貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について   作:ペンギン3

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第54話 出航

 リスボア近辺海域に展開している海賊船は、恐らくは20隻前後と推定されていた。

 

 これは単純に、目撃情報や展開している海域の幅を考慮して算出した数なので、正確ではない。

 

 ただ、そう遠くもない数である筈である。

 

 少なくとも、略奪で養える数を見積ったらそれくらいになるのだから、過小評価はしていないだろう。

 

 集団として、規模の大きい海賊団である。

 が、決して排除できない相手でもない。

 

 少なくとも、イスペリア海軍が全力を出して正面衝突できる状況に持ち込めるのならば、勝ち得る相手だろう。

 

 尤も、当のイスペリア海軍はクルアン教から手に入れた艦艇を再編成、訓練中であるため、早々に排除するには自分達が動かねばならない。

 

 ただ、リスボアには商用の帆船しかなく、海賊はロングシップで固められているみたいだ。

 

 帆船とは、マストに張った帆に風を受けて進む船。風の力で進むため人手は少なくて良いが、風が吹かなきゃノロノロとしか進めない。

 

 俺達が使える船は、このタイプだけだ。

 

 一方で海賊側のロングシップは、帆とオールの両方で動ける仕様の船だ。風がない時はオールで、風がある時は帆を張って進める。

 

 帆船とガレー船の、いいとこ取りをした船である。

 

 機動力で圧倒的な差があり、戦うとなれば敵に主導権を握られることになるだろう。

 

 この時代、海戦は白兵戦が主体ではある。

 なので、大砲でアウトレンジから一方的にやられるなんてことはない。

 

 だけど、複数の船に機動力を活かされて撹乱されると、何処から乗り込まれるのか分からず、常に受け身で、敵の奇襲を構えるばかりになる。

 

 海賊側は狩りみたいに、好きなタイミングで襲い掛かるか権利を持っているということだ。

 

 主導権を握られっぱなしでは、勝てるものも勝てない。

 

 受け側に回るというのは、常に正解を選び続け、相手の手を尽きさせなければならない。

 

 相当に神経を尖らせなくてはならないが、慣れない海戦でそれが出来るとは、とてもじゃないが思えない。

 

 では、どうするのか?

 その答えは……。

 

「何か策、ある?」

 

「あります、策と呼ぶにはあまりに力技なんですけど……」

 

「ん、聞かせて」

 

 事前に、ある程度は想定していた。

 白兵戦に持ち込まれるのが不利ならば、その前提をどうにかして動かせないものかと。

 

「──と、いう作戦なんですけど。……机上の空論だったり、しますかね?」

 

 だから、前提そのものをすり替える。

 そんな策を提案したのだが、海のことについてはニワカも良いところだ。

 

 そもそも、前提を振り返るために、かなり無茶苦茶な提案をしている自覚はある。

 

 出来るわけないだろ、無能! と罵られたら、恥じ入ることしかできそうにない。

 

 だから、ドキドキしながらアマルさんを見つめるしかなかったのだが……。

 

「……面白くは、ある」

 

「本当ですか!」

 

 アマルさんは無表情ながら、悪くないと評してくれたのだった。

 ホッと一息、良かったと安堵する。

 

「……半分くらい、使える」

 

「あ、なるほど、半分……」

 

 ただ、それでも提案した策は、使える部分が半分だったらしい。ど素人の生兵法であることには、違いなかった。

 

 そっとフードを深く被り、赤くなった自覚のある顔を隠す。

 

「まず、三半規管。海は、ただでさえ、波で揺れてる。こんなこと、したら、強制で船酔い、しちゃう。白兵戦、できない」

 

「はい……」

 

「次に、見積もり、甘い。これくらいで、船、沈まない。当たりどころ良く、沈む仮定で動くの、都合、良すぎると思う」

 

「はぃ……」

 

「最後に、数の問題。私達の船団、規模、大きくすると、討伐部隊だと、バレる。バレたら、戦わず、逃げられる。敵も、バカじゃ、ないはず」

 

「ごめんなさぃ……」

 

 あまりに正しい指摘を続けられて、敵わず漏れ出た謝罪の言葉は、思っていたより情けない声が出た。

 

「なんで、謝る?」

 

「策じゃなくて、妄想を話しちゃったので……」

 

 現実を対して知りもしないまま、思いついたことを適当に並べ立てる。

 俺が今、してたことの総評である。

 

 知ったか振りで話をして、恥を掻いたのと変わらない。無知なのならば、よく相談して物事を決めれば良いのに。

 

「妄想じゃなくて、策。ちゃんと、役立つ」

 

 でも、俺のそんな恥じらいを、アマルさんは一蹴した。

 

「目的を、達成できる」

 

「目的……敵に主導権を握らせないこと、ですか?」

 

「そう。これなら、こちら側から、動ける」

 

 問題自体は解決しているから、策の根幹自体は間違ってない。

 

 慰めみたいだけど、アマルさんは攻勢が得意な戦術家だから、戦いのことで嘘は言わない。

 

 この人と実際に相対したことのある身として、それは間違いないと言える。

 

 だから、素直にその言葉を信じることが出来て、今度こそ安堵で胸を撫で下ろせた。

 

「ジルベールの策、相変わらず、面白い」

 

 アマルさんは無表情ながらも、何処か満足げにそう呟いてくれた。

 

 アマルさんほどの人にそう言ってもらえた。

 思わず自尊心が、身の丈を超えてニョキニョキと大きくなりそうになる。

 

 凄いじゃなくて面白いな辺り、詰めが甘いと自制しなくちゃなんだろうけど。

 

 でも、俺の言葉を妄言じゃなく、ちゃんと聞いてくれたアマルさんには感謝する他にない。

 上手くやっていけそうだと、感じた瞬間だった。

 

 

 

 今回動員する兵力は、水婦(水夫の女の人版)がおよそ180人。

 それから、令嬢方を船に1人ずつ。

 

 相手の数を考えると少ないが、敵を釣り上げるにはこの程度の数が最適らしい。

 

 ただ、マリーナ騎士団は帆船を所有していない。

 クルアン教徒もまた、敗戦時に船はおおよそイスペリアに引き渡してしまっている。

 

 では、海に出るための船は、どこから調達するのか?

 

 それは、ある意味では自明であった。

 船がある場所、つまりはリスボアの港から持ってくる他なかったのだ。

 

 

「おいおい、領主様の徴用に応じたら、異教徒共がゾロゾロやって来て……これはどういう了見なんだい?」

 

 リスボアの港、その外れにて。

 

 クロエさんと共に、帆船の側で立っていた船の持ち主が、アマルさん達クルアン教徒の人を一瞥して、そう吐き捨てた。

 

 明らかに隔意がある、胡乱に思われている。

 ただ、これまでの経緯を勘案すると、敵意を剥き出しにしてこないだけでも理性的であると言えた。

 

「事前にお話を通さず、申し訳ないのですわ」

 

「……話を聞かせてもらいましょうか」

 

 そして、クロエさんに事情を求める理性もある。

 思っていたより、話が通用しそうだ。

 

「前提として、ワタクシ達マリーナ騎士団は海での戦いに経験がありませんわ」

 

「……こいつらには、それがあると?」

 

 戦いに出るにあたって、先ずはこの人に納得してもらう必要がある。そうしなければ、戦う前提である船自体を用意できない。

 

「ですわ。航海や測量などの技術を持ち、高度な戦闘を行える人達ですの」

 

「へぇ、ならこいつらは海を知ってるって訳ですかい」

 

 そのためにも、船の持ち主に、納得……は出来なくとも、許容してもらう必要がある。

 

 の、だけど……。

 

「そういうことに、なりますわ」

 

「……本気で仰ってるらしいですね」

 

 事情を説明する度に、水婦の人たちの表情が、険しくなっていく。

 冗談じゃないと、口で語らずとも伝わってくる。

 

「つまりは、こいつらにまた、私らの所用物を弄ばれろと?」

 

「決して、そういう訳では……」

 

 ウンザリしていることを隠さず、苦々しい顔で船の持ち主はクロエさんに訴えかけた。

 

「私らはね、新しい領主様には感謝しているんですよ。なんでかって言えば、そこの異教徒共をぶちのめしてくれたからです。だから徴用にも、金銭の取引無しで応じた」

 

 なのに、と忌々しげにアマルさんを睨み付ける。

 

「ぶちのめされた筈の異教徒がひょっこり現れて、こいつらにまた協力しろと言われた日には、ムカっ腹が立つもんですよ」

 

 許容するつもりはない。

 リスボアの人にとって、まだクルアン教徒は敵である。

 

 隔意の下から、敵意がまろび出てくる。

 隠し立てできない怨恨が、そこには満ちていた。

 

 周囲の空気が張り詰める。

 一触即発の空気が、辺りに漂い始めた。

 

 このままでは、海ではなくこの場で戦いが起こりそうだ。

 

 ──咄嗟に、俺はフードを脱いでいた。

 

「待ってください!」

 

 そして、わざとらしい男の子ぶった声(この世界基準の、あざとく聞こえる声)を出しながら、両者の合間に入った。

 

「……誰だい、あんた」

 

 困惑しながら問う声からは、気勢が削がれていた。

 

 この世界で俺は容姿が良いらしい。

 元の世界基準だと、急に見知らぬ美少女が湧いて出てきたみたいな感じ、みたいな。

 

 美少女相手にキレることは、結構難しい。

 それと同じことを、咄嗟の誤魔化しとして行った。

 

 ……自分で言うと、何だがバカみたいだけど。

 

「クローデット団長付きの占い師で、今はクルアン教徒の村で連絡役を担っている、ジルベール・ジラールと申します」

 

 出来るだけ物腰低く頭を下げると、ボルテージが下がったのか、マジマジと俺を見つめて。

 

「占い師……よく分からないが、領主様の良い人かい?」

 

「良い人!?」

 

 何かとんでもないことを、口走っていた。

 

 いや、何で占い師って名乗ったのに、恋人扱いしてくれてるんだ!?

 

「違いますっ。クロエさんは俺なんかには勿体無いレベルの、世界一の美少女なんですよ!」

 

「そ、そんな、ワタクシが美少女だなんて……。じ、ジルさんの方が、ワタクシの1000倍美形の美少年なのですわ!」

 

 揃って、おかしな認識に抗議する。

 

 クロエさんは優しさの塊みたいな人だから、俺のこと持ち上げてくれてる。けど、クロエさんと並んだら、俺が見劣りするのは事実だから。

 

「私は一体、何を見せられているんだ……」

 

「茶番」

 

「そうか……って、異教徒が気安く話し掛けるな!」

 

 クロエさんの愛嬌のお陰で、場の空気が和らいだ。こんな人だから、気が付けばみんなの中心に立ってるんだって思う。

 

「で、その占い師様が、何なんだい?」

 

 船の持ち主も、ちょっと呆れ顔になっているが、渋々耳を傾けてくれた。

 なので遠慮なく、俺は伝えさせてもらうことにする。

 

「一つ、占いの結果を聞いてもらえませんか?」

 

「は?」

 

「これでも、戦場ではクローデット団長には重宝されてきました」

 

 困惑を隠せてない相手の混乱に乗じながら、俺は畳み掛けた。

 

「敵の海賊は集団行動に長け、海で戦い慣れている。北方、ノーランドから降ってきました」

 

 海賊の船は、報告にあった作りからして、北方の造船技術の産物。南方では見かけない、北の蛮地と呼ばれているところで作られたものだろう。

 

「ノーランド地方の海は荒く、過酷です。そこで揉まれた海賊達は、一筋縄では勝てない相手なんです」

 

 困ったことに、ノーランドは海賊の産地だった。

 

 これはノーランドが過酷な寒冷地で、作物が殆ど育たず自活し辛い環境のためである。

 

 これによって、養える範囲をあぶれた人口は、外へと活路を求めざるを得なかった。

 

 趣味で脳筋極めてたら蛮族じみてしまったガリティア人とは違い、切実な理由から蛮族にならざるを得なかったのだ。

 

 だからこそ、年季が入ってて怖い相手であると言える。

 

「だから、こいつらを使うってのかい?」

 

「使わないと勝てない、というのが正しいかもしれません」

 

 対抗するには、相応の武力集団が必要だった。

 今回アマルさん達に白羽の矢を立ててもらったのは、そういった理由もある。

 

「敵は海の狩人です。獣の立場に追いやられれば、狩られる一方。ですから、相手を獣の立場に追いやれる技術を持つ人たちが必要だったんです」

 

 理屈の上では、間違いないことを言ってると思う。

 実際、海賊達を排除できないと、困るのはリスボアの人なのだし。

 

 まぁ、だけれども……。

 

「……あんたの占いが正しいとしても、気に入らないもんは気に入らないんだよ」

 

 正しいからといって、受け入れられるかどうかは別問題だろう。

 

 正しくても、その時その場では受け入れ難いものは存在する。

 

 親に宿題しろとネチネチ言われる子供は発生するし、怒鳴られたら正論でも反発してしまうし、大判焼きだの御座候だのベイクドモチョモチョなどといった地域の呼び方一つであんこ大戦争も勃発してしまう。

 

 だから、受け入れられない、という気持ちは理解できる。

 

 相手が、先日まで敵で散々な目に遭わせてきた、クルアン教徒ならば特にそうだろう。

 

「許せないのは、重々承知なのですが……」

 

「それもあるが、信用できない……いや、信用したくないんだよ、こいつらを」

 

 理屈よりも、気持ちを取ってしまう。

 そのことに、船の持ち主自身も苦々しく思っている様だった。

 

「あんたがどれだけ否定しても、私はこいつらが船を持ち逃げしてどこかへ逃走するかもって妄想しちまう。例えそうでなくとも、派手に無能を晒して負けちまえって思う。こいつらが善行するってこと自体、認めたくない」

 

 自身が損をしても、アマルさん達の人間性や実力に否を突きつけたい。クルアン教徒が、正しくあること自体を許容したくない。

 

 嫌いな相手に対して、鬱屈した感情を抱えてしまう人間のサガ。過度な悪魔化であると自覚はしているのに、どうしても振り払えない。

 

 両者の隔たりが、言語化されたかの様な一幕。

 その態度を前に、二の句が告げなくなる。

 俺が何を言っても、反感しか覚えないだろうから。

 

「……ジルベール、クローデット、席、外して」

 

 ただ、当の憎まれている筈のアマルさん自身は、凪いだ風みたいな無表情を貫いていた。

 

 何か考えがある、無表情越しにそれが伝わってくる。

 

「……離席してもよろしくて?」

 

「ああ、何言われようと、私の考えは変わらないからね」

 

 船の持ち主に確認をとって、クロエさんはそっと俺の手を取った。

 

「ジルさん、少し歩きましょうか」

 

「はい」

 

 クロエさんの手を握り返して、俺達はその場から一旦離れた。

 

 俺は説得に失敗したし、アマルさんに何か説得できる材料があるのなら、任せてみても良いって思ったから。

 

 でも、何で俺とクロエさんを離席させたのだろう。

 何かマリーナ騎士団に聞かせられない隠し事でも、こっそりしてるのかな……。

 

 

 

 

 

 二人で手を繋いで離れていくクローデットとジルベールをガン見してから、そっと視線を逸らしたアマルは、鬱陶しそうにしている船の持ち主へと視線を注いだ。

 

「何を考えてるか知らないがね、私に何言おうとも領主様に筒抜けになると思っときな。それとも、領主様が目を離した隙に私を殺して、船を奪い取るかい?」

 

 偏見と警戒混じりの問い掛けに、アマルは小さく首を振った。

 

「単に、話が、したい」

 

「話、この後に及んで? 何があっても協力したくないって、そう伝わらなかったかい?」

 

「……それは、前提が、おかしい、から」

 

 そして、何やらどこかの祖母と悪い男の子を見て学んだ話術を、自分も実践し始めたのだ。

 

「あん、前提?」

 

「そう、前提。あなたは……勘違い、してる」

 

 眉を顰める船の持ち主に、アマルは澱みなく告げた。

 

 

「──私は、あの子、ジルベールに、懸想、してる」

 

 

 急に、何の話をし始めるのだろう。

 何を聞かされているのかと、船の持ち主は一瞬頭が白くなった。

 

 僅かなどよめきが、静かに見守っていたクルアン教徒達の間から漏れ出た。

 

 とりあえず衝撃的な一言を言って、相手の思考を停止させる。

 先ず、それで相手の心に隙を作ったのだ。

 

「な、何を言ってるんだい!」

 

「だから、気を引くために、良い格好を、する。別に、善行とか、そんなのじゃ、ない。だから、前提が、違う」

 

 クルアン教徒に、借りを作るのが死ぬほど嫌だ。

 

 その心理を見抜いたアマルは、即座に適当なホラを吹き始めた。

 ……まあ、一部くらいは真実が混じってるホラだが。

 

 とにかく、これは借りを作るのではない、互いに利用をするのだとアマルは主張したのだ。

 

「お、お前、バカにしてるのかい!」

 

「違う。バカは、私」

 

 色ボケですと自己紹介しながら、アマルは立て続けて言う。

 

「私は、バカだから。あの子、ジルベールも、海に、連れていく」

 

「男を海に……何故?」

 

「目の前で、格好、付けるため」

 

「は?」

 

「バッタバッタ、あの子の前で、敵を、薙ぎ倒す」

 

「は?」

 

 アマルの口から出てくるのは、あまりに幼稚で卑俗なことばかり。

 

 神がどうの正しい教えがどうのと口にしながらリスボアにのさばっておきながら、略奪やレイプを繰り返してた輩とはどうやら様子が違う。

 

 人間として、なんか変なやつっぽい。

 

 そう認識してしまった時点で、船の持ち主はアマルのことを単なる異教徒ではなく、様子のおかしい異教徒と、個人としての人格を認めてしまっていた。

 

 悪魔みたいな凶悪な集団の一員のレッテルが、気が付けばペラリと剥がされてしまったのだ。

 

 これは時々、ジルベールが宮廷道化師としての立ち回りが云々と、夜中に練習してたのをジッと見つめて、勝手にラーニングした技術であった。

 

「一番、活躍して、あの子の目に、止まるためにも、あなたの船が、必要。あなたが、私に、貸しを作る、の」

 

「そんな理屈っ。お前、ふざけているのかい!」

 

「ふざけて、ない。至って、真面目」

 

 どこからどう聞いても、悪ふざけみたいな話だが、アマルは至って無表情なので、謎の迫真さが生まれていた。

 

 こいつ、もしかして本気なんじゃ、と思わせる迫力が、アマルの無表情には存在していたのだ。

 

 ファイカとジルベールの話術に、アマルの独特な感性が交わった語り口調に、周囲の者は呑まれていって。

 

 そして、トドメみたいにアマルは告げた。

 

 

「私のことは、信じなくて、良い。でも──私の性欲は、信じて」

 

 

 多分、こんな言葉、人生であまり聞くことはない筈だ。

 

 信用の担保に性欲を差し出してくる奴も、そうそう居ないだろう。

 

 頭が悪すぎる上に、本当にそれがモノを頼む際に口にする言葉なのかと、問いただされても仕方ない文言である。

 

 ただ、この場、この時においては……。

 

「は、ハハハッ」

 

 過度な緊張と緩和、妙に下手からのお願い、至って無表情のアマル。

 

 全部が全部、妙なツボに刺さってしまっていた。

 

「アハハハハハハッ、くそ、笑いがっ、く、ククッ、クククッ」

 

 笑ってはいけないそう意識するほど変に笑いが出る。嫌だと思いたい筈なのに、体が耐えられずに笑ってしまう。

 

 憎んでいる筈なのに、この場において船の持ち主は、笑ってしまったせいで色々と緩んでしまった。

 

「はー、はー。んぐ、あー、もう、何なんだい。バカじゃないのかい、本当に……」

 

「だから、バカと、名乗った」

 

「本当にバカなやつがあるかい!」

 

 笑い転げて息絶え絶えな船の持ち主の前で、アマルは極めて真面目な無表情で告げた。

 

「信用、して、くれる?」

 

 押し売りの如き勢いであるが、見方を変えれば機を見るに敏とも言えた。

 

 心理的ガードが完全に下がっていた、船の持ち主は……。

 

「──貸し、だからね」

 

 一本取られたという気持ちもあり、ちょっと嫌がる素振りを見せながらも、仕方なくと言った風情で色々と認めたのだ。

 

 憎しみとか怨恨とか、この場においてだけは、もうなんか馬鹿馬鹿しく思えたというのもあるだろう。

 

「うん、借りた。困ったら、いつでも、助ける」

 

 今この時だけは、認め合える空気が存在していた。

 

 

 

 

 

 戻ってきたら、船の人とアマルさんは非常に打ち解けていた。

 

 これは流石に予想外、というか本当に一体何があったのか。

 

「どんな話をされたんですか?」

 

 気になって尋ねてみても、二人は顔を見合わせて。

 

「ないしょ」

 

「折角握った弱みなんだ。易々と話さないよ」

 

 二人共、教えてくれない。

 しかも、妙に兵達から生暖かい視線を注がれるし、何か落ち着かないんですけど!

 

「まあ、良いですけど……。船は、貸していただけるのですね?」

 

「ああ、多少壊しても目をつぶってやるよ」

 

 妙にフレンドリーになってて怖いくらいだけど、持ち主の人は気前よく頷いてくれた。

 

 お陰で、ようやく条件が整った。

 これでやっと、物事を少しだけ動かせる。

 

 準備した物と令嬢達が乗り込んでいく姿を確認して、気分が少し高まった。

 

 

 

 

 

 アマルさんが指揮する6隻の船団が、海賊に捕捉されたのは出航3日後のことだった。

 

 ガリティアとイスペリアの国境境目。

 山が連なる地域で、陸への上陸が困難な場所。

 

 要するに、逃げ場がない場所で伏撃を受けた形になる。

 

 ……ある意味で、好都合だった。

 

「アマルさん、どのくらいで仕掛けますか?」

 

「もう少し、敵が、近づいてから」

 

 四方から迫ってくる敵は、総数12隻。

 こちらの動きを感知して、散らばってた船をかき集めて来たのだろう。

 

 こちらの二倍の数、普通に考えれば勝てると判断してもおかしくはない。

 

 事実として、こちらの船団は逃げ場がなく、なす術なく包囲されている……様に見えた。

 

「…………今」

 

「旗艦より伝達、攻撃開始! 手旗信号、伝達してください!」

 

 ただ、こちらも無策ではない。

 アマルさんの判断に、俺は大声で連絡係に指示を伝える。

 

 すると連絡役の水婦は、独特の旗の振り方と動きで、各船にアマルさんの意志を浸透させる。

 

 そして、一分後──一斉に、各船から海賊へ向けてあるものが投擲された。

 

「報告します! 砲丸、前方の海賊船3隻に命中を確認。マストが大破、速力低下しています!」

 

 敵船上で、慌ただしげな気配を感じた。

 よくわからない事態に、海賊達がたまげているのが伝わってくる。

 

「……予想より威力、ある。ちょっと、過小評価、してたかも」

 

「沈めるまではいきませんが、一方的なアウトレンジ攻撃は実行できていますね」

 

 俺達は、視線を甲板先頭へと向けた。

 

 視線の先には、令嬢がキャピキャピ騒ぎながら──スリング、石を紐で括り付けて遠心力で加速させた後に投げる簡易投石機を運用している姿があった。

 

 ただ、一般のスリングと様子が違うのは……紐に括り付けている石の大きさが、それこそ砲弾サイズであること。

 

「前方の敵に、攻撃、集中。第二射、開始」

 

「前方に攻撃を集中、攻撃続行です!」

 

 指示に従い、次々と令嬢達が砲弾サイズの石を敵前方へと投射する。

 

 時速は150kmに迫るものがある重量物が、次々と敵船団に降り注いだ。

 僅かに、敵甲板の必死な声が聞こえてくる。

 

「──海賊狩りの、始まり」

 

 そんな混乱した敵の声を尻目に、アマルさんは無表情ながら、ちょっとワクワクした風に呟いていた。





tips:『私のことは、信じなくて、良い。でも──私の性欲は、信じて』

相手に合わせて、適当な言葉を選べる。
後年にアマルが兵卒をよく従えたと記される一因である。

相手がこちらを人間だと思っていなかったので、私は人間ですと敢えて下品に事故紹介してみせた。

本音は1割しかない。


tips2:『視線の先には、令嬢がキャピキャピ騒ぎながら──スリング、石を紐で括り付けて遠心力で加速させた後に投げる簡易投石機を運用している姿があった』

どんなのかと気になった方は、「でんじろう先生 投石」でググって頂ければと思います。
それの規模が大きい版なだけです。
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