らの背後を突くための奇襲部隊であろうよ」

 

「そんなわけがなかろうがっ。微塵も隠れてもいないし、それこそ山の敵を片付けてから川へと向かえば良いだけのこと。やはり、各個撃破の的ではないか!」

 

「だが、しかしな……」

 

 

 喧々諤々、騒がしくなる幕僚達を煩わしげに見遣ったファイカは、溜息と共に告げた。

 

「必ずしも、敵の狙いが一つな訳じゃあない。こちらがドエロ川に向かえば背後を脅かし、戦う意志を見せれば逃げだして、戦いやすい辺境の山にでも誘い出すつもりなんだろうさ」

 

 これくらい分かれと言わんばかりの口調に、周囲の幕僚達は赤面を隠せなかった。

 

「……では?」

 

「全軍を上げて、攻撃する姿勢だけを取る」

 

「姿勢だけ、ですか?」

 

「そうさ。そうして敵が逃げれば、監視に2000の兵を高原に陣取らせて、こっちはドエロ川に向かうんだよ」

 

「……敵が放棄した高原に陣を張れば、2000で4000の敵を抑えられると?」

 

「高所を押さえるってのは、それだけで優位に立てるからね」

 

 もし敵が背後を突きにきたら、その監視役2000が更にその背後を襲えば良い。

 

 そう思わせられた時点で、この4000の敵は実質的に無力化される。

 

 敵は無様にも、単に兵力の分散をしたという結果のみが残るのだと。

 

 斯様な説明をファイカから受け、幕僚団は納得と共に賞賛の言葉を投げ掛けた。

 敵の浅慮に、愚かなと嘲笑しながら。

 

 しかし、ファイカは全てを語ってはいなかった。

 敵はメンドース、愚かな指揮官ではないと理解していたからである。

 

(敵の狙いは一つじゃない。二つ以上の策があるのなら、三つ目の策があっても不思議じゃないさね)

 

 そう思いはしたが、これを口に出すことはなかった。出したとしても、その策がなんなのかと、益体もない議論を続けることが目に見えていたから。

 

 アマルが言っていた、貴族のみで構成された最精鋭部隊があの4000の中に混じっているのならば、2000の監視軍など鎧袖一触に粉砕するだろう。

 

 或いは、難民と化した農民達に武器を持たせて軍隊のフリをさせ、兵力の分散を計る偽装作戦か。

 

 どちらにしてよ、突いてみれば結果は出る。

 だからこそ、一度攻撃する姿勢だけ取れとファイカは命じたのだ。

 

 

 斯くして、クルアン教軍はメセラ高原へと急行し、即座に全軍を上げて攻撃する姿勢を取った。

 

 すると、高原に陣取っていたイスペリア軍は、ファイカの予見通りに戦うことなく、近場の山々へと後退していった。

 

 慌ただしげだが、隊列の秩序を維持出来るくらいの練度を保ちながら。

 

「なるほどねぇ」

 

 その様子を確認したファイカは、皺が寄りつつある手を摩りながら、誰も聞こえない声量で独語した。

 

「一応は正規軍だが、戦うなと命令されている。メンドースが釣りに興じてるんじゃなければ、こいつらには何かしらの用途があるんだろうねぇ」

 

 それが何か、未だ見通せていない。

 だが、敵の策が不明であるからと足を止めるのは愚かを超えて愚劣ですらある。

 

「当初の予定通り、監視の兵を置いてドエロ川に向かうよ」

 

 ならば、その罠ごと絡め取ろう。

 そうして、今まで通りに策ごと噛み切ってしまえばよい。

 

 これまで、そうして来たように。

 ファイカは、猛き笑みを浮かべていた。

 

 何かを仕掛けて来ているメンドースに、今度はどんな策で自身の打倒を画策しているのだろうと、愉快さを覚えながら。

 

 

 

 

 

 そうして、作戦開始から6日目。

 クルアン教軍は、遂にイスペリア軍主力部隊と接敵することに成功した。

 

 ドエロ川の中腹地点に、イスペリア軍およそ16000が展開していたのだ。

 

「思ったより、前目に前線を展開しているね」

 

 近隣の橋を全て落とし、防御陣地を構築しているイスペリア軍を前にして、ファイカは意外の感を拭えなかった。

 

 イスペリア軍は数が少ない。

 故に、負けないために工夫すると思っていたのだ。

 

 例えば、クルアン教軍の補給線を叩きやすくするために、もっとイスペリア領内の奥に引き摺り込んで決戦を挑むとか。

 

「さて、狙いは何かね」

 

 なので、ファイカはこれが本命の防衛線とは思っていない。偵騎から齎される情報も、水計の気配なしと断じている。

 

 ならば、これは何かを待つための時間稼ぎか、伏兵のところへの誘引戦術の類であるのだろう。

 

「……アマルの言っていた、例の部隊はまだ出てきてないねぇ」

 

 もしかすると、それか。

 断定するには根拠がないが、頭の片隅に明記しておいた方が良いだろう。

 

 何処かのタイミングで、自軍の背後を襲う機会を窺っている敵の最精鋭部隊がいる可能性を。

 

「騎馬を幾らか、手元に置いておいた方が良さそうか」

 

 なので、ファイカは部隊を再編した。

 自らの手元に、即応戦力として騎馬2000を置いたのだ。

 

 状況が変異した時、いつでも動けるように。

 

 そうして準備を終えたファイカは、迷うことなく攻撃の号令を掛けた。

 

「敵は川を盾にしているが、いかんせん数が少ない。左翼に兵力を傾斜しながら、一気に推し渡りな!」

 

 ファイカは左翼に兵力を極端に集中しながら、横列を同時に川へと進軍させた。右翼に、騎兵3000を配置しながら。

 

 こうすることで、数の少ないイスペリア軍の対処能力に負荷を掛けて、指揮系統を混乱、飽和させようと画策したのだ。

 

 右と左、どちらかの部隊に対応している内に、片方は必ず対岸に辿り着く。

 

 両方を同時に抑えようとするのならば、ファイカが率いている中央部の部隊が上陸し、敵陣を横断して分断する。

 

 どう対処しても、クルアン教軍の約半数しかいないイスペリア軍には、全てを防ぎ切る方法はない。

 

 つまり、この作戦を仕掛けた時点で、クルアン教軍は渡河自体は成功する目算が極めて高かったのだ。

 

 だが、必ずしもこれは完璧な策ではない。

 避けえぬ問題点もあった。

 

 それは……敵が本腰を入れて迎撃してくれば、自軍に多大な損害が発生するという点。

 

 敵が全ての敵を撃退することに主眼を置いて、攻撃を分散すれば全軍が大した損害なく渡河出来るだろう。

 

 しかし、イスペリア軍が何処か一点に火力を集中されてしまった場合、その部隊は甚大な被害を負うことになる。

 

 つまりは、右翼、中央、左翼のどこかが貧乏くじを引くことを前提とした強襲でもあったのだ。

 

 そして、メンドースもそれを認識していた。

 認識した上で──火力を、右翼の騎馬集団へと集中させた。

 

「敵右翼集団のみに、斉射を集中してください。他には一切、構う必要はありません!」

 

 他集団への牽制攻撃すら行わない、過剰なまでの集中砲火。

 

 そんな無茶な矢嵐に晒されたクルアン教軍右翼集団は、敵軍が自軍の10倍はいるのではないかという錯覚すら覚える量の物量攻撃の只中に放り込まれた。

 

 平地であれば縦横無尽に動き回り、例え矢の雨に晒されても、全滅する前にその突撃で敵の弓兵達を薙ぎ倒すこと疑いようがない騎馬達が、水の中で踠きながら次々と矢に倒れで川底へと沈んでいく。

 

 無論、無抵抗なわけではない。

 必死に腕に装備された小型の盾で矢を防ぐが、自らの身を護るだけで馬までは守り通せない。

 

 馬に矢を射掛けられ、馬が絶命すると共に川へと身を投げ出される。

 

 ある者の馬はこの惨状に狂乱し、騎手の制止も振り切り、水中で暴れて味方の歩みを阻害することまで始めていた。

 

 目を覆わんばかりの惨状と醜態が、ドエロ川を血で染め上げながら繰り広げられた。

 

 このままでは、時を待たずして全滅する。

 右翼部隊はそう確信し、絶望の只中で己が運命を呪い始めた瞬間──敵の攻撃が止んだ。

 

 すわ何事かと盾から顔を覗かせると、そこには敵が戦いもせずに退却していく姿と、対岸に殺到しようとしている友軍の姿があって。

 

 そこでようやく、彼女らは己の身に迫っていた死神の刃が遠ざかって行ったのを自覚した。

 

 ……おそらく、錯覚であったのだろうが。

 

 

 

「ま、そうさね。まともに戦えば負けると分かっているのなら、逃げ足が速いのは良いことさ。尤も、一当てもせずに逃げるとは思わなかったがね」

 

 慌ただしく去っていく敵軍に、一番に岸へ乗り上げた左翼部隊が追撃を開始する。勝ち逃げ許すまじと、一方的に痛ぶられた右翼部隊の報復のために。

 

「だけど、これだけの防備をしていたのに、ここでも戦うフリかい。やはり誘導と見るべきかね、これは」

 

 敵を追いかける左翼部隊を見遣りながら、右翼部隊の再編に乗り出そうとする。

 多分、追いつけないだろうと試算しながら。

 

 幸いなことに敵が即座に逃走した為、右翼部隊は損害こそあれ許容範囲内の被害である。この程度の損害で渡河できるのならば、十分に成功だと見ていた。

 

 それに、もしファイカの読みが外れても問題はなかった。

 

 敵が踏み留まれば、それこそ撃滅するチャンスであったから。損害以上の戦果、戦略目標を達成できる機会になり得たから。

 

 ファイカとしてはどちらでも良かった為に、十分に満足してドエロ川の攻防は終結するかに思われた。

 

 

 だが、まだ終わってなどいなかったのだ。

 水音を切り裂く音がした。

 

 

 それに誰よりも早く気がついたのは、ボロボロの味方を助け起こしながら、岸に上がろうとしていた騎馬部隊であった。

 

「ん、あれは──」

 

 上流より、小型ボートの船団が降って来ていた。

 ……ドエロ川の上流にあるのは、イスペリア軍の最終防衛線のあるイスペル山脈だ。

 

 騎馬隊が誰何する間もないまま──その船団より、新たの矢が射掛けられた。狙いは勿論、クルアン教軍右翼部隊に対して。

 

「お、おのれ、豚喰らい共がぁっ!」

 

 その船団は、制海権を失って以後、海へと出れずに温存されていたイスペリア海軍を中核とした部隊である。

 

 イスペリア海軍からイスペリア河川軍へと不名誉な格下げを受けた部隊は、八つ当たりと言わんばかりに騎馬隊へ一方的な攻撃を浴びかけた。

 

 その攻撃自体は、先程のイスペリア軍本体からの矢嵐と比較すれば、取るに足らない程度の弾幕である。数が根本的に違うため、矢の密度は疎であったのだ。

 

 しかし、当の騎馬隊は負傷した味方を担いで岸に上がろうとしているところであった。

 

 つまりは、重鈍な上に隙だらけ。

 密度の低い矢が、面白いように命中する。

 

 ──ゆっくりと照準をつけながら、馬へ向けての斉射が。

 

「この下衆がぁああーーっ!!!」

 

 負傷者をも巻き込む形で浴びせられた一撃に、騎馬隊の一団は激昂して罵倒を投げかけた。

 

 しかし、船団はそれを意に介さずに、そのまま下流へと降っていく。

 

 本当にちょっかいを掛けに来た、そんな風情。

 死者は殆ど発生せず、人間だけで見たら大した被害はない。

 

 ただ、今の攻撃で馬に多数の損害が発生した。

 騎馬隊としては、機能不全に陥ったのだ。

 

 見事なまでの一撃離脱、軽やかすぎる通り魔的犯行であった。

 

 

「……やってくれたね、メンドース」

 

 その手並みを、半ば感心しながら確認したファイカ。

 

 タイミングが少しでもズレていれば、空振りか殲滅されるかしていただろう。それを考慮すれば、曲芸といっても言い過ぎでない手腕であった。

 

 初めて、ファイカの中で出し抜かれたという気持ちが湧き上がった。

 

「それに……そういうことかい。全容が、ようやっと理解できてきたよ」

 

 敵の船団は、そのまま下流へと降っていった。

 そしてドエロ川の下流付近からメセラ高原には……半日も掛からない。

 

 先の船団は奇襲部隊でもあり、同時にメセラ高原への援兵でもあったのだ。

 

 先程の船団の兵は、推定2000。メセラ高原の部隊と合流されれば、下流のイスペリア軍は6000まで膨れ上がる。

 

 幾らイスペリア兵が弱兵とはいえ、三倍の数を持ってすればメセラ高原のクルアン教軍2000を撃破しうる可能性が生まれてくる。

 

 そして、そのまま北上し、メンドースと決戦中のファイカの背中を撃ちにくることだろう。

 

 その全容を察して、ファイカの口元には──楽しげな笑みを浮かんだ。

 

 

 自らが河川の上流側を押さえているからこそ出来る、イスペリア北部を股に掛けた機動戦を、メンドースは仕掛けているのだ。

 

 

 そのスケール感が、いたく気に入った。

 このイスペリアにおいて、そんなスケールで相対してくる相手はいなかったから。

 

 メンドースは有能で成長性もあり、イスペリアで随一の戦術家である。しかし、戦術家の域を抜け出せない指揮官でもあった。

 

 視野が限定的で、固執する癖がある。

 局地戦には強いが、想定する範囲外からの一撃には滅法弱い。

 

 負け続けたファイカに拘り続けている点もそうだ。陰謀の才があったのも、内に籠る彼女の気質がもたらしたものであろう。

 

 

 そんなイスペリア軍の随一の戦術家が、イスペリア軍唯一の戦略家へと成長しようとしている。

 

 この全容を看破した時に、ファイカは強く感じ取った。

 

 手強い、視野がひらけている。

 メンドースは遊び相手ではなく、正真正銘の敵になろうとしているのだと。

 

 構想自体は、戦術的思考から抜け出せていない。

 結局のところ、壮大な挟撃策であるだけなのだから。

 

 だが、その視野は一局面だけでなく、イスペリア全土に及んでいるのだ。あと5年もすれば、戦略家としての完成を見るかもしれない。

 

 ……そう思えたからこそ、ファイカは残念で仕方がなかった。

 

「アマルには荷が重くなったね。ま、仕方ないさ」

 

 アマルの将来のためにも、メンドースを殺さなくてはならなくなったから。

 

 どこまで伸びるのか、その果てを見てみたくはあったが。

 

 

 

 

 

 ドエロ川を突破した時点で、ファイカには二つの選択肢があった。

 

 一つ目は退いて、メセラ高原の敵を叩くこと。

 敵の狙いを看破したのだから、わざわざ敵の策に乗る必要はない。

 

 ここに陣取る6000の敵を殲滅すれば、イスペリア軍にもかなりの痛手になる筈だ。

 

 尤も、ファイカの主力が転進してきたと知れば、尻尾を巻いて逃げ出すだろうが。

 

 なので全軍ではなく、足の速い部隊で強襲し、一撃で粉砕するしかない。難易度は高いが、ファイカならばできなくもないだろう。

 

 そして、二つ目の選択肢。

 それは……このまま、イスペル山脈で決戦を行うこと。

 

 敵の策に敢えて乗り、このまま突出するのだ。

 

 無謀では無いのか、という問い掛けには首肯するしか無い。

 だが、同時にこうも考えられる。

 

 

 ──敵は決戦を避けない、策があるから逃げださないのだと。

 

 

 そうして、二つの選択肢の内で選んだのは……。

 

「マルドルに伝令を出しな、メセタ高原に増援を送れってね。数は3000、それくらい居れば足止めくらいにはなるからね。私らはこのまま、イスペル山脈に向かう!」

 

 ──イスペリア軍に、メンドースへ決戦を挑むことであった。

 

 これがマトモに戦える最後の機会になると、そう感じたのだ。衰える手足と臓腑と、そしてクルアン教内部の情勢を鑑みて。

 

 将来に禍根を残さぬためにも、メンドースを今の内に排除しなければならないのだという意識も重なり、決意した。

 

 

 後がない、故に勝つしかない。

 勝たねば、イスペリア方面のクルアン教は残る目が無いのだと。

 

 

 

 

 そうして、ファイカの下にイスペリア軍発見の報から9日目のこと。

 

 両者の合意の下、決戦の舞台は整った。

 両軍が、意図をもって対峙していた。

 

 決戦の地に選ばれたイスペル山脈は、イスペリアの6つの州に跨って聳え立つ全長500㎞に及ぶ山々である。

 

 この山々があったからこそ、今までイスペリアは滅びなかったし、クルアン教軍は進撃を阻まれ続けた。

 

 この山こそ、イスペリアの最終防衛ライン。

 イスペリア人の一部の者は、霊峰と呼び崇め奉ってすらいる。

 

 その高々とした山々の中で……低地にある丘陵地帯に、イスペリア軍は布陣していた。

 

 今までならば、あり得ない位置。

 本来ならば、もっと高所へと陣を張り、敵の疲弊と消耗を強いてきたから。

 

 この位置では、多少の優位はあれど押し返すには足りない。

 それだけの戦力差が、両者の合間には存在していた。

 

 なのに、何故イスペリア軍が低地の丘陵に布陣しているのか?

 勿論、理由は幾つかあった。

 

 まず、単純に山に布陣する時間がなかったこと。

 

 壊滅した騎馬隊の再編や、後方から来るであろう敵に備えていたことで、クルアン教軍はドエロ川で一日足止めされることとなった。

 

 しかし、イスペリア軍側もイスペル山脈の山道が狭く、全軍で登る時間が無かったのだ。

 

 だが、それは問題ではない。

 何故なら、メンドースは元よりこの位置で戦うつもりであったから。

 

 必要があったのだ、時間稼ぎのためにも。

 敵が撤退せずに、食いついてくるための──生き餌になる必要があると。

 

 要するに、両軍の指揮官共に分かっていたのだ。

 全ては、メセタ高原の部隊が、クルアン教軍を突破できるか否かに掛かっているのだということを。

 

 ファイカは、敵増援に背後を襲われる前にイスペリア軍の殲滅を。メンドースは、メセタ高原の部隊が動き出すまで耐え凌ぐ。

 

 これが、それぞれの設定している勝利条件。

 

 攻め潰すか、受け流し切るか。

 時局、ここに至って必要なのはそれだけ。

 

 ……決戦が、始まろうとしていた。

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