薄暗い工場の一室だった。
天井のランプはひとつだけ灯っていて、鉄骨の影が壁に歪んでいる。
窓からは、暗い闇からうっすらと白み始めていた。
「ねぇ~、アルちゃん」
「どうしたのムツキ?」
「無理に起こさなくても良かったんじゃない?寝起き悪そうだったし」
「依頼人なんだから仕方ないでしょ」
床に座らされているアンペアの前に、ベルダが腕を組んで立っていた。
小麦粉にまみれたムツキとアルは、少し離れた場所でベルダに聞こえないよう顔を寄せ、小声で言葉を交わしていた。
「へぇ....こいつが」
まだ眠気が抜けきっていないのか、一度だけ大きくあくびを噛み殺した。
手足を縛られて座らされているアンペアを、つま先から頭までを一度だけ眺める。
壊れ物を見るようでいて、どこか品定めする目だ。
「思ったより普通なんだな」
「普通に見えるなら、それでいいと思うけど」
アンペアは淡々と返した。
ベルダは小さく鼻で笑う。
「まぁいい、お前達も中々やるもんだな」
ベルダは腕を組み直し、興味が移ったようにアンペアへ視線を戻した。
「で、"いいところのお嬢様"がどうしてあんな辺境の街にいたわけだ?」
その言葉に、室内の空気がわずかに揺れた。
アンペアは一瞬だけ視線を落とす。
だが、すぐに戻した。
「....別に、理由が必要?」
ベルダが机を軽く叩く。
アンペアは一瞬視線を落としたが、すぐに持ち直した。
「必要に決まってるだろ! 戦場にいるお嬢様なんて、しかもあの対戦車砲を動かしたんだぞ!」
ベルダが身を乗り出す。言葉が早くなって、息が荒い。
アンペアは小さく息を吐いただけだった。
そこへ、もう一つの声が落ちた。
「....ベルダ、少し静かにして欲しいかな」
そこへ、奥の影から男がゆっくりと現れた。
男はアンペアの正面に立ち、静かに彼女を見下ろした。
感情の読めない目。
「久しぶり....と言うべきかな」
その言葉に、アンペアが一瞬だけ眉を動かす。
「なんだ、知り合いか?」
男は答えない。
アンペアも、すぐには反応しなかった。
ただ、視線だけが交差する。
「....何を言ってるの」
「いや、まぁ、そんな話はどうだっていい。もっと聞きたい事があるからね」
男は机に置いていた手をゆっくりと組み直した。
それだけの仕草なのに、先ほどまでとは違う圧力が滲む。
「クリエイト社の爆発....。君も知っているよね」
アンペアは答えない。
男は気にした様子もなく、淡々と続けた。
一拍。
「被害はゲート関連施設に限られていた。....それなのに、君の会社は、なぜ本社であんな大損害を受けた?」
アンペアの眉が、ほんの一瞬だけ動いた。
男はそれを見逃さず、すぐに一歩下がった。
「ネザーでもない。通常の設備でもない...."その先に繋がるもの"」
「....知らない」
アンペアの指が、ほんの一瞬だけ固まった。
「ふ~ん....そっか」
男はその反応を逃さず、ゆっくりと一歩下がった。
追及を自ら止める。
その沈黙が、室内に重く落ちた。
——その瞬間を待っていたように、ベルダが舌打ちしながら割り込む。
「そんなことはどうでもいい!東の森の話だ!」
ベルダが舌打ちとともに一気に距離を詰め、アンペアの目の前で屈み込んだ。
張り詰めていた空気が、ベルダの怒鳴り声で砕け散る。
「単刀直入に聞く。ダークオークの森を、伐採したのは誰だ」
「....知っているわけないじゃない」
「いいや、違うな」
ベルダは一歩だけ距離を詰めた。
低く息を吸い込み、静かに口を開く。
「——水色の服
——藍色のジーンズ」
言葉が、一つずつ刻まれるように落ちていく。
ただの特徴の列挙なのに、妙にアンペアの頭の奥に引っかかった。
「別に、言ってくれるんだったら今すぐにでも放してもいいんだぞ?命が目的じゃ無いからな」
「知らない!私はただ——」
「ただ、何だ?」
ベルダが即座に食い気味に返す。
「その"水色の男"を見たんだろ?しかも、ネザーゲートが出た日にだ」
「だから違うって——!」
「違うって言うなら簡単だ」
ベルダはアンペアを見据える。
「ボス~、そんなに睨んでも逆効果じゃない?」
横から、ムツキがくすくすと笑う。
「ムツキ....茶化さない」
カヨコがため息をつく。
「あはは、ごめんね」
ベルダは小さく舌打ちすると、もう一度アンペアへ視線を戻した。
「そいつが"何者なのか"、一言でいい。言えないなら——もう答えは出てる」
ベルダが、地図の×を記している場所を指さす。
街の、場所だ。
男は小さく息を吐いた。
地図の×印を一瞬だけ見て、視線を戻す。
口元がわずかに歪んだ。笑ったわけじゃない。
「だから違う——」
——ドゴオオォォーーン!!
照明が揺れ、電球が点滅する。
「なんだ!?」
ベルダが反射的に顔を上げる。
「ベルダ様!」
一人、肌が灰色の人物がベルダの前へ駆け寄った。
「山岳の方から、敵襲です!」
——————
——ドゴォォォン!!
遠くで、空が破裂したみたいな音がした。
次の瞬間、視界の端で何かが崩れる。
廃工場の外壁。
積み上げられていた土嚢と鉄柵が、一瞬で吹き飛んだ。
遅れて、破片が雨みたいに降ってくる。
「うっわ....」
思わず、声が漏れた。
爆発じゃない。
“砲撃”に近い。けど、それよりも速い。
「命中」
ロッテンが望遠鏡を覗いたまま呟く。
「あー....あれは戦車も終わったね」
オストーは隣のスティーブへ視線を向けた。
「スティーブ、もう一発頼む」
シュ————....。
——ドゴォォォン!!
今度は反対側の壁が、根こそぎ消し飛んだ。
「まさか、TNTそのものを撃ち出すとはな」
ロッテンが、スティーブが操作している装置を見ながらそう言った。
石材で組まれた土台。
赤色の線が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、水が流れているだけ。
その先には、水路の上へ置かれたTNT。
「こんな物まで作れるんですね....」
ヒフミは、スティーブがレバーを操作する様子を食い入るように見つめた。
レバーが下ろされるたび、
赤石が赤く光り、
——ドゴォォォン!!
後ろを振り返った。
草の上には、小麦粉の付いた足跡が点々とあの工場に続いている。
「やつらが急いで逃げたか知らないが、おかげで助かった」
壊れた工場の正門から、次々と武装した兵が飛び出してくる。
外壁の陰、倉庫の裏、車庫――あちこちから人影が現れ、瞬く間に周囲が埋まっていく。
「....かなり出てきたな」
オストーも望遠鏡を受け取り、小さく息を吐く。
「ざっと五十人前後。こっちの十倍はいるね」
「巣をつついた蜂みたいだな」
ロッテンは数秒だけ敵を見続けた。
「敵の制圧は諦める。目的はアンペアの救出だ」
短く、それだけ告げる。
「オストー。スティーブと一緒にTNTキャノンで砲撃を継続しろ。敵を正面へ釘付けにしてくれ」
「わかった、任せて」
「風紀委員は正面で援護。無理に押し込まなくていい。時間を稼げ」
イオリがニヤリと笑う。
「あぁ、任せろ」
後ろにいる風紀委員の子達も、頷いた。
最後にロッテンはシロコと、自分、ヒフミを見渡した。
「シロコたち。潜入には慣れているか?」
「ん。一度、似たような状況はあった」
「そうか。どんな任務だ?」
「銀行強盗」
「....」
その言葉を聞いて、思わず自分もシロコの顔を見た。
迷いない、透き通った目。
さぞかし当たり前かのように真っ直ぐロッテンを見て、どこか胸を張ってる感じがした。
ロッテンの表情だって、固まった。
「ち、違います!」
アヤネが慌てて前へ出てきた。
「それはその、特殊な事情がありまして....」
「....聞かなかったことにしようか」
ロッテンは咳払いを一つした。
「潜入班の指揮はアヤネに任せる」
アヤネは小さく息をのんで、力強く頷いた。
「アレックス、お前はシロコたちと一緒に裏から入れ」
「わかった」
「ヒフミも、一緒に行ってくれ」
「りょ、了解しました!」
ロッテンは全員を見回した。
その目は、一人ひとりの覚悟を確かめるようだった。
「敵を倒すなとは言わない。だが、戦うことが目的じゃない」
一瞬の静寂。
誰も口を開かない。
「アンペアを連れ帰れ。それだけだ」
「「了解!」」
砲撃の音が一瞬だけ途切れた。
短い静寂が落ちる。
誰もが表情を引き締めて、わずかに息を潜めた——
はずだった。
「潜入なら....」
シロコがリュックを開き、水色の覆面を取り出した。
一瞬だけ、誰も動かなかった。
迷いなく、それを頭から被る。
誰もが言葉を失った。
「....まさか、ここでも?」
セリカが呆れたように呟く。
「潜入だから」
シロコは至極真面目な顔で答えた。
その一言で空気が完全に壊れた。
セリカが諦めたように鞄から覆面を被り、アヤネとノノミも続く。
ヒフミは別に『1』と書かれた紙袋を....。
「アレックスも、何か被って」
「....え、自分も....?」
慌てて辺りを見回した。
石。
丸太。
土。
「....」
視線が、木の葉ブロックで止まる。
「これでいいか」
ひょい、と頭に被った。
「アレックスさんも加わったから、バーションも2に上がりましたね」
「な、なんの話?」
横を見ると、オストーが肩をすくめながら笑っている。
「せっかくだし、ここは決めポーズでもしたらどうかな?」
オストーが横から茶々入れてきた。
「そうですね!」
なんてこった、ノノミが乗っかっちゃった。
「ん、やろう」
「え、ちょ、今!?」
返事を待つことなく、五人は一斉に身構える。
「「「「「覆面水着団、バージョン2!」」」」」
五人が息ぴったりにポーズを決める。
「....」
ロッテンは頭を抱えて、諦めに近いため息をついた。
自分も葉っぱを被ったまま、仕方なくポーズを取る。
あと、水着要素は一体どこ....。
誰一人として笑っていない。
全員、本気で決めポーズを取っている。
....大丈夫かな、この部隊。本気で心配になってきた。