ブルアカクラフト   作:蒼/ao

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13話(シロコ編):戻ってきた者たち

「アンペア!」

 白い煙の中へ飛び込んだ。

 咳をこらえながら白い煙をかき分ける。

 だけど、どこにも姿はない。

「どこ....!」

 

 足元には散らばった小麦粉だけが残っていた。

 

 宿の窓から見えたのは、アンペアが連れ去られる瞬間だった。

 慌ててライフルを掴み、窓から飛び降りたのに。

 早く、気がついたのに....。

 ——それでも、間に合わなかった。

 

「....便利屋」

 あの人たちが、アンペアを連れていった。

 

 理由は分からない。

 だけど、見間違いじゃない。

 

「....追わなきゃ」

 こんな距離で見逃すなんて、ありえない。

 煙の向こうへ駆け出そうとした、その時。

 

「....くっそ」

 小麦粉まみれのハルクが、ふらつきながら立ち上がった。

「あぁ....。コバット隊長に、なんて報告すりゃいいんだ....」

 頭を抱えている。

 

「シロコ先輩!」

 後ろから声が聞こえた。

 

「お、大きな音がしたけどなにがあったの!?」

 振り返ると、息を切らしたセリカたちが駆け寄ってくる。

 セリカは辺りを見回し、荒れ果てた地面と白く散らばった小麦粉を見て顔色を変えた。

「....アンペアさんは?」

「....攫われた」

「....え?」

 

 一瞬、誰も言葉を発しなかった。

 

「う、嘘....ですよね?」

 ヒフミの声が震える。

 

「便利屋に連れていかれた」

「あいつらが!?」

 セリカが思わず声を荒げた。

 

「で、ですがまだ近くに....」

 ヒフミが辺りを見回す。

「無駄だ。もう追いつけねぇ」

 小麦粉を払いながら、ハルクが首を横に振った。

「煙幕を張られた時点で、完全に撒かれた。今頃は、どこへ向かったかも分からねぇぞ」

 誰も言い返せない。

 それが現実だった。

 ここで走り出したところで、闇雲に街を探し回るだけになる。

 

 悔しさだけが胸の奥に残る。

 でも、立ち止まっている暇はない。

「....」

 今から追っても、見つけられるとは思えない。

 むしろ時間だけが過ぎていく。

 

 セリカが攫われたときはアヤネがいた。

 でも、今はいない。

 私たちだけじゃ、助けられない。

 今、一番頼れるのは——。

「....コバットさんのところへ行こう」

 

 返事を待たず、駆け出した。

 みんなも黙って後に続く。

 

 向かった先は、あの荷物を届けた古びた倉庫だった。

 

 建物の外で、コバットは隊員と話をしていたところだった。

「コバットさん!」

「君たちか」

「アンペアさんが!」

「話はハルクから無線で聞いた。しかし....護衛を付けた翌朝には仕掛けてくるとは....」

 そこで言葉が途切れた。

 コバットさんは何も言わない。

 その沈黙だけで、嫌な予感がした。

 

「安心しろ、と言ってやりたいところなんだが....」

 その表情が曇る。

「今すぐには部隊を動かすことはできない」

 胸が締め付けられる。

 それでも、コバットさんの目は揺らいでいなかった。

 助けることを諦めたんじゃない。助けるために、今は動けない。

 

「今動けば、救出どころか敵の思う壺になる」

 言い返せない。

 悔しい。

 でも、その判断は間違っていない。

 

「今、大隊の方に戦車部隊を手配した。到着すれば、捜索範囲を一気に広げられる。それまではこちらでも準備を進められるはずだ」

「ど、どれくらいで来るんでしょうか....」

 ヒフミが不安そうに口を開く。

 

「早くて....一週間後くらいになる」

「そんな!」

 戦車部隊の到着。

 それが今、唯一の希望だった。

 なのに、その希望はあまりにも遠い。

 

「....その間にアンペアはどうなっちゃうの?」

「....少なくとも、すぐに命を奪うつもりなら攫う必要はない」

 

 誰も返事をしなかった。

 その言葉を信じるしかなかった。

 

 誰も口を開くことは無かった。

 足音だけが石畳に響く。

 

 街はいつもと変わらない。

 それなのに、自分たちだけ時間が止まったようだった。

 ——————

 

 夕食の時間になった。

 

 宿の主人が料理を運んできてくれた。

 湯気の立つスープに、焼きたてのパン。それに肉料理。

 

 昨日なら、セリカが真っ先に飛びついていた。

 

 今日は違う。

 料理は残ったまま、誰も食べようとしない。

 

 空いた椅子が、二つ。

 攫われたアンペアと、ネザーからまだ戻らないアレックス。

 そこを見るたびに、胸が苦しくなる。

 

 誰も口を開かない。

 スープの湯気だけが、静かに揺れていた。

 

 

 

 

 ——コンコン。

 宿の扉を叩く音が響く。

 夜はとうに更けていた。

 窓の外は闇に沈み、ランタンの火だけが壁に揺れる影を伸ばしている。

「....?」

 こんな時間に?

 扉の向こうに、人の気配が増えていく。

 

 ひとりじゃない。

 そう気づいた瞬間、背筋に緊張が走った。

 

 誰もすぐには動かなかった。

 呼吸だけが、やけに大きく聞こえる。

 

「ただいま~....」

 だけど、その声が聞こえた瞬間。

 一拍だけ、世界が止まった。

 

「....え?」

 聞き間違いじゃない。

 扉から入ってきたのは、

 

 ネザーに取り残されたはずのアレックスだった。

 

「やっと着いた....」

「もう一歩も歩けないよ....」

 ロッテンが壁にもたれ込む。

 オストーは荷物を床へ下ろし、その場にしゃがみ込んだ。

 

 誰かが壁にもたれ、誰かが荷物を床へ下ろす。

 その後ろから、続々と人が入ってくる。

 ロッテン、オストー、見知らないひと。それと、ゲヘナの風紀委員とその何人かの部員。

 服は煤と土埃にまみれ、誰もが疲れ切った表情をしている。

 宿の静けさが、一気にかき消された。

 

 そして——。

「アヤネ!」

「「アヤネちゃん!」」

 アヤネは驚いたように目を丸くして、それから小さく笑った。

 次の瞬間、その瞳がみるみる潤んでいく。

「みなさん....!」

 

 駆け出したアヤネは、そのままセリカへ勢いよく抱きついた。

「わっ!?」

「よかった....本当に、よかったです....!」

「ちょ、ちょっと!苦しいって!」

 そう言いながらも、アヤネの背中へそっと手を回した。

 

 宿の主人が慌てて人数分の椅子を運び始める。

 誰かが水差しを持ってきて、空いていた机の上へ置いた。

 静まり返っていた宿は、帰還した人たちを迎える声と足音で一気に賑やかになった。

「もうネザーは勘弁だ....何度死ぬかと思った....」

「水....水を、ください....」

「しばらくは....行きたくないですね....」

 

 肩で息をしながら、アレックスは部屋の中を見回していた。

「あれ?アンペアは?」

 まっすぐ、私の目を見てそう言った。

 その目は、まだ何も知らない色をしている。

 ....すぐには、答えられなかった。

 

「....シロコちゃん?」

「....攫われた」

「....え?」

「今日の朝、便利屋に....」

 アレックスたちがネザーへ向かってから起きたことを話した。

 

 煙幕で逃げられたこと。

 コバットさんに助けを求めたこと。

 そして、戦車部隊が到着するまで動けないと言われたこと。

 

「....一週間待たなきゃいけないの?」

「ん、コバットさんがそう言うには....」

「そんな....」

 誰も動かなかった。

 今ここで無理だと言われれば、それで終わりだって。

 

 

「....街の技術者がさらわれたってことか?」

 ロッテンは深く息を吐いた。

「それは....ほっとけないね」

 オストーも。

 二人とも壁にもたれたまま肩で息をしている。

 服は煤と土埃にまみれ、顔にも疲労の色が濃い。

 それでも、その目だけは少しも死んでいなかった。

 

 他にもなぜか一緒にいるゲヘナの風紀委員。

 その後ろには、別の外套を着た人たち。

 

 アレックスは宿の中を見回した。

 誰も目を逸らさない。

 疲れ切っている。

 それでも、その瞳には迷いがなかった。

 

「....一週間も待てない」

 静かな声だった。

 それなのに、その一言だけで宿の空気が少し変わった。

 

「今からでも、アンペアを連れ戻そう」

 疲労で立てなさそうな人もいる。

 でも、誰一人として視線を逸らさなかった。

 

「みんな、協力してくれる?」

「最初からそのつもりだ」

 ロッテンが斧を持ち直してそう言った。

「やれやれ、休む暇も無いね」

 オストーも肩をすくめた。

 

「便利屋だって?」

 ゲヘナの風紀委員の一人が、腰を押さえながら立ち上がった。

 

「あいつら、こんな世界でも規律違反をか」

 イオリが舌打ちする。

「規律も何も、やってることは誘拐でしょ!」

「確認する必要があります」

 チナツが静かに言った。

 

「え、今からですか?」

 アコが思わず漏らす。

「待ってくださいよ。ゲヘナならともかく、どこの地かも分からない場所で軍事行動なんて——」

「なんだよアコ、怖いのか?」

 一瞬、空気が止まった。

 何か言い返そうとして、やめた。

 代わりに、小さく息を吐く。

 

「....はぁ、分かりました。指揮はこちらで受けます」

「なら、話は早いな」

 イオリが軽く肩を回しながら言う。

 

「だが、歩兵戦力だけだと戦えないだろ」

 外套姿の、知らない人がそう言った。

 

「ヴォルクスはそんなんで壊滅できるほどやわじゃない。戦車だって普通に所有している」

 その言葉に、誰もすぐには反応できなかった。

 空気が一段、重くなる。

 

「なにか、対抗できる物を——」

——ガチャ。

 乱暴に、扉がまた開いた。

 

 空気が一瞬だけ揺れる。

 反射的に、全員の視線がそっちに向いた。

 そこに立っていたのは、

 

 ——水色のシャツに、藍色のズボン。

「スティーブさん!」

 アヤネが、そう言った。

 

「スティーブ、少し協力してくれないか?」

 ロッテンが一歩前に出て、短く事情を説明している。

 煙幕、誘拐、戦力不足。

 

 男の人はそれを、途中で遮ることもなく聞いていた。

 

「ネザーで君の行動を見てきた。なんでも、知っている感じがする」

 一瞬だけ、視線がロッテンから外れる。

 何かを考えるような沈黙が落ちた。

 

「その....無茶な願いだとは思うが、なにか"戦車に対抗できる物"は作れないか?」

 時折わずかに視線だけを動かしながら、

 ——その人は軽く頷いた。

 

 誰も声を荒げない。

 でも、誰も止まらない。

「よし、助けに行こう!」

 今のアレックスは、いつもより頼もしかった。

 

 ランタンの火が揺れている。

 その光の中で、影が一つずつ立ち上がっていく。

 夜はまだ、終わっていない。

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