ブルアカクラフト   作:蒼/ao

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14話:アンペア救出作戦①

 薄暗い工場の一室だった。

 天井のランプはひとつだけ灯っていて、鉄骨の影が壁に歪んでいる。

 窓からは、暗い闇からうっすらと白み始めていた。

 

「ねぇ~、アルちゃん」

「どうしたのムツキ?」

「無理に起こさなくても良かったんじゃない?寝起き悪そうだったし」

「依頼人なんだから仕方ないでしょ」

 

 床に座らされているアンペアの前に、ベルダが腕を組んで立っていた。

 小麦粉にまみれたムツキとアルは、少し離れた場所でベルダに聞こえないよう顔を寄せ、小声で言葉を交わしていた。

 

「へぇ....こいつが」

 まだ眠気が抜けきっていないのか、一度だけ大きくあくびを噛み殺した。

 手足を縛られて座らされているアンペアを、つま先から頭までを一度だけ眺める。

 壊れ物を見るようでいて、どこか品定めする目だ。

 

「思ったより普通なんだな」

「普通に見えるなら、それでいいと思うけど」

 アンペアは淡々と返した。

 ベルダは小さく鼻で笑う。

 

「まぁいい、お前達も中々やるもんだな」

 ベルダは腕を組み直し、興味が移ったようにアンペアへ視線を戻した。

 

「で、"いいところのお嬢様"がどうしてあんな辺境の街にいたわけだ?」

 その言葉に、室内の空気がわずかに揺れた。

 

 アンペアは一瞬だけ視線を落とす。

 だが、すぐに戻した。

 

「....別に、理由が必要?」

 ベルダが机を軽く叩く。

 アンペアは一瞬視線を落としたが、すぐに持ち直した。

 

「必要に決まってるだろ! 戦場にいるお嬢様なんて、しかもあの対戦車砲を動かしたんだぞ!」

 ベルダが身を乗り出す。言葉が早くなって、息が荒い。

 アンペアは小さく息を吐いただけだった。

 

 そこへ、もう一つの声が落ちた。

「....ベルダ、少し静かにして欲しいかな」

 

 そこへ、奥の影から男がゆっくりと現れた。

 男はアンペアの正面に立ち、静かに彼女を見下ろした。

 感情の読めない目。

 

「久しぶり....と言うべきかな」

 その言葉に、アンペアが一瞬だけ眉を動かす。

「なんだ、知り合いか?」

 

 男は答えない。

 アンペアも、すぐには反応しなかった。

 ただ、視線だけが交差する。

 

「....何を言ってるの」

「いや、まぁ、そんな話はどうだっていい。もっと聞きたい事があるからね」

 男は机に置いていた手をゆっくりと組み直した。

 それだけの仕草なのに、先ほどまでとは違う圧力が滲む。

 

「クリエイト社の爆発....。君も知っているよね」

 アンペアは答えない。

 男は気にした様子もなく、淡々と続けた。

 

 一拍。

「被害はゲート関連施設に限られていた。....それなのに、君の会社は、なぜ本社であんな大損害を受けた?」

 アンペアの眉が、ほんの一瞬だけ動いた。

 男はそれを見逃さず、すぐに一歩下がった。

 

「ネザーでもない。通常の設備でもない...."その先に繋がるもの"」

「....知らない」

 アンペアの指が、ほんの一瞬だけ固まった。

「ふ~ん....そっか」

 男はその反応を逃さず、ゆっくりと一歩下がった。

 追及を自ら止める。

 その沈黙が、室内に重く落ちた。

 

 

 ——その瞬間を待っていたように、ベルダが舌打ちしながら割り込む。

「そんなことはどうでもいい!東の森の話だ!」

 ベルダが舌打ちとともに一気に距離を詰め、アンペアの目の前で屈み込んだ。

 張り詰めていた空気が、ベルダの怒鳴り声で砕け散る。

 

「単刀直入に聞く。ダークオークの森を、伐採したのは誰だ」

「....知っているわけないじゃない」

「いいや、違うな」

 ベルダは一歩だけ距離を詰めた。

 低く息を吸い込み、静かに口を開く。

 

「——水色の服

 ——藍色のジーンズ」

 

 言葉が、一つずつ刻まれるように落ちていく。

 ただの特徴の列挙なのに、妙にアンペアの頭の奥に引っかかった。

 

「別に、言ってくれるんだったら今すぐにでも放してもいいんだぞ?命が目的じゃ無いからな」

「知らない!私はただ——」

「ただ、何だ?」

 ベルダが即座に食い気味に返す。

 

「その"水色の男"を見たんだろ?しかも、ネザーゲートが出た日にだ」

「だから違うって——!」

「違うって言うなら簡単だ」

 ベルダはアンペアを見据える。

 

「ボス~、そんなに睨んでも逆効果じゃない?」

 横から、ムツキがくすくすと笑う。

 

「ムツキ....茶化さない」

 カヨコがため息をつく。

「あはは、ごめんね」

 ベルダは小さく舌打ちすると、もう一度アンペアへ視線を戻した。

 

「そいつが"何者なのか"、一言でいい。言えないなら——もう答えは出てる」

 ベルダが、地図の×を記している場所を指さす。

 街の、場所だ。

 

 男は小さく息を吐いた。

 地図の×印を一瞬だけ見て、視線を戻す。

 口元がわずかに歪んだ。笑ったわけじゃない。

 

「だから違う——」

 ——ドゴオオォォーーン!!

 照明が揺れ、電球が点滅する。

 

「なんだ!?」

 ベルダが反射的に顔を上げる。

「ベルダ様!」

 一人、肌が灰色の人物がベルダの前へ駆け寄った。

「山岳の方から、敵襲です!」

 

——————

 

 ——ドゴォォォン!!

 

 遠くで、空が破裂したみたいな音がした。

 次の瞬間、視界の端で何かが崩れる。

 

 廃工場の外壁。

 積み上げられていた土嚢と鉄柵が、一瞬で吹き飛んだ。

 遅れて、破片が雨みたいに降ってくる。

 

「うっわ....」

 思わず、声が漏れた。

 

 爆発じゃない。

 “砲撃”に近い。けど、それよりも速い。

 

「命中」

 ロッテンが望遠鏡を覗いたまま呟く。

「あー....あれは戦車も終わったね」

 オストーは隣のスティーブへ視線を向けた。

「スティーブ、もう一発頼む」

 シュ————....。

 ——ドゴォォォン!!

 

 今度は反対側の壁が、根こそぎ消し飛んだ。

 

「まさか、TNTそのものを撃ち出すとはな」

 ロッテンが、スティーブが操作している装置を見ながらそう言った。

 

 石材で組まれた土台。

 赤色の線が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、水が流れているだけ。

 その先には、水路の上へ置かれたTNT。

 

「こんな物まで作れるんですね....」

 ヒフミは、スティーブがレバーを操作する様子を食い入るように見つめた。

 

 レバーが下ろされるたび、

 赤石が赤く光り、

  ——ドゴォォォン!!

 

 後ろを振り返った。

 草の上には、小麦粉の付いた足跡が点々とあの工場に続いている。

「やつらが急いで逃げたか知らないが、おかげで助かった」

 

 壊れた工場の正門から、次々と武装した兵が飛び出してくる。

 外壁の陰、倉庫の裏、車庫――あちこちから人影が現れ、瞬く間に周囲が埋まっていく。

 

「....かなり出てきたな」

 オストーも望遠鏡を受け取り、小さく息を吐く。

「ざっと五十人前後。こっちの十倍はいるね」

「巣をつついた蜂みたいだな」

 

 ロッテンは数秒だけ敵を見続けた。

「敵の制圧は諦める。目的はアンペアの救出だ」

 短く、それだけ告げる。

 

「オストー。スティーブと一緒にTNTキャノンで砲撃を継続しろ。敵を正面へ釘付けにしてくれ」

「わかった、任せて」

「風紀委員は正面で援護。無理に押し込まなくていい。時間を稼げ」

 イオリがニヤリと笑う。

「あぁ、任せろ」

 後ろにいる風紀委員の子達も、頷いた。

 

 最後にロッテンはシロコと、自分、ヒフミを見渡した。

「シロコたち。潜入には慣れているか?」

「ん。一度、似たような状況はあった」

「そうか。どんな任務だ?」

「銀行強盗」

「....」

 

 その言葉を聞いて、思わず自分もシロコの顔を見た。

 迷いない、透き通った目。

 さぞかし当たり前かのように真っ直ぐロッテンを見て、どこか胸を張ってる感じがした。

 

 ロッテンの表情だって、固まった。

 

「ち、違います!」

 

 アヤネが慌てて前へ出てきた。

「それはその、特殊な事情がありまして....」

「....聞かなかったことにしようか」

 ロッテンは咳払いを一つした。

 

「潜入班の指揮はアヤネに任せる」

 アヤネは小さく息をのんで、力強く頷いた。

 

「アレックス、お前はシロコたちと一緒に裏から入れ」

「わかった」

「ヒフミも、一緒に行ってくれ」

「りょ、了解しました!」

 ロッテンは全員を見回した。

 その目は、一人ひとりの覚悟を確かめるようだった。

 

「敵を倒すなとは言わない。だが、戦うことが目的じゃない」

 

 一瞬の静寂。

 誰も口を開かない。

 

「アンペアを連れ帰れ。それだけだ」

「「了解!」」

 

 砲撃の音が一瞬だけ途切れた。

 短い静寂が落ちる。

 誰もが表情を引き締めて、わずかに息を潜めた——

 はずだった。

 

 

「潜入なら....」

 シロコがリュックを開き、水色の覆面を取り出した。

 一瞬だけ、誰も動かなかった。

 迷いなく、それを頭から被る。

 誰もが言葉を失った。

 

「....まさか、ここでも?」

 セリカが呆れたように呟く。

「潜入だから」

 シロコは至極真面目な顔で答えた。

 その一言で空気が完全に壊れた。

 セリカが諦めたように鞄から覆面を被り、アヤネとノノミも続く。

 ヒフミは別に『1』と書かれた紙袋を....。

 

「アレックスも、何か被って」

「....え、自分も....?」

 

 慌てて辺りを見回した。

 石。

 丸太。

 土。

 

「....」

 視線が、木の葉ブロックで止まる。

「これでいいか」

 ひょい、と頭に被った。

 

「アレックスさんも加わったから、バーションも2に上がりましたね」

「な、なんの話?」

 

 横を見ると、オストーが肩をすくめながら笑っている。

「せっかくだし、ここは決めポーズでもしたらどうかな?」

 オストーが横から茶々入れてきた。

 

「そうですね!」

 なんてこった、ノノミが乗っかっちゃった。

「ん、やろう」

「え、ちょ、今!?」

 返事を待つことなく、五人は一斉に身構える。

 

「「「「「覆面水着団、バージョン2!」」」」」

 五人が息ぴったりにポーズを決める。

 

「....」

 ロッテンは頭を抱えて、諦めに近いため息をついた。

 

 自分も葉っぱを被ったまま、仕方なくポーズを取る。

 あと、水着要素は一体どこ....。

 

 誰一人として笑っていない。

 全員、本気で決めポーズを取っている。

 ....大丈夫かな、この部隊。本気で心配になってきた。

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