貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第5話 決意

 イスペリア王国、この国はイスペリア半島全域を支配する国力豊かな国であった。

 

 大国ガリティアとは山脈を挟んで分かたれており、南部の豊富な河川と土壌は、多くの耕作地を人々に与えてくれた。

 

 北部は峻険な山に囲まれて耕作地は少ないが、それは逆に南北で役割を分担できる土壌となった。

 

 北部では鍛冶や牧畜、南部では開墾や文化振興。

 互いの領分を策定し、上手く噛み合わせることで国を支える両輪となる。

 

 四方を山と海に囲まれたイスペリアは、そこが小さな世界であった。

 

 イスペリアだけで完結できる、完全な世界。

 外側から脅かされることなく、内側のことに注力できたが故に。

 

 イスペリアのとある詩人が、この国こそは神の国だと寿いだ。

 

 満ち足りていて、助け合えて、それでいて幸福であったから。

 

 無論、それは詩人個人の私見であり、外の脅威がない分イスペリアは内部での暗闘は多分に存在していた。

 

 政治闘争、権力争い、南北での主導権の握り合い。

 外面ほど、イスペリアは美しい国ではなかった。

 

 だが、少なくとも庶民からは見えない場所で政治闘争を行う節度を、イスペリアの権力者達は有していた。

 

 故に、イスペリア王国は完結して閉じた楽園であった。

 

 少なくとも、住んでいるものにそう思わせるだけの努力を、権力者達は重ねていた。

 

 ……けれども、その虚飾が剥がれる時が来てしまう。

 

 それは、およそ10年前。

 閉じた完全なる殻の様な世界だと思われていたイスペリアの膜を、破る者たちが現れたのだ。

 

 南の海より現れた異教徒たち──クルアン教の者たちが。

 

 オリエント地方で発祥した宗教は、様々な文明を征服し、武器を携え、遂に異教の地まで辿り着いたのだ。

 

 世界に教えを、世界に版図を!

 

 その情熱のままに辿り着いた征服者たちは、イスペリアを新たなる目標にした。

 

 海を隔てた大陸の南岸を平定した後、次の征服地を策定したら、一番近かったのが海を隔てたイスペリアであっただけである。

 

 それが、イスペリア王国の不幸の始まりであった。

 

 長年戦争を続けてきたクルアン教の征服者に対して、イスペリア側は時折貴族間で小競り合いが起こる程度。軍の質が、全く違っていたのである。

 

 初めての接敵からこれまで連戦連敗を重ねたイスペリア王国は徐々に戦線を押し上げられ、立て直せないままに南部を失陥した。

 

 歴史ある王都も、肥沃な耕作地も、温かな土地も──楽園という幻想も、全てを奪われた。

 イスペリア人は全員、悪夢を見ているようであったであろう。

 

 更に、追い討ちを掛けるように悪いことは続く。

 最早イスペリアはここまでと見限った北西部の領主たちが、次々にクルアン教側に寝返ったのだ。

 

 見返りは領主の地位の安堵と、自治の要求。

 クルアン教はこれを容認し、納税を怠らない限りはそのように遇するということを確約した。

 

 斯くして、イスペリア王国に残っているのは、山々に囲まれた要害である北東部のみとなった。北部は天然の要害のため、暫くは滅亡することはないであろうが、イスペリア王国は落日の最中にある。

 

 時に正教歴721年、侵略が始まり10年が経過した時勢であった。

 

 

 

「偵騎が確認されたのですの?」

 

 それは、クローデットさんとお茶(飲んでいるのはミルクだが)をしている時に、もたらされた報告であった。

 

「はい、村の周辺を遠くから。こちらが発見した途端、すぐに踵を返しましたが」

 

「そうですか……分かりましたわ、下がっていいですわよ」

 

「失礼します」

 

 報告にしていたメイドさんが下がった途端、クローデットさんは難しい顔を浮かべた。ウェーブの掛かった金髪を指先でクルクルと弄りながら、どうしたものかと思案している。

 

「……はぁ、つまらないことになりそうですわね」

 

「クローデットさん?」

 

 そして、深い溜息をついてから、そのまま彼女は立ち上がった。

 

「申し訳ありませんが、ジルベールさん。本日はこれで──」

 

「この村、戦場になりそうなんですか?」

 

 お開きに、と言おうとしていた彼女を遮って、思わず聞いてしまった。

 

 不安だったのもあるが、それよりも、みんなが頑張って開拓して村を作っている姿を見ていたから。

 

 ここが戦場になるのなら、そう考えると落ち着かなくなった。

 

 やっと、ここが居場所なんだと思えるようになってきたところだったのに。みんなの仲間として、新しい一歩が踏み出せたと感じていたのに、と。

 

「……流石は、名将ネイの子供ですわね。男性といえども、気配を感じましたか」

 

「情勢が情勢ですからね……」

 

 褒められても、微塵も嬉しくない。

 そんなことあるわけがない、と不見識を馬鹿にされた方がよほどマシだった。

 

「……いざとなれば、命に代えてでもお守りいたしますわ」

 

「そう、ですか……」

 

 逃げようにも、逃げられない。

 居場所がないから、ここに村を建設していたのだ。

 

 逃げようたって、逃げられる場所も街もない。

 俺たちは、異国で孤立している存在だった。

 

 

 

 村を見て回る、あてどなくトボトボと。

 思い入れができてきた、みんなの村を。

 

 

 新しい宿舎が建てられていた。

 

 貴族の女の子たちは、ようやく一人一部屋があてがわれるようになったと喜んで、次はメイドや使用人の番かな、と話し合っていた最中だった。

 

 畑が作られ、豆が植えられていた。

 

 メイドの子達が、豆は水さえあればなんとかなりますからと、悪天候の中でも自給自足のための手段として、豆を選んで植えて回っていた。

 

 村からすぐのところに牧柵が建てられて、中でヤギを飼い始めた。

 

 肉用ではなく、乳用として。

 ヤギのミルクは健康に良いと俺が熱弁したら、行商人から入手してくれたのだ。

 

 

 少しずつ、みんなで作ってきた。

 難民キャンプみたいな状態から、村に見えるまでに拡張してきた。

 

 想いが形になり、努力が目に見えて形になる。

 思い入れが毎日募っていく、それが嬉しくて。

 

 なのに、そんな俺たちの村が危ないというのに……。

 

 俺はまた、何もできないままなのか?

 また、失うだけに終わるのか?

 

 

『もう、あなたを、縛るものは、無いのです……。男性、だからと、才を、持て余しているのを、感じておりました……』

 

 

 ……なあ、ばぁや。

 ばぁやには、本当に色々教えてもらったよな。

 

 この世界のこと、人生のこと、それから……。

 

 気が付けば、ローブを握りしめていた。

 ばぁやが繕ってくれた、占い師然としたローブを。

 

 すると、ばぁやと過ごした時間を思い出した。

 色々なことを、教えてもらった時のことを。

 

 

『坊ちゃま、軍中占い師とは、軍の吉凶を占うものなのです。士気を高めたい時には吉兆を、出撃を見合わせたい時は凶兆を。それぞれ、都合によって使い分けておりまする』

 

『占い師は本当は予言なんかしてなくて、指揮官の都合によって占う内容を変えてたって事?』

 

『いえ、占っておりますとも。ただ、占う材料は、神頼みや精神的なものではなく、自己と相手の状況を糧にしたものでございましたが』

 

『それってさ、占い師っていうより、軍師の役目なんじゃない?』

 

『ふふ、坊ちゃま、世には参軍になろうとしてもなれない人間がいるのです。いくら優秀でも、魔力という壁がありましてな』

 

『占い師って、優秀な男性を軍に帯同させるための役職?』

 

『他の者には聞かせられませんが、概ねそうでございます』

 

『……あのさ、俺にも出来るかな、占い師って』

 

『さて、既に男性を戦地に向かわせなくなり久しい時分ですので、それは何とも』

 

『……そっか』

 

『ですが、坊ちゃまは何者にもなれまするよ。教えるのがこんなにも楽しいと思ったのは、初めてのことでございますからね』

 

 

 あの時、ばぁやは俺の自尊心をくすぐるような言葉をくれた。

 

 後になって、お世辞だったんじゃないかって、疑ってしまうくらいには嬉しい言葉を。

 

 もう、ばぁやは亡くなっている。

 ことの真偽など、既に分からない。

 

 けど、俺は……。

 

 

『……どうか、お好きに、生きなされ。男であるから、と……弁え、なくても、良い、のです。あなた、には……きっと、それが、できると、ばぁやは、思うのですよ………………』

 

 

 少し、自惚れてみても良いかな?

 何もできやしない、なんて諦めたくない。

 

 何か、したいんだ。

 俺だって、みんなの仲間で、この村の一員だから。

 

 

『──するべき事柄が無い時は、したいことを。それも無い時は、してあげたいことを探すのが良いと思いますの』

 

 

 みんなに……クローデットさんに恩返しをしたいって、心の底から思ってる。

 

 多分、好きになってる。

 恋愛とかそういうのじゃないけど、人間として。

 

 

 ……ばぁや、ごめん、ウダウダと。

 勇気出すのに、ばぁやに頼ってた。

 

 でも、もう大丈夫。

 クローデットさんの力になりたいって、たった今自覚できたから。

 

 覚悟、色々と決まったよ。

 ありがとう、俺、頑張ってみるよ!

 

 

 

 気が付けば、俺はクローデットさんの執務室の前に立っていた。

 

 ノックをすると、中から返事があって。

 即座に部屋へと入室した俺は、早速クローデットへと伝えたのだ。

 

「クローデットさん──俺のこと、軍中占い師として使ってくれませんか!」

 

「……ですわぁ?」

 

 急に訪れて宣うた俺に、クローデットさんはコテンと首を傾げる。

 味のある可愛さが、そこには存在していた。





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これからも頑張りますので、よろしくお願いします!!
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