貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ですわお嬢様
一連の戦い、メセラ・イスペル間の戦いは、一体何処から始まったのか。
それについては、後世で諸説が生まれた。
メセラ高原から始まったという説や、エブラ川の戦いからだという説、一連のクルアン教からの略奪から始まったのだという説など、様々バリエーションを取り揃えて存在している。
でも、始まりは数多あれども、終わりは一つと皆認識している。
イスペリア王都、マルドル。
10年前にイスペリアの手から失われ、現在一時的にではあるが奪い返せたイスペリア半島の心臓。
そこを巡る戦いこそが、この戦闘の終結点であるということについて、後世でも議論になる余地は生まれなかった。
つまりは──マルドルを巡る攻防こそが、趨勢を決める最後の戦いであるということであった。
騎馬に跨ってマルドルに帰還したメイド隊から、作戦成功の報を受けイスペリア軍は沸き立った。
修繕が間に合う、遂にマルドルは解放される!
イスペリア人を中心に、熱狂が都市を覆う。
負け続けていた彼女達は、遂に勝てる時が来たことに歓喜を覚えずにはいられなかったのだ。
──だが、その全身を浸すような喜びも、長くは続かなかった。
半日後に、マルドルへと向かう土煙を確認した為だ。
「……逃げる準備をした方が良いかね」
そう面白くもなさそうに呟いたのは、マルドルのイスペリア軍指揮官代理を務めているベルタであった。
最低で、自分の3〜5倍の敵軍と戦うことになる。
その勘案をするだけで、お腹いっぱいになってしまったのだ。
だから、敗走の名人である彼女は、既に計画していた逃げ出すための算段を実行しようとして……。
「いや待て──数が少ない?」
実行する前に、迫る敵の土煙が少ないことに気が付く。
「ジルベールは、策は成功したと言っていた。だが、敵は来ている、数は少ない。これは……」
分析して、ベルタは俯いていた顔を上げた。
ああ、成程と呟きながら。
「真面目に戦争するつもりの奴らだけで、乗り込んできたと言うことか。──鐘を鳴らせ、戦闘準備の時間だ」
ベルタの口調は、先ほどと違って愉快そうであった。
食料と休息の誘惑を振り切り、マルドル奪還に向けて出撃したファイカ率いるクルアン教軍本国兵5000。
そんな彼女達の目指すマルドルは──変調をきたしていた。
「どういうことだい、それは!」
目の前に広がる雑な光景に、ファイカは思わず頭が痛くなりそうだあった。
「なんなんだい、あの岩は!!」
ファイカが見たものは、戸が外れた城門近くに運び込まれた──直径15m程の巨大な岩。
更には、石畳みの道路を破壊……もとい掘削して、岩がスポッと嵌りそうなくらいに掘られた穴の姿であった。
バカなのかと罵りたい気持ちと、ある意味での豪胆さに感心する気持ち。
その両方が、歴戦の老将の心に去来する。
──こうしてしまえば、開いた穴は塞がるし敵も入らないでしょ。私たちも出られないけど、ガハハ!
マリーナ騎士団側の意図は、そういうものであった。
完璧に仕上げられた城門など、力はあれど職人でない彼女達には鋳造できなかったし、その時間もない。
故に、掘建て小屋ならぬ掘り立てクソデカ石を採石場より持ち込んで、城門前にドカンと据えたのだ。
頭が悪すぎる、本来ならそんなバカみたいなこと、出来るはずもない。
だが、マリーナ騎士団の令嬢達は脳筋だった。
こんな頭が悪いことを、まんま通せてしまうくらいには。
故に、頭の悪すぎた筈の防衛計画は、謎の合理性を発露しながら効果を発揮しようとしていた。
ファイカを頭痛が襲いそうになったのも、然もありなんと言ったところだろう。
ただ、頭痛に苛まれることがなかったのは、それが完成しきっていなかった故のこと。
岩はまだ穴に嵌っておらず、岩で入り口は塞がれてはいなかった。
「お前達、突っ込む準備は良いね!」
岩は城門近くで放置されている。
ファイカ達の接近を察知して、作業員(令嬢達)を引き揚げさせたからだ。
「押し入るよ──突撃!」
それを見た瞬間、ファイカは無茶を承知で突っ込めと指示を飛ばしていた。
穴のせいで侵入には手間取るだろうが、少人数ごとならば入り込める。無論、集中砲火を浴びること前提の侵入にはなるが。
だが、ファイカは目的を達成するためには、仕方がない損害だと割り切っていた。
今までファイカに付き従っていた兵士達も、無謀と理解しつつ追従する。そうすれば勝てると、自らの指揮官を信じているからだ。
故に、クルアン教軍の精鋭達は、あっという間にマルドルに詰め寄って。経験に裏打ちされた予想通りに、接近に伴い城壁の上から迎撃が開始された。
ただ、予想を外れていたものもある。
それは、マルドルに迫るクルアン教軍に降り注いだものが、矢ではない物であったこと。
城壁から投擲されたそれは──凄まじい勢いで着弾すると同時に、十数人のクルアン教軍の兵士を吹き飛ばし、その破片ですら被害を拡散させたのだ。
「なんだアレは!?」
「あれは──火の着いた丸太か!?」
「ふ、ふざけるなぁーーーーっ!!!」
そう、ふざけている。
慟哭にも似た怒りから叫ぶクルアン教の兵士達に、返答の代わりに更なる丸太の洗礼が浴びせられた。
その威力は、砲撃さながら。
複数の丸太が着弾すると同時に、数十人が四肢もろともに吹き飛ばされる。
余りに現実離れした、咄嗟に光景に頭を疑いたくなる。
だが、それでも足を止めなかったのは、彼女達が精鋭である証となるであろう。
「チッ、アマルのまんま言う通りだったって訳かい。怯むんじゃないよ、足を止めた途端に木っ端微塵さ!」
彼女達の指揮官も、正気を失ってはいない。
異常な状況の中で、それは縋るべき指針でもあった。
だから、数多の味方が吹き飛ばされる中でも、彼女らは決死の覚悟でマルドルへと近接した。
退ける間合いなど、当に踏み越えて。
クルアン教軍の一歩も退かない踏み込みは、遂に彼女達をマルドルの城門前まで辿り着かせた。
マリーナ騎士団の丸太爆撃により、戦力を大きく減衰しながらのことでもあったが。
「あれ程の猛撃を受けても退かぬとは、相当な猛者ですわね」
「だが、一方的に攻撃を加えられている。既に、敵の二割は吹き飛んでいるでしょう」
眼前に迫った敵に対して、クローデットとベルタの二人は論評を行った。無謀なまでの果敢さに、何かを感じ取ったから。
「城門を閉ざされる前に、攻略しきる気なのですわ?」
「攻略する前に、敵の方が擦り切れそうに見えるが……」
だが、その正体を二人は掴めていない。
揃って、眼下を見つめる占い師に視線を向けると、彼は思索の海を彷徨っているようで。
「敵が考えなしに突撃してくること、それはない筈。だって、怖い相手だし。なら、目的は何だ? このままだと、何かする前に相手の方が全滅するけど……」
悩ましげに呟いているが、その間も時間は進む。
穴に対して、敵は味方の死体を放り込んで、即席の足場にするという強硬策で乗り込んできて。
令嬢以外からもイスペリア兵達から、落石や煮えたぎった油、更に弓矢が絶え間なく降り注ぎ続ける。
クルアン教軍の兵士達は、その手厚い防備を前に更に死体を積み上げて。
それでも、前進を改めようとはしなかった。
「このままだと、敵は継戦能力を維持できなくなる。それなのに攻撃をやめないのは……囮だから? 俺の策は失敗していて、敵軍本隊が奇襲を狙っている?」
自分で呟いた言葉に、彼、ジルベールはすぐに頭を振る。
「……いや、あり得ない。それなら、全軍で進軍してきた方が絶対に確実だし、未だに敵後続の影が見えないのはおかしい。第一、こんなに果敢に戦える兵士を贄にしてまで、陽動を掛かる意味がない」
敵は目の前の彼女らだけ、そう判断できる。
なら、敵の狙いは……。
「マルドルを維持できなくなったから、破却しようとしているんだ。──例え、自分達が全滅しても」
ああ、と彼は自身の言葉に納得した。
敵の行動、敵の指揮官の気質、それらを勘案しても全てに屈折を感じさせなかったから。
「勝てないなら、痛み分けにしようってことか。……させない、絶対に」
呟いた彼の声は冷たくて。
怒っているのかもしれないと、周りの人間に思わせた。
多大な犠牲の末、城門を突破したファイカ達を待ち受けていたのは、侵入者を取り囲むように展開していたイスペリア軍の兵士たちであった。
怒りと興奮で震える彼女達は、無謀にも侵入を果たした異教徒達を槍で串刺しにしようとした。
だが、絶望的な局面にあっても、ファイカは笑みを絶やさなかった。
「火を放ちな!」
その命令を、自分達が巻き込まれるにも関わらず、クルアン教軍の兵士達は忠実に実行した。
まさかのなりふり構わぬ火計に、イスペリア兵達は度肝を抜かれ、彼女らを率いていたベルタも舌打ちを禁じ得なかった。
「ジルベールの言う通り、死んでもいいと思ってるのかい。チッ、前衛は後退、後衛は矢で援護。敵を炎に閉じ込めて、焼身自殺させてやれ!」
「山岳人共の腰は引けている、敵の亀裂に攻撃を集中するよ!」
ベルタの指示は順当ではあったが、取り囲むイスペリア兵に粘りが足りていなかった。
後退する前衛に、ファイカ自らが切り込んで穴を開けていく。結果、イスペリア側の混乱が助長され、被害が集中することになった。
「クソッ、やはり手慣れているっ。敵と無理に付き合うな、散開しろ!」
後衛は弓を放とうとしても、乱戦になりつつある状況で、味方に当たるかもと思い躊躇してしまう。
それは手が緩むのと同義で、その隙にファイカは突破を果たそうとしていた……。
「──こっちも火を放ってください」
だが、それを阻止する様に、ファイカ達の前に炎の壁が立ちはだかった。
「正気かい!?」
ファイカは自分達のことを棚に上げて、先ほどイスペリア側が味わったことを、そのまま意趣返し同然にやり返された。
このままでは、ファイカ共々イスペリア兵達も丸焼きになる。
それを指示した人物、ジルベールは無論、そんなことをするつもりはなくて。
「お願いします」
「任されましたわ!」
簡潔な一言と共に、クローデット率いる令嬢達が城壁より姿を見せた。
城壁に積み上げられた、土嚢の山と共に。
「穴掘りで手にした土嚢ですの、これで消火もお手のものですわ!」
それを、勢いよく地上へと振り撒き始めた。最初に放火され、辺りに回り始めていた火に向かって。
土が降り注ぐのと同時に、空気が遮断されて火の勢いが弱まる。
その隙に、イスペリア兵達は冷や汗を掻きながら、我先にと火の外へと脱出を図り始めた。
「……読まれていたって訳かい」
その様子と、土嚢を数多用意していた準備の良さから、ファイカは火を使ってマルドルを焼却しようとしていた自らの目論見が、事前に読まれていたのだと考えた。
敵に厄介な智者が付いたことを、内心で深く毒づきながら。
……一応明記しておくと、ファイカが火を使うつもりだとジルベールが気づいたのは、マルドルに侵入される直前のこと。
土嚢が用意されていたのは、マルドル城門前に掘った穴の分の土の処理に困ったから。
要するに、消火の用意がされていたのは偶々なのだ。
だが、その偶々が死命を分つ。
戦場では、運も実力のうち。
今まではファイカに味方していた運を、ついぞイスペリア側は、マリーナ騎士団は調略できたのだ。
「……種を読まれちゃ、奇計も奇行と変わらんね」
状況の悪さに、ファイカは嘆息する。
勝ちの目がどこにも無い、生み出せもしないと察したから。
マルドルの様子を見て、取り返すのは無理だと悟った。だから、全てを灰燼と帰して、痛み分けにするしか無いと判断していた。
でも、結果はこの通りで、これは見込みがない。
これ以上の作戦続行は、無意味な上に見苦しい。
単なる自殺行為だと悟って、ファイカは渋々と号令を掛けた。
「──負けだね、退くよ!」
幸い、令嬢達の消火活動で退路は開けている。
迷うことなく、ファイカは空白地と化した帰路へと飛び込んだ。
率先して逃げ出した指揮官に、クルアン教軍の兵士達もその背に続く。この人にも負ける時が来たのかという、何かの潮目を感じながら。
降り注ぐ矢や丸太に見送られて、逃げ延びたファイカ達クルアン教軍。
その数は、半数程にまで討ち減らされていた。
マルドルから敗走したファイカは、ドエロ川に留まる軍勢を取り纏めて退却する。
一連の戦闘、それが決着した瞬間であった。
2週間以上にも及んだメセラ・イスペル間の攻防は、イスペリアのマルドル奪還によって終止符が打たれたのだ。
参加兵力総数は、イスペリアが約24500に対して(うち500程度はマリーナ騎士団)、クルアン教軍が約37000(マルドル守備隊も含む)。
発生した損害は、マリーナ騎士団の死者12名(内訳、令嬢が2名メイド10名)に負傷者82名。
イスペリア軍の死者2800名に負傷者が8800名。行方不明者(落伍者、脱走兵)は1500名。
クルアン教軍の損害が、死者4600名に負傷者6800名。そして、行方不明者が5500名。
両軍の戦闘の激しさもさることながら、戦場を一つに限定せず、イスペリア北西部を股に掛けた機動戦であることが特徴的であっただろう。
戦場の拡大に伴い、統一された指揮系統の下での行動が困難であったのも、この戦いの特色である。
イスペリア軍主力部隊は幾度も追い詰められながらも、ひたすらに逃げ回りながら、ギリギリの死線を潜り抜けて、伍列を維持し続けた。
一方のクルアン教軍は、ファイカ・ビント・ハミダの統率の下、優勢を築き上げて着実にイスペリア軍主力を追い詰めていった。
そして、勝利まであと一歩のところまで手を伸ばせたのは、流石の手腕と言うべきものであっただろう。
戦術レベルでは、多くの場面でイスペリア軍を上回っていた。
そんな彼女の唯一の誤謬は、敵の戦略目標を自軍の殲滅だと見誤ったこと。
結果、根拠地たるマルドルは陥落し、北西部からの退却を余儀なくされた。
ファイカの錯覚はいつから始まっていたのか、どうして間違えたのか、それは本人ですら分からない。
ただ、可能性自体を見落としていたという点で、自分の信じたいものを信じすぎてしまったのかもしれなかった。
──ファイカもまた、勝ち慣れすぎてしまっていたのだ。
その無様に気がついたからこそ、乾坤一擲のマルドル焼却を画策した。あの場面で唯一、引き分けに持ち込める手段であったから。
だが、それも敵に天運が味方し、達成されることはなかった。
一連の戦いで、彼女が纏っていた常勝無敵という衣は、淡くも剥がれ落ちることとなった。
彼女の人生で、かつてない程の大敗であった。
一方、イスペリアにとっては空前の大勝である。
敵を撃退するどころか、10年前に失われた王都の奪回に成功したのだから。
王都マルドル、多くの大河川にアクセスできるイスペリア支配の要。
その王冠とも言える都市を奪回したことで、イスペリア半島を取り巻く均衡は大きく変動することになった。
──全イスペリアの解放は近い。
多くの者が、理屈でなくても予感した結果であった。
四章はこれで終わりです、よろしくお願いします。
「それにしても、マルドルで城壁に合図を送っていた声」
「男、それも相当若いやつのものだったね」
「あの時に城壁に居たのは、アマルが言っていた化け物どもだった」
「なら、それに指示を出す男の声は……」
「ふーむ、なるほどねぇ」
「私は男に負けた。その可能性があるっていうんだね、全く」
「ま、それは良いさ。それより問題なのは、アマルの方だ」
「……戦場で出会って、一目惚れって訳だね」
「全く、バカ孫め」
「でも、いざとなったらアマルが白旗振れるって分かったのは、良いことかもしれないね」
「ま、あの子には、男の下に走れる甲斐性がないんだが」
「……お膳立て、してやった方が良いのかねぇ」