あっづぅぅぅぃ!熱くて干からびそう!スルメになっちゃう!
熱いって覚悟はしていた。けど、ここまで熱いとは聞いてない!
炎の中とまではいかないけど、それに近い!
ロッテンたちが危険って言った理由が熱いほど分かった!
灼熱より熱い言葉があれば、それがピッタリなんだと思う!
「おい、大丈夫か?」
大丈夫じゃないって言いたいけど....いや、無理だ!言わせてもらう!
「ごめん、熱い....」
「まぁ、そうだろうね」
だけど、ここで戻るわけには行かない。せっかく、自分が何者なのか知っていそうな人物がいるんだ。
ここは進まないと。
「でも、平気、なんとか行くよ」
紅い、紅い森。
視界中、ずっと赤が染まっている。
木も、地面も、草だって全部赤、赤、赤。
それに、棘の生えた不気味なツタがそこら中に垂れている。危なそうだし目にも悪い。
地獄なんて言葉じゃ生ぬるいかも。
「そう言えば、お前に渡しておいた方がいいな」
ロッテンは鞄の中から瓶を取りだした。
オレンジ色の液体が揺れている。
「グビッと飲め、この辺りを歩くのに必須だから」
「なにこれ」
「耐火だ」
「そんなのがあるの?」
それでも言われるまま飲み干した。
——まっっっっっず。
でも、不思議とさっきまでまとわりついていた熱気が少し和らいでいた。
「....涼しくなった」
「高いんだぞそれ。まぁ、こう言う時じゃないとあまり使わないが」
「二人は平気なの?」
「俺はゾンビだから熱さを感じない」
「僕は骨だけだからね」
そんなことを話していると、赤い菌糸の地面に、真新しいツルハシの跡が残っているのを見つけた。
まだ崩れたばかりらしく、欠片が転がっている。
「これ....」
「新しいな」
「あぁ」
ロッテンが屈み込んで地面を指でなぞる。紅い石の粉が、彼の手に付いた。
「数時間も経ってない」
「やっぱり、あの水色の人かな」
「可能性は高いね」
まるで誰かが迷いなく一直線に進んだように、赤い森の中へ道が続いている。
青い人を追いかけて、また歩き始めた。
こんなに紅いのなら、水色なんてすぐ見つかると思っていたけど、中々見つからない。
木を超え、丘を越え、谷を越え....。危険な地形を渡った。
しばらく歩いていると、オストーがふと思い出したように振り返ってこう聞いてきた。
「そう言えば、君の名前聞いてなかったね」
確かに、あの時からロッテンたちの名前は聞いていたけど、自分の名前は言ってなかった。
「アレックスって言う」
「アレックス、ね」
「変わった名前だな」
「そう?」
「少なくとも、この辺じゃ聞かないよ」
そんな、歩いている最中。
——パリンッ。
ガラスが、割れるような音がした。
「....今の音なに?」
「今のは——」
不意に、ロッテンの言葉が詰まった。
隣では、オストーも来た道を振り返ったまま動かない。
「ロッテンさん?」
「....いや」
「....聞き間違いだと良いんだけどね」
オストーがそう呟いた。
....少し不穏だ。この音が、なにか大事な物じゃなかったらいいんだけど....。
また、歩き出す。
掘られた道はまだ続いている。
紅が広がる森の中を、一本の線を引くようにして後が残っていた。
所々で草が踏み倒され、ツルハシで削られた跡が残っていた。
どれも新しい。
まるで少し前まで、誰かがここを歩いていたみたいだった。
「本当に真っ直ぐだな」
「迷いがないね」
「急いでたのかな」
不気味なほど景色は変わらない。
風もない。聞こえるのは遠くで響く溶岩の唸り声と、自分たちの足音だけだった。
——ザッ。
どこかで、小石を踏んだ音がした。
「....なにかいる」
ロッテンが低く言った。
オストーも弓を構える。
けれど姿は見えない。
赤い木々の向こう。
棘だらけのツタの影。
何かがいる。
「出てこい!」
ロッテンが叫ぶ。
返事はない。
だが——
——バァンッ!
「ッ!伏せろ!」
乾いた銃声がネザーに響く。
後ろのあった赤い木の幹が弾け飛んだ。
頭が真っ白になった。
今のがもし少しずれていたら——そう考えた瞬間、背筋が冷えた。
「狙撃か!」
ロッテンが腰の袋へ手を突っ込む。
——ドンッ。
何もなかった空間に、苔むした丸石が現れた。
ロッテンが置いたのだと気付いたのは、その後だった。
——カンッ!
丸石の表面が僅かに欠ける。
「ッチ!」
誰かが、舌打ちする音が聞こえた。
「くっそ!どこにいやがる!」
ロッテンが周囲を見回す。
赤い木々。
垂れ下がる棘のつた。
視界を遮る菌糸。
どこを見ても同じ景色だった。
「上かもしれない」
オストーが弓を構える。
「いや、距離が近い」
ロッテンが低く唸った。
返事の代わりに、遠くで溶岩の泡が弾ける音がした。
「広がるな。視界から消えるなよ」
そう言って、自分から先頭を歩き出した。
オストーも少し距離を空けて続く。
自分も二人の後を追った。
赤い森は静かだった。
さっきまで聞こえていた足音さえ、大きく感じる。
誰も喋らない。
ただ武器を握る音だけが耳に残る。
何も見えない。
だからこそ、不気味だった。
真紅の木の脇を通り過ぎた——瞬間だった。
「っ!?」
オストーが足を止める。
木の向こう。
そこに人影が立っていた。
制服姿の少女。褐色の肌。白い髪を左右で結んでいる。
そして何より目を引いたのは、その手に握られた大きな銃だった。
——左腕の赤い腕章には、『風紀』の二文字。
「人間——」
——パァン!
銃声の後、オストーの目の前に苔むした丸いしが置かれた。
その弾丸が、丸いしを削った。
「くっそ、やつ、興奮してやがる!それとも俺がゾンビだからか?」
「いや、どっちもだと思うよ」
パァン!
再び丸石の角が削り取られる。
「チッ、ラチが明かねぇな」
ロッテンが周囲を見回す。
目に留まったのは、すぐ側に生えている歪んだ木。
「....そうだ!オストー!鉄ねぇか!?」
「あぁ、あるよ」
次の瞬間、銀色の延べ棒が放り投げられた。
ロッテンがそれを受け取る。
「よし、これで!」
——ドゴッ!
ロッテンは近くの歪んだ木へ拳を叩き込んだ。
赤黒い木片が飛び散る。
木材。作業台。鉄。組み合わせる。
何をしたのか理解する前に、彼の腕には巨大な盾が握られていた。
「出てこい化け物!」
「あぁ、お望み通り出てやるさ!」
ロッテンが飛び出した。
——パァン!パァン!パァン!
弾丸が盾へ突き刺さる。
それでも止まらない。むしろ加速している。
「なっ!?」
一瞬。ロッテンが懐へ潜り込んだ。
斧が大きく横へ薙がれる。狙ったのは彼女自身ではない。
——銃だった。
ガンッ!
銃が宙を舞う。
カラン、カラン....。
遠くで金属音が響いた。
気付けば、ロッテンの斧がイオリの喉元に突き付けられていた。
「....落ち着け」
ロッテンがそう言うも、彼女の目は睨み付けたまま動かない。
ふと、自分と視線が合った。
「....え?」
その声は小さかった。
さっきまでの殺気が、ほんの少しだけ揺らぐ。
「人....?」
初めて戸惑ったような顔をした。
まるで幽霊でも見たみたいな反応だった。
私を見るのが、そんなに珍しいんだろうか。
——————
「....」
彼女はしばらく瓶を睨んでいた。
みんなで座り込み、斧は降ろされ、彼女の膝元に銃が置かれていた。
「だから毒なんて入ってねぇって」
「ゾンビの言葉を信用しろと?」
「まぁ、言われてみればその通りだな」
「認めるのかよ」
オストーが呆れたように言った。
彼女は小さくため息を吐くと、ようやく瓶を口元へ運んだ。
「....まずい」
瓶をおいての一言は、私と同じだった。
「だろ?」
「熱くないの?」
「別に」
彼女は肩をすくめた。
「ゲヘナじゃ珍しくもないな。この程度なら」
「ゲヘナ?」
「私の学園だ」
「学園?」
「あぁ」
ロッテンが腕を組む。
「そういや、前に街で暴れてた連中もそんなこと言ってたな」
「暴れてた連中?」
「白い制服を着た奴らだ。噴水広場で、黒の同じ奴らと派手にやり合ってた時に聞いた」
彼女の眉がぴくりと動いた。
「....あいつらか」
「知り合い?」
「知り合いじゃない」
少し間を置いて。
「顔は知ってる」
「どっちのだ?」
「どっちもだ」
敵か味方か、という意味なのだろうか。
どちらにせよ、今のところ判断材料は少ない。
「そう言えば、名前を聞いてなかったね」
ふと、そう思って尋ねた。
彼女の視線がこちらに向く。
「....話す必要があるのか?」
「まぁ、これから会話をするなら」
「....イオリだ」
「....イオリ、ね」
自分はそう繰り返すと、小さく頷いた。
どうやらこれ以上話す気はないらしい。
無理に聞き出そうとしても機嫌を損ねるだけだろう。
「それで、お前達こそここでなにをしていたんだ?」
「水色の服の男を追っている」
すると、イオリという子は少し顎の下に手をやって、腕を動かした。
「水色の男....それなら、向こう側に行ったな」
今座っている、背中の方向に指をさす。
「なんかそいつ、迷っているみたいだったな。やけに周囲を見渡していたし」
「迷っていた?」
「あぁ、そうだ」
彼女は頷いた。
「それに、何かを探してるようにも見えたな」
ロッテンとオストーが顔を見合わせる。
「なるほどな、ちょうど街のゲートもあるし引き返すとしようか」
「君も、ここにいたら危ないから付いて来て」
イオリは一瞬、瓶を握ったまま黙り込んだ。
「....一人で歩くよりはマシ、か」
そう呟くと、ゆっくり立ち上がった。
全員で、仲良く来た道を引き返す。
さっきまで追っていた掘削跡を今度は逆向きに辿る形になった。
赤い森は相変わらず不気味なほど静かだった。
聞こえるのは足音と、遠くで煮え立つ溶岩の音だけ。
だが、どうしても気になることがあった。
「そう言えば」
思わず、口を開いた。
「さっきの、——パリンって音なんだろうね」
「音?」
ロッテンも、オストーも少しだけ表情を曇らせた。
「聞き間違いならいいんだけどね」
「何の音か分かるの?」
「....まぁ、嫌な予感がする音だったとでも言っておこう」
そうこうしている間に、ゲートが見えてきた。
だけど、なんか様子がおかしい。どことなく、最初見たときと雰囲気が違う。
「待て....」
「やっぱりそうだ!」
だが、ゲートをロッテンとオストーが視認するやいなや、足取りが速くなる。
突然、二人は走り出した。
「ちょ、二人ともどうしたの?」
慌てて後を追う。そんなに急ぐ理由が分からない。
さっきまで普通に歩いていたじゃんか。
「ロッテン!オストー!」
二人は返事をしない。
ただ一直線にゲートへ向かって走っている。
嫌な予感がする。でも、それが何なのかは分からない。
けれど、二人の様子は明らかにおかしかった。
そして——
「....そんな」
先に辿り着いたオストーが立ち尽くした。
ロッテンも言葉を失っている。
そこでようやく、自分もその光景を見た。
「え?」
あるはずのものが、なかった。
——あの紫色の揺らめきが。
——帰り道が。
「ネザーゲートが....」
そこにあるのは、紫の光を失った黒い石の枠だけだった。
喉の奥が、急に乾いてきた。