貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ですわお嬢様
ロマンタ平原に布陣するクルアン教軍の中で、風に吹かれて少女の黒髪がはらはらと舞う。
遊牧民が好む爽やかな風の中で、アマルは祖母に問いかけていた。
「……釣れるの?」
「さて、根気次第かもしれないねぇ」
ここは平原、川も海もない。
釣具すら持っていない中での問い掛けだが、ファイカは戸惑うことなく答えていた。
「ま、こちらの意図は見抜いている筈さ。そういう風に軍を率いてるしね」
「……分かる、けど。背後のコルドラは、私達の最大の、拠点。落ちれば帰る場所、なくなるよ?」
そう、今回のクルアン教軍の出兵は、ジルベールの予想通り後背をガラ空きであると誇示して敵に出陣を促すためのもの。
出てこなければ、交渉材料にする予定の大切な駒を損耗させる羽目になる。出来れば、何事もなく釣り出せることをファイカは願っているのだが……。
「そんときゃそん時だよ、賭けれる有り金はそれしかないんだからね。あとは上手く、無一文にならないよう立ち回りながら上手くやるだけさ」
呟きながらも、ファイカはかなりの無茶をしているという自覚があった。
イスペリア軍も、もはや一筋縄ではいかない相手になっているということも理解している。
「──釣れた」
「やっぱりねぇ」
アマルの呟きと眼前の光景から、ファイカは自らが賭けの卓上を前に出来たことを理解する。
まずは一段落、前提条件が整えられたことに内心で安堵を溢した。
「どうする?」
「敵の数は?」
「軍旗や広がりから、多分1万と2、3千くらい」
「向こうも後背襲撃に兵を回したってことだね、こりゃ」
敵が来た、ただ想定よりも数は少ない。
ロマンタ平原で距離を置いて、両軍は遠くより相手方との間合いを測りあっていた。
距離はあるのに、両軍の緊張感は段々と高まっていくのを感じる。
その中で、真っ先に行動し始めたのはクルアン教軍の方であった。
「全軍──後退を始めな!」
その指示を受けて、混乱した兵はいない。
事前に、その策のことを聞いていたから。
布陣していたクルアン教軍は、整然と後退を始めた。
「……エブラ川の仕返し。動かないなら、後背の襲撃部隊を潰す。見捨てられないなら、むこうから、仕掛けるしかない」
そう、それはアマルの献策だった。
前の戦いでジルベールにやられたことを、この場でやり返そうとしていたのだ。
「好きな男の真似をしたがるなんざ、将来は尻に敷かれるねぇ」
「違う、黙れババア」
「全く、まだ素直になれないんだね。あんまりツンケンし過ぎると拗れるよ、覚えておき」
「恋、してない。あの子は敵、あり得ない」
「……やれやれ」
まるで日常にいるみたいな会話を交わしながらも、両者は隙なく兵を統制していた。
徐々に後退して行くクルアン教軍を前に、イスペリア軍は……。
「流石に、多勢に無策で突っ込んでくる輩ではないねぇ」
戸惑いを僅かに漏らしながらも、クルアン教軍と等速で前進を開始する。
距離を詰めるでもなく、開けるでもない。
一定の間隔を保つための前進に他ならない。
「どっちが先に手を出すか、根比べするつもりかい」
「……気が長い」
「メンドースだね、このネットリしている用兵は」
まるでストーカーみたいな手腕を発揮する相手に、称賛とも罵声ともつかない感想を漏らすファイカ。
相対距離は変わらず、常に一定。
刃を交わしていないのに、鍔迫り合いあっているかの様な錯覚さえしてしまう。
恐らくは、互いの指揮官の思いは同じだろう。
「……婆、これ、いつまで続ける?」
「焦れるけど、腰を据えなアマル。先に動けば相手の術中に嵌るよ」
「罠が、ある?」
「メンドースが無策なはずがない。と言ってもこの平原だ、罠というよりは誘いだろうね」
誘いという言葉に、アマルもピンと来た。
──あぁ、あの子も同じこと考えていたんだ、と。
「……仕掛けたら、相手も後退する?」
「あっちは数で劣っているからね。十中八九、後方に野戦陣地がある。そこで私らを釘付けにするのが、敵の狙いと見て良いさ」
先の戦い同様、クルアン教軍の本隊を奥地に誘い込んで釘付けにし、その隙に後方に回り込んだ奇襲部隊で背後の拠点を攻略する。
戦訓を活かしたというよりは、成功体験に固執しているとも言えそうな類似具合である。
ただ、それでもクルアン教軍は乗って来ざるを得ない。
全てをかなぐり捨てて後退したら、それこそ今回の出兵の意味が無くなる。そう見透かしての行動であろうが。
「じゃあ、仕掛けるタイミングは……」
「敵を十分に引きこんで、敵陣地に容易に退却出来なくしてからだね」
ファイカの応答を経て、アマルはもう暫く神経をすり減らす必要性があることを理解した。
「……風は、気持ちいいのに」
馬に乗って、駆けたい。
草原をいっぱいに、風みたいになって。
鬱屈しそうな折衝の中で、アマルはボンヤリとそんなことを思っていた。
まるで綱引きみたいだ。
敵と遭遇してから1時間、ジリジリと引き摺り込まれている中でそう思った。
「ジルベールさん、これ、マズいのではなくて?」
そんな状況の中で、自らのウェーブが掛かった髪先を指で弄りながら、クローデットさんが困り顔で問うてきた。
「良くはないです」
「そうですわよね……」
無論、良い訳がない。
俺たちは今、敵領内へ誘引されているのだから。
唯でさえ7000もの兵力差がついているのに、更に敵が有利な場所に誘い出されたのならば、到底勝てるものではない。
干戈を交えてすらないのに、ジリ貧を強いられている。
王者の戦い方と言っても過言ではない。
敵将は奇策だけでなく、正攻法でも強いと自らの用兵で証明をしていた。
でも、だからといって唯々諾々と従い続けるメンドース将軍ではない。
「多分ですけど、もうそろそろ動きが──」
「──失礼致します、ジラール団長!」
噂をすれば、言った側からイスペリアの伝令が駆け込んできた。
これ以上引き摺り込まれると、敵と正面から戦うしかなくなる。そうなれば、寡兵であるイスペリア側は敵にすり潰されるしかない。
その分岐点になるというタイミングが、今である。
来て当然の伝令であった。
「メンドース将軍からですわ?」
「はい、将軍より要請であります。"敵側面へと機動し、圧迫されたし"とのことです!」
「機動するだけで、攻撃はするなということですの?」
「敵の反応を窺いたいとのことで、その後の判断はジラール団長に任せると」
要するに、"隙があったら攻撃しろ、でも無理をするな"というお達しであった。
裁量が広いのは、あくまでマリーナ騎士団は同盟相手で部下でないから、自分の好き勝手に出来ないと了解してのことだろう。
まあ、隙があったら刺してこいくらいのニュアンスは、当然含んではいるんだろうけど。
「このままでは、埒が明きませんものね。……承知しましたわ、マリーナ騎士団は前進、敵の側面へと回り込みますの!」
「感謝致します!」
クローデットさんは状況を把握し、納得して引き受けた。生半な部隊じゃ、各個撃破の的になるだけと判断もして。
去っていく伝令を尻目に、クローデットさんは敵を見やった。
「ジルベールさん、何かご助言はありまして?」
「神父様に聖書を説く様なことで申し訳ないですけど、反応があっても深追いは禁物です」
「委細承知ですの!」
当たり前のことを伝えただけなのに、クローデットさんは嬉しそうに頷いた。
俺の言葉を聞けただけで、満足と言わんばかりに。
「──クローデットさん、行きましょう、一緒に!」
だからか、余計な言葉を口走ってしまっていた。
今は必要ない、激励未満の言葉を。
一緒に行くのなんて、そんなの相方として当たり前なのに。
でも、そんな言葉でも、彼女は満面の笑みを浮かべてくれて。
「──マリーナ騎士団、出撃ですの!」
どこまでも通る声が、物静かな戦場に熱を生み出した気がした。
「婆、敵が動いた」
「大体2000くらい、ちょっかい掛けに来たって風情だね」
マリーナ騎士団の動きは、すぐに敵に察知された。
何せ平原、隠密しようもなく堂々と動くしかない。
それ故に、意図も簡単に読まれてしまっていた。
そろそろ動くと、当たりをつけていたこともある。
「無視、するの?」
「むしろ後退速度を上げて、引き摺り込んでやりたいぐらいさ。不服かい?」
「……ちょっと、危険かも」
ただ、敵の軽挙を逆手に取ろうとするファイカに対して、アマルが待ったをかけた。
敵はイスペリア軍ではないと、一目行軍模様を見ただけで看破したから。
「ん……あぁ、例の奴らだね。なるほど、後退速度を上げて引け腰になったところにあいつらの一撃喰らえば、単なるちょっかいでも隊列に亀裂が入りかねないからね」
ファイカも言われて、イスペリア軍から分派して行動している部隊について悟る。
ただ、それは奇妙だと感じた。
てっきり、マリーナ騎士団は拠点への攻撃に回ったと思っていたから。
でなければ、自分たちが拠点にして全てを集積しているコルドバ市は、そう易々と落ちるはずがない。
別働隊の兵力が2万ほどあれば別であろうが、それだけの兵力を今のイスペリアは持ち得ないのだから。
だとしたら、とファイカは顔を顰めた。
「……読み違えたか、こっちの策を逆手に取ったか」
背後へと回ったと思われる敵の兵力は、多く見積もっても1万に届くことはない。
であるのに、攻略に必須なマリーナ騎士団をここに置いているということは、即ち最初から狙いは後背の拠点でなく──。
「劣った兵力で、私らを包囲殲滅しようって腹かね?」
合理的な事実を繋げると、そういう結論になってしまう。
……ただ、そう結論づけるには、どこか違和感があった。
怖さを感じない、崩せると思ってしまう。
敵の別働隊が迂回してロマンタ平原に来るには、丸一日大回りをして来る必要がある。
格好の各個撃破の対象になりうるし、後方には連絡線を巡らせている。
敵の別働隊が見えたら即座に、ファイカの元へ偵騎が駆けつけて来る仕組みになっている。
相手も、後方はクルアン教が地の利を活かしていることは承知しているはず。
なのに、そんな容易いことをして来るとは、とても思えない。
「婆?」
「……まだ焦るべきじゃないってことさね」
怪訝そうなアマルを前にして、黙り込んでいたファイカはかぶりを振った。
懸念は覚えておくべきだが、今はまず正面の敵に対処すべきであるから。
「アマル、1万を率いて側面の敵を追い散らしてきな」
「1万だと、相手されない。すぐ逃げられる」
「それでいいのさ。あんたはそのまま追撃、私は前進して敵本隊を圧迫し、ちょっかい掛けにきた部隊との分断を図るよ」
「……戦うの?」
どこか期待したみたいに尋ねるアマルに苦笑しながら、ファイカは首を振った。
「相手がその気ならそうするが、一目散に逃げるだろうね」
「根性、ない」
「いま逃げてる、私らが言えることじゃないさ」
自らの策が用無しになったこともあり、つまらないと言わんばかりの態度を隠さないアマル。
そんな孫の頭をクシャクシャと撫でながら、ファイカは遠方を見遣った。
全部は敵別働隊の動き次第、偵騎から報告を受けるまでの時間稼ぎ。
剣も矛も交えないこの奇妙な戦いは、もう暫く続きそうだと予感した瞬間であった。
予想の通り、1万の兵を率いたアマルを前にして、マリーナ騎士団は遁走した。
無敗の騎士団と市井で讃えられている彼女達ではあるが、それは算段がある時しか無茶をしないが故。
5倍の相手に無策で突撃を掛けるほど、無謀でも愚かでもなかった。
同時に、クルアン教軍の本隊も連動して後退をやめ、俄かに突撃姿勢を取った。
後退を続けることに、不快感と苛立ちを覚えていたクルアン教の兵士達は闘志をみなぎらせながら、遠巻きに近付いてくる敵を睨みつけた。
いざ、決戦へ。
そうクルアン教の兵士達が期待を昂らせたその時……イスペリアの主力は前進を停止し、今度はあちら側が後退を始めたのだ。
立場が一転、今度はイスペリア側が後退する立場になっていた。
これに対し、ファイカは前進を指示。
便所に駆け込む如く逃げていくマリーナ騎士団を補足できなかったアマルの軍も合流・再編して、一定の距離を保ちながら追撃を開始する。
"何だこれは、馬鹿みたいじゃないか"とクルアン教軍の兵士は感じていたが、同様の感想をイスペリア軍の兵士達も持っていた。
まるで素人の生兵法に、延々と従わされているかの様な無意味さ。無意味に歩かされて、疲れとフラストレーションばかりが溜まっていく。
両軍はその後も、こんな意味不明な動きを数度、雲越しに夕日がうっすらと見える夕刻まで繰り返すことになった。
後世では、両軍の息があった動きから"初めて両者が手に手を取ってワルツを踊った、相手の足を踏まぬ美しいダンスであった"と二人の名将らしからぬ動きに皮肉を添えたが、当事者の兵士はそんなお上品ではいられない。
略陣営の兵士は共に、互いの指揮官を(小声で)罵倒しながら憤っていた。
結局、その日は茶番みたいなことに終始して、互いをギリギリ視認できる距離まで引き下がり、野営をする事となったのだ。
積極的に動くのならば、この膠着の打開を目指すだろう。こんな茶番を前にしては、兵の士気が持たないからだ。
だが、今回に限って両軍の指揮官は過度に消極的であった。
片や自軍の貴族を生け贄に敵の隙を窺っており、片や敵の動きを探るために慎重に慎重を重ねている。
この間抜けなワルツの裏側には、様々な思惑がひしめいてはいるのだ。
しかし、高度な読み合いや仕掛けの準備をした結果がこの戦争ごっこのおままごとならば、失笑を得るのは仕方のないことであろう。
けれども、こんな馬鹿げたやり取りが延々と続くわけもない。
雲の向こう側にある太陽が翳り、夜の暗がりが辺りを包んだ時、一つの情報がファイカの元へと齎されたのだ。
「敵の別動隊は、このだだっ広い平原じゃなく、コルドラへ向け進軍中……本当なんだね?」
「はい、間違いありません。敵部隊が5000ほどで、ここではなくコルドラへ向けて進軍しております!」
偵騎からの情報で、遂にファイカは敵別動隊の動向を掴むことに成功したのだ。
「……しかし、奇妙だねぇ」
ただ、その情報に納得がいったかと言えば、そうでもない。
だって、明らかに戦理に反している。
無駄な戦力の分散、無意味な攻略不能な拠点への攻撃姿勢、そのどちらもがおかしい。
「何が目的なんだい……」
クルアン教軍が拠点にしているコルドラは、イスペリア南部の要として重要視してきた都市だ。
半端な攻撃では陥落しない様に防備を固めているし、守備隊だって5000は詰めている。それを同数の兵で攻略しようなど、どう考えても見積りが合っていない。
敵が馬鹿にでもなったのかと疑りたくなるが、メンドースはそんな計算ができないほど愚かでもない。
それが、ファイカを惑わした。
今まで評価してきた敵を低く見積もるほど、この老将は楽天的ではないから。
「……敵が、馬鹿なだけ、かも」
一方で、ファイカ敵には楽天的な発言をかましたのは、自らの孫であるアマルであった。
「アマル、あんたはメンドースが性病にでも掛かって、狂っちまったとでも言いたいのかい?」
「婆、下品……」
ファイカとしては、敵を舐めるべきでないという嗜めたつもりである。
けれども、あまりにあんまりな物の例えに、アマルは祖母を見つめながら首を振った。
「違う、そうじゃない」
「じゃあ、何だってんだい」
問い掛けに対して、アマルは無表情で淡々と自らの意見を述べた。
「あの、頭がおかしい敵を見て、真似、できると思ったやつがいたの、かも」
頭のおかしい敵とは、言うまでもなくマリーナ騎士団のことである。
「はん、空から降り注ぐ丸太を見てそう言えるなら、大したもんだがね」
現実離れした攻撃を繰り出してくるマリーナ騎士団との攻防を思い出し、一笑に付そうとしたファイカであったが、アマルの次の言葉で引っ掛かりを覚えた。
「……細部まで、見てないから、かも」
「あん?」
細部まで見てないとは、マリーナ騎士団の常人離れした戦い振りを目の当たりにしていないということか。
いや、あり得ないだろうとファイカは思った。
「細部まで見なくとも、真似できると思う方がイカれてると思うけどねぇ」
「……敵別動隊の軍装、どうだった?」
名将である祖母からの否定を前にしても、アマルは自らの考えを捨てることなく、報告に来た伝令へと問い掛けていた。
何をそこまでと訝しむ祖母を横目に、伝令は問いに対して即座に回答した。
「確か……統一感のない、バラバラの軍装で、一見すると寄せ集めの軍にも見えました」
「──それも合わせて報告するんだよ、間抜け!」
「ヒッ、も、申し訳ありません!?」
まさかの重要な情報が、まだ報告されていなかった。
そのことに、ファイカは"伝令の質が下がりすぎじゃないか"と頭を抱えたくなったが、消耗品の如く消費されていく伝令兵は、如何に努力しても熟達の域に達するものは限られてしまう。
兵員の補充が受けられない故の悲哀であった。
一方、伝来の報告に然もありなんと頷いていたのはアマルである。
「やっぱり、そう……」
「何がやっぱりなんだい?」
ここに来て、もしかするかもしれないと思い尋ねたファイカに、アマルは無表情ながら唇を少し曲げて答えた。
「──凄いものを見たら、真似したくなる。私も今日、あの子の真似して、上手くいかなかった」
淡々と語っているのに、不服さだけはしっかり伝わってくる。どうやら、悔しいと思っているらしかった。
「だから、あのイカれた奴らの真似をしようって輩が出てきても、おかしくないってことかい」
「……おかしいけど、おかしくない。できるできないかは、別。自分たちも、やってみたくなっただけ」
どうやら、敵側にメンドースの言うことを聞かない跳ねっ返りがいるらしい、と言うのがアマルの推測だった。
普段だったら、バカなこと言ってないで寝なと一喝しただろう。
だが、困ったことに状況を考察するに、結構筋が通っている。
敵の奇妙な動きも、それで説明はつく。
だとしたら、目の前のイスペリア軍主力は、マルドル付近に居座るクルアン教軍を排除しにきたのではなく、後背に躍り出た阿呆どもを救援するために出撃してきて、ファイカ達をここに釘付けにしているとも取れる。
いや、メンドースが本気で助けるのならば、あの部隊を救援に差し向けるついでに、コルドラの攻略を図るくらいはしてくるだろう。
それすらないということは……。
「──死んでも良い、そう思われている奴らってことかい」
今の状況と敵の動き、それがカチッと嵌る。
気がつけば、ファイカは口元に弧を描かせていた。
「バラバラの軍装で5000もの兵力を集められる輩、貴族の諸侯軍だね。──なるほど、統一前にお掃除しようってことかい」
そして、真相に辿り着く。
これならば、メンドースもやるだろうと確信しながら。
「なあ、アマル。お使いを頼めるかい?」
「婆、クソババアの顔になってる。悪行、また重ねる気?」
「失敬なことを言うね、バカ孫は。……安心おし、これは純然たる善行だよ」
そう言いながらも、ファイカがいま浮かべている笑顔はあまりに悪人然とした物であった。
「コルドラ攻略に向かった奴ら、あいつらはイスペリアの貴族さね。そのお貴族様を──半分は見せしめで殺して、もう半分は捕らえておくれ」
全滅させないだけ、十分に善行だろう? と述べるファイカにアマルは無表情ながら呆れを滲ませて呟いた。
「……人質にする気?」
「いやいや、賓客様さ。良い交渉の材料になってくれる、ね」
翌日、昨日と変わり映えしないやり取りが発生していた。
押して引く、その繰り返し。
ただ、唯一の違いは……クルアン教軍側が、やや突出することが多くなっていることか。
前のめりに前進してくる敵に、イスペリア軍はドタバタしながらも後退を続けて。
それが何度か続いた時、マリーナ騎士団の団長が、敵の奇妙さに気が付き、"ですわ?"と呟いた。
「ジルベールさん、もしかしたらワタクシの気のせいかもしれませんが……突撃の度に、敵の圧力が減っている気がしますの」
「え?」
自らの相方であり団長の諮問に、占い師の彼は目を丸くして。
「……ごめんなさい、ちょっと掴めてなくて。どこら辺がですか?」
「そう、ですわね。なんと言うか、敵が身軽になっている気がしますの」
「身軽に?」
指摘されて、彼も少しの気付きを得た。
確かに、敵の行軍スピードが上がっている。
正面の兵列は変わった様には見えないが、素早く動ける様になっている様に見える。
でも、何故?
敵が焦れているからか、それとも……。
そこまで考えて、彼、ジルベールはハッとした。
「──戦列後方を、突撃の度に小部隊ずつ離脱させてるんだ」
狙いは勿論、後方へと回り込んだイスペリア貴族の軍、これを討つ部隊を編成するためのものだろう。
正面の敵は隙がなく、そんな兆候は見られない。
だけど、これまでの突撃の回数を勘案すると、既に2000は離脱させているはず。
このままでは、敵拠点の攻略に手間取るだろう貴族軍は、後背を襲ったつもりが逆に襲われて壊滅することだろう。
「どうしよう……」
見捨てるのか、何か策を講じるか。
急に俺の手の中に、とんでもない選択肢が転がり込んできた気分だ。
将軍は、イスペリア貴族達が自爆しても俺のせいじゃないと言っていたが、いま俺に選択できる余地があってしまうのが頭を、いや、心を混乱させて。
「何が、正しいんだろう……」
呟きは、奇妙な戦場の中でささやかに掻き消え──。
「──ジルベールさん」
──なかった。
俺の隣の人が、俺のことを見てくれてたから。
「何にお悩みなのか分かりませんが、ワタクシとあなたは運命共同体ですのよ」
素敵で格好良い、俺や相方が。
「──ですから、どうか話してくださいまし」
クローデットさんが、俺を安心させてくれる笑みで、そう尋ねてくれたのだった。