貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第48話 扇動

「あんたに過小評価されてなくて良かったよ、メンドース。そこで、三つ目だ。あんたの言う、危険な老婆の皺首──くれてやってもいいよ」

 

 その言葉を聞いた時、メンドースは自身の戸惑いに気付けずにいた。

 

 ファイカ・ビント・ハミダ、イスペリアの大敵にして自身の仇敵。

 

 幾度もなく煮湯と敗北を呑み込まさせられた、異教きっての名将。

 

 忌々しいことに、自身よりも勝つことに長けている老獪な人物。

 

 認めたくはないが、自身よりも格上で、殺すことが大層難しい怪人である。

 

 その人物が、自ら死のうと口にした。

 条件を提示して、尤もらしい理由を並べて。

 

 その事実を前にして、メンドースは……。

 

「あなたは、私から──」

 

 咄嗟に、メンドースの内から言葉が溢れ出そうになった。

 

 衝動的に、感情的に。

 詰りながら、訴え出るように。

 

「──何を、引き出そうとしているのですか?」

 

 だが、咄嗟に溢れ出そうになった言葉を隠して、メンドースは極々平凡な問い掛けを投げつける様に修正した。

 

 交渉の場で感傷に呑み込まれるのは、それこそお話にならないから。

 

「なに、単純な話さ。私はイスペリアの民に憎まれている、そうだろう?」

 

「……貴方だけでなく、異教徒全体が憎まれてます。貴方の派閥を亡命させることなど、困難極まります」

 

 しかし、動揺に蓋をしきれていなかったのであろう。

 

 あれほど疎ましかったファイカを除く機会を前にして、メンドースはやや否定的な言葉を吐いてしまっていた。

 

「だからこそ、こうして席を設けているんだよ。奥に引っ込んで前線を見れていない宰相じゃ話にならない、荒れ果ているイスペリア各地を転戦して来たあんただから言っているのさ」

 

 けれども、そんな否定的な観念すらも、ファイカにとっては自身の案を推進する材料にしてしまえて。

 

「復興のためにも──こちら側の技術やツテが役に立つだろう?」

 

 亡命者達がイスペリアにとって有益であると、蜜か毒かが区別できない言葉を、耳から流し込み始めたのだ。

 

「イスペリアに亡命を望む人数は、軍民合わせて5、6000ってところさ。なに、その気になれば容易に潰せる数だろう?」

 

「……貴方を亡き者にした後、その亡命者を根切りにするとは考えないのですか?」

 

「言ったろう、亡命者どもは役に立つって。あんたは感情を押し殺せる、便利な道具は使わずにはいられない。そういう女だからこそ、話を持ってきたのさ」

 

 それは、ファイカからメンドースへの、ある種の信頼であった。

 

 化かし化かされ、戦場で散々な目に合ったり合わせたりして来た間柄であるにも関わらず、ファイカはそんなことを嘯いたのだ。

 

「……正気ですか?」

 

 探る視線をファイカに向けながら、騙されないと身を固めるメンドース。

 

 そんな生娘の如き反応を前にしても、ファイカは飄々とした掴みどころのなさを、纏ったままで。

 

「正気さ、あんた同様ね」

 

 "お前が正気で無くなるのは許さない"と、敵にして交渉相手であるメンドースに迫ったのだ。

 

「……初めて負かされた日から、正気でなかったかもしれない女に対して、貴方はそんなことを言っているですよ?」

 

 その押し付けがましい馴れ馴れしさを前にして、メンドースは貴方の目は本当に正しいのかと問い掛けた。

 

 狂気が正気に見えているだけで、突如として豹変するかもしれない人間の可能性もある。

 

 それでも、要求を撤回しないのか。

 自身が信用に足る人物に見えるのかと、今度はメンドースが迫り返した。

 

 目を細めながら、愛想笑いを引っ込めて。

 睨みつけなから、普段とは違う猛々しさを身に纏う。

 

 舐めているだけなのならば、斬ると言わんばかりに。

 

「ふん、それで狂気に酔っているつもりなら、あんたに愚劣になる才能はないよ」

 

 だが、そんなメンドースを前にしても、ファイカの態度は変わらなかった。

 

 舐めているのでも、油断しているのでもない。

 なのに、ファイカは微塵も怖がっていない。

 

 メンドースの眼差しに、正気の光が宿り続けている。

 虎の如きかんばせではない。

 

 人間だからこそ、この様な提案をしているのだと、ファイカはつまらなさげに態度で示してみせた。

 

 その揺らがなさを前にして、メンドースはついぞ認めざるを得なかった。

 

 ファイカは、本気であり正気で、こんな提案をしているのだと。

 

「……条件を詰める必要があります。真っ先に、貴方の首を飛ばすことを要求すれば、無論拒否するのでしょう?」

 

 だから、メンドースは認めざるを得なかった。

 

 人間的な厚みを前にして、看破される虚言を吐き続けることの無意味さを悟らざるを得なかったから。

 

 ファイカの言う通り、自分は使える人間は何でも使うタチなのだと。

 

 例えそれが、イスペリアで憎まれている異教徒の民であったとしてた。

 

「無論さ、私の首は最後の楽しみにとっておきな」

 

 苦々しげな表情をするメンドースと対比する様に、ファイカは狸の如くニンマリとして笑みを浮かべていた。

 

 素直でない人間から一本取った時の、会心の笑みであった。

 

「やっぱり、あんたを交渉相手にして正解だったよ、メンドース。否が応でも、感情を押し殺せるあんたを相手にしてね」

 

 楽しげに語るファイカを前に、メンドースの胸中は複雑怪奇極まり始めていた。

 

 先ほど、衝動的に言い掛けて、飲み込んだ言葉を想ったのだ。

 

 

 ──あなたに挑み、勝つことを望む権利まで、取り上げるつもりなのですか。

 

 

 それは、メンドースの劣等感であり、悔しさであり……寂しさであった。

 

 メンドース将軍はファイカ・ビント・ハミダを、恐れ、憎み、怯え、恨み──尊敬している。

 

 過去も、今も──恐らく、未来であっても。

 

 メンドースは敗戦の度に、様々なものを学ばざるを得なかった。用兵術、間諜の使い方、心理的な駆け引き、その他に諸々。

 

 結果論ではあるが、メンドースは多くをファイカから学んだ。

 

 つまりは、イスペリア随一の将軍になるにあたって、この敵将こそが彼女の師であったのだ。

 

 

 

 

 

 交渉が進み始めた。

 

 兵士達は呆然と、中には憤然とした者も居たが、激発することなく、それを見守り続けている。

 

 イスペリア側は、メンドースの意に逆らわないために。

 

 クルアン教側は、ファイカなくしてメンドースに勝てないと理解していたたがために。

 

 妨害など、行いようもない。

 自らが、生き証人になることを強制させられている。

 

「あのファイカ様が、名将ファイカ・ビント・ハミダが、戦場以外で……死ぬ?」

 

 その中で、起きているのに夢見が悪そうな顔をしていたのは、ずっと本国アランより、ファイカに付き従っていた将兵達であった。

 

 現実が理解できない、ファイカ様は本当に本気なのだろうか?

 

 いま目の前で行われている交渉が、未だに彼女らには信じられなかった。

 

 ファイカのことを信じ、付き従ってきた。

 多くの鉄火場を乗り越え、そうしてここまで生き延びてこれた。

 

 そんな将兵達にとって、ファイカは紛れもなく軍神なのだ。

 

 死ぬにしたって、戦場で剣か矢に斃れるものとばかり思っていた。

 

 それが、これである。

 認めたくない以前に、意味が分からない状況であった。

 

「……面白くないっすね」

 

 そう呟いたのは、コルドラの守将を任されていたラービアである。

 

 彼女はファイカ麾下の古参であり、その要領の良さを目に掛けられた人物であった。

 

 何でもある程度はこなすことから、実質的な二番手としてファイカに重用されていた人物でもある。

 

 普段の彼女は面倒くさがり屋で、何かにつけては手を抜こうとする悪癖があった。

 

 だから、責任を伴う指揮する立場をあてがい、サボれなくしたという事情もあった。

 

 そんな彼女にしては珍しく、目が、表情が、気怠げではなかった。

 

 自身が主人と認めた人物が、命の取引をしている場面を見て、奥底にひっそりと隠されていた忠誠心が刺激されたのだ。

 

「……騒ぎますか?」

 

 ラービア配下の一人が、目をギラつかせながら提案した。

 

 このまま、蚊帳の外で生殺与奪を決められてしまうのは面白くないし、古参の部下達は皆、ファイカの命を惜しんでいたから。

 

 例えファイカの意に背いていたとしても、無駄死にであっても、あの軍神の最後がそんなものではつまらないという理由で、大暴れしても良いと思っている。

 

「……少し、待ってようかな」

 

 そんな面々が並んでいるのを見て、ラービアは僅かにトーンダウンして、軽く周りを諌めた。

 

 無論、急に面倒くさくなって、どうでも良くなったとかいう理由ではない。

 

「大人しくしてろと?」

 

「お嬢が来るまでは、ね」

 

 ラービアは、アマルを待つことにしたのだ。

 ここには居ない、ファイカが意図して遠ざけた身内の存在を。

 

「祖母の死に目に遅れるほど、お嬢は怠惰じゃないからね。そのうち、戻って来るはずだから」

 

 やるなら、お嬢も巻き込まないと筋が通らない。

 一人だけ、仲間外れにはできないから。

 

 そんな理由で、ラービアはこの場では、静観を選んだ。

 

 ファイカ古参の将兵達も、その言い分に確かにと頷き、この場では我慢することを選べた。

 

 ただ、その忍耐がいつまで持つのかは、怪しいものではあったが……。

 

 

 ファイカは、古参の兵達を自分の手足のように感じていた。自身の言うことを聞く、よく訓練された自由自在に動く一部なのだと。

 

 それは間違いではない。

 手足達も、ファイカを自らの頭だと認識していたのだから。

 

 しかし、だからこそ少しの見誤りがあった。

 

 手足は、勝手に動くことがある。

 熱した薬缶に触れてしまった時のように、反射的に。

 

 手足の側は、頭が切り落とされようとしている時、咄嗟に動こうとするだろう。

 

 少なくとも、理性が制動を掛けられる条件、納得が備わっていない限りは……。

 

 

 

 

 

「船の受け渡しは、イスペリアから撤兵した兵の数に比例させる。南の港町であるメナドを橋にし、南方大陸への輸送を開始する」

 

「船員の構成比は?」

 

「私らとあんたらで半数ずつ、契約不履行に対する予防策だよ」

 

「……妥当ですね」

 

 話し合いは進む、細部が詰められていく。

 内容については、両軍の将兵達の頭には全然入って来なかった。

 

 それよりも、この話し合いが終わった後、どうなるのかという不安の方が遥かに優った。

 

 だから、半ば儀式のように見える、何も理解できていない会談から目が離せない。

 

 交渉は大詰めなのだろうと、ピリついた雰囲気の中で皆が察しつつあった。

 

 ……両陣営ともに、釈然としない空気を形成しながら。

 

 イスペリア兵は、勢いに乗ってきたところでのこの結末に、やや消化不良を感じている。

 

 クルアン教軍、主にガルガン人側もまた、自分達は負けていないという意識が強く、頭越しで撤兵交渉が行われているのが気に入らない。

 

 ファイカ子飼い将兵達は、静かにアマルの帰還を待ち続けていて。

 

「空気が不穏だが、交渉は恙無く終わるのかね?」

 

 そして、まんまと蚊帳の外に締め出されてしまったマリーナ騎士団の陣地で、ベルタは事の成り行きを見守っていた。

 

「頭ごなしに押し付けられるのが、楽しい訳はない。もう一波乱くらいは、ありそうな予感はする。それに……」

 

 ベルタは、辿ってきた街道を、目を凝らして見つめた。

 

 遠くから、砂埃が舞っているのを確認する。

 楽しくなってきたと、口角が上がる。

 

「うちの団長達は、波乱を煽れはしないが、巻き起こすタチなんだが、さて」

 

 あっという間に詰めて来る。

 イスペリアとクルアン教の両陣に、ベルタは伝令を出した。

 

 

「──その儀、ちょぉーっと、お待ちになっていただきたいのですわぁーーー!!!」

 

 

 ほら来たと、ベルタは笑った。

 つまらない展開を一蹴しに来た、と。

 

 

 

 

 

「…………婆は、死ぬ、気?」

 

 信じられないと言わんばかりに呟くアマルさんに、俺は言い難いながらも頷いた。

 

「恐らくは、ですが。交渉に際して、自分の存在が一番の障害になるのは、本人が一番自覚しているはずです」

 

 本来なら、何かの罠を疑って然るべきところではある。

 

 だが、これまで聞いた話と流れを総合して勘案すると、交渉には本気で取り組んでいて、成立させる気があるらしいと理解できた。

 

 それを成立させる過程で、アマルさんのお婆さんの存在が、どうしたって邪魔になるってことも。

 

 だから、帰結として死のうとしている、と結論づけざるを得なかった。

 

「あの婆が、死ぬのは、信じ、られない。けど、ムスタファが言うなら、多分、間違ってない……」

 

 アマルさんは何故か俺のことを買い被りながらも、言い分を信じて全面的に信じてくれたみたいだ。

 

 その手が、瞳が、僅かに震えていた。

 無表情な顔でもわかるくらい、動揺を隠さずにいるから。

 

 咄嗟に、何を声掛けようとした。

 でも、なんて声をかければ良いかわからない。

 

 励ませば良いのか、慰めれば良いのか。

 知った風に声を掛けるには、俺はアマルさんのことを殆ど知らないに等しいから。

 

 ……ただ、両親とばぁやのことが脳裏を過った。

 何も伝えられず、悲しみに暮れた離別を。

 

 あの時の俺と同じことを味わいかねない女の子が、眼の前に一人いる。

 

 だから言葉の代わりに、何か代案を考えてみた。

 この人の助けになれることは、何かないかって。

 

 ……でも、良案が思い浮かばない。

 取れる策が、悉くリスクが高いから。

 

 ファイカさんの死を偽装したり、行方不明にさせたり。

 

 或いは、ハンニバル博士みたいに地下に幽閉して、イスペリアの諮問官にしてみるとか。

 

 どれも、それぞれに危険を孕んでいて、何かあったらマリーナ騎士団にまで追及の手が伸びることを考えると、とてもじゃないが助けようとは言い出せない。

 

 ……自分が偽善者だってことを、まざまざと思い知らされる。

 

 俺はクローデットさんの軍師だから、と。

 誇りであるべき事実を、言い訳の盾にしてしまうのだから。

 

 

「──アマルさんは、どう致したいのですわ?」

 

 

 でも、そんな申し訳なさは、その誇り高い声音を聞いた瞬間に、どこかへ霧散していった。

 

 クローデットさんが、穏やかな、それでいて凛とした瞳をしていたから。

 

「……どうして、聞く」

 

「苦しそうな人に、手を差し伸べるのは当然のこと……と言うのは、格好をつけようとしすぎですわね」

 

 凛とした目で俺をちょっと見遣ってから、ほんのりと顔を赤らめて。

 

「本当のところは……ジルベールさんがお優しいから、ですの。あなたの心に触れてしまったから、一緒に苦しくなって、傷付いてしまう。そんな人ですの、彼は」

 

 言われた瞬間、顔が沸騰したみたいに熱くなる。

 俺のこと、全部分かられてしまってると、ソワソワが止まらなくなる。

 

 優しいなんてことはないけど、無駄に共感性が高い点では、間違いなくクローデットさんの言う通りであったから。

 

 思わず、フードを深く被ってしまった。

 クローデットさんに見つめられたら、心を裸にされてしまいそうな気がして。

 

「…………そっか」

 

 でも、その間抜けな事実の何かが、アマルさんの胸に届いたのか。

 納得したみたいに、小さく頷いて。

 

「……なら、仕方ない」

 

「ええ、仕方ないのですわ!」

 

 通じ合ったように、クローデットさんと頷き合ったのだった。

 

 何か、女子同士で通じ合うことがあったのかもしれない。

 

 

 

「……婆は、どうにもならない?」

 

 俺の羞恥が落ち着いたタイミングで、アマルさんは確認をとってきた。

 

 本当に、この事実は如何ともしようがないのか、と。

 

「本人が決意を固めている以上、翻意してもらうのは難しいでしょう」

 

「……そう」

 

 ファイカさん自身にどう働きかけても、それは山を動かそうとするくらいの徒労で終わる。

 

 だから、その点に関しては、どうしようもない。

 それをはっきり告げると、アマルさんは無表情ながらに肩を落とした。

 

 案外、感情表現が豊かな人である。

 

「ただ、一つだけ、思いついたことはあります」

 

 そんな彼女に、俺は一つの提案をすることにした。

 考えて考えて、何とか捻り出したことを。

 

 多分、下手をしたらアマルさんはバカを見る。

 それでいて、どうにもならない可能性も高い。

 

 それでも……。

 

「恥を掻いてでも、アマルさんは何かしたいですか?」

 

「──したい」

 

 アマルさんは、しっかりと頷いた。

 そうして、心の底から、言葉をかき集めてきて。

 

「婆には、婆らしい死に方、ある。婆に情けない死に方、似合わないっ」

 

 精一杯の主張を、してくれたのだ。

 無表情ながら一生懸命な言葉には、気持ちがこれでもかと詰まっていて。

 

 心に、雫が落ちたみたいに、ゆっくり心に沁みた。

 

「それが、あなたの気持ちなのですわね?」

 

「ん」

 

 クローデットさんの問いに頷き、アマルさんは揺れる瞳で俺を見つめた。

 

「教えて、ムスタファ」

 

「俺はムスタファじゃなく、ジルベールって名前があります」

 

「……教えて、ジルベール」

 

「はい」

 

「呼び捨てですわ!?」

 

 何故か驚愕しているクローデットさんを尻目に、俺は思いつきの様な話を語り始めた。

 

「これは、そのままの意味合いでアジテートです。ファイカさん本人が動かせないなら、周囲を撹拌してしまえばいいんです」

 

 最初から最後まで、ファイカさん本人は隙がなかった。

 だから、この人の計算を上回るには、必ずこの人の外を動かさなくてはならない。

 

「ジルベールさんを呼び捨てなんて、私もしたことがないですのに……。と、それはともかくとして、兵達を扇動する、ということですのね。制御できますの?」

 

「指向性を持たせれば、成功する算段は高いです。それに……」

 

「それに?」

 

 策に瑕疵がないか、確認してくれるクローデットさんに、俺は自信を持って一つの真理を告げた。

 

「皆、敵味方関係なく、多分思っているはずです。アマルさんが言ったこと、"ファイカさんには、そんな死に方は似合わない"って」

 

 先の戦いで、少し読み合いをしただけの俺ですら、そう思ったのだ。ファイカさんの将器を感じ取ったクローデットさんも、そう思っているだろう。

 

 これまで対峙してきた、敵味方の兵士達……それにメンドース将軍を相手にすれば、何をいわんやということになる。

 

「だから、物語を用意するんです。ファイカさん以外が納得できる、ここなら死ぬに相応しい戦舞台を」

 

 ぼんやりと、皆は思っている。

 名将が死ぬ時は、やはり戦場であるのだろうと。

 

 ファイカ・ビント・ハミダは、剣に斃れるべきなのだと。

 

「そこに、ほんの少し生き残れる目を挿入する。成功するかはわかりませんが、それならやりようはあります。例えば、勝者は敗者に要求を通す権利を得るとか」

 

 そこまで話して、どうでしょうと問い掛ける。

 クローデットさんは、難しい顔をしていた。

 

「交渉を台無しにするために、私達で突っかかるということですの?」

 

「あっ、いえ、違います! ごめんなさい、肝心なところを伝えてませんでした。戦舞台って言ったのは、戦争をするってことじゃなくて──」

 

「一騎討ち、仕掛けるって、こと?」

 

「っ、そうです!」

 

 そう、この策とも呼べない無茶のゴリ押しは、派手に兵達の心を掴むことを目的とした、一つの物語である。

 

 この案ならば、両軍の兵士の心を掴めると勘案してのもの。

 

 ただ、問題点を挙げるとすれば……。

 

「……面白い、案。でも、婆は一騎討ち、乗ってこないと思う」

 

「メンドース将軍も、わざわざ乗る理由がありませんの。内心はどうあれ、実利をお求めになられる方ですので」

 

 両軍の将が、承諾するわけがないという点。

 折角話し合いで纏まるところを、余計に引っ掻き回す意味がない。

 

 一騎打ちを所望しても、馬鹿がと一蹴されて終わるだろう。

 

 この策自体が、前提として成立していない。

 二人はそう言っているのだ。

 

 ……なら、前提をズラして仕舞えばどうだろうか?

 

「一つ、提案があるんです。悪ふざけと思わず、聞いてもらえますか?」

 

 色々な考えを組み合わせて、ふと思いついてしまった。

 しかも、結構憚る内容である。

 

「ジルベールさんの言葉なら、聞く耳を持ちますわ」

 

「あなたの言葉には、力がある。聞かせて」

 

 しかし、二人にそう促してもらえたからには、話さないわけにはいかない。

 

 

 

 それから、俺は思い付いたことを二人に語った。

 内容はといえば、策とは言い難く謀略というにはお粗末な内容だ。

 

 しかし、耳に入れたクローデットさんとアマルさんは、二人して目を丸くして。

 

「……正気?」

 

「本気ではあります」

 

 そうして、語り終えた頃合には、二人して、ジトっとした目をしていた。

 

「アマルさん、ジルベールさんはいつも相手のことを考えられる、紳士的なお方なのですわ。その結果、出てきたのがこの策のようですが」

 

「……へんたい」

 

「無実です!」

 

 そうして、何かとんでもない濡れ衣を着せられてしまっていた。無理難題を言っているとは思うけど、おかしな事とは提案してないのに。

 

 俺は断じて変態などはいない。

 ただ、無茶に無茶を通そうとして、色々こねくり回していたら、そうなってしまっただけなのだから。

 

「それで、やるんですか、やらないんですか!」

 

 なので、これ以上冤罪をかけられないために、半ば強引に問い詰めると、アマルさんは逡巡する間もなく、即座に回答した。

 

「──やる、手伝って」

 

 あんまりな言いようをしながら、アマルさんはやる気が溢れていた。

 

 いけるかもしれないと、俺の言葉を聞いて思ってくれたのだ、

 

「なら、直ぐに参りましょう。取り決めが決まる前に、駆け付けねばなりませんわ」

 

「ん」

 

 そしてクローデットさんは、最初からそうと決まっていたみたいに、自然と出立の準備を整えていた。

 

 アマルさんも、直ぐに馬に飛び乗って。

 

「──婆、少し痛い目にあってもらう」

 

 平坦なのに、熱の籠った声で呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 イスペリア貴族達をその場に置いて、俺達は必死にコルドラへと急行して。

 

 そうして、俺たちは間に合った。

 

「──その儀、ちょぉーっと、お待ちになっていただきたいのですわぁーーー!!!」

 

 メンドース将軍とファイカさんの間を、クローデットさんのよく通る声が割って入った。

 

「あんたは確か、あの部隊の……」

 

「……ジラール団長?」

 

 疾風の如く現れたクローデットさんは、颯爽と馬から飛び降りて、交渉中の二人の間に割って入った。

 

「婆、待って」

 

 その後を、アマルさんや俺、令嬢方が続く。

 イスペリア貴族の人達も、その少し後を気まずげにしながらついてきて。

 

「アマル、随分早いお帰りじゃないか。もう少し、ゆっくりしてきたらどうだい? ほら、意中の男も──」

 

「婆、悪ふざけも、ここまで」

 

「あん?」

 

 アマルさんはジーッとファイカさんを見つめた後、直ぐにコルドラの方、正確にはコルドラ城壁からポカンとしている、クルアン教徒の将兵達を見上げて。

 

「……みんな、聞いて!」

 

 そうして、交渉事なんて知ったことかと言わんばかりに、アマルさんにしては大きな声で、語り掛け始めたのだ。

 

「婆、ファイカ・ビント・ハミダは、誇りなき、和平交渉を、行っている」

 

 決して、大きな声ではない。

 ただ、不思議と耳を傾けてしまう、そんな滴る雫のような声であった。

 

「ただ、与える、だけの、交渉。戦士であることを、忘れた者に、指揮官たる、資格は……ない」

 

「アマル、あんた何を──」

 

 しかし、その語り口調は平坦ではあるが、淡々としているのかといえば、決してそうではない。

 

 彼女の語調には、隠せない熱が籠っているのだから。

 

「今の婆は、戦士に非ず。なら、私達の指揮官、為りえない」

 

 クルアン教の将兵達は皆、アマルさんの言葉に耳が捕らわれていた。

 

 まさかという動揺と……期待が辺りに渦巻いている。

 それに応える様に、アマルさんは怜悧な刃物みたいに言い放った。

 

「婆を弾劾、罷免、する。──指揮権は、私が、引き継ぐ」

 

「なっ!?」

 

 ここで初めて、ファイカさんの顔が歪んだ。

 

 この人も気が付いたのだろう。

 辺りに満ちている倦怠を巻いていた空気が、アマルさんの言葉で刷新されてしまったことに。

 

「そして、新しい指揮官として、イスペリア側に、提案する。誇りある、和平交渉を。──一騎打ちを申し込む」

 

 その上で、アマルさんは、そんな提案をした。

 無茶苦茶で、筋の通らない話だけど、今だけはこの提案は有効に働く提案を。

 

 両軍の兵士は、高度な政治的なやり取りについていけてなかったから。

 

 これが密室での話しならば、それでも問題はなかった。

 駆け引きを理解できる者しか、参加者は居ないのだから。

 

 しかし、ここには交渉の証人とするべく、開かれた会議場として、両軍の兵士たちはややこしい話を延々と聞かされ続けていた。

 

 戦いもせず、勝ちと負けを決められることに、如何ともし難い消化不良を抱えさせられながら。

 

 だから、それを解消するべきだと伝えた。

 

 面倒な政治の話をエンターテイメントにまで落とし込んでしまえば、皆が自然と話が分かった気になって味方をしてくれるから、と。

 

「私達、クルアン教は、婆を……誇りを取り戻させるため、ファイカ・ビント・ハミダを立てる。敗者は、勝者に、絶対服従。どうか、提案に乗ってほしい」

 

「はぁ!? アマル、あんた何言ってんだい!?」

 

「…………ネイくんの仕業、ですね」

 

 アマルさんの提案に、メンドース将軍は非常に戸惑った顔をしていた。

 

 戸惑った顔、怒りでも無感情でもなく、困惑に纏わり付かれている。

 少なくとも、拒否の意思表示を露にはしていない。

 

 行ける、そう判断して、俺はクローデットさんの手を軽く握った。それがゴーサインの合図だと、ここに来る前に決めていたから。

 

「──乗りましたわ、その提案!」

 

 涼やかな、それでいて力強い声が、打って響いたみたいに皆の耳に入り込む。

 

 メンドース将軍ではなく、代わりにクローデットさんが声を上げたのだ。

 

「マリーナ騎士団が団長、クローデット・ジラールが誇りをもって、その提案を受け入れますわ!」

 

 誇り高く、凛とした騎士であるクローデットさんが断じた言葉は、既定の事実の様に皆には聞こえたことだろう。

 

 ──城壁から、そしてイスペリア軍の陣地からも、怒号にも似た歓声が辺り一面を包んだ。

 

 アマルさんが、この場において、存在しないも同然だった民意を創出し、味方につけた瞬間であった。

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