貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ペンギン3
チェス盤とその駒を輸出品の候補としてあげたアマルさんの案は、早速採用された。
何なら、その場でクロエさんが現物を持ってきて、どういうボードゲームなのかを、レベッカさんへと紹介し始めたりもした。
そうして、解説書を片手に、実際にエレーヌさんと一局遊んでみてから、レベッカさんは満足げに頷いて。
「良いわね、これ!」
初めての対局なのにエレーヌさんを圧倒して、勝利を手にした後に、絶賛してくれたのだ。
「負けたボクは、凄く嫌な気持ちになってるけどね……」
「勝ち負けがハッキリている、言い逃れのできないゲームだもの。負けた方は、不貞腐れるしかないでしょうね」
そう口にしてから、レベッカさんはナイトを軽く人差し指で突いて。
「そっか、これは決闘のようなものね。力を使わない、頭を使うタイプの」
のめり込む人も、相当出てくるでしょう。
そう言っている姿からは、相当な好感触が見て取れた。
「ではレベッカさん、交渉を引き受けて──」
「あげるけれど──けれど、少し待ってもらいたいわね」
「で、ですわ?」
しかし、どうにも直ぐに問屋を卸してはくれないみたいだ。
待ったを掛けたレベッカさんは、クイーンの駒を持ち上げて。
「消費するだけで終わらせるには、勿体無い。これ、文化になるとは思わないかしら?」
盤の上に、持ち上げたクイーンを打ち付けた。
気持ちの良い、石の反響が木霊する。
「どういうとですの?」
「気に入ったし、気に入られるだろうってことよ」
「???」
掴めない言葉を唱えながら、レベッカさんは盤上の駒を見つめて。
「折角だから、売る前に付加価値をつけて見なさいってことよ」
「……イザベラ陛下が絶賛したなど、そういったお墨付きが必要と申されますの?」
クロエさんの問い掛けに、レベッカさんは首を振って。
「貴方達の身元はハッキリしている。イスペリアでは英雄で、ガリティアでは亡命者」
「……国を捨てた者の商品は、商えないと?」
「私から提案したのに、そんな無体を言うわけないわ。ただ、そう思う人もガリティアにはいるでしょう?」
だから、と言った。
「そういったことを差し引いてでも、遊びたいって思わせる吸引力を待たせてあげたいの。これは流行らせられる、そう思ったのよ」
レベッカさんは楽し気に駒を弄りながら、俺へと曰くありげな視線を向けた。
……何ですか、一体。
「何かないかしら、ジルベールくん」
「……クロエさん、どうされますか?」
問いに答えず、クロエさんへと可否を問うた。
この人の口車に乗ると、明らかに時間が掛かりそうだったから。
悠長にして良いのですかって、そういう確認である。
「……ワタクシ、思ってましたの」
「はい」
クロエさんは、レベッカさんと同じくチェス盤を見下ろして。
「ジルベールさんで、流行を作れますわって」
「どういうことです!?」
俺で流行って、何なんだ!
トンチキな言葉に動揺すると、クロエさんは、ちょっぴり言い間違えましたわと訂正をして。
「レベッカさんと同じ意見ですわ。流行ると思いますの、これ」
本題からズレるであろう提案に、案外乗り気であることを示したのだ。
「良いんですか?」
「そも、最初の判断が、しばらく大人しくしているでしたわ。そうしている理由を用意してくださったのならば、乗っておくのも手だと思いませんこと?」
「……一理あります」
クロエさんは、レベッカさんの娘への情を信じることにしたらしい。
確かに、俺自身もそれは感じていた。
この人が母親で、俺もエレーヌさんへの情はあるって思っている。
「それに……アマルさんの推測、当たっていると思いますもの」
「さて、どうでしょうね」
油断なりませんわ、と呟いているクロエさんの言葉を聞き流しながら、そうならばと考えを纏めた。
方向性が決まったのなら、あとは何とかするのが俺の役目だから。
「レベッカさん、交換条件です。チェスに付加価値をつけることができたら、交渉に応じてもらえますね?」
「勿論、応じるための下準備ってところよ」
言質を取って、ならばと提案した。
「──大会を開きましょう。賞金付き、貴賤問わずに誰でも参加できるタイプの」
文化とは、独占して発生するものじゃない。
大衆に膾炙して、息づきながら広まっていくものだ。
勿論、上の方で練り上げられたものが下に降ろされ、広まっていくって形もあるけど。
でも、チェスに関しては、これが完成品なのだ。
勝負に出ても、分は悪くない。
「みんな、お金に釣られて、触れてみるはずです。チェス盤や駒だって、廉価なものを出してみましょう」
正直、チェスについては年単位で普及活動を行っていく気だった。
今は戦争の傷跡だって残っているし、パンとサーカスならみんなパンを選ぶ時期だろうって思っていたから。
ただ、どうにも状況が変わった。
チェスを政略の道具にするつもりはなかったのだが、利用できる状況にあるのだ。
それに、これは別に俺にとって悪いことじゃない。
チェスは私的な趣味の側面もあったから、公の力を使うことに躊躇いがあった。
けど、状況がそれを求めているのなら、もうこれは仕方ないのである、うん。
「チェスの遊び方などを浸透させる期間も必要です。なので、直ぐには無理ですよ。少なく見積もっても2、3ヶ月くらいの期間が必要です」
一応、最後の確認として、これだけ時間は掛かるが良いのかと尋ねた。
外交の折衝としては妥当な期間としても、その前準備と取るにはあまりに悠長でもあるから。
姫殿下生存の報の真偽、確かめるにはあまりに遠回りだと思って。
「構いませんわ。……出るにしても、何の準備もできていないのですもの」
けれども、クロエさんとしても望むところだったみたいだ。
もし出陣を要する時に備えて、準備を整える時間を欲していたようでもあるから。
ガリティアへ赴くことになった時、事前計画なんかも必要だったし、俺としても時間を置いてくれるのは助かる。
「そういうことですので、主題についてはまた後日の案件とさせてくださいませ」
「私が望みでもあるし、勿論そうさせて貰おうかな。楽しみね、大会には私も参加させてもらおうかしら」
クロエさんの通達に、レベッカさんは楽しげに頷いた。
ていうか、大会にまで出る気なんだ。
この人、チェスが本当に気に入ったんだな……。
「ガリティアからの外交官が出るとなると、あなたの上の方は目くじらを立てませんか?」
「さあ?」
「さあって、お母さん……」
自分の母親の適当さに、エレーヌさんは非常に何か言いたげであった。
けれども、何か言いかけて、ため息だけを吐き出した。
何を言っても、それっぽく躱されるという諦めのため息だったのもしれない。
「もし私が優勝者なら、殿下も笑って許してくださるんじゃない?」
「亡命者達の祭りに、泥を塗れたって?」
エレーヌさんの含むところのある問いかけに、レベッカさんは小さく首を振った。
「──ガリティア人の物はガリティア人に。収まるところに収まった、てね」
聖書の言葉を引き合いに出しながら、レベッカさんは小さく笑った。
リスボアに根付こうとしているマリーナ騎士団に、大公が言いそうなことを示唆して。
──さて、君たちの持ち主は何者なるかな。
それは、マリーナ騎士団がイスペリアに根付けないと見ているのか。或いは、亡命者からはガリティア人のアイデンティティが喪失していっているのだと、そう言いたいのか。
「お母さん、そういうことを勝手に代弁して良いの?」
「あら、私はイスペリアに於ける、殿下の代理人よ」
「……言葉に一つ一つに、意味はあるってこと?」
探りを入れるエレーヌさんは、いつもよりも直球気味。
親だからか、全くの遠慮がない。
そんな娘に、親の方は甘いと言わんばかりに、チッチッチと指を振って。
「全部、適当なのかもしれないじゃない?」
「それ、いつものお母さんでしょ……」
「……言われてみれば、その通りね」
大公の言葉は、全部まやかしなのか。
それか、全部適当な憶測でしゃべっているだけだから、あまり間に受けてはいけないという注意なのか。
全くもって、レベッカさんは難しい。
弁舌が爽やかなエレーヌさんとは大違い、複雑怪奇が持ち味の人である。
「レベッカさんは、大公……殿の代理人である。だから、正式な会談ならば、言葉に責任が伴うと、そういうことですの?」
クロエさんは、最低限の礼節を着込みながら問い掛けて。
それに、レベッカさんは、今度はしっかりと頷いた。
「結局、着地点はそこなの。小難しく考えるより、動いてみるのが最良ってことよ」
「ややこしくしている側が、言うことじゃないでしょ」
レベッカさんの言うことは、尤もである。
しかし、エレーヌさんがチクチクいう言葉にこそ、本当にそうと俺的には頷きたかった。
「エレーヌ、反抗期は卒業して、そろそろ思春期に入るべきよ」
「お母さんこそ、寝言は寝てから言って欲しいな」
「もう、本当に困った子ね……。いえ、もしかして、気になる男の子の前だから、格好つけてるの?」
「な、なな、何言ってるんだ! 虚言癖持ちゴミお母さん!!」
「エレーヌ、お母さんにゴミなんていう子に、私は育てた覚えはないわ」
「そりゃそうだよ、ボクはお父さんが育ててくれたからね」
「……そういえばそうね」
それで本当に良いと思っているのか。
ツッコミたかったが、親子間で納得しあっているのならば、無粋というものかもしれない。
「ま、そういうことだから、大会の日程が決まればマルドルの大使館までお願いね」
結局、エレーヌさんからのゴミという言葉を否定しきれないまま、レベッカさんは何事もなかったかのように振る舞っていた。
エレーヌさんも、ハイハイと適当気味に返事してる。
彼女達にとって、この良い加減さは日常なのかもしれない。
「あ、そうそう。最後にお願いがあるんだけれど、良いかしら?」
最後に、ということはこれでお暇するつもりらしい。
レベッカさんは、テーブルに広げられたチェス盤と駒を指差して。
「これ、お土産に貰いたいの。費用は、マルドルの大使館にツケておいて」
多分、大会に向けて、練習用に購入するつもりなのだろう。
……物凄く私的に予算を使っているが、外交のためと強弁できそうなのが、そこはかとなく悪い大人の処世術感があった。
みんな苦笑いか呆れ顔になってたのは、仕方なかったのかもしれなかった。
その男は、献上された物品を興味深そうに眺めていた。
ここはガリティア王宮、謁見の間。
王座の前に用意されたテーブル、その上に鎮座している盤と駒。
白と黒の大理石で形作られたそれを繁々と眺めて、片手のルールブックと見比べながら、"なるほどねぇ"と呟いていた。
「面白いものを持ってきたね、リオン子爵」
「はい、とても面白いと思った物をお持ちいたしました、陛下」
陛下と呼ばれた男性は、女性のやや言葉遣いが乱雑な物言いにも、鷹揚に頷いた。
「誰でも遊べる遊戯と言い張るには、才能で優劣が些か以上に出そうだけど。まあ、これに関しては僕はある側だろうからね」
傲慢にも感じる物言いだが、さり気なさが嫌味を感じさせない。
駒を並べ、動かしてみて。
そうして一通りの駒を動かした後、彼──大公は椅子を二脚用意するように側仕えへと命令した。
「リオン子爵、一局願おうじゃないか」
「光栄です、陛下」
用意された椅子に座って、2人は其々に着席した。
大公は白の駒側に。
リオン子爵、レベッカ・リオンは黒の駒側へと。
「娘さんは、元気だったかな?」
「はい、じゃじゃ馬の如く」
「ふーん、女の子だものね」
聞いておきながら興味なさげに、大公は駒を繰り出していく。
機動力の高い駒を前進していく大公に対して、レベッカの駒は連携を重視し前進させた兵士の駒を支えながら、大公の攻撃を誘い込んでいた。
「で、亡命した子達の様子は?」
「新領土を得たことにより、それを維持することに専念したようです。ガリティアへ北上することはないでしょう」
レベッカの報告は簡素であったが、大公はそうじゃないと首を振った。
「リオン子爵、彼女らは元気そうだったかい?」
その問いに、一瞬レベッカは駒を動かす手を止めた。
だが、すぐに気を取り戻して、攻撃的な大公の駒をいなす応手を放った。
「前向きではございました。イスペリアを、新たな居場所だと感じているのでしょう」
「そうかい、あっちでもよろしく出来そうなら、別に問題はないんだ。土壌が違うとどう育つか、見ものではあるからね」
意図があやふやな独り言に、レベッカは微笑んで受け流した。
「ただね、ちょっと意外だよ。普通、種を植えたからと言って、1日2日で芽は出ない。そうだろう?」
「ええ、本来ならば、長い年月がかかることでしょう」
しかし、大公が何を言いたいのか、レベッカには何気なく掴めてきた。
「うーん、ならこれは、ガリティアの土壌が根腐れを起こしてたってことなのか。それとも、イスペリアには急速成長を促せる程の、文化的土壌が整っていたってことかい?」
盤上で駒がぶつかり、白と黒とが交互に除かれていく。
双方のクイーンの駒から離れた、(この世界では、クイーンを詰まされると負けというルールにジルベールはした)局地戦が展開されている。
慣れていない、大局的に指すにはまだ知識の集積が足りていないのだ。
次々と双方共に辺境へと駒を繰り出し、急速に盤上から駒が消えてなくなっていった。
「彼女らは、根を下ろして幾年も経っていません。幾らイスペリアが優れた文化を持っていても、種は発芽しないでしょう。ならば、ガリティアで芽自体は出ていたということではないでしょうか?」
その言葉に、今度は大公の手が止まった。
盤上の駒を見つめ……前線の戦力不足を認めて、仕方なくクイーンを前進させ始める。
「だとしたら、惜しいことをしたね。こういう芽は、長じると大樹になりえる。そんな素養があるモノなんて、ガリティアで出てくるとは思っていなかったんだけどなぁ」
レベッカも、相応に駒を消耗した。
場当たり的な投入で、盤上の形勢的には受け損なったと言えるかもしれない。
「ガリティアやイスペリアなどの括りはなくても、いずれは芽生えた才能かもしれません」
双方のクイーンが、其々接近していく。
初心者同士の、技がない、足し算での泥臭い戦いが広がっている。
「──で、芽が出てたのは、誰だい?」
「──ネイ女爵の一人息子です」
クイーン同士での追いかけ合いが始まる。
大公が追いかけて、レベッカが逃げ回っている。
「へぇ、あの子が、ねぇ」
大公の手が、愉快そうに駒を盤へと打ちつけた。
格調高い石の響きが、謁見の間へと響き渡る。
「……お知り合いで?」
「小さい頃にね、シャルロットの遊び相手だったんだ」
徐々にレベッカのクイーンは、端へと追いやられていく。
逃げ場がない角に、大公は少ない駒をやりくりしながら、徐々に包囲を完成していって……。
「──殿下は、お元気ですか?」
「さあ、天国で姉さんと一緒になって、僕を罵ってる頃じゃないかな? 或いは、地の底にいるのかもしれないけど」
大公は、ビショップの駒を大切そうに移動させた。
レベッカの駒は、既にクイーン一つのみ。
チェックは掛けられていないが、相手の駒が動ける道を悉く塞いだ。
これで、相手は動ける場所がない。
動いた瞬間、何らかの駒でクイーンを取られる。
自滅するか投了か、好きな方を選ぶと良い。
大公は選択権を相手に預ける形で、手を渡した。
それに、レベッカは確かに微笑んで。
ルールブックを見遣りながら、指摘した。
「陛下──これは引き分けです」
「……おや?」
「ルールブックの、このページです」
レベッカの指摘したページには、ステルスメイトというルールが記載されていた。
これは、チェック(王手)が掛けられていない状況で、自身に合法的に指せる手が無いのならば、強制的に引き分けにするというルールだった。
「いやぁ、なるほどね。これはうっかり、ルールを把握できてなかった僕の落ち度だね」
「陛下のご慈悲により、無事に生き延びることができました」
2人は、顔を合わせた。
にこりとした笑みが、それぞれに張り付いていた。
「これは仕方ないね、引き分けだよ。……狙ってたのかい?」
「ふふ、偶然の賜物です」
和やかな、少なくとも側仕え視点からはそう見える雰囲気が、2人の間には広がっていた。
「うん、楽しかった。君がいう通り、大変に楽しいゲームだったよ」
「きっと陛下は気に入ってくださると、そう思っておりました」
盤上の端へと追い詰められた黒のクイーンが、踏み止まった。
その様子を見て、大公はそっとため息を吐き、レベッカへ問うた。
「彼……ジルベール・ネイくんは、このキング(この世界のルールでは、クイーンの駒と役割が入れ替わっている最強の駒)かい?」
「さて、盤上に乗せて見ない限りは、兵士の駒であり続けるタイプに見えましたが」
「なるほど、いざって時に化けるタイプと見たんだね、君は」
大公は頷きながら盤上へ、ポーンの駒を一つ置いた。
「一番奥まで来れば、キングに化ける。……ふふ、文字通りにそうなるか、ちょっと見て見たい気もするね」
彼の視線は、再び端へと追い詰められた黒のクイーンへと向いていた。
「さて、クイーンは動けないが、どうするんだろうね?」
興味本位と好奇心が混じった声。
それはきっと彼なりの、楽しませてくれたレベッカへの報酬だった。
大公は、嘘をつかない。
少なくとも、レベッカの知る限り、今までは。
ごくさりげない呟きに、レベッカは深々と頭を下げたのだった。