貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ですわお嬢様

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間話3 幼き女王の追憶

 

 イスペリア王国は、滅びつつある国じゃった。

 

 かつてはロマーナ帝国の属州であったが、聖教暦480年に西ロマーナ帝国崩壊の後、そのどさくさに紛れてイスペリア総督が建国した国。

 

 それがイスペリア王国じゃ。

 

 東ロマーナ帝国皇帝に多額の資金での政治工作を行い、正式にその立場が追認された後は、イスペリア総督の称号であったイスペリアーナ(イスペリアの支配する者の意)を家名として、長年に渡る統治を始めた。

 

 およそ現在、聖教暦700年代に至るまで、戦争らしい戦争をしない平和な国であったそうな。

 

 周囲が海、唯一他国へと続く陸地が山と、攻め難く守りやすい地形だったこともあったと思う。

 

 他国から攻められ難く、自国から打って出にくい国。

 地形条件から、引き篭もることを選択せざるえなかっただけな気もするが。

 

 イスペリアーナの家系が、代々剣を用いるよりも文を扱う方が、手に馴染んでいたというのも大きい筈じゃ。

 余の母上も、そんな気質であった。

 

 物は言いようではあるが、平和国家であったのじゃ。

 

 ……じゃが、それは内部の既得権益層のよく言えば成熟、悪く言えば腐敗を生んだらしい。

 

 イスペリア王国は政治的な通気性がない。

 外に対する興味を失ったがため、国内のパイ生地(利権)の取り合いに腐心したそうな。

 

 適度に統治されながら、徐々に内部が爛れていく200年を過ごしていたとも言える。

 

 そんな、微睡の中でのことじゃった。

 ──異教徒、クルアン教が襲来したのは。

 

 正しき教えを伝道するためにやって来た、などと嘯いてあったそうじゃが、ならば宣教師でも派遣すれば良い。

 正真正銘、紛れもない侵略者どもじゃ。

 

 余、イザベラ・イスペリアーナが物心ついたのも、丁度この時期じゃった。

 

 

 

 己の裡にある、最も古い記憶。

 それは母上に連れられ、マルドル大聖堂で祈りを捧げる風景。

 

 ふとした瞬間に、自我を認知出来た日。

 隣にいるのが母上で、そこが祈りの場所であると明確に自覚できた日ともいえようか。

 

 じゃから、マルドル大聖堂には思い入れがある。

 

 数少ない、余の王都での記憶。

 余が余になった、そんな場所として。

 

 幼き日にマルドルを追われてからも、時折思い出す。

 余の原風景として、無性に懐かしくなって。

 

 大聖堂のことを、隣に居た母上と父上のことを。

 記憶の中にだけに存在する、御伽噺の光景の様に。

 

 ……もう二度と、行くことのできぬ場所として。

 

 イスペリアは、侵入して来た異教徒どもに大敗した。

 多くの貴族(既得権益者)が討ち死に、余もまた王都マルドルを追われたのじゃ。

 

 幼すぎて細部まで覚えてはおらんが、慌しく馬車に詰められて尻が難儀しておったことは記憶しておる。

 

 

 マルドルを追われた余は、イスペリア北部のバローラへと身を寄せる事となった。

 

 今となっては記憶がぼんやりとしておるが、落ち延びた者ども全員が憔悴しておった覚えがある。

 

 逃走中の傷が原因で父上が亡くなったのも、この時じゃった。

 

 遺体は綺麗で、何故死んでいるのか理解が出来ない。

 でも、握った手が硬く、冷たい事だけは伝わって。

 

 ゾッとして、父上が父上でなくなった気がして、それが悲しくて泣いた。

 

 幼心に、良くないことが起こっておると理解できた。これから先、どうなるのかという不安を抱いた瞬間でもある。

 

 

 

 じゃが、悪いことばかりではなかった。

 余は、バローラで恩師を得たのじゃ。

 

「私はオクタヴィア・カルロスと申します。イスペリアの新たな宰相にして、将来は御身の杖となるべき者です」

 

 そう、オクタヴィアじゃ。

 まだ年若い、20歳で野心に溢れている頃の。

 

 あの頃の奴は過度な装飾をすることなく、童顔で態度だけが突出して偉そうに見えた。

 

 今にして思えば、その頃から反感を買いやすい性質をしておったのじゃろう。

 

 じゃが、余としては、一目見たところでは学生と大差なく、比較的に歳が近いあやつは、周囲に侍る年寄りどもよりは親しみやすさがあった。

 

「よろしくの、おくたゔぃあ」

 

 舌っ足らずの呼び掛けに、奴は僅かに頬を緩ませた。

 何となくであるが、喜んでくれた様に感じたのじゃ。

 

 それが嬉しくて、余にとって奴は姉代わりみたいな存在となったのじゃった。

 

 

 

 月日は流れ、日々は過ぎ去っていく。

 

 余が学ぶ裏側で、母上やオクタヴィアは日毎に草臥れていった。

 

 そして余も、世のことを学べば学ぶ程、余を取り巻く世界は逼塞していると、次第に理解を深めて行くことになる。

 

 余や、余を取り巻く人々が、いつあの日の父上と同じになるともしれない。

 

 今のイスペリアがそんな状況であると理解し、怖くて震える日もあった。

 

 父上の骸は冷たく、残酷さを感じた。

 余の手も冷たくなるのかと考えると、それだけで手が冷たく感じ、擦らずには居られなかった。

 

「オクタヴィアよ……イスペリアは、もうダメなのかぇ?」

 

 ある日、不安が抑えきれずに、オクタヴィアの下を訪れて、そんなことを尋ねてしまったことがある。

 

 母上に尋ねなかったのは、イスペリアの死は即ち母上と余の死でもあったがためだ。

 

 当事者に、その様なことは聞けない。

 その点、オクタヴィアは国と一体ではなかった。

 

 最悪、イスペリアから逃れれば良い立場。

 だから、気軽に尋ねられた。

 

 質問された彼奴は目を瞬かせて、殿下、とひどく真面目な声で問いかけてきおった。

 

「その様に嘯く者が、側に侍っておいででしたか?」

 

「違う。こんなもの、状況を知れば簡単に分かることじゃ」

 

 ここ最近、学ぶということが億劫であった。

 

 学んだとて、如何に現状が詰んでいるのかを認識させられるのみ。余は、自分がいつ死ぬのかを予測するために、学ばされている気すらしていた。

 

 こんなことに意味はあるのかと、何度も思っていたのじゃ。

 

「……殿下、イスペリアは滅びません。私が滅ぼさせません」

 

 じゃから、オクタヴィアのその言葉も、強がりにすぎぬと思った。

 

 オクタヴィアと母上が如何に苦心を重ねているかは知っておるが、だからといってもどうにもならないという気持ちも先立って。

 

「何を根拠に、その様なことを……」

 

 人間不信の大人みたいな口を利く余に、オクタヴィアはふむ、と少し考えてから。

 

「少々お待ちください、殿下」

 

 そう言い、離席した。

 戻って来たのは、5分も経たぬうちのことであった。

 

「こちらを、陛下」

 

 そうして奴は、両手に抱えた数冊の本を手渡して来た。

 

 本の内訳は、全部が伝説や英雄譚の類。

 余が手に取る暇もなかった、娯楽の数々。

 

「……何のつもりじゃ、オクタヴィア」

 

 よもや、邪魔だから遊んでいろということか?

 

 一瞬、険が宿りそうになった。

 答えられないから、まやかされるのだとすら思った。

 

 じゃが、オクタヴィアは宰相としてではなく、姉の如く親しく微笑んで。

 

「学びですよ、殿下」

 

 大切なことが様々詰まっていますと、それらの書籍を手渡して来た。

 

 学びと言われれば、余も閉口せざるを得ない。

 これが余に必要じゃと信じたから、オクタヴィアは手渡して来たのだと理解できたがために。

 

「……異教徒を打ち払う術でも、載っておるかの?」

 

「それを見つけることが、私からの出題です」

 

 結果、余は一度引き下がった。

 オクタヴィアは、余や母上だけには嘘を吐かなんだから。

 

 相応の意味があると、そう信じてみることにしたのじゃ。

 

 

 それから、余は手渡された書籍を読み耽った。

 

 最初は斜に構えて目を通したが、次第に思考が本の世界に溶けて、物語を追って行くことに集中しておった。

 

 ドラゴン退治の英雄譚、ロマーナ帝国の建国記、ギリシアポリス郡の奮闘記。

 

 様々趣向を変えての物語に、余は胸を躍らせた。

 

 危機的状況でも、秘技やとっておきの作戦で抵抗する英雄達の奮戦に、胸を熱くした。

 

 その日の夜、余は延々と英雄たちの軌跡を反芻しておった。

 

 

 翌日、即刻オクタヴィアの下を訪れた余は、夜を徹して考えたことを述べたてたのじゃ。

 

 

「オクタヴィアよ、異教徒どもを竜が住まう淵の谷へと誘い出し、両敵を相打たせるのじゃ! これで邪悪な竜も異教徒も、一網打尽間違いなしじゃ!」

 

「殿下、淵の谷は存在しません」

 

「ぬ、これは創作じゃったか。なれば、余はロマーナへと旅に出る。彼の地に眠る伝説の世界を統べる義務が生じる聖剣を手にし、異教徒共を打ち払おうと思う。それまで留守を任せられるかの?」

 

「殿下、その聖剣は現在、東ロマーナの皇帝が有しております。貸出不可で、持ち出せません」

 

「うぬぬ、なればロマーナの皇帝陛下をイスペリアに招致出来ぬのか?」

 

「出来ません」

 

「どケチじゃ!」

 

「殿下、思っても言ってはならぬことが、世にはあるのです」

 

「なれば海軍に命じ、ギリシア湾に沈んだとされる、災厄を知り退ける盾を探索させるのじゃ!」

 

「誠に遺憾ながら、イスペリアは異教徒に海上封鎖を受けております。艦隊も壊滅しており、大規模な捜索隊は送れません」

 

「むぅ、むぅ〜〜っ!!」

 

 ただ、提案した事柄の悉くは、オクタヴィアに却下されてしもうた。

 

 思わず地団駄を踏み倒しながら、何でじゃ! と食い下がる。

 

「何でやる前から諦めるのじゃ、イスペリアが助かるかも知れぬのじゃぞ!」

 

 とかく、理不尽じゃと感じた。

 オクタヴィアが、この本の中に異教徒を打ち払う術が載っておると、そう申したじゃろうに、と。

 

「何とかなるのならば、余は諦めたくなぞない! 頑張りたいのじゃ、頑張らせてくりゃれ!!」

 

 昂る気持ちのままに、オクタヴィアへと余の熱を吐き出した。

 

 それに対して、彼奴はとても嬉しそうに微笑んで。

 

「陛下は今、私の出題に対して正解を提示されました」

 

「……ほえ?」

 

 何やら、妙なことを口走りおった。

 余は、喚いておっただけであったのに。

 

「諦めないこと、希望を見つけて持ち続けること。それこそが、異教徒に打ち勝つための、肝心肝要な理論なのです」

 

 ただ、その喚いていた部分こそが正解なのじゃと、オクタヴィアは臆面もなく言いおった。

 

「……気持ちだけで、勝てるものかぇ?」

 

「殿下、気持ちだけではございませぬ。希望を持つということは、伝説の聖剣や盾を見つけることに比するものを見つけた、ということなのです」

 

 ただ、疑問はすぐに吹き飛んだ。

 

 今、オクタヴィアは伝説の剣や盾に匹敵するものを見つけたと、そう言ったのじゃから。

 

「イスペリアに、なんぞ凄いものが眠っておったのか!?」

 

 血潮が熱くなるのを自覚した。

 それがあれば、イスペリアは解放されると思って。

 

 オクタヴィアは、一つ頷いた。

 頷いてから、言い放った。

 

「私と陛下が見つけた希望は──殿下、あなたです」

 

「……ぬ?」

 

 ただ、思っていたものとはだいぶん違う解答をされ、肩透かしを喰らう前に混乱してしまった。

 

「余……?」

 

「はい、殿下。貴方こそが、イスペリアを救う英雄になる。その資質を持っているのだと、私は考えております」

 

 余、余だと言った、このモノクルの姉貴分は。

 何を考えているのか分からぬが、優しく微笑んでいるから怒るかにもなれぬ。

 

 ただ、明らかに見込み違いではないかと思うた。

 余は特別な力なぞ、なんら持ち合わせておらぬのだから。

 

「分からぬぞ、オクタヴィア。余のどこを見て、その様なことを申せるのだ」

 

 問い掛けに対し、目が曇ってそうな姉は臆面もなく答えた。

 

「殿下は聡明であらせられます。優秀な貴族の子供が世界を認知する速度よりも、遥かに速い。既に多くの事柄を、大人同様に理解されている」

 

 賢しい子供だと、余のことを評した。

 子供でこれならば、大人になった時は、もっと成長しているはず、と。

 

 要するに、将来性を評価しての言葉。

 こうなるかも、という可能性だけを評してのことじゃった。

 

 余の口からため息が漏れたのは、期待がそれなりにあったからじゃった。

 

「……余に世界を変える力なぞ、備わってはおらぬぞ」

 

「分かっております、殿下」

 

「分かっているのなら、なぜその様なことを言う。追従の類か?」

 

 結局、余は余でしかない。

 英雄譚の様に、勇気で全てを乗り越えられる器ではないと、自覚もしている。

 

 なので、つまらぬことを言うなと拗ねた。

 やっぱり、子供をあやしているだけではないかと。

 

 オクタヴィアは、そうではありませんと首を振った。

 

「殿下、希望とは楽しみのことなのです。こうなれば良い、なって欲しいという願望。私は、殿下が一角の人物になると、そんな楽しみを胸に今日も忍従しているのです。希望があれば、辛くても頑張れるものですから」

 

 希望、それは今日を頑張るための指針だと、オクタヴィアは口にしおった。

 

「例えばですが、英雄譚で王子を助ければ婿に出来るという布告に、奮戦した勇者もいたでしょう?」

 

 頷く、余も英雄が王子を娶るのを期待しながら、物語を読み進めておった。

 

 そして、物語の最後には、勇者が王子を婿として迎え入れるという褒美が与えられる。

 期待に応えられ、心が満足感を覚えた。

 

「勇者は、頑張れば王子を婿に迎え入れられるという希望の下、必死に努力を重ねられたのです。それが、希望という力。希望があるから、私たちは諦めないのです」

 

 ただ、オクタヴィアの語る英雄譚のそれは、全部物語だから上手くいっただけのもの。

 

 現実で希望が叶えられるのかは、また別の話。

 その希望を背負うのが余であるというのならば、ナンセンスとさえ思える。

 

「……悪いが、汝の希望に叶うだけの器だとは、思えぬ」

 

 期待した結果に意に沿わなければ、人は裏切られたと感じるであろう。希望に応えられなかった時、希望は失望へと変わる。

 

 多くの失望が、余に集中して集まる。

 想像して、ゾッとした。

 

 皆から蔑んだ目で見られるなぞ、到底耐えられるものではなかったが故に。

 

「余は、皆を裏切りとうなぞない。出来ないことに、出来ると詐称する性根も持ち合わせておらぬ」

 

 だから、嫌だと伝えた。

 希望など、見出されたくないと。

 

 じゃが、余に希望を見出していた筈のオクタヴィアは、それで良いと頷いてきた。

 

「元より、殿下が宣誓せずとも、各々が勝手に見出すものなのです。才能を感じれば、皆がそれが羽ばたく様を想像する。主体は希望を抱く者であり、持たれる者ではないのですから」

 

「……希望を抱いた者が失望しても、余には関係ない、と?」

 

「はい、恨み言を述べられたとしても、それは全くのお門違いです」

 

 なるほど、と思うた。

 周りから恨みを買いやすい、こやつらしいとも。

 

「それで殿下に物申す輩がいるのならば、私が断固として論破します」

 

「……余が、汝の期待を裏切ってもか?」

 

「例え、殿下が私の希望たり得なかったとしても、です」

 

「そう、か……」

 

 不安で満ちそうだった胸が、少し和らいだ。

 

 皆がオクタヴィアの様に考えているとは、到底思えぬ。余の能力が足りなければ、裏切り者と後ろ指を指す者も現れるであろう。

 

 じゃが、少なくともこやつは味方でいてくれる。

 余が大した人物でなくとも、変わらずにいてくれる。

 

 それだけで、救われた気がした。

 

「そもそも、殿下にこそ希望を抱いて欲しいのです」

 

「余が、か?」

 

 希望を背負う者が、希望を探す。

 童話にでも載ってそうな、あべこべな話じゃった。

 

「許されるのかぇ、それは?」

 

「言いましたでしょう、殿下。希望は抱く側に主体があり、背負う側には関係ないのだと」

 

 誠に、無責任な論理であった。

 けれども、希望とは元より無責任な願望であるのだから、それで良いのかもしれぬとも思えた。

 

「希望とは、見える視座によって抱ける規模も変わるのです。殿下が希望たり得なくとも、殿下が見出せる希望は、イスペリアで誰よりも可能性に満ち溢れたものになるでしょう」

 

 オクタヴィアは、余が誰よりも高い視座を持てると思っておった。

 

 少なくとも、こやつより遠くを見渡せると信じておる。

 恐らく、余を一番評価しているのも、オクタヴィアであろう。

 

 重たいと思うのと同時に、胸に何かが宿った。

 

「希望を背負うにしても、探すにしても、励まねばならぬのじゃな」

 

「ご理解頂けて、幸いにございます」

 

 余が全てを救わねばならぬと思うと、足がすくんだ。

 

 じゃが、希望たり得る英雄を探すために励むとなると、どうしてかワクワクした。

 頑張りたいと、心から思えた。

 

「……なるほどのぅ、これが希望を抱くということじゃな」

 

 希望とは、諦めないための標である。

 

 皆、己の裡に希望を抱いて生きておる。

 他者の希望なぞ気にせずに、自分の希望を昇華せんために邁進している。

 

 オクタヴィアが、他者が背負わせてくる希望など微塵も気にする必要がないと言った意味が理解できた。

 

 己の希望とのみ向き合っていれば、いずれはどうにかなる。そう信じることこそが、何かしらを起こすための第一歩。

 

 諦めてしまえば、全てが無駄と化してしまう。

 そうならないためには、信じ続けるしかない。

 

 希望を信じるということは、結局のところ、今日も頑張ると己自身に約束しているだけのことなのじゃろう。

 

「イスペリアはもうダメなのか、と殿下は問われましたね」

 

「うむ」

 

「ならば、希望の概念を理解した殿下に、こう答えましょう。──イスペリアは持たせてみせます。少なくとも、殿下が希望のイスペリアの希望であったのかを確かめられるまでは」

 

 その言いようは、不遜じゃった。

 他の貴族がいたのならば、指弾されたであろう物言い。

 

 じゃが、その遠慮の無さは、まともに余の相手をしてくれている証拠と思えて、不快さなど感じず、むしろ清々しいくらいじゃった。

 

「汝は、汝の希望を追うと良い。余も余の希望を探すとしようぞ」

 

「それでよろしいと思われます」

 

「うむ」

 

 頷きながら、思った。

 余の希望を見つけるためにも、学ばねばならぬ、と。

 

 この日を境に、オクタヴィアこそが余の恩師となった。

 こやつから学びたいと、そう思えたのじゃ。

 

 この日から、希望を探すという目標を手に入れた余は、余自身も驚く程に快活になれた。

 

 希望を見つけるという希望が、余を照らしてくれたのじゃと思う。

 

 

 

 

 

 月日は過ぎゆく、学んだ分だけ知識が増える。

 

 イスペリアのこと、世界の在り方。

 貴族のこと、平民のこと。

 政治のこと、軍のこと。

 

 学ぶ度に、世界を理解できた。

 学ぶ度に、王国の危機を痛感させられた。

 

 じゃが、もう俯こうとは思わない。

 

 希望が、目の前を通り過ぎるかも知れぬから。

 それを見逃したくなくて、前向きであり続けた。

 

 余は、希望を信じ続けることができたのじゃ。

 

 一方で、変わってしまったこともある。

 

「オクタヴィアよ、母上が息を引き取ったぞ」

 

「無念です……」

 

 今まで余の盾となり、バラバラになりそうだったイスペリアを繋ぎ止めていた母上が、ついに斃れ、天の扉を叩いた。

 

 寂しいか、と問われれば頷く他にない。

 母上は、ことあるごとにこう言っておったから。

 

『ベラ、イザベラ、私の生き甲斐は貴女くらいよ』

 

 二人っきりの時、母上はそう言って、よく余の頭を撫でた。

 

 国の大半に父上まで失った母上は、己には余しかいないと、そう思い込んでいる風でもあった。

 

 心の痛みを余で緩和し、自らを慰めようとしていたのか。

 

 だが、遂にそれも追いつかなくなった。

 激務に追われ、日に日に弱っていく母上は、余が希望であると信じきれなかったのやも知れぬ。

 

「……余は、未だに汝の希望たり得ているかぇ?」

 

 弱気な問い掛けに、オクタヴィアは頷いた。

 

「私にとって、殿下……いえ、もう陛下なのですね。陛下は希望そのものです。例えイスペリアの希望でなくとも、私の希望は陛下なのです」

 

 その言葉を浴びて、余は思ってしまった。

 困った奴じゃ、もう手放せぬな、と。

 

 

 

 困った奴、とオクタヴィアのことを評した。

 余にとって、身内も同然という意味で。

 

 が、母上が身罷ってからの此奴は、別のベクトルで困った奴度を急速に上昇させていきおった。

 

 今まで母上が負担していた仕事まで、オクタヴィアに降り注いだのじゃ。

 

 余も、学んだとはいえ、まだ小娘に過ぎぬ。

 母上の代わりなぞ、到底務まらぬ。

 

 代わりがおらぬが故に、オクタヴィアは全てを背負い込むことになった。

 

 結果、疲れ果て、くたびれ倒したこやつは……段々と言動が過激、というか、ヘンテコになっていったのじゃ。

 

 ついでに言えば、歳を食って野心とか野望とか、そう言ったものが抜け落ちてしまった。

 

「陛下、信じられないことなのですが、我が身に三十路という忌むべき魔の数字が近づいてきております」

 

「余も12歳になる。汝が余に侍ってから、もう長いものじゃな」

 

「……法改正すれば、三十路にならずに済むのではないでしょうか?」

 

「オクタヴィア、今日はもう休むのじゃ。気をしっかり持て、違えてはならぬぞ?」

 

 仕事量と同じくらい、三十路になるのが相当にストレスらしい。

 

 若い頃のオクタヴィアは格好付けだったが故に気付かなんだが、此奴はもしかしなくても、バカになる才能が豊かであった。

 

 ……もし頭がパーンとなっても、余が養ってやるからの。

 

 

 

 そうして、一年が過ぎた。

 変化といえば、空から太陽が奪われたことであろう。

 

 毎日が曇り空、もしくは雨。

 作物が育たず、家畜の餌も減り、暗いことには事欠かない時勢であった。

 

 じゃが、そんな日々であるからこそ、一等輝くものには目を奪われるのだとも思う……。

 

「ガリティアからの亡命者が、のぅ」

 

「斥候からの報告を信じるのならば、凄まじい戦闘力を保持した集団であるとのこと。これを利用しない手は無いと思われます」

 

 冬の寒い日、オクタヴィアはそんなことを余との雑談のネタにしておった。

 

 貴族令嬢で構成された、少数ながら圧倒的な破壊力を有した集団。

 

 異教徒どもとの小競り合いで、イスペリア軍が苦戦する奴らを、あっという間に圧殺したとのこと。

 

 味方が少ないオクタヴィアとしては、是非に取り込みたいと思ったのじゃろう。

 

「問題は、私個人からの私信に対して彼女らが反応してくれるか、ですね」

 

 ただ、オクタヴィアの嫌われっぷりは、諸処に広まっておる。

 

 嫌われ者に近づいて、敵を作ろうとはガリティア人達も思わぬことじゃろう。

 

「やはり無理か? いやいや、しかし……」

 

 手紙を片手に、オクタヴィアは煩悶しておった。

 認めた恋文を出そうか出すまいか悩んでいるように見える。

 

 嫌われるのは困るという意味合いでは、大した違いはないのかも知れぬが。

 

 このままだと、心労で様子がおかしくなっているオクタヴィアは、最終的にガリティア人達に珍妙(もしくは高圧的)な手紙を送りつけ、無事に振られることが確定する。

 

 そうなれば、此奴の孤独は更に深まることであろう。

 

 今は20代前半の時の迫力も気力もないだけに、進退極まった状況になりかねない。

 

「……困っておるのじゃな?」

 

「はい、窮しております」

 

「どれ、手紙を貸してくりゃれ」

 

「陛下……?」

 

 オクタヴィアから手紙を取り上げると、余は自らのポンと判子を押し付けた。

 これで良しと、満足しながら。

 

「これは汝ではなく、余からの私信になった。無碍にはされぬじゃろ」

 

「陛下、お気持ちはありがたいですが、その様なことをなされるのは危険です」

 

「余が汝に甘いのなぞ、今更なことよ」

 

「しかし……」

 

 言い募ろうとするオクタヴィアの口元を、人差し指で閉ざした。それ以上、面倒は言い分は聞きたくないと。

 

「元より、話を聞いて気になっておったのじゃ。ガリティア人の一団が、何者になり得るのかがの」

 

 余、興味津々であるぞ。

 

 ノリノリでそう告げると、オクタヴィアは少し呆れた顔をしてから、そっと手紙を受け取った。

 

 これ以上は、詮無きことであると理解したのじゃろう。

 

「……今回だけですよ」

 

「うむうむ、今回だけじゃ!」

 

 胸を張る余に、オクタヴィアはなんぞブツブツとボヤきながら、手紙を預けにいった。

 

 余の姉貴分として、かなり所帯染みてしまっていた。

 一国の宰相として、心配になるくらいに。

 

 それだけ、余のことを思うてくれておるということじゃから、悪い気はせぬのじゃがな。

 

 ただ、今はオクタヴィアの心配よりも、気がかりになっておることがある。

 件のガリティア人の亡命者集団のことじゃ。

 

 

「汝らは、余の求める希望なりや?」

 

 

 問い掛けに対して、無論返事はない。

 しかし、余の裡で期待が高まったのは、確かなことであった。

 

 

 

 その日、余はバローラの行政府に忍び込んでおった。

 ガリティア人達が、今日そこに来るからじゃ。

 

 一目見て、余が勝手に希望を抱けるかどうか、見極めようとしたのこと。

 

 誰も来ぬ部屋に隠れ、折を見てこっそり会議場を覗き込んでやろうと画策したのじゃ。

 

 じゃが、誰も来ぬはずの部屋に、どうしてか誰ぞ来てしもうた。

 

 しかも、余ですら粗食に甘んじてる時勢だというに、何やらそやつのために唆る匂いの料理まで運ばれてくる始末。

 

 どうやら、長くこの部屋に居座るつもりらしい。

 

 しかも、じゃ。

 そやつは、料理を眺めるだけで、手を出そうとせん。

 

 まるで鑑賞物とでも思っているかの如く、ボンヤリと食べ物を見ておった。

 

 美味しい料理が並んだのならば、食せばよかろうに!

 冷めてしもうては、歓待を無碍にしたも同然であろうが!!

 

 料理は、観賞植物ではないのじゃぞ!!!

 

 何で動かんのじゃ、食べぬのか!

 勿体無いじゃろ、食べ物は主の恵みであるのに粗略にするつもりなのかぇ!

 

 うぬ、うぬぬ、うぬぬぬ。

 うぬーーっ、もはや我慢できーーん!

 

「うぬおーっ、汝はいつまでここに居座るつもりなのじゃーっ!」

 

「うえっ!?」

 

 堪らず、余は義憤もかくやと叫んで。

 

「なんか良い匂いもするし、もう我慢できぬ! 余にも分けてくりゃれー!」

 

 封じ込められた状況と食べ物の匂いを前に、我慢たまらず飛び出してしもうていた。

 

 目の前には、ブラウンの髪に目をまん丸にした、愛らしいと形容する他にない男子が一名、たまげて地べたに座り込んでいて。

 

 

 ──それが、探し求めておった希望と、初邂逅した瞬間であった。





ジルくんに出会うまでのベラのことを、サラッと触れました。
次はアマルちゃんの間話になると思います。
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