貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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エピローグと題していますが、イスペリア戦役編のエピローグであり、まだ小説自体は完結しておりません。


エピローグ 大団円?

 

 クルアン教がイスペリアに侵入して以来、10年にも渡って繰り広げられてきた戦争。

 遂に、その戦いに終止符が打たれた。

 

 イスペリア方面クルアン教総司令官、ファイカ・ビント・ハミダの死をもって、クルアン教軍の全面降伏という形で。

 

 多分、奇跡が起きていた。

 

 薄明光線、厚い雲間から光が差す自然現象。

 天使の梯子と呼ばれる、神秘的な光景。

 

 それが、ファイカさんの死と共に発生した。

 俺も、それを見た時、神様の存在を感じなかったかと言えば嘘になる。

 

 神様がファイカさんを迎えに来たんだって、馬鹿正直に信じたくなってしまった。

 

 ……だから、そういうことにしてしまえと、そう思ったのだ。

 

 ファイカさんから託された宿題が遺言のようになって、俺を走らせた。

 

 詭弁を振るって、偶然を必然の如く皆に騙りかけた。

 

 それをみんなが信じてくれたのは、多分ファイカさんの偉大な影のお陰だ。

 俺の言葉なんて、戯言に過ぎないのだから。

 

 神様の光を前に、皆が平伏した。

 明確な神の意志を目撃して、皆が戦いを続ける気になれなくなった。

 

 これこそ正に、天の差配と言わざるを得ない奇跡だったと言えるだろう。

 久しぶりに見た空色が、余計にそう感じさせた。

 

 

 

 降伏したクルアン教徒達について、具体的な話し合いは決まっていなかった。

 

 が、これについてはメンドース将軍が、恙無く処理を行なった。

 

 処理といっても、無論鏖殺したわけではない。

 クルアン教より接収した船団を持って、南方大陸に帰したのだ。

 

 これについては、メンドース将軍とファイカさんとの話し合いによって、事前にかなり内容を詰めることが出来ていたのが大きい。

 

 結局のところ、将軍は事前に行なっていた交渉に沿った行動を取っていたのだ。

 

 両軍共に、粛々とその命に従った。

 世の摂理であり、理であると言わんばかりに。

 

 揉め事など、殆ど起こらなかった。

 

 イスペリア兵は勝ったと傲慢にならず、クルアン教軍は負けたと不満を募らせず。

 

 運び屋と荷物の関係の如く、事務的に対応することが出来ていた。

 

 奇跡の降臨を共に見た者同士として、敵愾心はあっても神の仲裁を受けたのだから、無体なことはできないと思っていたのだろう。

 

 時間が経てば効果は切れるだろうが、今は両軍の鎮静剤のような効果を、あの光は齎していた。

 

 ただ、ファイカさんの古参は、事前の約定通りに帰順することになっていた、のだが……。

 

「……我々は、クローデット・ジラールの下に、帰順、する」

 

 兵2000、その家族や技術者を含む4000の、計6000名がマリーナ騎士団に降ると宣言したのだ。

 

 そして、それを伝えられたメンドース将軍も、にっこりと胡乱な笑顔を浮かべて。

 

「承知いたしました。では、そのように。ですが、イスペリアの復興のため、技術者の派遣を要請します」

 

「委細、承知」

 

 あっさり、それを認めてしまっていた。

 面倒なことを全部マリーナ騎士団に押し付けて、美味しいところだけ啜る気が満載だった。

 

 

「……人数が多すぎるんですけど」

 

 それを伝えられた時、流石に顔が引き攣った。

 確かにアマルさんは欲しいと思っていたけど、付属する人数は思っていたよりも膨大だったから。

 

 単純にマリーナ騎士団のキャパシティでは養えないし、そもそもガリティア人が圧倒的に少数派になってしまう。

 

 なので、元はアマルさんだけ引き抜いて、後はイスペリアにクルアン教の人たちの面倒を見てもらう気でいてた。

 

 それがひっくり返りそうだったので、頭を抱えざるを得なかった。

 

 だって、この人達は容易に追放とかしたら、イスペリアでは生きていけない異教徒の人たちだから。

 

 一度拾ったら、二度と捨てられない。

 すると、少数のガリティア人が、多数のクルアン教徒達を支配する図が誕生してしまう。

 

 あまりに危険である。

 

 だからこそ、現在マリーナ騎士団内で人数が多いイスペリア人(ベルタさんとか)も、お勤め3年したら出所(出て行ってねの意)ですと伝えている。

 

 それが出来ないクルアン教の人たちは、抱えるべきでないのだ。

 

 しかし、そのことを事細かにクロエさんに伝えたら、この人はたいそう困った顔をしつつも、首を横に振って。

 

「仰ることはご尤もですが……。ジルさん、あなたがそれを言っては、あの方々が報われないのですわ」

 

 そうして、かつてない程に、ジトーっとした目を向けられてしまったのだ。

 

「え?」

 

「え? ではないですの。今の貴方は天使様、少なくとも彼女たちにとっては、間違いなくそうなのですわ」

 

「でも、それは……」

 

 それは方便だし、虚言であった。

 俺は神通力なんて使えないし、超常的な力なんて持ち合わせていないのだから。

 

 俺は偶然に便乗しただけの、卑怯な詐欺師でしかない。

 

 なのに、そういう風に言われると……胸がバクバク波打って、背中がゾワゾワする。

 罪悪感が、心の底から湧き出てくる。

 

「ジルさんの真実と、あの方達の真実は違いますわ」

 

「……嘘で塗り固めた、策略の結果であっても?」

 

 このままだと、一生嘘を続けなくてはならなくなる。

 そうしたら、俺の浅い嘘なんか、いつかバレてしまうだろう。

 

 マリーナ騎士団の今後と自己保身の両方の観点から、必死な懇願みたいな問い掛けを行ってしまう。

 

 そんな情けない俺に、クロエさんは小さくため息を吐いて。

 

「吐いて良い嘘は、意味を持たない嘘ですの。吐いてダメな嘘は、意味が生じてしまう嘘ですわ。お勉強になりましたわね?」

 

 もう手遅れだから諦めなさい、と見捨てます宣告をされてしまったのだ。

 

「第一、天使のジルさんがそんなこと言ったところで、あの方々は天使に見捨てられた、と悲観するだけですわ。異郷に取り残された彼女たちから、寄る辺すら取り上げてしまうおつもりですの?」

 

 しかも、手痛い追撃までされてしまう。

 ぐうの音すら出ない正論だった。

 

 根本的なところで、俺は宗教を舐めていたのかもしれない。その報いを、思わぬ形で受けることになってしまったみたいだ。

 

 生兵法は怪我のもと、けだし名言である。

 

「──受け入れますわ、クルアン教徒達の皆様方を。道義上の責任として」

 

「はい……」

 

 クロエさんの言葉に、粛々と頷かざるを得なかった。

 自業自得、自分で掘った墓穴であった。

 

 嘆息して、天を仰いだ。

 神様、助けてくださいと、騙った相手に恥を知らずに縋りたくなる。

 

「ジルさんなら、きっと大丈夫ですわ」

 

 けど、神様の代わりに、クロエさんがそっと言葉を添えてくれた。

 

「元より天使みたいな方ですもの、何ら問題ありませんわ」

 

 にっこりと、それこそ天使みたいな笑顔で、そんなことを言ってくれたのだった。

 

 自信、ないなぁ……。

 

 

 

「ジルベール、今後とも、よろしく……」

 

 けれど、無垢に頭を下げるアマルさんを前にすると、色々と俺の個人的保身は引っ込めざるを得なかった。

 

 一生懸命な人を前にすると、ウダウダ言っている自分が情けなくて仕方なく感じたから。

 

「……はい、こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 

 天使じゃなくても、敬してくれる人の期待には応えたくなる。

 

 だから、自分ができる範囲で頑張ろう。

 少なくとも、悪ふざけをしていると思われないくらいには。

 

 

 

 

 

 凱旋したバローラには既に戦勝が伝わっており、喜色一面に染まっていた。

 

「軍が凱旋したわ!」

 

「イスペリア万歳、勝利万歳!」

 

「勝った、勝ったのね!」

 

 民衆の熱狂ぶりは、単なる戦勝によるものではない。

 

 滅亡の危機に瀕していた祖国が、遂にその危機を脱した。

 

 その安堵は、他の何にも変えられない。

 

 生存を勝ち取り、保証されたことに対する大いなる喜びが、バローラ中に満ち満ちていたのだ。

 

「メンドース将軍は、古今無双の名将だ!」

 

「マリーナ騎士団は、永遠の友邦だ!」

 

 万雷の喝采の下に、皆が誇らしげに手を振って往路を歩く。

 

 兵士の一人一人が英雄であり、讃えられるだけの故がある。

 

 中には気恥ずかしそうにしている人もいるが、堂々と胸を張って歩けば良いと思う。

 

 ただ、その歓喜の声の中に……。

 

「お、お兄さんも、おめでとうございます!」

 

 この前に凱旋した時、マリーナ騎士団に入れてくれと直訴してきた女の子。

 

 その子が、俺に向かって必死に呼びかけてくれているのを見つけてしまった。

 

 折角なので、軽くフードを巡って手を振ると、その子は目をキラキラさせて。

 

「ね、お兄さんの予言は本当だったでしょ! イスペリアは解放されたよ!!」

 

 側に居た友達に、熱心何かを語りかけていた。

 話を聞いた子も俺の方を向いて、一緒に目をキラキラさせながら手をブンブンとしてくれた。

 

 熱心でいてくれて、少し気恥ずかしい。

 

 もしかすると、ゲームの諸葛孔明みたいに、ビームとか出せると思っているのかもしれない。

 

 じゃなきゃ、大活躍した訳でもないのに、こんなに熱を持ってくれている意味とかなさそうだし。

 

「それでね、私はそんなのじゃないけど、お兄さんは線が細くて可愛い系の美少年なんだ!」

 

「そんなのじゃん」

 

「違うよ!」

 

 何であれ、友達と仲良さそうで一安心。

 あの子も、その友達も、これからスクスク伸びやかに成長していって欲しいものだ。

 

「……むぅ、ジルさんが年下を拐かしいている気配がしますわ」

 

「気のせいです!」

 

 そんな俺の親心みたいな歳下への気持ちを、クロエさんは何故だか下心と勘違いしてしまう。

 

 全然違うし、俺は前世で一人っ子だったから、妹や弟という存在に憧れていただけの一般人で、ロリコンでないことだけはしっかり理解して欲しい限りだった。

 

 

 

 

 

 バローラの行政府、ここ10年はイスペリアの中心部。

 消えそうだった国の灯火を、必死で護り続けた場所。

 

 そこで、宰相を連れ立ったベラが、俺達を待ってくれていた。

 

 宰相は何処か潤んだ目をしていて、ベラは今にも走り出したいのを我慢するように、ソワソワとしながら。

 

 主だったメンツが居並んだところで、二人は駆け足にならないよう自制しながら、こちらへと歩み寄ってきた。

 

「……よくぞ、よくぞ成し遂げてくれた、メンドース将軍」

 

「オクタヴィア殿……遂に陛下より更迭を言い渡されて、悲しさのあまり涙しているのですか?」

 

「貴様は私を何だと思っているのだ!?」

 

 珍しく素直を感服を示したのに、宰相はチクチクと将軍から先制攻撃を受けてしまっていた。

 

 無論、これは悪質ジョークである。

 

 多分、将軍の中では、イスペリアを解放した感慨とかは、ファイカさんが亡くなった前後に感じていたものなのだろう。

 

 既に消化してしまったものであるから、一人で泣いているのは滑稽だぞという助言でもあったのか。

 

 これからは自分が国の舵を取ると、そういう決意も込めての言葉だったのかもしれなかった。

 

 

「……皆の者、よくぞ戻ったの」

 

 

 ただ、宰相がそんなだからか。

 ベラの発言は、威厳が宿っているように感じた。

 

「陛下?」

 

「諸々の事柄より先に、皆に述べたい事がある。良いの?」

 

「……御心のままに」

 

 ベラが前に出て、宰相が後ろへと下がった。

 自然と、ベラへと視線が集まる。

 

「余が生まれてからこれまで、イスペリアという国は、常に苦難の中にあった」

 

 そうして、皆の視線を集めた中で、ベラは話を始めた。想いを載せた、昔を懐かしむような気配を纏って。

 

 その声は、何処か万感の思いがこもっていて。

 聞いた者は、自然と背筋を伸ばした。

 

 声だけで、この子がこの国の女王であると、概念ではなく実感として認識できたから。

 

「女王は国なのじゃ。逆に言えば、国は女王とも言える。余の身体(国)は常に病を患っていた。いつぞ死ぬのではないかと、怯えてすらいたのじゃ」

 

 貴族から兵卒に至るまで、小さな声すら発しない。

 女王の言葉を、聞き逃さんと耳を傾け、固唾を飲んでいる。

 

 弱音そのものな言葉にも、一つの疑義も挟まない。

 そういうものだと、全員が理解している。

 

「日が昇り、沈んで、明日が来るのを厭うこともあった。日々、衰弱していく国のことを想うと、余(国)はいつ滅びるのかと不安で仕方なくなる時もあったのじゃ」

 

 幾人かの貴族と、あと宰相が俯いた。

 自分達の不甲斐なさを、恥じ入るみたいに。

 

「じゃがな、我慢を重ね、ひたすらに耐え難きを耐え続けた結果──転機は訪れた」

 

 ベラは、マリーナ騎士団の方を見遣って微笑む。

 

 クロエさんは、胸に手を当て、優美な騎士の礼を取って応えた。

 

「絶望の淵にあっても、お主らは諦めることを知らなんだ。日々出来ること成し、足掻き続けておった」

 

 精一杯小さな背を伸ばして、集まっている皆へと目を配った。

 そうして、泣き笑いを浮かべて。

 

 

「故にこそ、今がある。今日という日を、迎える事ができた。──忠勇、大義であったの」

 

 

 震える声で、皆に万感の想いで感謝の意を表明したのだ。

 その姿を見て、思わず胸が詰まった。

 

 俺以外にも、小さな君主の健気な言葉を前にして、幾人もの人物が涙を浮かべた。

 

 ビックリしたことに、先ほど泣くなと宰相を死ぬ程コケにしていたメンドース将軍すら、僅かにだが目を潤ませて。

 

「……勿体無いお言葉でございます」

 

 深々と頭を下げ、胸が動かされたという事実を隠したのだった。

 

 何処からか、涙声で叫ぶ人物がいた。

 

「──女王陛下、万歳!」

 

 多分、貴族の誰かである。

 胸に宿った気持ちを、伝えずにはいられなかったのだろう。

 

『女王陛下、万歳!!』

 

 次第に、その喝采は周囲へと伝播していく。

 心からの言葉が、皆の心を纏めて、染め上げていった。

 

『イザベラ女王陛下、ばんざーい!!!』

 

 その喝采は、行政は周辺だけでなく、民衆をも巻き込んでいく。

 

 万歳と叫んでいる人物の殆どは、ベラの言葉なんて聞こえてなかった。

 

 めでたいからという理由だけで、叫んでいる人間が殆どだろう。

 

 でも、それで良いのだとベラは笑った。

 何せ、ベラだってめでたいと思ってあるのだから。

 

「イスペリア王国、万歳なのじゃ!!」

 

 思いっきり叫んだベラに、幾重にも重なった木霊みたいな声が続く。

 

 めでたしめでたしと、物語にピリオドを打つみたいに。

 大団円で、バローラが染まった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 あれから数十分、バローラ市は万歳三唱に包まれていた。

 

 皆の喉が枯れて、それがやや収まってから、ベラはちょっと照れくさそうにモジモジとして。

 

「こほん、済まぬな。居てもたってもいられず、少しはしゃいでしもうた」

 

 言うほど、少しだっただろうか?

 

 そう思ったが、ベラはケロッとしている。

 誰も、突っ込もうとしない。

 

 多分、叫びすぎてみんな疲れていた。

 万歳、万歳という叫びが、未だに耳に残っている。

 

「これで話は終わり、と言いたいところなんじゃがな……。重要なことを3つほど、伝えさせて欲しいのじゃ」

 

 その万歳を押し退けながら、ベラは話を始めた。

 みんなお祭り気分になってるのに、水を差していると気まずそうにしながら。

 

 けど、周りの貴族から平民に至るまで、そんな微笑ましい女王を暖かな目で見守っている。

 

 黙って聞くよと言わんばかりに、行政府の周りだけ静かになった。

 

「うむ、では一つ目なのじゃが……余の戴冠式をの、行おうと思うのじゃ」

 

 そうして、ベラが語り始めたのは、前に聞かせてくれた一つの夢でかった。

 

「イスペリア王国では伝統的に、王都であるマルドルの大聖堂で戴冠式を行なっておった。正式な王権の保持者は我であると、主にお伝えするためじゃ」

 

 平民にも分かりやすく、平易な言葉を選んでいた。

 なるほどと、平民達が小声で囁き合っている。

 

「しかし、ここで言う大切な事とは、余の戴冠式をの指してのものではない。戴冠式と同時に、マルドルへと遷都を行う。……今まで世話になったバローラを、出立することになるのじゃ」

 

 ただ、その言葉を聞いて、囁き声はピタリと鳴り止んだ。

 

 ここにいる兵士達の多くは、イスペリア北部で徴兵された兵士たちである。

 

 ベラが中央に帰ると聞いて、寂しさを覚えてしまうのだ。

 

「今まで世話になったの。この恩は終生忘れぬ……余にとって、バローラこそが故郷であった」

 

 それを聞いた兵士達は、また涙した。

 

 泣いて、叫んで、笑って、また涙して。

 多くのイスペリア人にとって、今日は忘れられない日になっただろう。

 

 人の心だけでなく、歴史に刻まれ、イスペリア人の中で永遠になった日でもある。

 

「それから、二つ目じゃ。戴冠式を挙行した後、メンドースを宰相として登用する。これまでの功績に報いてのことじゃ、嫌とは言うまいな?」

 

「──謹んで、お受け致します」

 

 ベラとメンドース将軍は、二人揃って笑みを浮かべる。

 

 ……ベラのにぃや的には、将来が心配になる笑みであった。

 

 しかし、周りは俺の事情など知るかと言わんばかりに(事実、斟酌される方が困るのだが)、その人事を讃えていた。

 

 若干、メンドース将軍の昇進よりも、宰相がクビになることに喜びを感じている声もあった気がするが、多分気のせいである。

 

 宰相は、ふんと鼻を鳴らしながら、その光景を受け止めていた。

 

「メンドースは人気者じゃのぅ」

 

「御心に添えるよう、邁進致します」

 

「うむ、期待しておるぞ。で、三つ目、なのじゃが……」

 

 ここまで澱みなく話していたベラが、溜めを作るように言葉を留めた。

 

 そして、ゆっくりとこちら側、マリーナ騎士団へと視線を寄越したのだ。

 

「先程、昂って演説をぶった時、軽く触れるだけで流してしまった事柄があったの。オクタヴィアや、何であったか覚えておるかぇ?」

 

「はい、耐え忍んでいた我らが、掴んだきっかけについてです」

 

「うむ、その通りじゃ。汝らは、そのキッカケが何であるのか……理解しておるか?」

 

 周囲の人々は、その言葉の誘導に従って……自然と、マリーナ騎士団へと視線を向けた。

 

 突如として、多数の視線がこちらへと降り注ぎ、居心地が悪くて身じろぎしてしまう。

 

「そう、マリーナ騎士団の面々、ガリティアからの亡命者じゃ」

 

 しかし、そんなことは気にすることではないと言わんばかりに、ベラは朗々と話を続けた。

 

「彼女らは、イスペリアに吹いた清廉な風じゃった。舵取に困っていた余達を扶く、導きの風じゃ」

 

 大仰にマリーナ騎士団を讃えるベラは、とても良い笑顔を浮かべていた。

 

 周囲からの反発の声は、全く上がらない。

 少し前なら、確実に誰ぞが噛み付いていたはずなのに。

 

 イスペリア貴族達の方を見てみると、その通りと言わんばかりに深く頷いている。すっかり、クロエさんに骨抜きにされてしまった後であった。

 

「彼女らが全てを成した、という訳ではない。汝らイスペリア王国民の多くの努力を、余は無論認めておる」

 

 ベラの口調に、熱がこもり始めていた。

 聞く者をその気にさせる、そんな熱が。

 

「しかし、その功績が頭抜けているのは、汝ら兵士達が一番に知っておろう? 数多の会戦で勇戦し、誰よりも多く闘い、マルドルを解放し、怨敵の敵司令官まで討ち果たしたのじゃ」

 

 ベラに浮かされて、周囲からマリーナ騎士団を讃える声が上がり始める。令嬢達は、その言葉の数々に、嬉しげにダブルピースで応えていた。

 

 思わず苦笑しそうになるが、それよりも不気味さを感じずにはいられなかった。

 

 ……ベラが、明らかに何かを仕掛けてきていたから。

 

 多分、そう悪いことではない。

 けど、自分の言い分を通そうとしている意志は、明け透けて見えて。

 

 止めようにも止められない。

 公の場で、周囲を巻き込んでいるから。

 

 君主の言葉を遮るなど、そんな無礼は許されない。

 いつの間にか、聞くことしか許されない状況に置かれていた。

 

「故に、その功績に報いようと思う。報いねば、神は異教徒ではなく余に天罰を下すであろうからの」

 

 そうして、如何にもな厳かな口調で、ベラは押し付けるように告げたのだ。

 

「マリーナ騎士団団長、クローデット・ジラール。──汝にイスペリア貴族位であるリスボア伯爵位を与える」

 

「ですわ!?」

 

「また、それに伴い、湾岸都市リスボアを統治する義務を与えるものとする。つまりは、汝達マリーナ騎士団の領地じゃ」

 

 言い終えた瞬間、ベラは明確に俺の方を見た。

 イタズラっ子な、チェシャ猫みたいな笑みを浮かべていた。

 

「扶養すべき者が増えたらしいからの、これくらいは必要であろう?」

 

 ……きっと、クルアン教徒の人たちがマリーナ騎士団に降ったと聞いた時に、既にこれを考えていたのだろう。

 

 マリーナ騎士団をイスペリアに取り込む一手。

 拒否しようにも、受け取らねば新たに取り込んでしまったクルアン教徒達を養えない。

 

 文字通りにジョーカー、最も強力な札を切ってきたのだ。

 

「受け取ってもらえるかの、ジラール団長」

 

 汚れを知らないと言わんばかりの、そんな無垢な笑みでベラは恩を強要してきた。

 

 それに対して、クロエさんは少し思案してから。

 

「構いませんわね、ジルさん」

 

「……はい」

 

 ベラの言葉に頷いた、頷かされたのだ。

 

 周囲から、感嘆と祝福の言葉が聞こえてくる。

 前までなら、真っ先に反対した貴族達が、いの一番に快哉を叫んでいた。

 

 このタイミングなら、確実に押し通せる鬼手。

 マリーナ騎士団としては助かるが、俺個人としては何だか化かされた気分だ。

 

 ため息をひとつ吐いてから、顔を上げると──ひっそりと、ベラの後ろで宰相が含み笑いをしていた。

 

 ──成程、どうやら後ろに黒幕がいたらしい。

 

 何だか、ちょっと負けた気分だ。

 覚えていろよと宰相を睨み付けると、すごく愉快そうな高笑いが返ってきた。

 

 周囲から、オクタヴィア殿ご乱心の報が囁かれる。

 

 それは少しだけ、間違っている。

 もうすぐ元宰相となるこの女は、大体いつも乱心しているから。

 

 皆に噂されて、外を出歩けなくなれば良いのに。

 

「ジラール団長、いや、リスボア伯爵よ。余はガリティアの大公よりも、貴殿を取ったのじゃ。ガリティアを忘れろとは言わぬ。ただ、イスペリアを愛してくれれば、余は嬉しく思う」

 

 けど、カスの宰相と違って、ベラは計算はあれども、誠意もきちんと持ち合わせていた。

 

 ここに根を下ろして欲しい。

 イスペリアが、マリーナ騎士団の第二の故郷になれますように。

 

 そんな祈りと誠意が込められた幼き女王の言葉に、クロエさんは深く頭を下げて。

 

「勿体なきお言葉ですの。……確かに、拝命致しましたわ」

 

 感銘と共に、納得して爵位と領地を受け取ったのだ。

 

「うむ、与える側が言うのも何じゃが、感謝じゃ」

 

 ベラはそう言って、空を見上げた。

 白と青の継ぎ接ぎの空を見て、嬉しげに笑っていた。

 

 

 

 聖教暦722年8月の末。

 イスペリアに亡命し、およそ1年程経ったのこと。

 

 クロエさんはイスペリアで叙爵され、マリーナ騎士団が明確な根拠地を手に入れた。

 

 雲間の空から、青が見える。

 太陽の情熱を、思い出した時のこと。

 

 何だか青空が眩しくて、目を細めた日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い場所を、線の細い男が一人、蝋燭台を片手に歩いていた。

 

 ここはガリティア王宮、その地下牢。

 昨年の革命以来、数多の女王派を幽閉し、処刑するまでの仮宿として活用されていた場所。

 

 今は、ほんの限られた者だけが閉じ込められている……いや、封印されている場所、と言うのが正しいか。

 

 その牢の奥深くへ、コツコツと石畳を踏みしめながら男は歩いて。

 

 ピタリと、足音が止まる。

 地下牢の最深部、ある人物が幽閉されている場所で立ち止まった。

 

 王城最奥の地下牢、教会由来の術式により他のものと魔力交換を行わねば出獄叶わぬ牢獄──即ち、性交しなければでられない牢の前で。

 

 ほんのり薄暗い蝋燭の灯りだけを頼りに、男は牢の中を見遣った。

 中で、一人の薄汚れた少女が、虚ろな目をして座り込んでいた。

 

 その少女に対して、男は優しげに、ゆっくりと、温和な口調で語り掛けた。

 

「シャル、驚きに値する知らせがあるよ」

 

「…………おじ、うえ」

 

「そう、君の叔父上だ」

 

 その姿を見て、少女はぼんやりと呟く。

 感情を消費することすら、もう諦めてしまったように。

 

「最初の頃は、訪れる度に罵倒されたね。可愛い姪に毎日罵倒されて、僕もまあまあ傷ついていたよ。最近は、礼節を守って黙することを守っている。偉いものだよ」

 

 そんな黙り込む少女の姿を見て、男は優しげな笑みを浮かべた。

 

 まるで、赤ん坊の出来ることが増えた時みたいに、微笑ましげに。

 

「そんな偉い君に、聞いてもらいたい事柄があるんだ。シャル、君に取っては吉報かもしれないよ?」

 

 口調は優しげだが、男は聞かないという選択肢を少女に与えなかった。

 

「イスペリアに亡命した貴族子女達が、何と大活躍して領地を得たらしいんだ。立身出世だね、そこらに転がっている御伽噺みたいだ」

 

 耳は塞いでいない、ちゃんと聞こえているはずである。

 

 しかし、少女は無反応だった。

 その態度が、だから何なのだ、という主張と了解したのか。

 

 男は、一つの可能性を提示した。

 

「彼女らは女王派、妹の子分だったじゃないか。だからね、その子供である君を助けに来るんじゃないかって話さ」

 

 嬉しいかい? と問い掛けたが、少女は答えず。

 けれども、男は微塵も気にした風もない。

 

 むしろ、嬉々として自分の考えのみを述べ始めた。

 

「僕はね──とぉっても嬉しいよ! 世代を重ねても変わり映えなく、もう行き詰まっていると思っていたものが、環境を変えた途端に大活躍だもの。いやぁ、腐っていると思っていたけど、腐らせているのは飼い殺していたあの子(故ガリティア女王)だったって訳だね。報告受けた瞬間、ちょっと早まっちゃったなって後悔したくらいだよ」

 

 男は嬉しげに、楽しげに喋り続けるが、少女は全てを聞き流していた。

 

 理解しようとしても無駄だし、男の言葉を理解したいとも思わないから。

 男もまた、少女に返答を求めていなかった。

 

「ま、遅かれ早かれなのは、確かだし。伸びて100年、どうせガリティアの方向性が間違っていたのは証明されてたと思うからね。やっちゃったものは仕方なし、むしろ狭い可能性に囚われず、時計の針を100年早めたと褒められて然るべきなんじゃないかな?」

 

 少女は、うるさいとも黙れとも、もう口にしない。

 慣れたのだ、この叔父の長台詞にも。

 

 意味はないと、反応せず聞き流すことができるようになったくらいに。

 

「何にしろ、僕は楽しみだよ。ガリティアのことを忘れてイスペリアで宜しくするなら、どんな交わりを起こして新しい結果をもたらすのか興味深いし、ガリティアに戻ってくるつもりなら、彼女達がどうなったかを実地で測れるだろうしね」

 

 男の言葉に、少女は最後まで反応しなかった。

 一方の男は、言うだけ言ってスッキリしたのだろう。

 

 ウンウンと満足げに頷き、シャルの元気な姿を見れて良かった、と世迷言をほざいて、引き揚げようとした。

 

 ……が、何を考えたのか、はたと足を止めた。

 

「そういえば、さっきの一大事が舞い込んできて、すっかり伝え忘れていたんだけどさ」

 

 そして、何かを思い出したといった風情で、こんなことを口にしたのだ。

 

「シャル、君の幼馴染の……と言うほど、親しくなかったんだっけ? なら、君が一方的に片想いしてた相手、が正しいのかな。その男の子さ──生きて、イスペリアに亡命できたんだって。男であの雪山越えられるなんて、運が良いね?」

 

 あやかりたいなぁ、なんて口にしながら、男──大公はその場を去った。

 

 残された少女、大公を叔父と呼んだ彼女は、暗がりの牢の中でポツリと呟いた。

 

「ジル、ベール……」

 

 一年に及ぶ幽閉の結果、彼女の感受性は擦り切れていた。

 

 自身の呟きにどういう感慨があったのか、少女も分かっていない。

 

 ただ、少女の目は、薄らと宙を、否、自らの内側を見つめていた。

 今ではなく、かつての思い出を見つめる。

 

 思い出の中の彼は、お兄さん振りながら笑っている。

 

 静けさに包まれた地下牢には、ネズミのか細い鳴き声のみが響いていた。





イスペリア戦役編、完結です!

物語自体はまだ続きますが、皆様の応援があってここまで書き進められました。
誠に恐縮の至りです。

次回からは、暫く新領地の内政編になると思われます。
これからも、どうか宜しくお願いいたします!


それから、卑しい話なのですが……評価や感想などを頂けると、作者は大変やる気になれます。
なので、第一部完結記念として、それらのご慈悲を賜れますと誠に幸いにございます。
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