貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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第49話 束の間

 

 周囲から湧き立つ歓声は、まるで鬨の声みたいだった。

 

 鬱屈した状況を吹き飛ばす、小難しい話は一切なし。

 その単純さが、両軍の兵士達に受け入れられたが故の歓呼だろう。

 

「……ネイくん、どういうつもりなのでしょうか?」

 

 そんな中で、メンドース将軍は俺に問いを投げた。

 でも、それは問い糺す様なものではなくて。

 

「こんなことをして、貴方達に得があるのですか?」

 

 純粋な疑問、素朴な問いかけだった。

 交渉を邪魔されたとか、あともう少しだったのに、なんて感情は微塵も乗っていない。

 

 ただ、戸惑いだけを纏っている。

 

「……両軍の兵達に、薄暗くて不穏な空気が漂っていました。この長い戦いの終わりが、こんなもので良いのかって」

 

 だから、俺は理屈で答えた。

 

 将軍は、合理性が見えないから気持ち悪く感じているのだ。なら、理屈を話せば、納得してもらえるだろうと踏んで。

 

「そういった消化不良は、結構尾を引きます。ファイカさん……敵将は時間の経過と共に、国力を回復していくイスペリアに対する手札が無くなっていくのを惜しんで、こんな挙に及びました。ただ、それで兵士達……いえ、イスペリアの人達が納得できるかと言えば、話は別です」

 

 例を挙げるとすれば、第一次世界大戦終結時の、フランスとドイツだろう。

 

 両国の戦闘は、おおよそがフランス領内で行われていた。終戦した時も、連合国軍はドイツ軍を押し返してはいたが、ドイツ領内には侵入していない。

 

 そのためか、世紀の大戦争が終わった安堵の後に、両国の国民感情は摩訶不思議なことになってしまった。

 

 フランス国民は、我々は本当に勝ったのだろうかと懐疑を抱いた。

 

 ドイツ国民は、我々はまだ戦えた筈と屈辱と怒りを抱いた。

 

 両国民、特にドイツ側の納得できない感情が、第二次世界大戦の遠因の一つぐらいにはなっているだろう(少なくとも、ちょび髭の人が出てきて支持されたのは、そういう土壌があったからだ)。

 

 第二次世界大戦でフランス側が粘れなかった要因も、一次大戦で人死が出過ぎたということ以外に、前大戦で勝ったという感触が乏しかったからというのもあると思う。

 

 判定勝ちだったため、次も勝てると無邪気に思えなくなったのだ。

 

 戦後、フランスは自軍兵士の死体の山を築き上げる要因になった攻撃精神論(エラン・ヴィタール)からの脱却を図り、歴史に学んだ経験則(塹壕戦)によるドクトリンを採用することになる。

 

 それ自体は間違いとは言えないけど、その時にフランス軍上層部は、精神論もろとも争う意志まで捨て去ってしまった気もする。

 

 お陰で、二次大戦ではドイツ軍に好き勝手に蹂躙され、あっという間に降伏まで追い込まれた。

 

 逆に、一次大戦でのフランス軍兵士の勇敢な戦いぶりを見た日本は、戦争後にフランスが捨てた精神論(エラン・ヴィタール)を拾い上げて、改訂し、最後の枢軸国として熱烈に抵抗することになる。

 

 合理性はともかくとして、自分の国や軍隊が戦争に勝てると国民の大多数が信じるに足る物語が必要だったんじゃないか。

 

 フランスの事例を見ると、そう思わなくもない(結果として、理由はどうあれフランスは流血を極力避けられたのだから、考え方次第ではあるが)。

 

 だから俺は、メンドース将軍にそういうことを踏まえた理屈を伝え始めた。

 

「聖教を奉じている国同士の戦争なら、交渉で幕でも良いと思います。少なくとも、国民はやっと終わったと思うくらいでしょう。相手は同じものを信じている、そう寛容になれるからです。けど、ことが自分たちと別物……異教徒相手は別です」

 

「なぜです?」

 

「それはナショナリズム、えっと、自分達が帰属意識を持つものとは違う、別の理解を持つ人たちに対して、人間は恐怖とか憎悪を持ってしまいます。そういった負の感情が、国民の人の正式な認知を阻害してしまいます。異教徒は怖い、危険だ、またイスペリアを踏み躙りに来る、と」

 

「……理屈は分かりますが、そういったものは抑え込める、気を逸らさせる自信がありますよ」

 

 自分が戦後、宰相になることを含んだ物言いに苦笑しつつ、俺は将軍ならできるだろうと頷いた。

 

「将軍の様な人であれば、できると思います。ですが、それは自国領内に限ってのことです。クルアン教軍の、今までイスペリアで戦ってきた兵士達も、同様に欲求不満を抱えるでしょう。自分達はもっとやれた、その思いはやがて再度のイスペリア侵略へと彼女達を駆り立てる」

 

「予言ですか?」

 

「いえ、予想です。でも……多分、そうなる気がするんです」

 

 アマルさんは、イスペリアで負けた自分達はクルアン教の本国では、あまり良い扱いはされないだろうと予想していた。

 

 ファイカさんも、自派閥をイスペリアに亡命させるつもりなのは、そういった都合があるからだ。

 故に、言い分は真実だろうと予想できる。

 

 なら、海の向こう側に返されたガルガン人達はどうなるか?

 ……きっと、そっちも良い扱いはされない。

 

 ファイカさんのせいで負けたと幾ら主張しても、クルアン教の本国はガルガン人達自身の能力を低く見積もることになるだろう。

 

 そうなった時、不当な扱いに対してガルガン人達はクルアン教に牙を剥けるかと言えば……多分、できない。

 

 自分達も、その宗教を信じているから。

 だから、自然と矛先は、またイスペリアに向けられる。

 

 自分達の能力を証明するために、近場の異教徒を使ってそれを成そうとする。

 

 勝てば略奪もできる、それを楽しみにもして。

 奪うという美味しさは、ファイカさんが覚えさせてしまっている。

 

 そういった予想を、ほぼそのまま俺はメンドース将軍へと語った。

 

 話を静かに聞いていた将軍は、時折考え込みながら、ジッと俺の話を聞き続けて。

 

 全てを語り終えた時に、ポツリと一言を漏らした。

 

「……やはり、あなたは預言者です」

 

「え?」

 

 どこか憂いている、いや、諦めたみたいな納得がそこには宿っていて。

 

「よく、そんな遠くまで見える。私の視座では見えないことが、あなたには見通せる。ファイカ・ビント・ハミダに指し手と認められたのも、頷ける話です」

 

 どこか重い意味合いを孕んでそうな言葉。

 けど、今は将軍の内側を斟酌する時ではない。

 

 だから、言葉だけを都合よく解釈すると、要するに……。

 

「この儀を、認めてくださるということですか?」

 

「…………えぇ、そう受け取って頂いて結構です」

 

 事後承認ながら、将軍は是と認めてくれたのだった。

 

 ほっと、胸を撫で下ろす。

 行けるとは思ったからゴーサインを出したけど、ダメだったらヤバかったと安堵できて。

 

「──待ちな」

 

 けど、話が纏まりそうなところで、水を差された。

 

「メンドース、あんたらしくないまやかされ方をしてるよ」

 

「……何がでしょうか?」

 

 ファイカさんである。一瞬、俺の方を見て目を細めた彼女は、そのままメンドース将軍へと告げた。

 

「こいつは今、イスペリアの理屈を語ったんだよ。あんたが尋ねた、こいつら自身の理屈じゃなくてね」

 

 俺の話は他人のことしか話してなくて、マリーナ騎士団としての本音では話していないのだと。

 

 メンドース将軍はその指摘に、俺の方を少し見遣って。

 

「……ここで語れる類のものですか?」

 

 伏せてたのは分かっている、その上で無視していた。

 波風を立てられたから尋ねるが、自身が感知しても問題ない事柄かと口にした。

 

 将軍は気を使ってくれている。

 いや、配慮をしてくれているのか。

 

 ファイカさんの言葉よりも、俺達を信じようという姿勢をとってくれたのだ。

 

「はい、大丈夫です」

 

 多分、ファイカさんの話術に乗るより、マリーナ騎士団の思惑に乗る方が幾分マシだって判断からだと思う。

 

 けど、気を遣ってくれたのは確かで、"マリーナ騎士団"としての本音の部分では、目的は隠し立てすることもない。

 

 俺たちが隠さなきゃいけないのは、ファイカさんを助けるという手段であって、目的ではないから。

 

 将軍に感謝の意を示しつつ、俺達が目指していることを素直に口にした。

 

 

「──アマルさんが欲しいんです」

 

 

 瞬間、辺りは静まり返った。

 静かというよりは、絶句したと形容する方が正しい沈黙。

 

 メンドース将軍は、笑顔のまま固まっていた。

 ぴくりとも動かない、まるで石像みたいだ。

 

 クローデットさんは、何故か白目を剥いていた。

 白内障なのだろうか、心配である。

 

 事前に、アマルさんは優秀だから、ぜひ仲間にしたいという話を通して、深く頷いてくれてたからビックリしてるってことはないと思うんだけど……。

 

 そして、話の水を向けたファイカさんは……。

 

「ク、クク、クククッ」

 

 沈黙を破って、悪役が笑いを堪えてるみたいな声を出していた。

 いや、正真正銘、笑うのを我慢しているのか。

 

 ……何だろう、やっぱり異教徒の下に孫をくれてやるわけがないだろ、バーカという笑いなのだろうか?

 

「クッ、呵呵、呵呵呵! なん、だいそりゃあ! アマル、あんたとんでもない男に引っ掛かったねぇ!!」

 

 けど、その我慢も大して持たなくて。

 

 さっきまで厳しい顔をしていたファイカさんは、然も面白いことを聞いてしまったと言わんばかりに、大笑いし始めてしまっていた。

 

「どんな男かって、ずっと気になっていたけど、こんな感じかい! バカなやつだね、ど天然! アマルと似合いじゃないか。良いね、気に入ったよ!!」

 

「え?」

 

 何事だと絶句する俺の裾を、誰かがくいくいと引っ張った。

 

 振り向くと、そこには無表情だけど、どうしてかモジモジしているアマルさんが立っていて。

 

「……ジルベールは、私が……欲しいの?」

 

「えと……はい」

 

 俺もだけど、マリーナ騎士団の総意として迎え入れたい。

 

 実際に相対して、この人の能力と判断力は、戦場においては有数のものがあると確信していたから。

 

 そんな気持ちで頷くと、アマルさんは空を……いや、城壁を見上げた。

 

「…………みんな、時間が、欲しい。決闘は、明日でも、良い?」

 

 そのよく分からない問いかけに、城壁からは溢れんばかりの黄色い歓声が返ってきた。

 

 メンドース将軍は雲しかない空を見上げており、ファイカさんは笑いが止まらずに痙攣し始めて、アマルさんはどこか満足げであった。

 

 

 

「……ジルベールくんは、誰にでも欲しいって言うんだ」

 

「エレちゃんエレちゃん、何で傷ついた顔してるの? 元気無いなら、クロエが打ち上げられた魚みたいにビクンビクンし始めてるから、折角だしセリに出しに行こうよ! 高く売れたら、みんなで美味しいご飯食べようね?」

 

「エッ、クローデットさん!?」

 

「で、ですわ〜」

 

「の、脳が破壊されてる……」

 

 何故か、マリーナ騎士団のみんなも挙動不審になっていた。

 何故だろうか。

 

 ……考えても、答えは見つからない。

 

 ただ、よく分からないうちに、周囲には戦争じゃなくて馬鹿騒ぎの空気が漂い始めていた。

 

 交渉を見守る緊張が、分かりやすい解決に転じた状況に対して、弛緩してしまったのだと思う。

 

 クルアン教軍は楽しげで、イスペリア軍も呆れ半分だけど嫌じゃなさそうな雰囲気が漂っていた。

 

 みんな、明日に持ち越された一騎打ちが、楽しみなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 夜が訪れた、雲に覆い隠されて月の見えない夜が。

 通常だったら、その暗闇に恐怖を抱く夜が。

 

 ただ、それでもコルドラのクルアン教軍の兵士達の雰囲気は、決して悪くなかった。

 

 焚き火が辺りを彩り、楽しげに兵達が雑談している。

 それも、ファイカ古参の兵士達だけではない。

 

 ガルガン人達すら、明日はファイカが如何に戦うだろうか、アマルは本当に異教徒の男と番うのかと、楽しげに会話をしているのだ。

 

 不安が無いわけではない。

 いや、不安だからこそ、こうした馬鹿騒ぎが殊更身に染みるのかもしれない。

 

 そんな、祭りの前日みたいな空気の中で、ファイカとアマルは城壁からはその様子を見下ろしていた。

 

「アマル、大した戦果じゃないか。まさか、あんたを欲しいと堂々と言ってくるとはね」

 

「多分、婆が思ってるのと、違う意味、あると思う。多分……」

 

 二人で会話しながら、何処か浮ついている兵達を見つめていた。

 咎めようとも思えない、不思議な日であった。

 

「そうだね、あれはあんたと同じ天然ボケの類だよ」

 

「私、ぼけじゃない」

 

「よく言うね、バカ孫。……でもね、皆の前でああ言ったのが重要なのさ。ありゃ、周囲から聞けばそういう意味でしかない。実質的な婚約宣言さ。男にしちゃ端ないが、奥手なあんたにゃ悪くないかもね」

 

「婚約……宣言……」

 

 焚き火越しのアマルの顔は、無表情であるが火と同じ色合いをしていた。

 

 ジルベールが口にした意味は、皆が受け取った意味と違えている。冷静になった今なら分かるが、それはそれとして、ファイカの言うことも一理あったからだ。

 

「ま、情けないが、男に責任をとって貰えば良いさね。あんたに人前で、あんなこと言える甲斐性はないだろう?」

 

 甲斐性なしと謗られて、アマルは反射的に何かを言いかけた。

 

 だが、改めて考えると、その言葉も引っ込む。

 あんな大勢の前で、あなたが欲しいなんて言えるわけもない。

 

 ファイカの言っていることは、確かにそうであったから。

 

「……しらない」

 

 だから、アマルに残されたのは、拗ねるという手段しかなかった。

 

 そんな愛らしさを見せる孫に笑いながら、ファイカは追い討ちを掛けにいく。

 

「けど、あんたも悪い男に引っ掛かったね。……私から権限を取り上げる献策をしたの、あいつなんだろう?」

 

 アマル一人では、あんな策を考えつけないし、実行できるはずがない。それを見越して、ファイカはチクリと小言を言った。

 

「…………ごめん」

 

 その追及に対して、アマルは謝罪しか返す言葉を持たなかった。彼女の行ったことは、要するに造反行為であったのだから。

 

 本来なら激怒どころか、処されて然るべき案件ではある。

 しかし、ファイカは怒っていなかった。

 

 何故アマルがあんなことをしたのか。

 それを考えた時、答えが自然と分かってしまったから。

 

「良いさ、別にね。邪魔をされたのは癪だが、あっち側に強力な後援者ができたなら話は別さ。よく味方につけてくれたね」

 

「……知らない、勝手に欲しいって言われた、だけ」

 

「なら、自慢の孫ってことで良いのさ。一騎打ちするのが、あんたじゃなくて私なのが釈然としないけどね」

 

「婆は、みんなに格好良いところ、見せるべき」

 

「それで、地に堕ちてた信頼を取り戻せってことかい?」

 

「……違う。私が、嫌。婆が侮られるの、好きじゃ、ない」

 

 可愛い孫さね、とファイカは思った。

 この孫のために、やることはやらねば、とも。

 

「アマル、明日、私が生き残ったら、あんたは孫を作りな」

 

「……婆、からかうなら、黙って」

 

「ククッ、暗いのに赤いと分かるのは、相当入れ込んでいる証さね」

 

「クソババア、何で、そんなこと、言う!」

 

「ちょっとした願掛けさね。効き目のある呪文さ、結果を多くみてきたからね。戦いの前、こう言っておくのは効果があるんだよ」

 

「へんなの」

 

「帰ったら結婚するとか、ここは任せて先に行けとか、そういうのも強い効き目がある呪文らしいねぇ」

 

「……孫は、知らない。けど、頑張って」

 

 アマルの小さな、けど確かなエールを受けて、ファイカは空を見上げた。

 

 見上げた夜は、雲は分厚くて星一つさえ見えない。

 ただ、何となく丸い月をファイカは幻視した。

 

 

 

 

 

 イスペリア軍の陣地は、想像以上に明るかった。

 

 多くの食料がコルドラからの供給され、久方ぶりにお腹いっぱいまでに食べ物を食べれたからだろう。

 

 最初は毒が混じっている疑いがあったが、マリーナ騎士団が率先して食べ物に手をつけ始めた辺りで、イスペリアの兵達も食べ物に手をつけ始めた。

 

 毒味役を買って出たわけじゃないけど、この状況で毒を盛る意味がないから。

 

 待てをされてるみたいな令嬢達の目を見て、可哀想に思ったからとかいう理由だけじゃない。

 

 今のクルアン教軍にとって、イスペリアは宥めすかす相手である。

 

 喧嘩を売るのは自殺行為、そんな真似をする筈がないと確信していたから。

 

 楽しげにマリーナ騎士団が食事を始めまえば、後は流れで。

 

 イスペリアの兵士達も食料に手をつけ始め、徐々に陣内が賑やいでいった。

 

 お腹が満たされると、空気がたわむ。

 敵の勢力圏なので完全に気を抜く兵はいないが、どこか緩やかな空気が辺りを満たす。

 

 

 そんな穏やかさの中で──俺は何故か、令嬢方に囲まれていた。

 

 

 みんな、すっごい笑顔を浮かべている。

 笑顔なのに、どうしてか腰を引きたくなってくる、不思議。

 

「えっと、どうしましたか?」

 

 唯ならぬ状況に、俺は顔を引き攣らせながら問い掛けた。

 

 ここで答えが、"ジルベールくん、あそぼ!"だったら、鬼ごっこでも何でもするつもりの心境で。

 

 ただ、令嬢方はニコッと笑顔を浮かべただけで。

 

「ジルベールさん、少々待ってください。今、駄々っ子を引き摺り出している最中なので」

 

「……駄々っ子?」

 

 何のことだろうか?

 そう思ったが、答えは直ぐにやって来た。

 

「ワタクシを棒に縛り付けた上に担ぎ上げて、急になんなのですの! ちょっと、お離しなさいっ」

 

「離さないよ、クロエが戦犯なんだからね!」

 

「い、一体何のことなのですわ!?」

 

 クローデットさんが、何故か豚の丸焼きみたいに縛られながらこちらへと運ばれていたのだ。

 

「く、クローデットさん?」

 

「ジルベールさん!? ちょ、ふざけないでくださいまし! こんなバカみたいな姿、ジルベールさんに見せつけるなんて、頭がおイカれ遊ばせているのですわ!? ぶち転がしますわよ!!」

 

「そんなこと言っても、聞いてあげないもーんだ。クロエの自業自得なんだから!」

 

「さっきから、何をおほざきになっておいでですの!?」

 

 俺の周りが、凄い勢いで賑やかになっていく。

 それもこれも、クローデットさんが来てからのこと。

 

 この人の周りは、いつだって明るくて華やかだ。

 ……どうして晒し者にされているかは、今は考えないでおこう。

 

「だ、大丈夫です。クローデットさんなら、どんな姿でも受け入れます!」

 

「流石に受け入れないでくださいまし!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 てんやわんや、本当に何事なんだろうと思ってると、クローデットさんを豚の簀巻きにして運んでいた令嬢、ノエラさんは焚き火の近くにクローデットさんを置いてから、これについて語り始めた。

 

「私達はね、ずっと待ってたの。クロエがジルくんに、ぶちゅちゅってちゅーして、なんかえっちなことをし始めるのを」

 

「は?」

 

「ですわ!?」

 

 しかし、ノエラさんが語り始めた内容は、あまりにふざけ倒している内容だった。

 

 何で俺とクローデットさんに、えっちなことさせようとしてるんだ!?

 

「最初はね、やっぱり両思いの二人がヘコヘコし始めるところからかなって、みんな我慢してたんだよ?」

 

「バカなんですの!?」

 

 本当にそうと頷く俺の横で、ノエラさんも我が意を得たりとうんうん頷いていた。

 

「そう、クロエは本当にバカなんだよ!」

 

「ワタクシですの!?」

 

「クロエがバカでグズってるから、ジルくんが寝取られそうになってるんだよ? みんな、クロエが一番最初だからって我慢してたのに!」

 

 は?

 

「なっ、ジルベールさんが取られる!? ふざけないでくださいまし! と、取られてなんておりませんですわ!!」

 

「でも今日、ジルくんは、異教徒のあの子とヘコヘコしたいって言ってたよね?」

 

「言ってないですが!?」

 

「いえ、それは仰っておいででしたわ」

 

「クローデットさん!?」

 

 意味が分からないんだけど!

 何がどうなって、そういうことになってるんだ!!

 

 俺は急に、訳のわからないイチャモンをつけられた上、味方だと思っていたクローデットさんに突如として裏切られる憂き目にあっていた。

 

 色々と酷いと憤慨しそうな中で、ノエラさんはヒートアップしながら、豚の簀巻き状態のクローデットさんへと強く訴え出ていた。

 

「それにクロエの罪は、ジルくん寝取られ罪だけじゃないの」

 

「寝てすらいないんですが!」

 

「ほら、ジルくんも、クロエは処女、意気地なしって詰ってる!」

 

「そ、そんな、嘘ですわよね、ジルベールさん……」

 

「真っ赤な嘘です!」

 

 ハアハアと肩で息をしながら、頭がおかしくなりそうなノエラさんの詰問を受け流そうと必死になっている最中、彼女はグイッと一人の手を掴んだ。

 

「ほら、エレちゃん、前に来て。せっかくの機会だから、クロエの悪口100個くらい言っても良いよ?」

 

「言える訳ないよ、何言ってるの!?」

 

 エレーヌさんだった。

 

 そういえば最近、この二人は仲良しだったっけ。

 ノエラさんといる時、エレーヌさんは大体遠い目をしてるけど。

 

「そんなことないよね? あの異教徒の子がジルくんに俺のモノ発言されてた時、エレちゃん孤独な女やもめみたいな目になってたもん!」

 

「そ、そんなことないから! ジルベールくん、ノエラは思い込みが激しい上に人の話を聞かないんだ、信じないで!!」

 

「そう、私は思いやりが激しい上に友達思いなの。クロエがヘタレなのはどうしようもないけど、相棒のエレちゃんがずっと好きだったジルくん取られそうで可哀想だから、私は怒ってるんだよ!」

 

「ジルベールくん、今ので全部察して!」

 

 必死なエレーヌさんを前にして、俺はコクコクと頷いた。ノエラさんの気質が分かる一言であったから。

 

 けど、当のノエラさんは、それを自分の言葉に対しての頷きだと介したみたいで。

 

「ほら、ジルくんも怒るの仕方なしってウンウンしてる。だからね、クロエはそんなジルくんに応えて、アンアンする必要があるんだよ?」

 

「……そう、なんですの?」

 

「クローデットさんは今、逆さ吊りにされてて血の巡りがおかしくなってるんだ! 理性を保って、負けないで!!」

 

 仕舞いには、クローデットさんの様子も段々とおかしくなって来たていた。

 

 このままノエラさんワールドに屈してしまったら、俺たちは脳内メルヘンファンタジーの世界を生きていかなきゃいけないことになる。

 

 それは不味いと、必死に声援を送る。

 

 けど、その理性とファニーの争いの合間を縫うように、エレーヌさんが豚の簀巻きなクローデットさんに近づいて。

 

「……ノエラの言ってることは無茶苦茶で、すごく変だよね。けど、少しだけは当たってるよ」

 

 とてもフラットな表情で、クローデットさんにそんなことを告げた。

 

「クローデットさん、ジルベールくんの宣言を聞いた時、ちょっと傷付いてたよね」

 

「……え?」

 

 ただ、クローデットさんへと向けられたその言葉は、俺の方へも突き刺さった。

 

 クローデットさんを、傷つけてしまった?

 俺の言葉、なんかで?

 

「自分がジルベールくんの一番な筈なのに、そこに割って入られる気がしたんだよね?」

 

「…………ワタクシ、そんなに独占欲が強く見られていましたの?」

 

「違うよ、傍目から見てそれが事実だっただけ」

 

「そう、ですの……」

 

 さっきまで、熱烈に抗弁していたクローデットさんだったが、エレーヌさんが相手になった途端、トーンダウンしてしまっていた。

 

 自分こそが、相手の一番。

 エレーヌさんの言葉は、そのまま俺にも突き刺さる。

 

 だって……俺も、クローデットさんに対して、そう思っていたから。

 

 だから、状況を置換して考えてみた。

 より深く、彼女の気持ちをわかるために。

 

 俺がアマルさんを評価してみたいに、クローデットさんが誰か他の男の人を高く評価して、欲しいと言っている姿を。

 

 ……何か、嫌だ。

 

 多分、すごく癪に障る。

 この人の一番は、俺なのにって。

 

「──俺の一番は、いつだってクローデットさんです」

 

 だから、自然とそんな言葉が口にできた。

 人前とか恥ずかしいとか、そんなの関係なしに。

 

「じ、ジルベールさん?」

 

 急な言葉にクローデットさんは慌てながら、少し顔を赤らめた。

 

 けど、その赤いお顔も、豚の簀巻きにされてるせいで、微塵も格好がつかない。

 

 だから、俺は縛っているロープを解こうとした。

 けど、クッソ頑丈に結ばれてて、ロープは中々解けない。

 

 四苦八苦してた俺を、エレーヌさんが言葉もなく、そっと助けてくれた。

 

 ……とてもありがたいけど、更に格好がつかなくない。

 

 なんか間抜けで、困ってしまう。

 けど、今更引っ込められる言葉じゃないから。

 

「不安にさせてしまって、ごめんなさい」

 

 縄目がついてしまっている、クローデットさんの手を握って告げる。

 

 この人以外になら、こんな自意識過剰な言葉は向けられない。

 

 でも、目の前の彼女が相手だと、照れもなくそんなことが言えてしまう。

 

「クローデットさんの中でなら、俺が一番だって信じてます」

 

 ……だって、俺もそうだから。

 一息に言い切って、信じてとその瞳を見つめた。

 

 証の立て方なんて分からないから、そうすることしかできなくて。

 

 彼女のお顔は、焚き火に照らされて真っ赤に染まっていた。

 

「ワタクシ、は……」

 

「男の子にここまで言ってもらったなら、流石に応えないとね」

 

 何を言おうか、悩んでいる。

 そんなクローデットさんに、エレーヌさんが支えるみたいに言葉を掛けた。

 

「ですが、そんな、ジルベールさんに、ぶちゅちゅなんて……」

 

「それはノエラの妄言だよ、気にしないで」

 

「妄言じゃないよ!」

 

「ノエラは黙ってて! いま、大切な話してるから」

 

「ぶぅ」

 

 余計な合いの手を排除しながら、エレーヌさんはクローデットさんの背を軽く押して。

 

「自分達のペースで、良いんだと思う。ちょっとずつでも、前に進めるのなら」

 

 背を押されたクローデットさんは、俺のすぐ近くへと立つことになった。

 

「頑張って、昼間は悔しかったんでしょ?」

 

 その言葉で、クローデットさんの中から戸惑いが消えたみたいに見えた。

 

「そう……ですわね」

 

 代わりに、これでもかってくらい顔を真っ赤にしながら、エレーヌさんのエールに頷いていた。

 

「……ジルベールさん、お話がありますの!」

 

 そうして、真っ直ぐした瞳で、俺を見つめた。

 

 辺りから、ざわめきが消える。

 みんないるのに、今だけ目の前のクローデットさんのことしか見えなくなる。

 

「聞かせてください」

 

 クローデットさんは今、勇気を振り絞ってる。

 

 決意を込めた、瞳を浮かべていたから。

 俺は、自然と居住いを正した。

 

 どんなことだって、聞いちゃえる。

 この人の言葉なら、自然と受け入れられるって思って。

 

「あの日、一人で悩んで、決めなくてはならなかったワタクシに、あなたは手を差し伸べてくださいましたわ」

 

「最初に、クローデットさんが、俺を助けてくれたからです」

 

 全部懐かしい、俺達の始まりのこと。

 もうすぐ、あれから一年になる。

 

「最初に手を掴んでからここまで、あなたはワタクシと走り続けてくれましたわ」

 

「俺がコケた時、クローデットさんやみんなが、立ち上がらせてくれたからです」

 

 短いようで、濃すぎて長い日々だった。

 こんなに人生の濃度が濃かったことなんて、前世も含めて初めてだって思う。

 

「あなたのことを知るたびに、好意的になれましたわ。頑張っているあなたの日々を、必死にワタクシを助けてくれている姿を見つめて、沢山の感情移入をしてしまったからですわね」

 

「俺だって、みんなの為に頑張って、マリーナ騎士団の団長として振る舞うクローデットさんを、ずっと尊敬しています」

 

 濃い日々の中で、クローデットさんが一番色濃く鮮やかだった。

 

 世間知らずで苦労知らずだった俺がここまで来れたのも、この人がずっと支えてくれてたからだって理解している。

 

「そんなあなたを見て、日々思っておりましたわ。もっと親しくなれたのならば、と」

 

「それは……」

 

 どういう意味なのか?

 色々考え、言葉に惑う。

 

 けど、そんなことはお構いなしに、クローデットさんは真剣な瞳で、俺の両手を強く握って。

 

「ですから」

 

「はい」

 

 その言葉の続きが何であれ、俺はきっと頷く。

 だから、教えて欲しい、その言葉の続きを。

 

 心臓がバクつく中で、耳を傾けた俺に、クローデットさんは……。

 

 

「──ワタクシのことは、親しみを込めてクロエと呼んでくださいまし!」

 

 

 すごく凄く、可愛いお願いをしてくれたのだ。

 

 後ろで、みんながズッコケてた。

 "逃げたなー!"とか、"ヘタレー!"とか、令嬢方のヤジが飛んできている。

 

 流れ的に、告白されちゃうかもって、実はちょっとだけ期待してしまっていた。

 

 勘違いしちゃってたのが、俺だけじゃなかったって分かり、少し安心できた。

 

 けど、それ以上に……。

 

 

「──喜んで、クロエさん!」

 

 

 俺ともっと仲良くなりたい、親しくなりたいって思っててくれたことが、やっぱり嬉しい。

 

 ドキドキと跳ねていた心臓は、嬉しくて高鳴ってるんだって信じられたから。

 

「俺のことも、親しくジルと呼んでください。俺も、もっとクロエさんと仲良くなりたいんです!」

 

「っ、っ、わ、かりましたわ、じ、じ、ジルさん!!」

 

「はい!」

 

 その夜、俺とクローデットさん……クロエさんは、みんなに囃し立てられながら、クロエさん、ジルさんと呼び合い続けた。

 

 すごく、心がくすぐったい夜になった。

 

 パチパチと木が燃えている焚き火の音すら、良かったねと言ってくれてるように聞こえた夜だった。

 

 

 

 

 

 翌日は、風が荒ぶ不安定な日だった。

 

 集まった兵士達は、小声で何かを囁き合う。

 話されているのは、総じて皆の眼前で相対する二人のことだろう。

 

「クロエさん、お願いします」

 

「ジルさん、お任せあれですわ!」

 

 信頼と共に、俺はクロエさんを送り出した。

 名前を呼ぶだけで、エールになってるって分かっていたから。

 

 ……多くを語るには、人目が気になったって部分もあるけど。

 

「おや、あっちは昨日より親しくなってるね。アマル、今からでも唇を奪いに行ったらどうだい?」

 

「黙ってて戦え、ババア」

 

「チッ、素直じゃないね。それとも、反抗期なのかい?」

 

「しね! …………ウソ、生きる為に、死ぬ気で、戦え」

 

「やれやれ、本当に素直じゃない。けど、ちょっと素直になった孫に免じて、少しは真面目にやろうかね」

 

 クロエさんとファイカさん、両者が前へと歩み出た。

 互いに、じっくりと相手の姿を見つめる。

 

「天下の名将と手合わせできる幸運、誠にワタクシはついておりますわね」

 

「私は不運だよ。交渉を全部おじゃんにされた上、見せ物みたいに化け物みたいな輩と戦わされるんだからね」

 

「ワタクシは人間ですわ、斬られたら血も出ますの」

 

「わたしゃ、ババアだよ。人間様相手でも、必死こかなきゃ死ぬ定めのね」

 

「でしたら、精一杯足掻いてくださいまし」

 

「やれやれ、これだから最近の若いやつは……」

 

 クロエさんは怜悧な、ファイカさんは苦虫を噛んだみたいな表情で、互いに相対して。

 

「では──」

 

「始める──前に、少し良いかい?」

 

 闘気を漲らせて、これから戦いが始まろうとする前に、ファイカさんは柄から手を離した。

 

「むぅ、構いませんが……」

 

「むくれなくても、すぐ終わるよ」

 

 出鼻を挫かれたクロエさんは不満気だが、不承不承に頷いて。

 

 許可を得たファイカさんは、クロエさんの後方へと足を進めて。

 

「──あんた、ジルベールって名前らしいね。アマルから聞いたよ」

 

 そうして、何故だか、よりにもよって俺の前で足を止めたのだ。

 

「そ、うです、けど?」

 

 何事かと思いながら頷くと、ファイカさんは楽しげな口調で話を始めた。

 

「なら、覚えておきな。必要な場所に、必要な要素を持って現れた奴には、何かしら役割が与えられるもんさ」

 

 ファイカさんは天を仰いで、空を覆う雲を見上げた。

 

「何の因果か分からないがね──ジルベール、それはクルアン教の開祖ムスタファを助けた天使の名だよ」

 

「……え?」

 

 そうして、思ってもみなかったことを告げられる。

 絶句する俺に、ファイカさんはしてやったりと笑みを浮かべた。

 

「散々、無茶苦茶やってくれた仕返しだよ。ババアを壇上に引き摺り出した挙げ句、一人だけしたり顔で劇の観衆に紛れるなんて暴挙、許せないしねぇ。──アマルのためにも、上手くやりな」

 

 "アマルのためにも、上手くやりな"

 

 その部分だけ小声で告げて、ファイカさんはクロエさんの元へと戻っていった。

 

 一瞬の意識の空白の後、俺はその意味を考え始めた。

 まるで、先生から宿題を与えられた学生みたいに。

 

「待たせたね」

 

「……ジルさんに、何をお話になられたので?」

 

「アマルを嫁に貰っておくれってことさね」

 

「な!?」

 

 問い掛けに軽口で応酬されて、クロエさんは口をパクパクとさせて絶句させられてしまう。

 

 それで、気勢を削いだと判断したのか、ファイカさんは呵呵と愉快そうに笑いながら剣を手に取った。

 

「──それじゃ、始めようじゃないか」

 

 決闘の合図をするみたいに、空からポツリ、ポツリと、雫が落ちてくる。

 

 涙みたいな空模様だった。

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