「アレは...."ネザー要塞"だな」
熱風が体を押した。
視線の先、水色の服の男は、あの崩れかけた回廊を迷いなく駆けていた。
「待って!」
気づけば叫んでいた。
だけど、その回廊は遠く、声はネザーの広大な空間へ吸い込まれていく。
あの男は振り返らない。
そのまま回廊の奥へ駆け抜け、要塞とも言える建造物の影に消えていった。
「見失ったな」
ロッテンが呟く。
「で、本当にあの人が帰る方法を知っているのですか?」
「確証はないかな....」
「はい?」
アコって言う子、言葉の節々から馬鹿にしているような感じに聞こえてくる。
....そりゃ、ガードナーさんがあれだけ怒るのも分かる気がする。
「でも、絶対知ってるはず」
そう言って、拳を握りしめた。
「....まぁ、なにもない街の裏路地に、いきなりネザーゲートが出現したんだ。知らなきゃ困る」
「ネザーゲートが出現したって....本当か?」
その言葉に、ガードナーは目を丸くしてロッテンを見た。
「あぁ、だが、ネザー戦争の時のようにピグリンが押し寄せてくることはなかった。....落ち着いた今だからわかるが、妙すぎる」
「確かに....普通なら、ピグリンはめちゃめちゃ攻め込んできたのにね」
また、その名前だ。街で何度も耳にしたことがある。
どんな戦争だったのか気にはなるけど——今、その話を挟める空気じゃない。
「....で、誰が最初にいくよ?」
ヘルメットの男が丸いしの道を指した。
宙に浮いている橋は、左右には手すりどころか柵すらない。
足元の隙間からは、煮え立つマグマの海が遥か下で赤くうねっていた。
熱風が吹くたび、思わず体が揺れる。
一歩踏み外せば、それで終わりだった。
「....自分が行く」
誰も反対しなかった。
丸石へ足を乗せる。
コツン、と靴底が乾いた音を立てた。
一歩、また一歩。
橋は思った以上に細い。
下を見ないようにしていても、視界の端で赤いマグマが揺れている。
後ろからも、一人、また一人と橋へ踏み出す気配がした。
振り返れば、出発した穴はもう遠い。
目の前の要塞も、ようやく手が届きそうな距離まで迫っていた。
——その時だった。
影が横切った。
「....?」
どこからか、低いうめき声が聞こえる。
風ではない。
——何かが鳴いている。
「おいおい、嘘だろ....」
後ろの方で、誰かが呟いた。
見上げると、それはそこにいた。
白い風船かと思った。
こんな場所にあるはずがないと分かっているのに、一瞬だけそう見えた。
だけど、次の瞬間にはその考えは吹き飛ぶ。
白い四角い体の下で、何本もの触手がゆらゆらと揺れていた。
「なんですかあの豆腐!?」
後ろでそう叫び声が聞こえた時、その四角い生き物は、こっちを見ていた。
「くっそ!ガストだ!」
あの生き物の口元が、じわりと赤く染まる。
「まずい!」
甲高い声が響く。
ボンッ――。
真っ赤な火の玉が一直線にこちらへ飛んできた。
熱風を引き裂きながら迫るそれは、流れ星のように尾を引いている。
「避けろ!」
身をかわす場所なんてない。
前へ飛ぶか、後ろへ飛ぶか——それしか選べなかった。
——ドオォォン!!
爆風が橋全体を揺らす。
「うわぁ!」
イオリが膝をつき、アコが悲鳴を上げながら尻もちをつく。
「下がれ!」
ロッテンが斧を構える。
二発目の火球へ刃を振り抜いた。
——ガンッ!
火の玉は弾かれ、遠くで爆発した。
「アレックス!」
ロッテンが振り返る。
「見てる場合じゃない!早く進め!ここだとみんなマグマにドボンしちまう!」
「わ、分かった!」
足が震える。
走りたい。だけど、一歩踏み外せば終わりだ。
恐る恐る足を前へ出す。丸いしの橋は変わらず肩幅くらいしかない。
熱風が吹き抜けるたび、思わず肩に力が入る。
後ろでは爆発音が何度も響く。
振り返りたい。
けれど、振り返る余裕なんてなかった。
とにかく前へ。
あの場所まで辿り着けば——。
「その持っている銃でどうにかなんないのか!?」
「狙いが定まりません!」
「こんな狭いところで撃ったら反動で落ちる!」
チナツとイオリの声と同時に、背後で爆発が起きた。
熱風が背中を押し、橋が大きく揺れる。
——怖い。
下を見れば終わる気がして、視線を前だけに固定した。
あそこの入口までは、あと少し。
ガストのうめき声が近づく。
次の火球が来る前に——。
歯を食いしばり、残った距離を一気に駆け抜けた。
走れ、走れ——
その瞬間、火球が後方で炸裂した。爆風が背中を押し、体が前へよろめく。
落ちるっ!!——そう思ったが、崩れたレンガの床に手をついていた。
黒い煉瓦を踏んだと分かった瞬間、ようやく肺に溜めていた息を吐き出す。
振り返ると、橋の上ではまだ火球と爆炎が飛び交っていた。
「わ、渡りきったよ!」
「了解した!」
最初に飛び込んできたのはオストーだった。
続いてイオリ、チナツ、アコ。
そのアコに続いていた子供たちを、ガードナーたちが押すように橋を渡らせる。
「急げ!次が来るぞ!」
爆風を背に受けながら、最後の一人が煉瓦の床へ飛び込んだ。
「よし!後は任せろ!」
ロッテンは斧を肩まで引き絞る。
まるで大砲でも撃ち返すつもりのような構えだった。
ボン――。
ガストの口が赤く染まり、火球が一直線に迫る。
「今だ!」
――ガキィィン!!
金属音がネザー中に響く。
火球は弾き返され、そのままガストに吸い込まれるかのように空へ舞い戻った。
次の瞬間。
——ドォォン!!
ガストの体が爆炎に包まれ、白い体が大きく仰け反った。
「返礼は必要だろ?」
一瞬だけ、この場に静寂が戻る。
「....助かった」
肩の力が抜けて、その場に座り込んだ。
爆発音が消える。
耳に残っていた轟音が遠ざかると、熱風だけが要塞の回廊を吹き抜けていた。
壁には、誰かが置いた松明に床には丸いしで通路まで丁寧に補修されている。
廃墟というより、誰かが今も使っているようだった。
「....変だ」
ヘルメットの男が呟いた。
「見つかれば襲ってくるやつらが、一体もいねぇ....」
誰もが周囲へ視線を巡らせた。
炎がぱちぱちと弾ける音だけが、このネザー要塞という回廊に響いている。
崩れた煉瓦の隙間から熱風が吹き抜けても、返ってくるのは静寂だけ。
何か居るはずのこの要塞の気配が、何一つなかった。
「なんでいないのですかね?」
「それは分からねぇ」
ガードナーは要塞の奥を睨んだ。
「まぁ、例の水色の奴が、大体片付けちまったんじゃねぇかとは思うが——」
その時だった。
——カラン。
乾いた音が、回廊の奥で響いた。
全員が銃や武器を構える。
暗闇の向こうから、ゆっくりと人影が現れた。
黒く焦げた骨だけの身体。
錆びた石剣の先だけが、ぼんやりと光っている。
「ウィザースケルトンだ!」
誰かが叫ぶ。
こちらを認識したのか、黒い骸骨は剣を持ち直し一気に駆け出した。
「来るぞ!」
——ヒュッ。
一本の矢が風を裂く。
ガツッ。
矢は頭蓋骨を正確に射抜き、ウィザースケルトンは二、三歩よろめいたあと、そのまま黒い骨を散らして崩れ落ちた。
「よし」
オストーが静かに弓を下ろす。
「さすがだな」
「距離があったからね」
イオリは倒れた骨を見つめて、それから隣のオストーを見比べた。
「....お前と同じ見た目だが、大丈夫なのか?」
オストーは苦笑した。
「君は、アリとシロアリを同じ生き物だと思うのかい?」
「....いや」
「つまり、そういうことさ。同じ骨でも、中身はまるで別物だよ」
黒い骨が白い煙を出して消えていく。
それでも、回廊の奥から新たな足音は聞こえてこなかった。
まるで、この広大なネザー要塞そのものが、とうの昔に狩り尽くされてしまったかのように....。
再び、迷路とも言えるこの回廊を歩き始めた。
誰も喋らない。
足音だけが、煉瓦の床に続いた。
「それにしても、不気味なくらい静かだ....」
「早くその水色の男を追いましょう。こんなところにいるのもうんざりです」
「原因の大半はお前だがな?」
歩いていると、横穴の前で立ち止まった。
壁には等間隔に松明が並び、天井からは丸いし越しにマグマが滴っている。
足元の赤煉瓦には新しい丸いしが継ぎ足され、誰かが今も使っているかのようだった。
「誰かが、わざわざ整備したんですかね?」
「....こんな場所をか?」
回廊の先で炎が灯る。
「ブレイズだ!」
全員がもう一度武器を構えた。
——だが。
そのブレイズは戦う気配もなく、静かに向きを変え、そのまま回廊の奥へ吸い込まれるように消えていった。
「....逃げたのかあいつ?」
「本当にどう言うことなんだよ....」
あっけにとられながらも、再び松明をたどって進んだ。
どれだけ歩いただろう。
曲がり角をいくつも抜けても、敵どころか物音一つしない。
「待て」
ロッテンが足を止めた。
「聞こえないか?」
全員が息を潜める。
——ゴォォォォォ....
微かに、どこかで低い唸り声のような音が響いていた。
「ネザーゲートだ」
街で初めて聞いた時は、恐怖しかなかった。
だけど今は違う。
この音だけが、この灼熱の世界から抜け出せる希望だった。
「やっとだ!」
ヘルメットの男が駆け出す。それにつられるように、自分たちも走った。
——やっと帰れる!
その思いで、疲れなんてもう感じなかった。
「おい、なんだあれ!」
先を走っていたヘルメットの男が、角の奥を指さした。
赤黒い煉瓦の回廊。
その突き当たりに、一枚だけ木のドアが立っていた。
周囲だけ綺麗に整えられて、なんか、まるで家の玄関みたい....。
「こんなところに、樫のドア....?」
壁には等間隔に並ぶ松明に、その中央にぽつんと立つ一枚の木のドア。
この場所には、あまりにも場違いだった。
恐る恐る、扉を開ける。
その瞬間、温かな光が漏れた。
「....え?」
乾いた熱風の代わりに、木と炭の匂いが鼻をくすぐった。
床一面には丸石で敷き詰められた部屋。ちょっと、半分のブロックくらいの段差がある。
部屋には作業台、チェストに樽、火の付いたかまどがあった。
かまどの中だと....金を焼いている?
「モー」
「....なんで牛がいるんですか」
部屋の一番奥。
黒い石に囲まれた、紫色の光が静かに揺れていた。
「あった!」
「出口だ!」
——ゴォォォ....。
あの低いうなり声は、ここから響いていたらしい。
「やっと帰れる....」
思わずそう呟く。
胸の奥で張り詰めていたものが、少しだけほどけた気がした。
「これがネザーゲート....」
「何というか....まがまがしいですね、これ」
チナツが顔をしかめながら言った。
アコは腕を組んだまま、紫色の膜をじっと見つめている。
「ふーん....これが例のやつですか。触ったら即死しそうですね」
「アコちゃん、怖いの?」
「は?怖くないですけど!ただ、警戒してるだけです!」
ヘルメットの男が苦笑しながらため息をついた。
「まあ、気持ちは分かるが....ここにいても埒が明かねえ。俺が先に見る」
ヘルメットの男が迷わず紫色の膜へ足を踏み入れた。
姿が、ゆっくりと歪んで消えていく。
「....行った」
しばらく待った。
一分、二分....。
「戻って来ませんね....」
「向こうで待ってるんじゃないですか?」
「....行きましょう」
深く息を吸って紫色の膜へ手を伸ばした。
浮いているのか、落ちているのかも分からない。
音が遠ざかり、体が何かに引っ張られていく。
ひんやりとした風が頬を撫でた。
焼けつく熱気は消え、代わりに湿った空気が肺へ流れ込む。
涼しい風、爽やかな空気、 磯の香りが鼻をくすぐった。
——....磯の香り?
「おい!どうなってんだよ!」
目を開ける。
眼前に広がっていたのは、どこまでも続く青い海だった。
ぽつんと浮かぶ小さな島に、中央には木造の家。
その横にはきれいに耕された畑が広がり、風車のように風になびく作物が揺れている。
「メェー」「モォー」
羊と牛の鳴き声まで聞こえてきた。