貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第47話 思惑

 イスペリア、クルアン教両軍、停戦成立。

 

 一連の動きに、兵士達は妖精に化かされたみたいな顔をしながら、不可思議そうにこの停戦命令に従い行動していた。

 

 解せないが、将軍の意向にこれ以上は逆らう訳にいかないから。

 

 両軍、共にコルドラへと行軍を開始する。

 コルドラ、イスペリア支配に置いて南部の要として機能する場所であり、古い歴史を持つ古都でもある場所。

 

 その地において、メンドースとファイカは顔を突き合わせて会談をすることになっていたのだ。

 

 

 

 無言のままに両軍は一路移動を続け。

 そうして、街道を抜けて辿り着いたのは、古めかしくも堅牢な造りになっている城壁がある都市。

 

「……思ったよりも、善戦したようですね」

 

 兵列の前に出たメンドースの目には──城門が取り外され、丸裸になったコルドラ市の姿があった。

 

 コルドラは先のイスペリア貴族軍の襲撃により、想像以上の損害を負っている。

 

 ボロボロになった城門は、修繕のために一時取り外されていた。

 

 ……本来ならば、敵軍が迫っている中でするべきことではないが、ファイカにそうする様に指示されたら従うしかない。

 

 従うとはいえ、コルドラの守将であるラービアは、滅茶苦茶イヤそうな顔をしていたのだが。

 

 一瞬、将軍としてこの状態のコルドラならば、落とせるのではないかと脳裏に過ぎった。

 

 退却した敵主力が立て籠っているから、かなり苦心の手順を踏むことになるだろうが。

 

 

「──ボロボロだろう? 私らの内実そのものさ」

 

 

 だが、思考をそれ以上進める前に、そんな明け透けな言葉がメンドースへと掛けられた。

 

 気が付けばファイカも、クルアン教軍の陣の先頭へと顔を出していた。

 

 メンドースの視線が、城門へと向けられていたことに対して、皮肉げな笑みを浮かべながらそう告げたのだ。

 

「……ファイカ、殿」

 

「おや、いつもみたいに、憎々しげに呼び捨てる呼び方じゃないんだね」

 

「お戯れを」

 

「……そうだね、戯れだ。敵将と戦場以外で戯れることがあるなんて、不思議なもんだね」

 

「そうなるよう、ご自身で誘導なされたのでしょう?」

 

「ククッ、薄ら笑いを張り付けて言うには、どうして中々辛辣じゃないかい」

 

「粗暴な招待状に対して、相応の礼を取っているに過ぎません」

 

 当てつけがましい言葉を前に、ファイカは苦笑しつつも否定しなかった。

 

 ファイカにも言い分はあるが、メンドースの言い分もその通りであるのだから。

 

「ま、いいさ。積もりに積もった話をしに来たんじゃないからね」

 

 ファイカはメンドースから視線を逸らさないまま、腹に力を込めた。

 

 

「今日はね──降伏しようと思ってね。その条件について、話し合いに来たんだよ」

 

 

 そうして、腹の底から言い放った言葉は、メンドースだけでなく周囲に薄く広がる様に響き渡って。

 

 辺りが、水を打ったような静かさに包まれた。

 

 イスペリア側は、その言葉の意味が直ぐには理解できずに。

 

 クルアン教側、主にガルガン人達は、まるで想定していなかった言葉を前にして絶句して。

 

 そして、メンドースは──。

 

「条件に付いて、話してください」

 

「話の早い奴だね、あんたは」

 

 想定していたと言わんばかりに、平然とした微笑みを浮かべていた。

 

 十中八九、厄介ごとの種を抱えさせに来ていると察知しながらも。

 

 宰相ではなく自身に話を持って来たのは、メンドースが興味を示すであろう貢ぎ物を用意しているのだと理解して。

 

「ここは宮廷じゃないからね、条件だけ端的に話していくよ」

 

「えぇ、是非そうしてください」

 

 あなたとは、親しく世間話をする間柄ではないので。

 そう言ってないが、薄っすらとした笑みの向こう側でメンドースは隠さずにそう言いたげなのが伝わってきて。

 

 ファイカは、最近の若いもんはと思いながら、その降伏する条件とやらについて、話を始めた。

 

「先ずは、こちら側から提示できる条件を伝えるよ。イスペリアからの即時撤兵、必要だろう?」

 

「当たり前です」

 

 指折り数えながら話始めたファイカに、他の条件を言えとメンドースは促した。そんなのは前提であるのだから、大仰ぶって伝えるなと言いたげに。

 

「次に、指揮下の海軍150隻と商船団の譲渡。一から再建する時間を短縮して、あんたらは晴れて自分の海を取り戻すことが出来る」

 

「……ふむ」

 

 ただ、二つ目の条件には、悪くないとメンドースには思えた。

 

 イスペリアの海軍が復活し、交易で利益を上げられる様になるからという理由だけではない。

 

 クルアン教がイスペリア方面の海軍を失い、海で戦う必要がなくなるからだ。

 

 相応に維持費は掛かるだろうが、将来的なことを考えると益の方が遥かに高い。

 

 メンドースに話を持って来たのは、文官の宰相相手では、維持費が嵩む艦艇譲渡には否定的になると見たからだろう。

 

 理由は分かった、納得もできた。

 ただ、納得したからといって、懸念点が全く無いわけではない。

 

「……あなた方は、何を求めているのですか?」

 

 そう、これだけ大盤振る舞いをするのだから、相応の対価を求めてくるはずである。

 

 降伏するといっても、無条件降伏とは言っていない。

 代価に何を要求されるか、分かったものではないと感じたのだ。

 

「ま、その通り、ただで全部やるって訳にはいかなくてね。ガルガン人達を南方大陸へと返した後……本国アランから来た連中を、この地に亡命させてほしいのさ。負けたから、あっちには居場所が無くてね」

 

 そうして、その読みは当たっていたといえよう。

 ぬけぬけと、ファイカはそんなことを口にしたのだから。

 

「……これまでの所業を思い返してください、認められると思っているのですか? そもそも、あなたの存在自体が、イスペリアにとって危険極まりない」

 

 感情面からして、受諾し難い要求である。

 それに加えて、目の前の老将、ファイカ・ビント・ハミダの存在自体が危険であった。

 

 海を取り戻せるというリターンは即効性があるが、そのために危険人物を内に抱え込むなど、あまりにリスクが高い。

 

 内側からイスペリアを荒らされるかもしれないし、次に戦いになった時、また勝てるかはメンドースには分からなかった。

 

 だから、この人物一人の命を取るために、いま提案された理を全部捨てるのも釣り合いが取れているのだ。

 

 リターンを取るか、リスクを取るか。

 ファイカの存在自体が、イスペリアにとってのリスクであった。

 

 しかし、ファイカは動じなかった。

 むしろ、そうだろうと深く頷いて。

 

「あんたに過小評価されてなくて良かったよ、メンドース。そこで、三つ目だ。あんたの言う、危険な老婆の皺首──くれてやってもいいよ」

 

 その提案を前にして、メンドースの顔から微笑みが消える。

 

 戸惑う童女の様に、その瞳は揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時の子が、特使としてやって来た。

 

「…………停戦と交渉、したい」

 

「で、ですのぉ?」

 

 そうして提案されたのは、恐らくはイスペリア軍本隊でもされているであろうもの。

 

 予測の中の一つ、政治的な解決を望むものであった。

 

「な、何を目的とした交渉か、お聞かせ願いますの?」

 

「……終戦に向けての、話し合い」

 

「ですわ!?」

 

 けど、こっちにも来るのは予想外だった。

 

 マリーナ騎士団は、勢力というには小所帯だ。

 国家という枠組みのイスペリアこそが、本題を話す相手になる。

 

 というか、クルアン教側にイスペリアとマリーナ騎士団が別組織と認知されていたこと自体が、正直驚きなのだけれど。

 

「……本題の話、イスペリアというよりは、メンドース将軍に話せない内容があるから、こっちに来たのかな」

 

 物事を整理するために呟いた独り言。

 ただ、その独り言に反応があった。

 

「ん、そう。メンドースに、頼めないこと、お願いしに来た」

 

 あの子だ、そう、あの子……。

 

 そこでようやく、俺はこの子の名前すら知らないということに気がついた。

 

 交渉を始める前に、まず知っておかなければならない事柄だった。

 

「交渉を始める前に、あなたの名前を聞かせてください」

 

 そんなお願いをすると、この子も無表情ながらに、そう言えばそうだったと言わんばかりの瞬きが何度か生じて。

 

「私は、アマル。アマル・ビント・ディーマ。ファイカ・ビント・ハミダの……孫」

 

 名乗りと共に、自分の出自を明かした。

 交渉に値する人物だって、主張するみたいに。

 

「婆の依頼で、貴方達と話し合い、しに来た」

 

「俺は、ジルベール、ジルベール・ネイです。ガリティア、イスペリアより北の国から来た占い師です」

 

 名乗られたからには、名乗り返さなければならない。

 だから名乗って、俺は右手を差し出した。

 

 この子、アマルには色々思うところはあるけれど、決して悪い子じゃないと、少し話しただけでも伝わってきたから。

 

 多分嘘とかつかない、良い子なんだって。

 

「……ジル、ベール」

 

 ただ、俺が差し出した手を直ぐには握り返さず、アマル……さんはジッと見つめて。

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

「………そういう、こと、なんだ」

 

「え?」

 

 何事かと尋ねると、アマルさんは問いに答えず、代わりに恐る恐るといった風に、右手で俺の手を握り返してきた。

 

 そのまま、軽く手をシェイクする。

 よろしくお願いします、過去は色々棚上げです、と。

 

 10秒、20秒と、その握手は続いて……。

 

「あの、長くありませんこと?」

 

 その握手が、30秒に達した辺りで、クローデットさんが思わずといった感じにツッコミを入れた。

 

 確かに、妙に長い握手だ。

 クルアン教での握手はこうなのかなって思って、特に気にしてなかったけど。

 

「……加護、厚からんことを」

 

「え?」

 

 クローデットさんの問い掛けに、妙に噛み合わない返事が返ってきて。

 

「──貴方はきっと、二人目の、ムスタファ、なんだね」

 

 問い掛けたクローデットさんではなく、俺の方へと掴めない言葉を渡してきたのだった。

 

 ……もしかするとアマルさんは、不思議さんの要素があるのかもしれなかった。

 

 

「むぅ……ワタクシはマリーナ騎士団団長、クローデット・ジラールですの。ジルベールさんばかり構われて不服ですので、ワタクシも握手の方を失礼させて頂きますのですわ!」

 

 

 一方で、丸っきり無視される形になったクローデットさんは、面白くなかっただろう。

 

 少し膨れながら、アマルさんの空いている手、俺と握手している手と反対の左手を握り、そのままブンブンと振ったのだ。

 

 ……俺がでしゃばったせいで、ちょっと困らせちゃったな。

 

 交渉相手のクローデットさんじゃなく、随員に過ぎない俺の方が先に握手するの、確かに意味不明だし。

 

 ごめんなさい、クローデットさん。

 つい因縁のある人だったから、勝手に先走っちゃいました。

 

 今後は序列を護るので、どうか拗ねないでください……。

 

 そんな俺の心の懺悔が届く前に、アマルさんはクローデットさんに握られた手を一瞥して。

 

「……左手は、ご不浄、うんち、拭く手。ばっちいし、無礼」

 

「で、ですの〜〜っ!?!?」

 

 失礼だぞと注意されてしまい、顔を青ざめさせながら、素っ頓狂な声を上げて即座に手を離していた。

 

 見るからに慌てふためいていて、ですわですわと呪文のように呟いている。

 

 

「クローデット、異教徒にうんち拭いた手、洗わずに握手しに行ったの?」

 

「え、やば。流石は私達の団長だね!」

 

「要するに、クソがって言ったと同然じゃん」

 

「ファックサインと同義ってこと?」

 

「……あたしらも、クローデットを援護するために、全員で中指とか立てた方が良いのかな?」

 

「そんな訳ないから、絶対やめるんだ!」

 

「エレちゃんは、クロエを見捨てる気なの?」

 

「違うよ!?」

 

「私、そんな友達甲斐の無い子に、エレちゃんを育てた覚えはありません!!」

 

「話を聞いてよ!!!」

 

 

 そして、話を聞いていた令嬢達が、騒めき始めていた。

 

 今回も行軍に付き合わされていたエレーヌさんが、必死に周りを止めようとしているけど、鎮静しきれていない。

 

 ただ、エレーヌさんの健気な遅滞戦術のおかげで、令嬢方のおかしな騒めきにクローデットさんが気が付いて。

 

 

「──貴方達、お黙れなさい!」

 

 

 そう一喝できたのだ。

 

 お黙りなさいじゃなくて、お黙れなさい。

 クローデットさん語で、喋んなという意味である。

 

 キレる一歩手前の警告であった。

 

 

「どうしちゃったんだろ、クローデット」

 

「急に怒鳴るなんて……更年期?」

 

「自分だけ、うんちした手で握手したのに……」

 

 

 令嬢方は顔を見合わせて、えー、と言わんばかりに不満そうだったが、クローデットさんに睨まれると、流石にまずいと思ったのか一様に口を噤んだ。

 

 そうして令嬢達が落ち着いた後、クローデットさんはアワアワしながらアマルさんの方へと向いて。

 

「ちちち、違いますの! 使者の方に無礼なことをして追い返そうなんて、そんなつもりは毛頭ありませんし、ワタクシはご不浄後、キチンと手を洗うタイプの人間ですわっ、勘違いしないでくださいまし!! あと、先程はご無礼仕り倒しまして、本っ当にもうしわけありませんの!!!」

 

 一気呵成に、ここまでの釈明と謝罪をして、直角定規みたいに頭を下げたのだった。

 

 アマルさんは、そんなクローデットさんをジーっと見つめて。

 

「変な、人。……でも、嫌いじゃない」

 

 無表情ながらに、目が少し優しくなって。

 そっと、自身の右手を差し出した。

 

「握手、して?」

 

「で、ですの?」

 

 まだ混乱が抜けきっておらず、直角九十度の謝罪をしたままだったクローデットさんを起き上がらせ、その手をそっと、アマルさんが手に取った。

 

「……よろしく」

 

「よ、よろしくお願い致しますですわ!」

 

 それで、ようやく場が落ち着く。

 話し合いができる空気が、整った瞬間であった。

 

 

 

 

 

「こ、降伏すると仰いますの!?」

 

「ん、婆がメンドースにも、話してる頃」

 

 しかし、アマルさんの話した内容は、こちらの想像を上回るものだった。

 

 緩やかに段階を踏んで、自然とそうなると思っていた話が、一直線に今やってきたから。

 

 さしものクローデットさんも驚きを隠せず、周囲も、特にイスペリア貴族達が騒めき始めていた。

 

「ど、どういう理由がありますの!?」

 

 その問い掛けは、必要不可欠なものであった。

 

 クルアン教軍には、まだ戦えるだけの力がある。

 なのに降伏すると言ってくるのは、敵将の軍歴的にも、罠を疑って然るべきであるのだから。

 

 それに対して、アマルさんは無表情に空を見遣りながら、淡々と告げた。

 

「本国は、私達に、もう興味、ない。補給も増援も、送ってこない」

 

「……イスペリアを維持するおつもりがない、いえ、維持できないと、そういうことですの?」

 

 問いに対して、アマルは小さく頷いた。

 こんな話をしにきたのだから、今更隠し立てするつもりはないのだと言わんばかりに。

 

「これ以上は、無駄死に」

 

「ならば、先の戦いは?」

 

「婆が、メンドースと話したがってた。それに、現実を見せる必要、あったから」

 

「現実? 誰に、何をですの?」

 

 主語を言ってほしいと要望したクローデットさんに、アマルさんは小さく頷いて。

 

「……クルアン教の兵士、ガルガン人達に。もう、戦えないって、現実を」

 

 イスペリアではなく、身内に対してのことであると伝えたのだ。

 

 そういえば、と思い出す。

 今イスペリアにいるクルアン教の兵士達は、南方大陸で徴兵されたガルガン人達が主力であったことを。

 

 アマルさんが言う本国から来た兵士とは、また別の徴用兵。

 

 確か、将軍が纏めたクルアン教のレポートによると、待遇にも本国民と征服地の民で差があった筈。

 

 ……なるほど、そういうことか。

 

 先の敗戦で、多分統制に亀裂が走った。

 一枚岩になりきれない、兵士達がいうことを聞かなくなりつつあるから、戦うに戦えないのが実情か。

 

 ロマンタ平原でクルアン教軍が主力を積極的に仕掛けなかったのも、動かさなかったと考えれば辻褄は合う。

 

「ガルガン人は、自分たちが負けたと、思ってない。婆が衰えて、しくじっただけで、真っ当な条件で戦えば、勝てるって、そう思ってる」

 

「ですが、現実を教えると仰るには、戦おうといたしませんでしたわよ?」

 

「……あの時、戦うには、メンドースの誘いに乗って、貴方達の領土に、引き摺り込まれなきゃ、いけなかった。それに乗って、負けても、兵士達は他責にする。それじゃ、意味ない」

 

「正面から負かされないと、納得がいかないと……やり辛いですわね」

 

「戦士の本能、だから。それは仕方、ない」

 

 ロマンタ平原で、ずっと野戦を行う機会を狙っていた。

 

 だが、メンドース将軍はやっぱり名将であったから、肝心肝要の平原で野戦を仕掛ける機会はついぞ訪れなかった。

 

 しかし、いずれはその機会も訪れるだろうと、そう算段は立てていたのろう。

 

 後方、コルドラ市に隙を作り、マルドルを攻略した時みたいに、後背襲撃へ回るように誘導をしていたから。

 

 ある程度したら、大々的にクルアン教軍主力から分隊を作り、後方襲撃部隊を叩くぞという姿勢を見せる。

 

 そうすれば、敵はロマンタ平原で仕掛けてくる筈。

 多分、それが大体の読み筋だったのだ。

 

 ただ、アテが外れたのは、マリーナ騎士団がロマンタ平原に留まっていたことだろう。

 

 敵将の狙いは、切り札であるマリーナ騎士団を危機的状況に陥らせることで、イスペリアが動かざるを得ない状況を作り出すことだった。

 

 当のマリーナ騎士団は、ロマンタ平原を元気に駆け回っていた訳であるが。

 

 求めていた敗北は、手痛いガルガン人達への教育料となる程度のもの。

 

 マリーナ騎士団を含めたイスペリア軍と交戦すれば、手痛いどころか壊滅的な被害を受ける可能性があると考えたのかもしれない。

 

 だから、代わりのプランを用意する必要が、敵将ファイカ・ビント・ハミダには必要であった。

 

 そこで利用する気になったのが……。

 

「メンドース将軍自身、か」

 

 ボソリと呟いたつもりだった。

 半ば、独り言の戯言。

 

 けれど、クローデットさんとアマルさんの二人は揃って、俺の方を見遣って。

 

「ジルベールさん、この交渉の正体が分かりまして?」

 

「……全部、分かったの?」

 

 一瞬にして注目を浴びてまい、腰が引けそうになる。

 

 けど、俺の考えが正しいのか否か、気になるのも相まって。

 

「全部は分かってないですが、アマルさんのお婆さんが考えていること、ぼんやりした予想くらいは出来てきました」

 

 二人とも、俺の話を聞いてくれるみたいだから。

 思い切って一連の筋と、そこに至る帰結までを話し始めたのだった。

 

 

 

「アマルさんのお婆さん、ファイカさんはガルガン人達を納得させて、イスペリアから撤退させたい。そうですよね?」

 

「ん、話した、とおり」

 

「でも、メンドース将軍の隙が無さすぎて、結局は戦場で負けるという案は放棄せざるを得なかった。だから……」

 

「だか、ら?」

 

「納得させるんじゃなくて、納得せざるを得ない状況を作り出そうとしているんです」

 

 俺の要領を得ない説明を聞いて、二人は正反対の反応を示した。

 

 クローデットさんは、キョトンとして首を傾げていた。どういうことだろうって、噛み砕こうとしている最中なのだろう(可愛い)。

 

 対して、アマルさんはというと……。

 

「…………それは、神託?」

 

 無表情ながら、どこかキラキラした目で俺のことを見ていた。まるで、童話の人物にでも出会えたみたいな目だ。

 

 ……何だろう、アマルさんはどこかで俺のキャラ付けを間違っている気がする。

 

「神託なんて大それたものじゃなくて、単なる占いです」

 

 それだけ伝えて、段々と首の角度が傾かせながら考えているクローデットさんに、俺はことの些細を話し始めた。

 

 このまま放置していれば、クローデットさんの首がゴキってなりかねないから。

 

「要するに、ファイカさんは、クルアン教軍の指揮を放棄するつもりなんです」

 

「指揮権を放棄……指揮権を放棄ですの!?」

 

 単純に結論だけの説明に対して、クローデットさんの首の傾きはようやく止まった。

 しかし、今度はクワっと目を剥いてしまって。

 

「し、指揮権を放棄したら、統制が取れないじゃありませんの! 最悪、万単位の山賊が誕生いたしますわよ!!」

 

 その結果が導き出されることを、たまげながら口にしたのだ。

 

 それは、もっともな言い分だった。

 イスペリアから撤退することに納得していないガルガン人達は、このままだと暴動を起こしかねない。

 

 最悪、ファイカさんを殺害して、ガルガン人達で独立する動きを見せる可能性だってある。

 

 でも、それは外からの圧力がない場合の、内に篭った時の話だ。

 

「だから、メンドース将軍をここまで誘引したんです。下手にファイカさんを殺せば、目の前のメンドース将軍と戦うことになる」

 

 どうしてロマンタ平原の戦いが必要だったのか、その結論がここに繋がる。

 

 そう示唆したら、クローデットさんの目に、理解の光が灯った。

 一連の流れが、ようやく繋がったと感じたのだろう。

 

「……兵数が多いとはいえ、全体を纏める総司令官がいなければ、勝てない相手を連れてきたのですのね?」

 

「コルドラの城門も、外してある。戦えば不利になると、バカでも分かる、ようにした」

 

 そう、これがファイカさんの二の矢。

 メンドース将軍の圧力を利用して、自分の身を実質的な人質に仕立て上げた。

 

 ファイカさんに手を出せば、目の前のメンドース将軍に自分達は殲滅される。それを自覚させる事で、歯噛みしながらも手を出せない状況を作り出したのだ。

 

 豪胆と称するに他のない胆力だ、本当に恐ろしい……。

 

「そういうことだったのですわね、ようやくスッキリできましたわ」

 

 クローデットさんも、色々と腹落ち出来たのか、うんうんと頷いて。

 

 ただ、その直後に、ん? と再び怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「でも、でしたらアマルさんは、何故ワタクシ達の所へいらしたのですわ? イスペリアと異教……クルアン教の間だけで、交渉は完結するように思われますの」

 

 その疑問は、状況を考えていけば浮かぶものだろう。

 

 国二つの間に、マリーナ騎士団が介在する余地なんてない。こう言ってはなんだけど、イスペリアの居候に過ぎないのだから。

 

 なのに、アマルさんはここに来た。

 ということは、マリーナ騎士団に対して、イスペリアには頼めない何かしらの交渉を持ちたいということに他ならない。

 

 つまり、こっちには停戦交渉ではなく、何かしらの取引に来たのだ。

 

「確か、メンドース将軍には話せないことって、そう言ってましたよね?」

 

 そう尋ねると、アマルさんは小さく頷いて。

 

「あなた達に、お願いがある」

 

「それが本題ですわね、お聞かせ願えますか?」

 

「ん」

 

 真っ直ぐクローデットさんと俺の方を見つめて、どこか真摯な瞳の光を宿しながら、それを口にした。

 

 

「──婆を、匿って欲しい」

 

 

 ゆっくりと、深々と、彼女は頭を下げた。

 

 それは、交渉というよりはお願いで、お願いというよりは懇願にも近い低頭であった。

 

「婆は、負けた。だから、本国に見捨てられて、帰る場所、ない。……でも、ここに居ても、メンドースが婆の存在、認めるはず、ない。だから、匿ってくれる場所、必要」

 

 訥々と語りながら、事情について述べていくアマルさん。

 

 その姿を前にして、クローデットさんは目をパチパチとさせた後に、難しそうな顔をした。

 

「確かに、イスペリアにとって危険人物ですわね、アマルさんのお婆様は。それを匿うとなると、ワタクシ達にも危険が及びますわ」

 

「なんでも、する。私を好きに使ってくれて、良い。婆にも、どぶさらい、させれば良い。だから、どうか……」

 

「そう仰られましても……」

 

 当然、容易に受け入れられることではない。

 クローデットさんの反応は、至極当然のものであった。

 

 ……でも、と思った。

 何か、色々と噛み合ってないような気がして。

 

 

 さっきまでの、イスペリアを相手にした時のアマルさんのお婆さんは、博打はあれども成功させる算段と実行力を持って動いていた。

 

 事前に、色々と計画と策定、物事を押し通すための準備をする人なんだろうと思う。

 

 だけれど、目の前のアマルさんは、静かに頭を下げてお願いするのみ。

 

 なんの計画性も、準備も存在していない。

 単に、誠意で話をしているだけだ。

 

 そこが、なんだか変だ。

 

「それって、お婆さんからの依頼ですか?」

 

「……そう、渡りをつけて、欲しいって」

 

 だから、アマルさんの独断とも思ったけど、どうやらそうでないらしい。

 

 ファイカさん本人が、アマルさんにお願いした。

 何らかの、目的、或いは算段があって。

 

 なら、ファイカさんは、マリーナ騎士団には誠意だけでも通じる、チョロい相手だって思われていることになるか、或いは……。

 

「そんな取引、成功するはずがないと思っている。単に、アマルさんをメンドース将軍との交渉の場から、遠ざけたかっただけなのかも」

 

 或いは、交渉するにあたって、アマルさんが邪魔だって思っていたか。

 

 その場合、アマルさんがいれば、反対するであろうことを、ファイカさんは将軍に提案しようとしていることになる。

 

 だとすれば、それが何なのかになるのだが……。

 

 アマルさんがマリーナ騎士団に助けを求めて来た内容を含めると、自然と答えが出てしまう。

 

「……どういう、こと?」

 

 無表情ながら、戸惑いを隠せていないアマルさんに、俺は言いずらいながらも、ハッキリと告げた。

 

「アマルさんのお婆さん、ファイカさんは──自分の命も勘案に入れて、メンドース将軍と、交渉に臨んでいるのでいるんだと思います」

 

 状況証拠的に、そうとしか考えられない。

 俺の言葉に、クローデットさんは小さく"ですわね"と、複雑そうに同意する呟きをして。

 

「…………婆は、死ぬ、気?」

 

 アマルさんは、目を大きく見開いた。

 

 まるで、豚が"実は俺達って不浄の動物じゃないんですわ"と人語を介したような。

 

 或いは、クローデットさんはトイレに行かないから左手は汚れてないんですよと言われたかのような。

 

 そんな、信じられないことを聞いてしまった時のように、呆然と。

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