貞操逆転世界で占い師(軍師)を務めていたら、貴族令嬢方に包囲され逃げられなくなった件について 作:ですわお嬢様
あと、感想返し進んでなくて、本当にすみませんっ。
土日、土日をお待ちになってくださいまし!
その人のことを初めて見た時、何処か浮世離れしているように見えました。
フード付きの外套を羽織り、深々とした奥に隠れて、顔さえ見えない小柄な人物。俯いており、表情が見えないことも相まって、どこか不安になる儚さを纏っていて。
ただ、布越しにでも、悲しさだけは感じ取れて。
その気持ちは、痛いほどによく分かると胸が絞られるような気持ちになりました。
女王を失い、身内が血に沈み、故国を追われる。
その悲しみや屈辱は、そう簡単に晴れるものではありませんでしたから。
この村……かろうじて村の格好をしようとしている場所にわざわざ来たということは、同じ境遇の同志でもあります。
故に、ワタクシは手を差し伸べました。
新たな仲間を、落ち延びて来た同志を歓迎するために。
「クローデット・ジラールですわ。どうぞ、よしなに」
戦死した両親のこと、亡命の屈辱のこと、今後の展望に先が見えないこと。
それぞれに苛まれながら、何とか繕って笑みを浮かべると、この人は被っていたフードを脱ぎ去って……。
柔らかいブラウンの癖っ毛を覗かせながら、まだあどけなさの残る表情で、どこか寂しげに手を握り返して来ましたの。
「ジルベール・ネイです。受け入れてくださり、ありがとうございます」
柔らかい、性差を感じさせない声。
握った手は、柔らかく温和で。
緑の瞳は寂しさを湛え、どこか儚くて。
一目で、脳がガツンとやられましたの。
「…………だ、だだだ、男性、ですの!?」
自分で声に出して、自覚しましたわ。
ワタクシ、男性と親しげに手を握ってしまったという事実に!
う、生まれて初めてなのですわ〜っ!!
それが、彼との出会い。
五感で感じた、彼という人間。
柔らかくて、儚くて、放っておくと消えてしまいそう。
放って置けないと感じた第一印象。
この日から、ワタクシは彼のことを目で追い続けてしまうようになったのでした。
ワタクシの家、ジラール家では男性と接する機会がありませんでした。
東部より侵入してくる蛮族を打ち払い、ガリティア王国に安寧を奉ずる家。
それがジラール家ですが、そんな家柄で土地柄だから、領内には男性の姿が少なく、ワタクシは父の姿すら知りません。
母曰く、何処かしらからか種を頂いたという事ですが、事実として夫というものさえ持とうとしなかったのです。
領内に住む者も似たり寄ったりで、皆が蛮族との戦いで死というものを身近に感じていたからこそ、男性をどこか遠くの存在にしてしまっていた領地でした。
だから、ワタクシにとっては、親しくなれた初めての男性が彼、ジルベールさんということになります。
彼を通して、ワタクシは男性というものを学んでいくこととなったのです。
まず最初に学んだのが、男性とは情が深く共感性が高い生物だということ。
それは、親交を深めるため、互いの境遇を語り合っていた時のことでした。
「まぁ、その様なご苦労をされたのですわね……」
彼から聞かされたのは、ネイ家の両親が恐らくは亡くなっている事と、人生の恩師たる慕っていたメイドまでも失ってしまったという事柄でした。
このご時世、特にこの村ではありふれていることではあります。彼を含め、ここにいる皆が暗い顔をしているのも、その為であることも。
……ただ、彼は少しだけ、他の皆とは違う反応をしました。
それは、ワタクシの境遇を語った時のことです。
ジラール家は勇敢に戦ったが、大公と教会の悪辣な詐術により屈服を余儀なくされ、母は討たれて家名には破門者という汚名のみが残ったという事実を語りました。
この話をすると、大抵は嫌な顔をされます。
一応はこの村の代表を任されてはいますが、家が破門されたという事実は何よりも重いもの。
皆、気にしてないし信頼していると言ってくれますが、何処かで一線を引かれてしまう。
まるで、腫れ物にでも触るような態度をしますの。
ですが、この話を聞いたジルベールさんは……。
「っ、失くした者同士、支え合っていきましょう!」
涙ながらに手を取りながら、ワタクシのことを労ってくださりました。
破門のことなど関係なく、ワタクシの母やワタクシ自身のことだけを考えてくださったのです。
その態度が、どれだけ嬉しかったことか。
男性とは、斯くも純真なものかと感動すらしました。
何ら偏見なく、心に触れてくださった。
その一事だけで、ワタクシはジルベールさんを親しく思い、護りたいと心から思ったのです。
──握られた手の温かさを、今でも思い出します。
そんな彼ですが、気質は真面目なタチなのでしょう。
ある日、執務室へとやって来て、こんなことを言い出したのです。
「すみません。俺にできそうことって、何かありますか?」
酷く悩ましげな表情をしながら、そんなことを言い出しました。
話を聞いてみると、何もしないで食事や住居を与えられ続けていることに、申し訳なさを覚えたとのこと。
その勤勉さは好ましく、微笑ましさすらありました。
けれども、本人は至って真面目に悩んでいる。
ですので、こちらも至って真面目に現状と出来ることについて語りました。
形だけの仕事を与えて、それで満足してもらうなんて不誠実なこと、ワタクシには出来そうにありませんでしたから。
「いま必要とされているのは専門の木こりと木材の加工を行える職人くらい。ですので、無聊を託っている貴族は、ジルベールさんだけではありませんのよ?」
暇をしているのは貴方だけではないし、専門技能がない者に木材の加工や家の施工を任せるのは危険。手隙になるのは、仕方のないことである。
だから、休んでいることに罪悪感は覚えないで欲しい。
そう伝えたのですが……聞いた途端、ジルベールさんのお顔が曇りましたの。
……えっ、ワタクシもしかしなくても、ジルベールさんのことを傷つけてしまったのですわ!?
「じ、ジルベールさん? もしかしなくても、落ち込まれておりますの!?」
「い、いえ、俺、男なので。落ち込んだりなんて、しません」
「……そんなこと、ありませんですわよね?」
男性だからこそ、我慢しているのが余計にお労しく見えてしまいます。
グッと唇を噛んで俯いている様は、とても苦しんでいる様に見えました。
あっ、顔をプイッて横に逸らされてしまいましたわ!?
あば、あばばばばばっ!
「顔を逸らされた!? ま、まさか、踏み込みすぎて嫌われてしまったのですわ!?」
ショックのあまり、天の国にいるはずのお母様が呆れ顔で私を見据えている姿が見えてしまいました。
ふふ、人間ってショック死できる生き物でしたのね?
お母様、不肖の娘をお許しくださいまし……。
そうして、謎の河川に阻まれて立ち往生していたワタクシは、気がつけば現世へと帰還し、どうしてだかジルベールさんと友人ですと断言されていましたの。
まるで意味が分かりませんが、これはつまり嫌われてないということなのですわね?
……ふぅ、一命を取り留めましたわ!
こうして、生命の危機を乗り越え、ワタクシとジルベールさんはより深い絆で結ばれましたの。
友情という、固い絆で!
そんな彼に、別れ際にアドバイスをしました。
「──するべき事柄が無い時は、したいことを。それも無い時は、してあげたいことを探すのが良いと思いますの」
指示を与えてはあげられませんが、手ぶらで返すのは友誼にもとります。
ですので、せめてと思い半ば処世術じみたことを伝えたのですが、ジルベールさんはそれでキラキラとした笑みを浮かべて。
「クローデットさん、ありがとうございます!」
宝物でも見つけたみたいな笑みで、頭を下げてくれたのですわ。
それが、あまりにも少年らしさに溢れてて、物語の幼気な王子様を連想させられてしまいました。
同時に、思ったのですわ。
この人は、笑顔が素敵な人なのだと。
……男の人の笑顔って、素敵なのですわね。
その後、ジルベールさんは何がどうなったのかどんぐりを食べ始めた為、ワタクシの不甲斐なさが為に錯乱されてしまったのかと思い込んでしまいました。
ですが、信じられないことに、どんぐりはジルベールさんの手により美味しくいただける食べ物へと変化していたのですわ!
男の人が家庭に入ると、きっとその家庭は食べ物には事欠かなくなるのでしょう。
あの夕飯以降、ジルベールさんのどんぐりは大人気の逸品となりましたの。
ワタクシも分けてもらおうと訪れると、完売御礼になっており涙を呑むことも何度かありました。ワタクシが手を出すまで、みんなして怖がっていたくせに……。
「あのー、クローデットさん。普通に調理するだけですよ?」
「構いませんわ、それを眺めてたいんですの」
「えと、クローデットさんが良いのなら、気にしない様にしますけど……」
だから、手が空いている時は炊事場を確認する様になりました。ジルベールさんが作業をしているのならば、出来上がるのを待って一緒に頂こうと思ったのです。
……それ以外の目的も、ちょっと存在しているのですが。
どんぐりを炒めるジルベールさんを、ジっと見つめる。小柄ながらも、大きめのフライパンを器用に操る姿が様になっていました。
フライパンを振る度に、どんぐりがカラカラと擦れる音がして。ジルベールさんの鼻歌に乗って木の実の香りが広がり、目を閉じると森に存在している屋敷にでもいる様な気分になります。
その瞬間が、何よりも心地いい。
青々とした森の中に、二人だけになった気分になれる。
この時間が、ワタクシは何より好きでした。
ここが世界の果てで、誰も尋ねてくることのないどこかの裏側だったのならば。
そんな空想すら、広げてしまうくらいに。
「よし、出来ましたよクローデットさん!」
……けど、残念なことに物事は何かと有限で、無限に享受することを許してはくれませんでした。
笑顔を浮かべたジルベールさんが、出来立てのどんぐりを渡してくれるからです。
嬉しいけど惜しくて、奇妙に切ない。
そんなこと、ジルベールさん相手には言えないのですが。
「ありがとうございますわ、ジルベールさん」
抱いた感傷をひた隠しにし、私は笑みを浮かべてそれを受け取りました。
どんぐりは火傷しそうな程に熱くて、それでもやっぱり何よりも美味しく感じる代物で。
……この時に、家庭というものの気配を初めて、薄らとですが感じていたのかも知れなかったです。
そんな、ワタクシの日常の象徴であるジルベールさんですが……彼が只者ではないと気づきを得る事件がありました。
それは南方からの侵略者、クルアン教徒の騎兵隊の襲来という出来事から端を発したものでした。
偵騎が村を探っていると聞いた時、重いため息が出ました。
それは、これから自分たちごと異民族に村が滅ぼされるため──ではありません。
敵の数は少数と予測できましたし、この村には普通では信じられないほどの武門の令嬢が集っています。
一戦で敵を撃滅し、ワタクシ達の武威を見せつけることになるのは疑ってもおりませんでした。
ただ……死人が出るだろうなと。
そのことを考えると、憂鬱になりました。
戦争です、死人が出るのは当たり前です。
でも、彼が居る世界に血のにおいを残してしまう。親しくしていた中の誰かが、土へと還ることになる。
この事実が、ワタクシの憂鬱を呼び起こしたのです。
その最中での出来事でした。
「クローデットさん──俺のこと、軍中占い師として使ってくれませんか!」
唐突に執務室に訪れたジルベールさんは、そんなことを宣いながら己を売り込みに来たのです。
……正直に言うと、幾らジルベールさん相手とはいえ、流石に眉を顰めそうになりました。
戦場は遊び場ではなく、鉄と汗と土のにおいが混ざり合う鉄火場ですので。男の人を連れて行くなど、言語道断と一喝しても良いくらい。
ですが、ジルベールさんは微塵もふざけてなど居ませんでした。
本気でワタクシたちの為になると思って、この提案を持ちかけているのだと気がついたから。
なので、丁重に謝絶しようと思いました。
少なくとも、本気で役に立とうと奔走しているジルベールさんを叱ることなど、ワタクシは出来そうにありませんでしたから。
ですが、そんなワタクシに彼は──。
「──侵攻してくる敵は、騎馬を主体とした機動力に優れた部隊です」
情ではなく、知識をもって抵抗したのです。
思わず、目が丸くなりました。
「この村は前線から比較的に離れた場所にあります。もし、異教徒がそういった後方の村々を襲っているのならば、何よりも足の早さを一義に置いてるはず。きっと一撃離脱、焼き討ちを目的とした部隊になるでしょう」
軍どころか、乱暴なんて知らないと言わんばかりの箱入り息子なのに、その口から出た言葉は紛れもなくワタクシの推察していた敵情と一致していて。
「また、冬季が近づいています。冬がやってくれば、軍は戦いどころではなくなる。長く対陣することは、絶対に不可能です」
しっかり要所を押さえた見識を示してみせたのです。
「……相手の規模、予測できまして?」
思わず、口が開いていました。
一定レベルで軍略について話ができる人材が、この村には居なかったから。
全てワタクシの判断で、正しいのか擦り合わせができないままに、軍を動かさねばならないことを悩んでいました。
その悩みを、解決できる人材が現れたのでは?
つい、そう思ってしまったのです。
寄りかかれる誰かが、現れてくれたのかも、と。
「大規模な軍を起こすと、イスペリア王国軍と全面衝突に発展します。なので、敵が運用できるのはおよそ300くらいの部隊でしょう」
そして、その期待に見事にジルベールさんは応えてくれました。
「兵科は?」
「敵領を荒らすのに、鈍さは罪。ですので、軽騎兵の集団。内10程は魔術師、効率よく火をつけて回るために、そのくらいは必要でしょうから」
……もしくは、応えてしまったと言うべきでしょうか。
あまりに的確な答えを寄越すので、遠ざけることも出来ないままに受け入れてしまったのです。
──遠ざけたいと思っていた、血のにおいがする場所に。
結局、ジルベールさんのことを、事実上の参謀として受け入れてしまいました。
一つ一つ、一人では決断が悩ましかった事が、ジルベールさんと擦り合わせが出来るようになってからは爆速で決める事ができました。
ワタクシの気質を理解し、それに合わせて様々な事柄を提案したり練ってくれる。
まるで、鋭利な刃物みたいな使い勝手。
ジルベールさんは参謀として有能だと、その一事をもって語れます。
恐らく、ワタクシは甘えていたのでしょうね。
ジルベールさんに……責任を分かち合ってくれる人に。
お陰で、肩が軽く感じました。
今なら何者にも負けないと、そう信じられるほどに。
そうして、実際に戦いになり──ワタクシ達は大勝しました。
何よりも喜ばしいのは、死者が出なかったこと。
奇襲により敵の魔術師や指揮官を叩けたこともあり、相手の士気は熱したバターの様に溶けて逃げ出しました。
ここで指揮官を討ち損ねていれば、敵は秩序だって抵抗し、僅かとはいえ、こちらも血が流れたことでしょう。
そうならなかったのは、間違いなくジルベールさんの策があったからですわ!
「ジルベールさん!!」
戦い後の高揚も相まって、直ぐにジルベールさんの下へと駆けて行きました。そのまま、彼の両手を握り締めて、思いの丈を伝えました。
「貴方のお陰で勝てたのですわ!」
この完全なる勝利は、間違いなく彼が居たから掴めたもの。
全てが喜ばしくて、嬉しくって、貴方のお陰ですと伝えたのですわ!
ただ、言われた側のジルベールさんは、目をパチパチと瞬かせていて。
「……想像の100倍くらい、クローデットさんたちが強かったんですけど?」
俺の小細工必要だったのかな、と目をグルグルさせている彼は、敵以上に混乱している様でした。
その様子に、思わず笑みがこぼれてしまいましたの。
村の軍中占い師さん……ワタクシの軍師さんにも、予想外のことはあったのだ。それを齎したのが、ワタクシ達の強さだと思うと、どうにも誇らしくて。
「──男性を背後に抱えている乙女は、きっと無敵だからですわ」
そう告げると、ジルベールさんは少し考え込んだ後、頬を軽く赤に染めて。
「……道理で、格好良いわけですね」
そんなことを言ってくれましたの!!
きっとその言葉だけで、ワタクシは何者とも戦っていけます。
そんな、奮い立たされる言葉でした。
ふふ、本当に嬉しいですわ!
男性からそう言われるのは、本当に誉なのですわね!!
「貴方の方こそ、素敵でしたわ! どうぞ、これからもよろしくお願いしますわね、ワタクシの軍中占い師さん!」
その言葉に、ジルベールさんはまたもパチクリと目を瞬かせてから、ほんのりと頬を高揚させて。
「俺の方こそ、よろしくお願いします!」
とびっきりの笑顔で、ワタクシの手を握り返してくれたのでした。
……ジルベールさんの手は、やっぱり温かい。
この手のことを、生涯忘れられなくなった瞬間でした。
けど、彼を感じ続けられたのは、僅かな間だけ。
「格好つけた言葉だけど、村とジルベールくんを囮に使ったくせにーっ、何が男性を背後に抱えてだー!」
「好感度を独り占めするとか、騎士としての誇りはないのかーっ!」
「ふしだらな女ー、恥を知るのです恥をーっ!」
突如として、心無いヤジに襲われてしまったのです。
目の前のジルベールさんも、これには思わず苦笑い。
良い雰囲気な気がしていましたのに、一瞬でそれが掻き消される。
……折角、格好のいいワタクシをジルベールさんに覚えてもらう機会でしたのにっ。
カスのガヤを飛ばしたお馬鹿さんは誰なのですわ!?
「む、むきーっ! 誰が男性を盾にした挙句に誑かしているふしだらな全身が恥塗れの女ですのーっ!!」
「きゃー、怒ったー!」
「事実指摘罪は無罪ー!」
「怒りんぼの指導者ーっ、恥を知れ恥をー!」
こ、この不届き者どもが〜、ですわぁ!!
「おふざけ倒しあそばしませっ、ぶち転がして差し上げますわっ!!」
きゃー、とわざとらしい悲鳴と共に、ガヤっていたお馬鹿さん達はそれぞれ別の方角へと逃げ出しました。
当然、逃すわけがありませんの。
一人一人、捕まえては頭をグリグリしてあげましてよ!
まぁ、ジルベールさんは笑って見守っていますから、軽く済ませては差し上げますが。
ジルベールさん、出来るだけ笑っていてくださいまし。
ワタクシは、それだけで満足ですわ。
空が雲で覆われ、灰色に染まった世界で。
彼こそが、ワタクシにとっての太陽でした。