貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第34話 縦横無尽

 

 マルドル突入後、散発的な抵抗を排除しながら、二つの制圧目標に対して攻撃を開始した。

 

 一つ目は、兵の詰め所となっている城壁。

 ここを抑えなければ、敵を寸断できないから。

 

 そして二つ目、それは……。

 

 

「山岳人共に侵入されただと!?」

 

「は、はい。敵は凄まじい怪力で城門を破壊した後、そのまま一挙に雪崩れ込んできて……」

 

「戯言も大概にしろっ。ファイカ様は今、その山岳人共と雌雄を決している最中なのだぞ! なのに、それを無視してこのマルドルを襲うなどと……っ」

 

「行政官、このままでは──」

 

 マルドル行政府、そこで報告を受けた年配の行政官は、思わず立ち上がった。

 

 だが、彼女が報告に来た官吏に返事を伝える前に、唐突に窓が蹴破られて……。

 

「ご機嫌よう、異教徒の皆様」

 

「何やつ!?」

 

「マリーナ騎士団が団長、クローデット・ジラールですわ!」

 

 所々、血と土埃に塗れたクローデットが、そのまま部屋へと飛び込んできたのだ。

 頭さえ抑えれば、後はどうにでもなると判断して。

 

 行政官は咄嗟に、衛兵! と叫ぼうとしたのだが。

 そうする前に、クローデットに剣を突き付けられて。

 

「──停戦命令を出してくださいまし。降伏しろと言っているのでは無いのですわ」

 

 口をパクパクさせて、言葉を吐き出そうとしては飲み込むを繰り返す行政官。

 

 その様子を見て、クローデットはたおやかに微笑んで。

 

「でなければ」

 

「行政官、一体何事──ガッ!?」

 

 音を聞きつけて飛び込んできた衛兵の槍を掴み上げて、そのまま鉄製のそれを腕力に任せてへし折ったのだ。

 

「──死体の山を積み上げることになりますの。いま槍を潰したみたいに、今度は人間が木っ端微塵になる番ですわ」

 

「ば、化け物っ」

 

 行政官の悲鳴と同義語の悪態を無視しながら、クローデットは落ち着いた口調で問い掛けた。

 

「それで──停戦していただけますの、して頂けませんの?」

 

 その問い掛けに、行政官は悲痛な面持ちを浮かべてから、絶望と共にゆっくりと頷いた。

 

 マルドルに駐屯するクルアン教軍の指揮系統が、現在進行中で崩壊しているのを自覚したから。

 

 有無を言う余地が無く、逆転の目も無い。

 行政官の判断は致し方ないものだったと言えよう。

 

 だが、これでクルアン教軍の抵抗は無くなった。

 鬨の声が上がる、伝播しながらマルドル全土へと。

 

 ──マルドルを掌中へ収めることに成功した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 さて、マルドルも陥落し、遂にイスペリアは勝利を収めた……と言いたいところではあるが、そうは問屋が卸さない。

 

 何故なら、マルドルの城門は文字通りに粉砕されているし、取って返してきたクルアン教軍主力はこの惨状を見たら、飢えながらでも取り返そうとしてくるだろう。

 

 それに、目下の問題もある。

 

 

「……異教徒共め」

 

「豚喰らいの山岳民共が……」

 

 

 停戦しただけで、城内のクルアン教軍は戦闘力を残しているから。

 

「ジルベールさん、本当に降伏ではなく停戦で良かったのですわ?」

 

 一触即発の空気の中で、クローデットさんは辟易としながら聞いてきた。現状、後腐れありまくりだが、どうするつもりなのか、と。

 

「降伏だと、心理的ハードルが高かったので。それに……」

 

「それに?」

 

 クローデットさんの耳元へと口を近付け、囁き声で続きを告げた。

 

「──マルドル内には、移住してきたクルアン教達が多数いるみたいです。下手をすると、気の大きくなったイスペリア人が、その……酷いことをし始めるかもしれません」

 

 ざっと把握してみると、マルドル市内にいたクルアン教軍はおよそ3000。

 

 その数に死に物狂いで抵抗されると、マリーナ騎士団はともかくイスペリア兵達の損害が大きくなりすぎる。

 

 更に言えば、クローデットさんに告げた通りに……虐殺が起こるかもしれないから。敵主力が迫る中で、不安に駆られたイスペリア兵達によって。

 

 それを避けるためにも、クルアン教徒達には秩序を持って退去してもらう必要があったのだ。

 

「……理解しましたわ、名誉のためには仕方ありませんわね」

 

 少し考えてから、クローデットさんは俺の言い分を認めてくれた。

 

 そして、ため息混じりながらも、今度はクローデットさんが俺の耳元へと唇を近付けて。

 

「ワタクシ一人では、その危険性に気が付けませんでしたわ。助かりましたわ、ジルベールさん」

 

 そっと、耳元でこそばゆい感謝を告げてくれたのだった。

 

 ……あんまり距離が近いと、好きになっちゃうかもしれないから、程々にしてくださいね?

 

 

 

「数日分の食料を渡すから、退去しろと?」

 

「はい、クルアン教の民衆共々です」

 

「そんな無茶な!?」

 

「無茶ですが、やってもらわねば困ります。クルアン教軍の主力が戻ってきた時、戦闘の巻き添いを食いかねませんよ?」

 

「それは……」

 

 そして交渉ごとは、お馴染みエレーヌさんに頼んで行ってもらうことにした。

 

 気が付いたら、ここまで着いてきてくれていた。

 多分、俺たちのことを心配してくれてたからだと思う。

 

 本当に優しい人だ、働きすぎたのか死んだ目をしてるのだけは心配だったけど。

 

 諸々落ち着いたら、休暇をとってもらわなきゃだ。

 

「だが、ここには我らの財産が集積されていて……」

 

「それを言うのならば、元よりこの都市はイスペリアのものです。戦に負けたから明け渡していましたが、今度はそちらが負けた番です」

 

「しかし、私は良くてもその他の者が納得するかは……」

 

「あなたがたの聖典には、"世の全ての出来事は、神の思し召しによるもの"とあるそうですね」

 

「あ、ああ、その通りだ」

 

「ならば今回の出来事は、イスペリアが神の土地ではないという思し召しなのではないですか? だから、あなた方は敗れましたが、こうして命長らえている」

 

「む、むむむ……」

 

 即座に退去することを渋っているクルアン教の行政官に、エレーヌさんは彼女らの理屈で訥々と語っていった。

 

 元よりこの地に来たのは、聖典クルアンの教えを広めるため。

 

 ……内実はどうあれ、そういう名分でイスペリアに侵攻したのだから、自らそれを否定するようなことは言えない。

 

「神が多くのクルアン教徒達を、無事にイスペリアから脱出させることを望んでいる。それがいま、示されました。ですので、ご退去願います。どうか、神の御心のままに」

 

「……分かった、要求に従おう」

 

 いつの間にか、実利の話から神学論争へと話をすり替えたエレーヌさんは、責任は神様が持つから退いてねという言い分を通した。

 

 行政官はそれが詭弁だと分かっていたであろうが、クルアン教の兵士や民衆に聞こえるように告げられてしまえば、その言い分を認めざるを得なかった。

 

 ここでエレーヌさんの言い分を否定したら、再戦することになる。そして遮蔽物もないこの場で戦えば、簡単に敗れることも理解しているだろうから。

 

 うん、流石はエレーヌさんだ。

 卒なく相手に条件を呑ませた手腕は、流石の一言すぎた。

 

 今後も心の師匠として、毎回頼ってしまうと思いますが、どうかよろしくお願いします!

 

「ジルベールさん、何故目をキラキラさせておいでで?」

 

「エレーヌさんは、やっぱりすごいと思いまして」

 

「……そうですわね」

 

 交渉を済ませて戻って来るエレーヌさんに、満面の笑みでブンブン手を振ると、ささやかながら手を振り返してくれた。

 

 目は、虚ろってるままだったけど。

 

「お疲れ様です、エレーヌさん」

 

「うん、疲れた。本当に疲れたよ。……いや、元から疲れてたが正しいのかな?」

 

「エブラ川から、ジルベールさんに無茶を言われていましたものね」

 

「それは、そうかも」

 

「そ、そうでしょうかね……?」

 

 チクッてした声でクローデットさんは呟き、エレーヌさんも深々と頷きながら同意を示す。

 

 え、何事と思ったのも束の間。

 クローデットさんが分かりやすく、ですわと言葉を紡いでくれたから。

 

「ジルベールさんはエレーヌさんを神格化してる節がありますが、無茶振りを課していい理由にはなりませんことよ」

 

「え、でも……」

 

 俺が何かを言う前に、何処からともなく声が聞こえた。

 

「おーい、エレちゃーん! どこーっ、私のあいぼー!!」

 

「ボクは断じてノエラの相棒なんかじゃないよっ」

 

「え、エレーヌさん?」

 

 それと同時に、何か様子がおかしくなるエレーヌさんであったが、そうこうしているうちに、ひょこっとノエラさん、ノエラ・ルフォールさんが現れて。

 

「あっ、いたー! クロエ、ジルくん、エレちゃん返してね?」

 

「ノエラのものでもないし、どっちかというとまだクローデットさんやジルベールくんのものだよ!」

 

「エレちゃん……そんなえっちなこと、大声で言っちゃダメなんだよ?」

 

「何処をどう切り取ったら、そう言う意味になるの!?」

 

「すけべなエレちゃんですが、どうか宜しくしてあげてね」

 

「キレそう!」

 

「……痔の話?」

 

「頭の血管がだよ!!」

 

「!? エレちゃんの頭に欠陥なんてないよ、自分に対して酷いこと言っちゃダメー!!」

 

「言葉が通じないっ」

 

 暴風みたいに勢いで現れて、ノエラさんはエレーヌさんを引き摺っていってしまった。

 

 半ば呆然とそれを見送ってしまうと、隣に居たクローデットさんがボソリと一言。

 

「無茶振りばかりさせていると、無茶苦茶な奴に目をつけられるものですの」

 

 その言葉に、思わず頷いてから呟いた。

 

「……そっか、エレーヌさんでも、言葉が通じない相手には滅法弱いんだ」

 

「外交官とは、そういうものですわ」

 

 意外なところで、エレーヌさんの弱点を見つけてしまった日だった。

 

 それはそうとして、なんかごめんなさい。

 後で助けますから、ドナドナされているぞって訴えてる目で、俺を見つめないでください……。

 

 

 

 

 

 クルアン教徒達のマルドル退去は、思っていたよりもスムーズに進んだ。

 

 令嬢達が、砕け散った城門の破片を更に砕いて遊ぶ(撤去作業も兼ねていた……)、なんてことをしていたからかもしれない。

 

 お陰で、おおよその問題は解決しつつあった。

 たた、残っている問題こそが、唯一に最大にして問題と化しているのだが。

 

 それは……。

 

「城門、修繕はできそうにありませんの?」

 

「修繕するというか、木っ端微塵になったから新調しなくちゃいけないっていうか……」

 

 令嬢達が丸太車懸かりで木っ端微塵にした、城門のことであった。

 

 現在進行形でセルフ空城の計。

 いや、狙ってやっているならともかく、そうじゃ無い。

 

 これは、単なる構造的欠陥に過ぎない。

 扉が物理的についてないって意味で。

 

 新調しようにも敵が来るまでにはギリギリ間に合わない、そんな問題に直面していたのだ。

 

 

「困りましたわね……」

 

 城壁が直せない現状に対しての総括を、クローデットさんは一言で表した。

 

 そう、困っている。

 このままでは、とても困ることになる。

 

 補給線を断たれて血眼になっているクルアン教軍の主力が、Uターンしてマルドルを目指しているだろうから。

 

 城壁の修復が間に合わない今、座して待つとガラ空きの門扉に敵が殺到して来ることは疑いようがない。

 

 そうなれば、血みどろの乱戦になることは不可避で、マリーナ騎士団の心臓とも言える令嬢達にも大きな被害が出ることだろう。

 

 では、どうするべきか?

 

 敵が来る前に打って出て、奇襲を仕掛けるか。

 砕けた城門跡に罠や障害物を設置して、迎撃する構えを取るか。

 

 或いは……。

 

「クローデットさん、試してみたいことがあります」

 

「何ですの?」

 

「──食べ物をかき集めてください、豚以外で!」

 

 或いは、時間稼ぎに徹するか。

 

 俺の提案に、クローデットさんはハテナを頭に浮かべながら、キョトンと首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 今、本質的に問題なのは、この状態のマルドルに敵が向かっていることである。

 

 メンドース将軍が勝ったか負けたかは分からないが、補給の観点から敵は引かざるを得ない。

 

 勝ったにしろ負けたにしろ、マルドルのことを聞けば即座に退き、こっちに向かって来るだろう。

 

 その時、城門がこの有様ならば、絶対に死に物狂いで攻撃を仕掛けてくる。

 

 そうなれば、もし敵を押し返せたとしても、マリーナ騎士団に致命的な損害が発生しかねない。

 

 それは不味い、非常に不味い。

 だから、正面衝突以外の方策が必要だったのだ。

 

 少なくとも、城門の修繕が終わる時までは。

 

「その方策が、食べ物をかき集めることですの?」

 

 イマイチ分からない、という顔をしているクローデットさんに、俺は要点に絞って話を始めた。

 

「いま俺たちに必要なのは、間違いなく時間です。門の修繕さえ済んでしまえば、野戦装備で出撃していた敵はマルドルを攻略できません」

 

「ええ、間違いようのない事実ですわ。……それで、食糧を使って時間稼ぎを行うということですの?」

 

「はい、そうなります」

 

 "食料を対価に、また停戦交渉ですの?"と呟くクローデットさんに、軽く首を振る。

 

 そんな事をすれば、食料だけ奪われて約束は破られるのは目に見えているから。

 

「食料で、敵の動きを誘導します」

 

「……異教徒と言えど人間、お馬さんではないですわよ? 人参をぶら下げたとして、食い付いて来ますの?」

 

「条件が揃っていれば、必ず」

 

 断言したのが功を奏したのか、クローデットさんの顔から疑いの色が一掃される。

 

 理由を聞いてない内でも、俺の言うことなら信じられると思ってくれているんだ。

 ……くすぐったいけど、そろそろ慣れないと。

 

「教えてくださりまし、ジルベールさん。その条件が、どのようなものなのかを」

 

 俺は小さく頷いて、まず前提条件について話し始めた。

 

「まず、この策が成立する条件から。メンドース将軍が敗れていないことです。もっと正確に言うのならば、負けて食料を奪われていないこと」

 

 そう言うと、クローデットさんは納得した様に頷いて。

 

「敵の補給線が絶たれ、食糧も心無い状態でなければならない、と」

 

「そうです、敵が飢えてなければ使えない策です」

 

 だから、もしメンドース将軍が敗れて、かつ食料を奪われていたら成り立たない。

 

 そんな不確定要素が大きな策ではあるが、即座に実行できて効果がありそうな策がそれだけだったのだから、これはもう仕方ない。

 

「要件が揃っているとしますわ、その後はどう致しますの?」

 

「炊き出しを行います。ど、ドエロ川の下流で……」

 

「???」

 

 ふざけ散らかしている川の名前を口にしながら、するべき事を口にしたのだが、クローデットさんはイマイチ理解ができていない様で。

 

「ドエロ川で炊き出し……何故ですの?」

 

 っ、クローデットさんの口から、ドエロ川なんて単語聞きたくなかった!

 

 そんな想いが去来するも、話が脱線しそうなので、心に蓋をして淡々と理屈の説明を続けた。

 

「飢えた獣が怖いのは、その目的意識が捕食という一点に集中しているからです。家の戸を開け放っていては、進んで中へと勇んで俺たちごと貪り尽くされることでしょう」

 

「だから、目の前に食べ物を用意し、意識を逸らそうと? ……ジルベールさんを疑うわけではありませんが、そんなに上手く行くものですの? 相手は、あんなに怖がっていた異教徒の親玉でしてよ?」

 

 クローデットさんは、尚も質疑を重ねた。

 俺が敵将を怖いと評価したから、その敵に対して油断をしない様にして。

 

 敵将のファイカ・ビント・ハミダは、そんなに目先のことに飛びつく愚か者とは思えないと言っているのだ。

 

 俺は、頷いてその意見を認めた。

 

「クローデットさんの言う通り、敵将はそんな物には踊らされないでしょう。イスペリアを支配するためにも、マルドルが何より重要なことは承知しているはずですから」

 

「では、意味ないではありませんの! ……ジルベールさん、狙いをお聞かせくださいまし。ワタクシ、頭がこんがらがってきましたわ」

 

 あまりに勿体ぶる俺に、クローデットさんは目をグルグルさせながら抗議してきた。

 

 それに謝りながら、俺はこの策の目的、目標を告げた。

 

「──狙いは兵達の心です」

 

「兵達の、心……あっ」

 

 聞いて、口で転がした途端、クローデットさんは目をまん丸に見開いて。

 

「そういうことなのですわ!?」

 

 天意を得たと言わんばかりに、叫んだのだ。

 

「そういうことなんです」

 

 だから俺も、流石はクローデットさんと満足しながら頷いた。

 

「敵兵全員が悉くファイカなる人物ならば、惑わされずにマルドルまで来襲するでしょう」

 

「でも、そうでは無い。そうですわね?」

 

「はい、一般の兵卒は視座が違う。マルドルを目指している理由は、自分たちが飢えないため。だから、飢えている中で食べ物、それも湯気が立って匂いがする物を与えられれば、兵達はマルドルに拘る必要性がないんです」

 

 飢えた軍は弱い、何故か?

 それは、統制が取れなくなるから。

 

 兵を飢えさせる指揮官には、限度を超えたところで従おうとする兵卒は存在しない。

 

 そんな俺の策を聞いて、クローデットさんは満足げに頷いた。

 

「つまりは、それで一日時間が稼げるということですわね!」

 

「幸い、というのは憚られますけど、マルドルにはイスペリア各地で略奪された食物が集積されてたみたいですから」

 

 マルドル行政府から密かに失敬した羊皮紙を片手に、数万の敵相手にも実行できる策だと示す。

 

 全てを聞いたクローデットさんは、目を輝かせながら両手をギュッと握って。

 

「今すぐ実行致しますですわ〜!」

 

 "ですわですわ、なのですわ〜! "と大声で猛りながら、方角的に多分食糧庫方面へと突撃していった。

 

 

 

 

 

 ですわ〜、という声の残響が耳に残る中で、俺はクルアン教徒達の追い出し作業に従事していたベルタさんへと声を掛けた。

 

「ベルタさん、少し良いですか?」

 

「忙しいし良くはないが、お前さんの話なら聞こう。手短にな」

 

 本当に忙しそうにしているベルタさん、明日の夜までには民と兵を問わずに5000人ものクルアン教徒をマルドルから出立させる必要がある。

 

 その責任者を務めてもらっているのだから、忙しくて当然だ。

 だから、言われた通り手短に話をした。

 

 ……怒られることを覚悟しながら、いざという時のための話を。

 

「今から敵主力の足止め策を実行しますが……失敗したら、城壁の無いマルドルでは損害が大き過ぎます。なので、そうなった時──マルドルを放棄しようと考えています」

 

 言ってからベルタさんの目を覗き込むと、微塵も変わらずに俺のことを見つめ続けていた。

 

 それで? と言わんばかりに。

 なので、俺は説明を続けた……どう考えても、恥知らずなことを。

 

「でも、マリーナ騎士団がマルドルからの撤退を選んだとしても、イスペリア兵達はマルドルと心中することを選んでしまうと思います。ようやく取り戻した王都、栄光と繁栄の象徴ですから。だから、その時はベルタさんも──」

 

 兵を捨てて、脱出してください。

 

 そう告げようとしたところで、ベルタさんの人差し指を唇に押し当てられ、言葉を遮られてしまった。

 

 やれやれと言いたげに、若干の呆れを滲ませながら。

 

「坊や、兵を預かったからには責任が発生する。それが嫌なら、兵権なんて受け取ってはならなかったんだよ」

 

「…………はい」

 

 あまりにど正論すぎて、返す言葉がない。

 

 俺はさっき、メンドース将軍が与えてくれた信頼に背き、責任を捨てて逃げ出してしまえと言おうとしたから。

 

 信義にもとる行為を推奨しにきたのだから、真っ当なベルタさんからすれば怒る以前に呆れる他になかったのだと思う。

 

 恥じ入って顔が赤くなるのを自覚するが、そんな俺に"でも"とベルタさんは続けて。

 

「新参者、それも三年後には捨てるつもりの私の命を、イスペリアへの信頼より高く見積もってくれたのは嬉しく思う」

 

 ポンと、俺の頭に手を置いて。

 そのまま、ポンポンと軽く撫でたのだ。

 

「ま、だから、敢えて格好つけたことを言う。──私は死なんし、兵も言うこと聞かせて一緒に逃げる。言っておくが、部隊を指揮して敗走するなら、イスペリアで一番の自信があるんだからな」

 

 "む、言ってから気がついたが、結構ダサいな"と呟くベルタさんは、誤魔化すように撫でていた俺の頭をクシャクシャと動かして。

 

「いいえ、そんなことないです。格好良かったです、とっても。……ありがとうございます」

 

 照れ隠しをしそうになっているベルタさんに、ありのままの感想を告げた。

 

 だって、今の言葉で、胸が少し軽くなったから。

 俺の策が失敗しても、ベルタさんならどうにかしてくれるかもって、そう思えたから。

 

「……毒夫になる才能があるな、お前さんは」

 

「は? って、急に頭を激しくクシャクシャにしないでください! 髪の毛抜けるじゃないですか!!」

 

「ワンと鳴け、ワンと」

 

「犬扱いされてる!?」

 

 すると、途端に悪ふざけを始めたベルタさん。

 真面目な空気感になると、すぐに茶化そうとする悪い癖があるのかもしれない。

 

 イタズラ好きな、困った人だ。

 けれども、とても頼りになるお姉さんだった。

 

 

 

 

 

 準備は整えられ、策は即座に実行された。

 

 ドエロ川(本当に酷すぎる名前だ、今すぐ改名して欲しい)下流部へと、食料を運び込んだのだ。

 

 勿論、数万人分の食料を運び込むのは容易なことではなかったが、マルドルのイスペリア市民も積極的に手を貸してくれたことで、想定よりも素早く準備ができた。

 

 ドエロ川下流部に、数万人の胃を満たせる食料を積み上げ続けた(マリーナ騎士団を半年養えるだけの食料、圧巻の量である)。

 

 そして、頃合いを見計らって……一斉に調理を開始した。

 

 令嬢達は料理出来ないし、城門を新調するのにどうしても必要な戦力(力仕事的な意味で)だから、メイド隊……それに俺を加えて。

 

 敵が来るであろう時と、撤退のタイミングを図るために志願したのだ。

 

 今、クローデットさんは城門修復の陣頭指揮を取っているし、ベルタさんは6000ものイスペリア兵を統括する責任を負わせてしまっているから……必然的に、指揮できる人物が限られていたということもある。

 

 だから──メイド隊の指揮を、俺が取っていた。

 

 失敗した経験がある、また失敗するかもという怖さに付き纏われる。

 

 でも、だからって俯いている暇なんてない。

 後悔はあるけど、逃げたくないと思っている。

 

 みんなの命を無為に散らせたりなんてしない、同じ過ちは繰り返したりしたくないから。

 

 

「ジルベール様、羊肉のポタージュが完成しました。我ながら会心の出来です、少し召し上がって頂けませんか? 良い出来すぎて、異教徒に全部貪られるのが癪すぎます」

 

 ……覚悟を決めようとしていたのに、隣からの茶々でどうにも真剣になりきれなかったけれど。

 

「アンナさん、摘み食いしちゃったんですね?」

 

「何故おバレしているのですか!?」

 

 そう、今回も俺のお付きになってくれている、クローデットさんのメイドのアンナさん。

 

 彼女は、真面目なのに何故か今、この状況で緊張感がイマイチ欠けていた。

 

「美味しいって、自分で太鼓判を押していたからです」

 

「ジルベール様は家庭に入られても、良き主夫になられることでしょう」

 

「味見は適量で、食べ過ぎると逃げる時にお腹痛くなりますよ」

 

「無論、弁えておりますよ」

 

 そう言いながら、彼女は俺が拵えていた羊肉と野菜の串焼きをモグモグと食べていた。

 

 アンナさん、こんな人じゃないはずなのに……。

 

「今日はピクニックじゃないんですよ?」

 

「モグモグごっくん……無論、承知しております。ですが、クローデット様から言伝がありまして」

 

「クローデットさんから?」

 

 問い掛けると、アンナさんは隠すこともなくその言葉を教えてくれた。

 

「はい、"ジルベールさんは責任感の強い方ですので、隊を預かると肩幅が二倍になるくらい頑張ろうとしてしまうのですわ"と」

 

「ならないからね!?」

 

 肩幅二倍ってなに!?

 そんな自分の姿を想像してみると、頭がおかしくなりそうになった。

 

 そんなの、ネットで見かける謎の肩幅がでかい絵みたいだったから。

 

「また、"ですので、張り詰めそうになっていたら、適度に力を抜いてあげてほしいのですわ"とお願いされています」

 

「……俺、また冷静さを失っているように見えましたか?」

 

 指摘されて、ふと思った。

 確かに、失敗しないと気持ちを強くするあまりに、視野が狭くなりかけていたかもって。

 

 そんな俺に、アンナさんは少し空を見上げてから。

 

「いえ、そうは見えませんでしたが、ジルベール様の肩幅が二倍になるのは可憐さがちょっと損なわれそうですので、阻止しなければと思いまして」

 

「それ、クローデットさんの妄言だから信じなくて良いですよ!!」

 

 真剣になりきれないな、もう! と若干の憤慨を味合わされながら、でも、と省みた。

 

 一連のやり取りで、なんか肩が軽くなった気がする。

 気が楽で、遠くまで物事が見えそうだって。

 

「──ありがとう、アンナさん。お陰で、よく見えます」

 

「──はい。ようやく、ですね」

 

 俺たちは、揃って河川沿いに上がっている土煙を確認した。

 

 調理された食料匂いが、川の風に乗って飢えた獣を呼び寄せたのだと。

 

「メイド隊、参集してください。パーティの準備はここまでです!」

 

「摘み食いはそこまでです。各隊、自分達が餌にならない様、隊列を乱さずに尤もらしく逃げなさい!」

 

 敵が眼前に迫る前に、俺達は敵の視界に背中を見せながら、馬に跨って逃げ始めた。

 

 これは敵が残した食糧で、逃げて落としたものだと印象付ける為に。

 隙を見せずに、一目散に。

 

 そんな俺達を──敵は、追いかけてこなかった。

 

 

 

 

 

 目の前の醜態に、ファイカは舌打ちをしていた。

 

「とんだ遅滞戦術だね。やってくれるよ、全く」

 

 ドエロ川の川沿いに、大規模な食べ物の匂いが満ちていた。

 

 それに対して、敵の別働隊がここまで来ているのかと疑ったファイカであったが、彼女が何かを言う前に……その匂いに釣られて、一部の兵達が走り出してしまったのだ。

 

 5日間の退却行、兵糧は大事に食べていたが2日前に尽き、川の水と魚を奪い合う様にしながらマルドルを目指していた。

 

 その総数、2万と少し。

 ……クルアン教軍は別働隊を見捨てて、そのまま退却してきたのだ。

 

 

 

 伝令の少女が動揺から、大きな声で伝達したマルドルの危機的状況。

 

 それが兵達の間に伝播して、瞬く間に恐慌状態へと陥った。

 

 帰れる場所を失いつつある、それは食料のアテが無くなるのと同義であったから。

 

 ここでファイカが、食料は目の前の敵から奪えば良いと主張して決戦を叫んでも、逃げ惑っていた敵が多くの食糧を持っているはずがないと兵達は判断して不服従を申し出る者が多発したであろう。

 

 やむを得ず、ファイカは別働隊に向けて退却の信号代わり煙を上げさせ、自ら率いる主力も撤退を開始した。

 

 兵達を落ち着かせるには、求心力を失わない為には、真っ先にマルドルを目指すという方策を示すしかなかったのだ。

 

 率いてある兵達が、悉く本国兵であったのならば、と負け惜しみをファイカが抱いたのは一瞬のこと。

 

 今回は負けである、完膚なきまでに。

 マルドルも恐らく、もう……。

 

 その認識を持ちながら、ファイカは再起のための兵力を保つために、不安がる兵を宥め、時に脅迫しながら撤退を開始した。

 

 日々無くなっていく携帯兵糧に、兵達が心をすり減らしているのを理解しながら、ファイカは今より先のことを考えていた。

 

 マルドルが落ちたなら、もう全てが終わりだ。

 イスペリアの支配するためには、絶対に必要な場所だったから。

 

 ……だが、敵は少数の筈だ。

 都市の損傷だって、少なからず残っている筈。

 

 例の精鋭部隊も、話を聞くに攻勢時に一番力を発揮する。

 守勢に立たされた時、脆さを曝け出すだろう。

 

 そう自分に言い聞かせながら、一路マルドルを目指して。

 

 マルドルまで後2日の地点まで辿り着いた時に──新種の兵糧攻めに遭うことになったのだ。

 

 敵を飢えさせることを主眼とした兵糧攻めは、古今に数多の例あれど、敵に食糧を送りつけて足を止めるなんて奇行、ファイカの長い戦歴の中でも初めてであった。

 

 普通、そんなことをしてしまえば、敵の腹を満たすだけで自軍にとってなんら益するところは無いのだから。

 

 ただ現状、ファイカの目の前に広がっている光景は……。

 

 

「ご飯、ご飯があるわ!」

 

「酒もたんまり積んである!!」

 

「おい、私から取るなって! 他にもまだまだいっぱい飯はあるんだからさぁ!」

 

 

 野晒し同然に積み上げられた食料と酒、それらに殺到するクルアン教軍の兵士達。

 

 飢えていた彼女達に、これらの食料は黄金にも匹敵する宝の山に見えていたのだ。

 

 制止を聞くことなく、それらの明らかに不自然な食べ物に殺到する自軍の兵士達。

 

 その有り様は、クルアン教軍主力の秩序の崩壊を表していた。

 

 ここで無理矢理にでも止めに入ったり、軍規を糺すために幾人か処刑でもしたら、その行為はたちまちファイカに向けての憎悪となって反乱が起こるだろう。

 

 飢えとはそういうもので、だからこそ止められない。

 

 ……恐らく、腹が満ちて休息が取れた明日には、統制は回復することだろう。

 

 だが、一刻も早くマルドルを目指さなければならない現状で、その一日は何よりも希少なものであった。

 

 急がねば、敵が体制を整え切ってしまう。

 そうなれば、攻城戦用の装備を整えていないクルアン教軍主力では、どうあってもマルドルを攻略出来なくなる。

 

 明らかに、こちらのアキレス腱を狙った奇計だ。

 どうやら、敵に厄介な策士が現れたらしいことをファイカは理解した。

 

「──成程、どうやら本当にメンドースじゃなかったらしいねぇ」

 

 そこでファイカは、イスペリア軍の戦略家がメンドースではなく、他の誰かであることを認めた。

 

 一連のイスペリア軍の戦略や、臨機応変に眼前の策を実行した奇人をイコールで結びつけて。

 

「……でも、ま、尻尾は掴めたかね」

 

 その奇妙な策士が、マルドル側から策を仕掛けて来たことを理解し、その人物が今はマルドルにいるであろうことをファイカは感じ取った。

 

 そいつを仕留めるのなら、今しか機会がないと感じ取ったのだ。

 

「故郷より私と諾がある本国兵共、必要最低限の食い物を拾いな。──私らだけでも先に進むよ!」

 

 だから、この惨状の中で唯一支配が効く、本国よりずっとファイカに付き従って来た五千の兵にだけ号令を出した。

 

「ファイカ様、先行なさるおつもりですか!?」

 

「その通りさ。アンタ達は明日までには、この馬鹿共を動かすんだよ」

 

「む、無茶です!」

 

「無茶でも何でも、通さなきゃ全部失う局面なんだよ!!」

 

 自らを呼び止めに来た幕僚団にそれだけ言い捨てると、ファイカは五千の兵だけを率いてマルドルへの行軍を再開した。

 

 この戦いが、イスペリアの支配者を決めるものになると、予感を抱きながら。

 

 

「──全部失えば、アマルに借金(後腐れ)を残さずに済む。そうなるのが、一番かもしれないがね」

 

 

 誰も聞かぬ独語。戦いの行く末を思い、ファイカは苦笑いを浮かべた。

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