貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ペンギン3
ルシア司祭からもたらされたのは、ガリティア人として捨て置けない情報であった。
ガリディア王女、シャルロット殿下ご存命の報。
ガリティア人であり、ガリティア貴族であった身からすれば、本当に喜ばしい。
……ただ、その報告が本当であれば、と但し書きが付くが。
「ほ、ほほほ、本当ですの!?」
裏返った震え声で問い糺すクロエさんに、ルシア司祭は率直に返事をした。
「分からないのです」
「分からない、ですか?」
白髪を揺らして首を傾げながら、ルシア司祭は困り眉になって。
「はい、愚はこの通りの目ですから、その人物の身なりを確認できないのです。それに外交官と仰られても、初めてお聞きする方の声でしたので……」
外交官が本物か、それとも単なる自称なのか。
それを確認する手段が無かったと、申し訳なさそうに告げた。
「ですが、明らかにおかしいと思いましたので、お耳に入れさせていただきました。単に悪質な噂話であった場合、お心を乱すだけになりますね。確証もないままに、申し訳ありません」
ルシア司祭は、深々と頭を下げた。
長い白髪が床を撫で、綺麗なのにと思ってしまう。
「い、いいえ、とんでもございませんわ! どうか、頭をお上げくださいまし!!」
多分、クロエさんも同じことを思ったんだと思う。
慌てて、その体をそっと抱き起こした。
「ルシア様には、何一つ瑕疵はございませんの。そのようなこと、なさらなくてよろしいのですわ」
「クローデット様は、慈悲深く在らせられますね」
クロエさんの手を、ルシア司祭は軽く握った。
感謝と共に、親愛を示すジェスチャーだ。
ちょっとだけ、クロエさんは照れくさそうにしていた。
「そんなことよりも、ですわ! ……明らかにおかしいとは、どういうことですの?」
褒められた照れくささを隠すように、一体どういうことなのかを深掘りし始めた。
多分、これはアマルさんの手前だから、格好つけたのだと思う。
クロエさん、案外褒められ慣れてない上に恥ずかしがり屋さんだから。
「単純な話です、クローデット様。ガリティアの外交官の方が真にシャルロット殿下をお救いしたいのならば、情報を伝えるべき相手は、愚ではなく貴方だからです」
「……確かに、その通りですわ!」
けど、その恥ずかしがり屋さんは、ルシア司祭の正論を前に、何処かへと旅立つ。
キリリとした、格好良いクロエさんが戻ってくる。
「何故ワタクシではなく、ルシア様にお話……というよりも、密告ですわね。あの叛逆者が隠しているであろうことを、ルシア様に囁いたのですわ?」
「愚にも、分かりません。イタズラか、弱音を吐いただけか、それとも……」
ルシア司祭は、言葉を途切れさせた。
敢えて口にすれば、何か災いに見舞われるのではといった風に。
「──謀略か、ですね」
けれども、ここで話を打ち切るわけにはいかない。
何らかの意図を持って、噂を流そうとしたのならば、ある意味でそれはクロエさんへの攻撃にもなりうるのだから。
だから、ルシア司祭が飲み込んだ言葉を、俺が引き継いで放言した。
「誰かが、ワタクシ達を貶めるか、或いは誘導するための情報を撒こうとしたということですわね」
「断言は出来ませんが、可能性は捨てきれません」
マリーナ騎士団を敵視している者など、探せば幾らでも出てくるだろう。
例えば、外国人が領主になったことに反感を抱いているイスペリア貴族。
例えば、クルアン教徒を追い出すために、名分を与えて行動を促そうとしているリスボアの中の誰か。
考えれば、幾らだって想定できる。
それに、一番の容疑者といえば……。
「例えば、ガリティアの──大公の謀略だとか」
マリーナ騎士団を一番疎ましく思ってる者は、ガリティアで処理し損ねた大公その人だろう。
「影響力を持ち始めているマリーナ騎士団を、早めに木っ端微塵にしようという腹ですの?」
「イスペリアでの活躍がガリティアまで轟いて、国内で潜んでいた親女王派閥の人、もしくは反大公の人達が蠢動し始めたからなのかもしれません」
あんな手段で国を収奪したのだ、敵は多いだろう。
粛清で主導権を握り、恐怖で従わせるといっても限度はある。足元が揺らいでいるから、揺らがせる原因になり得ているマリーナ騎士団を除こうとした謀略の可能性も、あり得なくはない。
……けど、これはちょっと、公平な推測というよりかは、願望が幾分に混じっている。
「ですけど、手段が迂遠すぎます。効果があるか分からない上に、殿下が存命しているという幻想だけが、一人歩きしかねません」
そう、大公ならば、もっと悪辣な策略に手を染めてきてもおかしくない。
例えば、それこそマリーナ騎士団……いや、令嬢達の親の醜聞を撒く(事実か否かは問わないもの)だけでも、統治しづらくするという意味では、十分な嫌がらせになるだろう。
それに対して、この情報は、誘導する意図はあるが、それ以上を感じない。
こうなれば良いなと、何というか上振れを期待する様な感じ。
端的にいえば、本気ではないといったところか。
「……つまりは、どういうことですの?」
「マリーナ騎士団を害する理由を持っているのは大公ですが、大公にしてはやり方が生温い感じがあります。多分、別の人物である可能性が高いです」
大公かも、と口にした身でわざわざ遠回りして結論を出したのは申し訳ないが、話しながらで思考を整理することが出来た。
話を聞いてくれたみんなに、要感謝である。
「誰かが、ガリティア外交官の立場を称して、ルシア司祭を通じて、マリーナ騎士団に何かを仕掛けて来た。今のところ断言できるのは、これくらいです」
「何者かが、ワタクシ達の足元で蠢動している、ということですわね」
「はい」
何も分かりません、とは見栄を張ってしまって言えなかった。
けれども、クロエさんは気にした風もなく、一歩前進と見なしてくれているのだから、有難いやら不甲斐ないやらで、いっぱいいっぱいだ。
「……貴方でも、すぐ分からない?」
「人間ですから」
今まで沈黙を守っていたクロエさんが、無表情ながら不思議そうに首を傾げていた。
この人は、俺のことをだいぶん買い被っている。
過大評価してくれているから、分からないという俺の言葉を疑っているのだと思う。
「人間……」
「何も分からないってことが、天使ではない証明になりませんか?」
元より、俺の嘘より発した天使の看板。
正直にいって重いから、下ろせるなら下ろしたい。
だから、若干の意地悪さを感じながらも、過大評価の源泉たるそれを除こうとした。
「……天使であること、は、天使である、事実からくるものじゃ、ない」
「え?」
けど、アマルさんはよく分からない理屈で、謎の切り返しを見せて来た。
天使でないのは事実だけど、俺を天使と呼ぶ理由は他にあるのだと。
「天使は、事実じゃなく、行動で、形作られる」
「えぇ……」
アマルさんは、天使みたいな振る舞いをしたから、天使なんだって言っている。
いやいやいや、いやいやいやいやいや。
それだったら、詐欺師が天使っぽく振る舞うだけでも、その詐欺師は天使ということになってしまう。
そんな理屈、通るわけがない。
「まあ、興味深い理屈です」
当然、聖職者たるルシア司祭が、そんな暴論を見逃すはずがなかった。
よし、ルシア司祭頑張れ!
いつも天使扱いしてくる謎天使ハラスメントを敢行してくるアマルさんを、コテンパンにやってつけちゃってください!!
「何か、疑義、ある?」
「いいえ」
ん?
「思えば、メシアもそうです。言葉ではなく行動、献身的な布教活動を通して、聖教を根付かせました。仮にメシアが何もせず、我こそは主の神子であると宣するだけならば、心動かされる者は少なかったでしょう」
あの、ルシア司祭?
「行動を見た他者が、その人物のことを判断する。全能たる主ではない、人の身である我々の価値基準からすれば、中々に的を射ている意見です」
何故か、ルシア司祭はアマルさんの言を絶賛していた。
本来なら、そんな大それたことを言うもんじゃない! と一喝されてもおかしくない内容なのに。
「異教徒の、言葉、なのに?」
無表情で困惑を隠さないアマルさんに、ルシア司祭は淡く微笑んだ。
「貴女は愚のことを知らなかったと思いますが、愚は貴女を知っていました。まだ、リスボアが異教徒のあなた方に征されていた時のことです」
懐かしむには近しい時間を遡って、ルシア司祭は回顧し始めた。
「当時のリスボアでは、治安が荒れ、多くの嘆きが溢れていました」
「…………」
「ですが、そんな中で。暴虐を律する声が存在したことも、覚えています」
言わずもがな、伝わることがあった。
アマルさんも、無表情ながらに思い当たることがあったみたいだ。
「愚は、盲しいています。ですから、他の方よりも、実際の酷いリスボアを知覚できておりません。ですが、その分耳は良かったのです」
──貴女の声は、届きました。
そう言って、ルシア司祭は微笑んだ。
「……物好き?」
「あなたの言うように、行動を評価しただけです」
一本取られた、そう言うようにアマルさんは無表情にそっぽを向いた。
向いた視線の先に俺がいたから、また顔の向きを変えると今度はクロエさんのお顔がある。
みんな、俺も含めて柔らかい表情をしてたと思う。
逃げ場がないと悟って、アマルさんは小さく溜息をついた。
「……つまり、彼が天使と、認める?」
「愚は、その様に思っている。そう受け取ってください」
けど、なんか良い雰囲気になって誤魔化せると思っていた天使が云々という話が秒速で掘り起こされて、俺の方は深々とため息が出たのは仕方なかったことであろう。
行動が評されるというのなら、それこそ俺なんかよりクロエさんが一番天使なのに。
イスペリアの救国天使、クロエエル……語呂悪いな。
クロエールとかなら、応援してくれる天使っぽくなるだろうか?
「ジルさん、如何されましたの?」
「いえ、何でもないです」
俺がイチャモン付けられるのなら、他人も巻き込んでしまおう。
そんな思考は小学生レベルなので、救国天使クロエールはあえて胸の中にしまっておくことにした。
ただ、あまりに天使ジルベールが云々の話をされ過ぎると、天使クロエールの噂が舞い降りかねないので、どうか気をつけてくださいね。
我関せずと、ニコニコ見守っているだけだったクロエさん……。
「話が思いっきり脱線しました、戻します」
「王女殿下存命の噂の出どころ、ですわね」
「はい、ここは調査するべきでしょう」
その後、天使談義……という名の、俺の妙に盛りまくった怪しい話をアマルさんが始めようとしていたので、益体ない話を打ち切って話を元に戻す。
アマルさんもルシア司祭も、無念そうな気配を漂わせるのやめてください。
「ヒントは、ガリティアの外交官を名乗ったことくらいですわね」
「その肩書きも、本当かどうかを調べないことには分かりません。けど、本当に問題なのは、その肩書きが本物だった時のことです」
とにかく、何がともあれ問題はそこだった。
酒場の酔っ払いがやって来ての戯言なら、舌打ちしつつおかしな噂を流すなと注意すればいい。
何某からの謀略でも、粛々と対処すれば良い。
だけど、これが本当に公の立場を持つ人間の仕業なら、どんな形であれ無視できない。
「本当ならば、否が応でも動き出さなければならない。そういうことですわね?」
「はい、そういうことです」
ガリティアからの亡命者は、王家への忠誠心は勿論あるが、今はそれと同じくらいに大公を怨んでる。
事情が本当ならば、勝ち目があろうが無かろうが関係なく、すっ飛んで行きかねない。
それを制御しようとすれば、令嬢達に不忠者と詰られることになるだろう。
「……兎にも角にも、事実を確認することからですわね」
色々と噛み殺しながら、クロエさんはそれだけ呟いた。ガリティア貴族としての矜持から、すぐにでも飛んで行きたいと思っているであろうに。
「先ずは、リスボアに訪れた経歴がある外交官を洗う必要があります。クロエさん、心当たりは?」
「ガリティアの人物は、心当たりありませんわ」
「なら、その辺りに網を張れてるエレーヌさんを当たるべきですね」
方向性は決まった、ならば動こう。
どうにもソワソワする問題だし、こういうのは動いている内に落ち着いてくるものだし。
「ルシア様、とても貴重なお話でしたわ。感謝申し上げさせてくださいまし」
「いいえ、クローデット様。愚の方こそ、皆様とお話しできて、とても有意義な時間を過ごせました」
会話が終わることを惜しみながら、クロエさんとルシア司祭は握手を交わした。
「様々事情はありますが、良い方向に動くことを願っております」
そんな言葉に見送られて、教会を後にしようとした。
しかし、ルシア司祭は何かを思い出したみたいに、声を上げた。
「御使様、最後の一つよろしいでしょうか?」
「……御使いじゃありませんが、何でしょうか」
それも、俺に対してだった。
クロエさんに浮かべていた微笑みはなく、何処か真剣な表情で問い掛けてきたのだ。
「御使様、あなたは何故──この地に舞い降りられたのでしょうか?」
ただ、真剣な眼差しから繰り出されたのは、俺の答えられる範疇にない質問であった。
「……再度、言います。俺は、御使いではありません」
「御自覚がないのか、それともそう言い聞かせているのでしょうか?」
困ったことに、ルシア司祭は自分の世界に入ってしまっているのか、こちらの言い分にはあまり耳を傾けてくれない。
俺が天使であることを前提に、話をしてしまっている。
聖職者的に、本当に大丈夫なのだろうか?
「どちらにしても、御使様が良いと仰るのならば、愚はこれ以上申しません」
けれども、本人は至って真剣である。
聞き流すにしても、その声がどうしてか耳に留まってしまう。
なので、半ば仕方なく耳を傾け続けて。
「ですが、ここが地上であるとお気づきになられ、翼を失うことになった時──どうか愚をお頼りください」
言葉の一つ一つが、脳裏に明記された。
多分、ルシア司祭の心配は本物だから。
思い遣りなら、投げ捨てるのは心苦しいって気持ちがあったのかもしれない。
「困った時には、頼らせてもらいます」
「約束いたします、その時は愚は力になると。──主よ、御使様に試練を与えられません様に」
今度こそ、教会を後にする。
ルシア司祭は己の両手を絡ませて、祈る時みたいに硬く握り合わせていた。
「変わった、人でしたね……」
「とても賢明で、慈しみがあるお方ですわ」
「変人なのは、多分そう」
「アマルさんは、自分がもっと様子がおかしいと理解してください」
「頭の様子がおかしいのは、ジルベールの方。普通の人と、違う」
そういうアマルさんは、感性が普通の人と一線を画していると思う。
ルシア司祭と仲良くなってたのも、独特の世界観を持っている者同士だからなのかもしれなかった。
「私も、ジルベールが困ってたら、助ける」
「無論、ワタクシもですわ!」
ただ、口下手なアマルさんとは違い、ルシア司祭の言葉には奇妙な誘引力がある。
お陰で、クロエさんもアマルさんも、俺のみに何か起こるのかもしれない、なんて予感が巡ってしまっているみたいだった。
そんなこと、多分無いはずだけれど……。
「勿論、二人とも頼りにしてます。だか、俺のことも、ぜひ頼ってくださいね」
頭を振りかぶりながら、精一杯明るい声を出した。
俺は元気だと、問題ありませんと伝えるために。
二人は、顔を見合わせた。
「「既に、頼って(る)(おりますの)」」
そっか、なら良かった。
今後も、役に立ち続けられたらいいな……。
そんなこんなを話している内に、気が付けばリスボアの行政府、その中にあるエレーヌさんの執務室へと辿り着いた。
教会の時とは違い、クロエさんは扉をノックして"どうぞ"と返ってくる。
風邪でも引いているのか、低めな声だった。
「エレーヌさん、お聞きしたいことがございます……の?」
部屋に入って、クロエさんが固まる。
中に、エレーヌさん以外の人が居たからだ。
肩にかかるまで伸ばした金髪に、どこかイタズラっぽい表情。笑みを浮かべている姿は、どこか猫っぽい。
「ちょ、ちょっとお母さん! 勝手に返事しないで!!」
「あらエレーヌ、良いじゃない。それとも、お母さんのこと、人には紹介できない性悪とでも思っているのかしら?」
「お母さんは性悪だけど、そうじゃなくて、それはボクの職分だからだよ!」
一方でエレーヌさんは、取り乱し方にその人へと抗議していた。
ていうか、今、お母さんって……。
「エレーヌさんのお母様、ですの?」
目を丸くして尋ねたクロエさんに、その女性は嫋やかに腰を折って一礼した。
「お初にお目にかかります、リスボア伯。私はレベッカ・リオン、このエレーヌの母にしてリオン子爵家当主、それから──」
ガリティアの外交官として、活動しております。
エレーヌさんのお母さんであるレベッカさんは、こともなさげに、そう告げたのだった。