ヒフミという子に案内される形で路地裏に入り込んだ。
どこも暗くてジメジメする。ここがさっきまでの同じ街とは思えない。
日が入ってこないのか、雑草は少なめ。けど瓦礫は多めでおまけに滑りやすい。
「ブラックマーケットよりも酷いわね....まぁ、マシなのは治安がいいってことくらい?」
セリカが小言を言っている。
「あそこは非売品も売っていたので....まぁ、多少は良かったですけど....」
「何を基準に『良かった』って言ってるのよ」
「え、あの....ペロロ様の限定グッズとか....」
「あんた、そんな理由であんな危ない場所に通ってた訳....?」
ヒフミが「あはは....」と肩を縮こませる。
ブラックマーケット。
名前からして、あまり近づきたくない場所だということだけは分かった。
「でも、私はこっちの方が静かでいいですね」
ノノミが、路地の奥を見ながら言った。
「ん。人も少ない」
「まぁ、少なすぎて逆に不気味だけどね....」
確かに静かすぎる。
表通りからはまだ人の話し声が聞こえるのに、この路地に入った途端、それが遠くなった。
崩れかけた壁際には木箱や樽が積まれ、物干し竿には洗濯物が揺れている。
まるで、音を忘れたみたいに静まり返っていた。
「あ、あの....」
先頭を歩いていたヒフミが足を止めた。
「私、そのゾンビを見たの、この辺りなんです」
自然と全員の足も止まる。
さっきまでの他愛ない会話が嘘みたいに、路地裏は静まり返っていた。
その時だった。
瓦礫の陰から、緑色の顔がぬっと現れた。
「うわっ! また何か出ました!」
ヒフミが悲鳴を上げる。
「....あれ?」
暗くてよく見えないけど、四本足で、緑色で....。
「なんだ、ただのクリーパーね....」
アンペアの肩の力が抜けた。
——いや。
アンペアの顔色が、一瞬で変わった。
「....クリーパー!?」
綺麗な二度見。ものすごい形相。これまで見たことない顔している。
その間にも、奇っ怪な緑色の生き物は、四本の短い足で、のそのそとこちらへ近づいてくる。
「ちょ、ごめん!早く下がって!」
「え?なに?知り合い?」
「知り合いな訳ない!あれ、近づいたら爆発する!」
「「「「「....へ?」」」」」
——シュー....。
路地裏に、聞いたこともない妙な音が響く。
「....え?」
「伏せてぇぇぇ!!」
——ドカーーーン!
爆音と、衝撃。
体が吹き飛ばされて、瓦礫の山に叩きつけられた。
「いったー....」
顔に付いた瓦礫を払いながら、周りを見る。
ノノミが瓦礫の上に座り込んで、髪についた埃を払っていた。シロコは何事もなかったように立ち上がっている。セリカだけ、頭から樽を被っていた。
ヒフミは鞄を抱きしめたまま座り込み、アンペアは少し離れた場所で大の字になりながら、「だから言ったのに....」と空を見上げていた。
でも——それだけだった。
爆発した場所だけ、建物が吹き飛んで日差しが差し込んでいる。
....妙な話だけど、路地裏はさっきより明るくなっていた。
「爆発したんだけど....」
....いや、自分でも言っている意味が分からない。
「だから言ったでしょ....早く下がってって....」
ゾンビに続き、宙に浮く物理法則に続き、今度は奇妙なモンスターまで出てきた。
まだまだこの世界の常識には、驚かされることが多い。
「なんで、生き物が爆発するのよ....」
「作った神様にでも聞いてよ....ウチは知らない....」
爆発した場所だけ、ぽっかりと空が見えていた。
「....開放感を与える"匠"、ってやつかもしれないね」
「誰がよ!」
セリカが樽を頭からひっぺはがしながら、そう言った。
もう一度崩れた路地裏を見回した。
壁は半分ほど吹き飛び、木箱や樽の破片が辺りに散らばっている。
さっきまで薄暗かった場所に、昼の日差しが遠慮なく差し込んでいた。
「....」
「....」
少しの沈黙。
「ねぇ、これって....」
セリカが崩れた壁と、自分たちの顔を見比べる。
「....もしかしなくても、すごく怒られるやつ?」
アンペアが、引きつった笑みを浮かべた。
その時だった。
「おい! 今の爆発音はどこだ!」
「こっちだ、急げ!」
遠くから、慌ただしい足音と声が聞こえてきた。
「やばい! 絶対クリーパーがやったって信じてもらえない!」
「確かに、『生き物が爆発した』なんて言ったら頭おかしい人扱いされるわね....」
「いや、充分おかしいですよ! 生き物が爆発するのは!」
本気でそう思う。
でも、本当に爆発したんだから仕方がない。
「と、とにかく行きましょう!」
ヒフミが慌てて路地の奥を指差した。
全員で瓦礫を飛び越え、狭い裏道を駆け出す。
崩れた木箱を踏み越え、洗濯物がぶら下がる路地を抜け、角を二つほど曲がったところで、ようやく足音が遠ざかった。
走りながら、ふと横を見る。
古びた建物の二階。割れかけた窓ガラスの向こうに、誰かが立っていた気がした。
目が合った――そう思った瞬間、その影は部屋の奥へ消えていった。
「今の見た?」
「え?なにが?」
足を止めて、指をさす。だけど、そこには揺れるカーテンしかなかった。
見間違いにしては、妙にこっちを見てた気がする。
「なにやってるの!早く逃げるわよ!」
セリカに腕を引かれて、また路地を駆け出した。
更にいくつかの角を曲がって、追手の声も聞こえなくなったところで、みんな足を休めた。
「はぁ....はぁ....。ここまで来れば、一安心ね....」
壁に寄りかかったり、座り込んだり、それぞれが休息していた。
路地裏に差し込む光は、いつの間にか夕暮れの赤色に変わっていた。
「....で、ゾンビはどこにいるの?」
「そういえば、逃げるのに必死で、全然探してませんでした....」
「なにやってるのよ、もう!」
セリカに呆れられながら、もう一度辺りを見回した。
「あれ?」
シロコがしゃがみ込んだ。
指差した先には、地面に転がった小さな麻袋があった。
中身が破れてしまったのか、赤いキノコや茶色いキノコが石畳に散らばっている。
「これ、誰か落としたのかな」
「でも、この辺、人いないわよ?」
ノノミが辺りを見回した。
さらに少し進むと、今度は木箱がひっくり返っていた。
箱の横には、泥のついた足跡が残っている。
「....これって、人の足跡?」
「いや、ちょっと違うかも....」
アンペアがしゃがみ込んで、その跡を指でなぞった。
「靴を履いてない。裸足....っていうか、足の形が少し変」
「その足跡、この先に続いている」
シロコが指をさした先には、うっすらと泥の跡が残っていた。
その後を、追うように歩いて行く。
ひっくり返った木箱の横を通り、崩れかけた石壁を曲がり、最後には古びた木造の建物の前で止まっていた。
扉は半開きだった。
誰かが慌てて入ったのか、蝶番が壊れかけているのか、風もないのにゆっくりと揺れている。
足跡が、建物の中へと続いていた。
ギシッ。
建物の奥から、床板が軋むような音。
全員が、息を呑む。
「....今の、聞いた?」
誰も答えない。
答える代わりに、みんな同じように、半開きの扉を見つめていた。
嫌な予感しかしない。でも、足跡を見つけてしまった以上、放っておくこともできなかった。
「....入ってみよう」
ギィ、と扉を押し開ける。
誰もいない。
崩れた机、積み上げられた木箱。窓から差し込む夕方の光。
「....誰も、いない?」
その時。
——カタン。
部屋の奥で、小さな音がした。
全員が銃を向ける。
だけど、物陰から出てきたのは——
「ワン!」
一匹のオオカミだった。
「....え?」
オオカミは何かをくわえていて、こちらをちらりと見た後、開いた窓からぴょんと飛び出していった。
なんだったんだろう。ゾンビに襲われるとか、吠えられるとか、そういうのを覚悟していたのに。
思っていたより、拍子抜けだった。
それより、オオカミが咥えていた物が気になる。
「なんだったの、あれ」
足元には、細長い白いものが転がっていた。
「骨?」
「犬でも飼ってたのかしら」
小屋の窓からは、昼間に銃撃戦があった噴水の広間が見えていた。
夕焼けが、門の端にかかろうとしている。
追っていた足跡も、ここでなくなっていた。
「....今日は諦めよう」
シロコが、短く言った。
誰も反論しなかった。
路地裏の帰り道、ふと顔を上げた。
古びた建物の二階。昼間に一瞬、誰かがいた気がした窓だ。
ただ、閉め忘れたカーテンだけが、夕暮れの光の中で揺れていた。
——————
「結局、ゾンビなんていなかったじゃないの」
宿に戻った後、みんなで晩ご飯を囲みながら、セリカがため息混じりに言った。
「まぁ、クリーパーには会えたけどね....」
「会いたくて会ったわけじゃないでしょ!」
今日の夕食は、焼きたての黒パンと、野菜がたっぷり入った温かいスープだった。
大きめに切られたジャガイモやニンジンの中に、見慣れない茶色いキノコがごろごろ浮かんでいる。
「あ、このキノコ美味しいですね」
ノノミがスプーンですくいながら嬉しそうに言う。
「ほ、本当です! すごく香りが良くて....」
向かいに座っていたヒフミも、小さく頷きながらスープを口に運んでいた。
「この辺の洞窟で育てている人がいるんだよ」
宿のおじさんが、空いた皿を片付けながら笑った。
「毎週届けてくれる人がいてな。この街じゃ結構お世話になってるんだ」
スープをもう一口飲む。
洞窟育ちだからか、少し土の香りがする。
「へぇ、そんな人がいるんだ」
「そのキノコがないと、冬場は食卓がちょっと寂しくなる」
そう言いながら、大釜の中のスープを混ぜていた。
「....あれ、そういや今日はまだ来てないな」
「来てないって?」
「あぁ、さっき話したキノコを届けてくれるやつさ。そう言えば、郵便も来てなかった気がするが....」
店主の視線が、扉の外に注がれた。
「大体この時間には少なくとも顔を出してくれるんだが....珍しいな」
そう言って、店主は気にした様子もなく肩をすくめると、また大鍋をかき混ぜ始めた。
「その人、毎日こんな時間に来るの?」
「毎日じゃないさ。けど、届けに来る日は大体このくらいだな」
「へぇ....」
そう答えながら、もう一口スープを飲む。
温かい湯気と一緒に、どこか土の匂いが鼻をくすぐった。
結局、その晩も宿の扉が開くことはなかった。
食事を終えて、それぞれが部屋に戻り、静かな夜が街を包み始めた頃。
——コンコンコン。
廊下の向こうから、慌てたように扉を叩く音が響いた。
「ヒフミちゃん?」
扉の外に立っていたのは、ヒフミだった。
「あ、あの、皆さんまだ起きていますか?」
「どうしたの?そんなに慌てて」
アンペアが、整理していた工具を持って近づいてきた。
「その....私、さっき、自分の部屋から外を見てたんです」
ヒフミは一度廊下の向こうを気にするように振り返ってから、小さな声で続けた。
「昼間、私がゾンビを見たって言ったじゃないですか」
「まぁ、結局いなかったけどね」
「は、はい....。だから、気のせいかもしれないんですけど.....」
少し言い淀んで、それでも意を決したように顔を上げた。
「窓の下を、誰かが歩いて行ったんです」
「誰か?」
「大きな袋を抱えてて、ずっと周りを気にしながら路地裏の方へ....」
「....それだけ?」
セリカが首を傾げる。
「あ、い、いえ! その人が持っていた袋から、さっき食べたのと同じようなキノコが少し見えて....」
ヒフミは不安そうに、両手を胸の前でぎゅっと握った。
「しかも、その人、何度も後ろを振り返ってて....誰かから逃げているみたいだったんです」
「....もしかして、その人?」
「わ、分からないです。でも、なんだかすごく慌てているように見えて....」
そこで、シロコがすっと立ち上がった。
「行ってみよう」
「えっ?」
「もし、誰かに追われてるなら、助けに行かないと」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!昼間だってクリーパーに吹き飛ばされたばっかりなのよ!?」
「でも、気になる」
シロコとノノミが揃って頷く。
その様子を見て、セリカはアンペアの顔を見た。
「....まぁ、私が止めても、君たちは行くと思うけど?」
返ってきた答えに、セリカは額を押さえて大きくため息をついた。
行くと決まってからの行動は早かった。
自分はランタンを持って、シロコとセリカ、ノノミは銃を抱えて宿の外に出た。
宿の扉を開けると、昼間とはまるで別の街みたいだった。
通りにはほとんど人影がなく、家々の窓から漏れる灯りだけが石畳をぼんやり照らしている。昼間あれだけ騒がしかった市場も、今は静まり返っていた。
「こっちです。あの人、あそこに....」
ヒフミが小声で指差す。
通りの先を、小さな灯りが横切った。
大きな袋を肩に担いだ、小柄な人影。赤っぽい服を着たその後ろ姿は、こちらを何度も振り返りながら、建物の隙間へと消えていく。
「いた」
シロコが短く呟いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!見つかったらどうするの!」
「静かに。気づかれる」
足音を殺して、その背中を追うために暗闇の中へ入っていく。
ランタンで足元を照らしながら、細い路地を一つ、二つと曲がったところで、見覚えのある瓦礫が目に入った。
崩れた石壁。昼間、クリーパーが派手に吹き飛ばした場所だ。
「....あれ?」
「ここ、昼間来た場所じゃない?」
その人影は振り返ることなく、さらに奥へ進んでいく。
やがて足を止めたのは、昼間に足跡を追ってたどり着いた、あの古びた木造の建物だった。
半開きの扉を、そっと押し開けた。赤い服の人影は、中へ滑り込むように姿を消していく。
シロコとセリカが顔を見合わせ、小さく頷く。
「....行くよ」
「ええ」
次の瞬間。
「動かないで!」
セリカが勢いよく扉を蹴破る。
その音に驚いたのか、部屋の奥にいた人影が肩を跳ねさせた。
ランタンの灯りが、その姿を照らし出す。
青白い肌。ぼさぼさの髪。ところどころ破れた赤い服。
背中には、大きな麻袋を抱えている。
「あ、その人です!昼に見たのは!」
ヒフミが、その人影を指さした。
その顔を見た瞬間、ふと脳裏に引っかかった。
——昼に、あの窓から見えた影と同じ高さだった。
「うわぁ、なんだ!?」
「ゾンビ、そこまでよ!」
「....ゾンビ?」
一拍遅れて、自分を指差す。
「ま、待ってくれ!何か勘違いしてないか!?」
「動かないで!その袋を置いて!」
「少し落ち着いてくれ!俺はお前らが思っているようなゾンビじゃない!」
「は?どう言う、っていうかしゃべれるの!?」
「俺は人間の言葉もゾンビの言葉も分かる奴だ!とにかくその銃を下ろしてくれ!」
——コトン。
その時、後ろで何かが飛び降りたような、小さな音がした。
「.....?」
ランタンの明かりが届く、開け放たれた扉のそば。
薄暗い部屋の隅に、緑色の四本足の生き物が、じっとこちらを見つめていた。
「....あ」
アンペアの表情が、さっと青ざめる。
「ゲッ、昼間の!」
クリーパーがぴょこんと一歩下がり、体がチカチカと点滅し始めた。
——まずい、あの時と同じだ。避ける暇はない。
爆発しようとしたその瞬間——。
「待て!クリープ!」
ぴたりと点滅が止まる。
「そいつらは怪しい奴じゃない」
クリーパーが体をひねりながら、後ろを向いた。
「驚かせて悪いな。クリーパーは初めてか?」
暗闇からランタンを揺らしながら出てきたのは、ハルクだった。
「いや、2回目....」
「....もしかして、昼間の爆発はお前らだったのか?」
帽子が落ちないように手で押さえながら、ハルクは顔を上げて笑った。
「ははは、そりゃ悪かった。どうだ?びっくりしただろ」
「びっくりもなにも、死んじゃうかと思ったんだから!」
「本当は人のいないところまで追い込んでから爆発するよう教えてるんだが....。今日はちょっと慌てちまったみたいでな」
ハルクはクリーパーの頭を撫でながら、そう言った。
途中、クリーパーうれしいのかシュー....と、音を立ててチカチカしていた。
いつ見ても、不思議な生き物と思った。
....あれで敵意がないなら、この世界の基準はだいぶズレてる。
「それで、ハルクさん。このゾンビは....」
「そいつか?いつもキノコを届けてくれるロッテンだ」
「あぁ、ガレスにでも話を聞けばすぐに分かるはずだ」
赤い服を着たゾンビは、ほっとしたかのように肩を降ろした。
改めて、ロッテンを見る。青白い肌に、ところどころほつれた赤い服。
目の下には少し隈があるけれど、困ったように頭を掻く姿は、そこらの気のいいお兄さんと変わらない。
昼間は、あんなに怖かったのに。
ゾンビだと思って身構えていた相手は、今はただ、誤解が解けて安心しているように見えた。
「そう言えば、お前達、あの宿の住人だろ」
ロッテンは、一つの麻袋を取り出して渡してきた。
「それ、宿のおっさんに渡しておいてくれ」
「配達の途中だったの?」
「ああ。本当なら夕方には届ける予定だったんだけどな」
袋を開けると、中には赤色と黄色のキノコで一杯だった。
洞窟のような、土の匂いもおまけである。
「でも、街の外で私、似たようなやつらに襲われて....」
シロコがそう言うと、 ハルクはクリーパーを撫でていた手を止めた。
さっきまで浮かべていた苦笑いが消え、ほんの少しだけ目を伏せる。
「あぁ....」
声が変わった。短く漏らした声は、さっきまでとは少し違って聞こえた。
冗談を言っていた人じゃない。何か面倒な現実を思い出したような、重たい響きだった。
「ヴォルクス・リベレーターの連中な....」
ロッテンも、抱えていた麻袋をそっと床に下ろした。
困ったように笑っていた顔から表情が消え、申し訳なさそうに視線を落とす。
「そうか....それは同胞が悪いことをしたな」
ゆっくりと頭を下げる姿は、自分のことじゃないはずなのに、どこか責任を感じているようにも見えた。
「すまないな、怖い思いをしただろ」
「うんん、大丈夫」
シロコが小さく首を横に振る。
さっきまで少し警戒していたセリカも、何も言わずにロッテンを見ていた。
この人が、自分たちを襲った相手と同じ存在には、どうしても思えなかった。
「昔は、仲がよかったんだが——」
そこから先の言葉は、夜の静けさに飲み込まれた。
「その、勘違いしちゃって、ごめんなさい....」
「まぁ、それならしょうがない。そういう扱いは慣れてるからな」
「慣れてるって....」
セリカが、小さく眉をひそめた。
「まぁ、この顔だしな」
ロッテンは自分の青白い腕を見下ろして、それから頬をぽりぽりと掻く。
「夜道で悲鳴を上げられるのなんて、珍しくもない。子供に石を投げられたこともあるし、『化け物だ』って追い払われることだってある」
淡々とした口調だった。
きっと、何度も同じことを経験してきたからなんだろう。
「だから、君たちが銃を向けてきた時も、『あぁ、またか』って思っただけさ」
そう言って笑うけれど、その笑顔はどこか寂しそうだった。
小屋の中に、しばらく静かな時間が流れた。
誰も何を言えばいいのか分からず、ランタンの火が揺れる音だけがやけに大きく聞こえる。
ハルクは一つ息を吐いて、帽子のつばを軽く指で押し上げた。
「....っと、いけないな」
その空気を払うように、わざとらしく手を叩いた。
「せっかく誤解も解けたんだ。こんな顔してても仕方ない」
ふと、ハルクが部屋の中を見回した。
「ところでロッテン、オストー見なかったか?」
しばらくしてから、ハルクが言い出した。
「いや、見てないな」
「実は、今その件で探していてな。『あいつが配達をすっぽかすなんて初めてだ』って郵便局で大騒ぎなんだ」
「オストー?」
「あぁ、俺の旧友でスケルトンの奴なんだが....」
アンペアが、何かを思い出したような顔になった。
「そう言えば、昼間....」
「昼間、なにがあった?」
「昼に、この小屋でオオカミが骨を咥えてたね」
シロコがそう言った。
「....骨?」
「うん。かじりかけの....」
ハルクの表情が、固まった。
「いや、待て。骨って、骨って言っても色々あるだろ。動物のとか、調理用のとか....」
「えっと、アレックス、ランタン貸して」
アンペアに持っていたランタンを渡す。
「えっと....この辺り....あ、これだ」
俵の隙間から、昼間にあった骨の棒を手に持った。
「えっと、誰かいる?」
小屋の外から、声が聞こえた。
カラン、カランと何かが揺れる音と一緒に、入口に人影が現れる。
アンペアが、持っていたランタンをそちらへ向けた。
「——オストー!!」
突然、隣にいたハルクが大声を上げた。
さっきまで落ち着いていたのに、こんなに取り乱した顔を見るのは初めてだった。
明かりに照らされたのは、人の形をしているのに、肉も皮膚もない真っ白な身体だった。
腕も、脚も、顔も、全部が骨だけでできている。
学校の理科室に、こんなの置いてあった気がする。
でも、目の前のそれは、ちゃんと服を着て、困ったようにこちらへ手を振っていた。
「あ、それ僕の! 」
全員の視線が、アンペアの持っている骨と、オストーの足元——正確には、片方足りない脛のあたりに集まる。
本来なら骨があるはずの場所には、雑に削った木の枝が紐でぐるぐる巻きに固定されていた。
「昼間にオオカミに持ってかれちゃってね....」
オストーは、自分の足に括りつけた木の枝を軽く叩いた。
「代わりになるものを探したんだけど、意外とちょうどいい長さの棒がなくてさ」
部屋の隅で、クリーパーがシューと小さく笑うような音を立てた。
「お前まで笑うな」
ハルクが、クリーパー頭を押さえながらそう言った。
でも、不思議と嫌な気はしなかった。
窓の外を見ると、夜の街には静かな灯りがともっている。
あの灯りの向こうでは、人も、モンスターも、それぞれの明日を生きているんだろう。
この街は——思っていたより、ずっと“生きている場所”だった。