貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第41話 茶番

 

 先の戦いから既に二ヶ月以上が過ぎ、戦いに疲れたと言わんばかりの平穏がイスペリアを包んでいた。

 

 しかし、人間とは暇を許容出来ないもの。

 外との戦いが収まれば、次第に人は内へと目を向け始める。

 

 

 私兵を率いて空白地を占領したイスペリア貴族達が、飛地であるのにも関わらず領有権を主張し始めたのだ。

 

 

 無論、宰相としてはそんなことを認めるわけにはいかない。

 

 貴族達の権利が増大するのもそうだが、それ以前の問題として飛地をまともに運用できる家臣団を有している様にはみられないからだ。

 

 結果、イスペリアの内情は緊迫しつつあった。

 貴族達は声高に宰相を非難し、宰相は理屈のゴリ押しで貴族達に無理だと説き伏せ続けている。

 

 せっかちなことこの上ない、まだクルアン教との決着は着いてすらいないのに。

 

 ただ、貴族達もまだ戦時だという認識を一応は持っていたみたいで……。

 

 

「異教徒恐るるに足らず!」

 

「全軍を持って出撃し、イスペリアより邪悪な侵略者を駆逐すべし!」

 

「宰相オクタヴィア・カルロスを更迭しろーっ!」

 

 

 とても大きい声で、そんなことを声高に主張し始めていた。

 

 すっかり、自分達が上げた戦果(クルアン教軍が撤退した領地を占領)に酔いしれてしまっている。

 

 気勢があるのは悪いことではないが、如何せん能力が釣り合っている様には思えない。

 

 そのうちコケて、とんでもないことになってしまいそうな気配が漂っていた。

 

 唯一救いとも言えるのは、貴族を定期的に扇動したり利用したりしているメンドース将軍が、今回は特に動きを見せていないことだ。

 

 伊達と勢いで意気揚々とクルアン教軍に突撃をかければ、死体の山が積み上がると一番理解している人物でもあるのだ、当然だろう。

 

 尤も、だからといって、将軍が助け舟を出してくれるわけでもない。

 

 宰相と貴族の間で、ある種の政治的膠着状態に陥った……そんな最中での出来事だった。

 

 ──クルアン教軍に、にわかに動きがあるという知らせが届いたのは。

 

 イスペリア側の軽挙を嗜める様な、冷や水を浴びせるみたいな動きであった。

 

 

 

 

 

 メンドース将軍、カルロス宰相の連名で各位に緊急招集が行われたのは、雲越しにも太陽の威光が届き、地上を蒸し暑く熱し始めた7月も半ばのこと。

 

 集められた軍人や貴族達の中に、クローデットさんやベルタさん、俺も混じっていた。

 

「異教徒の軍は、マルドル南方のロマンタ平原に進出。同地に陣を敷き、マルドルへ圧力を掛けてきました。数はおよそ2万」

 

「マルドルの守備軍は1万。城門の修復は済み、早々に陥ちることはないだろうが、敵は油断ならない奴だ。到底無視できるものではない」

 

 将軍と宰相は、口々にマルドルへと迫った危機について話をし始めた。表面上、これまで何事もなかったみたいに。

 

 今は政争にかまけている暇はないと、自らの姿勢で示しているのだ。

 

 ……だが、残念なことに集まった貴族達は、この狸と狐みたいな二人の様に、ケロッと何もなかった風に振る舞えなかった。

 

 むしろ、積極的に足を引っ張る真似を始めた。

 自らの利になる様、誘導をしたいがために。

 

 

「戦功に報いぬままに、次の戦いに赴けという。宰相の仰りようは、我らを使い潰そうとしているかの様に聞こえる」

 

「左様、私達に正当な褒賞を与えるべきだ!」

 

「もしや……前線に出ることがない身でありながら、我らに嫉視を抱いておいでか?」

 

「次の戦いで華々しい戦果を上げたとして、文民の醜い嫉妬で露すら得られないのはあまりにも無常ではないか!」

 

 

 宰相に詰め寄りながら貴族達が主張する言葉の数々は、端的に言って聞くに値しない戯言の山であった。

 

 あと、凄くうるさい。

 声が高いほど、要求が通りやすいとでも思っているのだろうか。

 

「私の記憶が確かならば、貴殿らは前回の論功行賞の時、異教徒を排してから具体的な話をしようと主張した将軍の言に賛同していたではないか。貴殿らにとって一月前のことは、記憶も霞む遠い過去の出来事になるのか?」

 

 宰相の事実を皮肉で包んだ物言いに、貴族達は激昂する者もいれば鼻白んだ者もいる。

 

 ただ、総じて言えるのは、宰相の言葉を正論と受け取って退くような物分かりの良い貴族はここにはいないということだった。

 

「あの時とは状況が違うのだ!」

 

「どう違う?」

 

 冷たい目でモノクルを光らせながら問うた宰相に、貴族達からの返答はある意味で面白いとさえ思えるものであった。

 

 

「我らが──そこな亡命者並みに戦えると証明されたことがだ!」

 

 

 思わず失笑しそうになった。

 もしかすると、口元は弧を描いてしまっていたかもしれない(フードを被っていて助かった)。

 

 聞こえた音が、意味を理解する前にバカバカしいと脳が判断してしまったから。

 

 でも、ふと思った。

 真面目な人にとっては、これは侮蔑に他ならないのではないか、と。

 

 思わず隣を見た。

 俺の相方で、誇り高きマリーナ騎士団の団長殿を。

 

 あまりに不遜な妄言に、これまで実際に剣をとって戦ってきた勇者にとって、それは侮蔑になり得るのではないかと危惧したからだ。

 

 ただ、こちらの危惧とは裏腹に、クローデットさんは目をパチパチと瞬かせて、ニコッと微笑んで全てを受け流していた……可愛い。

 

「起きながらに寝言を言い放つとは、中々どうにかしているぞ……」

 

 一方でベルタさんは、同じイスペリア人で貴族であるという身の上が故か、謎の羞恥心に襲われて密やかに悶絶していた。

 

 あんな人達とベルタさんは全く別なんだから、変な共感性羞恥になんか襲われなくてもいいのに……。

 

 妙に気苦労を多くしてしまうのは、やることをやるベルタさんの性分なのかもしれなかった。

 

「本気で言っているのか?」

 

「宰相殿こそ、何を仰っているか。これを見られよ、我らが開放した地域を見れば一目瞭然ではないか」

 

 しかし、この場で一番大変なのは、共感性羞恥に襲われているベルタさんでなく会議の進行を司っている宰相であろう。

 

 宰相が真顔で正気かと問い掛けると、年若い貴族の1人が実に誇らしげな顔をしながらイスペリアの地図を持ち出してくる。

 

 持参した地図には、貴族達が制圧した地域にデカデカと丸で囲われていた。領土面積的には、かなりの広さに及ぶであろう範囲であろう。

 

「武に疎い宰相殿でも、これならば我らの業績が理解できるだろう?」

 

「結構なことだが……貴殿らは戦ったのか?」

 

 宰相の呆れに塗れた問いに、貴族達はさも平然と、厚顔無恥も甚だしいことを言い放った。

 

 

「ふん、我らイスペリア貴族の武に慄いて、異教徒どもは逃げ去ったのだ。侮られて血を流すことになったガリティア人共よりも、我らの威光を讃えるべきであろう」

 

 

 ……ああ言えばこう言うの見本市だ。

 

 実際の戦局の推移や状況の変化には触れず、起こった事柄に屁理屈を付加価値として味付けしている。

 

 呆れが一回りして、逆に面白くさえ思えてきた。

 

 理屈と膏薬はどこへでも付くって言うし、貴族達が森羅万象のどこまで屁理屈を捏ねられるのか試してみてほしい。

 

 貴族達が全イスペリア屁理屈ディベート大討論大会を開くなら、喜んで審査員をするからさ。

 

 多分、良い見せ物になる。

 観客を笑わせるのではなく、観客に笑われるといった風情になるとは思うけど。

 

「……将軍、麾下の部隊だけで陣を張った異教徒を追い返せないか?」

 

 尤も、宰相はそこまで気が長い訳ではなかったみたいで、貴族達をまともに相手をする気が失せてしまったみたいだ。

 

 変に増長しまくっている貴族達を相手にするより、天敵の将軍を相手にした方がまだマシとさえ思ったのであろう。

 

「マルドルには現在、5000もの守備隊が詰めています。敵の目的が奈辺にあるかは不明ですが、1万程の増援を送れば追い返せずとも失陥することはないでしょう」

 

 その判断は、正しく報われた。

 将軍は現状を有事と認識していて、だからこそ適切な見解を述べてくれた。

 

 宰相がホッと息を吐いたのは、防衛の見通しが立ったからと言うよりは、やっと話が進みそうだといつ安堵から来るものっぽかったが。

 

 

「──将軍ともあろうお方が、なんと弱気な!」

 

 

 だが、会議は踊るものと相場が決まっているみたいに、またも話が空転しそうになる合いの手が飛んできた。

 出所はもちろん、貴族達のものである。

 

 一言一句に反応してしまう様は、ある意味でマメとでも言えば良いのか何というか……。

 

「……俺より道化師に向いてるよ、この人達」

 

 進まない議論を前にして、思わず呟いた一言。

 それに、横から反応が返ってきた。

 

「負けが込めば、人間折れるか頭がおかしくなるものさ」

 

 ベルタさんである。

 小声で柔らかい、人生の先輩からのアドバイスであった。

 

「……そういうものですか?」

 

「そういうもんさ」

 

 素っ気ないようで、どこか哀れみを込めてベルタさんは呟く。

 

「世の中、言い訳ができてしまう奴ほど屈折する。私は負け続けて折れたが、奴らはきっと自分を言い繕い続けられた」

 

「……同情、してるんですか?」

 

 思わず尋ねてしまったのは、目の前の光景が割とロクでもないのに、ベルタさんの口調は俺に対して嗜めるようだったから。

 

 俺の問いに対して、ベルタさんは小さく頷いて。

 

「私とあいつらは、金貨の表裏みたいなものだ。能力の差は置いておいて、私がああなった可能性もあるし、あいつらが私みたいに折れてた可能性もある」

 

「そんな、まさか……」

 

 ベルタさんがあんなのになるなんて、絶対にあり得ない。そう首を振る俺に、目の前のお姉さんはちょっと苦笑して。

 

「お前が私を買ってくれてるのは知ってるがね、私と奴らは同じ苦労を味わってきた者同士だ。一緒に負け続けてきた奴らが勝ったと喜んでいる様を、バカだと笑う気にはなれんよ。実際、私もお前達に従って勝てた時は、飛びあがりたいくらいに嬉しかった」

 

「そう、ですか……」

 

 ベルタさんがそう言うのなら、と一旦飲み込んだところで、最後にそっとこう言い添えられた。

 

「お前さんは可愛げがあるタイプなんだ、冷笑なんて似合わんことはするもんじゃない」

 

 チクッと、俺の狭量さを諌めてくれたのだ。

 ──途端に、羞恥が血流に乗って、全身を駆けていくみたいな感覚に見舞われて、体がゾワゾワした。

 

 確かに、さっきの俺は相手の事情を慮ってはなかったから(貴族達があまりにウザさの塊だったとはいえ、だ)。

 

「っ、気を付けます」

 

 フードを深く被り直しながら、何とかそれだけ搾り出した。

 多分、今は耳まで真っ赤になっているから。

 

「……ベルタさん、このような公の場でジルベールさんを口説かないでくださいまし」

 

「団長、坊やのことになるとやたら過敏になりますよね」

 

「だ、誰がジルベールさんにベタ惚れした挙げ句、勝手に身体中を敏感にしているスキモノ女ですのっ。ふざけないでくださいまし!」

 

「言ってない、言ってないですから坊やの手でも握って落ち着いてください」

 

 そして、俺が恥を噛み締めている一方で、この会議の有り様にさしものクローデットさんも退屈していたのか、なんか様子がおかしくなっていた。

 

 小声でキレながら照れ隠しをする、かなり器用な芸当すぎる。流石はクローデットさんだ。

 

「おい坊や、団長がいつもの頭お花畑発作を起こしている。手を握って鎮痛させてくれ」

 

「ワタクシのこと、一体何だと思っているのですの!?」

 

「心配性な若奥様です」

 

「ですわっ!?」

 

 いつもだったら、クローデットさんを揶揄っちゃダメですとかなんか言ってただろう。

 

 でも、今はそんなツッコミを入れるのも何だか気まずくて。そのまま、絶句してしまったクローデットさんの手を静かに握った。

 

「…………じ、ジルベールさん?」

 

「クローデットさん……」

 

 戸惑ったような気配が、手と声越しに伝わってくる。

 

 うん、それはそうだと思う。

 俺達、こんな会議中に何やってるんだろ……。

 

 いや、でも……。

 うん、そうだ、俺はちょっと助かった。

 

「ありがとうございます、クローデットさん。落ち着けました」

 

 大切な人と自分の手の温かさが混じって、ゾワゾワが収まらなかった心がやっと凪いできたから。

 

「何だか良くわかりませんけれど、良かったのですわ? ……もう暫く、手を握られますの?」

 

「いえ、これ以上は悪いですから」

 

 名残惜しく感じつつも、クローデットさんの手を離す。

 

 あっ、と小さく声を上げたのはクローデットさん。彼女も名残惜しいって、思ってくれてたのが伝わってくる。

 

 くすぐったくて、胸にじんわりと嬉しいって気持ちが広がっていく。何だか不思議な気分で、それだけで凄く前向きになれた気がした。

 

 ……今度は意味なくても、急にでも手を握ってもいいか聞いてみちゃおうか。

 

「ご両人、イチャ付き終わったところで悪いが、話が進み始めているぞ」

 

 けど、浮ついた気持ちはベルタさんのその一言で、端っこの方へと追いやられてしまった。

 

 

「──ふむ、出撃については、確かに一考の余地はありますね」

 

 

 やいのやいのと宰相共々言われていた将軍が、そんな一言を溢したからだ。

 

「先の戦いから回復しきっていないというのに、一体何を言うか!」

 

 この場に限り味方だと思っていた者の造反に、宰相は厳しい表情を浮かべて問い糺す。

 

 よもや、貴族達の機嫌を取るために現実を蔑ろにする気なのか、と。

 

 そんな非難に満ちた声に、将軍は嫋やかに微笑みながら首を振った。

 

「いえ、中々面白い挑戦状でしたので」

 

「……どういうことだ?」

 

「失礼、こちらをご覧ください」

 

 そうして、スルリと貴族が持ち出してきた地図を拝借すると、将軍は指差しながら敵の意図についてを解説し始めたのだ。

 

「まず、敵が布陣したロマンタ平原について。ここはイスペリアが随一の大平原であり、一面が原っぱとなっています。つまりは、遮蔽物がない」

 

「……敵が伏兵を置く場所がない、と?」

 

「はい、ここに布陣したのは、逃げも隠れもしないという異教徒達からのメッセージに他なりません」

 

 つまりは、正面の敵のみと集中して戦える。

 今までの戦いで行ってきた様な小細工を、一切するつもりがないという宣告でもある。

 

 イスペリア側が戦いやすいようにしてやったぞ、という挑発ですらあった。

 

「次に、彼我の戦力差についてです」

 

 将軍は地図に羽ペンで、軍の数字について刻み始めた。

 

 地図の持ち主である貴族が何か言いたげにしていたが、それはそうと将軍の話が気になるらしく特に止めることはなかった。

 

「これまで常に、多数の敵に対して我らは常に数で劣ってきました。ですが、今回布陣している敵は2万。対して我らが動員できるのは、正規軍に貴族諸氏の兵団、それにマリーナ騎士団が協力してくれるのならば、総計して1万7千程になります」

 

「それでも劣勢だ」

 

「ですが、以前ほどの苦しい兵力差ではありません」

 

 言い切った将軍の口調は、自信ありげで。

 今なら互角に戦える、と堂々と主張していたのだ。

 

「……数の上ではそうだが、兵の質としてはどうか?」

 

 それでも渋る宰相の問いかけに、将軍は悠々と答えた。

 

「以前からもしやと思っていましたが、先の戦いで確信に変わりました。──異教徒共の兵質は、以前よりも弱体化しています」

 

 上手い言い回しだと思った、問い掛けに対して少しズレている。

 

 宰相が聞きたかったのは、イスペリアとクルアン教の兵の質の差だ。

 

 だが、将軍の解答は敵は以前よりも弱っているというもの。明確に、イスペリア兵よりも弱いという言葉を避けていた。

 

 明らかなミスチョイスの返事に顔を顰めつつ、宰相は再度問い直そうとした。

 

 けど、その前に貴族達が騒めき始める。

 本当に上手い、将軍は場を支配することに長けていた。

 

 

「出撃を避ける理由など、ないではないか!」

 

「いや、しかし……露骨すぎる。罠ではないか?」

 

「一面草原で、今まで将軍の手の者が奴らを遠巻きに監視している。どこに罠を仕掛ける要素がある?」

 

「……うむ、確かにそれはそうだな」

 

 

 どこか浮ついた熱気が、部屋を包み始めた。

 勝てるんじゃないかという小さな思いが、勝てるんだという意識へと変質していく。

 

 いつの間にか、将軍は扇動者として期待に火を灯してまわっている。

 貴族達の期待が、部屋中に満ちつつあった。

 

「……ならば、敵は何が目的で出撃してきたというのだ」

 

 その熱気に、宰相のみが冷や水を被せ続ける。

 迂闊な真似はよせ、敵は侮れない、と。

 

「さて、死中に活を求めたようにも見えますが……実態については、分りかねます」

 

 そして将軍も、宰相の言について一定の理解を示した。

 素直に分りません、と答えたのだから。

 

「ならば──」

 

「──ですが」

 

 言い募ろうとした宰相を遮って、将軍は穏やかな笑みのもとに言い放った。

 

「異教徒達には、既に後がありません。マルドルさえ保持できれば、イスペリア各地より徴兵できる我らと違って。──敵にとっても博打なのですよ、これは」

 

 悠然と言い放った将軍を前にして、宰相は思慮の内側へと潜り込んで沈黙した。

 多分、一理あると思ったのだ。

 

 以前と比べて、状況は激変していた。

 前までは滅亡寸前で一戦でも負けたら後がなかったイスペリアだが、今はそうではない。

 

 一回負けても、マルドルを保持し続けられれば川伝いに徴兵できるネットワークが構築されつつある。

 

 言っては何だが、負けても国としてはコンテニュー出来る状態なのだ。

 

 逆にクルアン教側は、あれだけの大敗をしたにも関わらず、海の向こう側から援軍が来る気配が微塵もない。

 

 つまりは、既にクルアン教の本国から、見捨てられたと見ることもできる。

 

 その点を勘案して、将軍は分の良い賭けと見たのだろう。

 

「……勝てる算段はあるのか」

 

「それは今から検討致しますが、戦いやすい状況であるのは確かです」

 

 明言せずにいたが、将軍は出兵に乗り気であるのは明らかであった。

 

 

 

 斯くして、会議の趨勢は決まった。

 出兵すべきであると、最終的な宰相も同意したのだ。

 

 入り乱れた政治的判断、その末のことであった。

 

 

「ジルベール、ちと待つのじゃ」

 

 そして、会議が終了して各々が部屋を出ていく中で、今回はずっと沈黙を守っていたベラに呼び止められた。

 

 何かと振り向けば、ジトっとした目をした彼女の視線にさらされた。

 

「汝は一体、何をしたのじゃ?」

 

「一体何のこと?」

 

 急に酷いと心外に思いながら応答すると、ベラは更にジーッとこっちを見つめて圧をかけてきて。

 

「すっとぼける気なのじゃな?」

 

「いや、どれのことかなって思って」

 

 色々ありましたと隠さず言うと、ベラの目がまたちょっと冷たくなった。

 

 けど、それから直ぐにベラは深いため息を吐いて、ブンブンとかぶりを振った。

 

 そうして、困ったちゃんを見る目で俺のことを見たのだ。

 

「全く、そういえばそう言う男じゃったな、汝は。ここ最近、余の前ではすっかり良いお兄ちゃんすぎて、元が優しいけど生意気風味な異国のお兄さんであったのを忘れておったわ」

 

「俺のこと、何だと思ってるの……」

 

「勿論、今の汝は優しくて甘いラブラブお兄ちゃんじゃ! この路線もちゃんと好いておるから、勘違いはしてはならぬぞ。じゃが、たまーに生意気お兄さんに戻ると唆るから、今後もよろしく頼むのぅ」

 

 俺って、そんな頭悪そうなキャラだったんだ……。

 ちょっとショック、バカみたいじゃん。

 

「で、じゃ。そんな生意気お兄さんに無理やり言わされるのじゃが……オクタヴィアとメンドースの件じゃ」

 

「その前置詞は要らないけど、二人がどうかしたの?」

 

 尋ねると、ベラは白々しいと言わんばかりに、何が気になっているのかを述べ始めた。

 

「いつも彼奴等二人が論争になれば、オクタヴィアが意地を張って完全に論破される形でしか議論は終わらぬ。今回はそうではない……オクタヴィアが怪しい出兵案に追従することなど、目を疑ったわ」

 

 そっか、流石はベラ、よく見てる。

 宰相が期待して──将軍も寛容になれるだけの視座を持ってる。

 

「茶番、じゃったのじゃな?」

 

「半分はそう。将軍の中では、宰相と貴族、その両方をまだ天秤に掛けている段階だろうけど」

 

「……話してくれたもれ」

 

 促しに頷いて、俺は端的に話した。

 

「宰相は──将軍に見定められているんだ。将来への可能性、イスペリアの未来をより良くするためにね」

 

 ベラ、イザベラ・イスペリアーナ、イスペリアの幼き女王。

 宰相が言う、イスペリアの未来の可能性そのもの。

 

 彼女から目を離さず告げた言葉に、当の本人はパチクリと目を瞬かせいた。

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