呪術界の平和の象徴 作:といまるーお
その男を前にして、五条悟は鼻で嗤った。
弱冠15歳でありながら、無下限呪術と六眼によって現代最高レベルの呪術師として最強の名をほしいままにしている彼は有り体に言えば自分以外の術師を下に見ている傲慢を持ち合わせている。
「ハァ?雑魚じゃん」
だからこそ、初対面の相手でもそう吐き捨てることに躊躇いはない。
呪術高専へと入学して、早二ヶ月。体術の授業で担任である夜蛾正道に連れられてやって来たのは、筋骨隆々とした大男だった。
五条の憎まれ口に夜蛾が咎めようと口を開く、前にその大男は快活な笑みを浮かべた。
「HAHAHA!中々の跳ねっ返りだ!流石は、五条家の至宝といった所かな」
「悟、その最初から喧嘩腰に突っかかるのを止めろ」
「事実だし、実際見た目デカいだけの木偶の棒だろ。術式も雑魚だし」
「はぁ………適当に揉んでやれ、
「ええ、お任せを」
眉間を揉んで去っていく夜蛾を見送って、十市と呼ばれた巨漢は笑みを浮かべる。
「さて、諸々言いたい事はあるだろうが、これから君達の体術訓練を任された
「お前に教わる事なんかねぇって。傑と組手してる方がマシだろ」
「悟。そうカッカするもんじゃないよ。仮にも相手は先生なんだし」
「夏油の方が煽ってんじゃん」
五条の態度を諫めるような事を言いながらも、的確に相手のヘイトを稼ぐ事を言う夏油傑と、そんな彼を揶揄する家入硝子。
以上三名が、今年の呪術高専一年生。少数だが、精鋭と呼んでいい才覚にあふれた者たちだった。
舐め腐った五条の態度は、青筋を浮かべるに十分なもの。
しかし、
「いやいや、構わないよ。寧ろ、それ位の反骨精神が無いとこの界隈ではやっていけないからね。とはいえ、私としては君達に強くなってもらわなくては困るんだ」
「?何故ですか?」
「何故って、仮にも教鞭をとるのなら生徒たちへの責任があるからね。しかし……hmmm。よし!こうしようじゃないか!」
大喝とも言える腹からの声。
五条などは露骨に顔をしかめるが、十市は気にした様子もない。
「これから、私と君達で術式アリの組手をしようじゃないか!勿論、夜蛾先生には許可を取るからね。あ、家入君は私の後ろにおいで。君は非戦闘員だから危ないしね」
「はーい」
「……先生一人で、私たちを相手にするつもりですか?」
「HAHAHA!大丈夫、怪我をしても家入君が治してくれるさ。遠慮なくかかっておいで」
小走りに十市の後方にある階段へと向かう家入。一方で野郎二人は、露骨に気温を下げていた。
そんな二人を無視して、十市は体格にそぐわない夜蛾へと一報。幾つかの言葉を交わして、通話を切った。
「許可、取れたよ。さあ、遠慮なくおいで!」
「ブッツブス!!」
両手を広げる十市に、猛然と襲い掛かったのは五条。
新任教師の言葉を挑発と受け取った彼は、その苛立ちのままに笑みを浮かべる顔面目掛けて足裏を叩きつけんと飛び掛かり、
「甘いぞ!五条君!!」
「は?――――ガッ!?」
次の瞬間には、拳が目の前に迫っていた。
拳は、空の壁を突き破り、更に
殆ど咄嗟に腕を顔の前に交差させて防御する五条。だが、そんなものは十市にとっては薄紙にもならない。
「…………ッ」
夏油の頬を冷や汗が伝った。
横目に後方で見えるのは、ついさっき自分の隣を凄まじい勢いで吹っ飛んでいった親友にして相方の姿が消えた土煙の奥。
無下限呪術、というものがある。呪術界御三家の一角である、五条家に伝わる相伝の術式とされる。
その術式効果は、無限を現実へと持ってくるという概念系のもの。
例としては、五条と対象の隙間が傍から見て数センチほどであったとしても、実際には距離を測る事すらできない空白を生み出す様なもの。
故に、五条への攻撃というのは基本的に
本来ならば。
「君達の情報は、前もって資料で確認しているからね。五条君の無下限。夏油君の呪霊操術。そして家入君の反転術式。その他にも任務の達成歴なんかもね。その上で、五条君。君の弱点は、術式だよりの部分さ!」
ビシリ、と十市の太い指が土煙に突きつけられる。
「無下限呪術は強力だが、完全無敵という訳じゃない。突破する事だって可能なのさ。であるならば、だ。君に必要なのは術式を突破されても対応できる体術スキル!さあ、時間はまだまだあるぞ!夏油君もかかっておいで!」
「ッ、行きます……!」
最早、侮りはない。
結果、保健室のベッドが二つ占拠されるのは完全な余談である。
@
「どうだ?今年の一年生たちは」
「素晴らしいですね。五条君は言うまでもありませんが、夏油君。彼も使役系の術式の持ち主ながら、体術もまあまあできる。磨けば光る原石を研ぎ澄ますのは、実に楽しい」
「そうか。硝子はどうだ?」
「筋は良いので、このまま護身術を極めてもらおうと思います。彼女が前線を張る事はまずないとは思いますが、それはそれとして鍛えて損はありませんからね」
にこやかな大男、十市に夜蛾はコーヒーの入ったカップを差し出した。
二人の関係は、教え子と元教師というもの。
「忙しい中、受けてもらった身だが大丈夫か?」
「ええ、問題ありませんよ。恩師である夜蛾先生からの依頼でもありましたし、仕事自体も手早く済ませて来ましたから」
「日本に二人の特級術師。悟と傑も直ぐに、特級認定を受けるだろう」
「そうであったとしても、少なくとも高専を卒業するまでは私が仕事の大半を引き受けましょう。なあに、既に九十九の分も請け負っているんです。一人二人分増えた所で倒れやしませんよ」
「……相変わらずの規格外だな」
コーヒーを啜り、夜蛾は目を細めた。
特級術師 十市要。片割れの特級が仕事しない為に日本全国を文字通り跳び回りながら呪いを祓い、場合によっては海外にも足を延ばす忙しい身の上。
ソレに加えて、高専での体術講師ともなればよりプライベートは削られる事だろう。
だが、
「先生。私はね、死地へと向かう後輩たちが少しでも生き永らえることが出来る様に鍛えるだけです。こんな稼業ですからね」
「そうか……そうだな。何より、二人の鼻っ柱を早めにへし折ってくれたことは感謝する。大人しくなるとは思えないが、それでもお前に対する一種の敬意は持つだろう」
「私としては、恨まれても良いんですがね。私を恨んで強くなるのなら、それもまた良し。というものです」
「本当に、教師の鑑だよ。お前は」
呪術師の中でも異質なヒーロー気質を持つ元教え子に、夜蛾は笑みを浮かべる。
そんな教員二人が談笑していれば、不意に廊下が騒がしくなる。
何事かと二人の目が出入り口へと向けられれば、勢いよく引き戸が弾けるように開かれた。
「あ、居た」
「こら、悟。ノックすべきだよ」
乗り込んできたのは、五条。それから彼の後をついてきた夏油とそれから家入だった。
ズカズカと歩を進めた五条は、不機嫌なままに教師二人のコーヒーが乗ったテーブルへと手を打ち付ける。
「で?アレ、何だよ」
「アレ……ああ、君の無下限を突き破ったアレかい?アレは、領域展延の応用さ。インパクトの瞬間に拳を展延で包み込んで術式を中和して突破するって訳だね!」
「はあ……?んな事出来るかよ。領域展開も出来るってのか?」
「勿論さ!」
「悟。十市は、特級術師だ。少なくとも、今のお前や傑では勝てない領域に居る事は分かるだろう?」
「……」
「心配する事はないぞ!五条君!君もまだまだ強くなれるさ!その為に、私や夜蛾先生が居るのだからね!」
快活に笑う十市に対して、五条は沈黙をもって返した。
五条も、そして夏油も、十市から一方的に叩きのめされたのだ。
増長したプライドをへし折られるには十分すぎる結果だった。しかし、それはそれとして素直に負けを受け入れるには情緒が育ち切ってはいなかった。
これは、のちの現代最強