貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ペンギン3
サンドラ山脈の開けた場所に建設された村は、石造りの家や(クルアン教の)教会、倉庫が並ぶ簡素な村であった。
他の建物については、これから適宜建てていく事になるのだろう。
ただ、そんなシンプルで機能性ばかりの村の中心地に、似つかわしくない物が鎮座していた。
それは……。
「アマルさん、何ですかこれは!?」
「? 天使、ジルベールを讃える、石像」
無表情ながら、何を言っているんだという語調で返事をするアマルさん。
まるで、俺の方が様子がおかしいやつみたいな反応だった。
いやいやいや、何でだよ!
あなたの方こそ、何を言っている……というか、何を建ててくれてるんですか!!
「おかしいじゃないですか!」
「……石像が、フード、被ってるから?」
そう、俺の石像は普段着回している、フード付きの外套だった。
それが問題なのかと問われれば、無論違う。
こんな物がある事自体が問題なのだ。
「石像がある事自体が問題なんです!」
「偶像崇拝、禁止のこと、言ってるなら、お門違い。ちゃんと顔、隠してるから」
「違う、そうじゃない!」
アマルさんは、首を傾げて分からない風を装っている。
でも、明らかに分かっているはずだ。
朝起きて良い日差しだと思って外に出たら、昨日はなかった自分を象ったらしき石像が、いつの間にか村の中央に鎮座していた時の人間の気持ちが!
……いや、改めて言葉にしてみると意味わかんないな。
「安心、して。いざとなったら、天使じゃなくて、恩人の石像って、言う。宗教学者、来ても安心」
「既に言い訳考えてる時点で、教義的にちょっと危ないって思ってるんじゃないですか!」
何なら、クルアン教の教義的にも若干怪しかった。
クルアン教お抱えの宗教学者にチクったら、多分石像引き倒してくれそうなレベルだ。
「とにかく! 恥ずかしいので撤去してください!!」
「……ちゃんと、作れた、のに?」
「ちゃんと作ってあるからです!!」
訴訟も辞さないと言う構えを見せると、アマルさんは無表情ながらに何処か悲しみを背負った顔をしながら、石像をそっとおんぶして自らの家に仕舞い込みにいった。
朝から、どっと疲れが降りかかった気がする。
アマルさん、すごく真面目な人なのに、何だか様子がおかしい。
多分、あの石像とかも、凄い真顔で作ってたんだと思う。
「朝から、ため息?」
「お帰りなさい、アマルさん。……ちょっと、思うところがありまして」
「今後のことに、ついて?」
「……えぇ、そうです、はい」
違いますと否定したら、多分またおかしな話をされかねない。
なので、さも最初からそれを憂いてましたと言わんばかりに、アマルさんの言葉に頷いた。
「緊急の課題だった、住む場所の確保は何とかなりました。なので次は、ここで暮らしていくためにも──リスボアと、何とか接触を持てるようにならないといけません」
ただ、元々話そうと思っていた内容でもある。
話す必要がある、今後についてのことだから。
アマルさんも頷いて、先程とは違う真面目な無表情になっていた。
「でも、簡単じゃ、ない。……クルアン教徒は、憎まれてる。イスペリアに、災いを、もたらした。自覚は、ある」
けど、それは容易に解決できる問題でもない。
恨みの根が深く、イスペリア人の心の奥底で根を張っているから。
その根っこを枯らせるには、時間と、根気が必要である。
結局のところ、こういった問題は性急な解決などできない。
全て解決するのは、傷が瘡蓋になって、傷跡を撫でられるようになってから。
歴史の大河に呑まれて、想いが過去へと流されてからだろう。
……けれども、待っていられない。
悠長なことを、言っていられない事情があった。
「恨まれていても何でも、このままイスペリアで関わりを持たないままだと──生計が立てられません」
「それは、そう」
世知辛いことに、単純にお金の問題で。
今は、前に暮らした村をイスペリアに売り払ったお金で、何とかなっている。クロエさんが、それを丸々活動資金として与えてくれてたから。
けど、それだって大した額じゃない。
ちょっと、色をつけてもらったが、元々が小さな村だった。
あと二ヶ月も食べて寝るだけを繰り返していれば、早々に金が無くなり何も買えなくなる。
耕作活動をしても、収穫は一年後なのだから。
それに、肝心の取引自体も苦しい。
今はマリーナ騎士団と関わりを持ちたい中小の商人が取引をしてくれているが、クルアン教徒に物品を卸しているので悪評が立っているらしい。
多分、そのうちに取引を打ち切られる。
第一、それぞれの商人がバラバラに少量の食べ物を持ってくるため、コストも絶妙に高くついている。
財政的に、近隣のリスボアと直接取引できるなら、絶対にそちらの方が良いに決まっていた。
「でも、どうする?」
アマルさんは、声も表情も平坦である。
しかし、その問い掛けは切実な意味合いがあった。
山の木や石を加工して交易しようにも、肝心のリスボアの門自体が開いていない。
クロエさんにお願いして取引して貰おうものなら、マリーナ騎士団を好意的に迎えてくれたリスボアの住民に反感を持たれることは請け合いである。
だから、ちょっとした工夫が必要であった。
リスボアの住人からして、取引するのもやむを得ないという、納得できる理由付けをすることが。
「アマルさん──海に行きましょう!」
その理由付けとして、必要なことを口にした。
赦しがどうのとか云々の前に、僅かでも接触を持てる方法として。
俺の言葉に、アマルさんはよく分からないという感じの無表情で、首をコテンと傾げていた。
早速、事を運ぼうと思い、俺はリスボアを訪れていた。
「ジルさん、お久しぶりですわ!!!」
「クロエさん、前に会ってからまだ一週間ですよ」
そんな俺を、ニッコニコなクロエさんが出迎えてくれた。
別に、そんな久しぶりでもないけど。
「ジルさんが側にいらっしゃらないと、何だか落ち着かないのですわ」
「……それは、分かります」
でも、クロエさんの気持ちもよく分かった。
俺だって、この人の"ですわ!"って声で起床する毎日を送ってたし、いつも一緒だったから。
側にいるのが当たり前すぎて、ふとした瞬間に姿を探してしまう。
そうして、居ないと思い至った時……寂しいって思ってしまうのだから。
「やっぱり、お久しぶりかもしれませんね」
「ですわ!」
一日千秋換算なら、俺達は7000年ぶりに会ったことになる。
そう考えたら、やっぱり久し振りが正解だった。
「それでジルさん、ワタクシに会いに来てくださったのですの?」
「そうかもしれません。……それだけでも、ないんですが」
「フフ、そんな言い方をしてくれるだけで、嬉しいものですわね」
ちょっと格好付けようとした、恥ずかしい物言いだったかもしれない。
優しいクロエさんに、バツが悪くなりながら切り出した。
「この前会った時、リスボア周辺で海賊行為が活発になってるって、仰ってましたよね?」
それは、この前来た時、雑談混じりに相談されたことだった。
「はい、現在進行形で悩まされていますわ」
困り眉で、クロエさんが頷く。
来て早々に発生していた問題で、解決するのに用意が掛かる案件であると。
「ここ三ヶ月で、急速に治安が悪化したそうですの」
クロエさんが話した内容を纏めると、以下の通りになる。
リスボア周辺海域は、少し前までクルアン教が支配していた。
しかし、クルアン教が撤退した後、リスボアは真っ先に交易を再開した。
島国ブリトラやガリティアにすぐに通知を出し、商船にこれでもかと荷物を積んで海へと旅立ったそうな。
結果……その商船の多くが、組織化された海賊に襲われ拿捕、またはほうほうの体で逃げ帰ってきたらしい。
無論、商船にも護衛はいたのだが、海賊の組織だった行動を前にして、手も足も出なかったとか。
「昔の海賊は、ここまで組織だって行動はしてなかったそうですが……」
自身の髪の毛を、人差し指でクルクルと弄りながら、クロエさんはため息を吐いた。
目処が立ちそうにない、窮していることを隠さずに。
「恐らくは、異教徒に対抗するために組織化したのですわね。困ったことに、荒くれの海賊を纏める統率力を持った人もいたのでしょう」
ここまで悩ましげなのは、リスボアの主要産業である交易が、厄介な相手を前に立ち往生をしてしまっているからだろう。
このまま手をこまねいていては、商業的な機会損失を招くだけでなく、今は好意的なリスボアの民衆も失望しかねない。
早急に対応し、取り除くべき問題ではあるのだが……。
「マリーナ騎士団に、海戦の経験がある人がいない。これが問題なんですよね」
「ですわぁ……」
これまでは、令嬢達が2本の足で走り、接近して殴り飛ばすという単純明快な戦い方ができた。
だが、海戦だとそうはいかない。
船上で動きを制約され、船員が密集する中で白兵戦を行わなければならない。
力強い令嬢達は、味方を傷つけないように動きを制約して、上手に立ち回る必要がある。
下手に令嬢達が全力で暴れれば、船ごと自沈する羽目になるかもしれないのだから。
数が少ないガリティア亡命貴族にとって、計上されるであろうと推測される損失は、到底許容されるものではなかった。
だから、クロエさんは逡巡してしまう。
海賊退治の必要性を認めながらも、海戦のノウハウを持っている人材を掻き集めるところから始めなくてはならないから。
二進も三進も行かない、困りごとだっただろう。
一から始めると、あまりに気が長くなりそうな話だから。
……ある意味で、渡りに船だった。
今回、その問題を解決できる手段を、持ってこれたのだから。
「クロエさん──傭兵を雇ってみる気って、ありませんか?」
困っているところに手を差し伸べる、というよりは半ば砂漠で水を高額で売りつける行為に等しいが。
今なら、クルアン教徒と関わりたくないリスボアの人達にも、やむを得ないと思ってもらえるタイミングだったから。
「傭兵……異教徒の方々を?」
「はい、イスペリアに船を譲渡する契約を履行してから、あぶれてしまった元船乗りの人達がいます」
クルアン教徒は降伏に際して、自らの海軍を全てイスペリア王国に譲渡している。
その時に、クルアン教で海軍に所属していた人は、殆どがイスペリアに留まった。
ファイカさんが古参の兵で、海軍を固めていたがためだ(船上で反乱を起こされると詰むので、信用できる人間で固めていたともいう)。
つまり、今イスペリアにいるクルアン教徒には、海軍出身者で指揮経験がある下士官クラスの人が、多数いるということ。
この問題を解決するには、うってつけである。
「きっと、お役に立てます」
そう言い募ると、クロエさんは朗らかに頷いてくれた。
「ジルさんの仰ることなら、間違いないと信じておりますわ」
「ありがとうございます!」
正直言って、拒絶されるとは思ってなかった。
必ず通る目算だったという意味合いでは、半ば談合じみているかもしれない。
「ですが、ジルさん。ワタクシを助けてくださると、ただそれだけでは無いのでしょう?」
「はい」
こうして、クロエさんは俺の胸の裡なんか、あっさり看破してしまうのだから。
「報酬は、何でお支払いが宜しくて?」
「近々、クルアン教徒の人達に、工芸品を作成してもらう予定なんです」
「……それを買い上げて欲しい、ということですの?」
「買い上げた後、更にそれをクロエさん名義でそれを商って欲しいんです」
現状、クルアン教徒はイスペリアで、取引できないという現状がある。
イスペリアでは鼻つまみ者状態だから、それは仕方ない。
……仕方ないので、抜け穴を用意するのだ。
「どういうことですの?」
「クルアン教徒は現状、イスペリアで商売できる信頼は微塵もありません。ですから、ラベルの張り替え……えと、信頼できる人の名前で販売すれば、売り物にできると思うんです」
要するに、メイドインクルアン教で売れないなら、メイドインマリーナ騎士団にしてしまって売れば問題ない論法であった。
例えるならば、途上国の人を雇って作った製品でも、日本国内で作ったならば日本製を名乗れる論法である。
……言葉にすると、大分グレーだな、これ。
でも、生き延びるためだから。
なので神様、どうか勝手に天使を詐称したことも含めてお許しください……。
「それくらいなら、何とかなると思いますわ」
「助かります、本当にありがとうございます!」
神様は、許してくれたかはわからない。
けど、幸いにもクロエさんはお許しをくれた。
が、それはそうと、許可をくれたはずのクロエさんは、何処か思案顔になっていて……。
「何か、気になることとかありますか?」
何でも聞いてくださいと言うと、クロエさんは酷く真面目なお顔で、こんなことを尋ねてきたのだ。
「……その工芸品は、安いものですの?」
「イスペリアの貴族に売るつもりなので、お値段高めに設定してます」
「…………売れなさすぎたら、ワタクシ借金塗れで破産することになったり致しませんわ?」
あー、なるほど。
クロエさん的には、確かに気になることだろう。
ウンウンと頷いてから、俺は安心してもらえるように笑いかけながら、堂々と告げた。
「──その時は、二人で借金を背負って生きていきましょう」
「ですわ!?」
目を見開き、戦慄くクロエさん。
まさかの善後策なしと聞かされて、何でだよとビビり散らかしたのだろう。
「二人で借金を背負って生きようなんて……一生、ご一緒してくださるつもりなのですのっ」
何か、小声でクロエさんが呟いているが、よく聞こえなかった。
多分、ふざけるなよとか、そんな言葉だと思う。
無論、ジョークであった。
クロエさんは本気でたまげてるみたいなので、失敗してしまった質の悪いジョークであるが。
「ごめんなさい、クロエさん。ちょっとしたジョークでした」
「ジョーク? わ、ワタクシの温かな家庭が、崩壊したのですわ!?」
「……家計が、火の車的な意味ですか?」
多分、クロエさんは家庭と家計を言い間違えていた。でないと、クロエさんに好きな人がいるみたいになってしまう。
……誰かと付き合ってるクロエさんを想像すると、酷く悲しくなる。
なので、無茶苦茶身勝手な願望だけれど、クロエさんには男の人とか出来てほしくなかった。
「い、いえ、何でもないのですわ」
「そうですか……。クロエさん、一生一緒に独身でいましょうね」
「夫帯禁止令!? ワタクシ、何かしてしまったのですわ!?」
「俺のわがままです」
「小悪魔みたいな天使の我欲なのでしたわ!?」
借金がどうのという話から、急に意味不明なお願いをされて完全に混乱してしまってるクロエさん。
我がことながら、かなり理不尽なことを口走ってる。
けど、ジョークですと言い繕って、後日クロエさんに恋人とか出来てしまったりとかしたら。
多分、喀血した挙句に血尿も出して、血涙を流しながら息絶える俺の姿が容易に想像ついたから。
訂正はせず、代わりに話を逸らすことにした。
「で、借金の件なんですけど」
「ワタクシの夫帯禁止令のお話は!?」
「どこに行ったんでしょうね?」
「本当にですわ!!」
声が大きくなってるクロエさんも可愛いなぁ、と目を逸らしながら思いつつ、心配無用だとハッキリ告げた。
「買い取ってもらう予定の工芸品は、職人頼りで作るもの。大量生産するには手間が掛かるので、数が少ないんです」
「……破産するほど、買取は必要ないのですわ?」
「はい」
身内に借金させて商品を押し売るほど、アコギなつもりはなかった。
あと、大切なクロエさんにそんな酷いこと、そもそもが出来るはずなんてないし。
「それに──きっと、売れるって思ってます」
「そんなに、良い商品ですの?」
「はい、楽しいですから」
そう言って、俺はプレゼン用に持ち込んでいた、その工芸品を取り出した。
「──チェスっていう、ボードゲームです。クルアン教伝来のシャトランジってゲームをシンプルにしたもので、結構楽しいですよ?」
平和な時代ならば、パンと娯楽が必要になる。
サーカスの代わりに、食い込めるものを一つ提案してみたのだった。
目の付け所は、手前味噌ながら悪くないと思う。
それに……チェスが広まれば、クルアン教徒と共存しやすい文化的土壌を耕せると思ったから。
「一局、遊んでみませんか?」
ルールブックを差し出しながら、問い掛ける。
クロエさんの目は、好奇心でキラキラ輝いていた。
娯楽の可能性を、そこに垣間見た気がしたのだった。
そうして、クロエさんに許諾を貰えた俺は、早速アマルさんに話を通して部隊の編成を進めることにした。
海賊狩り、リスボアの海を荒らす荒くれ者を除く戦い。
クルアン教徒がイスペリアに認められるための、小さな一歩目を踏み出す戦いに向けて。