Fate Constantia   作:ミルトントン

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追記:西暦調整。
タイトル翻訳:対立


Conflictus

あれから、若くしてブリテンを総べる次期ブリテン王であるアルトリア、彼女達の巡礼の旅はエクターの息子にして未来の騎士ケイとの合流を機にこれまで以上に波瀾万丈にして絢爛豪華の王道を邁進し、とうとう旅の地点は佳境へと差し掛かっていた。

 

ブリテン王朝68年西暦538年

ログレス国ロンドンの都

 

アルトリアは一人黄昏ていた。

 

そんな彼女の元に一人の青年が訪れる。

 

「…よく分かりましたね。誰にも言わずに来たのですが。」

 

青年は何も言わずにただ、静かに彼女の隣に腰掛ける。

彼等の間に肌寒いそよ風が吹き通った。

 

「…寒いな。…これを巻いていろ。」

 

彼は小さな革袋から丁寧に編み込まれた肩布を取り出し、彼女の首元へ巻き上げた。

 

「……ありがとうございます。」

 

彼女が礼を言おうと彼へ目線を向けた。 

 

その目線の先で、彼は湯気が立ち上る、優しい香りを放ったミルクを少しずつ飲み進めていた。

 

「なんだ?」

 

彼女はそっと両手を差し出す。

 

「?」

 

そんな彼女の姿にルシウスは心の中でため息を吐く。

 

(……甘やかしすぎたな。)

 

いつまで経っても己の両手にミルクが来ない事に顔を傾けるアルトリア。

そんな彼女の姿に滅法弱い彼はそのまま飲みかけのミルクを差し出す。

 

「すまないが、飲みかけだ。それでも良ければ、ほら。」

 

彼女の両手に彼からの木杯か舞い降りる。

アホ毛を軽快に揺らしながら惜しみ惜しみ飲み進める彼女の姿を視線に入れつつ、彼は先程売店にて購入した黒パンを取り出した。

 

取り出した黒パンを割り、中から塩の浮いた蕩けるようなチーズがパンの上を滑る。

 

(出来立てだな。)

 

己の幸運を噛み締めながら、彼はその暴力的な香りを放った黒パンへ齧り付きかけたその時!!

彼の隣から、恐ろしい程の熱が込められた眼差しが突き刺さる。

 

彼は隣へ視線を移す。

 

彼女が空いている掌を己に突き出していた。

 

 

 

ルシウスは己が勝ち取った黒パンを食べ進める。

 

彼女は木杯を片手に黒パンを小刻みに食べ進める。

 

両者の間には寒空の下、初冬が齎す肌寒いそよ風が訪れようと、それを弾き飛ばす、淡い暖かさが在った。

 

 

 

「……終わりだな。」

 

彼は最後の一切れを口の中へ放り込む。

 

彼女は食べ進める口、それを運ぶ手を止め、ただ、己の足元を見つめる。

 

「戻るか?」

 

彼女の肩幅が静かに跳ねた。

 

「ここはロンドンでも郊外に近い場所だ。

今から行けば明日の夜明けには着けるだろう。」

 

彼は淡々と語る。

 

「それとも、逃げるか?

このロンドン、いや、このブリテンそのものから何もかもを忘れ、一人の少女として、生きる。…それもまた、人生だ。」

 

彼は淡々と語った。

 

 

「私の中に未練は無い。

あの日、あの時、あの場所にて、かの聖剣を抜いたその瞬間から、私はとうに王だった。」

 

彼女は粛々と語る。

 

「私の心に恐怖は無い。

私には成すべき理想がある。私には果たすべき大義がある。

…私には、心を預かれる騎士がいる。」

 

彼女は粛々と語る。

 

「私の手に迷いは無い。

人々の嘆きを見ました。人々が明日を生きたいと願っていた。

人々は私を希望だと謳いました。」

 

彼女は粛々と語った。

 

 

「で?」

 

彼は淡々と返した。

 

「………」

 

彼女は沈黙する。

 

「慰めが欲しいのか?」

 

彼は淡々と問う。

 

「それとも、定義が欲しいのか?」

 

彼は淡々と問う。

 

「曖昧だな。お前は。」

 

彼は腰を浮かせようと地面に着いていた手に力を入れようとした。

 

しかし、それは叶わなかった。

 

彼女の手が彼の腕をしっかりと固定していたからだ。

 

「………別に、恐怖が無い事も、未練を断ち切ったことも、迷いを捨てた事も、全部、本音でした。」

 

彼は再び、地面に腰を据えた。

 

「本音なんです。全部、全部、全部。

全てが本音であり、私の意思で考え、私の力で選び、私の手で掴んだ。

なのに……なのに……私は、私は……」

 

彼女は消え入りそうな声で絞り出す。

 

「私は、この、ロンドンに来てから、帰郷を、考えてしまっている。」

 

彼女は己の胸中に渦巻く未知の患者を熱を持った脳から外へと絞り出す。

 

彼は何も言わずにただ、聞き手に徹する。

 

「突然なんです。

ある日ふと、売店に売り出してあるパンを目に入れた時。

何にも成果を上げられず、報酬も得られなかった虚しさ。

星一つ輝かない暗い夜道を進む、心の隙間風。

決定的な要因は存在しない。

なのに、日常にある曖昧な要素が、不意に、私の脳を凍えさせる。」

 

彼女は肩にかかった肩布を硬く握りしめる。

 

「ふと、世界が寒くなる時がある。

このブリテン島で、私という存在だけが浮いていて、それ以外の人間だけが地に足をつけている。

心臓の産毛にそよ風が吹き通る感覚に陥った。

気持ち悪かった。

何もかも全てが。

けれど、私の理性はそれを割り切りました。」

 

彼女は顔を眉を顰め、皺を歪めながら、溢す。

 

「時折、泣き出してしまいたくなる。

無性に、無意味に、衝動的に、ただ、泣きたくなる。

必要性も、昂りも、辛い事も無い。

ただ、日常を歩む中で、ふと、泣きたくなってしまう。」

 

彼女は彼へ視線を向けた。

彼から見た彼女の顔は、まさに泣き方を忘れた一人の大人の顔だった。

 

「ルシウス、暖めてくれませんか?」

 

彼女は木杯を足元に置き、その両手を彼へ差し出した。

 

その行為に彼は眉を顰めながらも、そっと己の両手を重ねた。

 

彼の冷えた両手を彼女は鬱血する程に、強く、強く、握り締めた。

 

「ああ、暖かい。」

 

彼女は彼の胸元へ身を乗り出した。

 

突然の行為に警戒する間もなく、彼は地面へと倒れた。

 

彼女は己の体温を彼へ刻み込むように、彼の胸板へ顔を押し付ける。

 

「無意味だな。」

 

それは堕落だ、と言外に彼は突き付ける。

 

「それでも…」

 

それでも、今だけは、私は一人じゃ無いと、そう思えるから。

 

彼女は先程より、強く、熱く、肉が繋がるかと錯覚する程に、紛らわせる様にしがみつく。

 

(……………『寒い』…か。)

 

 

彼は慈しむ様に、撫でる様に、彼女の髪を梳かす様に、優しく触れる。

 

その温もりに安心し切った様な顔をした彼女は、その温もりを抱えて夢の中へと意識を流す。

 

(……………もう、子供とは言えないな。)

 

彼は己の上で寝転ぶ彼女を抱えて、宿泊している宿へと帰った。

 

 

「いや〜、つかれたつかれた。全く、頭の硬い諸王達だ事。」

 

肩を小刻みに鳴らしながら入室してくるマーリンにルシウスは

軽い相槌を返す。

 

「おかえり。随分と長かったな。」

 

マーリンは近くにあった椅子にどかっと座り込んだ。

 

「彼等何て言ったと思う?『あの選定の剣は予定調和だろう。』ってさ。

頭が硬い癖に痛い所を突いてくるよ、ホント。」

 

ルシウスは先程まで読んでいた書物に栞を挟み込む。

 

「だが、事実だろう?」

 

マーリンは木杯を片手に壺に入っている飲用水を柄杓で注ぐ。

 

 

「まぁね。けれど、そんなものは全体のほんの一部に過ぎない。」

 

水が入った木杯と椅子を両手に持ったマーリンが彼の側にまで近づき、対面する形で椅子に腰を下ろした。

 

「なんだか、こういうの、久々だね。」

 

マーリンは座面前端を掴み、軽く前後に揺らす。

 

「ふっ、夜更かし癖を抜くのに苦労したな。」

 

懐かしむ様に、しみじみとした声音で語る。

 

しかし、二人は忘れていた。

 

この部屋は二人部屋何かでは無かった事を。

 

「おい。逢い引きなら外でやってくれ。」

 

奥のベットからもぞもぞと這い出てくるは旅の同行人の一人、ケイであった。

 

「すまないな。」

 

「ああ、ごめんごめん、もう寝入っていると思っていたよ。」

 

「ルシウス殿はいいさ。けどなマーリン、お前今さっきの言葉は本当なのか?」

 

ケイはマーリンを鋭い視線で睨みつける。

 

「さっきというと?」

 

「惚けるなよ。あいつの、王位継承が、茶番だったかって事だよ!」

 

彼は今にも眼前にいるマーリンを視線だけで殺せてしまいそうな程の殺意が籠った眼差しをマーリンへ突き刺す。

 

「ああ…まぁ、『予定調和』かと言われれば、あながち否定は出来ないね。」

 

そう言い切った瞬間にはケイはマーリンの胸元を締め上げていた。

 

「あいつはな!お前達の!道具なんかじゃ!ないんだよ!!」

 

そんな彼の怒りにマーリンは多少の罪悪感は感じるが、その地点を、彼はもう超えているのだ。

 

「……君の憤りは納得できる。そこについては、すまない、としか言えない。」

 

彼の素直な謝罪に、ケイの脳は軽い衝撃で揺さぶられていた。

 

掴んでいた彼の胸元を離してしまう。

 

〈誰だ、こいつは。〉

 

その疑問が只管に彼の脳を支配していた。

 

マーリン。それは軽薄さの権化であり、素直さとは対極に位置す存在。

 

そんな奴が、今、己に何と言った、〈すまない〉?

 

「なら、なら!なぜ、なんで!お前は!」

 

マーリンへ向かって強く握りしめた拳を振り放つ。

 

「はぁ、、はぁ、、はぁ、、、くそ!」

 

一人の兄は勢いのまま部屋を去る。

 

そんな部屋の中で、ルシウスは柄杓と木杯を両手に持って水を数杯飲み干していた。

 

「……痛いね、ルシウス。」

 

倒れたマーリンは、ただ、櫃の上で静かに燃える蝋燭の先端をうわの宙で見ていた。

 

「ふっ、今のお前はこのブリテンで一番の色男だよ。」

 

水を一杯に注いだ木杯を彼へ手渡し、ルシウスはケイの後を追う。

 

「痛ッッ、中、切れてるや。」

 

 

 

宿屋の外にあるベンチにて、ケイは、ただ、宙を見上げていた。

 

「この席は星空を眺めやすい。」

 

ケイの背後から、己がよく知る人物の声が響く。

 

「今日は、星がよく見える、よければ、相席してもいいだろうか。」

 

彼はケイの了承も聞かずに堂々と、横に腰を下ろした。

 

「貴方も、天体観測なんてするんですね。」

 

ケイは『星空』という言葉から、かつて、エクターと夜更けに星空を眺めていた日のことを思い出す。

 

「所詮、修道士の模倣に過ぎんさ。も、という事は、君も天体観測を?」

 

「いや、俺、というより、俺の父が毎晩していましたから。」

 

「そうか、良き父を持ったな。」

 

「ええ、本当に、偉大な父です。」

 

父は偉大だ。父は剣も、斧も、弓すらも、器用にこなす。

その点、俺は出涸らしだ。

剣も、斧も、弓も、全てが人並みにしかこなせない。

 

「……なあ、ルシウスさん。」

 

「なんだ?」

 

「今だけ、弱音、吐いても良いですか?」

 

「……それで、君が整理できるのなら、俺は聞き役に徹するさ。」

 

ルシウスは一度ケイの方へ視線を向けるも、直様、星空へと視線を移した。

 

「俺、ホントはあいつの事が嫌いなんです。」

 

ケイは淡々と語る。

 

「あいつが来てから父は何かとアルトリアを話題に出しては『お前も見習え』と叱る。

別に、叱られる事はどうでも良いんだ。

だって、父は無意味に叱らないから。けど、叱られる度に、アルトリアと比べられる事だけは、不快だった。」

 

ケイは淡々と語る。

 

「あいつは剣も、斧も、弓も、俺より、いや、父すら凌駕する程の才を持っていた。

けど、あいつはそれを誇示し無いどころか、寧ろ、それらを無意味だと吐き捨てた。

それが余計に嫌悪を駆り立てた。」

 

ケイは淡々と語る。

 

「俺は嫌いですよ、あいつが、けど、それ以上に認めているんです。

あいつはいつか、このブリテンの誰よりも凄い存在になるって、信じてる。

だけど、だけど、どんだけ凄い奴でも、どんだけ嫌いな奴でも、あいつは人間であり……俺の、妹なんだ。」

 

爪が食い込む程、強く握りしめる。

 

「兄は妹を守らなきゃいけない。だからこそ、許せなかった。

あいつが、あいつらが、アルトリアを道具みたいに消費する事が、堪らなく、不愉快だった。」

 

ケイは背もたれに大きくもたれかかった。

 

「……俺には、あいつのために、出来ることは無い。

してやれる事も無い。………気持ち悪いんですよ。

あいつが泣き言を言わない事も、みんながこぞってあいつを神輿に乗せる事も、誰もそれを疑わない事も、みんな、みんな、気持ち悪い。」

 

ケイは大きくため息を吐き出す。

 

「けど、一番気持ち悪いのは、俺自身なんだ。

あいつが、たった一言でも良い……たった一言、俺に、『逃げたい』って、そう言ってくれれば……俺は、全力であいつを逃すのに。……そんな、出来もしない事を考えてしまう自分にどうしようもなく、吐き気がする。」

 

ケイはただ、静かに星を眺める。

 

「………なんでかな、なんで、あいつが王なんかになっちまうのかな。」

 

そのつぶやきは、燦々と煌めく星々にあえなく掻き消されていく。

 

「実の所、俺は君を尊敬している。」

 

ルシウスが静かに語る。

 

「お世辞にしては寒いっすよ。」

 

ケイが茶化した。

 

「いや?純然な事実だがな。君は俺、いや俺達の誰よりも必要不可欠な存在だろうさ」

 

ルシウスが熱を持って語る。

 

「生憎、俺は大雑把だ、物の管理とか苦手でな。

マーリンは、あいつは言うまでも無いだろうが、金使いが荒い上に、使ったお金の額を忘れる始末だ。

アルトリアは、君も知っての通り、猪だ。

だが、君は違う。」

 

ルシウスは意気揚々に語る。

 

「君はこのブリテンでも珍しい部類だ。

己の尺度という物を持っている、少し露悪的に言うと『身の丈』を理解している。

それは可能性に満ち溢れてると盲信する愚者の何倍も価値がある発見だ。」

 

ルシウスは意気揚々と語る。

 

「君は、自分を出涸らしと称したね。」

 

「……ええ、俺は、、父の才の何もかも引き継がなかった。」

 

「いや?君は確かに彼の才を引き継いでいる。」

 

「え?」

 

「懐かしいな、キャメロット城から木版にその日使った金額を掘る所は今も変わっていなかった。

そして、君もこの旅の間、逐一俺達から使用した金銭を聞いては夜中に掘っていたなんて。

親子共々、金銭感覚が几帳面で助かったさ。

きっと、君が居なかった場合、諸国を訪れる度に金銭稼ぎが必要になっていた。」

 

ルシウスは意気揚々と語る。

 

「まぁ、つまりだ。君が例え自身の事を卑下しようと、最後に彼女を支えるのはマーリンでも、俺でもない、君さ。

君こそが、彼女を支える最後の支柱なのさ。

だから………だから、もし…もし、俺に、何かあれば…その時は、彼女の事、頼む。」

 

そう言い切った彼は立ち上がり、ケイへ手を差し伸ばす。

 

だが、ケイはその手を掴まず、己の足で立ち上がった。

 

「いやです。」

 

ケイはルシウスへ目を合わせて、丁寧に断った。

 

「ほう?」

 

ルシウスは気付かれない程度に目を細める。

 

「貴方…いや、あんたにも責任はあるんだ。

あいつを、王と囃し立てた責任が。

何一人だけ逃げようとしてるんですか?死なば諸共ですよ。

俺達は一蓮托生、あんたにも、あいつにも、俺にも、責任があるんだ。

腑抜けた事いってんじゃあねえぞ!!あんたは死んででも彼女に尽くす義務があるだよ!殺してやる、逃げたら、俺が、あんたを、殺してやる。

だから、死んでも死ぬなよ!」

 

ケイは力一杯の拳を彼の腹部へと放ち込んだ。

 

「それじゃあ、俺はここで失礼します。…殴ってすみません。」

 

そう言って、彼は静かに戻って行った。

 

「くっくっくっくっ、ふふふ、ふははは。」

 

彼の噛み殺した歓喜の笑いが満点の星空を覆う。

 

「…やはり、君は凄い奴だ。

………だが、すまないな、君との約束はどうにも守れそうに無い。」

 

彼の虚しい謝罪はただ冷たいそよ風と共に、大気に溶け合った。

 

 

 

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