太陽も月ない、暗い空。
白亜色の島が点々と浮かぶ中、ひとつの歪な尖塔が異様な乾いた音を響かせていた。
"グゥ、グヴェェ...."
うめくような声を一つ残し、最後のシュルカーが崩れ落ちた。
白色の煙になって、吹くことがない風に溶けるように消えていく。
「これで、最後かしらね」
まだ煙が出ている銃口を上げ、ヒナは登ってきた塔を見上げる。
——高い。
ゲヘナの校舎も、見上げれば首が痛くなるくらいの高さはあった。
だけど、それは風が吹けば軋み、雲が流れれば影が動く、そういう「高さ」だった。
ここは違う。
風がないから、何も揺れない。
雲もないから、影も動かない。
ただ静かに、塔だけがここにある。
「お疲れちゃ~ん」
背後から聞こえた気の抜けた声に、ヒナが振り返る。
さっきまで、そこにいなかったホシノが、いつの間にかそこに立っていた。
背中には見慣れない水色の斧を掛けている。金属とも宝石とも違う、不思議な質感。
その刃の周囲には、陽炎のような紫色の光が薄く揺れている。
ヒナは、何度かその斧が振るわれるところを見ていた。
この塔に巣くう硬い殻のモンスターにさえ、紙のように断ち切っていた武器だ。
「....そっちはなにかあった?」
「いや~なんも。金の延べ棒とか、水色に輝いてる宝石とかは沢山あったけどね~」
ホシノはそう言いながら、紫色の果実をもぐもぐと咀嚼していた。
——ポンッ。
ホシノの姿が消えた。
「....」
慣れたものだ。
ヒナはため息をつきながら辺りを見回す。
「おーい」
声は真上から聞こえた。
見上げると、ホシノが塔の飾り柱の上に引っ掛かっていた。
「また変なところに飛ばされたんだけど~」
「自業自得よ」
「なんか冷たくな~い?」
ホシノはそう言って、ヒナの近くに飛び降りた。
「この果物、いくらでも食べられるくらい美味しいんだけど、変なところにワープしちゃうのがね~」
ヒナは何も言わず、ホシノの手元の果実をじっと見た。
ホシノもそれに気づき、一つ手渡す。
ヒナは受け取って、しばらく転がすように眺めてから、結局口には入れずポケットに仕舞った。
「なんか代わりの食べ物でもないかなって思ったけど、やっぱりないか~」
ホシノは適当なことを言いながら、宙に浮く建物に繋がる橋の縁に、腰を下ろした。
眼下には何もない虚無の海が広がっている。星のように見える粒子だけが、ぽつぽつと闇に浮かんでいた。
「ここで見つけた金の延べ棒。アビドスに持って帰れば、あなたの学園の借金も返せると思うのだけど....」
「持って帰れたらね~。おじさんの手じゃ、ちょっと持っただけでヘトヘトになるよ~」
嘘だ。
仮にそうだとしても、別の方法を既にホシノは見つけている。
塔を登っている最中、オレンジがかった黄色の入れ物の隣に、いつも同じ顔をして並んでいる黒と緑の装飾の箱。
ホシノは最初に見つけた時こそ、何度も蓋を開け閉めしていたが、今では見向きもしなくなっていた。
中身が変わらないことも。
そして、その意味も——もう分かっているからだ。
「さてと、ここの探検も終わったし、また歩く?」
ヒナは呆れたようにため息をついた。
何日歩いただろう。
浮き島を渡り、塔を登り、殻に籠もるモンスターや黒い人影のような物たちと戦い続ける。
景色はほとんど変わらない。
それでも、立ち止まる理由もなかった。
「次はあっちかしら」
ヒナが遠くを指差す。
闇の向こう。かすかに紫色の影が浮かんでいた。
また、別のこんな感じの歪な塔かもしれない。
「じゃあ、おじさん頑張りますか~」
ホシノは立ち上がると、大きく伸びをした。
帰る方法はまだ見つからない。けれど、焦る必要もない。
緑の球体を、地上に向けて二人は投げた。
ワープする直前、ホシノは一度だけ、一つの部屋にある、“あの箱”へ視線を向けた。
ヒナはそれに気づいたが、何も聞かなかった。
そして、二人の姿は紫色の粒子に包まれ、再び闇の向こうへ消えていった。