貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第五章 大風起こりて雲飛揚す
第36話 凱旋


 カルロス地方州都にしてイスペリア王国臨時王都バローラはその日、曇天の下にあるにも関わず、街全体を熱狂が包んでいた。

 

 理由は単純、戦勝したからだ。

 エーラ川の時も、バローラの民衆は同様に勝利の美酒に酔いしれていた。

 

 ただ、今この街を包んでいる熱は、かつてのものよりも更に熱い。まるで、熱砂に埋められている様な有様であった。

 

 

 

 ──イスペリア王国軍、異教徒に大勝。

 ──マリーナ騎士団、王都マルドルを奪回す。

 

 メンドースよりその報が知らされて直ぐ、イスペリア王宮から布告が出された。

 

 凱旋するイスペリア軍、それにマリーナ騎士団に手厚い歓待を指示したのだ。

 論功行賞は後日、今は宴を開くべし、と。

 

 

 

 バローラの民衆は、ずっと落ち着きがなかった。

 そうして、その落ち着かなさは軍が凱旋した瞬間、爆発的な歓声として発露したのだ。

 

 

「イスペリア軍万歳、マリーナ騎士団万歳!」

 

「軍部が栄光を持ち帰った、誇りは未だ失われてはいなかった!」

 

「イスペリアよ永遠なれ、我らの王国は不滅だぁ!!」

 

 

 辺りはどんちゃん騒ぎ、お祭りそのもの。

 

 幼気な子供から老いさらばえた老人に至るまで、老若男女全ての人々の瞳が、煌めきと共に瞬いていた。

 

 誇らしげな笑みを浮かべて、今まで一方的に傷付けられ続けていたイスペリア人としての自尊心が、急速に回復しているのだろう。

 

 負け続け、苦汁を飲むことになり続けた現実。

 国の象徴たる王都を奪われ、イスペリア半島の7割以上が敵の手に落ちてしまっていたという屈辱。

 

 その全てを晴らす、完全なる勝利が齎されたのだ。

 正に雪辱、勝利とは美酒であると同時に薬でもあった。

 

 そんな酔いしれんばかりの歓喜と歓呼の渦中に、凱旋したマリーナ騎士団も存在していた──。

 

 

 

 

 

 前の時とは、比べ物にならない。

 

 揉み潰されるみたいな人混み、民衆の人たちはマリーナ騎士団のみんなに涙ながらの感謝を述べながら、握手などを求めてくる。

 

 誰それ構わずに、マリーナ騎士団なら何かしらあやかれるだろうと思ってのことか。

 

 戦闘に参加していなかった法衣貴族のみんな(エレーヌさんは参加してくれたけど)や、馬の調子を見に村から駆けつけてくれたサラまで、ありがたやーと握手を求められ、目を白黒させて。

 

 その中で、俺にまで握手を求める人も現れたのだが……。

 

「こちらのフードの人物は、マリーナ騎士団が誇る軍中占い師のジルベールさんですの。──男性ですから、お触り禁止ですわよ?」

 

 手を握られる前に、クローデットさんが布告を出してくれた。

 

 お陰で、俺の周りだけ漣が引いた様に人混みが退いていく。人混みが改善されて、息苦しさが幾らか緩和された。

 

「た、助かりました、クローデットさん……。ありがとうございます」

 

「いいえ、ワタクシも歩き易くなりましたし、むしろジルベールさんを利用してしまったみたいで申し訳ないのですわ」

 

 申し訳ないと口にしているが、今日のクローデットさんはずっと、俺が歩きやすい様にエスコートし続けてくれていた。

 

 ずっと助けてもらっていたという意味合いでは、俺の方こそ申し訳ない。

 

 でも、俺こそ申し訳ないと伝えたところで、堂々巡りになるのは目に見えている。

 だから、俺は代わりの言葉を伝えた。

 

「では、互いに手を差し伸べ合えたということで。……その、助けてくれて嬉しかったです。いつも、本当にありがとうございます」

 

 感謝を込めて、笑顔を浮かべた。

 お祭りの空気に当てられて、フードを下ろしながら。

 

 人がいっぱいの中でこんなこと言うのは、流石に照れが混ざってしまうけど。

 

 それでも、頬が紅潮するのも構わずに告げると、クローデットさんは目をパチパチとしながら、俺を思わずといった風に見つめて。

 

 ──次の瞬間、ボンっと一気に顔が赤くなったのだ。

 

「〜っ、ジルベールさん、それはズルですわ!」

 

「え?」

 

 そして、口早に俺がズルいと言い始めた。

 一体何のことか分からなくて、はてと首を傾げてしまう。

 

 すると、クローデットさんの顔色は、リンゴ並みに赤くなって。

 

「今の笑顔は可愛すぎますの! 可愛くて、その、経験のないワタクシでは……き、生娘みたいになってしまいますから、フードを早く被ってくださいまし!」

 

 そう言うや否や、有無を言わせずにフードを被せられてしまった。

 けど、その唐突な行動に、そっかと思い出す。

 

 最近は戦陣に居ることが多くて、浮ついた空気になる余裕なんてなかった。

 

 けど、そういえば俺は貞操逆転世界にいて、みんな割と俺に愛着を持ってくれてて、だから可愛いと思ってくれているらしいことを。

 

 今の状況は、元の世界でいうところの、仲良しの女の子に微笑まれて照れてしまっているってことになるだろう。

 

 なるほど、と思った。

 

「──そんなの、クローデットさんの方が可愛いじゃないですか」

 

「ですわ!?」

 

 そうして呟いてしまった一言に、何を言っているのかと目を剥くクローデットさん。

 

 ……それはあんまり可愛くないけど、でも思ったのだ。

 

 俺が可愛い云々は置いておいて、俺なんかにそこまで感情を動かしてくれて、ソワソワしてくれていることがくすぐったくて。

 

 顔を赤くしてくれてからのクローデットさんの所作の一つ一つが、全部俺に向けられた気になって、胸がギュッてなっちゃったのだ。

 

 ……前世で、女の子が気になる男の子を揶揄ってしまう現象、その理屈が分かってしまえた気になった。

 

「な、ななななっ、何を仰っておいでですの!?」

 

「ごめんなさい、何でもないんです」

 

 でも、困らせちゃうのは本意でないから、思わず漏れ出た本音をなかったかの様にスルリと流した。

 

 すると、動揺の矛先を失ったクローデットさんは、目を白黒させて。

 

「……もぅ、たまに意地悪ですわね」

 

「そこも、お互い様ということで」

 

 揃って顔を見合わせると、クスッと笑みを溢しあった。

 

 クローデットさんと心を共有し合えたことが嬉しくて、何だか楽しくなってしまって。

 

 ……同じ気持ちでいてくれたら嬉しいな、って思いながら。

 

 

 

「あ、あの、すみません!」

 

 俺達の間に流れていた、妙にくすぐったい空気。

 それが換気されたのは、バローラ行政府を目指す最中で、一人の女の子に呼び止められてのこと。

 

 ……ちょっと惜しいけど、照れ臭かったから丁度良かったのかもしれない。

 

「こ、こら、バカ娘っ。天下のマリーナ騎士団の騎士様達の進路を邪魔するな! も、申し訳ありません!!」

 

 通りの真ん中で、サラくらいの年齢の子が立っていた。

 

 慌てて、その子の父親らしき人物がすっ飛んでくる。そして、クローデットさんに対して焦り散らかしながら頭を下げた。

 

 無礼を働いたと言わんばかりの態度で、必死に許されようとしているのが見てとれる。

 

「確かに行進の妨害をするのは望ましくないですけれど、それで手打ちにする程、ワタクシは狭量なつもりはありませんわ」

 

「か、寛大なご慈悲、大変ありがたくっ」

 

「物のついでですわ。何か伝えたいことがあるのならば、言ってみてくださいまし」

 

 それにクローデットさんは苦笑しながら、その子の父親に頭を下げるのをやめる様に伝え、話しかけてきた子に何の用かを問い掛けた。

 

 すると、父親はひどく恐縮していたままであるが、その子は精一杯の勇気を振り絞った表情を浮かべながら、こんな問い……いや、お願いをしてきたのだ。

 

「わ、わた、私も! マリーナ騎士団に入って、お役に立てませんか!」

 

 その問い掛けに、周囲の民衆は顔を見合わせた。

 いや、無理だろと言わんばかりに。

 

 細かい理屈はともかくとして、この子に戦働きが向いているとは思えないという空気を漂わせながら。

 

 クローデットさんも微笑ましそうにしていたが、仲間になりなさいと言うつもり無いというのは伝わってくる。

 

 それを肌で感じ取ったのか、その子は焦りを滲ませながら──俺の方を見て、咄嗟にこう言った。

 

「私、男の人よりは役に立てると思います!」

 

 女の子の言葉に、微笑んでいたクローデットさんの表情がピシリと固まる。

 そして、瞬く間に色を失っていったのだ。

 

 クローデットさんが何を考えているのか、少しだけ分かる。

 

 情に厚くて、俺のことを相方だって思ってくれている人だから。

 

 女の子の言い方に、ちょっと腹を立ててくれているんだって。

 

「ジルベールさんは──」

 

「クローデットさん、待って」

 

 だから、次に出てくる言葉が、女の子を叱る物であるのは想像に難くなかった。

 

 でも、今それは不味い。

 何が不味いかと言うと、状況が。

 

 これだけ人が見ている中で叱られると、それは伝播して広まっていくことだろう。……マリーナ騎士団に、無礼を働いた少女として。

 

 それは、あまりによろしくなかった。

 少なくとも、この子やこの子の家族の人生的に。

 

 意図的に喧伝している成果もあって、マリーナ騎士団の人気はバローラで留まることを知らないから。

 

 そうしたら、もしかすると……明日から、非好意的な感情の中で暮らすことに成りかねない。

 

 だから、クローデットさんの唇に人差し指を当てて、待ったを掛けた。俺のことなんかで、わざわざそんなことなる必要はないから。

 

「……失礼致しましたわ、お任せいたしますわね」

 

 止められて、クローデットさんもそれに気が付いたのだろう。

 

 思わぬ怒りに飲まれてしまった自分を、恥入る様に赤くなりながら一歩引いてくれた。

 

 どうなるのかと固唾を飲んで周囲が静まり返る中で、俺はその子に話しかけた。

 

「こんにちは、お嬢さん」

 

「こ、こんにちは……」

 

 緊張で、女の子の背と肩が震えていた。

 多分、発言してから無礼なことを言ってしまったのだと自覚したんだと思う。

 

 まあ、そもそもこんな怪しいフードの人間に話し掛けられたって言うのもあると思うけど。

 

 だから最初に、俺はフードを脱いだ。

 そして、この子が不安がらない様に、屈んで視線を合わせた。

 

 すると、目の前の女の子は、まん丸と目を大きくさせて。

 

「……わぁ」

 

 よく分からない、ため息にも似た声をあげた。

 震えは止まったから、緊張は緩和してくれたんだと思う。

 

 なので、ゆっくりと俺はその子に語りかけた。

 

「人にはね、それぞれ役目があるんだ」

 

「は、はい……」

 

 唐突に関係なさそうなことを話し始めた俺に、女の子は黙って頷いて話を聞いてくれていた。

 

 少なくとも、話の邪魔をしようとする気配はない。

 だから、一つ一つ順番に話を続けた。

 

「例えば、マリーナ騎士団のクローデット・ジラール団長。この方は戦う人であり、異教徒からイスペリアを護る役目を果たしている」

 

「お、お噂はかねがね!」

 

 クローデットさんの方を向いて、その子は目を輝かせながら言った。それにクローデットさんは、苦笑しながら手を振ってくれた、可愛い。

 

「うん、さすがは音に聞こえているだけあるよね。一番大変で、重要な役割でもある。でも、戦う人だけじゃ、勝つことは出来ないんだ」

 

「……え?」

 

 けど、そのクローデットさんに味噌をつける様なことを言う俺に、女の子はパチパチと目を瞬かせ困惑した。

 

 なので、その困惑が反感に変わる前に、俺は立て続けに例を挙げていった。

 

「例えば、調理係の人。クローデット団長は強くて無敵とは言っても、人間だからお腹は空くんだ。お腹空くと、元気が無くなって力も出なくなるよね?」

 

「は、はい」

 

 頷いてくれた女の子は、とても素直だ。

 だから、俺も澱みなく話を勧められた。

 

「うん、だから、そうならないために、マリーナ騎士団にはご飯を作ってくれるメイドさんが居る。クローデット団長の分だけでなく、マリーナ騎士団みんなの分を。それは、役に立たないことかな?」

 

 今度は、フルフルとかぶりを振る。

 それと同時に、女の子の目に理解の光が灯り始めた。

 

「……お兄さんにも、何かお役目があるんですね?」

 

「君は賢いね」

 

 話が早くて助かると、頭を撫でる。

 すると、女の子は恥ずかしそうに体を捩った。

 

 でも、振り解こうなんてことはせずに、ジッと俺のことを見つめ続けて。

 

「どんな人にも、役目があるんだ。マリーナ騎士団以外にも、例えば……君のお父上」

 

 小さくなって、祈る様にこちらを見ていた男性が、唐突な呼びかけに対して、飛び上がらんばかりの反応を見せた。

 

 一方で女の子の方は、その飛び上がらんばかりの反応を示した自身の父を見て、不思議そうな顔をしていた。

 

「お父さん、にも?」

 

「そう、あるんだよ。……君が将来、クローデット団長みたいな立派な人になれるよう、健やかに育てるって役目が。だから、真っ先に謝ってくれたんだ。君にもしものことがない様にね」

 

 俺の言葉に、女の子は少し考えた後に自分のお父さんを見て、そっかと小さく呟いた。

 

 自分の行動と、父が盾になろうとしてくれていた事実を認識して、申し訳なさを顔に浮かべながら。

 

 一方でこの子の父親は、非常に恐縮した様にこちらへと頭を下げていた。その口元は、"本当にありがとうございます"と動いていた。

 

「役目はいつ巡って来るか分からないけど、いつかはキチンと自分の番が来る。だから、焦る必要はないんだ」

 

「でも、私もマリーナ騎士団の方々みたいに、誰かのお役に立ちたくて……」

 

 理解はした、お父さんにも申し訳なく思っている。

 それでも、最初に抱いた気持ちに嘘はない。

 

 そんな態度を示す女の子がいじらしくて、俺は自分で想像していたよりも優しい、サラに話しかける時みたいな声で喋っていた。

 

「君はまだ小さくて、出来ることが少ない自分にヤキモキしているかもしれない。でもね、そのヤキモキが偉大な可能性を生み出すんだ。その君の心は、立派に成りたいって気持ちの裏返しだから」

 

「立派に成りたい、気持ち?」

 

「うん、君は頑張りたいって思ってて、だからマリーナ騎士団に話し掛けてくれたんだよ」

 

 俺の言葉に、女の子は"そっか、私、そうだったんだ"と何度も繰り返して呟いて。

 

 そんな彼女に、俺はそっと結論を告げた。

 

「だから、君をマリーナ騎士団には入れてあげられない。成長している最中で、立派な人になっている途上だから」

 

「……分かり、ました。ありがとう、ございます」

 

 納得した様に、女の子は深々と頭を下げてくれた。

 その言葉に俺も、うんと頷いて。

 

「そういうわけですので、将来立派な人になる予定の女の子です。皆さん、健やかに見守っていてあげてくださいね」

 

 ずっと見守っていた周囲の人々を見回して、女の子やその家族を、村八分にすることがない様に伝えた。

 

 すると、周囲の人々は何処か戸惑いながらも、コクコクと頷いてくれた。

 ……よし、これで一安心だ。

 

「話に付き合ってくれてありがとう、じゃあね」

 

 胸を撫で下ろして、俺はクローデットさんの元に戻ろうとする。

 けど、その前に、女の子から呼びかけられた。

 

「あ、あの!」

 

「うん、どうしたのかな?」

 

「……最後に、お兄さんのお役目、聞いてもいいですか?」

 

 何かの未練を瞳に宿しながら、女の子は問い掛けてきた。

 

 それに俺は、そう言えば自身の役目は答えてなかったと、自分の粗忽に苦笑が浮かんで。

 

「──軍中占い師、単に占い師でもいいよ」

 

「占い師……」

 

 転がすようにその単語を繰り返した女の子は、どこか不思議な食べ物を口にしたみたいな反応をしていた。

 

 多分、占い師がマリーナ騎士団でどんな役割を担っているのか、よく分からないんだと思う。

 

 俺だって、何の知識も無かったら同じ反応をしていただろう。

 

 でも、それを説明し始めると、案外奥が深くて長くなってしまう。

 

 なので少し考えてから、一つのデモンストレーションを行った。

 

 

「──まもなく、全イスペリアは解放されます」

 

 

 それは一つの予測、状況を勘案しての結論。

 現状を顧みれば、ある程度の人は至るであろう帰結。

 

 辺りが無音な中で、俺の声はよく通っていた。

 

「異教徒を下した後、イザベラ陛下はマルドルへと帰還を果たして」

 

 これはある種の天気予報だ。

 データから降水確率を算出して、一番確率の高い起こりうることを言っているに過ぎない。

 

「そうして、マルドルの大聖堂にて──眩いステンドグラスを浴びながら、全イスペリアを統べる者として戴冠することでしょう」

 

 ただ、蓋然性が高い結果を、尤もらしく大仰に口にしているに過ぎない。

 

 そうすることで士気を上げて、戦意を高揚させる。

 これが、額面上での軍中占い師である。

 

 それを実践してみせると、辺りは静まり返ってしまった。ただ、その静かさは、何かを張り詰めさせてもいて……。

 

「お兄さん、それは……」

 

 女の子が顔を上気させながら尋ねてきたので、俺は出来る限りお茶目に笑みを浮かべて返事をした。

 

「──全部、占いの結果だよ」

 

 お祭りの雰囲気の中、俺自身も呑まれるようにしての茶目っ気。

 

 俺の言葉に、静まり返っていた辺りの人達は──風船が割れた時みたいな、そんな爆発的な歓声を上げて、静寂を塗り替えてくれて。

 

 女の子も、俺の言葉に頷いて、嬉しそうにしながら自身の胸を押さえていた。

 

 

 よし、お祭りでの一発芸に成功できた!

 マリーナ騎士団のみんなの前以外で初めてやったけど、ちゃんと受けてくれてよかった。

 

 ……持ちネタにしよっかな、これ。

 

 

 

 一件落着してクローデットさんの元に戻ると、彼女は何とも形容しがたい独特な表情を浮かべていた。

 

 なんというか、101回くらい長靴を履き潰してしまった猫を見てしまったかのような表情だ。

 

「ジルベールさん、やりすぎですわ」

 

 そして、最終的に困った顔で俺にチクリと釘を刺した。

 

 まあ、確かに軍中占い師は遊びでやっているわけじゃないのに、盛り上がるからという理由だけで技術をひけらかしたのは良くなかったかもしれない。

 

 納得出来たから、ペコリと頭を下げた。

 素直に申し訳なかったから。

 

「ごめんなさい。幾ら余興としてでも、お役目が云々言った後で、自身の役目である占いをお遊びの道具にしちゃうのは品がなかったですね……」

 

「いえ、それは素晴らしかったですわ。民衆の方々が浮かべていたあの笑顔、ジルベールさんの話術が極めて優れていた証左でもありますもの」

 

「えと……なら、何がやりすぎなんですか?」

 

「分からないんですの?」

 

「困ったことに、全く」

 

 急に心当たりがなくなってしまい、一体クローデットさんが何にむすっとしているのか分からなくなって困惑してしまう。

 

 そんな俺に、クローデットさんはジトっとした目を浮かべてから、そのまま人差し指で俺の口元を指差して。

 

「……っ、あの年頃の女の子が、少し年上の男の方にあんなに親身に話し掛けられた挙句、ミステリアスな予言なんてされてしまった日には、永遠に忘れられなくなってしまうのですわ!」

 

 俺が想像していなかった方向性で、斜め上のことをクローデットさんはシャウトし始めたのだ。

 

 あまりに斜め上さに、俺はポカンとしてしまった。

 いやいや、いやいやいや。

 

「そんなことある訳ないですよ、クローデットさん」

 

「〜っ、ジルベールさんは聡明な方ですのに、何でこういうところではポンコツになってしまわれますの!!」

 

「……クローデットさんも、時々年頃の女の子になりすぎちゃいますよね?」

 

「いつだって、ワタクシは年頃の乙女でしてよ!!」

 

「それはそうですね、ごめんなさい」

 

 時折、クローデットさんは恋愛脳になる女の子だった。でも、そんなこの人も可愛いと思う。

 ただ、ジトっとした目は早く戻って欲しいけど。

 

 何でかクローデットさんは、俺がモテるだろうって謎の妄想に取り憑かれていた。

 

 そんな物好き、この人以外……いや、自意識過剰だ。

 

 色々と良くない、何がって俺の精神衛生上的に。

 クローデットさんにソッポを向かれるなんて、俺は絶対耐えられないから。

 

「普段から、こんなことを他の人にも言っておいでですの?」

 

 なので、ちょっと拗ねたみたいな問い掛けに、宥めるようにちゃんと事実を伝えた。

 

「誰にでも、なんて言いません」

 

「……ですの?」

 

「はい──精々、サラとベラの二人くらいです」

 

 あと、クローデットさんも、と言うのは本人を前にしていると恥ずかしくて、それは口を噤んだのだが。

 

 俺の言葉に、クローデットさんはプルプルと震え出して。

 

「〜〜っ、典型的な年下殺しの男性ではありませんの!」

 

 なんか、とんでもない冤罪をふっかけられた。

 

 いや、違うし。

 俺、ロリコンじゃないから。

 

「そんなことならワタクシも、ジルベールさんの一個下くらいに生まれておくべきだったのですわーーっ!!!」

 

 そして、様子がおかしいままに、おかしなことを口走り始めた。

 

 クローデットさんの怪しい風評が出回らないよう、慌ててその口を塞ぎにかかったのは言うまでもないことだった。

 

 

 

 

 

 エーラ川での戦勝時と同じく、バローラ行政府前でバルコニーから宰相が俺たちを見下ろしていた。

 

 前の時と同じく、ぼちぼち長い労いの言葉を掛けるつもりなのだ。

 

 それを我慢して、黙って聞けというスタイルではない。好き勝手に振る舞われたご飯を食べても良いし、お酒を飲んでも良い。

 

 ただ、宰相は流し聞きででも良いから、自分の言葉を兵士達に刷り込もうとしているのだろう。

 

 人気がないのを気にしているのだろう、涙ぐましい努力である。

 

 でも、みんな前の時と同じく、宰相の言葉を流し聞きでなく聞き流すのだろうと思っていた。

 宰相、真面目な時はお喋り下手だし。

 

 実際、周りの兵士達は耳ではなく口を動かすのに忙しそうであったから。

 

 ──けど、今回だけは違ったらしい。

 

「皆、祝いの席で無粋な長話を聞かされるのは苦痛だろう。だから、ここでは一つの占い……いや、高名になるだろう預言を各々に託そう」

 

 演説の時は真面目ぶる宰相が、予言という怪しい言葉を口にした。

 

 恐らく、兵士達にとってはそんな宰相、初めての見たのだろう。騒めきと共に、多くの兵士がバルコニーを見上げた。

 

 その反応に、宰相は非常に満足げな表情を浮かべてから、ゆっくりと辺りを見回して。

 俺を見つけて、ニヤリと笑った。

 

 ……何だろう、非常に嫌な予感がする。

 宰相、バルゴ伯を脅迫してた時の悪どい笑みを浮かべてるし。

 

 悪行を働く気なら今すぐ改めろ。

 

 そう気持ちを込めて睨みつけると、宰相は最悪に楽しげな笑みを浮かべて、微塵も悔い改める気がないままにふざけた事を口走った。

 

 

「──間もなく全イスペリアは解放され、陛下は眩く煌めくステンドグラスに照らされながら、我らの主人としてマルドルの大聖堂で戴冠することだろう」

 

 

 こいつ、俺の悪ふざけを聞いてたんだな!

 

「以上だ、皆良く戦ってくれた。いずれ訪れる未来を予感しながら、今日は楽しみ、英気を養ってほしい」

 

 然も言ってやったと言わんばかりの笑顔を浮かべながら、宰相は颯爽とバルコニーを後にした。

 半笑いの表情を、わざわざ俺に見せてからっ。

 

 でも、バルコニー下は熱狂していた。

 うおーっ、と兵士達は宰相の言葉で気炎を上げていた。

 

 ふざけるなよ、俺の持ちネタだぞ!

 上前をはねるアジテートやめろ!!

 

 

 

「……キレそう」

 

「何がじゃ?」

 

「剽窃だよ、著作権あったら勝訴できるよ!!」

 

「何を意味の分からぬこと、言っておるのじゃ」

 

「でもさぁ……」

 

 そこまで言葉を紡いで、ふと気が付いた。

 俺、誰と喋ってるんだろうって。

 

「ご機嫌ようじゃ、ジルにぃや」

 

 目の前にはいつの間にか、髪を括って平民の女の子の格好をしたベラが、にっこり笑顔で立っていた。

 

 また抜け出してきたんだ、お転婆さんめ。

 こんな格好してるってことは、あちこち街中を回っていたに違いない、

 

 ん、あれ、もうかして宰相に俺の言葉チクったのって……。

 

「ベラ、宰相に余計なこと言った?」

 

「うむ。オクタヴィアめ、実に楽しそうじゃったな」

 

 まさかと思って尋ねたら、本当にそのまさかだった。このイタズラお転婆娘!

 

「俺は恥掻かされた気分だよ!」

 

「余の夢を占いの引き合いに出したくせに、どの口が言っておるのじゃ?」

 

「……ごめんよ」

 

「許してつかわすゆえ、構ってたもれ?」

 

 ギュッと腕に抱きついてくるベラを、引き剥がせない。投げたブーメランが、ものの見事に返ってきた気分だ。

 

 ……俺の占いも、ベラがそうしたいって話してくれてた内容だったから。

 

 著作料として、今日はベラのにぃやに勤しむことになりそうな予感がした。





tips:イスペリア首脳部がマルドルにまだ帰還していないのは、マルドルが事実上の最前線となっているから。
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