貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ペンギン3
大会当日、リスボアの空は綺麗に晴れ渡っていた。
真っ青な、どこまでも遠くを見渡せる空。
水平線と繋がっていそうな水色が、何だか気分を高揚させる。
そんなリスボア市では、絶賛チェスの大会が開催されている。
そこいら中で、対局する大会参加者の姿が見受けられる。
「うわ、領主様主催の大会、人多すぎない?」
「クク、一般人はどいてることだ。今日からこの街は、戦場になるんだからねぇ!」
「何だこいつらは!?」
「真剣師(デュエリスト)だよ!!」
人混みと、熱気と、春の太陽で冬の残滓が吹き飛ばされる中を、俺は歩いていた。
何をしているのかっていうと……。
「私は場のポーン二体を主へと捧げ、聖なるナイトを降臨させる!」
「あ、新たな駒を呼び出すだと!?」
「貴様のクイーンは風前の灯火、ビショップとの連携で今すぐ獄門へと下してくれるわ!」
「く、クソォ!」
「待て待て待て、待ってください!」
怪しげなマイルールで戦う大会参加者たちを、摘発していたのだ。
何だよ生贄召喚ってっ。
カードゲーム始めないでくれ、ボードゲームの大会で!
「む、貴殿は?」
「大会運営の者です、この大会ではスタンダードなルールで対局を進行しています。ローカルルールは適応されず、あなたは残念ですが……失格となります」
「バカな!?」
バカなも何も、ちゃんと大会のルールで規定されてるし、説明だってしたんだけどな……。
「ぐおおおーーーっ!? 勝てると見込んで、酒代をツケてここまで来たというのにっ!」
「……が、頑張ってください」
けれども、本気で慟哭し始めるから、マトモに相手せずにその場を立ち去った。
本来なら、何かケアしてあげるべきなのかもしれないが……色々と残念なことに、そうは言ってられない事情があったのだ。
それが何かというと……さっきみたいな謎ルールを適応する輩が、多発していたのだ。
「私はぁ、この瞬間! 盤と盤を連結させ、新たな回廊を形成する!! これにより、私のクイーンは退路を得て脱出できる!!!」
「何だと!?」
「残念だったね、ここまで追い詰めたのにヨォ!」
「お、おのれぇ!?」
「はいそこ、待った。ルール違反です!」
何というか、本当に雰囲気でチェスやってる人が多い。
まだ始まったばかりのゲームで、遊び方を熟知している人も少ないんだと思う。
あと、身内で楽しくやるために、ルールをガチャガチャ弄りがち。
それ自体は悪いことではないが、公式の大会にまでやってきて領域展開された日には、摘発されるのは仕方ないと言えよう。
一応チェスは公平なルールで、不公平感を極力排しているのだ。
マイルール持ち込みで、それを破壊されては困る。
面白トンチキチェスバトルは、家でやれ家で。
それか、自分でマイルールの大会開いてやって欲しい。
俺は他の巡回係にも手早く対処を伝えて、ため息を吐きながら対処していくこととなっていたのだった。
違法ルール者の粛清が進み、少し落ち着いてきた中。
今度は、対局者ではなく別のものが目に付いた。
それは、大会とは関係ないであろう、人混みに流されている人の姿。
フラフラと歩きながら、杖をついている女性が一人いて。
真っ白な彼女を、一目で誰かを理解できた。
「……ルシア司祭?」
声を掛けると、彼女はこちらを向く。
「まぁ、御使様でございますか?」
「ジルベールです」
間髪入れずに訂正すると、柔らかな笑みをルシア司祭は漏らした。
お姉さんが、年下の子を見つけた時の笑い方で、妙に気恥ずかしくなる。
「では、ジルベール様、お久しぶりでございます」
「はい、ルシア司祭」
「ルシア、とお呼びください」
「……では、ルシアさんで」
人混みに流されそうで、ふらふらしている彼女の手を取る。
すると、不安定だったこともあってか、よろめきながら想像よりも強く手が握り返された。
「大丈夫ですか?」
「ジルベール様のお陰で」
「……教会まで、ご一緒させていただいても?」
いつもなら問題はないのだろうが、今日に限ってはいつものリスボアではない。
なので、先導しますよと提案すると、ルシア司祭……ルシアさんは朗らかな微笑を浮かべて。
「これも巡り合わせですね。感謝致します、ジルベール様」
そっと手を離して、今度は俺の腕へ自身の腕を絡ませた。
ピタッと密着されて、思わず動揺する。
「えっと、ルシアさん?」
「お手間をお掛け致しますが、よろしくお願いいたします」
ただ、当のルシアさんは平然としている。
何もおかしなことなど、していないと。
……なるほど、そういうものか。
考えてみると、確かにこれが一番合理的かもしれない。
手を引くだけだと、目が見えない人は周囲や障害物にぶつかることもあるだろうし、密着している方が安全度は高い筈だ。
「……しっかり、掴んでいてください」
「無論です、ジルベール様」
結局、俺はそのまま寄り添いながら、ルシアさんを教会まで送り届けることになった。
少しひんやりとした手と、ほんのりと暖かな体温。
細いながらも柔らかな体躯に引っ付かれて……正直言って、ドキドキした。
本人には悟られていない様、祈るしかなかったが。
神様、これくらいのお願いならば叶えてくださいませんか?
人混みの中を彷徨うこと十数分、やっとのことで教会へとたどり着いた。
教会の扉を閉めると、膜を隔てたみたいになる。
まるで水の中みたいに、音がぼんやりとした。
「ジルベール様、誠に感謝致します。危うく、迷子になるところでした」
「いえ、お役に立てたなら……。すみません、腕はもう離しても?」
「ああ、そうでしたね。失礼いたしました」
道中互いに無言だったから(会話できるほど、静かではなかったともいう)、ルシアさんの声がよりクリアに聞こえた気がする。
彼女は腕から離れたあと、なんだか寂しそうに腕をさすっていた。
……女性のそういう仕草は、妙にドキッとする。
さっきまで密着してたせいで、変に意識してるだけだけどさ。
「今日は、用事があったのですか?」
その妙な気恥ずかしさを放り投げるために、何でもない話題を振ってみた。
事前通告してたのに、人まみれの日に出歩いていた理由が知りたかったともいう。
「少し、懐かしくて」
ルシアさんは、微笑を浮かべていた。
「懐かしい?」
「こんな喧騒を聞いたのは、10年も前のこと、でしたので」
言われてから、思い出す。
リスボンだけでなく、イスペリア全体でも10年間、こんな騒ぎは出来なかった。
……戦争が、そんな余力を奪い去っていたからだ。
「それは……」
政治的な意図を含んだ物言いなのだろうか?
例えば、暗にクルアン教徒のせいだと主張している様な。
「……ご意見ですか?」
本来ならば、こんなことは聞かない。
わざわざ迂遠な言い方をするのは、察しろということだから。
でも、今だけは、妙な気安さがあった。
多分、親しみやすい雰囲気を前に、口を滑らせてしまったのだ。
ルシアさんは、キョトンと首を傾げた後に……ムスッとした顔をした。
「ジルベール様は、愚を裏のある人間だとお思いなのですか?」
「い、いえ、そうではないです。ただ、親切で言ってくださったのかな、と」
「親切を行うのならば、親切な振る舞いを致します。でなければ、親切を親切と受け取って頂けないからです」
酷いですっ、とプンプンしている姿は、聖職者というより年頃の女の子そのものだった。
怒っているというよりは拗ねている、心外だと思っていることがありありと伝わってくる。
「す、すみません、色々と勘ぐるのが仕事で、下衆になっていたみたいです」
慌てて謝ると、ルシアさんはむくれ顔を維持できなくなって。
「……ジルベール様、その様な卑下の仕方はよくありません」
「えっと?」
「それは、ご自身を毀損しながら、だから仕方がなかったと言い訳しているようになるからです」
代わりに、説教されてしまった。
子供がお姉さんに嗜められるみたいに。
「ジルベール様、気位を高くお待ちください。そうして、素直に謝すことが一番大事です」
そこまで言われてしまっては、もう本当に仕方ない。
素直で、単純な言葉と共に頭を下げた。
「失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。ルシアさんは、そんな人ではないです」
「はい、分かってくださって嬉しいです。その謝罪、受け取らせていただきます」
柔らかな言葉と共に、ルシアさんは俺の側まで近付いて。
「愚の目は見えてないのに、頭を下げてくださったのですね」
「分かるのですか?」
「盲いた分だけ、気配に鋭くなっておりますので。目に見えない部分も、感じることができるのです」
だから、とルシアさんは、俺の方へとそっと触れた。
「ジルベール様の誠意の形、伝わりました。ですので、どうか頭をお上げください」
俺の無礼を、綺麗に水に流してくれたのだった。
ホッと息を吐く。
指摘されたことは、確かにその通りだって思ったから。
謝罪じゃなく、言い訳が先に来るのは良くない傾向だ。
言い訳に言い訳を重ねておくと、何処ぞの元宰相やら現宰相やら、あとついでに今日この大会の何処かにいるであろう某外交官やらに対応していると、どうにも保身や言い訳ばかりを考えるようになってしまっていた。
俺だって、素直になれる相手なら、そっちの方が良いに決まっている。
そういえば……某元宰相殿から、面白いことをしているらしいな、とか何とか手紙が届いてたっけ。
面白いことしてるから真似して良いですよ、みたいなニュアンスで手紙を送り返したけど、元気にしているだろうか。
元気ならば、北でもチェスの大会とか開いてくれると嬉しいんだけども。
「本日は、楽しい空気で満ちていました。それが嬉しくて、ついお外へ足が向いてしまったのです」
くだらないことを考えてる最中に、ルシアさんに話しかけられて目を瞬かせてしまった。
一瞬、何のことだろうと思った。
が、すぐにさっき質問した『今日は外に何か用事が?』への回答であったことに気がついた。
「リスボアの民は、今日浮かれております。リスボア以外の方々も、嬉しくて楽しいと、そう思っておられる。空気から、全部伝わってきます」
そう告げてから、ルシアさんは柔らかな表情になって。
「全て、ジルベール様のお陰と伺っております」
恐らくは、クロエさん辺りが嘯いたであろうことを呟いたのだ。
面と向かって褒められると、中々に照れ臭くなる。
……思えば、クロエさんにも毎度の如く照れさせられてたっけ。
定期的に、クロエさんに恥ずかしい思いをさせられている。
そう考えてみると、あの人も中々に悪い女の子なのかもしれない。
いや、クロエさんは世界一美人で可愛い人だから、良さが百億倍上回って全て無罪なのだけれど。
「手伝ってくれた、皆さんのおかげです」
「それも含んで、ジルベール様がよく纏めたということです」
謙遜しようにも、ルシアさんは謙遜ごと包んで褒めてくれたので、気恥ずかしさの逃げ場がなく、頬を掻くしかない。
「では、あまねく全ての上で見守られている、主に導かれたが故の功績ということで」
「御使様ならでわの、視座の広さですね」
天使じゃないですと否定したら、誉め殺しが再開されそうだったので、俺は否定も肯定もしなかった。
「……ルシアさんは、なぜ俺のことを天使だと思ったんですか?」
代わりに、前から気になっていたことについて、尋ねてみた。
周りが俺を天使だ何だというのは、コルドラの噂に尾鰭がついて、ついでに顔の造形で何かしらを言っているということは一応理解している。
だが、ルシアさんは、性格的に噂にも扇動されるタイプでもないし、そもそも人を見た目で判断できない方だ。
なのに、俺を天使扱いしてくる。
それが、ずっと不可思議だった。
なので、どうしてと聞くと、ルシアさんは殊更不思議そうに、首を傾げた。
なぜ、そんな当たり前のことを聞くのだろうと、そう思っているみたいに。
「ジルベール様は、御使様でいらっしゃるからです」
そう、これだ。
ルシアさんは、素朴に信じてしまっていた。
妙な思い込みで、俺が天使だと。
それこそ、意味が全くわからない。
「なぜ、俺を天使だと判断されたのですか?」
なので、あまり良くないことだけれども、なぜ何とさらに詰めることにした。
思い込みの源泉が、何処にあるのかを探るために。
すると、ルシアさんは小首を傾げて。
何かしらを考えてから、口を開いた。
「ジルベール様は、こう……フワッと、されております」
……むちゃくちゃ、フワッとした解答を。
「フワッと、ですか?」
「はい、フワフワです」
いやいや、俺の何処がフワフワなのだろうか。
どれだけ見繕っても、フワフワなんて見いだせない。
精々が、冬に羊の羽織もので暖を取っていたことくらいだ。
「だから、初めてお会いした時から、これだけフワッとしておられるのなら、御使様に違いないと思いました」
「どういうことなんでしょう……」
まるで意味がわからなかった。
フワフワが頭の中で増殖し、ゲシュタルト崩壊でも起こしたくらいに理解できてない。
「えぇと……ジルベール様はフワフワで、だから──浮いているのだと、そう思ったのです」
混乱している俺に、ルシアさんは重ねて説明をしてくれた。
しかし、完全にルシアさんワールドが炸裂していて、理解がどうにも追いつかない。
浮いてるとか何とかって、確か初めて会った時にも言ってた記憶はあるけれども。
「俺、浮いてますか?」
「はい、フワフワです」
何かが、噛み合ってない感覚がした。
人間は、物理的に受けるはずなどない。
けど、もしかすると、そういう意味ではないのか?
「……俺に翼はないのですが、それでもですか?」
「それでも、です」
ルシアさんは、そっと俺の肩に触れながら呟いた。
「ジルベール様は──存在が、フワフワです」
「存在……」
そうだ、目が見えないのだから、ルシアさんは感覚で物事を捉えるしかない。
ならば、目に見えない部分で、俺の何かを知覚したのだと考える方が自然なんだ。
なら、ルシアさんが感じたそれは……。
「俺、馴染めてませんか?」
「いいえ、そうではありません。ですが、不思議なのです。あなたの声は、何処か俯瞰している気がして……」
きっと、浮世離れしているような、そんな気配。
違う世界を知っている、この地に根ざしてない価値観を持っているための、何かズレみたいなもの。
それを鋭く、感じ取った。
初めて会った人間を相手に。
この人は、感覚が鋭いだけじゃない。
俺の占いの真似事なんかよりも正確な、他者を知覚する第六感的な感性があるんだろう。
……勝手に分析した上で評するのはアレだが、俺なんかよりもこの人の方が、よっぽど特別な力を持っているんじゃないか。
「俺って……変、ですか?」
思わず聞いてしまったのは、ルシアさんの人を見る目に一目置いたからだった。
多分、本当に何かを感じているんだろうなって、俺は信じてしまった。
腕の良い占い師のやり方、相手を信じさせることから始める手法を知っているにもかかわらずだ。
ルシアさんの人間性込みで、本当に感じる世界のことをそのまま喋っているのだろうと、信じてしまったから。
「変とは、少し違います」
俺の声の中に、何とも言えないわだかまりを感じたのか。
ルシアさんは、穏やかに諭すような口調で言った。
「──特別、なのです」
「トクベツ、ですか?」
「はい」
おためごかしに聞こえる言葉だが、ルシアさんはそんなつもりはないのだろう。
俺の手を握って、そっと囁いた。
「目を、瞑ってください。…………聞こえますね、ジルベール様」
言われた通りに、目を瞑った。
真っ暗で、ほんのりと七色の光だけが網膜に光る世界。
普段、ルシアさんが過ごしている世界で、この人の手の暖かさだけを頼りに感じる中で──確かに、聞こえた。
「外の音、ですよね」
「はい、皆が生き生きとし、楽しんで、笑い合っている音です」
外の様子が、染み出すように聞こえてきた。
騒がしくて、喧騒に塗れていて、何処までも陽気な声達が。
聞いていると、こちらまで元気になってきそうな、そんな活力に満ちた音だ。
「愚は、この音が好きです。聞いていると心が躍る、浮き立つ音です」
「分かる、気がします」
「ですから、特別、なのです」
目を開けると、ルシアさんが目の前にいた。
閉じられていた目が、開かれていた。
白濁して、光がなくて……それなのに、柔らかくて、怖いって感じさせない目が。
「ジルベール様は、他の方とは違うのだと思います。変わっている、と感じたことは否定いたしません。でも、この音を、皆様へ喜びを、貴方様は届けてくださいました」
目が合う、視線を外せない。
見えてないはずの目を通して、彼女と邂逅した気がする。
「ですから、ジルベール様はフワフワなのです。他者に幸せを届けることのできる、そんな素敵なお方なのですから」
真摯な褒め言葉に、照れさえも引っ張り出さない。
ただ、言われるがままに受け止めるしかなくて。
「それに、です」
ルシアさんは、彼女にしては珍しい、イタズラっぽい笑みを浮かべて。
「初めてお会いした時から、誠実で謙虚にして、麗しくあるあのクローデット様が、貴方には甘えて、信頼を寄せておられました。そんな方は、素敵な方に決まっております」
俺に一番効くであろう、とっておきの名前を出してきたのだ。
「……クロエさんを信頼してくださってのことでしたら、仕方がありませんね」
そう、それを言われたのなら、もう本当に仕方ない。
クロエさんを信頼しているから、貴方も信頼し始めましたなんて言葉は、俺的には1番応えたくなる文言なのだから。
「ルシアさんが、どう受け取るかは自由です。御使様でも何でも、普段ジルベールと呼んでくださるのなら、それで良いです」
事実はどうあれ、ルシアさんの場合は単純に信頼の証だと感じたから。
もう、この人ならば、それで良いかと思えたのだ。
渾名って考えると、まぁ良いかって気分にもなるし。
「ありがとうございます、慈悲深きジルベール様」
「……堅苦しくなるのは、やめてくださいね」
「はい」
本当にわかっているのか、わからないくらいに簡素な返事で頷いたルシアさんは、最後にポツリと呟いた。
「慈悲深い方は、他者の声に耳を傾けてばかりになります。貴方の望むことが、何処にあるのか。それを見つけられますよう、ここで祈ることにいたします」
ルシアさんが何を言いたいのか、ほんのりとしか分からない。
俺自身は今が、嫌でも何でもないのだから。
ただ、心配をしてくれているのは、きちんと伝わったから。
「主の加護篤からんことを、ですね。お互いに」
ルシアさんにも、幸がありますように。
教会に来た時くらいは、そんなことを祈ってみても良いかもしれないと思ったのだった。
スッキリしたような、してないような複雑な気持ちで、教会を後にしてから、俺は巡回を再開することにした。
人が多くて、喧騒がすごく、現実世界に戻ってきたって感じがする。
教会の中だけ、別世界だったみたいだ。
そんなことを思いながら、歩いていた最中のことだった。
「クク、クククッ、クハハハハ!」
「な、何がおかしい!?」
「チェックメイトまでの道筋、見えたぞ!」
「何ぃ!?」
周りに比しても大声で叫びながら対局している輩がいたので、思わずそちらに足が向いた。
また生贄召喚とか盤を繋げて退路を確保するみたいな、頭が痛くなる超次元チェスが行われないか、確かめに向かったのだ。
そして、その先にあったのは……。
「ポーンをプロモーションにより、キングに昇格! 二体のキングにより、貴殿を鏖殺してくれる!」
「おのれぇ、グワーーーッ!!」
妙にテンションが高いだけで、キチンとチェスのルールに則った戦いだった。
ただ俺は、その光景を見て、何かの見間違いかと思い、目を擦って再度焦点を合わせた。
チェス自体は、何ら問題ない戦いであった。
だが──その対局をしていた人物自体が、ちょっとアレだったのである。
「ふん、私の勝ちだ。神妙にし、運営本部まで同行してもらおう」
妙に童顔で大学生くらいの見た目をしており、今日は丸メガネをかけているが目の鋭さは相変わらずで、髪を三つ編みに結んでいる高圧的な態度を取っている女性。
彼女は対局に勝った昂揚に浸りながら、ふと顔を上げて──俺と、目が合ってしまった。
多分、二、三秒見つめ合ってしまったと思う。
目の前の女は、にぃ、と愉快そうな笑みを浮かべた。
「随分と久しぶりだな、腹黒陰険顔だけ可愛い男!」
「いえ、人違いです」
はぁ!? と甲高い困惑の声を無視して、俺はそっと踵を返した。
多分、疲れすぎているのだろう。
春特有の幻覚か、多分妖精の類が出たのかもしれない。
そう思いつつ、大会運営本部へ戻ろうとした俺の裾を……誰かが、掴んだ。
はや、先ほどの妖怪の仕業かと思い振り向いたのだが、どうやら違った。
可愛らしい妖精の女王の如き年下の女の子が、俺の裾を握っていたみたいだ。
「──久しいの、ジルにぃや」
鈴の鳴るような声で呼ばれてしまっては、到底無視などできない。
元より、この子を無視する選択なんて、俺には到底できないのだが。
「何でここにいるの──ベラ」
俺の問いかけに、妖精さん……イスペリアの幼き女王は、ニンマリと笑った。
イタズラに成功した妹みたいな、そんな表情。
困ったことに、可愛らしくて怒るに怒れない、相変わらずの姿がそこにあったのだった。