貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ペンギン3
チェスの大会を開くと決まってからは、色々と準備に取り掛かることとなった。
やることは山積みで、出来るだけ急いだ方が良いのもある。
優先順位をつけた中で、真っ先に取り組んだのは……吟遊詩人を雇い入れることだった。
「マリーナ騎士団の活躍を謳いつつ、この盤上遊戯を実演してみれば良いのですか?」
「はい、リスボアでの売り物だと、喧伝していっていただければと思います」
物を売る時、自分の知らないものを見て、楽しそうと思う人は限られている。
大体が、少し遠巻きに様子を見るものだ。
そこを解消し、手を出してもらうにはどうするべきか?
答えは簡単、物語性を付与すれば良いのである。
ニチアサなどのアニメのグッズを、おもちゃ会社は売っている。
アニメは、その販促のためのものと言って良い。
何故、それらのオモチャは売れるのか?
それは、自分たちに馴染みがある、親しみがある、こうなってみたいという物語性を、視聴者に抱かせることに成功しているからなのだ。
だからこそ、物語る吟遊詩人が必要だった。
放送局の電波兼脚本家として、働いてくれる人材が必須だったのだ。
これで、需要が生まれる。
少なくとも、無視されはしないだろう。
チェスそのものは面白いが、一目でその面白さを理解してもらえるとは限らない。
体験するための入り口を設置することこそが、普及の第一歩目なのだ。
あとは、各地の商人の反応待ちである。
待ってる間に、別のことへと着手する。
「アマルさん、チェスの盤と駒、木で廉価版を作ることはできませんか?」
「……できる」
そう、廉価版の開発。
一般への普及のためには、手に届く価格で品物を販売する必要がある。
そのための依頼を、クルアン教徒の職人へと依頼しに来たのだ。
「でも、人手、限られている。石造りでないと、商品価値、落ちる」
尤も、分かりました、すぐやりますとはいかない。
クルアン教徒の職人は限られていて、少数だからこそ高い付加価値がつく商品に傾注していたのだ。
木彫りのチェスを作りました、安いです→作っただけ売れます→でも人手が足りないので大量生産できません!→黒字が全然出ません→廃業!
こうなっては、元も子もない。
アマルさんも、その点を心配しているようで、何か対策があるのかと尋ねざるを得なかったのだ。
勿論、それは織り込み済みである。
「木彫りのチェスは、生産を一ヶ月に留めます。その間、販売見込みによる差額は、クロエさんに頼んで補助金を出すことで補填してもらいます」
場当たり的ではあるが、これで問題はなくなる。
補助金も一月だけ、永続的に出す訳ではない。
問題点は、一つしかなくなる。
「……数、足りる?」
そう、唯一の問題点は、今のアマルさんの質問だ。
一月だけ生産しても、数は限られている。
木で作ったので安くなる筈が、数が足りないので価格が高騰しましたでは意味がない。
けれども、価格の高騰をある程度抑制できる見立てがあった。
「足りません。だから──木彫りのチェスの製造権、権利を買わせてください」
「……権利?」
「リスボアで量産する、その権利を買わせてくださいってことです」
俺の言葉に、アマルさんは不可解そうに首を傾げた。
「勝手に、作れば、いい」
何故わざわざ、そんなことを聞くのだろう。
作るなら、勝手に作ればいい。
止める手段など、こちらにはない。
聞くことでもないことでは? と不思議そうなアマルさんに、俺は苦笑しつつ首を振った。
「礼儀の面もありますが、ここでお話したいのは──リスボアの職人たちに、技術指導をお願いしたいってことなんです」
俺の言葉に、アマルさんは無表情ながら、訝しさを隠さなかった。
「……本気?」
「本気ですし、避けては通れないと思っています」
懸念は尤もである。
交流を深めるには、あまりに両者の間に断絶がある。
クルアン教徒側の指導など、リスボアの職人が受け付けるとは思えない。
技術指導などは、上下の関係が生まれる。
その一事だけで、反発は必死だから。
しかし、困ったことに職人とは大抵が拘りのある偏屈者で、それはリスボアにおいても変わらない。
完全な物を作り出そうとして、試行錯誤を繰り返してしまうのだ。
「あれこれ口を出す必要はありません。単に、リスボアの職人の前で、品物を黙々と作り続けるだけで良いんです」
だったら、実際に作り方を側で見てもらった方が良い。
わだかまりは解けなくとも、仕事にプライドがあるタイプの人間ならば、それでも耐えて技術を盗もうと努力する。
だから、期間も一ヶ月と区切った。
これは、初期生産分を確保するのと同時に、リスボアの職人への研修期間とするためでもある。
「お願いできませんか、アマルさん」
「……そういう、ことなら」
どうかと問い掛けると、アマルさんは頷いてくれた。
正直、ホッとした。
クルアン教徒達を、結構便利に利用してしまっているという
気持ち自体は存在していたから。
「お願いばかりですみません。いつか、その協力に報います」
今は無理でも、機会があればクルアン教徒達に何か恩返しを。
出世払いでお願いしますくらいに頼りない言葉だけど、将来の目標の一つとして、その言葉を口にした。
すると、アマルさんは無表情ながら、先ほどよりも不思議そうに首を傾げて。
「協力じゃ、ない」
「え?」
「──天使への、献身」
いや、正気ですか?
そんな思いで絶句する俺に、アマルさんは淡々と告げた。
「そうで、なくとも。あなたは、私達の、上位者。好きにする、権利は、ある」
つっけんどんにも聞こえるが、それは気遣いであった。
わざわざ気にしなくて良い、自由に使われて構わないという意味と同義語であるのだから。
それに、俺は感謝しつつも、気持ちを言葉にして伝えた。
「それでも、です。感謝を忘れたら、尊重することだって、忘れてしまいますから」
俺の言葉に、アマルさんは目をパチクリと何度か瞬かせて。
「……天使ジルベール、宣う。謝意が失せし時、それは、他者を鑑みなくなる時節である、と」
「急に何をほざいてるんですか!?」
突如として錯乱したような言葉を発しながら、アマルさんは懐から取り出した羊皮紙に何かを書き付けていた。
多分、時々口にしている、俺の言行録とか何とかいうやつに違いない。
今すぐにでも、焼却して然るべきメモ書きであった。
「アマルさん、それ、燃やしましょう?」
「拒否、する」
「俺、天使なんでしょう? 言うこと、聞いてもらえませんか?」
「天使ジルベール、宣う。我は天使、敬虔なる者、我が意に、従え」
「要らない部分を誇張して、必要な部分を省かないでください!」
アマルさんは、俺を天使と囃し立てながら、この点に関してだけは一向に聞く耳を持ってくれない。
完全に、アマルさんの趣味みたいになってしまっていた。
もう、諦めるしかないのかな……。
感謝しようにも、素直に感謝させてくれない辺り、一連の流れに一貫性はある。
そういう意味では、アマルさんも心理戦は苦手じゃないんだと思い知らされたのだった。
アマルさんのトンチキを乗り越えて、まだやることはあった。
チェスの大会を開くにあたって、どれくらいの規模で行うのかということである。
「クロエさん、大会に注ぎ込める予算って、どれくらい存在してますか?」
「この前、海賊から接収した物品がかなりの量に及びますわ。あれから捻出すれば、立派な祭典になること間違いありませんの!」
そう、現在クロエさん(もといマリーナ騎士団)には、資金的な余剰があった。
海賊が巻き上げていた金品を、そのまま接収したからである。
これがあるから、クルアン教徒への補填も容易に可能であったのだ。
もっとも、じゃあ全部使っちゃおうかとは、江戸っ子じゃないしならないのだけれども。
「やって来る人達は、リスボアの周辺領地からが中心となると予想されます。なので、規模としては中規模程で行きましょう」
「それくらいで、良いのですの?」
「代わりに参加者に、一局毎に対局料を支払いましょう。勝者に7、敗者に3で。それで、勝ち上がっていく毎に賞金の額も釣り上げていきます」
「それは……気楽に参加しやすくなりますわね」
とにかく、大会参加者に対しては手厚く。
夢があって、それでいて損をしないという幻想を作り出すために。
出費は痛いだろうが、一度普及に成功したならば、リスボアはチェスの聖地となる。
そのことによる恩恵の方が、最終的に利益を生み出すであろうことは、想像に難くない。
「大会に訪れた参加者や観光客が、リスボアにお金を落としていく。そのシステムを作るための、未来への投資だと思って頂ければと思います」
「委細承知しておりますの。それに、今回はジルベールさんの仕切りに従いますわ。よしなにしてくださいまし」
今回の件に関して、クロエさんは俺を責任者に据えた。
チェスに対して造詣が一番であり、何より提唱者の俺(この世界においては)が仕切る方が間違いないと判断してのことだった。
なので、俺が提案すれば、余程のことでない限りは即座に了承をくれている。
正直、自分の趣味的な面もあるので、かなり楽しく諸事を組み立てることができている。
こんなに楽しく計画を練れたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
そういった面でも、好きにさせてくれるクロエさんには、感謝してもしたりないことはないだろう。
「ありがとうございます、心の底から頑張ります! 絶対、成功させましょう!!」
俺がここまで力が入っているのは、我ながら珍しいとも思う。
クロエさんもそう思ったのか、サファイアのような目をまん丸にして。
「楽しいですか、ジルさん」
そうして、そのかんばせを、微笑ましそうに綻ばせた。
俺の答えは、一つしかない。
「──とっても!」
そうして、月日は過ぎ去っていく。
最初、2、3ヶ月という見積もりをたてていたが、あまりに甘かったと言わざるを得ない。
結局、無理に無理を重ねても、大会の開催は冬を越して、春を迎えてからのことになった。
つまりは、5ヶ月ほど掛かってしまったのだ。
冬を舐めていたというか、こんな中で開催できるかと吐き捨てられても仕方ない交通状態で、とてもでないが大会どころではなかったのだ。
あまりのバカすぎるミスに、3ヶ月で何とか出来ます〜と言った手前、羞恥を忍んでガリティア大使館に開催延期のお知らせを送付した後、ベッドの上で頭を隠してウジウジと過ごすことになった(心配したクロエさんに、励ましてもらって何とかなったが)。
ただ、捨てる神あれば拾う神ありというか、人生塞翁が馬というか、風が吹いて桶屋が儲かったというか……。
冬を挟んだことで、想定外のことが起こった。
それが何なのかというと──巣篭もり需要が発生したのだ。
無論、冬に入ったからといって、皆が暇で仕方なくなるわけではない。
其々が、薪を採集に行ったり、家畜の世話をしたり、家で内職に勤しんだりする。
だが、それでも激しい農作業をしていた他の時期と比べて、体力は余り、余暇をどう過ごすのかという問題が発生する。
大抵の農村に住んでる人は……その、お互いを温め合って過ごしていたらしい。
けど、それ以外の選択肢とし、新たに生えてきたのがチェスだ。
家で旦那さんや家族と対局したり、それか近場の酒場で集まってガヤを飛ばしながら対局したり、想像以上に皆が熱中したらしい。
イスペリアは元来雪が浅いとはいえ(去年はイスペリア基準で豪雪だったらしい)交通の便が悪いのに、リスボアへと商人が引っ切り無しで訪れ続けた。
リスボア近郊だけでなく、遠くバローラ市まで販路を伸ばしたとか何とか。
商人達は寒さを吹き飛ばすくらいにホクホク顔で、リスボアも、あとアマルさん達も結構な儲けを出した。
ただ、その結果……何というか、困った。
何がと言えば、俺の見積もりの甘さに。
冬が溶け、春が風と共にやってきた。
そこで、ようやくリスボアでチェスの大会を行うと告知したのだが……その結果、各地からリスボアへ、人が殺到した。
すると、想定していた会場も、宿も、皆がキャパオーバーを起こしたのだ。
「え、ナニコレ……」
「ジルさん、人がゴミのようでしてよ!!」
あまりの人混みに、クロエさん共々閉口した。
どうやら、大会参加者の他に、初開催にも関わらず、観光客が訪れたのだ。
各地の豪農や商家の人、或いは貴族の使い達が、大会を如何様にして行うか、自分たちにも同様のことが出来るのかを、観察しにきたらしい。
流行ると予測した、クロエさんやレベッカさんの見る目は、無事に証明されたことになる。
一方で、ガバ予測によるガバ見立てを立てた俺は、慌てて泥縄式に対策することと相なった。
いや、だって一冬でこうなるとか、想像つかなかったし……。
「本当にすみません、皆様には大変ご苦労をお掛けしてしまうのですが、どうか家に泊めてあげてくださいませんか?」
「顔をお上げください、リスボアがこんなにも賑わったのは初めてのことです。これは、私たちにとっても嬉しいことで、ご領主様の旦那様に頭を下げられると恐縮してしまいます」
「いえ、クロエさ……クローデット団長の夫では、ないのですが」
「なるほど、暗黙の、というやつですね」
「違います」
とはいえ、打てる手は限られている。
なので、真っ先に行ったのは、リスボア住民のご好意で民家に有料で招き入れることだった。
これは幸い、リスボアの陽気で気の良い気風の住民(クルアン教徒に対しては塩だが)のお陰で、何とか算段がつきそうだった。
むしろ、客人を家に泊まるだけでなく、会場周辺で屋台などを並べ始めたあたり、機を見るに敏な人が多かったのだろう。
次に会場は……酒場を貸し切ったり、街の開けた場所(要するに外)に臨時の机や椅子を並べ、盤駒をセットしたりなどして、必死に対局場所を確保することに奔走した。
こんな感じで、我ながら頭が痛くなる失敗が積み重なってしまった。
今まで、ここまで読み間違えたことはなかったから、正直にいうとショックを受けなかったと言えば嘘になる。
けれども、一生懸命になれた。
落ち込んでる暇なんてなくて、迫り来る問題に前を向いて取り組み続けられた。
自責の念はなくもないけど、失敗を吹き飛ばそうと必死になれた。
そうして、遂に……。
「お集まりいただいた皆様、よくぞお集まりくださいましたの。これより第1回、リスボア──いえ、全イスペリアチェス選手権を開催致しますのですわ〜〜っ!!」
「「「うおおおおおーーーーーっ!!!」」」
リスボア中に、野太い黄色の歓声が響き渡る。
クロエさんの宣言に、皆が歓喜を表した。
そんな中で、俺は……。
「……あー、生きてるって素晴らしい」
「天使ジルベール、宣う。生を噛み締め、謳歌せよ、と」
「……アマルさん、もうそれ趣味なら止めないんですけど、せめて題名を"占い師ジルベールの嘘八百語録集"とかにしません?」
「断固、拒否、する」
グッタリ燃え尽きながら、その様子を眺めていた。
酷く疲れたけど、嬉しくてにやけてしまいそうな光景だった。