貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第38話 裏側

 クルアン教の負債の話と切り出してファイカが話し始めたのは、まず最初にその成り立ちの部分であった。

 

「クルアン教は元々、開祖であるムスタファ(選ばれし者)が──天使ジルベールに啓示を受け創始された宗教だ。聖典で何度も読み聞かせさせられた件さ、あんたも覚えてるだろう?」

 

「婆、読み聞かせさせられた、じゃない。読み聞かせてもらった、が正しい」

 

「はいはい、あんたには寝る前に読み聞かせてもらった童話みたいなものだったね。腐して悪かったよ」

 

 ただ、ファイカの物言いは敬虔とは言い難く、アマルは思わず口を挟んでしまった。

 

 その純粋さに苦笑しながら、なおも言い募ろうとするアマルへ一つの問いを投げた。

 

「ならアマル、幾度も語り聞かせられたから知っているとは思うが、ムスタファが何者であったかを言ってみな」

 

 クルアン教圏では、あまりに当たり前な常識。

 そんなことを今更問われて、アマルは気勢を削がれながらも解答をした。

 

「山で何十年と修練を積んだ研鑽者、それがムスタファ」

 

「……で、その性別は?」

 

「……男」

 

 あまりに常識的な問い掛けに、無表情ながら勘ぐる視線を隠さないアマル。

 

 ただ、その視線の先にいるファイカは、その回答に満足したように頷いていた。

 今の答えこそが、話を広げるためには必要だったのだと言わんばかりに。

 

「そう、男さ。預言者であるムスタファは男、だから最初のうちは啓示を受けたなんて世迷言、世間の誰も信じなかった」

 

「……でも、広まった。ムスタファと、その妻。二人三脚で、ちょっとずつ」

 

「伝説だとそうだ、事実としてもね。……ただ、現実はもう少し生臭い」

 

 アマルの言を肯定しつつ、ファイカは更に補足説明を行った。

 

「ムスタファの一族は多神教である神殿の元締めで、その信仰から莫大の収益を上げていた。本国アラン半島の商人たちは神殿の牙城を崩せず、その利益形態から締め出されていた。そんな中で現れたのが、一族の生業を否定し一神教を主張していたムスタファさ」

 

「……商人たちは善人で、自らの利益を捨て、好くムスタファを助けた」

 

「ああ、経典にはそう書いてあるね」

 

 ここでアマルは、何らや自分は歴史の講義を受けさせられているのだということに気が付いた。

 

 ついでに言うと、普段は耳にしない、耳にしたくない類の、神学者が庶民には語らない真っ黒な話を聞かされているのだと。

 

「……ムスタファは、利用された?」

 

「利害の一致、というのが正しいね。商人達は多神教の牙城を崩してムスタファで儲けようと思ったし、ムスタファも商人の情報網や財力を使って施しを行い改宗を促せた。一方的な関係じゃない、共犯者だったってことさ」

 

 敬虔なクルアン教徒として過ごしていたアマルとしては、この時点で既に席を立ちたくなっていた。

 

 戦場での策謀は武略であるが、信仰している宗教の薄暗い話は、日常が黒いモノにヒタヒタと浸食されていく気味悪さがあったためだ。

 

 ……それに、ファイカの話す内容に納得もあったから。

 

 理想の御伽噺としてのクルアン教は、愛と勇気と正義と善意で広まっていく物語であったが、現実はそうもいかない。

 

 実際に広まっていく過程はそうだったのだろうと、理性が理解を示してしまった。

 

 ただ、その現実を肯定することは、完全無欠だったモノの何かが欠けてしまう感じがしてアマルは嫌だったのだ。

 

「斯くしてクルアン教は勢力を広げ、それを危険視した神殿側と交戦状態に陥った。が、ムスタファは男だてらに意外な軍才を見せ、三倍もの神殿側の軍を大破する」

 

「……そうして、ムスタファは赦しを乞うた神殿側と和議を結び、その勢力を吸収した」

 

「よく覚えているじゃないか、その通りだよ。その後、着々と勢力を伸ばしたムスタファは、アラン半島全域をクルアン教の勢力圏とした。その偉大な事績を最後に、命数を使い果たしたようにムスタファは逝去した」

 

 そこまで話し終えて、ファイカは一旦言葉を収めた。意味深にアマルを見遣って、何か聞きたいことはあるかと言いたげにしている。

 

 ただ、現時点で質問するよりも、アマルは話の先が気になっていた。これで話が終わるはずがないと、妙に落ち着かない気持ちになっていたのだ。

 

「……聞きたいこと、ない。続きを話して」

 

「せっかちな奴だね。ま、物語だと、ここでめでたしめでたしで終わるから、その後のことは生臭い現実の話ばかりになるんだけどね」

 

 これから先は、アマルの知っている物語の続きではあるが、空想と現実の落差がある。

 

 そうファイカは前置きしてから、曰く生臭い話をし始めた。

 

「ムスタファはアラン半島を統一し、クルアン教の生存圏を確立した後に没した。ただね、この話には続きがあって、さっきあんたが口にしたことが関わっているのさ」

 

 言われて、アマルはさっき自分が口にした言葉を思い出す。

 

「……ムスタファが、神殿側を吸収、したこと?」

 

 言ってから、アマルは胸がざわついた。

 物事の点と点が、何かの線になりそうで。

 

「そうさ、今のクルアン教は多数の分派を抱えてるだろう? その要因を作ったのが、吸収した神殿側──現主流派のカリフ達さ」

 

 聞いてからアマルは、ああ、納得した。

 自分の知っている歴史と、ここで合流するのだと。

 

「神殿側は、ムスタファの親族。恭順し、厚遇され、能力が評価されて、ムスタファの死後、その叔母に禅譲された」

 

「歴史書では、そうなっているね。……ただ、都合の良いように書き換えてはあるが」

 

「……どういう、こと?」

 

 不穏な物言いに身を固くしながらアマルが問うと、ファイカは待っていましたと言わんばかりに即答で返した。

 

「正確には、禅譲じゃなく──簒奪って言葉が正しいのさ」

 

 今までの話が、線となって繋がる。

 簒奪、という言葉を聞いて納得した。

 

 ムスタファに奪われた神殿側が、奪い返したという物語が完成したから。

 

「……何故?」

 

 だが、納得したからといって、はいそうですかと許して良い話ではない。

 

 アマルはクルアン教徒で、経緯や成立の経緯はともあれ、その教えは正しいと信じているのだから。

 

「仕方ない面はあった、というよりも、そうせざるを得なかったというのが正しいのかね」

 

 ファイカはどこか遠い目をしながら話を進める。

 どこか、過去を探るような目で。

 

「まず、ムスタファは世継ぎが男しか生まれなかった。だから必然、後継者も男になる。が、ムスタファの血を継いでいたといえど、そのカリスマと才能までは引き継げなかった」

 

「……二代目は、能力がなかった?」

 

「その通り、だから折角クルアン教の生存圏として確立したアラン半島は、分裂の危機に陥ったのさ」

 

 話される内容は、アマルにとって初めて聞く歴史の裏側ばかりであった。

 

 でも、自身の知っている歴史と照らし合わせると、何か付合してしまう。

 

「……史書に曰く、二代目はアラン半島を襲う厄災に心を痛め、心因性の問題から失明した。クルアン教では、障がい者は護られる者。与えられる立場、つまり、指導者ではいられなくなった、とある」

 

「ああ、それは欺瞞だね。本当のところは、分裂の危機に業を煮やしたムスタファの叔母が、二代目の目を物理的に潰して指導者でいられなくしたのさ」

 

 さらりと告げられた事実に、アマルはくらりとした。

 歴史の鍍金が剥がされた後に存在した事実は、総じて目を覆わんものばかりだから。

 

「ムスタファの叔母、カリフ制を創設し自ら初代カリフに就任した彼女は、強い指導力を発揮してアラン半島のクルアン教の分裂を阻止した」

 

 ここまで聞くと、二代目は可哀想ではあったが、クルアン教は救われた。一件落着している様にも聞こえる。

 

 でもね、とファイカは続けた。

 まだ、話は終わっていないのだと。

 

「そんな経緯で就任したからこそ、初代カリフの立場は不安定なものだった。民衆達も、薄々感じ取っていたのさ。正当性のない手続きで、カリフが実権を握ったことを」

 

 だから分派が発生して、クルアン教は一枚岩では無くなった、とファイカは話す。

 

「分裂の危機を防いだカリフだが、今度は内乱の種を抱えることになった。発芽すれば最後、四分五裂するよりも悲惨な、クルアン教徒同士の殺し合いという結末を迎える種をね」

 

 ……アマルとしても、覚えはあった。

 

 クルアン教内の分派は、とても仲が悪い。

 それこそ、征服事業の際にも足を引っ張り合うくらいに。

 

 急に歴史が現実とリンクした感触がして、アマルはリアルにそれを想像できてしまい、ひどく落ち着かなくなった。

 

「……じゃあ、どうするべき、なの?」

 

 故に、解を求めて問うたアマルに対して、ファイカはひどく落ち着き払った様子で答えを返した。

 

「カリフもそれに頭を痛めてね──だから、民衆に飴と鞭を用意したのさ」

 

「飴と、鞭?」

 

「そう、用意された飴は、アラン半島のクルアン教徒全員を──無税にするってこと。それが公布された瞬間、疑念を全て放り投げて民衆はカリフを支持したさ」

 

 あまりに都合の良い民衆に、アマルは少しもの言いたくなった。が、逆に鞭の部分を聞いていない。

 なので、論評は控えて続きを尋ねた。

 

「……じゃあ、鞭は?」

 

「全員無税にしたら、国は回らなくなっちまう。だから──周辺諸国を制圧し、そいつらから徴税する必要があった。そのための徴兵が、民衆に対する鞭さ」

 

 告げられた言葉、その意味を理解して、アマルは口を金魚みたいにパクパクとさせた。

 

 だって、それは……。

 

「……私達の戦いは、教えを広めるため、のものじゃ、なかった?」

 

 無表情ながらに、どこか震えた口調のアマルの問い掛け。

 それに、ファイカはどこか素っ気なく告げた。

 

「──他民族から、税金を取るための戦いだったのさ」

 

 違っていてほしい、そんなアマルの祈りを打ち砕くような真実をファイカは肯定した。

 

 自身は信仰を広め、世界をより良くするために戦っている戦士である。

 

 そう信じていたのに、真実としては自国の負債を他地域に押し付けるための徴税官であったというらしい。

 

「…………なんで、話した?」

 

 あまりに生臭い真実を前にアマルは多大なショックを受けたが、それでも辛うじて言葉を紡ぎ出した。

 

 クルアン教の負債と称して一連の事柄を話したのは、今後の展望を語る上で必要なことのはず。

 

 でなければ、今まで話さなかった胸が蟠るような話をする必要などないのだから。

 

「結論から言えば──損切りされる立ち位置にいるのさ、イスペリアはね」

 

 こんな話をした必要性を問うた答えがこれ、アマルは口を完全に噤んだ。

 

 言われたことは理解できるが、それ以上に遣る瀬無さが先立って。

 

「周辺諸国を制圧するために、クルアン教は軍備を拡充した。すると、その軍隊を養うために更に金がいる。徴税範囲を広げるために、更なる出兵が必要になった。それこそ、地の果てを超えた先までね」

 

 そうして、イスペリアまで辿り着いた。

 話の経緯はそうなる、そして結論も。

 

 ……イスペリアは、実のない果実だったのだ。

 

「私らが辿り着いた先は、豚塗れの辺境だったってわけさ。それまでに下してきた、ピラミッド建設で文化を築いてきたシャムス(太陽の国)や、オリエントを統一することに成功したアル・アハカーフ(砂丘の国)みたいな国と比べて、遥かに人口が少なく実入りがない国がここさ」

 

 どこか遠くを見て、ファイカは少し寂しそうにボヤいた。

 

「更には、山塗れで熱烈に抵抗してくる異教徒達が跋扈してるとくる。収入より、支出の比率の方が著しく高い。持っている意味がない土地、クルアン教にとってイスペリアの保持自体が負債になっちまったんだよ」

 

 なるほど、とアマルは思った。

 考えてみれば、兆候はあった。

 

 本国兵をイスペリアから引き抜き、にわか徴兵のガルガン人を代わりに宛がってきたこと。

 

 兵だけでなく、歴戦の部隊長すら幾人も引き抜かれていったこと。

 

 本国兵の派兵を要請しても、一顧だにされなかったこと。

 

 全部、このことを聞いてしまえば納得できる。

 ただ、だとしたら代わりの疑問点も出てくるが……。

 

「……なら、イスペリアから撤兵しない理由、なに?」

 

 負債だと思っているのに、本国はイスペリアを損切りしようとしていない。

 

 保持したまま、何もしようとしない。

 まるで、壊死していく様を眺めているみたいに。

 

 そんな、ある種無垢な問い掛けに、ファイカは薄ら笑いを浮かべて。

 

「面子、だろうね」

 

 そうして口にしたのは、今までイスペリアで戦ってきた者を足蹴にするような言葉だった。

 

「……体面を、気にしている?」

 

「そうさ、イスペリアは切り捨てたいが、無条件で撤退すれば他の占領地で抵抗が活発化する。だから私らは、未だにここにいるのさ。孤立無援の中、善戦して死ねって思われながらね。負けて帰っても、私らは鼻つまみ者さ」

 

 自嘲と共に、ファイカは嘆息した。

 自身の境遇を嘆いてのものではなく、そんな体質をしているクルアン教の現状に対して。

 

「なら、今までの戦いは……」

 

 自問自答の如く呟いたアマルに、ファイカは忌憚のない事実を口にした。

 

「切り捨てられる立場の者が、自身の生存圏を確立しようとしていた戦いさ。言っただろう、このままではジリ貧になる一方だって」

 

 戦って、戦って、そして死ぬしかない。

 根腐れを起こして、徐々に衰弱を起こしながら。

 

 崇高さや気高さなんてない現実を前に、アマルは足元が無いような、宙の上に浮いてしまっているかのような気持ちになった。

 

「で、だ。だからこそ、足掻ける内に足掻こうとして先の決戦に挑んだ。結果は惨敗、致命的な敗戦を引き起こした。延命はできても、根治できる状況じゃなくなっちまった──悪いね」

 

 ただ、アマルは顔を上げた。

 ファイカの謝罪など、人生で初めて聞いたから。

 

「……婆、弱気?」

 

「さて、ね」

 

 曖昧に濁したファイカだが、アマルの言葉を否定することはなかった。

 それが、アマルにとっては信じられなくて。

 

「──戦うべき、婆」

 

 気が付けば、アマルはそんなことを口走っていた。

 

 こんなの、婆らしくないと。

 普段よりも、小さく見えた背中に反発して。

 

「戦うって、何とさ? まさか、反乱を起こせって意味じゃ無いだろうね?」

 

 ただ、その言葉は抽象的にすぎた。

 主語が見えなくて困惑するファイカに、アマルは続けて言い募った。

 

「生きる努力、すべき。経典には"現世の善と悪の行いは、最後の審判で裁かれる"とある。このままだと──婆は惨めな悪党として、終わる。死ぬにしても、ちょっとは善行、積んでおくべき」

 

 それはド直球な、婆はこのままだと地獄に落ちるという忠告であった。

 

 あまりの物言いに、珍しくファイカは目を白黒させる。

 

 けれども、次第に己の行いを振り返り始めて──思わず、笑いを堪えきれずに漏らしてしまった。

 

「く、ククッ、た、確かにねぇ。私が戦いのためにやったことを考えると、もれなく天秤は地獄へと傾くだろうねぇ」

 

「婆、笑い事じゃ無い」

 

「笑い事さ、今まで自分の行いなんて気にしてなかったのに、命が危険になると案じ始めるなんてことはさ」

 

 何かがツボにハマったのか、くつくつとした笑いを隠さないファイカ。

 

 どこか釈然としないアマルではあったが、先ほど纏っていた諦観の雰囲気は吹き飛んでいる。

 

 飄々としている祖母が帰ってきたことが、孫の身としては嬉しかった。

 

 

 

 そうして、ひとしきり浅い笑いを繰り返した後、ファイカは納得したように呟いた。

 

「ま、これから善行を積むにしても、生き延びなくちゃ話にならないってことだね」

 

「婆の悪行、考えると、あと100年は生きて善行を行うべき」

 

「どんだけ死ねない身の上なんだい、私は」

 

 根本的な問題は解決していない。

 が、先と違って空気は明るい。

 

 何故なら、明確に目標を定められたから。

 

「無様でも、生き延びろってことだね」

 

「そう、以後、孫に優しい婆として余生を過ごして」

 

「長すぎる余生じゃないかい、100年は」

 

 アマルの生きようとする意思。

 それに対して、ファイカも思うことがあったのだ。

 

 

「……そうさね、生きるためなら名分は立つかね」

 

 

 指揮官としての責任は、もう既に守る必要性がない。

 本国の方が、自分達を守る意思がないのだから。

 

 ならば──アマルを生き延びさせる、その一点のみに責任を持っても良いだろう。

 そんな今後についてを、ファイカは考えていた。

 

 ……例え、自身が死ぬとしてもだ。

 

 祖母の胸の内を知らず、アマルは無表情だった。

 

 何だかんだで尊敬する祖母の心から、火が消えなかった。その一点を、胸の内で喜びながら。

 

 

 アマルが生き延びるため、生存のための準備をファイカが整え始めたのは、そのすぐ後のこと。

 

 負けたせいでカリスマ性が喪失し、統制を失いつつあるガルガン人達を叱咤しながら──イスペリアで行われる、最後の大戦の準備を。

 

 図々しくも侵略の被害者であるイスペリアに対して、自らの生存を認めさせる戦いの準備であった。

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