この話は本来、物語の注釈にすら載ることの無い切り捨てられた『端数』に過ぎない話である。
だが、幕間とはそういうものである。
とある草原にて、彼等は模擬戦闘を行っていた。
未だ若輩者な王に相対するは昔日の丘に立つ戦士、両者の打ち合いには力強さと精錬さ以上に流麗さがあり、それはまさに演舞の一幕を飾るほどの華やかさであった。
だが、打ち合いは少女の『くぅー』といった可愛らしい唸り声で幕を閉じた。
「一時中断だ、軽い軽食を用意する。」
そう言い残して彼は食材調達のために市場へと向かっていく。
彼女はそんな彼の背中を見送りながらも剣を杖代わりにゆっくりとマーリンの元へと戻る。
「ふふっ、勤勉だね」
アルトリアは疲労を吐き出すように丸太に座り込み深呼吸する。
「…彼は、強いですね。」
「だろう?彼の強さは当時のブリテンでも別格だったからね。」
彼はまるで自分の事のように彼を誇らしげに語る。
彼女はふと彼の経歴について疑問に思う。
彼の人となりは多少の理解はあるが、彼の騎士時代の活躍については全くと言っていいほどに無知であったからだ。
「彼は昔からあれ程の強さを得ていたのですか?」
「そうだね、少なくとも僕が彼を知り得た時にはああだったよ。
しかし、彼の凄い所は単純な戦闘力では無い、その技術力さ。」
「技術?」
「今日の模擬戦で君は一撃でも彼に入れる事が出来たかい?」
彼女はそこで今日の模擬戦を振り返る。
彼は彼女からの剣撃を避けては返しの一撃を入れてくる状態を終始続けていた。……そうだ、彼は避けていたのだ。剣を弾くでもなく、剣を壊すのでも無い、己の眼と勘を持って彼は常に自身の間合いを維持するように避けていたのだ。
「そうさ、それが彼の凄くて、異常な所。ルシウスはね。戦争において常に無傷の生還を果たしていた、その身に夥しい程の返り血を浴びてね。
そんな彼の姿を敵国や反乱軍達はこう命名した『ブリテンの天使』とね。」
彼女は彼の戦績に対しての命名に対して皮肉が極まっていると感じた。
天使…それは無垢にして慈愛の化身、神の使いたる彼等。己の血を一滴たりとも流さず同志の血を浴びし戦士はまさしく純白の羽衣を纏う天の御使そのものなのだろう。
「天使、ですか」
「ああ、皮肉が効いた二つ名さ。けどね彼の無敗無傷の伝説を断ち切った奴がいた、彼曰く、『異次元の因果律を内包した白亜の調停者。あれを屠れば最後、この時代は剪定事象行きだ』と言わしめた奴がね。」
彼女は固唾を飲み込み持ち前の度胸で彼に尋ねた。
「その者とは?」
彼は武勇伝を語るように胸を張り、雄弁に大仰に語る。
「その者の名を【アルビオン】、竜種における冠位級にして境界を駆ける白亜の竜さ。」
【アルビオン】…この名を知らぬ者はブリテンに存在しない程の伝説的竜種にしてブリテンに現界する3対の竜の一角。
その竜を相手に彼は五体満足で生還したのである。
「彼は……人間なのでしょうか?」
彼女は真っ先に彼が人間なのかを疑う。彼が実は妖精や真実天使であったのなら、その人の枠を超えた戦績も納得できるからだ。
そんな彼女の疑問にマーリンは頭をかき、暫しの逡巡の果てにため息を吐きながら腹を括ってその重い口を開いた。
「……彼はね、【アルビオン】を対処不能の厄介事と判断したが……実の所、このブリテンにおいて最もな厄介事は彼、ルシウスなんだよ。」
「………それは、何故?」
「……何せ、彼にはあるのさ、本来ある筈のない神の自己証明にして自然を起源にする事で発生する神代の名残り【神性】がね。」
「【神性】?なら彼は神だとでも言うのですか?」
「いや、厳密には違う。彼は確かに【神性】を宿している。
だが、それはあくまで内側の話であって、外側は違う。
【神性】とは本来適した器に宿るものなんだ、例をあげよう、例えば神性を宿した魂とその受け皿となる肉体があるとしよう。
これらの関係性は基本は=になる。それは理解できるだろう?」
彼女はコクコクと頷く。
それを見たマーリンは話を続ける。
「ならもし、神性を宿した魂が人間規模の器に宿ってしまえば、もし、人の魂が神性を受け皿とする肉体に入った場合、どうなると思う?」
彼女は頭を悩ませながらも細々とした声で答える。
「そもそもが不可能でしょう。」
「それがそうでもないのさ。実際、両者共に確立させる分にはできるのさ。後者の場合は肉体に宿る神性によって人の魂もまた肉体にあったものに最適化される。
なら前者の場合はどうなのか?
それは後者とは真逆の肉体の最適化が起こるのさ。」
「だが、お前の論理には穴があるがな。」
彼女は反射的に後ろを振り返る。そこには食材が入った紙袋を持った今話題のルシウスが立っていた。
「おや、おかえりルシウス。」
「ああ、ただいま」
「あ、お、あ、、お、おかえりなさいルシウス」
「ふっ、ただいま戻った、マイ・ロード」
彼はそう言って対面の丸太に腰を下ろし慣れた手つきで適した食材を取っては簡易的な机の上で食材を切っていく、そんな中、彼は何でもないように先程中断していた会話を繋げるように口を開いた。
「さて、まずは結論から話そう。
俺の神性は信仰由来のものであり、聖書を齧ったものなら誰でも知る存在を起源にしている。
その名は【サタン】またの名を【ルシファー】、其の神性を宿した俺は皮肉にも人の身で生きている。ここまでで何か質問はあるか?」
アルトリアは突然の情報量に呆然としてしまう。
「珍しく流暢に話すじゃないか。」
マーリンは揶揄うように弄るが、ルシウスは一才手を止める事なく答える。
「結論の出た議論に興味は無いからな。」
ここで、漸く膨大な情報量を処理し終えたアルトリアは彼に疑問を呈する。
「…そもそも神性とは何なのでしょうか?」
「お前が聞きたいのは単純な原理の話では無いのだろう?
神性とは肉体依存ではなく魂依存によって成り立つ烙印だ。
神性には大まかに自然由来と信仰由来に分けられる、俺の場合はルシファーを起源としている事から信仰由来に分類される。ここまでは分かるな?」
「はい、マーリンからある程度は。」
「だが、その信仰由来の神性において天使の神性は他の神性とは在り方が異なっている。
天使の神性、其の神性は他の神性より純粋にして、無垢なる白色な、極めて脆い、羽が如き神秘に他ならない。」
マーリンは静観に務める、ルシウスが語る神性の定義、それは間違いなく的を得ていたからだ……天使という概念、それは魔術を安定させる上でこの上ない純粋なる力なのだ。だからこそ彼が天使の神性を無垢なる神秘とするのは極めて魔術的にも理解できるのだ。
「なら、あなたの神性は肉体か、魂、どちらに依存していると言うのですか?」
「先に結論を言おう、俺の神性は不完全だ。」
マーリン、アルトリアは彼の発言に理解できないと言ったように頭を傾ける。
「厳密に言えば、未完成と言ってもいい。
本来、神性とは神の血を引いた肉体、其の神性に対する耐性を持つ強靭な魂、これら二つが揃う事によって宿る。つまりだ、神性とは結果として残ったものであり後天的ではなく先天的に宿るわけだ。
だが、俺の場合は違う、俺の肉体は人の血を引いた純粋な人の肉体、
故に出力できる神秘にも限度というものが生まれる。
本来の神性ならこんな不都合はないのだろうがな。」
アルトリアはここで引っ掛かりを感じたのか、彼に再度感じ取った疑問をぶつける。
「本来というと、あなたの神性はまた別という事でしょうか?」
「ああ、本来ならこの程度の誤差は己の神性なり権能なりで修正するだろう。
だが、天使とは純粋な力、この身でそれを出力すれば例え魂が如何に強靭であろうと肉体は儚く砕け散る事だろう。」
マーリンは納得した様に頷きながら彼が作るサンドイッチを一つ掴み、反対の手で撫でる様にルシウスの腕を見つめる。
「つまり、君のそのか細い腕も、僕の頭ひとつ分小さいその背丈も、何十年経とうとその可愛らしい顔もその天使の神性による弊害だったというわけか。
いやはや、かつてのブリテン七不思議の一つが解けたよ。」
そう言ってマーリンはサンドイッチを齧る。
アルトリアはマーリンの発言から衝撃的な内容を知り反射的にルシウスの顔、体を凝視する。
「その、一応、聞いてもいいですか?その、年齢の方を。」
やけに仰々しく尋ねるアルトリアに疑問を抱くが咀嚼を終えた彼は澱みなく答える。
「92だが。」
アルトリア、脳に電流走る。
これまで身近にいた頼れるお兄さんだった彼が実は自身の何倍もの歳を重ねていた立派な大人であったのだ。
放心する彼女の姿にルシウスはマーリンに視線を向けて頭を傾け、
彼もまた頭を傾けながらサンドイッチを頬張る。
そんな何とも不思議な時間が彼等の間を流れていく。
「ルシウスの料理はやはり美味ですね。」
放心から抜け出した彼女はその小さな頬袋に一杯のサンドイッチを詰め込みながら幸せそうな顔で味わっていた。
「感謝の極みだ。」
そう言う彼は洗った調理用具の水気を拭き取りながらサンドイッチを幸せそうに食べ進める彼女を眺める。
「いっそ、売店を開いて金策にしてもいいんじゃないかい?」
マーリンは食後の紅茶を嗜みながら彼に素敵な提案をする。
「却下だ。それはもう趣味の域を超えている。」
そうにべもなく断る彼にマーリンは「チェッ」と不貞腐れたようにひとりごちって紅茶を啜る。
気付けばお皿一杯にのっていたサンドイッチを丸ごと平らげた彼女はお腹も膨れたのかいつも以上の元気に溢れていた。
そんな彼女はふと、ある事に疑問を持ち、機会も丁度いいと判断して彼に尋ねた。
「ルシウスはアルビオンと戦い、無事生還したのですよね。」
「ああ、そうだが。」
「…アルビオンはやはり強大でしたか?」
アルトリアは好奇心を抑えきれず、そわそわとしながら彼を見つめる。
そんな姿に彼は彼女の期待に応えれない事に少し申し訳なさを覚えてしまうが、事実と反する事を教える事に忌避感を覚えた彼は素直に事実を語りだす。
「強大か否かと問われれば、かの調停者は間違いなく強大であり…このブリテンにおいて最強を冠する竜種だ。」
彼は確信を持って彼女の問いに答えた。
「けれど、あなたはそんな竜を相手に生き残ったのですから、十分称賛に値されますよ。」
「それは過大評価に過ぎん。あれは俺を路上の小石程度にしか認識していないだろうさ。
もし、かの竜が俺を真なる外敵と認識していたのならこの島はとうに二度と作物も育たぬ焦土となっていただろう。
故に、俺は所詮は一介の戦士に過ぎん。」
「だから、その眼差しはやめてくれ」と彼は彼女の目線から外れるようにそっぽを向く。
そんな彼の姿にどうしても彼の言葉とその実績が釣り合っていない事にもやもやする彼女にマーリンはルシウスに聞こえない程度の声量で彼女の耳元に語りかける。
「彼がアルビオンと交戦した理由はね、アルビオンが寝ぼけて都市の畑を荒らしてしまったのが始まりなんだ。だからね彼はアルビオンの討伐ではなく、撃退を目標にする必要があった、それだけは頭に入れておくんだよ。」
そう言い残して彼は水を汲んでくると、川辺へ向かっていった。
彼女はパチパチと燃える焚き火を眺めながら自身の中で渦巻く思考の本流を噛み砕く。
結局の所、事実なのは彼がアルビオンを撃退する程の力を持ち、そんな彼は彼女に忠誠を誓っている、ただこれだけなのだ。
そう結論を出した彼女はおおらかに微笑みながら、ルシウスの作業を眺める。
こうして彼等は何気ない束の間の日常を過ごして行く。