Fate Constantia   作:ミルトントン

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幕間(中)

これは、泡沫の夢である。

 

それは、幼子の瞞着でしかない。

 

されどはては、因果の交錯であった。

 

 

 

王城キャメロットにて………

 

ウーサーはいつにも増して頭部に鈍重に感じていた。

 

聡明な彼はその現実を理解できないのでは無く、理解したくないのだ。

 

何せ、彼の目の前にいる者が、かのアルビオンだと一体このブリテン島の誰が看破できると言うのか。

 

「厄介事が、厄介事を増して厄介事になった。」

 

ウーサーは泣きそうになりながら呻いてしまう。

 

「………すまないウーサー。」

 

そんな彼の姿に理不尽な罪悪感が湧いてしまい、ルシウスはただただ謝罪する事しかできなかった。

 

「はあぁぁ。…いい、此度の責は誰にも無い。

……今は、責の所在の在り方では無く。

目先の問題から対処するとしなければな。」

 

「……問題は、彼女ないし彼の処遇か。」

 

両者共に来客用の椅子にて寛ぐ、今最も注目されている竜?人?に目線を向ける。

 

「おや?話し合いは終わりましたか?」

 

それは、軽い身のこなしで一才の音も立てずに椅子から降り、気付けばルシウスの眼前にまでその足を進めていた。

 

ルシウスは目を細める。

 

(………4:6。構造が人と同一の前提ではあるが……あの羽の数、異質なまでの魔力増幅、俺の警戒範囲を掻い潜る気配の薄さ。

………未知数だな。)

 

そんなルシウスの姿に不思議そうに覗き返すアルビオン。

意図せずに見つめ合う二人は、居心地の悪さを感じたウーサーの咳払いによって現実へと戻される。

 

「すまなかったウーサー。」

 

「私は悪くないです。」

 

彼女は無い胸を張りながら毅然とした態度を貫く。

そんな彼女の姿にウーサーは早々に胃が痛むのを感じてしまう。

それでも彼はかのアルビオンを相手に堂々とした態度を保つ。

 

「彼女の処分はルシウス、お前に一任する。」

 

ウーサーはルシウスに目配せを送る。

それを受け取ったルシウスはウーサーが言外に『警戒を怠るな』と解釈し、目配せを返す。

『慢心はしない』

そう受け取ったウーサーはアルビオンへ左手を差し出す。

 

「貴方とは良き関係でありたい。」

 

その手をアルビオンもまた己の左手をウーサーへ差し出す。

 

「私は調停者として、肩入れはしません。

ですが、個人としては一応受け入れましょう。」

 

こうして、アルビオンはブリテンに迎え入れることができたのである。

 

それからのアルビオンは怒涛の日々を送る事になった。

 

アルビオンの扱いはブリテンの同盟者……では無く。

ルシウスの従騎士という立ち位置に収まった。

これはルシウスが意図的に選任した訳では無く、彼女からの申し出からであった。

 

「ルシウス、ルシウス、ルシウス、聞いて下さい。」

 

「アルビオン、アルビオン、アルビオン、なんだ?」

 

「ルシウス、ルシウス、ルシウス、私は人を知りません。」

 

「アルビオン、アルビオン、アルビオン、それは不可解だな。

君は俺の記録をも取り込んでいる筈だ。」

 

「ルシウス、ルシウス、ルシウス、それは知識でしかないです。

私は経験が皆無です。……あと、これ飽きました。」

 

「…そうか、飽きたか。だが、人を知る必要性が君にあるのか?

君の視点は微小では無く大局的な立ち位置にある筈だ。」

 

「けれど、それは人を知らなくても良い理由にはならないです。」

 

「それはなぜ?」

 

「今朝、赤子を抱いた婦人を見ました。

婦人は赤子を己の命より丁寧に抱いていました。

彼女は危機の際、己が命より赤子を取るでしょう。

先日、遠征帰りの兵士を見ました。

兵士は真っ先に親元へ帰っていきました。

彼は戦時中においても己が命より親を思うでしょう。

……ルシウス、人は何故、己より他者を取るのでしょう。」

 

ルシウスは思い出す、かつて無償の愛を注いでくれた両親を。

彼等は既に冷たい土の中。

己は既に冷たい血の中。

 

(………何故、か。

……その問いに答える資格を、俺は……)

 

「………すまないな」

 

そう言ってこちらから視線を逸らした彼の姿は……酷く人間臭かった。

 

(……あぁ……彼には、もう。)

 

「……すみ」

 

「憐憫は不要だ。」

 

ルシウスの眼差しは酷く冷え切っていた。

 

「例え調停者と言えど、その思想は過干渉だ。」

 

「ちがっ!私は!」

 

「何故、人は他者を取るか?

その問いは至って単純だ。

『不完全』故だ。」

 

そう言い残して退室する彼に私は二の句も継げなかった。

 

「おや?喧嘩かい?」

 

彼の退室と入れ違うように一匹の夢魔が彼方から顔だけを覗かせる。

 

「いえ、何でも無いです。」

 

「いやいや。流石の私も人でなしとは呼ばれどだ。」

 

そう言ってずかずかと我が物顔で入ってきた彼は私に己の握り拳をそっと差し出す。

 

「可憐な美女が泣いていれば、慰めないのは私のポリシーに反するのさ。」

 

彼はポンと一輪の桃色の花を咲かせた。

 

「さて、原因の大元はルシウスの事だろう?

彼、結構気難しいからね。」

 

「…随分と詳しいのですね。」

 

「それはそうさ。

何せ君が来る前は彼と組んでいたのは何せ、この私だからね。

付き合いで言えばこのキャメロットにおいて随一さ。」

 

そう言って胸を張る彼の自信満々な表情に、少し、胸の内に燻りを感じ取る。

 

(熱い?けど不快感は無いです。寧ろ、『心地よい』と感じる。

何なのでしょう、これは。)

 

しかし、今は棚に置き、目先の難題にへと思考を回す。

 

「それでね、わたしは……」

 

「私は何故、彼を怒らせてしまったのでしょうか。」

 

流暢に語っていた彼は先程までの軽薄そうな雰囲気は鳴りをひそめ、所謂、真面目そうな雰囲気を醸し出していた。

 

「私に彼の過去を語る資格は無い。

 

私に彼の意思を代弁する権利は無い。

 

私に彼の苦悩を慰める力は無い。」

 

彼は諦念の籠った声音で懺悔する様に語る彼の顔は、どこか悔しさを噛み砕いている様に感じた。

 

「だけど、君は違うだろう?」

 

彼は私に指を差しながら先程までの顔色はなんだったのかと言いたくなるような急変さを感じさせる爽やかな面持ちだった。

 

「このブリテンにおいて最も彼に一番近いのは君なのだから。

ほんの後一歩さ。」

 

そう言いながら彼は私の両腕を思い切り引っ張り上げる。

その反動か、座り込んでいた私は反射的に立ち上がってしまった。

 

「さあ、行きなさい若人よ!

彼なら城の屋根で黄昏ているだろうさ!」

 

立ち上がらせた私の背を彼の両手が軽く前へ押し出した。

その勢いに乗って、私は外へ出るのと同時に翼を展開し、屋上へと一息に駆けた。

そんな勇姿を玄関の外枠にもたれ掛かりながら見送る彼は軽く口笛を吹く。

 

「夢魔が天使のキューピットになる日が来るとは。

いやはや、現実は小説より奇なりとはこの事だね。」

 

 

 

ルシウスは屋根にて黄昏ていた。

 

(人…命……隣人……愛……分からない。

かつては俺も貰っていた何か。

………彼なら、知っているのだろうか。)

 

夢の彼なら、この疑問について答えれるのだろうか?

 

この神性の起源、魂の縁。

 

完璧にして、清廉潔白な高潔なる君。

  

貴方なら、理解できるのだろう。

 

(父の死も、母の死も、割り切れた。

当たり前だが、死人は蘇らない。

なら悔やむ時間は徒労だ。

けど、確かに俺は貰っていたんだ。

彼等から、命を、名前を、愛を。

…………だが、そのどれもが、既に昔日の名残に過ぎない。)

 

己の手を宙へ翳す。

 

紅く、赤く、赫く、染まり切ったこの手。

 

(…………後で、謝らないといけないな。)

 

宙を見てると、どうにも落ち着く。

 

夢の貴方から影響を受けたのかもしれない。

 

だけど、ここは夢じゃ無い。

 

(そう。ここは夢では無い。

暗い、現実だ)

 

立ち上がろうと、手を太腿に添えようと伸ばす。

 

純白の羽が落ちてくる。

 

(はね?)

 

宙を見上げる。

 

バサっ!!!

 

彼の眼前へ飛び出す様に、一匹の竜が舞い降りた。

 

「ルシウス!!私!!言いたい事が!!」

 

翼をしまう事も忘れた竜は、切羽詰まった様子で彼に言い募る

 

「おい。」

 

彼は彼女の下顎を思い切り掴む。

 

「自室に戻るぞ。」

 

彼女は彼の急な暴行に否が応でも冷静にさせられてしまう。

 

「ひゃ、、ひゃい。」

 

 

自室にて、ルシウスは自身と彼女の分の紅茶を机に置いた。

 

「先程はすまなかった。」

 

「いえ、私も冷静ではなかったですから。」

 

両者を仄暗い空気が包み込む。

けれども鈍重の静寂は竜の問いにより断ち切られる。

 

「………先程、貴方は彼等を『不完全』と称しました。

…教えてください。何故、その結論に至ったのかを。」

 

彼女に迷いは無い。

それは、好奇心からくる探究では無い。

それは、未知からくる解明では無い。

 

彼女はただ、こちらの思考に寄り添いたいと願っているのだ。

 

ルシウスは深く瞼を閉じ、躊躇いを呑み込み、その重い口を開く。

 

「…まず、俺にこの問いに答える資格は無い。

故に、これは思想に過ぎないものだ。

何故、彼等は隣人を取るか。

『愛』?『希望』?

否、そのどれもが見当違いだ。

『愛』とは相補性だ。

『希望』とは委託だ。

これら両者は総じて、個人では成し得ない。

なら何故彼等は己を廃してまで、彼等を保持するのか。

…決まっている、とうの昔に『挫折』しているからに他ならない。」

 

彼は喉を潤す為に紅茶に口をつけた。

 

「『諦観』『継承』

さぞ耳心地が良いだろう。

だが、その精神構造は生命体として破綻している。

本来、生命体とは当人で完結するものだ。

記憶が他者に跳躍する事も。

技術がそのまま引き継がれる事も。

肉体が朽ちないことも。

ありえてはならない異常事態だ。

だが、それでも生命体は他者を取る。

己には『欠陥』があると悟るからだ。

その『穴』を埋める為に彼等は他者を取る。

己はとうに可能性が無い、発展性の無い生命体なのだから。

…これを『不完全』と言わずなんと称しようか。」

 

ルシウスは先程の虚な目から一点して、正規の宿った眼差しをからに向ける。

 

「以上。粗末な思想に耳を傾けてくれた事に感謝する。」

 

彼は軽く頭を下げた。

 

「………随分と、冷え切っていますね。」

 

冷たい。

 

彼の思想はその爪先から脳髄にかけて、全てが冷え切っていた。

 

確かに、生命体として、彼の指摘通り、破綻しているかもしれない。

 

何せ、『継承』とは可能性の剥奪に他ならない。

 

しかし、本当にそれだけでしょうか?

 

 

「確かに貴方の思想は『理解』できる範疇です。

しかし、私はそれだけでは無いと思います。」

 

「参考までに聞かせて貰いたい。」

 

深呼吸する。

 

脈拍が上がってくるのを感じます。

 

これまで、語らなかった、語る必要のなかった、『己の思想』というものを初めて他者に、それも自身と対等に近い位置に立つ彼にぶつけるのだから。

 

「私は、まだ人を理解したとは言い切れない。

何せ知識だけの半人前ですから。

でも、それでも、そんな私でも。

人は『不完全』では無いと。

人は『無恥』では無いと。

そう言わせて貰います。」

 

「……ならば。

問わせて貰おう。

何故、人は他者を取る?」

 

心臓がはち切れる程に脈打つ。

臓器の産毛が撫でられている錯覚。

首筋辺りが妙に冷えるのを感じる。

 

けど、言い切りたい。

しかし、伝え切りたい。

それでも、ぶつけたい。

 

私は言わなくてはいけない。

 

「何故、人は他者を取るか。

それは『祈り』だからです。

確かに、人は『不完全』でしょう。

個人の穴を他者で埋める。

けれど、それは決して意思の『剥奪』では無い。

それは、『願い』なのです。

親が子の未来を願う様に。

兵士が親の平穏を願う様に。

人は『願う』のです、その先を。

だから人は他者を取る。

己の未来では無く、他者の未来を『願う』。

それは破綻しているでしょう。

それは独り善がりでしょう。

けれど、その『願い』はこの世界で何よりも尊いものなのです。」

 

鳩尾辺りが締め付けられるように痛い。

脳が酸素で飽和しているかの様に思考が乱れる。

足から下が冷や汗で気持ち悪い。

 

けど、けど!

私は言い切った!

彼に、自分の思想を言い切れた!

 

彼は口元に手を添えながら一人思考を続けている。

そんな姿に視線を送りながらも、体を落ち着かせる為にも紅茶を摂取する。

 

(……人とは、こうも苦労するものなのですね。)

 

そうして、漸く、体の火照りが落ち着いた時。

彼もまた思考がひと段落したのかその口を開く。

 

「些か人に対する過大視が見受けられる。

………しかし、俺に君の思想を否定する資格も。

反論する権利も。思想を上書きする力も無い。

故に、理解する事しか出来ない。

それに、申し訳ないが、俺はこの問いの『答え』を知らない。」

 

そう言う彼の顔は、申し訳なさそうな雰囲気で染まり切っていた。

 

彼は本気で悔やんでいるのだろう。

 

何せ、爪が食い込む程に強く己の拳を握っているのだから。

 

けれど、この『問い』の解決は至って単純なのだ。

 

私は彼の拳に己の手をそっと覆う様に重ね合わせる。

 

「なら、一緒に探していきましょう。

一人では難しくとも、二人ならきっと見つけれます。」

 

けれど、彼の顔から申し訳なさそうな雰囲気は取れていなかった。

 

「……とても、魅力で素敵な提案だ。

だが、俺には君の手を取れる程の余白は無い。

寧ろ、この探究は君一人で進める方が確実だろう。

だからこそ俺の事を使い潰す気概で臨め。

何せ、君は『完全』だろう?」

 

彼は挑発する様に口角を上げて私を煽る。

 

(不愉快)

 

そうだ、不愉快なのだ。

 

彼は彼等の事を『不完全』と称した。

 

自身の発展性の無さを突いた思想。

 

彼は自身の事も『発展性』の無い『不完全』な存在だと認識している。

 

でなければ『使い潰す』なんて言葉が出てくるわけがない。

 

(非常に不愉快ですね。)

 

歯の間に挟まった繊維が取れない煩わしさ。

 

痛みのない頭痛の兆候。

 

出そうで出ない吃逆。

 

(彼はただ頷けば良い。)

 

ただ、それだけで私達は飽くなき探究へ赴ける。

 

(……少し、妥協していたのかもしれない。

彼なら自身で頷いてくれると。

少し、軽視していたのかもしれない。

彼の過去を、思想を、決意を、彼を構成する全てを。)

 

ならば、最強の生物として、少し、大人げなく、初めての、本気というものを出しましょう。

 

私から目を逸らす彼の両頬を両手で掴み。

こちらと目線が合う様に固定する。

 

「………紅茶のおかわりでも淹れようか。」

 

聡明な彼は既に速戦即決へと舵を切る。

 

「私は常々思っていました。

貴方と、私、一体どちらが強いのか。」

 

あの日の事は今も鮮明に思い出せます。

彼の俊敏な身のこなし。

鉄塊による鮮烈な熱。

一才の慢心無き戦士の目。

……思い出すだけで体が火照ります。

 

彼はそんな私の姿から詰みを悟り抵抗をやめた。

 

「…それで、結論は出たか?」

 

ええ、ええ、出ましたとも。

 

「単純に、最強の竜は私です。

ですが、無敗の人は貴方です。

貴方は最強では無い、けれど負けない。

私は最強です、けれど負ける。

最強と無敗は似て非なるものですから。」

 

そう、彼は例えどれほど強靭な種を前にしても生き残り、最後にその喉元を掻き切る。

そして、私は例え私を超える種と対面しようと、一の敗北から無数の勝ち筋を生み出す。

 

「…少しの手心は欲しいものだ。」

 

手心?

 

「私達はこのブリテンにおいて、対等であり、唯一であり、普遍です。」

 

そう、私達は中身が違うだけの同族なのだ。

 

それにだ。

 

私が気付かないとでも思っていたのだろうか。

 

「油断なりませんね。」

 

彼の鉄尾は随分と手癖が悪い様だ。

 

「さあ、観念して、私と番になりなさい。

そして、隣人の尊さについて永遠の議論を続けましょう。」

 

そう。

 

これは、調停者として必要な行為です。

 

決して、私情ではないです。

 

「はっ!諸に私情だろう!

悪いが、俺の体はそう安くは無くてね。

此方も相応の抵抗をさせて貰おう!」

 

ええ、それでこそ同族です。

 

簡単に取れる財宝程味気ない物はないですからね。

 

最大限の抵抗の末に無情にも私に敗北する。

 

気が昂ってきます。

 

「さぁ、食前の軽い運動をしましょう。」

 

 

簡略

 

暴走したアルビオンはルシウスとの児戯の末に彼の従騎士として、隣に立つ事で何とか妥協したのであった。

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