ブルアカクラフト   作:蒼/ao

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 街から離れた廃工場の一角。
 窓の外は闇に沈み、吹き込む風が鉄板を鳴らしていた。
 天井の裸電球が頼りなく揺れ、その白い光が地図や報告書の貼られた壁を照らしている。
 その下には泥だらけの軍靴が並んでいた。

「お疲れさん」
 机に腰掛けていた男がそう言った。
「その顔、負けてきたね」
 帰ってきたベルダは返事もしない。
 煤だらけの外套の姿だが、視線を下げたままなにか言いたげな表情だった。

「まぁ、まだ数台戦車はあるから気にしないでよ。それに、放浪者のお仲間も増えたことだし」
 男がレンチを置いて、工房に戻ろうとしたときだった。
「....あの街、稼働できる対戦車砲は無いんだよな....?」
「え?急にどうした?」
「昼間、さび付いていたはずのそれで、ぶち破られた....」
 男は、再び机にもたれかかって腕を組む。

「油断したねぇ。まぁ、窮鼠(きゅうそ)猫を噛むってやつかな?」
「そうじゃない!動かなかったやつが突然動いたんだ」
「え?どう言うこと?」
 ベルダは昼間の出来事をかい摘んで話した。
 錆び付いていたはずの対戦車砲。
 動くはずのない砲が火を吹き、戦車の側面を撃ち抜いたこと。

 話を聞き終えた男は、机にもたれかかったまま腕を組んだ。
「う〜ん....あの街、端っこだからあんま補給とか優先されるはずないんだけどな....」
 しばらく何かを考えていたが、やがて眉をひそめる。
 
 男は壁に広げられた地図を見上げ、×(バツ)の印がついた街の名前を目でなぞった。
「修理工もあんまいないはず....」
 その口元がゆっくりと吊り上がる。
 まるで、面白いおもちゃでも見つけたような顔だった。

「....興味が出てきた。ちょっと出かけてくる」
 そう言って、男は地図の前から離れた。
「ちょ、どこに行くんだ?」
「安心してよ、ちょっとした散歩さ」
 そのまま、灯りの外へ歩いていく。
 男は、夜の闇に紛れていった。



11話(アンペア編):ウチの秘め事

「今日は本当に助かった」

 

 テーブルの上には、ご馳走が並んでいる。

 目の前には、チキンの丸焼きに、ポテトサラダ。それから柔らかい白パンに、ステーキ、ラム肉....。

 どれから手を付けるべきか、本気で悩んだ。

「ほ、本当にこれ全部食べて良いの?」

「あぁ。むしろ、これ程では足りない。二度も君らには守ってくれたからな」

 

 その言葉を聞くや否や——

「「「「いっただっきまーす!」」」」

 一斉に皿に手が伸びた。

 みんなの、さっきまでの疲れた顔が嘘みたいだった。

 

「アンペア君も、遠慮しなくて良い。食べてくれ」

「じゃあ、遠慮無く」

 そう言って、まずはステーキをお皿に寄せた。

 あぁ、美味しい。一時はどうなるかと思ったけど、追い払えてよかった。

 

「そう言えば、ロッテンとオストーがアレックス君を引き連れてネザーから戻ってこないとか....」

「実は、そのことで問題が起きていて....」

 

 それまで賑やかだった食卓が、少しだけ静かになった。

 誰かがナイフを置く音だけが小さく響く。

 チキンの香ばしい匂いも、湯気の立つスープもそこにあるのに。

 

「ネザーゲートが出現したと言う知らせを聞いて、なるべく早く駆けつけたが....」

「もう、その時には壊されちゃってたわね....」

「そうか....早く襲撃に気がつけていれば」

「そんな卑屈にならないでよ。コバットさんが戻ってきてくれたおかげで、敵が撤退していったんだし」

 

 目の前には山ほど料理がある。

 けれど、ネザーに取り残された三人は今頃何を食べているんだろう。

 さっきまで夢中で食べていたはずなのに、急に肉の味が分からなくなった。

 

「そう言えば....」

 セリカはチキンにかぶりつこうとして――ふと動きを止めた。

「前にヴォルクス・リベレーターについて聞こうとしていたけど、結局聞けずじまいだったのよね」

 セリカの言葉に、食卓がわずかに静まった。

 料理の湯気は変わらず立ち上っているのに、さっきまでの賑やかさだけが薄れていく。

 誰かがパンをちぎる音だけが、妙に大きく聞こえた。

 コバットは手に持っていたコップを静かに置いた。

 

「ヴォルクスは....」

 全員の視線がコバットに集まり、コバットは言葉を選ぶように視線を落とす。

 ——その沈黙が妙に長く感じた。

 

「——過去にウチの会社の工場を、攻撃したことある集団よ」

 気付けば、先に口が動いていた。

 今更、取り繕う気分にはならなかった。

 

「奴らなりの考えがあるみたいだけど、結局のところやってることは破壊と略奪ばっか」

 工場の襲撃。機械が止まって、従業員が避難していく。

 現場で働く人たちにとっては、掲げている理想なんて関係ない。

 あの日から、ヴォルクスという名前を聞くだけで嫌な気分になった。

 

「その襲撃から、ウチはモンスターとかそいつらが嫌いになったけど....」

 言葉を吐き出したところで、奥歯を噛み締めていることに気づいた。

 これ以上思い出しても仕方ない。

 小さく頭を振って顔を上げると、食らいつくようにみんながこっちを見ていた。

「なんか、ロッテンさんとか見てたら、そう考えていた自分が馬鹿馬鹿しく思っちゃって」

「アンペアさん....」

 ヒフミが、ぽつりと呟いた。

 

「いや、それが普通だ」

 コバットがそう言う。

「ヴォルクスに怪我を負わされたやつらも、街を焼かれた者もいる。今でも恨み続けている者は多い」

 さっきまで続いていた食器の音が途切れた。

「嫌う理由は十分ある——それを否定できるほど、軽い話じゃない」

 

 誰もすぐには言葉を返さなかった。

 肉の匂いも、温かな料理も変わらないはずなのに、食卓だけが少し冷えた気がした。

 

 バタン!

 扉が開く。

 

「コバット隊長」

「どうした」

 駆け込んできた隊員は一度周囲を見回し、それからコバットの耳元へ顔を寄せた。

「不審な人物がいるとの情報が、北門の偵察で....」

「....分かった」

 コバットはそう言うと席を立った。

 

「すまない、急用が出来た」

「またヴォルクス・リベレーター?」

 シロコがそう聞いた。

「まだ分からない。君たちは、食事を続けて——「ちょっと待ったー!」

 セリカは机に手をつき、そのまま椅子を押しのけるように立ち上がった。

 

「ずっと前から思っていたけど、なんで私たちを頼らないわけ?」

「それは、君たちが....」

「放っておけないのよ、この街のこと。アビドスの借金もそうだけど」

「私も」

「実は....私も」

 シロコは静かにうなずき、ノノミは控えめに手を上げた。

 その様子を見て、コバットは言葉を失ったまま視線を泳がせた。

 

「....まだ君らは子供だ。そう危ないことに——」

「だからなんなのよ!」

 その言葉を合図に、私以外の全員が椅子を鳴らして立ち上がった。

「私ら、困っている人を見ると助けずにはいられないの」

「ん、困ったことがあれば、お互い様」

「私たちでも、できることはありますよ」

「な、なんでもいいので、頼ってください!」

 

 コバットは短く息を吐き、言葉を飲み込むように目を閉じた。

「....分かった。そこまで言うなら、協力してもらおう」

 ただし、コバットはこう付け加えた。

「だが、前には出るな。判断はこっちでやる。報告だけでいい」

 

 食事は、そこで一度お開きになった。

 それぞれが準備を整え、夜の街へ向かう支度を始める。

 静かに、夜の街が引き締まっていく感じがした。

——————

「私について来てくれ」

 

 通りにはまだ人影があった。

 壊れた家の修理を続ける者、木材を運ぶ者、見張りに立つ者。

 戦いは終わったはずなのに、街はまだ完全には眠れていなかった。

「皆さん、こんな時間でも起きていますね....」

「昼の被害が大きかったからな」

 

 コバットは歩きながら答える。

「それで、不審な奴ってどこにいるの?」

「聞こえてたのか....まぁ、そうだな」

 コバットは周囲を見回した。

 

「北門付近で見かけたという話だ。だが、それ以降の足取りが掴めていない」

 街灯の灯りを頼りに、通りを進む。

「部隊員から報告があがるくらいだ。よっぽど不審なやつなんだろう」

 

 修理途中の建物、積み上げられた木材、昼間の戦闘で残された瓦礫。

 どこも人の気配はあるが、それらしい姿は見当たらない。

 

 通りを進むにつれて、人影はまばらになっていった。

 さっきまで聞こえていた修理の音も遠ざかり、残るのは見張りの兵士だけ。

 一歩進むたびに、街の賑わいが背後へ遠ざかっていく。

 

 ギィィィ....。

「コバットさん....」

「分かってる」

 

 錆びた金属が擦れるような音。

 風で揺れた遊具か、それとも壊れた看板か。

 静かな通りに、その音だけが妙に大きく響いた。

 

 音の先には、昼間に撃破した戦車が据えられていた陣地。

 崩れた土嚢の傍らで、修理されたばかりの対戦車砲が月明かりを反射していた。

 

 そして、その横に——一人の男。

「ふ~ん....こうやって生かしたんだ」

 男は砲身を眺めるように立ち、時折しゃがみ込んでは照準器やギアに触れている。

 まるで骨董品でも鑑定するような仕草だった。

 

「そこのお前、何をしている?」

「あっ、これはしくったな~」

 男はすぐには答えなかった。

 照準器から目を離し、ゆっくりとこちらを振り返る。

 

 その視線がコバットを通り過ぎる。

 シロコ、セリカ、ノノミ、ヒフミ——私で止まった。

 

「....あ、なるほど」

 その男は顔が笑顔になった。なにか、秘密を見つけたようなそんな感の....。

「ははは。そういう事か。これは一本取られたね」

 男は少し顎を引いた。

 品定めするような視線が、こちらをなぞる。

「そこで何をしている?」

「戦車が潰された理由を探していたんだよ」

 男は眉をひそめた。

 

「ロバート大隊のエリートがいるとは聞いていた。放浪者が強いという話もね」

 そう言いながら、視線を私へ向ける。

「でも、それだけじゃ足りなかった」

 

 男は修理された対戦車砲へ目を向け、もう一回こっちを見る。

「君を見て、ようやく納得したよ。街に対戦車戦力を維持できる人間がいたんだね」

「アンペアさんが、ですか?」

 ヒフミの声に、男は一度だけ瞬きをした。

 

「....へぇ」

 その反応が意外だったのか、男は興味深そうに目を細める。

「もしかして、君たちは知らないのか」

 

 嫌な汗が背中を伝った。

 男の視線が、まっすぐこちらへ突き刺さってくる。

「いや、その顔は違うな。君が話していないだけか」

 口元がわずかに吊り上がった。

 

「じゃあ、アンペアが何なのか言いなさいよ!」

「それなら、聞けばいいんじゃないか?」

 男は肩をすくめて、顎で私を示した。

「本人がそこにいるんだから」

「なっ——」

 思わず奥歯を噛み締めた。

 こいつはウチが何者なのかも、どこから来たのかも、分かった上でわざと話をこちらへ向けている。

 ——そして、それを口にできる立場にいる。

 

 今すぐにこいつを黙らせたい。けど、それができない。

 

「それに....」

 男の笑みが少しだけ深くなる。

「そんな重要な情報を、おいそれと渡すほどお人好しじゃないんでね」

——ギリ、と歯が鳴る。

 助かったはずなのに、こいつの掌の上で転がされている気分だった。

 

「でも、納得した。街の評価を修正しないとね」

 さっきまでの皮肉っぽい笑みを浮かべたまま、男は懐から緑色のボールを取り出した。

 そして軽く放る。

 

「じゃあ、僕はこれで帰るよ」

「ッ!待ちなさい!」

 セリカが一歩踏み出した、その瞬間だった。

——シュン。

 男の輪郭が紫色の粒子に崩れる。

 手を伸ばす間もなく、その姿は夜の闇へ溶けるように消えていた。

 

「....こちらコバット、不審な人物を逃した」

 

 逃した。そう言えば聞こえはいい。

 本当は違う。

 最初から、向こうが好きな時に帰れる立場だっただけだ。

 

 そして、最後まで何も言い返せなかった。

 

 あいつは知っている。

 自分が何者で、どこから来たのかを。

 ——そして、それを知られたくない理由も....。

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