貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ですわお嬢様
祭りの翌日、民衆は未だに浮ついていたが、バローラ行政府内では既にその様な空気は一掃されていた。
イスペリアの貴族や軍人、そして宰相にベラまで集まっていた100人以上はいる広間の中。
そこに、俺はクローデットさんやエレーヌさんと一緒に参加していた。
参加といっても、意見すると"男如きが"と睨まれ、クローデットさん達が軽んじられる要因になり得るので、何かあった時に相談と助言に乗るくらいの役割だけど。
そんな場所行われているのは、会戦がある度に開催される論功行賞である。
俺にとっては、初めて参加する場だ。
エレーヌさんが教えてくれたから、知識としては知っているが、実際に場の雰囲気を感じ取るのは初のこと。
それでも、今回の場が何かおかしいことは、肌で感じ取れた。
イスペリア貴族達の視線が、俺たちへと集中していたから。
──鋭いのに、粘ついている視線が。
まるで蛇の檻にでも入れられた気分で、酷く落ち着かない気分になる。
戦場で感じる張り詰めた空気とは違う、どこか深海に沈んだみたいな重苦しさ。敵視や嫉視が入り混じり、焦りや動揺を微塵も隠さない負の感情のジャングルの中。
ここにいるだけで、臓腑にタールでも流し込まれているみたい。戦場とは別種の危険に満ちていると、それだけで察することが出来てしまった。
「ジルベールさん、ご無理はなさらずに」
「今日は慣れることだけで十分だから、落ち着いていこう」
でも、クローデットさんとエレーヌさんは平然としている。踏んできた場数が違うのだ、その姿が頼もしい。
「……二人とも、ありがとうございます」
なので、何とかそれだけを口にして、それ以後は沈黙を守ることにした。
どうやら、今日のこれは俺の実地研修で、この時点ではあまり期待されていないらしいから。
将来的、早くて次の時にでも息ができる様になっていてほしい。
そういう目算で、この場に連れてきた。
こんな場でも、俺が使える様に。
今後も、頼りにしたいから。
その心遣いが伝わってきて、役に立たなきゃって焦る気持ちが引っ込んだ。
代わって、無理して足を引っ張る様なことはしたくないって気持ちが出てきたけど。
こんなただ中でも、ベラは笑みを浮かべていた。
平然と、深海の底でも息ができると言わんばかりに。
昨日のことなんて、何もなかったみたい。
今のベラは、妹ではなく王族の幼体に見えた。
けど、目が合うと、ほんの少しだけベラは口元を緩めてくれて。それに安心できたのは、俺の中だけの秘密だった。
「さて、では本題に入ろうか」
幾つかの議題を挟んだ後、宰相はそう切り出した。
メンドース将軍と──こちらを見つめながら。
「本題とは無論、論功行賞のことだ。そして、此度の戦で大きな武勲を挙げた者達、その存在を君たちは既に知っているだろう」
わざとらしい、焦らすかの如き前置き。
周りの視線が、クローデットさんとメンドース将軍に集中する。
「ここで論ずるべきは、誰が第一の戦功を挙げたかに在らず。──成した事柄に対して、どれだけ報いるのかということだ」
宰相の言葉に、空気がヒリつく。
広間の温度が、上がっているようにも、下がっているようにも感じられた。
辺りから、囁き声が漏れ始める。
「マルドル攻略は大功ではある、がそれは将軍の協力あってのものだろう」
「他者の功を自ら私する行為を許して良いのか? 公式の、このような場で……それは、売国ではないのか?」
「第一、報告もどこまで本当のことやら。大方、将軍の策で空になったマルドルに入場しただけのことだろう」
「将軍は一体何を考えていたのか。その程度のこと、北方の蛮族どもに任せずとも私ならば軽々こなせたであろうに」
この広間全体を、暗くて重いものが満たしていく。
それは、嫉妬の言語化であった。
わざと、皆がこちらに聞こえるように話している。
調子に乗るな、偶然だ、何かの間違いだ。
俺たちに対してのものであるが、同時に宰相へ向けて釘を刺している。
今回の功績は隠しきれない物ではあるが、出来る限り矮小化しろと伝えているのだ。
そうでなければ、国内で外来勢力を肥え太らせてしまう。
自分達が得られるパイの量が減る。
いや、それどころか、既存の権利すら侵害しかねない。
外来勢力のマリーナ騎士団に褒賞を与えるにしても、今のままで限度があるから──相応に報いるためには、イスペリアに取り込むしかなくなる。
そうなれば、新たな大貴族の誕生である。
既得権益者として、貴族達は新たな軸になり得る政敵の誕生の阻止を、心から願っていたのだ。
「メンドースよ、汝が最大の功労者じゃと既に上奏を受けておる。貴族と……それから、マリーナ騎士団のジラール団長からもじゃ。それは承知してくれるな?」
その深くて黒い政治の川へ、ベラは確かめるように石を一つ投げた。
騒めいていた貴族達が、揃ってベラを見遣った。
何事かと、驚きを隠せないままに。
何だろうかと思っていると、近くから囁き声が聞こえた。
「イザベラ陛下がこの様な会議の場で発言するのは、初めて見る光景なのですわ」
クローデットさんの囁き声だ。
くすぐったくて身を捩りたくなりながら、騒めきの理由を理解する。
「──本気なんだ、ベラ」
昨日、俺に対して幼年期は終えると告げた彼女。
子供であることと別れを告げると、そう言っていた。
これが、多分その一歩目。
ここで発言をするのは、責任を負うことと同義であるから。
「陛下、それは──」
咄嗟に、宰相が掣肘しようとした。
ベラが唐突に、火中の栗を拾いに行った様に見えたのかもしれない。
でも、そんな宰相に被せて発言をした人物がいた。
「──無論です、陛下。身に余る栄誉を賜われた幸運、感謝の念が尽きません」
そう、語り掛けられた本人のメンドース将軍。
宰相は思わずといった風に将軍を睨んだが、感情が読めない笑みで受け流されてしまっていた。
「うむ、良い心掛けじゃな。ちこうよれ、メンドース」
「御意に」
指示に従い、メンドース将軍はベラと宰相の前までやって来て。
そこで、ベラは宰相を見遣って問い掛けた。
「オクタヴィアよ、此度の戦は誠に救国の一戦と呼べる物であったが、その功に比する褒美はどうなるのじゃ?」
「……陛下、どうか臣にお任せ願えませんか?」
ただ、問いに対する回答はなされなかった。
宰相から出たのは、やや弱っているかの如き声。
考えるまでもなく、ベラの不用意な発言に注意を促している。
ベラの一言で、此度がどれ程の大事だったのかを認めざるを得ないから。初めから、価値を釣り上げた状態で報奨の話をしなければならなくなってしまった。
その点で、宰相は困ると苦言したのだ。
宰相にとって、メンドース将軍は敵でもあるのだから。
「すまぬな、オクタヴィア。余も高揚しておった様じゃ」
故にか、ベラも過ちを認めて言い分を認めた。
自分が勝手をして、形式を壊すつもりはないと。
「いえ、ご寛恕に感謝申し上げます」
それは、宰相を蔑ろにする行為のようにも、周りから受け取られかねないから。
だから尊重している姿勢を示して、ベラはそれ以上の言を弄することはなかった。
でも、ベラは幼いけどとても賢い。
今の政治的なやり取りについて、分かってないはずがない。
だったら、さっきの発言はわざとってことだ。
わざと、メンドース将軍の報酬を釣り上げる様なことをした、
何故と問い掛けたかったが、真相はベラの楽しんでいるみたいな笑みの中に埋没してしまっていた。
……ただ、広げた波紋は、確実に影響を及ぼしていたみたいだったけれど。
「メンドース将軍、貴公を侯爵に列し……北西部総括官へと任官するものとする」
宰相が羊皮紙の内容を読み上げた時、周りの反応はイマイチな物であった。
それもその筈、総括官なる役職は今までイスペリアには存在していなかったのであるのだから。
「……オクタヴィア殿、お聞かせ願えますか?」
「無論、貴殿のために新設された役職であるのだからな」
何だそれは舐めているのかという、貴族達の鋭い視線が突き刺さる中でも特に気にせずに、宰相はその役職とやらについて語り始めた。
多分、神経がワイヤーロープ並みに強靭なんだと思う。
「総括官とは、就任した地域の軍事、経済についての裁量権を持つ者である。各諸侯は総括官からの要請に対して努力義務が存在しており、また総括官は担当地域に対して徴兵権及び徴税権を有するものとする。……端的に言えば、該当地域で陛下の代理を務める権限がある、ということだ」
しかも、嬉々として火に油を注ぎ始めた。
周りの貴族達の騒めきが大きくなり、中には懐中に手を伸ばしてブチギレている者も存在していた。
当たり前である、だって宰相の言うことを要約すると……。
「北西部に領地を持っているのは、多くがエーラ川の戦いに参陣していた貴族で、メンドース将軍の息が掛かった者が多い」
「そこに徴収する権利を与えるのは、宮廷のお財布を痛めずに政敵の伸長も抑制できる策、と言うことですわね」
「尤も、これじゃあ北西部の貴族達から反感どころか、憎悪を買うことを免れないよ……」
「勝手に自らが有していた権利を、売り渡されたようなものですものね……」
エレーヌさんとクローデットさんは、宰相のあまりにもパワープレイングな論功行賞に、感心2割ドン引き8割の様子で恐れ慄いていた。
やっていることを考えると、然もありなんである。
……それに、宰相の狙いはそれだけじゃない。
これは離間の計だ、将軍と貴族間の連帯を断つための。
将軍にその権利を付与することで、将軍が実際に徴収を行うか否かは関係なしにその権限に貴族達は警戒を余儀なくされる。
結果として、距離を置かざるを得なくなる。
将軍の近くにいれば、頼られた時に拒絶しがたくなってしまうのだから。
それに、元より貴族達は将軍に忠誠など誓っているようには見えない。
旨みがあるから味方をしていたのだ。
それが、自らの権利を脅かす存在になってしまったのならば、その時点で仮想敵と化してしまう。
……上手い、と思わず感心してしまった。
正直、宰相を舐めていた。
相変わらず粗が多いパワープレイング振りだけど、そこに搦め手も含まれている。
腐ってもイスペリア宰相として今日まで失脚しなかった手腕は、こういった調整能力から来ていたのかもしれない。
このままいけば、勢力を伸長させる筈だった場で、合法的に政敵を弱体化させることに成功したであろう──並みの相手であれば。
「とても光栄で、栄誉ある褒賞に感謝申し上げます」
「では──」
「──ですが、どうかお待ちください。オクタヴィア殿、結論を出すにはまだ早いとは思われませんか?」
「……何?」
受ければ孤立、避ければ甲斐なしとなりかねない中で、メンドース将軍はいつもの笑みを崩さずに穏やかな口調で告げた。
「まだ、戦いは終わっておりません。大勝したとはいえ、イスペリアには依然として異教徒が巣食っています。この褒賞については、そちらを排除してからでないと軍が一丸とならないかもしれません。一先ず、皆には金銭で報いられては如何でしょうか?」
わざとらしさ全開な悲しさを装って、将軍は待てを掛けた。
その言葉は、空気の弛緩と共に困惑を生み出していた。
政治的な問題は棚上げして、全部先送りにしてしまおうと言ってるのだから。
「いつになるとも、知らぬのにか?」
「もう間も無く、ですよ」
「……論拠は?」
怪訝に問いかける宰相に、将軍はほんのりと口角を上げて。
「オクタヴィア殿もご存知でしょう──占い、予言です」
そっと、俺の方を見やってきた。
答えは、そこにあると言わんばかりに。
…………は?
「オクタヴィア殿自身が、その予言を流布しておられましたもの。信じてない訳がありません、そうでしょう?」
俺の脳が停止している間に、将軍が畳み掛けた。
その言に、宰相は苦虫を噛み潰した表情を浮かべた……俺の方へと、恨みがましく。
自分で墓穴掘っただけじゃん、こっち見るな。
「貴殿"も"本気で信じているのか、それを……」
「ええ、きっとその点において、私とオクタヴィア殿の視座はそう変わりませんわ」
二人の視線が交わって、妙な沈黙が数秒舞い降りる。
宰相は酷く複雑そうな表情で、将軍は色の変わらぬ笑顔を浮かべて。周囲の貴族たちは、怪訝そうに二人を取り囲んでいた。
多分、この瞬間にだけは、二人で通じ合えた何かがあったのかもしれない。
予言とかいう、明らかに悪ふざけな宴会芸の賜物が軸になっているのは、些か以上に物申したい気持ちになってしまうのだが。
「それに……南部の土地を奪還した時の方が、より公平な裁定が行えますでしょう?」
ただ、将軍は沈黙を直ぐに断ち切った。
周りの貴族達をグルりと見回して、貴方がたもそう思いますよね、と同調を求めたのだ。
それに対して、即座に貴族達側からのレスポンスが帰ってきた。
「そ、その通り! 此度の戦勝、誠な偉業でありましたが、報いるには些か土地が足りておりませぬ!」
「左様左様、将軍がもう間も無く異教徒を駆逐できるというのであれば、その通りになるのでしょう。そこまで急いてことを運ぶ必要もありますまい」
「第一、先の総括官なる役職は、長らく異教徒に支配されてきた南部にこそ必要なもの。秩序の再構築に成功しつつある北西部には、不要な代物でしかない!」
「それに、陛下からも最大の功労者は将軍だと仰っておいでだった! その将軍に、実態なき褒賞で報いようとは何事か!!」
出るわ出るわ、行くのを我慢していた時の尿くらい勢いよく、急ぐべきではない、また次回にという言が溢れ出してくる。
将軍の功が大きすぎて(敢えてマリーナ騎士団については言及していないのだろう)、現状では報い切ることが出来ないのだと。
いっそのこと、白々しいまでの自らの権利の保護に貴族達は乗り出していた。
「……クローデットさん、マリーナ騎士団を高く売り付けるなら今回しかないと思う」
「マルドル攻略の衝撃も、次回には薄らいでいる、ということですわね?」
「それもあるけど、この貴族達を見ていると、軍功を立たせないためにマリーナ騎士団を前線に連れて行かないってこともあり得るよ」
「……それで勝てるのでしたら、結構ですわね」
「結果負けたら、論功行賞どころじゃ無くなっているだろうね」
その醜態を目の当たりにして、エレーヌさんは困った顔で、クローデットさんは呆れを隠さないでヒソヒソ話を行なっていた。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、もう国難は脱したと言わんばかりの態度に、困惑と馬鹿馬鹿しさを覚えずにはいられなかったのだろう。
俺も気が早すぎると思うし同意見だけど、それ以上にマリーナ騎士団としてはどう立ち回るのが最善かを考えて。
「……俺達は居候の渡り鳥みたいな身の上です。いま餌箱に嘴を突っ込む行為は、餌を待ち望んでいる雛達の憎悪を買うことになります。やめておいた方がいいと思います」
咄嗟に、小声で二人に語り掛けてしまっていた。
欲張ると碌なことはないと、深入りを避けるように。
それに、二人はキョトンとした目をして。
「もう大丈夫ですの、ジルベールさん?」
「無理、してない?」
心配を隠さずに、それでいて意外そうに二人は尋ねてくれたのだ。
その優しさがこそばゆく、それでいて嬉しい。
でも、二人に甘えるためにこの場にいるのではない。
「ありがとうございます。でも、慣れちゃいました」
そう告げると、クローデットさんは複雑そうに、エレーヌさんは感心した風に頷いてくれて。
「あなたの言葉は、いつだって天啓のようですわね」
けれど、複雑そうにしていても、クローデットさんは胸を手を当てて、俺の言葉を受け取ってくれた。
聞くに値する、信じたい言葉だと。
「……クローデットさん、本当に良いの?」
そんな団長に、エレーヌさんはあれだけ必死に戦ったのに、騎士団の功績を矮小化されるのを認めるのか、と問い掛けた。
反対しているのではない、心に従っているのかと確認を取ったのだ。
それに、クローデットさんは穏やかな笑みを浮かべて。
「元より、ワタクシ達は功績を求めてイスペリアでの戦いに身を投じたのではありませんわ。戦わねば、生き延びることが難しかったが故に剣を手に取ったのです」
こともなさげに、気にしないと言い放ったのだ。きっと、他の令嬢達も分かってくれるだろうと。
その穏やかさで包まれた明朗さを前に、戦いの渦中で忘れてしまいそうだった始まりを思い出す。
俺達は、生きていくために戦っていたのだと。
数ヶ月前までのことなのに、酷く懐かしい。
密度が濃すぎて、一日が何日にも伸びたように感じたからか。
「……そう、だったね。うん、そっか」
エレーヌさんも懐かしそうにしながら、そうだったねと顔を見合わせた。
そうだ、俺達は自らの安全のために戦っていた。
大きな戦いに参加することが多かったが、求めて危険に飛び込む真似をしたい訳じゃない。
一番大切な初志を、クローデットさんは覚えていた。
クローデットさんはやっぱり、いつだって高潔で心強い、頼りになる団長であり相方だった。
「……認められない、褒賞に不均衡が生じかねん」
宰相がその一言を発した途端、辺りは怒号に包まれた。
当たり前ではある、理由は極めて利己的だが。
自分たちの権利を脅かさんとする相手に対して、攻撃的になるのは権利を持つ者のサガなのかもしれなかった。
「既に不均衡は生じているのです、オクタヴィア殿」
そして、周りの空気に乗るように、メンドース将軍が追い打ちをかけ始めた。
「どこが不均衡だと言う」
「聞いてくださいまし、宰相閣下。今の私の褒章を上限にしてしまえば──偉業を成し遂げたマリーナ騎士団には、どう報いられると言うのですか」
ただ、将軍がその追い打ちを口にした途端、周囲は却って静まり返った。
敢えて貴族達が口に出さないようにしてきた単語が、ここに来て暴き出されたからだ。
「それは……」
宰相はこちらを一瞬見遣って、眉を曲げた。
困っている、逡巡している表情だ。
メンドース将軍は、宰相が浮かべた一瞬の隙を見逃さなかった。
「きっと、オクタヴィア殿はこう考えられたのでしょう。報いるためには──カルロス地方を譲り渡すくらいしかない、と」
将軍の言葉に、痛いくらいの無音が部屋を支配した。
カルロス地方、宰相が治めている領土。
このバローラを州都とした、イスペリアの最後の寄る辺となっていた土地。
それを譲ろうとした、なんて事は、尋常ではない物言いであったから。
「元より、マリーナ騎士団の方々は流浪の身の上。イスペリアでの数々の恩に報いるためにも、彼女達の将来のことを考えても、そうするのが最善であると」
朗々と語り続ける将軍を前にして、皆が絶句する中で宰相は呻くように呟いた。
「…………それこそ、褒章が見合ってないではないか」
宰相が口にしたのは、極々普通の正論。
戦功第一の将軍に与えたものよりも、マリーナ騎士団への褒章が大きいと言うことになりかねない。
だから、それは間違いではないはず。
でも、その言葉はどこか力無く、まさかと思わせられるものがあった。
「ですから、名は与えずとも実は与えるおつもりだったのでしょう? ──バローラ限定の総括官に、ジラール団長を任命することで」
将軍は柔らかな口調で、宰相が何を行いたかったのかを指摘する。
それに、宰相は苦虫を噛み潰した顔を浮かべた。
事実だと認めたに等しい表情であった。
「元より、オクタヴィア殿は宰相として陛下と共にマルドルへ向かうおつもりなのでしょう。だから、主人なき領地になるカルロス地方は、マリーナ騎士団の方々にお任せするつもりだった。その為の総括官という役職、徴税権と徴兵権でしょう?」
メンドース将軍はまるで探偵のように、洞察した内容を口にしていく。それに対して、宰相は固く沈黙を守って返答をしなかった。
否定しようにも、全部に筋が通っている。
故に、失言を避けるためにも黙り込むしか無かったのだ。
代わりに、周囲の貴族達が騒めき始めた。
その行為の可否に対して、囁き声が飛び交い始める。
おおよそが、否定的な声ばかり。
これは売国的では無いか、と。
「……さて、此度は報奨金を出す、と言うことでよかったかの?」
そのまま、宰相の吊し上げ大会が開かれかねない、というところで、黙るように言われていたベラがまた口を開いた。
結論はそれで良いか、と。
メンドース将軍の提案を全面的に認める代わりに、不毛な真似を止めるように。
「……御心のままに」
「ふふ、陛下のご賢察のほど、恐れ入ります」
「……マリーナ騎士団としても、異存ありませんわ」
結局、そういうことになってしまった。
追求しないことと引き換えに、将軍は貴族達を取り纏めて激発するのを抑えた。
宰相は、ベラに庇われた形でこの場をやり過ごしたのだ。
ことが終わった後、俯いてその場に佇んでいた宰相の背中は、どこか小さく感じた。
その翌日、妙に酸っぱい表情(しわしわピ◯チュウみたいだ)で俺を訪ねてきた宰相は、開口一番にこんなことをほざき始めたのだ。
「なぁ、性悪腹黒占い師。お前みたいに、皆を騙くらかして好かれる方法はないのか? 私、このままじゃ貴族どもに失脚させられる気がするんだが……」
「微塵も助けられる気がない懇願やめろ」
「長きに渡って王家を支えた忠臣を敬い、憐れむ気持ちが貴様にはないのか!?」
「ない」
「これだから最近の若い奴は!!」
目の前でブチギレている宰相を前にして、俺はため息を吐いた。
……ちょっとでもしおらしくしてくれてたら、素直に助けようって思えるんだけどなぁ。
tips:ジルベールが宰相に敬語使わないのはなぜ?
宮廷道化師としてジルベールがベラの兄役を務める中で、ベラに気安く接するのに宰相には敬語を使うあべこべ状態に頭がおかしくなった宰相が、"陛下にそれなら私にもそうしろ!"と主張したことが始まり。
ひっそりと、生意気な歳下に親しげに接してもらっている気がして喜んでいたりする。