貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第44話 颯爽

 

「何にお悩みなのか分かりませんが、ワタクシとあなたは運命共同体ですのよ。──ですから、どうか話してくださいまし」

 

 安心させる微笑みと共に、その言葉は俺の胸へとやってきた。

 

 一人で悩まないで、俺達は二人で一つの形。

 だから、一緒にどうにかしましょうって。

 

 クローデットさんのその優しさを手渡された瞬間、全部を吐き出したくなった。

 

 実はイスペリアの貴族達は自滅するように誘導されて、今まさに死の危機に瀕していると。

 

 将軍は味方を見殺しにしようとしている。

 イスペリア軍は、イスペリア貴族達を助けることはないだろう。

 

 それを阻止できるのは、多分マリーナ騎士団のみだって。

 

 胸のわだかまりが溢れて、言葉が雪崩を打ちそうになる。

 けど、それは……。

 

「ごめんなさい。これはきっとマリーナ騎士団にとって、益のない話なんです。それだけじゃなくて、騎士団を損耗させかねないことで……」

 

 イスペリア貴族達を助けるには、敵に追いつくための行軍速度を考慮に入れると、マリーナ騎士団の令嬢達のみがロマンタ平原を離脱し、敵地の奥深くに侵入しなければならない。

 

 そうして、敵の都市とクルアン教軍の別働隊に挟撃されているであろう貴族達のとこころへ、脱出路を開くために突撃をかける必要だってあるだろう。

 

 令嬢方は強い、きっとやれば成功はさせる。

 ……でも、それで死ぬ令嬢は何人かは必ず出る。

 

 戦略的な意味もなく、マリーナ騎士団的にも益がない。それで死んでしまったら、無意味な死だ。

 

 だから、こんな俺の罪悪感を紛らわせるためだけのことなんて、絶対に言えるわけがない。

 

 そう、思ってたんだけど……。

 

「信じてくださいまし──あなたの半分であるワタクシを」

 

 この人に手を取ってそう言われてしまうと、とても弱い。

 

 凛として誠実な目と、温もりあふれる手から。

 この人が、俺の力になりたいと心底思ってくれていることを感じ取れてしまうから。

 

 俺は多分、まだまだ子供だった。

 伝わる手の温かさが心地よくて、どうしたって振り切れない。

 

「クローデットさん、実は……」

 

 縋りたいって思ってしまった、助けてと心が言ってる。

 

 あんなイスペリアの貴族達だって、不条理が訪れて良いとは思わない。

 

 それは、俺が優しいとか博愛主義者だからとか、そんな理由じゃない。

 

 ──あの日のガリティア、革命が始まって全てがおかしくなった日を思い出すから。

 

 

 お母様が帰ってこない、お父様が屋敷に残った。

 

 ばぁやに手を引かれてイスペリアへ逃げる最中の村で見た、痩せこけたり餓死した平民の人たち。

 

 絶望と共に踏み込んだ極寒のマラデタ山脈、踏破した後に命数を使い果たして死んだばぁや。

 

 

 前世で気楽な現代人で、今世では箱入り息子として大切に育てられてきたからこそ、思う。

 

 ──こんなの、理不尽だって。

 

 今の世の中、死がありふれている。

 俺の周りの人の死だって、このご時世よくある事で流されるだろう。

 

 だから仕方ない、一々気にしていられない。

 ……そう自分で納得できる程に、俺はまだ成熟できていなかった。

 

 天が与えた不可避な理不尽に対しては、知恵を絞って立ち向かうしかない。

 

 でも、人が敢えて理不尽を与えることに対しては、納得がいかないのだ。

 こと、命が関わることについては、特に。

 

 世の中全部のことに対してそう思えるほど、俺の心は広くはない。

 

 でも、手が届きそうな範囲でそんなことがあったのならば。

 

 やっぱり、考えてしまう。

 何かできることがあるんじゃないかって、そんな埒もないことを。

 

 

 

 俺が気にしていること、それに応えてもマリーナ騎士団に得どころか損しかないこと、なんでそんなことを思ってしまっているのかってこと。

 

 剣を交えないおかしな戦場だからか、悠長にも全部話してしまっていた。

 

 ずっと、誰かに聞いてほしいって思っていたからかもしれない。

 

 全部を聞き終えた後、クローデットさんは繋いでいた俺の手を、そっと撫でてくれながら。

 

「最近、ジルベールさんが難しそうなお顔をされていた理由は、そういうことだったのですわね。……てっきり、男の子の日だからと思っていましたわ」

 

「男の子の日って何!?」

 

 何か、ちょっとおかしなことを口走っていた。

 ……あれ、そういう流れだったかな、今。

 

「ええっと、その、ございますのでしょう? 男性の方は…………お、お玉袋が二倍の大きさになって、ずっと痛くなってしまう日が」

 

「玉袋が二倍!?」

 

 一体どこの情報なのか、全く持って間違いしかない性知識だった。

 

 精子増量金玉キャンペーンでも行っているのか、たぬきみたいな玉袋に男性がなって良いはずがない。

 

 おかしい、俺は結構真面目な話をしていたはずだったのに……。

 

「全部間違ってますっ。急にどうしちゃったんですか、クローデットさん!!」

 

 急に様子がおかしいことを言い始めたこの人に対して、正気に戻れと肩を揺さぶってしまった。

 

 はしたないことだが、それ以上にクローデットさんがはしたなかったのだから仕方がない。

 

 ただ、当のクローデットさんも、やられてばかりではなかった。

 

 そっと、彼女は俺のおでこにツンと人差し指を当てて。

 

「最近、眉間に皺が寄っておいででした。あなたは一人で抱えがちですから、心配でどうしてかと考えてしまうのは当然のことですわ」

 

 俺も悪いんだと、困った子に言い含める口調で伝えられた。

 

「それは……ご心配をおかけしました」

 

「キチンと話してくださったから、ひと安心ですわ。理由が分かって、ワタクシもスッキリ致しましたし」

 

 クローデットさんが笑みを浮かべ、釣られて俺も笑ってしまう。

 

 肯定も否定もされてないけど、話を聞いてくれただけでも胸のわだかまりが弛緩したから。

 

「でも、その結果が男の子の日なのは、やっぱりおかしいと思います」

 

「ジルベールさんが気安くて、つい言ってしまったのです。淑女として、謝罪いたしますわ」

 

「はい」

 

 男の子の日とかふざけたものでもなんでもなく、俺の気持ちは誤解なくちゃんと伝わった。

 

 クローデットさんのそんな柔らかさが、やっぱり心地よくて。

 

「……別にジルベールさんのお玉袋が二倍の大きさになっていても、ワタクシは微塵も気にいたしませんわよ?」

 

「…………はい?」

 

「お玉袋が二倍の男性を嫌がっているとか、そんな勘違いしないでくださいましね!」

 

「違うんです、全部が諸々!!」

 

 ただ、唯一おかしな勘違いだけは解けなかったことが非常に惜しかった。

 

 有難いのに、素直に感謝しきれない感じ。

 お陰で肩の力が抜けたから、決して悪いことばかりじゃないけどね。

 

 クローデットさんは気遣い上手の人だから、最初からそれが目的なのかもしれないし!

 

「ジルベールさん、こう見えてワタクシも女でしてよ?」

 

「? 勿論そうです。クローデットさんは、どこに出しても恥ずかしくない立派な淑女です」

 

「でしたら、お分かりでしょう? 改めてそんなにマジマジ見つめられると、とっても照れてしまうのですわ……」

 

 ……ちょっぴり天然な可能性だってあるけど、クローデットさんならそれだって愛嬌だから、全然問題ないんだけどね!

 

 

 

 すっかりクローデットさんに脱力させられてしまい、色々と気が抜けてしまった。

 

 緊張感が薄くなるのは良いことではないけど、ガチガチになって思考が単一的になる方がもっと良くない。

 

 だから、今なら落ち着いてクリアに考えられそうだって、何か良い策を思いつけるかもしれないって、そう思っていた矢先のこと。

 

「ではジルベールさん、ワタクシ達は参ります」

 

「え?」

 

 急にクローデットさんが、そんなことを言い出したのは。

 

「……何処に?」

 

 口にしてから、なんて意味のない問いかけなんだろうって思った。

 今の流れ的に、それこそ答えは一つしかない。

 

「──無論、イスペリア貴族の救援にですわ」

 

 あまりにも当たり前みたいに、クローデットさんは言った。

 

 これから散歩にでも行くと告げるみたいに、さっき散々危険で意味のない行為だって伝えたことを。

 

「……俺のためにそう言ってくれてるのなら、絶対にやめてください。それで戦死者が出る方が、俺にとっては耐えられません」

 

 もしかしてと思いながら、俺は自意識過剰な制止をする。

 

 クローデットさんは立派な団長で、俺には甘いけど私的な理由でマリーナ騎士団を損耗させることなんてしない。

 

 分かっているのだけれど、万に一つの気まぐれだったらと思って、待ったをかけたのだ。

 

「いいえ、違います。行くと決めたのは、ワタクシ達にも益があると思ったからですわ」

 

 それに、クローデットさんは違うと首を振って否定の意を示した。

 

 少なくとも、俺のために無茶をすると言っているのではないと。

 

 僅かな羞恥と共に、ちょっと安心した。

 ……けど、分からない。

 

 益って、一体なんのことを言っているのか。

 

「クローデットさんは、何を見出されたのですか?」

 

 少し考えても答えを得られそうにないから、素直に尋ねる。

 

 すると、鷹揚に頷いてから教えてくれた。

 

「イスペリア貴族に恩を売り、ワタクシ達のことを認めさせること──味方にすることですわ」

 

 思ってもみなかった、まさかの方向性のことを。

 

 言われた言葉に、流石に戸惑う。

 それは、令嬢方の命を賭けるに値することなのだろうか、と。

 

「あの、本当にそれは益になりますか?」

 

 クローデットさんの言うことでも、流石に疑わしい。

 

 だって、イスペリア貴族を見てても、それで俺たちに感謝を覚えてくれるなんて微塵も思えなかったから。

 

 むしろ、恩着せがましいと自分たちの失態を棚に上げて、非難されることにならないだろうか?

 

 そうなったら、くたびれ損どころか助けたことすら後悔しそうな気がする。

 

「……イスペリアの貴族が、こちらに好意的になるのは相当な話だと思います」

 

 幾らクローデットさんの考えでも、目算が立たないと否定的にならざるを得なかった。

 

「ふふっ、流石のジルベールさんでも、こういったことには疎いのですわね」

 

 でも、そんな俺にクローデットさんは鈴みたいな笑い声で、なんだかよく分からないことを口にして。

 

「あの傲慢で当て擦りばかりしてくる、イスペリア貴族がですよ?」

 

「あの傲慢で嫉妬深い、イスペリア貴族だからですわ」

 

 正に、だからこそと頷いて。

 

「あの手の方々は、格下に助けられれば屈辱を感じます。ですが、格上に助けられれば、恩顧に縋ろうとするものですの」

 

 そうして、とびっきりの笑みを浮かべてこう言ったのだ。

 

「ですから──とびっきり、格好良く助けて差し上げますわ。敵わないと、心の底から認めざるを得ないように」

 

 ……その言葉に、敵わないなって、真っ先に俺の方が思わせられてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 イスペリア貴族連合軍の総勢は5000ほどであった。

 

 装備はバラバラ、兵達は各々持っているのが剣や槍など統一されてすらない。

 

 戦闘になれば、混乱は避け得ないような混沌がそこにはあったが、貴族達は意気軒昂に敵領土内へと踏み込んだ。

 

 自らの邪魔するものは何者もない。

 

 先の決戦で多大な損害を受けた敵には迎撃の余力などなく、主力がイスペリア本軍に拘束されている状況では、領土奥深くの拠点に籠城する他にない。

 

 メンドース将軍は戦いの前にそう説明しており、今のところ説明通りにことが進んでいる。

 

 別働隊をマリーナ騎士団に任せようとしていた将軍に、貴族達は自らを売り込んだ。

 

 奴らができたのだから、自分達にもできるはず。

 異邦人にこれ以上の功績は、立てさせられないと。

 

 結果は思った通り、敵は弱り切っていて無理を押して出撃してきただけ。

 

 イスペリア軍主力を抑えるのに手一杯で、後背に回り込んだ敵を迎撃する余裕なんてない。

 

 なんて簡単なんだ、と思った貴族は半数ほど。

 流石に意気が無さすぎる、と訝しんだのはもう半分。

 

 静けさがある進軍路、これに敵の弱体化を見るか不気味さを感じるかはそれぞれであったが、警戒を強めつつも貴族達は進み続けた。

 

 どちらにしろ、罠に掛かるかもしれないなんて理由で退けば、軟弱やら臆病者の誹りは免れないから。

 

 そもそも、自分たちで買って出た任務である。

 今更投げ出すなんて、そんなもの矜持が許さない。

 

 だから、一部の貴族は警戒を厳にしつつも、誘いに乗るみたいに進軍を続けて。

 

 ──何事もなく、クルアン教南部最大の拠点である、コルドラまで辿り着いてしまった。

 

 

 

 コルドラ、十年前にクルアン教の手に落ちた南部有数の大都市。

 

 古代ロマーナ帝国統治時代には属州の首都として繁栄を謳歌し、イスペリア王国時代でも南部の要として重用され、現在のクルアン教支配下でも重要な拠点して保持されていた。

 

 ここまでコルドラが重要視されているのは、ロマーナ時代に建てられたインフラの数々が頑丈で全く旧式化せず、イスペリア時代に新造されたものよりも立派であったからだろう。

 

 もちろん定期的にメンテナンスはされていたが、手入れさえすれば良く稼働するインフラ群は、周辺都市と比べても一歩抜きん出ている。

 

 そんな由緒正しき古都は、今まで戦場になったことがなかった。

 

 十年前は先代女王率いるイスペリア王国軍が、デグアラーテ湖畔の戦いで大敗し、南部を支配できる力を喪失した。

 

 その戦いでコルドラ領主も戦死してしまったがため、救援なき籠城戦を行おうとはせずに大人しくクルアン教の軍門へと降ったのだった。

 

 だから、今回が初めての戦いになる──この地が、戦場になるのは。

 

 

 

 コルドラを射程に捉えた貴族軍は、勢いそのままに切先を都市へと向けて突撃……ということはしなかった。

 

 先ずは近くの森林で木々を伐採し、攻城用の破城槌や梯子へと加工した。

 

 それを兵士達に担がせて、いざ出発……する前に、一手間を加えた。

 

「もの共、森に火を放て!」

 

 このまま攻城戦を行えば、無防備に上部からの矢や煮えたぎった油を浴びることになる。

 

 それを防ぐために、貴族達は煙で都市側の視界を奪いにかかったのだ。

 

 一部の貴族達は卑怯ではないか? と疑義を呈したが、一部の軍事に限っては真っ当に判断ができる貴族達が、正面攻撃は不味いと策を弄したのだ。

 

 尤も、一から考えた作戦というわけではない。

 先の戦いで、ファイカが用いた戦術の丸パクリであったが、意外にも自分達の役に立つものは受け入れる柔軟さがあったのだろう。

 

 目論見通りに、森を焼く煙は風に乗って、コルドラ市街へと流れていく。

 

 

「何事っすか!?」

 

「て、敵が森に放火しました! これでは視界が確保できません!!」

 

「は? ……なんて卑劣なっ、ファイカ様みたいな真似を!」

 

 コルドラの守将を任されていたラービアは、突如として行われた貴族軍の奇策を前にして、周りの兵士達が触れ辛い悪態を吐き出した。

 

 尤も、流石はファイカに従って各地を転々としてきただけある。

 

 この作戦を真っ先に行ったのはファイカその人なのだから、そういった意味合いではラービアの鼻は非常に良かったと言えよう。

 

「っ、煙を吸い込まないようにしつつ、各班長が隊員を掌握。そのまま、各部署をそれぞれ死守すること!」

 

 敵の策に悪態をつきながら、ラービアは突如として行われた奇策によって生じた混乱を収拾しようとする。

 

 自らが全てを掌握するのはすでに困難だから、各部署ごとに部隊を掌握させて、事前に建てていた防衛計画を遂行するように指示を出して。

 

 だが、慮外のことであり、敵がすぐ側まで迫っているという心理的圧迫感も相まって、クルアン教の兵士達は即座の立て直しには失敗してしまう。

 

 コルドラ城壁部の混乱を確認した後、貴族達は総攻撃を指示した。今こそが、敵に一撃を加える時なのだと意思を確固にして。

 

「総員突撃、我ら解放軍の正義を知らしめよ!」

 

「各員、他領の者達に遅れを取るな!」

 

「戦功第一位の座を譲るな、活躍すれば褒美を取らすよ!」

 

 貴族連合軍が、一斉にコルドラへと殺到した。

 正面からは破城槌を拵えた領の領主の軍が、側面には梯子を拵えた領主の軍がそれぞれ一斉に行動する。

 

 その様子は、お世辞にも秩序だった行動とはいえず、各領軍が各個に攻撃しているだけとも言えた。

 

 ただ、この無思慮な貴族軍の攻勢は、見方を変えれば後先考えない猛攻を仕掛けているとも言い換えられる。

 

 この煙幕下では、連携など取りようもない。

 そういった意味では、貴族達の戦功争いそのものであるこの攻勢にも、一分の理があった。

 

「矢も石も、音がする方は落とせばいいっ。見ようとせずに、戦場の声に耳を貸す!」

 

「は、はい!」

 

 コルドラ正門の戦闘は、破城槌で攻撃を仕掛けてくる貴族軍に対して、クルアン教軍守備隊は散発的な攻撃に終始せざるを得なかった。

 

 視界が奪われているのだ、効果的な攻撃は望むべくもない。その点において、貴族達の策は当たっていたと言えよう。

 

 ただ、他方で梯子をかけて攻勢をかけている部隊といえば……。

 

「クソッ、煙で何も見ない!」

 

「だから煙幕攻撃などという、卑怯な真似は反対したんだ!」

 

「領主様ー、領主様はいずこへー!」

 

 まさに混沌、雑多な貴族軍部隊がそれぞれ統制が取れぬままに、不安げに行動をして。

 

「敵がのこのこやってきたよ、追い落とせー!」

 

「動いてる奴らは敵しか居ない、やれ!」

 

 腰が引けている状態でコルドラ守備隊に襲い掛かられ、散々に打ち負かされた。

 

 ラービアの下手に動かず部署を守れという命令が、動いている者は全員敵というロジックと化して機能していた。

 

 それが、城壁のクルアン教軍が果敢に戦えている理由である。

 

 対して貴族軍としては、煙の向こう側にいるのが他領の味方の可能性だってある。

 

 確かめなければ斬りかかれない状況が、クルアン教軍に一歩攻撃を先んじられる要因となり、戦闘が一方的になる要因となっていた。

 

 結果的に、梯子を使って城壁をよじ登った部隊は貧乏くじを引いた形になるだろう。

 生兵法は怪我の元とはよく言ったものだ。

 

 

「むぅ、案外硬い」

 

「おい、煙の周りが弱くなってる」

 

「……引き時、か」

 

 そうして、戦闘開始から数時間。

 

 正門前にいた貴族達、軍時について多少の心得がある集団は、夕刻が迫る中でこれ以上の戦闘は困難と判断。

 

 退却のラッパを吹かせ、自らも退き始めた。

 

「退却だと、なんと意気地のない!」

 

「で、ですが領主様、このままでは我々だけ取り残されるのでは……?」

 

「クッ、退くしかないか……」

 

 城壁の部隊にも、それは届いていた。

 悔しい思いをしながら、其々が総退却していく。

 

 

「ラービア様、敵が退却してゆきます。追撃を!」

 

「んー、必要ないかなぁ」

 

 退却していく貴族軍を前にして、追撃を願い出た部下の言をラービアは却下していた。

 

「は? ……何故?」

 

「薄れてきたとはいえ、この煙だし。悠々と追撃部隊を出した途端、敵の別働隊が来るかもしれないし。確か、そんな感じで陥落したって話でしょ?」

 

 今まで受け身にまわっていた分、鬱憤を晴らそうと追撃を願い出た部下に対して、ラービアは端的に理由を告げる。

 

 必要のないことをして、罠に掛かる可能性を上げる必要はない、と。

 

「……ですが、此度の敵襲で正門は多大な損害を負っています。次の攻撃があれば、門を破られるでしょう。そうなる前に徹底的に叩いて、敵を退かせるべきでは?」

 

「今回の攻撃で破りきれなかった、それが答えだし問題なしかな」

 

「いや、意味がわかりませんっ。その論拠は!」

 

 だがと食い下がる部下に、ラービアは"んーっ"と背伸びをしながら、重ねて却下し、部下が欲している論拠を伝えた。

 

「ファイカ様が、策を弄さずに敵を素通しするわけないっすから。いずれ、救援が来るはず。そしたら、敵を挟撃できるから」

 

「……壊れかけの門を餌にして、敵を釘付けにすると?」

 

「うんうん、分かってるね」

 

 ファイカを舐めるな、ラービアが口にしたのはそういうことだった。

 

 はたから聞けば希望的観測だろうが、部下にもその言葉は響いて伝わって。

 

「第一、奇襲に成功したのに今日の敵は手際が悪かった。連携が取れてないし、取る気もなさそう。そんな相手だから、門を破られてもこのコルドラが陥落することはないかなぁ」

 

「……確かに、その通りでしょうね」

 

 そうして、部下を言い含めたラービアは、欠伸をしながら小さく呟いた。

 

 

「問題はこの勝利に、どれだけの価値があるかってことっすけど」

 

 

 コルドラを賭け金にしたにしては、得られる物が安い勝利のみ。

 

 ファイカがそんなせせこましい物で満足できる程、清貧でないことはラービアも承知していた。

 なので、他に何かあると思ったのだが。

 

「……ま、ファイカ様なら上手くやるかぁ」

 

 面倒くさくなり、ラービアは考えるのをやめた。胃痛の気配を感じ取って、考えたくないと思考を放棄したのだ。

 

 そうして、ラービアは城壁の損傷部分に応急措置を施し、負傷した兵に手当てをするよう指示を出すなど、守将としての役割を果たすことに専念することにした。

 

 なるようになる、いや、なるようにしかならないと割り切って。

 

 

 

 そうして、夕刻が過ぎ、夜が辺りを包み、雲のオブラート越しに太陽が昇る。

 

 ラービアの夜を徹した監督の下、クルアン教軍は秩序を取り戻していた。

 但し、損傷した城壁の補修は間に合わなくて。

 

 時も無いままに、再び貴族軍が来寇したのだ。

 

 

「先日は貴殿らが敵を引き受けてくれたおかげで、我らは優位に戦えた。その礼もある、本日の先陣の栄誉と城門突破の武功は譲ることにする。存分に腕を振るわれよ」

 

「うむ、しかと戦うとしようぞ!」

 

 貴族軍の先鋒は、昨日城壁の上で醜態を晒した貴族達であった。

 

 名誉回復と言わんばかりに、先陣の栄誉を授けられていたのだ。

 

 ……尤も、今日は森に火を付けられない。

 

 風向きと燃え尽きてしまった木々の兼ね合いで、正攻法で仕掛けなければならないからだ。

 

 要するに、今日はコルドラ城壁からの盛んな迎撃を受けざるを得ない立場。今日の貧乏くじは、この貴族軍の前衛であったと言えよう。

 

 

「……破城できるかな?」

 

「さて、半々でしょうね」

 

「まあ、彼女らが非業の死を遂げれば、我らがその志と領地を引き継げば良いこと」

 

「コルドラ市の掌握は不可能であろう、城門さえ破壊すれば戦果として十分。前衛が城門に亀裂を入れる機を見計らって総攻撃、破壊したところで撤退すれば良い」

 

「従わない連中は?」

 

「……立派な墓標を建ててあげれば良いです」

 

 

 そして後方に控えた貴族達は、メンドースの良い部分と悪い部分の双方を学んでいた貴族達であった。

 

 良い部分が戦術眼という点を鑑みれば、悪い点の方を多く学んでしまっていると言えよう。

 

 メンドースであれば、昨日のうちにコルドラの壁を破壊することくらいはやってのけていただろうから。

 

 

「突撃、栄誉を我らの手に!」

 

「迎撃、破城槌を持った敵に攻撃を集中!」

 

 そうして、貴族の中でも無謀で戦術眼を有していない者達、剣術や槍術ばかりに精を出していたタイプの貴族。

 

 良く言えば勇敢で、悪く言えば考えなし達が、一斉に城門へと殺到する。

 

 城壁から降り注ぐ攻撃に、自ら盾を持ち破城槌部隊を護衛する姿は現場の兵士達に好感を持って迎えられた。

 

 ただ、防げる以上の攻撃を集中されていることもあり、パフォーマンスにしかなっていないのが、やや悲しいところか。

 

「クッ、怯むな! この門さえ破壊できれば、勝ちなのだ。コルドラを降伏へと追い込み散らせ!!」

 

「……思ったより、敵の勢いが凄いっすね」

 

 だが、損害に構わず旺盛な士気で波状攻撃を仕掛けてくる貴族軍先鋒部隊に、ラービアはやや鼻白んだ。

 

 城門前には、兵士たちの死体が積み上がっているが、中にはそれさえ盾にしながら攻撃してくる部隊もある。

 

 決死の覚悟が、前線の彼女らには存在していた。

 兵士達は自らの領主から、この戦いこそがイスペリア最後のものとなる、と言い含められていたから。

 

 ここで勝てれば、明日は良い日になる。

 そう信じて、一歩の怯まずに攻勢を仕掛け続けられたのだ。

 

「ラービア様、敵の勢いが強過ぎます。白兵戦に持ち込まれれば、もしかすると不覚を取るやも……」

 

 部下が不安そうに城壁下の敵を見つめて不安がなしているのに、ラービアは頷きながら……笑みを浮かべた。

 

「その通りだったけど、もう安心して良いから」

 

「……あれ、は」

 

 ラービアの言葉で、部下もそれに気がついた。

 ──肉食獣の如く接近する部隊が、貴族軍の後方よりやって来ていることを。

 

「勝ちっすね、あたしらの」

 

 

 

 城壁にヒビが入った、ここが仕掛け時だと後方待機していた貴族達は確信する。

 

「よし、前衛を援護する! 前進を──」

 

 そこまで言い掛けて、言葉を止めた。

 後方より、何かの音がしたから。

 

 なんの音かと問われれば、それは軍勢の早駆けする足音。

 

 何処の、誰の?

 考える前に、後衛の貴族達は反射的に叫んでいた。

 

「げ、迎撃準備っ、後方から迫る敵を迎え撃つ!」

 

 その言葉に兵士達は一度自失し、その後に驚愕しながら反転した。

 

 後方に、確かに接近する集団の気配を感じて。

 

「将軍め、しくじったのか!?」

 

「いや、数が少ない。あれは主力じゃ無いぞ!」

 

「クッ、突破を図る!」

 

「前衛の部隊は?」

 

「ここが前線になるのだ、構っていられるか!」

 

 後衛部隊の貴族達は即座に自らの不利を悟り、中央突破を図って戦場からの離脱を画策した。

 

 敗北の気配に対する嗅覚は、恐らく誰にも勝らぬとも劣らないものだっただろう。

 

 但し──。

 

「勢いで勝る、こっちに、攻撃する気? ──無謀」

 

 それが正しく使われるかといえば、決してそうではなかった。

 

 唯でさえ後方を遮断、襲撃されて兵士達は混乱しているのだ。

 

 その中で、士気と勢いに勝る敵軍を相手にして、突撃を敢行しようとしている。

 

 奇襲を仕掛けて来た部隊の指揮官であるアマルの呟いた通り、無謀そのものな反応であった。

 

 ここでの最適解は、敵軍の勢いを受け流して前衛になすり付けること。

 

 軍としての最善ではないが、彼女達にとってはそれが最適解。

 

 だが、それすらも思い付けない。

 メンドース将軍の猿真似だけは出来ていたが、危機的状況になるとメッキが剥がれた。

 

 後方を脅かされて動揺していたというのもあろうが、動揺を捩じ伏せられる肝の太さが彼女らには備わってなかったのだ。

 

 あまりにも、勝負勘が欠如していたといえよう。

 

「と、突撃!」

 

「……勢いそのまま、轢殺する」

 

 結果、正面衝突したアマルの奇襲部隊と貴族軍の後衛の戦いは、一方的なものにならざるを得なかった。

 

 接敵した途端、貴族軍の先端部は卵の殻の如く粉砕された。

 

 士気が違う、練度が違う、指揮官の質は比べるまでもない。

 

「うわぁ、お嬢今日も先陣切ってる。指揮官がそれするの、あんま良くないんだけどなぁ」

 

 城壁の上から、真っ先に敵へと突入するアマルを確認して、ラービアはドン引きしながらも苦笑いで済ませていた。

 

 アマルがあの程度の敵に遅れをとることがないのは理解していて、実際にアマルが入れた敵隊列への亀裂から、クルアン教軍の兵士達が浸透を開始しているのを確認したから。

 

 敵陣は、瞬く間に雲散霧消しつつあった。

 

 

「りょ、領主様っ、後方より敵が、伏兵が攻撃を仕掛けて来てます!!」

 

「なんだと!?」

 

 一方で城壁に攻撃を加えていた貴族軍前衛部隊も、ワンテンポ遅れてからその有様に気がついた。

 

 既に後衛部隊は戦闘に入っており、敵の奇襲部隊に一方的に蹂躙されている様子が見てとれた。

 

 このままでは、遠からず壊滅するであろうことも。

 

「た、助けなくて良いのでしょうか?」

 

 領民兵からの問い掛けに、指揮していた貴族は奥歯を噛み締めた。

 

「おのれ、おのれぇ、あと一歩のところで!」

 

「りょ、領主様?」

 

 激昂する自らの主人に縮こまる兵士を前にして、前衛部隊の貴族達は吐き捨てるように通達した。

 

「……っ、後衛の同胞を救援する。城壁からの矢嵐に構わず転進、皆のもの、我に続け!」

 

 あともう少しで、城壁を破れた。

 その成果に後ろ髪を引かれつつも、前衛の貴族達は後衛の救援へと向かうために反転した。

 

「よし、今が好機! 開門、今こそ敵を追撃する!!」

 

 タイミングをラービアは逃さず、すぐさま打って出るよう指示を飛ばした。

 

 それを阻止できるだけの実力を、貴族軍は有していない。遠からず、貴族軍はアマルとラービアに挟撃されて壊滅することだろう。

 

 大勢が決した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 正面突破を画策した貴族軍は、アマルの苛烈な攻撃を前に痛撃を受け、呆気ない程に戦闘能力を損失した。

 

 城門攻略を担当していた部隊に救援され、辛うじて集団の体を成しているに過ぎなかった。

 

 尤も、その城門攻略を担当していた部隊も、ラービアからの追撃を受けて多大な損害を出していたのだが。

 

 結果として、ラービアとアマルに挟まれたこともあり、自ら袋の鼠と化してしまった感は否めない。

 

 ただ、それでも壊滅していないのは、アマルが多少手心を加えているからに過ぎなかった。

 

「おじょーう! よく来てくれましたぁー!!」

 

「ん、ラービア」

 

 半ばの敵を包囲下に置いたところで、クルアン教側の指揮官は合流を果たした。

 

 ブンブンと手を振りながら、笑顔で近づいて来たラービアを前にして、アマルは無表情ながら嬉しげに手を差し出し握手を求めた。

 

「今日も、楽して勝とうとした?」

 

「やだなぁ、お嬢。最善を尽くして勝とうとしてただけですって」

 

 暗に、ラービアなら単独でもなんとか出来てただろうと言うアマル。

 

 それに対して、褐色デカパイお姉さんの指揮官は、より良い勝ち方を模索しただけと切り返した。

 

 事実として、現にアマルの力を借りて圧勝しているから、ラービアの言うことは間違ってない。

 

 アマルもそれを理解しているので、これ以上とやかく言うことはなかった。

 

「で、サクッと殲滅しちゃわないんすか?」

 

「婆から、半分生け取りにしろって言われた」

 

「あー、それまた難儀な……」

 

 何か考えがあるのだろうと即座に理解するが、あまり良いことではないんだろうなと思い、ラービアはそれ以上の問いかけは行わなかった。

 

「じゃあ、降伏勧告でも入れます?」

 

「……入れて」

 

「はいはいっと」

 

 代わりに、自らが陣頭に立ち、貴族軍へと降参を促す呼びかけを行い始めたのだった。

 

 

 

「異民族の兵士諸君に告げる。貴官らの勇戦に敬意を表し、投降を勧告するものとする。我がクルアン教では、税金さえ支払えば貴殿らの信仰を侵害することはないと約定しよう」

 

 このラービアからの勧告に、貴族側の反応は真っ二つに分かれることとなった。

 

 

「何、助けてくれるのか!?」

 

 命が拾えると、目を輝かせたもの。

 主に、後衛に周っていた貴族達。

 

「片腹痛し、我らは絶対に屈しなどしない!」

 

 オークの軍勢に囲まれたエルフみたいな表情をしながら、絶対に降伏しないと主張する一団。

 主に、城門攻略にまわっていた貴族達。

 

 相いれぬ主張をする相手を、貴族達は互いに信じられないような目で見つめていた。

 

「お前達、命が惜しくないのか!?」

 

「貴様らこそ、それでもイスペリア貴族か!」

 

 一触即発、不穏な空気が貴族軍内で立ち込め始める。

 

 元より、寄せ集めに過ぎない一団だ。

 船頭多くして山を登る、こんな状況では意思統一を図りようもない。

 

 ただ、人数比としては、アマルの全面攻撃を受け止めた後衛貴族達が多数戦死していることもあって、前衛貴族達の方が優勢であろうことは明らかで……。

 

 

「──我々は降伏する、どうか認めてほしい!」

 

「なっ!?」

 

 

 ならばと、同士討ちになる前に、十数名の後衛貴族達がクルアン教の元へと独断で走った。

 

 このまま道連れにされるよりも、こうする方が合理的であるのは自明として。

 

「おのれぇ、イスペリア貴族の恥晒しどもが!」

 

「万死に値するぞ!」

 

「ありえない話し!!」

 

 対して、取り残された貴族達は投降した面々に罵声を浴びせ、怒りを露わにした。

 

 イスペリア情勢が好転している中で、こんなことは許されざる暴挙じゃないかと。

 

 

「……良いの? あなた達の仲間、騒いでるけど」

 

「奴らは貴殿らの好意を無為にし、我らを道連れにしようとする能無どもです。イスペリアの未来のためにも、ここで殲滅してくれた方が良いに決まっている!」

 

 アマルから、無表情ながらゴミを見る目で見られていることに気が付かず、後衛貴族達はどの口が語るのだろうという言葉を吐き出していた。

 

 アマルの美的感覚的に、降伏して来た奴らの方を処理したいぐらいの気持ちではある。

 

 だが、包囲下の敵が素直に投降してくるとも思えない。すごく面倒な気持ちになりながら、仕方がないとアマルは割り切ろうとした。

 

 ──その時のこと。

 ──どこからか、大地を蹴る蹄の音がこだましたのは。

 

「……っ、総員、迎撃じゅん──」

 

「遅いのですわ!!」

 

 まさに、一瞬の出来事だった。

 

 風の如く現れた騎馬隊が、貴族軍を包囲したがために薄くなったクルアン教軍の陣容を一突きで突破してのけたのは。

 

「お待たせいたしましたわ、イスペリア貴族の皆様」

 

 そうして現れたのは、僅か150騎にも満たない少数の騎馬隊。先頭に立つのは、緩くウェーブが掛かった巻き髪の少女。

 

 突撃を敢行しながら、戦場ですら透き通る声で、朗々述べてのけたのだ。

 

 

「あなた方が盟友──マリーナ騎士団、ただいま推参致しましたわ!」

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