「だから違うと言っているだろ!」
街の門の前。声のした方に目を向けると、人だかりができていた。
荷車は広場の端に置いたままだった。
人だかりは、その少し先。自分たちはちょうど両者を斜めに見渡せる位置にいた。
人垣の中心に、ガレスがいた。
昨日、アンペアが機械を直してやった相手だ。いつもの不機嫌そうな顔が、今は怒りでトマトみたいに赤くなっている。
その前に立っているのは、黒い戦闘服を纏った集団だった。
先頭に立つ女性の人物は背が高く、見覚えのある目つきの鋭さだった。
錆古びた鉄格子の横にその女の人は立っていた。けど、その佇まいだけで他の者とは違う重さがあった。
「東の森なんかこの街の奴らは行かねぇって!それだったらすぐ傍のそこの森の木を伐採してる!」
ガレスの声は震えていた。怖いのか、怒っているのか、たぶんその両方だ。
「証拠があるのか」
先頭の人物が、低い声で言った。
感情を抑えた、静かな声だった。でも、その静けさがかえって圧迫感を持っていた。
「証拠なんてそんな——!」
「証拠がないなら、調べさせてもらう。それだけの話だ」
短い言葉で会話は切り捨てられた。
その瞬間、空気が変わる。
誰かが叫び、別の誰かがそれに怒鳴り返した。言葉が衝突し、収拾がつかなくなる。
「ちょっと、あんまりじゃないの?いきなり押しかけて、銃口を人に突きつけるだなんて」
ガレスの隣に、アンペアが立っていた。腕を組んで、先頭の女性を見ている。
いつものアンペアらしい雰囲気が、今は鳴りを潜めていた。
集団は、全員が似たような黒と赤の外套を羽織っている。
整列したまま動かず、視線だけが冷たくこちらに向いていた。
「この街の連中はモンスターを嫌っている。どうせ喜んでやったんだろう!」
その集団の中の一人が叫んだ。その声に、街の人たちがざわめいた。
「なんだと!?」
一人が吐き捨てた。その一言で、周囲の空気がさらに荒れる。
「ふざけるな!」
怒号が重なって、誰かが一歩前に出た。
「落ち着いてって、ちょっと突っかかっただk——」
アンペアが言ったが、届かなかった。
怒鳴り声と怒鳴り声がぶつかり合って、広場の空気が一気に沸騰していく。
灰色の人たちが銃に手をかける。それを、街の人たちが押し返す。
——パンッ。
——パパパンッ。
——乾いた破裂音が響いた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
視界の端で、人影が崩れる。
遅れて悲鳴が上がる。
誰かが転んだ。
誰も助け起こす余裕がない。
「——撃ってる!」
誰かの叫びで、ようやく状況が現実に追いついた。
広場が一気に崩れる。
逃げる者、立ち尽くす者、武器を構える者。すべてが同時に動き出す。
自分は反射的に荷車の陰へ身を滑らせた。心臓が嫌な音を立てている。
そのすぐ向こうで、また乾いた音が響いた。
「....借りるわよ、これ」
セリカが布を引き剥がしながら、誰に言うわけでもなく呟いた。
彼女が自身の銃を取り出して、弾薬を確認する。手慣れた動作だった。
「か、勝手に使っちゃっていいの?」
「この街が襲われているって言うのに、そんなこと言ってる場合?」
マガジンを引き抜いて、薬室に押し込む。
ガシャン、と金属の噛み合う音が鳴った。
「ん、私も」
「....少し、お借りしますね」
シロコとノノミも箱から弾薬を取り出した。
三人の動きに、迷いはなかった。
シロコが低く構えたまま動いているのが見えた。
——パンッ
迷いがない。まるで呼吸の一部みたいに引き金を引いている。
セリカも同じだ。弾を確かめる動作に一瞬のためらいもない。
——パパパンッ
気づいたら荷車の陰に伏せていて、石畳の冷たさが頬に当たっていた。
心臓がうるさい。呼吸の仕方を忘れたみたいに、息が苦しい。
隙間から覗こうとして、できなかった。もう一度、銃声が鳴った。体が縮こまる。
三人の足が見えた。身を低くしながらも動いている。
怖くないのだろうか。それとも、怖いのに動けるのだろうか。その足が見えたから、ようやく顔を上げられた。
隙間から覗くと、三人はまだ立っていた。
身を低くしながら、引き金を引き続けている。
シロコの弾が一人に命中した。
セリカが続けて引き金を引く。
集団の前列が崩れた。数人がよろめいて、後退する。
「やられた!?どこから⁉︎」
その声が飛んだ瞬間だった。
轟音が、広場を揺らした。
ノノミの持つ巨大な銃が回転し、空気ごと削るような音を立てる。
そこから先は、戦いというより圧だった。
前に出ていた黒外套の集団が、じりじりと後退していく。踏みとどまろうとする者ほど、動きが遅れる。
前列が更に崩れる。足がすくんで動けなくなる者、慌てて後退する者。
——今は、ただ圧倒的だった。
その後、先頭の人物が何かを言った。聞き取れなかった。でも、その一言で集団の動きが変わった。
負傷した者を抱え込んでじりじりと後退していく。
先頭の女性は撤退していくさなか、こちらを一度だけ見た。
その睨みつけるような顔からは、何を考えているのか分からない。
やがて、門の外へ姿が消えて、広場に静寂が戻った。
「....ふん、腰抜けね」
セリカが鼻を鳴らした。
息は少し乱れていた。でも、その目には確かな光があった。
3人が銃を降ろしたのを見て、ようやく息を吐いた。
追い払ったと分かっても、膝がまだ少し震えている。
おぼつかない足で、アンペアのところへ駆け寄った。
「大丈夫?」
「....うん、大丈夫」
でも、アンペアの肘から血が滲んでいた。転んだ時に石畳で擦っちゃったのかもしれない。
「怪我してる」
シロコがしゃがんで、アンペアの肘を覗き込んだ。
銃をしまいながら、迷わず手に持っていたハンカチを取り出した。
「ちょ、ちょっと——」
「大丈夫」
手際よく、傷口に布を当てて巻き付けていく。
アンペアは何も言わなかった。されるままにしていた。
「....ありがとう」
「ん、どういたしまして」
「街の皆さん、怪我はなさそうです~」
建物の影から、人が出てきていた。
——誰かに見られている。
路地の奥に、人影があったような——なかったような....。でも。顔を向けた時にはもう何もなかった。
いや、見た。
外套を羽織った、背の高い影だった。
腰を庇うようにして壁に手をついていて、こちらをただ見ていた。銃を構えるでも、声をかけるでもなく。
次の瞬間には、もう路地の奥に消えていた。
....いや、ただの気のせいかもしれない。
――――――
夜も更け、虫の鳴き声が聞こえる中、一つの古びた家に灯りが点っていた。
「今戻った」
「隊長、お疲れ様です」
「腰の調子は、相変わらずだな」
一人の男が、椅子の背もたれにもたれかかりながら「いたたたた....」と、渋い顔をして体を起こした。
「ヴォルクス・リベレーターに襲われたと聞いてなるべく早く駆けつけたが....被害は?」
「すぐそこの門の外壁が少し傷ついただけです」
「....それだけなのか?」
隊長と呼ばれた人物の眉が、少し上がった。
「昼にはお前と数人しかこの街にいなかったはずだが....」
「それがですね、少し面白い光景を目にしましてね」
男は痛みを忘れたのか、前のめりになった。
「昼間、補充物資の運搬を子供たちに頼んだんです。腰が限界でして」
「....子供に補給物資を?」
「えぇ。まぁ、それは後で怒ってください。それよりも」
男は一度言葉を切った。
「VLが来た時、その子たちが荷台から弾薬を取り出して応戦したんですよ。手慣れた感じで。迷いもなく」
「....子供が」
「しかも、一人が持っていたごっつい銃——あの迫力は相当なものでした。VLの連中がたじろいだくらいで」
隊長という男は黙って聞いていた。
「猫かオオカミみたいな耳をしていたり、あまり見ない特徴を持った子たちでしたね。どこの所属なのかな?」
「....その特徴なら」
別の男が横から声をかけ、思い出すように続けた。
「昨日の宿で、ちらっと見かけた子たちに似ていたような——」
――――――
宿の部屋で、自分を含めた五人が揃っていた。
昼間の騒ぎで、長老がガレスを引き連れて直接謝りに来た。
ガレスは膝に擦り傷ができていたのか、その部分を布で巻いていた。ただ、あれだけの混乱の中むしろそれだけで済んで奇跡としか言いようがない。
その後は特に何事も無く、扉を閉めて階段を降りていく音が聞こえただけだった。
——今のここは、昨日と明日が違う場所だから。
あの子が言った言葉が、不意に頭の中で繰り返された。
窓の外では虫が鳴いている。ランタンの炎が、ゆっくりと揺れていた。
シロコは床に腰を下ろして、無言で銃の分解をしていた。手が迷わない。部品を一つずつ確かめて、布で拭いて、また戻していく。
その隣でノノミがミニガンの回転部分を丁寧に拭き上げていた。こっちは少し時間がかかっている——それでも、初めてやる手つきじゃなかった。
セリカも銃口に目を通しながら、筒を磨いていた。
「にしても、昼間のことはびっくりしたわね」
襲撃のことを、何事もなかったかのようにセリカは話し始めた。まるで、普段の日常の一つかのように続ける。
「昨日、耳にしていたヴェルダって人。あの人なのかな?」
「どうなんでしょうか。それより、街の人が無事でなによりでしたけど....」
「まぁ、かなりの腰抜けみたいだから、次も簡単に返り討ちにできるわよ」
そう言いながら、セリカはマガジンを引き抜いて残弾を確認した。当たり前みたいな動作だった。
「....アレックス」
アンペアが、3人には聞こえない大きさで、耳元でささやいてきた。
「この子達、変わっているどころじゃないわよね....。銃器の手入れもかなり慣れてるみたいだし....。相当日常的に使っている感じがする」
自分も、同じことを思っていた。
でも、なんと答えればいいか分からなかった。ただ、銃を丁寧に扱う三人の手元を、黙って見ていた。
子供の手だ、と思った。なのに迷いが全然ない。
――コンコンコン。
その時、扉が静かにノックされた。
「はーい」
アンペアが立って扉を開けた。
廊下に立っていたのは、何度も見た外套を着た人だった。
ただ、今まで見てきた人たちとは少し違った。肩に、紋章が縫われている。盾を中心に、左右に斧、上下に剣が交差する文様。その盾の下に、W.D.と文字が浮かんでいた。
昨日の宿で見た男たちも、街ですれ違った人たちも、そんなものは付けていなかった。
背が高く、がっしりとした体格。でも、目は穏やかだった。
その後ろに、二人か三人の人影がある。
アンペアが、小さく息を呑んだ。部屋の中の三人も、動きを止めた気配がした。
「夜分にすまない」
落ち着いた声だった。
だけど、どこか油断ができない風貌を感じる。
「昼間、この街で騒ぎがあったと聞いた。対応した者がいると報告を受けて、確認に来た」
彼はゆっくりと部屋を見回したあと、銃を持つ三人に視線を向けた。
「私はコバット。この辺りの担当の者だ」
誰も、すぐには答えなかった。
「その、とりあえず....どうぞ、入ってください」
コバットは一度だけ頷き、部屋に入った。
狭い空間に、外の気配が流れ込む。
「君たちが、昼間の件に関わったということでいいのか」
「その....勝手に使っちゃって、ごめんなさい」
「いや、それは構わない。むしろ、この街を守ってくれた礼を言いに来たまでだ」
床に置かれた銃の部品に、その視線が一瞬だけ止まった。
「....銃を、扱ったことがあるみたいだな」
「そうだけど....」
それ以上、踏み込むようなことは言わなかった。
「今回は君たちのおかげで助かった。礼を言う。だが、もし同じようなことが起きても、次は我々に連絡をして欲しい」
そう言い、彼は部屋から出た。
「邪魔をした。これにて失礼する」
コバットは、扉の前に立ち敬礼をしてから扉を閉めた。
廊下を歩く足音が、遠ざかっていく。
「....なんか、とんでもない人が来たわね」
セリカが呟いた。
「ん。そうだね」
しばらく、誰も喋らなかった。ランタンの炎だけが、ゆっくりと揺れている。窓の外では、虫が鳴いていた。昼間のことが、もう遠い昔のような気がした。
でも、コバットという人が部屋を出る前に言った言葉が、まだ頭に残っている。
——次は我々に連絡をして欲しい。
この街に来て、まだ数日しか経っていない。なのに、気づけばとんでもない事態に巻き込まれた。
「....にしても、コバットって人。なんか妙に、堂に入ってたわよね」
セリカが、ランタンの灯りを見ながら呟いた。
「あの紋章....他の人とは違ってた」
「街を守ってる、ってだけじゃない気がする」
誰も、その先を言わなかった。
でも、同じことを考えている気がした。
この世界には、まだ自分たちが知らない大きな何かが動いている。
ランタンの炎が、ゆっくりと揺れていた。