貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ペンギン3
ルシア司祭のお誘い(実質的な呼び出し)に応じたのは、クロエさんから話を聞いた3日後のことであった。
こういうことを後回しにすると大体酷い目に遭うし、宿題は早めに片付けるに越したことはない。
まるでせっかちな学生みたいな論理を唱えながら、クロエさんとアマルさんの3人でリスボアの教会までやって来た。
「ごめんくださいましー」
迷いなくクロエさんが扉を開けて、教会へと入っていく。
遠慮が無いわけではなく、教会とは万人に開かれた場所であるからだ。
敢えて俗な言い方をすれば、公共施設。
図書館に入るのに、誰何しないのと同じとでも言えるか。
クロエさんに続いて、俺とアマルさんも教会へと足を踏み入れた。
因みに、アマルさんはリスボアに入るにあたって、俺と似たようなフード付きの外套を被っている。
リスボア内では、アマルさんの褐色の肌は目立ちすぎるための処置だ。
容姿を隠すように強要するのは申し訳ないが、アマルさん自体は"……お揃い"と呟いてたので、多分気にして無いと思う。
あと、このお揃いは喜んで良いものか。
フード被りの怪しい奴が二人、ペアルックにしても中々のハイセンスさだと思わずにはいられない。
まあ、周囲の人にチラ見されることはあっても、フードを脱げと強要されることはなかったから良かったが(十中八九、クロエさんが隣にいてくれたがための御威光である)。
「静か、ですね」
「人払いをしてくださっていたのですわね」
中に入った俺たちを、静かさが歓迎した。
椅子に一人は誰も掛けておらず、シンと耳に聞こえて来そうな静寂だけが存在していた。
リスボア教会は、決して大きくはない。
けれど、慎ましやかで静謐な雰囲気が漂っている。
清らかさが周囲に満ちていると、信じられる空間であった。
「…………あれが、そう?」
ただ、その最中でもアマルさんだけは、マイペースに空気に呑まれてなくて。
彼女が指差したのは、ステンドグラスが淡く瞬いている祭壇の下。
そこに──絵画みたいな光景が、あった。
長く床についている絹みたいな白髪に、黒と白を基調とした修道服の後ろ姿。
座り込みながら一心に祈りを捧げ、淡い七色の陽光に照らされている姿は、修道者然としている。
清廉を体現したならば、こんな姿になるのだろう。
「……あら、どちら様でしょうか?」
祈りの世界に居たはずの人は、自分以外の存在にいま気がついたのか。
近くにあった杖を頼りに、ゆっくりと立ち上がった。
「ルシア司祭、お祈りのところ失礼致しますわ」
「そのお声は……クローデット様ですね。ようこそ、お越しくださいました」
振り向いた彼女は、真っ白な肌と、何処か幼なげな顔に大人びた笑みを浮かべていた。
綺麗な人、そういう第一印象を抱いた。
ただ、それより気になるのが……。
この人が、ずっと目を閉じたままなことだ。
「クロエさん、この人の目は……」
「えぇ、そうですわ」
見えないのか、と問う前にクロエさんは頷いた。
一目見れば、どんな人か分かった。
手にしている杖は、白杖代わりのなのだろう。
しかし、見えてない筈なのに、何ら不自由さを感じさせないまま、彼女はこちらへと歩み寄ってきて。
「この通りに盲しいておりますが、この教会のことは全て把握しております。どうかご心配召されませんよう、に……」
教会の構造は把握しているから、怪我をする心配は無用である。
そう言いながら近づいて来たシスター、というか司祭の人は、何故か俺の方を見て(見えてない筈だが)、ピシリと石像の如く固まってしまった。
「あの、何か?」
何かしてしまったのか、それとも変なにおいがしたのか。
お風呂には入らないけど、ちゃんと身体拭いてるし、水浴びだって週に一度はしてるんだけどな……。
沈黙は暴力である、とは誰の言だったか。
妙な緊張と冷や汗が、俺の方にまでやって来る。
ただ、見えてない筈の目で、俺をまじまじと見つめようとしている様だった司祭の人は、何かに思い至ったようにポツリと一言。
「──御使様?」
何か、とんでも無いことを口走っていた。
え? とも、ん? とも取れる声が、俺の口から漏れる。
「見えないのに、分かる?」
そんな俺に変わって返事をしたのは、無表情なのに何処かドヤ顔に見えるアマルさんだった。
いや、いやいやいや!
話、ややこしくなるよ!
「気配を、感じるのです。地に足がついていない、宙に浮いているような」
「……そうなの?」
「違います!」
何かおかしな会話をして、話が壮大に脱線しようとしている二人に、流石に待ったを掛けた。
御使とは、すなわち天使のこと。
天下の教会で白昼堂々、"私は天使です♪"なんて、とち狂っても言えるはずがない。
当の司祭様からの問い掛けだとしても、明らかに事実と反しているし!
「あの、揶揄われては困ります」
「? 愚は、何か間違った問いを致しましたか?」
でも、油断ならない人だと思えた本人は、きょとんと首を傾げている。
真っ白な肌と髪のせいもあって、純真無垢さに溢れている様に見えた。
油断ならない人というよりかは、目を離すと色々な意味で危ない人なのかもしれなかった。
「……御使様ではありません、ジルベール・ネイと申します」
「まあ、これはご丁寧に。愚はルシアと申します、孤児院出身なため苗字は持ち合わせておりません」
マイペースに挨拶をされ、困ったことに毒が抜けてしまった。
これが交渉術の一環であるなら、エレーヌさんにも引けを取らないかもしれない。
あと、一人称が"愚"の人は初めて見た。
多分、相当変わってる人だ。
「ご機嫌ようですわ、ルシア様。この前に仰っておられたお二人を、お連れいたしましたわ」
「……そうでした。伺っていたのに、祈りを捧げているうちに、つい忘れてしまっていました。お茶の一つも出せず、申し訳ありません」
「ワタクシの方こそ、手土産の一つもお持ちできず。誠に失礼致しましたわ」
あと、ちょっと抜けてる。
お構いもできずに申し訳ない、とクロエさんとぺこぺこ謝りあっている。
教会の人に呼び出されたって警戒しながら訪れたのだけど、もしかして本当に興味本位で呼んだだけ、なのかな……?
「クローデット様は、御使様とアマル様を連れて来てくださいました。それだけで、愚は十二分に嬉しく思っていますよ」
「わ、ワタクシも、ルシア様のリスボアでの呼び掛けで、返しきれない程に助けられて来ましたわ!」
クロエさんとルシア司祭は、謝るだけではなく、互いに助けられたことに話は移り出して。
「もしかして、なのですが。お互いに満足しているならば、謝りあう必要はないのでしょうか?」
「言われてみれば、そうかもしれませんわね?」
ピタッと、天然すぎる謝罪合戦も勝手に幕を閉じていた。
ルシア司祭、よく分からない人だけど……クロエさんと波長が合うのなら、多分悪い人じゃない。
予断だけど、そう信じたい立ち居振る舞いがそこにはあった。
誰もいない教会内、そこの長椅子に腰掛ける。
ルシア司祭も、そっと俺の隣に着席してから話を始めた。
「今回お呼びしたのは、皆様方にお尋ねしたい事柄があったからなのです」
そう切り出してから、先程のぽわぽわした雰囲気とは違う真剣な面立ちで、問いを投げたのだ。
「皆様は──マリーナ騎士団は、ガリティアへ帰還する意志があるのでしょうか?」
その問いは、統治で忙しくなったマリーナ騎士団側が、敢えて棚上げしている問題である。
クロエさんは、酷く難しい顔をしていた。
「あ、あの、何故その様なことをお聞きになるのでしょうか?」
咄嗟に、ルシア司祭へ問い掛けていた。
クロエさんが考えを纏めるまで、時間とヒントを稼がなくちゃいけないから。
「リスボアにとって、とても重要なことだからです。民衆の皆さんの態度が、それによって変わることでしょう」
「……もしかして主題は、マリーナ騎士団じゃなくて、クルアン教徒の人達のことですか?」
「流石は御使様、ご賢察で御座います」
ルシア司祭がここで問題にしているのは、やっぱりクルアン教徒の人達のことだった。
「愚の言葉は、一時的に皆様を落ち着かせたに過ぎません。ただ、我慢を強いただけなのです」
「このままだと、我慢させた分だけ余計に陰に籠ると?」
「ですので、いつまでとお聞き致しました。いずれ出立されるご予定ならば、皆様は我慢できます。期限が決まっていることに対しては、人は寛容さを抱けますので」
期限があれば、寛容になる。
その言葉は、確かにと思わされた。
道理でもある。
増税なども一時的なものならば、民衆はある程度我慢する。
それが恒常的なものになれば、我慢した分だけ転じて憎しみとなるだろうが。
クロエさんは、まだ考えている。
ただ、相当悩ましげなお顔をしていた。
「アマル様も、マリーナ騎士団と共に行動なされるのでしょう?」
「……彼の居場所がそこだから、そうなる」
「素敵なことです」
ここまで聞いて、話の趣旨は理解できた。
ルシア司祭は、ただ助け舟を出してくれただけじゃない。
リスボアの人間として、今後のこの都市の在り方について探りを入れに来たのだ。
「英雄である皆様方に、出て行けと言っている訳ではございません。ただ、今のリスボア人々は落ち着きがありません」
「上が何と言うのか、耳をそばだてていると?」
「はい、身の置き場に困っているのです。だから、クローデット様やアマル様から、色々とお聞きしたかったという事情がありました」
いずれ去るならば、全てが丸く収められる。
そうでないならば、新たな共生の構築を考えるために。
成程、理解した。
ルシア司祭は、利他的な人間だ。
リスボアの人達のために、クロエさんの手が回って無いところを調整してくれようとしているのだ。
ただ、そのロジックは統治する側の人間のもの。
この時代に教会に属するということは、影響力を強く持つのと同義なのだろう。
ルシア司祭本人はともかく、教会自体には警戒心を持っておいて良いと留意事項として心に留めておこう。
「…………ガリティアへの想いは、持ち続けておりますわ」
幾つか質疑を重ねて、考えが纏まったのだろう。
ポツリと、クロエさんが漏らした。
「では?」
「ですが……望郷の想いがあれど、ワタクシ達には名分が無くなったのですわ。大公から逃げて、イスペリアに落ち延びた日から」
どこか苦しく、屈辱も合わさった様な。
言葉の苦さを噛み締める言い方であった。
「志ある者は、ガリティアに留まり地に伏せました。ワタクシ達はそんな方々を見捨てて、大公ではなく異教徒に刃を向けた。王家への忠節より、イスペリアで生きていくために戦う道を選びましたわ」
それは、事実である。
祖国への忠誠よりも、イスペリアに組み込まれることを選んだ。
ただ、それはクロエさん一人で決めたことじゃない。
俺やエレーヌさんも関与したし、マリーナ騎士団のみんなだって反対しなかった。
生きるためには、それが正解だった。
皆で生きていくことを、イスペリアと同盟を結んだ時に決めたのだ。
「後悔、しては……おられないのですね」
「お分かりになりますの?」
「お口は苦そうでも、俯いた気配が致しません。しゃなりと、背筋が伸びておられるのですね」
ルシア司祭は、目が見えてないのに見えているみたいなことを言った。目が見えない分だけ、他の全てで他者を感じているのだろう。
見えて普通に過ごしている人より、分かることが多いのかもと思わせられる。
「……それでも、と思ってしまうのは、未練なのですわね」
クロエさんは、困った時の笑みを浮かべた。
責任を背負ったからには、容易に投げ出せないと理解しているから。
「故郷を思う気持ちは、誰しも持っております」
「お気遣い、痛み入りますわ。そして、これからご迷惑をお掛けしてしまうと思いますが……」
要するに、イスペリアで生きていくと、そういう宣言でもあった。
故郷へ戻りたい思い、大公を捨て置かない気持ち。
様々混ざり合ってると思うけれど、それに蓋をしようとして。
どうか、今後も力を貸してもらえないかと、そういった旨を伝えようとした。
「…………愚は、司祭です。神婦(神父の女版)の身の上です。ですから、様々な子羊達の話を聞くことがあります」
「ルシア、様?」
けれど、そんなクロエさんに、ルシア司祭は何とも複雑そうな表情を浮かべて。
「愚は盲いた身の上ですので、自らの立場を気にせずに、様々な方がお話を聞かせてくださいます」
「ルシア様の人徳ですわ」
「とんでもございません。それで、ですね……。ガリティアの外交官を名乗るお方から、聞いたことのあるお話なのですが」
あくまで、確証はない。
ガリティアの外交官を、自称する者の話を聞いただけである。
そう前置きをして、ルシア司祭は……。
「──ガリティアのシャルロット王女殿下が、まだご存命であると」
何か、とても大切なことを口にした。
名分は、あるかもしれない。
どうしますか、クローデット様、と。
クロエさんは目をかっぴらいたまま、携帯が着信した時みたいにブルブルと震え出して。
「で、ででででっ」
「でんでんむし、ですか?」
無論、違う。
「で、ですわ〜〜〜〜〜っ!!!!!」
静謐だったリスボア教会を鮮やかに切り裂く、そんな"ですわ"がこだまする。
無いと言った大義名分が、存在するかもと知覚したですわであった。