Fate Constantia   作:ミルトントン

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タイトル翻訳:若さとは罪か?


Estne iuventus peccatum?

我思う、故に、我あり。

一人の少女は選定の場にて荘厳さと神聖さを放つ巨石に突き刺さる一振りの剣を眼前に見据えながら……深く心を落ち着かせていた。

少女にとって今日という日は待ち望んでいた日であり、訪れてしまった日でもあるのだ。

少女は心に寂しさを覚えてしまう。

 

いつもなら側で私を支えてくれていた彼が、この時この場で、私の知らぬ場所から私を見る事が堪らなく赤緑感を駆られて仕方がない。

そんな彼女の後ろから一人の青年がやってきた。

 

「アルトリア」

 

少女が振り返ると、そこには一人の青年であり、少女にとって唯一の『友』がいた。

少女の名を呼ぶ青年の表情に普段から麗人が如く整った顔が今や、

現状に対する諦観と読み取れない程の喜色によって混沌と化した事により

真剣な真顔になってしまっていた。

 

「剣の持ち方も忘れたか?」

 

少女は彼の優しさがとても心地よく、非常に甘美だった。

だが、それでも、彼女の決断は変わらない。

 

「ふっ、相変わらずですね。……大丈夫ですよ『ルシウス』。」

 

少女は剣に手をかける。

白衣のローブを纏った青年は彼女に問いかける。

 

「その剣を抜けば最後、君は人で無くなってしまうだろう。

それでも、君はその剣を抜くのかい?」

 

彼女はそんな問いかけを愚問だと一蹴するように引き抜こうと力を込めた。

 

「多くの悲しみを見ました。多くの悲劇を聞きました。けれど、それ以上に多くの人々が笑顔で溢れていて欲しい。

マーリン、私は王になり人々を幸福の明日へと導きます。」

 

彼女は悠然と剣を引き抜き、天高く掲げた。

この時、一人の少女は理想という灼熱への最初の薪となり、これより一人の王が新生した。

それはさながら聖書におけるキリストを彷彿させるような神々しさと、未熟であれど王としての風格さを纏ったのだ。

それは伝説の始まりであり、同時に伝説の終わりすらも内包した因果の発生であった。

 

彼女の姿を眼に焼き付けながらもルシウスは心の内で一人呟く。

 

(それは、因果の始まりにして終局だ。これより経路変更はかなわない。お前は見果てぬ先すら見えずに崩れ落ちるのだろうさ。

だが、それは因果による結末に過ぎん。

お前は可能性の王だ。人の願い、祈り、期待、それらを抱えていずれこの澱んだ因果を克己する。

……見ているか、ヴォーティガーン。かつて語った大成が今、産声を上げたぞ。)

 

青年はアルトリアへ声を掛ける。

 

「アルトリア」

 

彼女は剣を持ちながらこちらに振り返る。

彼女の表情は達成感で満ち溢れたような、まるで欲しかった玩具を得た幼子のような、そんな喜色に溢れた顔で青年に自慢するように聖剣〈カリバーン〉を見せつける。

 

「ふっ、凄いでしょう!聖剣ですよ!聖剣!木剣とは程度が違いますよ!

これならどんな硬い鉱石も、どんな強靭な怪物にだって負ける気がしませんね!」

 

彼女は意気揚々と語る。余程聖剣を得れた事が彼女の琴線に触れたのだろう。彼女が自信満々に己の聖剣を自慢する姿を見ていると、柄にもなく寂寥感と無情さを感じてしまう。

 

(俺にもあったのだろうか、幼子が親や兄姉に自身が掴み取った栄花を自慢できた過去が、思い出が………気持ち悪いな。柄にもなく感傷的になるなど。それに……ifなんぞ考えるだけ無情な事は、とうに知っている。)

 

彼は小さく自嘲気に笑う。それは自身への叱咤と慰めなのだ。

 

彼女に目を向ける。例えその剣が数多のお膳立てによって得れたものなのだとしても、それは彼女にとってかけがえのない栄花なのだから。

 

(賞賛は必要だろうさ。)

 

俺は彼女の頭を軽く撫でた。

軽々しく人の頭を触る事は礼儀を欠くことに等しいが、エクター家に居候している際に彼女は然りに俺に頭部を突きつけては頭を撫でてくれとせがんでいた。訳を聞いた際に

 

『私だって誰彼構わずって訳ではないのですよ。けれど、ルシウスの手は落ち着くというか、安心してしまうというか、満たされるというか、と!とにかく!ルシウスは触ってもいいのです!だから余計な事は気にしなくていいです!』

 

今にして思えば、彼女は愛に飢えていたのだろう。

聞けば彼女は赤子の頃からエクターの家に預けられたそうじゃないか、エクターは父という観点で見れば不器用な部類に入るだろう。だが、彼を知るものは彼の無愛想から子へ親愛を見出せれるはずだ、しかしそれは結局こちらの解釈に依存した愛だ。それを幼子のアルトリアに求めるのは酷というもの、だからこそ彼の次に年を食っている俺に縋ったのだろう。

 

(皮肉だな、無常の愛を振り撒く王がその実、一番に愛を渇望しているのだからな。……ふっ、だがそれも先の話になればまた別だ。いつかの未来、彼女は人に愛され、人に期待され、人に満たされ、可能性の王へと至る。

それも最上の過程を経てな。……だから、今だけは俺が彼女の虚を満たさせて欲しい。)

 

「ルシウス!いつまで撫でているのですか!?いい加減辞めてください!

マーリンが先程からにちゃにちゃと下卑た笑みを浮かべながらこちらをじっとりと見つめてくるのです!」

 

そうか、そんなに熟考していたのか。

青年は緩慢な手つきで彼女の頭から手を離す。

 

「あっ………あ、いえ、何でもないです。」

 

「どうしたんだいアルトリア?もしかして?も・の・た・り・な・いのかい?」

 

愉悦をこれでもかと張り付けた表情で現れた青年は意気揚々とアルトリアを煽る。夢魔は基本的に情動を行動に起こすプロセスが存在しない。

彼らに喜び、驚き、悲涙など、衝動的な発作に対して人間が起こす無意識で起こす涙、笑い、驚愕、これらは夢魔にとって全て感情エネルギーの消費による模倣に過ぎない。

そして、彼がこのような人間的な行動をする時は大抵、面倒事が降ってくるのである。

 

「さて、雑談はこの辺りにしよう。私もアルトリアも君も、時間は有限なのだからさ。

とりあえずは一度エクター殿の住居に戻ろうか。話はその道中にしよう。」

 

その決断にルシウスと軽く頷いたがアルトリアは頬を膨らませながら顔を抗議の意が込められた圧のある視線を青年に向ける。

 

「くくっ、煽り過ぎたなマーリン。」

 

「えぇ、これ私が悪いのかい?僕、事実しか言ってないよ。」

 

アルトリアは余計な一言でより拗ねて頬を果実のように膨らませる。

マーリンは余計な一言を余計なタイミングで言ってしまう生物なのである。

 

「ぶふっ、く、くくっ、随分と大きな果実に育て上げたじゃないか。

いっそ魔術師でなく農家にでもなったらどうだ?ファーマー?」

 

「君に人の心ってやつはないのかい?」

 

「ハッ、お前が人の心の是非を問うか。」

 

「君ぐらいだよ、僕にそこまで気さくな返しをしてくる人なんてさ。」

 

「それは光栄な事だな。だが、俺がここまで気さくな返しができるのもお前ぐらいだよ。」

 

「……それは光栄な事だね。」

 

アルトリアは危機感に襲われた。これまで自身と二人一身で進んできた彼と私の関係に突如としてひびを入れる可能性を持つ存在が現れたのだから、しかもその相手が自身が師事する師匠マーリンなのだから。

アルトリアは剣を引き抜き、マーリンへと振り下ろす。

 

「おおっと、危ないじゃないかアルトリア!危うく私の胴が半分になるところだったじゃないか!?」

 

アルトリアの目に理性はなければ、大義もなく、有るのは自身と彼との仲を引き裂く外敵を討ち滅ぼせという我欲のみである。

 

「殺す!殺してやるぞ!マーリン!」

 

このあまりにもくだらない殺し合いの幕を引いたのは原因でもあるルシウスがアルトリアの意識を落とす事で解決した。

 

 

 

 

まず感じ取れたものは熱だった。

それはお湯のような熱湯でもなく、風邪を引いた時の体の内で暴れる熱でもない。

親が子へ、子が親へ、男が女へ、女が男へ、人が人へ伝える仄かな暖かさだった。

次に感じたものは安心だった。

それは灰色の世界に彩りを添えるような、睡眠前の冷えた足を温めるような、自身より大きな存在に体を預けれるような、無性に泣きじゃくりたくなってしまいそうな、大きな大きな安心だった。

最後に感じたものは寂しさだった。

それは子供が大人になる段階で昔の思い出を本に仕舞い込むような、

大人になってお気に入りの玩具を隣人の子に譲るような、

睡眠前にふと、親との思い出を想起し無性に会いたくなるような、

そんな離れ難く、けれど離れなければいけない寂しさだった。

 

その感覚を最後に私の意識は浮上する。

私が眼を開いたその眼前には、見知った彼の背中があった。

彼は私の僅かな動きにも俊敏に気づき、顔だけをこちらに向ける。

 

「起きたか。随分と眠っていたじゃないか眠り姫」

 

起き抜けの頭では彼の言葉全てを聞き取る事は難しかったが、それでも私を少し小馬鹿にしている事だけはわかった。………けれど、今だけはこの小馬鹿も暖かい。

 

「夢見でも悪かったか?ふっ、お前には立派な聖剣があるだろう?」

 

彼は言外に聖剣が有るのだから不安がらなくてもいいと言っているのだろう。……彼はいつもそうだ、私の機微に誰よりも俊敏に気付き、ただ側に寄り添ってくれる。けれど、彼は意地悪だ。彼は私から不安や悩みを溢すまで自分から引き摺り出してはくれない。……彼はどこまでいっても止まり木に過ぎない。彼から聞いてくれることもなければ、彼が最適な解決法を編み出し導き出すなんて事もしてくれない。ただ、彼は止まり木として私の心を癒すばかり。

………彼はどこまでいっても罪な人だ。

彼が気づいているのかいないのかその行為は彼ができる彼なりの、彼の不器用な愛なのだ。

そんな止まり木とずっと共にいたいという願いはきっと叶わないのでしょう。彼は何よりも意思を大切にしている。……彼は残酷です。

私はいずれ、この止まり木を越えて空へ羽ばたかなくてはいけない、鳥は同じ止まり木には止まらない、それは彼等の飛び続けるという習性に反するから、けれど……けれど、そんな鳥達も一度だけ一つの止まり木から離れない事がある。それは子ができた時だ。子ができた時、鳥は一つの止まり木に居を構え、子や妻を支える柱となる。しかし、私は聖剣を抜いたあの瞬間から子が出来なくなってしまった。

………あぁ、あなたは本当に残酷な人です。

 

「ええ、少し悪い夢を見てしまいました。」

 

彼は数秒、私の眼と合わせた後、「そうか」と頷いた。

 

「なら、もう少し寝ておけ。着くのは明日の朝になるそうだ、こんな時間に起きていては身体に不調が起きるかもしれん。

……もし、眠るのが怖いのなら俺の手でも握っていろ。」

 

彼は器用に左手を私に差し出した。

私は恐る恐る彼の左手を自身の左手で包み込む。

暖かい。彼の手に血が通い、しっかりとした熱が込められている事が熱を通して理解した。

私は無性に泣きじゃくりたくなった。

私はたぶん、もうこの止まり木から離れられないのかもしれない。

彼は止まり木にしてはあまりにも暖かく、意地悪で、手放し難い存在が過ぎる。けれど、それでも、理性は囁くのだ。

『あなたは王だ』と。

しかし、今だけは、王ではなく、一人のアルトリアに戻らせてください。

この温もりも、安心も、寂しさも全て独り占めさせてください。

私にこの止まり木を取らないでください。

私は只々彼の左手を強く握る事しかできない。

 

 

 

「眠ったか。」

 

彼女の穏やかな寝息が聞こえてくる。

随分と凄惨な悪夢だったのか、それとも誰にも言えない苦悩に苛まれているのか、それは彼女の口からでしか真実は浮かび上がってはこないだろう。

 

「くくっ、これはお前達の傲慢さのつけじゃないか?」

 

「痛いところをついてくるねホント。

まぁ……そうだね。そうかもしれない。これはきっと私達の責任だ。

本来彼女は一人の少女として、生まれ、生活して、年を重ねて、幕を下ろす。

そんな普通な何でもない人生を歩めたのかもしれない。」

 

マーリンは空に浮かぶ星々を見上げる。

 

「醜い現実逃避はやめろチェシャ猫。それはアルトリアへの侮辱だ。」

 

マーリンの足の脛に一撃入れる。彼女に役割を押し付けておいて、今更罪悪感を感じるに飽き足らずふざけた空想を垂れ流すとは。

だが、こいつの先程の顔から模倣独特の無機質さも感情エネルギーの消費による擬似的な情動の発露も感じなかった。

あの顔は紛れもなく、夢魔なんかの模倣ではなく、後悔に染まった人間だけが宿す己の内に生まれてしまった汚点であり、消せない業を認知してしまった際の苦悩、後悔に歪められた贖罪を求める顔だった。

………異常な事に、こいつは夢魔にあるまじき生の情動を罪悪感を起源に発生させてしまうとは、皮肉だな。

 

「贖罪は罪の意識に比重が置かれるものだ。」

 

マーリンは地べたに座り込んだまま黙りこくる。

その姿はまるで胸の内を巣食う後悔を認知できない幼子が不貞腐れたように尚早な決断を出してしまう子供の姿そのままだ。

随分と世話を焼かせる夢魔な事だ。

俺はアルトリアを背中全体で支えれる位置に調整し、右手を開けた。

 

「お前は今、初めて獲得した感情を用いて己を必死に責め立てている事だろう。

痛いだろう。苦しいだろう。叫び出したいだろう。

それが人にしかない生の情動だ。

お前の贖罪は彼女の死後も永遠とお前の胸の中に巣喰い、その胸中を抉り続けるだろうさ。

だが、お前は今日にして初めて、罪悪感を知れたのだ。

特別だ。今回だけは俺が慰めてやる。」

 

マーリンの羊毛が如き大量の毛髪を掻き分け、頭を撫でる。

マーリンとの付き合いはかれこれ先代ウーサーの時代にまだ遡る程には長い。いつも飄々としていたこいつのここまで焦燥した顔は久しぶりに見たが、いつ見ても

 

(……まるで、大きな子供みたいだな。)

 

俺の撫でる手にマーリンはただ、無言で受け入れるばかりだった。こんな行為は砂漠に一滴の水を垂らすのと同義だ。確かにその時において砂は一時の恵みを得るだろう…だが、そんな恵みすらも太陽に徴収される始末だ。だからこそ彼等砂は太陽から水を守るのではなく、熱を許容できる程の強度を得る適応を果たしたのだ。

 

(マーリン、お前は果たしてその罪悪感をどう処理するのだろうな。)

 

その問いに答えれる者は未だいない。




ルシウスはアルトリアが3歳頃にエクター家に居候する流れです。
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