ブルアカクラフト   作:蒼/ao

12 / 14
7話:ワールド・ディフェンダー

 深夜明けの朝。

 工場から帰ってきた時にはもう空が白くなっていた。

 虫の声は聞こえない。けど、鳥のさえずりもまだ聞こえない。ただ、風に揺れる木々のざわめきだけが響いている。

 まだ誰も起きていない時間。寝るには、ちょっと遅すぎる。

 

 まだ道は暗く、相手の姿かたちは影の黒で一色。

 みんなが起きる時間まで、宿の前の石畳に腰を下ろしながらシロコたちの三人と話していた。

「昨日みたいな機械、また出てきたらどうするの?」

「正直、機械に詳しい人がもう一人いると助かるんだけど....」

 アンペアは工具を回しながら、そう答えた。

「アヤネなら、もしかしたら....」

 シロコがそう呟いた。

 こうしている間にも、空が少しずつ白んでくる。

 

 その時、カラン、カランと揺れるランタンの音と、石畳を踏む足音が、闇の奥から近づいてきた。

「そこに、誰かいるのか?」

 道に視線を戻すと、特徴的な紋章が縫われた外套の姿があった。

 一昨日の夜、宿に来たあのコバットだった。

 

「こんな朝早くに、なにかあったのか?」

「いや、ちょっと気になることがあって....」

「気になること?」

 昨日の、工場であった出来事を話した。

「....そうか。それは大変だったな」

 少し間があった。

 

「コバットさんこそ、こんな朝早くにどうしたの?」

「見回りだ。ヴォルクス・リベレーターや、 敵対的なモンスターがいないかを確認している」

「ヴォルクス・リベレーターって、前にここを襲ってきた人たちのこと?」

「あぁ、あの時は本当に助かった。改めて、君たちに礼を言いたい」

 律儀な人だ、と思った。偉そうな素振りも、恩着せがましさもない。

 ただ、礼儀として伝えるべきことを伝えている——そんな感じがした。

 

「あいつらって一体なに者なの?」

 セリカが身を乗り出した。

「あぁ、ヴォルクス・リベレーターは....」

「隊長!」

 言いかけた言葉は、最後まで聞けなかった。

 コバットが言いかけたその時、後ろから隊員らしき人物が駆け寄ってきた。

 

「新しい情報です。伐採された東の森の近くで、見慣れない格好をした人物を見かけたと情報が入りました!」

「分かった、すぐに向かう」

 コバットの表情が、少しだけ変わった。さっきまでの穏やかさが消えて、隊長としての顔になっていた。

「すまないが、またこの街をしばらく空けなくてはいけなくなった。もし、何かあればすぐに駆けつける」

 敬礼を済まし、コバットは隊員に案内される形で来た道を引き返していた。

「....大変そうだね」

 シロコがそう零した。

 

「....ねぇ」

 セリカが、石畳の先をぼんやりと見渡した。崩れかけた壁、草が生えた路地。それでもどこかに灯りがある。

 少し考えるように口を閉じてから、また開いた。

「この街、なんだかんだあるけど、なんか似てるのよね。私たちの学園に」

 誰に言うわけでもない、独り言みたいな声だった。

「ん」

 シロコが小さく頷いた。ノノミも、頷いた。

 

「昨日の工場もさ」

 セリカがぽつりと呟いた。

「あの人、ずっとあそこを諦めてなかったじゃない」

「ん」

「なんか、ああ言うの見ちゃうと....放っておけないのよね」

 どこか、砂に埋もれた学園のよう。明日があるのかも分からないまま、この街の人たちは生きている。

 けど、それでも息をしている。家からは煙が立ち、誰かが家を直し、パンを焼いている。

 瓦礫の山で遊んでいた子供も、建物を直していた老人だって。

 みんな、明日を今日よりマシにしようと動いていた。

「この街、私たちも守ってみない?」

 その言葉に、誰も否定しなかった。頼まれたわけでもない。誰かに言われたわけでもない。

 ただ、なんとなく——この街が、自分たちの場所みたいに感じ始めていた。

 

「でも....アビドスの借金はどうしましょう?」

 ノノミの言葉で、シロコとセリカは思い出したかのようにノノミの顔を見た。

「....そうだった」

 セリカが頭を抱えた。

「こんなところでのんびりしてる場合じゃないのよ、本当は。帰ったら利子とか増えてたらどうするのよ....」

「でも、帰る方法が分からない....」

 シロコが静かに言った。

 

「....まぁ、どの道、この街でしばらくは生活しないといけないだろうし」

「アビドスの借金になら、多分先生がなんとかしてくれていると思う」

 シロコがそう言うと、セリカは半信半疑といった顔で腕を組んだ。

「先生なら、なんとかしてくれてる....わよね?」

「多分」

「多分って!」

 

 そんなやり取りをしていると——。

 

――パパパンッ!

「銃声!?」

 三人が、ほぼ同時に動いた。

 セリカが腰の銃を引き抜き、シロコが立ち上がり、ノノミがミニガンを展開した。一連の動作に、迷いがなかった。

 見慣れてきたはずなのに、この速さには毎回驚く。

 

「いくわよ!」

 セリカが先頭に走り出した。シロコがその隣に並ぶ。ノノミとアンペアが続いて、自分も後を追った。

 石畳を蹴る音が、朝の静けさを割っていく。

 最初は、パンッ、パンッ、と間延びした音だった。それが、走るたびに近づいてくる。

 

——パパパンッ。パンパンッ。

 

 いつの間にか、音と音の間が詰まっていた。怒声が混じる。何かが倒れる音。ガラスが割れる音。

 角を曲がった瞬間、音が一気に膨れ上がった。

 広間。バラの花壇の合間から、息を潜めて覗き込む。

 

「ゲヘナの分際で!」

「トリニティの連中のくせに!」

 どこかデジャブを感じる服装。....というより、学生という雰囲気が似たような感じの子供たち。

 一方は白、一方は黒の学生服を着て、階段が広がる噴水の広場で乱闘していた。

「なんか、めちゃくちゃ喧嘩しているけど....」

「ゲヘナとトリニティね....。噂だと、私らの世界じゃ毎日、そこらかしこでやり合ってたらしいわよ」

「君たちの世界は、毎日銃撃戦してるって訳....?」

「これが普通なのよ」

 普通って、なんだ。こんなの、普通でいいわけがない。

 

「前、私たちの学園の敷地内にゲヘナの風紀委員が攻め込んできた時は、大変でしたね....」

「シバ大将のラーメン屋だって....いや、それは便利屋の方だったわね」

「ヒフミに覆面水着団の格好で向かった時も、なかなかだった」

「聞いてる感じ、そこ学園じゃなくて戦場じゃないの?」

 アンペアからツッコミが入った。

 自分も深くそう思った。

 

「キヴォトスなら割とよくあることなのよ」

 セリカは、朝ごはんの話みたいな気軽さで言った。

「よくあっちゃ駄目でしょ....」

「まぁ、銃声くらいなら、みんなあんまり気にしないわね」

「毎朝のブリーフィングで、『体育館での発砲は周囲に気を付けましょう』って言われることもありましたし」

「その注意の仕方がおかしいって!」

 思わず声が大きくなった。

 

「でも、今日はちょっと多い」

 シロコが広場を見つめたまま、小さく呟いた。

 改めて目の前を見る。

 噴水広場を埋める白と黒の制服。あちこちで怒鳴り声が飛び交い、乾いた銃声が途切れることなく響いていた。

 見渡す限り、あまりにも数が多い。

 ノノミちゃんのミニガンでも、あの人数を一度に止めるのは難しそうだ。

 

——パパパン。

 別の方角から銃声。

「グハッ!」

 目の前にいた黒い制服の子が倒れた。続々と、鳴る銃声に耳を傾ける。

 草の間から覗く。道ばたに立っていた子、水が出てない噴水に隠れていた子、どんどんと倒れ込んでいく。

 

——ガッ、ガッ、ガッ。

 革靴の音。

 何者かが、走ってこちらに向かってきている。

 

 花壇の向かい側に、外套を羽織った人が来た。身を潜める。

『Cブロック、制圧』

「了解、前進してこちらも制圧していく」

「向かい側に一人居る。そっちの警戒を頼む」

 もう一人、外套の人物が現れた。二人で、何も言わずに連携している。

 倒れている子供たちの手から銃を取り上げ、まとめて遠くへ放り投げる。動けなくなった者は、足だけで脇に転がす。

 優しくはない。でも、無駄もない。

 

 あっという間に、広場が静かになった。

 

「暴動の無力化を確認」

 無線に向けて、淡々と報告する。

 それから、二人は初めて肩の力を抜いた。片方が銃を下げて、ヘルメットの位置を直す。

 

「....おい」

 無線機に話しかけていた人が、こちらに気づいた。

 花壇の陰から、慌てて立ち上がる。

 

「いつからそこにいた?」

「えっと....さっきから?」

 誤魔化せる空気じゃなかった。外套の人物が、ヘルメットを外した。

 短く整えられた髪、鋭い目つき。それでも、思ったより若い顔だった。

 

「見ての通りだ。物騒な街で悪いな」

「いつもこんな感じなの?」

「まぁ、部分的にそうとは言っておこう」

 彼は倒れている子供たちを一瞥した。

 うんざりしたような、でもどこか慣れた表情だった。

 

「俺はハルク。コバット隊長の下で警邏(けいら)小隊を預かってる」

「けいら....?」

「あぁ....。まぁ、子供には交番の一番偉い人って言った方が分かりやすいか」

「へぇ、隊長さんなんだ」

 セリカが、銃をしまいながら言った。

「偉いってほどじゃない。雑用係みたいなもんだ」

 ハルクが、肩をすくめた。

 

 そのハルクの後ろで、倒れている子供たちがゆっくりと担架に乗せられて運ばれていく。

 誰も、目を覚ます様子はなかった。

 血は....出てない。呼吸もできているみたいだ。

 

「気絶させてるだけだ。ゴム弾だから痛みはあるだろうけどな」

 セリカが少し意外そうな顔をした。シロコとノノミも、口には出さないが似たようなことを思っているようだった。

 

 ——別にゴム弾じゃなくても、平気だけど。

 三人が顔を見合わせた。

 口には出さないけれど、そうとでも言いたげな顔をしている。

 

「なんで、そこまでして守るの?」

 ハルクは少しだけ考えて、それから肩をすくめた。

「俺たちは、"ワールド・ディフェンダー"だからな」

 ハルクは苦笑しながら、肩に掛けた銃を指先で軽く叩いた。

「世界を守る、なんて大層な名前だよ。実際は、子供の喧嘩を止めたり、迷子を家に送り届けたり、壊れた柵を直したりだ。でもまぁ、それが俺たちの仕事だ」

 

『報告。路地裏に、数名の逃走者を確認』

「はぁ....っち、またかよ。あまり追い詰めるな、報告書をこれ以上書きたくない」

 ハルクは頭を掻きながら、肩に提げた無線機に視線を向けた。

「すまんが、急用がまたできた。全く、これで今日だけでも三件目だ」

「そんなに多いの?」

「最近はお前らみたいな放浪者も増えてな。仕事が減る気配がねぇよ」

 そう鼻で笑いながら、銃を手元に抱えて走り去っていった。

「お前らも、あんまり危ないところには近づくなよ」

 隊員たちが担架を押し、倒れていた子たちを運びながら広場を離れていく。

 さっきまで騒がしかった噴水広場には、散らばった薬莢と、朝の風だけが残った。

 

「あの人達、大変そうだね」

 セリカが、担架を押していく隊員たちの背中を見送りながらぽつりと呟いた。

「ん。毎日あんなことしてたら、休む暇なさそう」

「ワールド・ディフェンダー、か....」

 ハルクの言葉を思い返しながら、静かになった広場を後にした。

 

「朝に、街を守るって決めたけど、結局何をすればいいんだろう」

「とりあえず街を歩いてみれば、なにかあるんじゃない?」

「で、具体的には?」

「う~ん....」

 広場を出ても、街はまだ少し騒がしかった。さっきの銃撃戦で逃げ散った人たちが、あちこちの路地を走っているのが見える。

 怪我をしていたり、別のことで困っている人もいるかもしれない。

 まずは宿に戻って、みんなにも話そう。そう言いかけて振り返った、その瞬間——

——ドサッ!

 一瞬なにが起きたか分からなかった。

 地面に叩きつけられ、腰のあたりでグキッと嫌な音がした。その時になってようやく気づいた。

 建物の角から、人が現れて、自分にぶつかったんだ。

 

「いった....」

 慌てて起き上がろうとすると、自分に覆い被さるように倒れた相手も、同じようにあたふたと身を起こしていた。

「あわわわわ、すいません!」

 

「アレックス、大丈夫!?」

 アンペアが声を掛けてきた。

「だ、大丈夫....」

 体を起こしながら、ぶつかってきた相手を見る。

 黄金色に輝くセリカとは違う結び方のツインテール。さっきの、銃撃戦をしていた白い制服を着た子達とどこか似ている。

 それと、どこかペンギンが変顔をしたような奇妙な白い鞄を携えていた。

 

「ヒフミ?」

「あ、アビドスの皆さん!ようやく見つけました!」

 そのヒフミという子は、シロコたちを見て目を輝かせた。

 

「そんなに急いでなにがあったの?」

「あの、先ほどの銃撃戦を見ていたんですけど....。怖くなって、路地裏を通って帰ろうとしたら——」

 ヒフミは、両手をぶんぶん振りながら言葉を続けた。

「薄暗い路地の奥から、ぶわって! 顔が緑色で、赤い服を着た人が出てきたんです!」

 ヒフミという子は手で大げさに表現した。

「しかも、こっちをじーっと見てて....目が合ったと思ったら、急に奥に走っていって....!」

「それ、ゾンビじゃない?」

 アンペアがそう言った。

 あまりにも普通に言うから、一瞬聞き間違えたかと思った。

 

「....まさか、あの時の?」

「うん。多分、シロコちゃんを襲ってたやつ」

「じゃ、じゃあ大変じゃない!」

「ん。でも、この辺りにいたなら、また街の人を襲うかもしれない」

「さっきのハルクって人にでも....」

「でも、ハルクさん、忙しそうでしたし....」

 ノノミが困ったように言った。

 

「さっきの人たちを探す?」

「でも、今どこにいるか分からないし....」

「その間に、本当にゾンビだったら誰か襲われるかもしれない」

「....探す?」

 シロコの一言に、みんなが顔を見合わせた。

 「危ないからやめよう」という顔つきではなかった。

 

 さっきまで見ていた、ハルクたちの姿が頭をよぎる。

 子供の喧嘩を止めて、街を歩き回って、誰かを守る。

 ——あんな風にはできなくても、自分たちにも、なにかできることはあるかもしれない。

 正直、あの時みたいに襲われたら怖いけど....。

「....やってみよう」

 ひとりでに、声が出ていた。

 

 そして、立ち上がろうとした、その時だった。

 路地裏の奥、崩れた石壁の陰で、緑色の何かが、物音一つ立てずに石壁の陰へと消えた。

「....?」

 目を凝らした時には、もう何もいない。ただ、風が草を揺らしているだけだった。

 四本足だったような気もしたけど、きっと見間違いだろう。

 

「もし本当にゾンビなら、放っておけないわね」

「私も協力します!遭遇した場所、案内できますから!」

 ヒフミの言葉に、みんなの視線が自然と集まった。

 さっきまで何をすればいいのか分からなかったのに、今はみんな自然と同じ方向を向いている。

 危ないことに代わりはない。ゾンビ探しなんて、普通なら願い下げだ。

 それでも、このみんなと一緒なら、少しだけ先が楽しみに思える。

 

 空を見上げた。すっかり白くなっていた。

 今日も、長い一日になりそうな予感がする。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。