貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ペンギン3
エレーヌさんのお母さん、レベッカさんが口にしたこと。
"ガリティアの外交官として、活動しております"
その言葉は、否が応でもこちらの警戒心を刺激した。
無論、エレーヌさんの家系が代々外交官を務めていることは、元より承知している。
けど、この時期に、この場所で。
ルシア司祭から情報を提供された直後であることもあって、胡乱な目になってしまいそうになる。
「初めまして、リオン子爵。ワタクシはクローデット・ジラール・リスボア、ジラール伯爵家の縁故、そしてリスボア伯爵家を任された者ですの」
けど、クロエさんは社交慣れしてるのもあってか、礼儀で自分を包んで、疑いはおくびにも出さなかった。
「エレーヌさんのお母様ならば、友人のお母様ということですわ。ここは公式の場でもないことですし、どうかラフな言葉遣いでいらしてくださいな」
いや、どうにも違うみたいだ。
クロエさんは情が深いし、相手がエレーヌさんのお母さんだから、疑う発想を除外している。
でも、それで良いのかもしれない。
疑うのは俺の仕事だし、クロエさんに疑心暗鬼になって欲しいわけでもないから。
「よろしいので?」
「娘の友達と接するように、お話しくださいまし」
クロエさんの言葉に、レベッカさんはニンマリと笑って。
「じゃあ、お言葉に甘えて。いつもエレーヌがお世話になってるわ、迷惑掛けてないかしら?」
「お母さん、図々しいよ!」
「図々しい、外交官の長所ね」
「お母さんのは短所!」
「あら酷い、反抗期?」
「反抗させてる張本人が、何言ってるの!!」
自分の娘を揶揄いながら、レベッカさんはガラッと雰囲気を変えた。
娘と仲が良い、親しみやすい人。
エレーヌさんの反応を見る限り、演技ではなく素であるのだろう。
と言うか、エレーヌさんの様子もおかしい。
いつもの余裕のある感じじゃなくて、必死に親に言い返している姿は、年相応の女の子になってるみたいだ。
「エレーヌ、もう少しウィットに富んだ返しをなさい。反抗は自立のための一歩目だとか、人生に刃向かいたくなる時もあるとか。外交官になったのでしょう?」
「っ、おしゃれに言い繕う相手なら、そうさせて貰うけどね!」
レベッカさんは実に楽しそうで、対してエレーヌさんはプルプルと涙目になっていた。
友達の前でって考えると可哀想だけど、新鮮なエレーヌさんを見れたって気持ちもある。
事実として、クロエさんは優しい目で外交官の親子を見ていた。
「それでクローデットさん、そちらの外套を着ているお二人は? 貴方の手か耳かしら?」
レベッカさんは、俺とアマルさんへと視線を向けた。
手か耳、暗殺者か諜報員かって質問だ。
どちらも違うと、クロエさんは緩やかに首を振った。
「お二人とも、お顔を見せて差し上げてくださいな」
そう言われては、アマルさんはともかく俺の方は隠し立てできない。
ゆっくりとフードを下げると、レベッカさんは"まぁ"と漏らして。
「驚いたわ。そっちはクルアン教徒よね、それにこっちは噂のコルドラの天使様だったなんて」
思わず、顔が引き攣りそうになる。
その妄言、一体どこまで広がっているのか。
考えただけで、辟易とする。
「ジルベール・ネイ、天使ではなくて占い師です。お見知りおきください」
「へぇ、占い師?」
レベッカさんは、益々楽しそうであった。
占い師に、何か惹かれる要素があったのだろうか。
「見えないモノを商ってるのね」
「見えないモノを具体化して、解消した気になって貰うのが生業です」
占いのことを、プラシーボ効果による気つけ程度のものですと紹介すると、くつくつとした笑いを溢した。
「詐欺師なのね?」
「部分的に言えば」
クロエさんがギョッとした目を向けてくるが、事実であるから仕方がない。
占いにそういう面が無いと言い切ったら、それこそ完全な詐欺だ。
「部分的にっていうのは?」
「占いを欲しがる人は、大体が指針を欲しがっているか不安を解消したい人です。溺れていて、船が欲しいけどないから、藁に縋る思いで占いにきます。だから、そのまま藁を売り渡しているだけです」
「溺れてる人に藁を、ね」
言い切ったら、レベッカさんのクツクツとした笑いは、段々と変質していった。
「アハ、アハハハハ!」
「え、お母さん?」
「溺れてるから藁を売る! 良いわね、それ!!」
無茶苦茶ウケた。
ぇ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど……。
本当にこれ、面白いの?
下品なこと、言ってるつもりなんだけどなぁ。
「ジルベールくん、この人は性格悪いからセンスも終わってるんだ。あまり喜ばせるジョークを言わないで」
辛辣すぎるエレーヌさんの方が、正直100倍くらい面白い。
漫才だと、ツッコミ役とかになれる。
時たま天然さんなクロエさんと組むと、結構良い線まで行くと思う。
「エレーヌ、分かってないのね。ジョークじゃないのよ」
でしょう? とレベッカさんにウインクされる。
曖昧な作り笑いを浮かべ、頷いた。
大声で言えることじゃないけど、占いってそういうものだから。
「ジルベールくん、今日は少し露悪的だね」
困惑気味に、エレーヌさんが俺を見てた。
けど、その気持ちもわかる。
今まで、こんな話は身内でもしてこなかったし。
エレーヌさん視点からすれば、急に俺が悪ぶり始めたように見えるだろう。
「……天使だなんだと言われ続けると、少しは悪ぶりたくもなります」
でも、俺にも理由はあるんだ。
我がことながら、子供っぽい癇癪だとは思うけど。
そんなことを溢すと、ケラケラとレベッカさんが笑った。
この人、ずっと笑ってるな……。
「グレたくなるお年頃なんだ?」
「……人生の反抗期、ですから」
「なるほど、それは仕方ないわね!」
さっきのこの人の言葉を引用すると、実に楽しそうに一本取られたという反応を見せた。
今なら俺が箸が転がすだけでも、何か深遠な意味を見出して笑ってくれそうである(箸なんて、転生してから見かけたことないけど)。
一通り笑い終えた後、レベッカさんはウンウンと頷いて。
「エレーヌ、反抗期は卒業して思春期に入るべきね。この子、すごく素敵な子よ、お母さん応援するから」
「ですわ!?」
「ちょっ、なに言ってるのお母さん!?」
どこかで聞いたような文言を紡ぎ始めた。
何というか、コルドラあたりで。
大人って、子供をからからないと生きていけないのかな?
「だってこの子、話にセンスあるし、相手の意図を掴む能力も高いわ。外交官の夫として、重要な素養よ?」
「それはボクの……じゃない、お母さんの都合でしょ! ジルベールくんにメリットなんて、何もないじゃないか!!」
エレーヌさんの訴えに、レベッカさんは小さく首を傾げて。
「ジルベールくん、うちの娘はお嫌い?」
なんか、とんでもないキラーパスを寄越してきた。
ギョッとしたのは俺だけでなく、エレーヌさんもクロエさんも目を見開いて。
アマルさんは、ジーッと俺を見つめていた。
質問が強烈過ぎて、どう答えても気まずくなる。
そういった意味で、皆も注目してしまっていた。
「……俺にはもったいない人です」
「あら、押せばいけそうね?」
「お母さん、ふざけないでっ。いい加減にしてよ!」
何とか、言葉を選んで誤魔化しにかかると、即座にエレーヌさんが助けに掛かってくれた。
安堵して、重たいため息が出る。
オクタヴィアさん以上に、カロリーを使わされる人だ。
反撃できないタイプの、一方的に耐久戦を強いられる相手的な意味で。
「ふざけてないわ、結構本気だったのだけれど?」
「尚更悪いよ、それじゃあ!」
「貴方だって別に、この子が嫌いじゃないのでしょう?」
「そうだけと、そういう観点じゃなくて……」
色々と頭が痛そうに、エレーヌさんがチラリとクロエさんへと視線をやった。
タスケテと、そういう意味なのか。
クロエさんは僅かに狼狽した後、引き攣った笑みで仲裁に入った。
「レベッカさん、どうかそれくらいで。ワタクシの顔を立てて、どうかご勘弁くださりませ」
さしものクロエさん相手には、レベッカさんも落ち着いて。
「なるほど、前が詰まっているということね」
「い、いえ、あっ、そういう訳かもし散らかしてる場合もあるかもしれませんでしてよ!?」
なんか言葉が混戦して、よく分からない言語を発しつつも、凄い勢いで言い切った言葉に、レベッカさんも一瞬呆気に取られたように目を瞬かせて。
「──あは、あはははは!」
さっきの時と同じくらい、大きな笑い声を立てたのだ。
「あー、いや、おもしろいわね。側から理解すると、楽しくて笑えてきちゃうくらいに」
「ど、どうか、ご勘弁くださいまし!」
けど、どうしてかクロエさんは慌ててて、レベッカさんはニマニマしている。
どうかどうかと宥める姿は、弱みでも握られてしまったみたいに。
「クロエさん、どうしたんですか?」
「ジルさん、本当に何でもなくてよ信じてくださいな!!」
「あっはい」
どうにも、俺には知られたくない何かがあるらしかった。
……女性同士ならわかる、えっちな符丁か何かがあったのだろうか?
そうだとしたら、掘り返すのはあまりに墓穴掘る行為だけど。
「俺が聞かない方がいいタイプのことですか?」
「ジルさんが聞かない方がいいタイプのことですわ!」
そういうことらしいので、これについては追及しないことにした。
いや、いつから猥談始まってたんだよ。
怖いよ、符丁で猥談してるって考えると。
「こほん、まぁ良いんですけど……」
とにかく、もう手遅れかもしれないけど、少なくとも俺だけは、呑まれないように注意しなくては。
「お母さんがごめんね、本当に」
「いえ、構いません。それより、聞きたいことがあるんです」
「何でも聞いて」
会話をひと段落つけて……というよりも傍に寄せてから、俺はここに来た目的を果たすことにした。
「──レベッカさんは、どうしてこちらに?」
そう、ルシア司祭に絡んだガリティア外交官の問題について。
レベッカさんは、容疑者の1人でもあるのだから。
「娘の顔を見に来たの」
何も隠すことがないという風に、レベッカさんは堂々と答える。
……本当にそうなのか、開き直っているだけなのか。
どちらなのか、見当が付かない。
「それだけ、ですか?」
「何か、理由があって欲しいの?」
「さて、どうでしょう」
口にしながら、尋ねて直ぐに話してこないということは、本当に知らないのか、或いは情報自体が虚報かもしれなかった。
王女殿下生存なんて、尋ねたら知らぬ存ぜぬで通しきれないタイプの事柄だし。
「ふーん、何だか知らないけれど、私は疑われているのね?」
「え、ジルくん?」
面白そうなレベッカさんと、困惑しているエレーヌさん。
親子で対比が出来ている中で、俺は愛想笑いを浮かべた。
「ちょっと知りたいことが、あるだけです」
「何か教えて欲しいってことかしら?」
「ええ、出来ればタダで、全部」
知ってますか、とは尋ねなかった。
知っていることを、話してくださいと尋ねた。
少なくとも、合法的にマリーナ騎士団と接触できる人物に、大公が何も細工をしてないなんて思えなかったから。
噂の一つ二つは知っているだろう、握らされたものがあるはずだって推測。
でなければ、幾ら親子とはいえ、大公から目を付けられているであろうリスボアにこうも白昼堂々とやって来れるはずがない。
確証はないから、正直にいうと鎌かけみたいなものだ。
なので、すっとぼけられると打つ手がなくなる。
「……タダで、ね」
でも、レベッカさんは、楽しんでいるみたいに呟いて。
「元より、お土産代わりに待たされているんですよね?」
──大公から、情報を。
口には出さなかったが、伝わっている。
レベッカさんは、満足げに笑みを浮かべて。
「占ってみたら、どうかしら?」
「当たっていたら、認めてもらえるってことですか?」
「ふふ、そうかもしれないわね?」
胡乱だった、怪しげだった。
でも、尋ねれば答えようってことは、情報をやり取りする意思が存在してるってことでもある。
俺は思わずため息を吐きながら、懐よりカードの束を取り出した。
そのカードの束は、多分まだこの世界には生まれてないだろう、占いの道具。
ばぁやから仕込まれる占いの手順が大変だったため、色々と手間を省くために作成してもらったカード群だ。
「それは?」
「タロットカードって呼ばれる、札占いです」
前世のうろ覚え知識を動員して、ガバガバだけれど作成できた代物だった。
小アルカナまで覚えてなかったから、大アルカナの22枚しかない束だけど。
でもまあ、それでも構わないだろう。
何せ、俺しか使い手が居ないのだから。
多少しくじったり手順が違ったりしても、誰からも突っ込まれることはない。
何なら、恣意的に占いの結果を歪めてしまうことだってできる。
詐欺師も良いところだけど、それが俺がタロットカードを用いている理由だったりする。
現代だったら、占いの腕がどうこう以前に、ごっこ遊びと揶揄される程度の腕しか持っていないが、この世界では俺しか使い手が居ないから、何の問題もありはしなかった(後世のタロット占いをされる人には、悪いとは思ってます)。
「占う内容は……レベッカさんが、ここにいる理由で」
「ええ、それで良いんじゃないかしら?」
カードをテーブルに広げて、円状にシャッフルしていく。
グシャグシャと、とにかく法則性がないように。
かき混ぜてから、またデッキの山に整え直す。
そうして、そこから三つの山にカットして、一つの山に整え直す。
その束から、適当なカードを一枚引く。
引いたカード、その絵柄は……。
「力の、正位置」
ライオンが、女性に口を閉じさせられている絵柄のカード。
このカードは、力(ライオン)を理性(女性)に従わせようとしている構図である。
力の正位置が意味するのは、理性や意志の力で、本能などを調伏している状態を指す。
このカードが意味するところから、レベッカさんに対して、こじつけられることといえば……。
「貴方は、大公から命令を受けた。その範疇を逸脱しないように、行動している」
微笑が、変わらずに浮かんでいた。
それだけではないんでしょうと、そう言いたげな。
……あまり確証のないことは言いたくないが、言い切らないと否定も肯定もしてもらえないのだろう。
なので俺は、推測を重ねたミルフィーユみたいになってる想像を、ぶつけることにした。
間違ってても、俺が恥を掻くだけだ。
戦場での予断は命に関わるけど、この場に置いては俺のちっちゃなプライドくらいしか掛かっていないから。
「──でも貴方は、やることをやった上で、自由に振る舞った。いや、自由に振る舞うことを許可された、かな」
「へぇ」
整っていた微笑から、僅かに口角が上がる。
俺の推測を、面白がっている。
「貴方が大公に命令されたのは、波紋を立ててどのようなアクションを起こすのかってこと。だから、ルシア司祭の方へと情報を届けたんです。クロエさん本人に伝えるよりも、市井の噂として定着したほうが、より反応を見て取れるから」
つまり、この人がここにいる理由は……。
「俺たちの反応を観察して、情報を届けるのが貴方の仕事なんじゃないですか? 大公は──俺たちに興味があるから、試すようなことをしている」
大公の気紛れ。
本気ではない戯れのために、この人はここにいる。
俺が持っている情報を総合して、あくまでそれっぽい推測を立てたらそうなっただけの当てずっぽう。
違うと言われたら、否定なんてできない。
というか、あえてこの人に逃げ道を残した。
全部大公のせいにして、自分は悪くないって言い繕える逃げ道を。
正解か否かより、もっと情報をくれればよいと。
それに、レベッカさんはマジマジ俺をまた答えた。
「貴方、溺れている人に藁を売りつけるのが占いって、確かそう言っていたわね?」
「はい、今回溺れているのは俺自身で、この掴んだ藁は役立つか否か、分かったものじゃありませんが」
一瞬、静かな間ができた。
レベッカさんは、自身の頬に手を当てた。
吊り上がっていた口角を、治めるために。
そして、ポツリと漏らした。
「溺れてる人間が、冷静に藁で船を編み出した時、どんな顔をすれば良いと思う?」
「どうせ沈むと、指をさして笑えば良いんじゃないですか?」
「……そうするには、船の出来が良すぎるの」
もう、笑みは浮かんでなかった。
ひどく真面目な、それこそエレーヌさんの真剣な顔を想起させる表情で、レベッカさんは俺を見ていた。
「当たってましたか?」
「……明言、しないことって許されるかしら。政治的にね、エレーヌと会えなくなるのは寂しいの。そんな私のズルを、貴方は許してくれる?」
「はい、貴方がエレーヌさんに言ったか、言おうとしていた言葉を教えてくれるのなら」
ここに来て、レベッカさんは苦笑を浮かべた。
初めて、俺の方がこの人を困らせることに、成功したのだと思う。
「貴方、本当は占い師じゃなく、預言者って言われたりしていない?」
「天使ですわ」
「あぁ、そういう……納得したわ」
本物かしら、と呟いているレベッカさんは、偶然を必然と受け取り違ってしまいそうになっていた。
いや、全く違うんですがね!
「詐欺師の話術に、引っ掛かっていますよ」
「適当なことを述べたとして、それが真意の一端に触れていたのなら、それこそ神の御技を疑うべきね」
「残念なことに、今の占いが本当か否か、俺には確かめる術はありません」
俺の言葉に、レベッカさんは頷いた。
「賢明ね。私の言葉や仕草、その何処までが演技なのかわからない。乗せられるべきではないものね」
そう言いつつも、レベッカさんはさっきまでの胡乱な雰囲気とは違い、何処か安堵したような雰囲気を醸し出していた。
さっきまでの態度と、二面性を感じる。
どちらが本当のこの人なのか、分からないのが厄介だ。
「エレーヌさん、どう思いますか?」
尤も、この場にはエレーヌさんがいる。
レベッカさんと親子だし、この態度をどう受け取れば良いか、ある程度は判断をつけてくれるだろう。
「真面目な顔して平気で嘘をつくから、オフィシャルな場以外でお母さんは信じない方が良いよ。この人を情報源にすると、自分の都合のいい方に適当言うだろうし」
「ありがとうございます、参考になります」
「エレーヌ、私これでも貴方のお母さんよ?」
「日頃の行い」
反抗期〜と呻きつつも、レベッカさんは上目遣いで俺を見て。
「オオカミ少女と同じ、嘘か本当かわからないことを言う人間なの。否定できないし、困ったことに事実よ。……いっそのこと、牢にでま繋いでおく?」
本当に情報源として役立たないが良いのかと、あまりに婉曲的すぎる尋ね方をしてきた。
それに俺は、首を振って否を伝える。
「繋ぎません、無駄に大行を刺激するだけです」
「殿下はお喜びになるだけだと思うけれど」
「そんなことより、エレーヌさんに何を伝えようとしていたのか、教えてください」
嘘でも構わないから、何か判断材料を。
そんな俺のなりふり構わなさに、多分お情けを覚えてくれたんだと思う。
レベッカさんはカラッと笑いながら、エレーヌと声を掛けた。
「エレーヌ、貴方は物事の真実か否かではなく、損得を考えて動きなさい。そうすれば、危険からは自ずと遠ざかるものよ」
「……それは、忠告? それとも、ヒントなの?」
「さて、オオカミ少女らしいものね、私」
「良い大人が、拗ねないでくれないかな。あと、少女を名乗るのは、流石に厚顔だよ」
「娘が酷いの、ジルベールくん……」
「ジルベールくんに泣きつかないで!」
ポカポカとお互いに戯れている親子2人を見ると、信用できるか否かは置いておいて、仲が良いのは間違いなさそうだった。
多分だけど、エレーヌさんに酷いことはしないんじゃないかなって、素直にそう思える。
損得を考えろってことは、わざわざ噂になって動く必要はないって意味合いだろう。
要するに、大人しくしてなさいってレベッカさんは伝えたいのだ。
「……良いお母さん、なのかな」
「ある意味で面白い方なのは、間違いないと思うのですわ」
確かに、エレーヌさんの言う通り、面白い人であった。
毎日会ってると、非常に疲れるタイプの人間だとも思うけれど。
「……構い方、婆に似てる」
そんな2人を、今まで静かに見守っていたアマルさんが、ボソリと呟いた。
「あれは、遊んでいる、だけじゃない。エレーヌを、鍛えてる。こうするって、やり方を、教えてる」
「それは……ファイカさんとの経験則、ですか?」
「ん」
懐かしげに、無表情ながら優しく親子2人を見守っているアマルさん。
アマルさん的には、レベッカさんが……っていうよりは、レベッカさんの胡乱な立ち居振る舞いが、ファイカさんを思い起こしたようで、何だか微笑ましげな瞳をしていた。
ただ、ふとした瞬間に無表情な真顔に戻って。
「なら、ジルベールとのやり取りは、何? ……エレーヌを鍛えている、んじゃなかった。あれは、彼を試してた。何を……?」
1人で何かを呟いていたアマルさんは、そう、と小さくこぼして。
「……あの女の言葉、一つだけ、真実、見つけた」
「え、何か判別つくもの、あったんですか?」
「エレーヌと戯れてるの、見たら、分かった」
本当か嘘かわからない、クレタ人なレベッカさん。
その人の本当を見つけたと嘯いて、アマルさんは極めて真顔で呟いたのだ。
「──エレーヌの、婿にしたいっていうの。あれだけは、本当。危険、人物」
「あはは、アマルさんも冗談言うんですね」
よりによって、一番ヨタな部分にアマルさんは言及したのだ。
いやいや、親によくある嫌がらせみたいな思春期いじりの一環だよ、うん。
それに、もし本気だったとしたら……エレーヌさんと気まずくなる。
本当に結婚することになるならともかく、親が騒いでいるだけで、エレーヌさんの気持ちは置き去りだ。
だから、聞き流すのが一番な言葉に違いないし。
「本当の、はず。だから、忠告も、本当。娘とその婿を、危険に晒したいはず、ない」
「俺も、結婚がどうかなんてのはともかくとして、あの人の親心は、一応信じてみても良いって思ってますよ」
「むぅ、私の方が、論理的、なのに……」
「意見が一致したんですから、良いじゃないですか」
取り敢えず、アマルさんの諸々を聞かなかったことにして、ルシア司祭にどう報告したものかな、と考え始める。
端的に纏めると、大公からの小さなちょっかいで、事実という確認は取れませんでした、で済むけど。
クルアン教徒とリスボア市民の軋轢の話もあるし、そっちは何一つ解決手段を見出せていない。
ルシア司祭は、クルアン教徒も含めて永住するつもりなら、何か対策を考える必要がある、という旨のことを言っていたけれど……。
「あの、ジルさん、少し宜しくて?」
ううむ、と悩みそうになっていたところを、クロエさんが話しかけて来た。
ふと思い付いたのですが、なんて風情で。
「何でしょうか、クロエさん」
「いえ、大したことではないのですが……」
そう言いながら、クロエさんは戯れる親子2人に視線をやって。
「エレーヌさん曰く、レベッカさんは私的な場では適当なことばかり並べるそうですわね?」
「そう言ってましたね」
なら、とクロエさんは思いつきをそのまま、口にしてみましたって風に、さらりと言ってのけた。
「なら──オフィシャルな場をセッティングしたら、本当のことを喋ってくださるのではなくて?」
…………クロエさんは、天才かもしれなかった。
「あり、ですね」
そうだ、疑の裏が真とは限らないが、少なくとも公式の場では嘘八百はある程度抑制できる。
まともな情報を仕入れるには、手順を踏めというレベッカさんからのメッセージ……と受け取るのは些か穿すぎだが、それでも一つの手段としては悪くないように感じた。
尤も、公式の場というものをセッティングするには、何かしらの事情をでっち上げる必要性があるのだが……。
「社交界でも、開いてみればよいのでしょうか?」
「いえ、それでは参加していただいても、のらくら会話をされて終わりますわ。もっと明確に、深く掘り下げられる目的を掲げておくべきですの」
こしょこしょと話をしていたのだが、レベッカさんは耳が良い方だったのだろう。
「ねぇ、君たち。外交官は耳がいいの、聞こえちゃっているわよ?」
「ですわ!?」
結構小声だったのだが、レベッカさんには関係なかったみたいだ。
何なら、エレーヌさんにも聞こえていたらしい。
困った子を見る視線を、俺たち3人へと向けていた。
「お母さんは地獄耳だって、最初に伝えておくべきだったかな。それでも、迂闊だよ」
「エレーヌさんのお母様ですから、ちょっと油断したのですわ……」
俺も、なんか気が抜けてしまっていた。
アマルさんは、気づいてましたけど? という無表情顔をしているが、それなら言って欲しかったかな……。
「でも、発想は悪くない。なので、ヒントを上げましょう」
ただ、レベッカさんは鷹揚なのか、或いは歯牙にも掛けていないだけなのか。
どうすれば良いのかを、軽く口にした。
「外交官が調整に駆りだされるのは、一番が利害の調整ね。これは領土問題のいざこざだけでは無く、貿易によって生じる摩擦についても、そう」
「お母さんの言葉に補足を加えるなら、珍しいものを商う時とか、事前に外交官経由でガリティアの領主達に阿って、オークションとかを開くとかもあるかな」
リオン親子の説明を聞いて、なるほどと納得する。
国と国との調整弁として外交官はいるのだから、分業が進んでいないこの時代ならば、そういった面でも活躍するのは道理なのかもしれない。
その話に乗るのならば、何かガリティアに売れるものがあれば、話を付けられる可能性はある。
リスボアは発展している港町だから、ある程度は何かしらあると思うけど……。
「ボード、ゲーム」
さて、どうしたものか。
そんな思案の海から、アマルさんに引っ張り上げられた。
「あれも、珍しい。故郷のゲームを、異教風に、ジルベールが改良した」
アマルさんからの提案、ある意味で自薦である。
クルアン教徒が作っている、半ば工芸品の価値も持っているチェス盤はどうか、と提案したのだ。
「この子が改良した、ゲーム……」
アマルさんの提案に、レベッカさんは小さく呟いて。
「面白そうね、この子が手を加えたってところが」
興味を、示してくれたのだった。