貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第42話 裏面

 

 宰相と将軍、水と油の関係の二人が交わり始めたのは、ここ一週間の出来事だった。

 

 宰相側が、将軍を呼びつけたのである。

 ……何でか、俺の名前と連名で。

 

 

「あのさ、何で人の名前勝手に書くの?」

 

「お前が言い出しっぺだ、何とかするべきだろう」

 

「面倒臭さの塊かな?」

 

「自覚はあるが、お前も人のこと言えんだろう」

 

 ぶつくさ会話しながら、宰相の執務室で俺達は将軍が来るのを待っていた。

 

 小言をチクチクぶつけてしまうが、宰相は悪びれた様子もない。完全に開き直っての犯行だった。

 

「流石に不服だし、どうせならちゃんと助けてって言って欲しい」

 

「そうして、無様に助けを求めた私を笑うつもりなんだな?」

 

「俺のことカスだと思ってる?」

 

 良い年した大人が、甚だ不当な偏見で俺のことを見ていた。何でだよ、精々憎まれ口叩いてるくらいなのに……。

 

「意地が悪いのは確かだろう。こんな無茶振りを課してくるあたりは、特にな」

 

「……そんなに嫌なんだ、将軍との会談」

 

 ボソッと呟いたのに、熱量に合わないギロっとした視線で睨まれてしまった。

 

 俺も言葉は選ばなかったけど、何言っても睨まれてたと思う。

 

「当たり前だ、何故あんな危険人物と好んで話し合いなどせねばならない!」

 

「あなたが言うベラのためには、それが一番だから」

 

「うぐっ」

 

 でも、そんな人でも正論には弱い。

 第一、この人から相談してきたことだし、あんまりネチネチ言わないで欲しい。

 

「……お前は、本当にあんな奴と手を組めると思っているのか?」

 

「それについても、ここで確かめるんだよ。将軍が目指しているもの、何がしたいのかを」

 

「奴と折り合えるか否か、か……」

 

 非常に不安そうな宰相だが、やっぱりやめたと言い出さないあたり、ベラについては本気なのだと理解させられる。

 

 その心意気は、非常に高く評価できる。

 ……誰かのために一生懸命になれるのは、それだけで凄いことだから。

 

「ここまで来たからには、出来るだけ合間には入るようにはするから。怒りすぎたり、熱くなりすぎないでね」

 

 元より、助ける気ではあった。

 宰相が変に身構えてたり、俺に対して変な偏見持っているせいで面倒くさくなってはいるけど。

 

 でも、括りきれない腹の中でも退こうとしない姿勢を見て、助けてあげたいという気になれたから。

 

「た、頼むぞ。多分あいつは、お前の1.3倍くらいは腹黒いからな」

 

「将軍を貶すのと同時に、俺にも中指立てにくるのやめろ」

 

 ……それにしたって、相変わらず一言多い人だった。

 

 将軍比での1.3倍だと、俺も相当の悪人になってしまう。

 

 断じてそんなことはない、周りからは清楚と言われ続けている軍中占い師なのだから。

 男が清楚って何だろうな、本当に。

 

 そんな思索に溺れそうになっている時、部屋の戸がノックされた。

 

『失礼、オクタヴィア殿、入室を許可願います』

 

「う、うむ、許可する!」

 

 遂に将軍が来た、隣で背筋をびくつかせている宰相の背中を叩いて喝を入れる。

 

 踏ん張れ宰相、ベラのためって気持ちを持ち続けられるのなら、きっと何とかなるよ。

 

 

 

 

 

「こんにちはオクタヴィア殿、それにネイくんも。大変にめでたくうららかな時勢ですが、茶会にでも誘って頂けたのでしょうか?」

 

 入室してきた将軍は、にこやかながらも開口一番に要件を言えとせっついてきた。

 

 政局で揺れているこの時勢に、政敵の部屋に一人で乗り込んでくるのは流石の胆力ではあるが、同時に油断ならないとも感じているみたいで。

 

 にこやかさの仮面の下にある、早めに済ませて早めに帰ろうという意思を微塵も隠す気はなさそうであった。

 

「う、む、それ、なんだが……」

 

 ただ、一方の宰相は、妙に言いづらそうにしてモジモジしていた。

 

 まあ、気持ちは分かる。

 今更仲良くしましょう、なんて言い難いのは。

 

 急に言っても信じてもらえるとは思えないし、何が狙いかと疑われることは間違い無いだろう。

 

 ……アイスブレイクが、必要なのかもしれない。

 

「唐突な問いかけですが、どうかご寛恕ください。将軍はイスペリアの今後について、どうして行きたいのでしょうか?」

 

 だから、好きな子に告白する勇気を振り絞っているみたいになってしまっている宰相を差し置いて、俺が隣から口を出すことにした。

 

 立場からして、今の状況で言葉を交わすべきは宰相と将軍の二人だ。まず定義の枠組みを二人で決めて、そこでようやく俺が差し出口を挟む機会が訪れる。

 

 なので今の問い掛けは、それ自体が無礼と言っても差し支えなかった。将軍に失礼ですよ、と嗜められたら赤面して引き下がるしか無い。

 

「イスペリアの未来について、語り合いたいということでしょうか?」

 

「時節が、それを求めていますので」

 

「なるほど、ならば必要なことですね」

 

 ただ、宰相のモジモジする有り様を見たせいか、そっとそっちから視線を外して、俺の無礼を許容してくれたのだった。

 

 ある意味で、俺と宰相のチームプレイだったのかもしれなかった。

 

 ……そこのモジモジしてた人、本題が先に伸びて目に見えてホッとしてるんじゃないよ。

 

 

 

「イスペリアを解放して、直ぐに行うべき政策の話でしょうか? それとも、長期的な国家としての視座での話ですか?」

 

「その両方、とも言えます」

 

「……なるほど、国の舵取りを誰に託すのかということですね」

 

「はい」

 

 将軍は、相変わらず話が早かった。

 早過ぎて、こっちがついていけるか心配になるくらいだ。

 

「無論、それはこれまで国を導き、大業を成してきたオクタヴィア殿に継続して──」

 

「御託はいい、私では貴族どもの首根っこを掴めない」

 

「……ほぅ」

 

 そして宰相も決して馬鹿なわけではない、性格がちょっとアレなだけで。

 

 今更取り繕うものもないと思っているのか、本題を遠ざけるためなのか。水を得た魚みたいに、単刀直入に本質へと切り込み始めた。

 

 つまりは、戦後のイスペリアではオクタヴィア・カルロスは宰相為り得ないのだと。

 

 まず、その点について宰相は認めた。

 政敵相手に、寝っ転がって腹をゴロンと差し出したのだ。

 

 今は敵ではない、話し合いをしようという意思表示に他ならなかった。

 

「……ネイくん、これは君の台本ですか?」

 

 普段の宰相からは考えられない発言に、将軍は思わずといった風に尋ねてきた。

 それに、俺は首を振って否定する。

 

「驚いたことに、全部宰相のアドリブです」

 

 俺はてっきり、ベラのために自身が留任する体で話を進めていくと思っていた。

 

 だが宰相は、現実を理想のゴリ押しで乗り切ろうとはしなかった。

 思考を放棄せず、認めるところを認めた。

 

 全部、ベラのために。

 

「ならば、私の後任は誰になるか、分かるか?」

 

「さて……」

 

 宰相の問い掛けに、将軍は明言を避けた。

 けど、答えは言わずも自明に過ぎた。

 

 イスペリアを完全に解放する時、その最高司令官はメンドース将軍をおいて他にはいない。

 

 次回に持ち越された論功行賞の分も合わさって、将軍の大功に位で報いるのには……宰相位しかないのだから。

 

「つまりは、この話し合いは引き継ぎ作業でもある」

 

 なので、宰相は非常に明け透けだった。

 側から見れば、ヤケになっているようにも見えたかもしれない。

 

 でも、その目は決して投げやりになんてなっていなかった。

 むしろ、確かな意思を秘めていて。

 

「そこで、だ。貴殿がどの方向にイスペリアを向かわせるのか、大変興味があるというわけだ」

 

 いつの間にか、宰相がこの部屋の空気をコントロールしていた。

 

 将軍を自分の領域に引き摺りこんで、その内実を詳らかにしようとしている。

 

 会議ではない場、一対一の対面だからこそ忌憚なく宰相は交渉における腕力を発揮できているみたいだった。

 

 思えば、バルゴ伯との交渉の時も、同じ条件だったかもしれない。

 

「……貴族の方々に飴を与えすぎれば、後に私が苦労すると?」

 

「貴殿が貴族共和制の開催を宣言でもしない限り、な」

 

 暗に、女王を……ベラのことをどうするつもりなのか、蔑ろにするつもりはないのかと探りも入れている。

 

 卒がない、外交官としてでも手腕を振えそうな立ち回りであった。

 

「……イスペリアの解放が成れば、貴族達は転封するつもりです。彼女達も、山がちな領地よりも平野を治めたいでしょう」

 

「ふん、新たな領地の経営に拘らせて、奴らを黙らせるつもりか。……だが、貴族どもが一度手にしたものを手放すと思うか?」

 

「それについては問題はありません。未だに領地を持たない、戦功を立て損ねた貴族もいます。彼女達を後任の領主として宛がうと約すれば、自然と味方にできます」

 

「貴族間で対立を煽るわけか。なるほど、実に効果的だろう」

 

 政略的な面で、メンドース将軍は調整が抜群に上手いようであった。

 

 宰相もその点を認めているのか、苦い顔で納得しかけて。

 ふと、気が付いたように問いを投げた。

 

「しかし、土地は足りるのか? 貴族どもの欲は際限がない。細切れにした領地を分配したところで、一年も立たずに不平を垂れる様が目に浮かぶが……」

 

 宮廷に集う貴族達は、数百人にも上る。

 かつての戦いで領地を失陥した元領主や、騎士や官僚として功績を上げた土地なしの貴族達が集まっているからだ。

 

 これら全員に土地を分け与えると成れば、街を一つずつ分配しても足りず、中には小さな村を分配させられる貴族もいるのではないかと危惧しての言葉。

 

 それに対して、将軍はにっこりと笑みを浮かべて。

 

「──南から来た風の噂ですが、現在異教徒達は大々的に食料を掻き集めているそうです」

 

 さっきまでと関係のなさそうな言葉を、サラッと告げたのだった。

 

「あれだけ負けて2ヶ月しか経っていないのに、出陣してくるつもりなのか」

 

「そのようですね……ネイくん、これが何かわかりますか?」

 

 そして、半ば置物と化して聴講者になっていた俺に、唐突に課題をぶん回してきた。

 

 油断してたので、直ぐに言葉が出ない。

 そもそも情報が少なすぎて、考えを述べても憶測まみれになる。

 

「……分かりません」

 

「所感で良いです」

 

 それでも構わないと将軍に促されて、俺は渋々口を開いた。

 小説の名探偵達だったら、頑として話さないところなんだろうけどなと思いながら。

 

「イスペリアとクルアン教との戦力差は逆転しています。放置しておけば、いずれは大軍を編成したイスペリアに踏み潰されると見越してのことでしょう」

 

「では、敵は再度決戦を挑むために準備を整えていると?」

 

「……でも、無謀だ。戦略的に考えたら、イスペリアから退いても良いくらいの状況なのに」

 

「ネイくん?」

 

 敵の総大将、ファイカ・ビント・ハミダは歴戦の名将で戦の勘所もわかっている。

 

 今がジリ貧とわかっていても、もう既にイスペリアは無理をする必要がない。

 

 決戦を挑まれても無視すれば良いし、戦力を回復した後に出陣してくる可能性が大きいことくらいは理解できているはず。

 

 なのに、それを勘案しても出陣してきたということは……。

 

「──政治的な譲歩を引き出すための出撃ってことか」

 

 ふと、前世の歴史の授業で習ったことを思い出す。

 

 第二次世界大戦の時期、日本の上層部は敗勢を理解してからは、敵に決戦を挑んで大損害を与え、有利な条件で和議を結ぼうとしていた。

 

 いわゆる一撃講和論、夢見がちな唯一の希望。

 これをクルアン教側も、実践しようとしているのかもしれない。

 

 だが、それにしたってイスペリア側を決戦の場に釣り出す餌が必要なはずだけど。

 

「…………ああ、そういうことか」

 

 少し考えて、思い至った。

 色んな意味合いで博打に他ならない、危ない綱渡りじみた道筋を。

 

「何か、分かったのですか?」

 

「いえ、まだ情報が足りていません。敵の規模はどの程度と予測されますか?」

 

「掻き集めている食料のことを考えれば、2万ほどでしょう」

 

「なるほど……憶測なら、立てられたかもしれません」

 

「構いません、聞かせてください」

 

 将軍の促しに頷いて、俺は状況証拠から来る妄想じみた憶測を語り始めた。

 

 敵が勝ち筋を求めるのなら、こうしてくるのかもしれないということを。

 

「恐らくは、敵は再現させたいのだと思います。先の決戦での終幕、マルドルを巡る攻防を」

 

「……本拠をわざと薄くして、別働隊に攻撃させるつもりだと?」

 

「そうすれば、イスペリアは決戦に乗ってくるだろうと踏んでるのだと思います。だから、動員限界の2万という数なのでしょう」

 

 イスペリアを油断させて決戦を挑ませるのなら、もう半分の1万程度の数でないと成立しない。

 

 なのに2万も動員した理由は、先の戦いでの成功体験を刺激して、イスペリア側に同じ行動を取らせようとしている風に思えた。

 

「少なくとも、こちらがそれを勘案して来ることくらいは、承知の行動だと思います」

 

 言い切って、軽く息を吐く。

 纏っていた緊張と高揚を振り解くために。

 

 あくまで推測なので責任は取り難いが、俺が勝ち筋を見出すならこれくらいしか思いつかない。

 

 もし他の方法があったり──勝つことが目的でないのならば、他の選択肢も取り得るであろうが。

 

 そうなれば、俺としてもどうしようもない。

 だから、これで勘弁して欲しいと黙り込むと、僅かな間の後にボソリと声がした。

 

「……あなたは指し手として認められた、ということですね」

 

 メンドース将軍の、独り言みたいな声だった。

 

「将軍?」

 

「いえ、流石は預言者殿と言うべきでしょうか」

 

「占い師です!」

 

 一瞬、将軍の顔が能面じみていた気がした。

 

 だけど、瞬きの間にいつもの貼り付けたみたいな笑顔になっていたから、もしかすると気のせいだったかもしれない。

 

「それで、何が言いたいんだ」

 

 ひと段落ついたと見た宰相が、この話の着地点を示せと要求した。

 

 貴族達を満足させる手段の可否を、はっきりさせようとしたのだ。

 

「……ふむ、都合がついたと言うべきなのでしょうね」

 

 そう言ちてから、将軍は爽やかな笑みで告げた。

 

「──異教徒の思惑に乗り、イスペリア貴族の武威を奮って頂きましょう」

 

「どういう──」

 

 ことだ、と宰相が語句を継ぐ前に、言葉が出なくなる。

 

 代わりに出てきたのは、よもやと言いたげな緊張感に満ちた声であった。

 

「──口減らしをする気か?」

 

 宰相の言葉に、将軍は笑みを浮かべた。

 ほんのりと狐チックな、それでいていつも浮かべている仮面みたいな笑みとは違う、満面の笑みを。

 

「いいえ、違います。功を立てる機会を与える、それだけですよ。──丁度、同じ条件で成功した方々に、対抗意識を燃やしてもいるようですし」

 

 そう言って、将軍はわざとらしくチラリとこちらを見遣った。

 ゾクりとして、背筋が落ち着かなくなった。

 

「可能性の話、いえ、妄想と言って差し支えない予測屋の戯言です。それを基準に、作戦を立てないで──」

 

 咄嗟に俺の口をついて出た言葉は、どこか言い訳じみていて。それを止めるように、将軍は人差し指を俺の口元へと近づけた。

 

「分かっています、貴方には関わりがないことです。──どうか、ご内密にお願い致しますね」

 

 そうして、とても優しい声音で、楽しそうな目をしながら将軍はそう告げた。

 

 ──味方殺しの罪は、貴方にはありませんよ、と。

 

「…………それも中身は黒いが、男だ。あまり酷なことを言うな」

 

「ふふ、失礼いたしました」

 

 庇うように、宰相はそっと俺を背中へと隠す。

 それに将軍は、満足そうに頷いた。

 

「目下の問題は、これで解決します。これで、オクタヴィア殿の不安は拭えましたか?」

 

「……お前は怖い」

 

「どうぞ、頼もしいと言ってください」

 

 とんでもない話を聞いてしまい、全部に耳を塞ぎたくなった。

 

 でも、塞いだら何も聞こえなくなる。

 重要なことを聞き逃してしまうかもしれない。

 だから、耐えながら耳を傾け続けて。

 

「それで、この引き継ぎとやらは終わりで良いのですか?」

 

 将軍はもう良いかと問いかけると、宰相は首をブンブンと振って。

 

 

「……こういう話を、陛下に上奏するつもりか」

 

 

 呻きながらも、何とか今日一番聞きたかったであろうことを口にできていた。

 

 将軍も、これが本題であると分かっていたのだろう。

 顔から笑みを消して、平然と告げた。

 

「──必要があるのならば」

 

 その言葉を前にして、宰相は何かを堪えるように、拳を握って震えた。

 

 俺としても、初めて実感できた。

 ベラはまだ子供でいるべきだという、宰相の主張の真意を。

 

 だってこんなの、ベラが可哀想だ……。

 数字の話として捉えるには、あの子は想像力がとても豊かだから。

 

「一つ、頼みがある」

 

 それは、きっとこの人が一番分かっていたんだ。

 隣から、凛とした声がして。

 

「聞いてくれるのならば、私は貴殿に全面の協力を確約しよう。多少の無茶でも、応える所存はある」

 

「聞きましょう」

 

 流れるような所作で頭を下げながら、宰相は言ったのだ。

 

「あと五年、摂政として国を導いて欲しい。それまでに、私が陛下をイスペリアの女王として相応しくしてみせる、だからっ」

 

 腐っても、プライドの塊みたいに人が頭を下げた。

 それだけでも、ちょっとした意味が生まれる。

 

 滅多に下がる頭じゃないから、本気なのだと伝える手段になるからだ。

 

 その下がった頭を、将軍は食い入るように数十秒見つめてから。

 

「オクタヴィア殿、どうか頭を上げてください」

 

 そっと肩に手を置いて、頭を上げるように促した。

 

「それで、答えは……」

 

「──お引き受け致しましょう」

 

「本当か!?」

 

 勢い良く顔を上げた宰相は、目の前にあった将軍の顔に少し戸惑って後ずさろうとした。

 

 ただ、将軍はそれを許さないように宰相の手を握ったままで。

 

 

「但し、──────────────、メンドース家に養子とする条件を呑んでもらえるのなら、です」

 

「なっ!?」

 

 

 宰相の耳元で、何かしらを囁く。

 途端、宰相の顔は熟れたリンゴみたいに赤くなって。

 

「何を言っている!?」

 

 そうして、動揺を隠せないままに大声で叫んだ。

 でなければ、落ち着けないと言わんばかりに。

 

「何とは、意なことを」

 

「な、なに?」

 

「──無論、証であり鎖です。あなたと、あちらの。見捨てられる程、薄情ではないでしょうから」

 

 何を言っているのかは聞き取れないが、将軍に何かを囁かれる度に宰相が俺の方をチラチラと見てくる。

 

 ……助けを求めているのだろうか?

 

「だ、だが、それは無理だっ。あいつは私のことを心底小バカにしているし、何より私はもう三十路に……」

 

 必死に何か言い訳みたいなことを重ねている宰相に、将軍は心底呆れた顔を浮かべた。

 いつもの笑みじゃない、心からの呆れみたいだ。

 

「何を言うかと思えば……」

 

「あっ!?」

 

 将軍は有無を言わせず、宰相がいつも身につけていたモノクルを取り上げた。

 浅緑の髪を結っていた、装飾品共々だ。

 

 そうして現れた姿を見て、思わず目を丸くした。

 

「宰相として振る舞うため、装飾品で身を固めたのは理解できます。甘く見られないために、華美さで誤魔化す必要があったことも」

 

「か、返せ!!」

 

 咄嗟に手を伸ばした宰相の手をはたき落としながら、将軍は小言みたいなことを浴びせかけ続けていた。

 

「ですが、貴方は生娘さが抜け切っていないのです。素顔のオクタヴィア殿は、どう足掻いても小娘にしか見えません。年齢など、大した問題ではないでしょう」

 

「童顔で悪かったな!!」

 

 そう、宰相は本人が叫んだ通りに童顔であった。

 大学生くらいのお姉さんと言われても、全然信じられるレベルの。

 

「あとは過労による目元のクマさえ消えれば、学院にすら通えるでしょうね」

 

「これ以上の侮辱はよせ!!」

 

 だけど、宰相はそれがコンプレックスなのか、将軍の手からモノクルや装飾品を奪い返すと、乱暴に身につけた。

 

 手荒に装着したためか、ちょっとズレてしまっているのがお茶目に見えた。

 

「これで分かってもらえましたか? 貴方ならできると考えたが故の提案です。呑めますか、呑めませんか?」

 

 けど、宰相を休ませる気がないみたいに、将軍は畳み掛けて迫った。

 

 その勢いに気押されたのか、宰相は力の限り将軍を睨みつけた後、万策尽きたみたいに肩を落として。

 

「…………呑もう」

 

「では、オクタヴィア殿と私は本日より盟友です。今は貴族たちの目もあります、陰ながらに仲良くしましょう」

 

「クソッ」

 

「私の盟友ならば、もう少し上品な言葉遣いを願いたいところですね。それでは軍務もありますので、私はこれで失礼いたします」

 

 苦い顔を浮かべる宰相と打って変わって、将軍は実に楽しげに笑って部屋を出て行った。

 

「ど、どうしろというのだ私に!!」

 

 目的を達成したはずの宰相は、部屋に取り残されて頭を抱えていたのだった。

 

 

 

 

 

「……あのさ、大丈夫?」

 

「大丈夫に見えるか?」

 

「重症に見えるけど」

 

「なら、その通りなのだろうよ……」

 

 くたびれ切った宰相に声をかけれたのは、それから3分くらい経ってのこと。

 

 一人で頭を抱えて悶絶する危険人物と化していたから、落ち着くまで関わり合いをすることに気が引けていたのだ。

 

「それで、何を要求されたの?」

 

 それでもメンドース将軍と仲良くしろと提案した手前、このまま素知らぬ振りをするのは気が咎めたので尋ねた。

 

 結局、途中から二人で小声で会話としてたせいで、全然話についていけなかったし。

 

「…………私に子が出来たら、将軍の下に養子に出せと言われた」

 

「……そっか」

 

 告げられた内容を聞き、納得が芽生えた。

 

 それは、あれだけ苦悶する筈だ。

 要するに、それは将軍からの人質兼囲い込みであるのだから。

 

「条件を認めるって言ってたけど、本当に良いの?」

 

 このままでは、ベラが正式な王になった後も、宰相は将軍に良いように使われることになる。

 

 この人は奇人だけど、なんだかんだ情は深い女性だってベラのことからも理解できるから。

 

 養子になんて出したら、将軍に一生頭が上がらなくなるだろう。

 

 それでも良いのかと尋ねると、宰相はブンブンと頭を振った。

 

「良くない、が仕方がない。あのメンドースの女狐を納得させるのならば、それくらいは必要だろうからな。だが、それ以前の問題として……」

 

 悶えながら、宰相は顔を赤らめていた。

 そして、恐る恐るといった風情で、俺の方へと顔を向けて。

 

「そもそもの前提として、相手のことがな……」

 

「ああ、それで……」

 

 だからさっき、三十路がどうだとかで騒いでいたのか。自分に相手ができるか、そこの時点で心配してたんだ。

 

 ふむ、と考えて。

 ジッと、取り敢えず宰相の顔を覗き込んだ。

 

「な、なんだ……」

 

「…………顔は良いです、モノクル外せば二十歳くらいに見えますし。多分、黙ってればモテます」

 

「モテる、私が!?」

 

 見目のことについて論評するのは品がないことだが、今は仕方ないと割り切る。

 

 この人、思ったより自己評価が低めだから。

 まず、その点を否定してあげないとと思って。

 

「あと、性格も悪いけど、悪いなりに最悪じゃないです。情に厚かったり、誰かのために一生懸命になれるところだけは素敵です」

 

「いちいち一言余計な奴がっ」

 

 でも、俺自身がどうしても宰相を素直を褒められなくて、どこか憎まれ口みたいになってしまう。

 

 良くないと思うのだが、考えた言葉を口が勝手に添削してしまう。

 

 流石に、そこまで言うつもりでもないから申し訳なくはあって。

 

「…………貴方は捨てたもんじゃないし、素敵な女性だと思います」

 

「!?」

 

 必死に自制心を発揮しながら、何とか生意気な文言を付け足さずに言葉を伝えられた。

 

 目の前の宰相は、目をまん丸にして俺を見て。

 

「それって……」

 

「だから、そんな貴方を好きになる物好きはどっかにはいます、多分ね」

 

 妙に照れくさくなって、やっぱり最後に言い訳みたいなことを付け足してしまった。

 

 相手にもよるが、素直になるって難しい。

 

 そして、やっぱりその最後の文言のせいか、宰相はプルプルとスライムみたいに震えはじめて。

 

 

「こ、このオスガキが! 大人を舐め腐って憚りおってからに!!」

 

「いや、多分俺が舐めてるのは貴方だけだと思う」

 

「〜っ、いつか思い知らせてやる、覚えておけよーーーっ!!!」

 

 まさに捨て台詞の基本形とも言える言葉を残して、宰相は自らの執務室から駆け出してどこかへと旅立ってしまった。

 

 残された俺は、ちょっと呆然としながら呟いた。

 

「……オスガキって、何?」

 

 もしかして、メスガキに相当する言葉?

 そうだったとしたら、すごく嫌なんだが?

 

 

 そんなことを考えながら残りの一日を過ごしてしまったせいか、その日の晩、オスガキとして宰相を"ざーこ"と煽る夢を見てしまった。

 

 俺は少しだけオスガキかもしれない、最悪すぎる発見であった。

 殺すなら、優しく殺してね……。

 

 

 

 

 

 予想通り、敵は出陣してきた。

 戦いやすい場所を選んで、挑発しているみたいに。

 

 イスペリアやマリーナ騎士団も出陣の準備を整え、戦列を並べて出陣した。

 

 …………貴族の混成軍とは、轡を並べずに。

 

 

 あんな人達だから、正直どうなろうが知ったこっちゃないって言いたい。死んでも自己責任だって言ってやりたい。

 

 ……けど、贄に捧げられようとしている。

 

 そのことを知っているだけで、どうしてだか心が傷んだ。

 

 自業自得じゃなくて、誰かの思惑で死への旅路を整えられている様が、どうしても哀れで。

 

「ジルベールさん、如何しまして?」

 

「……何でもないです」

 

 天気はずっと変わらず曇り空。

 何となく、雨が降らないかなって祈っていた。





tips: 『……あなたは指し手として認められた、ということですね』

メンドース将軍はファイカ・ビント・ハミダを、恐れ、憎み、怯え、恨み──尊敬している。


tips: 『但し、──────────────、メンドース家に養子とする条件を呑んでもらえるのなら、です』

「但し、貴方がネイくんとの赤子を授かり、メンドース家に養子とする条件を呑んでもらえるのなら、です」
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