貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第40話 痔持ち

 未だイスペリアの動乱は終結していないが、マルドル攻略を機に徐々に小競り合いについては収まりつつあった。

 

 クルアン教の軽騎兵部隊による農村への焼き討ちや略奪作戦は行われず、軍全体の動きが鎮静化へと向かっていたのだ。

 

 逆にイスペリア側は、動きが活発化していた。

 

 先の戦いで損耗した正規軍は再編中で動くことができないが、貴族達は己の領地の私兵を嬉々として編成していた。

 

 ……衛兵を無理やり遠征軍へと転属させ、即席で部隊を作るという形で。

 

 そして、各地で分断されたクルアン教に支配されていた地域を次々と、バラバラに打って出て行ったのだ。

 

 最初にその話を聞いた時、正気を疑った。

 どう考えても、返り討ちに会う未来しか見えなかったから。

 

 バカで露骨な戦功稼ぎである、そう思っていたのだが……。

 

 意外なことに、碌な練度もないはずの貴族の私兵達は、次々と支配地域を解放することに成功していったらしい。

 

 宰相から聞いた時は、耳を疑う以前に虚報であると断定しそうになった。

 

 けど、理由が分かればなんてことはない。

 貴族たちが進軍した先は、既にクルアン教軍の撤兵が済んだ後だったのだ。

 

 恐らくは先の敗戦の後、敵将が間も置かずに退く作業に取り掛かったが故のこと。

 

 撤退経路は海、そこしか分断された敵が退く道がないから。イスペリアに捕捉される前に、手品みたいな手並みで遁走されてしまっていた。

 

 貴族達は自らのことを解放軍と称し、戦う前に逃げた敵を嘲笑い勇を誇っているらしいが、後々のことを考えると頭が痛くなってくる。

 

 逃げた敵とクルアン教軍主力の数を推定で算出してみたら、こちらを上回ることはあれ下回ることはなかったから。

 

 貴族達の能天気ぶりが羨ましくもあり、こうはなりたくないという反面教師でもあった。

 

 一方で、そんなロクでもない貴族達に追い詰められつつある人物も存在していた。

 

 

 

「クッ、血便が止まらん。貴族ども由来の心因性のいぼ痔が原因であることに疑いはないが……」

 

「人を行政府に呼び出しておいて、話す内容がそれって正気なの? すごく聞きたくないんだけど」

 

「傷付いているんだぞ、私は……」

 

「肛門が、物理的にね」

 

 そう、能力はあるのに爪が甘かったり相手が悪いことで定評がある、イスペリア宰相オクタヴィア・カルロスである。

 

「一体、私が何をしたというんだ!」

 

「そっちは覚えあるでしょ」

 

「……クソ、忌々しい限りだが何故かあるっ」

 

 頭を抱えて椅子にドカっと座り込み、自身のいぼ痔を痛めつけて悶絶する宰相。

 

 あまりにもあんまりな姿に、この国は本当に大丈夫なのかと心配になってきてしまう。

 

 けど、こんなでも今までイスペリアの文を司り、多くの代償を払いながらも滅亡の淵にあった国を保ってきた実績を持つ能吏でもあるのだ。

 

 人間、素行だけで判断できないという典型例なのかもしれない。

 

「ぐおぉ!? 私の尻がっ、尻がァ!?」

 

 ……やっぱり、誇大広告かもしれなかった。

 

 まあ、悪知恵は良く回るし、前線の補給で苦労させられなかったから能力があるのは間違いないんだけどね。

 

 

 

 そんな格好のつかない宰相ではあるが、その立場はとても不安定になっている状態であった。

 

 理由は勿論、派閥の形成に失敗したから。

 

 宰相に就任した経緯からして、多くの敵を作ってしまったが故の悲哀ではあるが、ほぼ自業自得としか言えない。

 

 策謀を練れて事務処理能力も極めて高いが、だからこそ他人に頼ることが下手なのかもしれなかった。

 

 喧嘩を売る才能ばかりは一流だから、敵ばっかり作っていくし。

 

 ……性格的に、率いることが苦手な人かもしれない人物だった。

 

 

「呼び出したのは、肛門の診察の為だったりするの? だったら、大人しく医者か神父様を呼んだ方が良いと思う」

 

「それはそうだが……これはちょっとした雑談だが、お前はいぼ痔を治すならどうする?」

 

「……切る?」

 

「き、る……切る!? 狂っているのか、お前は!?」

 

「俺、医者じゃないから」

 

「だろうなっ、言っていることは悪魔の類だぞ!!」

 

 何だこいつはと狂人を見る目で見られるが、こんなことを年下の異性に相談してくる方もおかしいので、何ら問題はなかった。

 

「お前、まさか今までに沢山のいぼ痔を始末してきた、教会の拷問官なのか?」

 

「あまりにニッチすぎるでしょ、その拷問。……まさか、肛門(こうもん)と拷問(ごうもん)の字面だけを掛けた激寒ギャグだったりした?」

 

「そんな程度の低いジョークを、この私が言う訳がなかろうがっ。私はイスペリア宰相、オクタヴィア・カルロスなんだぞ!!」

 

「良かった、肯定されてたらお医者様を紹介しなくちゃいけないって思ってたから……頭の」

 

「黙れっ、腹黒顔だけ幼気男が!」

 

 宰相はいぼ痔だけでなく、堪忍袋の尾もよく切れるタイプみたい、可哀想な人だ。

 

 けど、それでも宰相は度量の広い人間でもある。

 

「確かに、ちょっと言いすぎたかも、ごめん」

 

「??? 何だ、何を企んでいる。買って欲しいものでもあるのか?」

 

「イヤだよ、物ねだりたい時だけ妙にしおらしくなるやつとか。……素直なごめんなさいってこと」

 

「……なるほど、普段暴虐に振る舞っても、最終的に今見せた可愛げで周りを籠絡して回っているのだな。恐ろしい男だ」

 

「人のこと、何だと思ってるんだ!」

 

「毒夫だが?」

 

「いぼ痔が爆発しろ!」

 

 ベラに宮廷道化師に任命されてから、宰相にはこんな感じでずっと接している。

 

 キレても無礼討ちしようとはしない辺り、理性はしっかりとしている。

 

 もしかすると、俺も若干それに甘えてしまっている気がないでもなかった。

 

 ……前世で近所に住んでた、小さい頃からたくさん遊んでくれた、ニートのお姉さん(東大卒)とちょっと性格が似てるから。

 

 そのせいで、気安く接しすぎているのもある。流石に本人と関係なさすぎて申し訳ないので、早く改めなければとは思っているのだが。

 

「それで、本当に痔への対処法のために俺を呼んだの?」

 

「無論、違う」

 

 それはそうと、これ以上不毛な話を続けるなら帰るよと言外に告げると、宰相は本当の要件について話を始めた。

 

 疲れ気味の顔で、ややうんざりとしたように。

 

「……貴族どものことでな」

 

「あぁ」

 

 予測はできていたが、最近元気な貴族たちのことで相談があるらしい。

 

 やっぱりと思いながら耳を傾けると、宰相は訥々と話を始めた。

 

「我々がバルゴ伯を降伏させて以降、奴らはしばらく構ってくることはなかった。北西部への進出と、手に入れた後の統治で忙しかったが故にな」

 

 数ヶ月前、宰相と共にバルゴ伯の元へと乗り込んで舌戦を交えた末、降伏と協力の取り付けに成功した。

 

 その成果もあって、宰相は不安定になっていた地位が安定し、貴族たちの多忙化も相まって暫しの安寧を手にしていた。

 

 功績は消えるわけではなく、もう暫く安定した政治的均衡が保たれると思われていたのだが……。

 

「だが、先の戦いで大勝した結果、軍部の発言力が大幅に増加した。……あの戦果は、間違いなく歴史的なものだったからな」

 

 複雑そうな表情で、宰相はぼやく。

 

 イスペリアとしては喜ばしいことなのに、心の底から祝福できない胸中に悩むみたいに。

 

「バルゴ伯を降伏させたことに比する成果を上げた軍部が、調子に乗り始めたってことだね」

 

「端的に言えば、そういうことになる」

 

 まるで学級崩壊を起こした学校の先生みたいに、宰相は悩ましげにため息を吐いた。

 

 尤も、宰相も担任(取り纏め役)としての責務を果たせているとは言えない状況ではあるが。

 

「何とかしたいんだ?」

 

「何とかしなければ、その内に失脚する」

 

 ある意味で切実な、心からの苦悩であった。

 側から見れば、地位に恋々としているように見えるかもしれない。

 

 けど、彼女としても宰相として、この国を護ってきたという自負もあるのだろう。

 それに……。

 

「自分がいなくなったら、ベラが心配?」

 

「……貴族どもは、何かと無体だからな」

 

 何より、ベラのことを心配している。

 ずっと見守ってきた、大切な王家の一人っ子のことを。

 

 文字通り、俺の何ちゃって兄歴とは年季が違う。

 何年にも渡って、健やかに育ってくれるようにベラを見守ってきたのだ。

 

 普段の様子を見ていれば、嘘偽りはないと分かる。

 ──宰相は、本当にベラを大切に思っている。

 

 だから、その気持ちは汲んであげたいし、助け舟の一つも出してあげたくなる。

 

 

『そのオクタヴィアが問題なのじゃ、彼奴は権力を非常事態に託けて手にしたからの。非常時が過ぎ去れば、手にした権力は手に余るものに早変わりじゃ』

 

 

 でも、凱旋した日の夜に言っていたベラの言葉が脳裏によぎる。

 

 

『……今度こそ、確実に暗殺されるってことか』

 

『如何にも、簡単に死体になる彼奴の姿が目に浮かぶ様じゃ』

 

 

 ベラの方も、宰相の今後を心配をして、遠ざけようって思っている胸の内を明かしてくれていたから。

 

 二人揃って、互いの心配をしている。

 ある意味で、似た者同士なのかもしれなかった。

 

「そう、だね……」

 

 だからこそ、困る。

 あちらを立てれば、こちらが立たなくなるから。

 

 ……少し考えれば、結論は明白だけど。

 

「あのさ、宰相はメンドース将軍と政争して、自分が勝てるって思う?」

 

 そう、最大の問題点はそれ。

 宰相とメンドース将軍が本気で争い合って、勝てるビジョンがまるで見えないことだ。

 

 宰相は一匹狼であるのに対して、メンドース将軍は策略が得意な上に、貴族達を掌握している。

 

 宰相は内政も謀略も得意だが、万事詰めが甘い。

 繊細に物事を通し切る将軍相手には、分が悪いと言わざるを得ない。

 

「……勝てるかどうかではない、勝たなくては陛下に申し訳が立たんのだ」

 

 自覚はあるのだろう、いつもの全てを鼻で笑って吹き飛ばすような雑さが引っ込んでいる。

 

 ……宰相の眉の皺が、深くなっていく。

 

「あなたが政争に負けたら、ベラは文字通りで一人ぼっちになる。俺はマリーナ騎士団の軍中占い師だから、ずっとは一緒にいられない」

 

 でも、慰めの言葉をかけてあげられない。

 気休めにだってならないって、分かるから。

 

「今のカルロス地方、このバローラ市はついこの間までイスペリアの最後の砦だった。そこに歴史的意義が発生してるし、その領主である貴方にも意味が発生してる」

 

 だから、今ある事実を並べた。

 宰相に積み上がってある、実績という名の事実を。

 

「宰相位に拘らなければ、貴方は王家の藩屏だって名乗れる。そんな知己が地方にいると、ベラもいざって時に頼りになれるんじゃないかな?」

 

 宰相位に拘る必要はない、他の方法でも助けになれる。

 俺が口にしたのは、そんな事柄だ。

 

 宰相が求めていた答えでないと、知っていて口にした言葉。

 単に、それが一番利口な立ち回り方だってこと。

 

「……それではダメなのだ」

 

 案の定、穏当な立ち回りに否と突き返された。

 知っていたし、気持ちも分かるので腹が立つことはない。

 

 拘りを持ち続ければ、宰相の身が危なくなるかもしれないと、そんな危惧は沸々と沸きつつあるが。

 

「ダメなのは、ベラを魔窟に置き去りにすること?」

 

「それもある、貴族どもは陛下のことを王冠程度にしか見えてないだろうからな。だが、陛下ならばいずれは奴等の手綱を握れることだろう。……最大の問題は、別のところにある」

 

「別の、問題?」

 

 宰相は、王家への忠誠を固く誓っている。

 その彼女が、ベラを侮蔑しかねない貴族達よりも懸念すべきものがあると口にした。

 

 俺はてっきり、ベラを心配してのことだけだと思っていたのだが。

 

 一体それは何かと耳を傾けると、宰相は憂慮を湛えながら呟いた。

 

「陛下は賢くあらせられる。歴代でも、屈指の賢王になれる素質を備えているんだ。その素養を、貴族どもの相手で消耗させたくない……」

 

 宰相が口にしたのは──ベラの未来への可能性だった。

 

 俺が口にしていた、身の安全だけを考えていたものとは違う、将来への展望。

 希望と呼べるものについてのことだった。

 

 考えてなかったことを言われて、思わず目を見開く。

 同時に、自らに恥じらいを覚えた。

 

 宰相は俺の想像以上に、徹頭徹尾ベラのことを考えていたのだと実感して。上辺だけの処世術を口にしていた自分が、何だか恥ずかしくて。

 

「統治するということは、清濁併せ呑むということ。統べる立ち位置につけば、汚れずにはいられない」

 

 淡々と、現実についてを語る宰相。

 

「だが、だからといって、汚ればかりを見て現実を知った風になってもらっても困る」

 

 だが、その言葉には次第に熱が帯びていって。

 

「理想があってこそ、王は王為り得る。理想を夢見る心根は、子供の頃に養うものだ。だから、だから、まだ早いのだ……っ」

 

 怒るようで嘆くみたいな想いの吐露。

 触れなくても熱いと感じるくらいの本音を前にして、ギュッと胸が掴まれたみたいになる。

 

 誰よりも一生懸命、この人はベラのことを考えているんだということが伝わってくるから。

 

「…………そっか、ごめんなさい。勘違いしてました」

 

 だから、心の底からそんな言葉がこぼれ落ちた。

 

 俺は浅いところでベラを心配していたけど、深いところで真に思い遣って真心があると感じたのは、宰相のさっきの言葉だったから。

 

「何だ急に、勘違いとは。あと、敬語になるな気色悪い」

 

 と言っても、宰相は宰相で中身が変わったわけではなく、相も変わらずな物言いだったけど。

 

「言い過ぎ! ですけど、貴方の本気を見誤ってたから、謝罪しました。素直に尊敬できたので、敬語で話させてください」

 

「…………落ち目の私を籠絡し、貴様の策で返り咲かせた後に口付けの一つでも行い、私の心を完全に堕として意のままに操る魂胆か?」

 

 は?

 

「頭ピンク色のえっちがよ!!」

 

 本当に何なんだ、こいつ!

 クソッ、ちょっと見直したらこれだよ!!

 

 そんなえっちな漫画みたいなこと、現実で出来るわけないだろ!!!

 

「フッ、既に敬語が外れている。やはり、そういう策であったか。…………危うかった」

 

「……キレそう」

 

「私の痔をか!?」

 

「切りそうなんて言ってないから、もう黙って!」

 

 見直した分だけ、泥に塗れなくては気が済まないのか。

 早く痔がブチギレてしまえば良いのに。

 

 

 

 

 

 それから数分後、宰相の痔より先にキレそうになっていた俺の血管を鎮静化させてから(全力でクローデットさんに優しくしてもらった時のことを思い出してた)、ようやく話を切り出せた。

 

「それで、なんだけど……」

 

「切らんぞ、痔は」

 

「もう良いから、それ」

 

 余計なことを言う宰相を睨みつけつつ、俺は一つ川辺に石を投げるみたいに探りを入れた。

 

「宰相はさ、ベラにまだ子供で居て欲しいんだよね?」

 

「気高き理想を育む時間が、まだ陛下には必要だと思っているからな」

 

「そうだね。うん、そこには感銘を受けたから、気持ちはよく分かるよ」

 

 そう、宰相の気持ちは最初からブレてない。

 ベラのために、幼少期の継続を願い続けている。

 

 一方で、問題なのは宰相が宰相で居続けていること。

 この人が権力を握ったままだと、サクッと横死する可能性が大なのだ。

 

 だったら、どうするのが正しい?

 ベラを被保護者の立場に置いたまま、宰相が生き延びるためには……。

 

「メンドース将軍は、邪魔?」

 

「……邪魔かと問われれば、そうだろうとしか答えようがない。邪魔などという形容は、やや不適切ではあるが。私にとって宿敵であるのだからな」

 

「悲しいくらいに片思いのライバル宣言だ……」

 

「ええい、うるさいぞ!」

 

 多分、将軍の方は宰相に対して、首輪付きの狼かなんかぐらいにしか思っていない。

 

 何かと用意周到でネットリしている将軍を相手にすると、宰相では些か手に余ることになる。

 

 なので、まず第一に考えたメンドース将軍を排除するというのは、物理的に不可能な事柄であろう。

 

 第一、将軍を排してしまったら、イスペリア軍全体をまともに率いれる人材が居なくなってしまう。

 

 ここまで来て、内輪もめで諸々が崩壊するなんてバカバカしすぎる顛末になるし。

 

 ……でも、メンドース将軍を排斥できないのならば、宰相が生き延びた上でベラに幼少期を続けてもらう手段は、多分一つだけになる。

 

「あのさ、物の試しに提案があるんだけど」

 

「何か策があるのか!?」

 

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるものが一つだけ」

 

 多分、これ提案したら怒るだろうなと思いつつも、今更気にすることでもないので思い切ってそれを告げた。

 

「──将軍と対決できないのなら、手を組む方向で行った方が良いんじゃないかな?」

 

 最初に告げた、"カルロス地方からベラを助ければ良い"なんて毒にも薬にもならないモノとは違う、劇薬も同然の提案。

 

「…………は?」

 

 俺の言葉を理解した瞬間、宰相は怒りを通り越して呆然としながら目をパチパチと瞬かせていた。





tips: 『…………落ち目の私を籠絡し、貴様の策で返り咲かせた後に口付けの一つでも行い、私の心を完全に堕として意のままに操る魂胆か?』

実行されていたら、ジルベールにゾッコンになっていた、危ない。
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