ブルアカクラフト   作:蒼/ao

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15話(シロコ編):アンペア救出作戦②

 工場横の茂みに身を潜める。

 葉っぱの偽装は、悪くない。

 アレックスの頭の上でも、意外と機能していた。

 

 ——ドカァァァン!!!

 

 廃工場の壁が吹き飛んだ。

 爆風が押し寄せ、葉っぱがばさりと揺れる。

 

『今です』

 無線越しのアヤネの声。

 穴の開いた場所から、銃を持った灰色の兵が次々と飛び出していく。

 

『正面の守備が薄くなっています。このまま裏へ回れそうです』

「ん、ついてきて」

 身を低くしたまま走り出す。

 後ろで足音が続いた。

 

 裏側は静かだった。

 木箱とドラム缶。窓ガラスのほとんどは割れている。

 爆発の音だけが遠くから響く。

 

 錆びついた鉄の扉。

 取っ手を引く。

 動かない。

 押す。

 びくともしない。

 

「鍵が掛かってる」

「なら——」

 木のツルハシを構えた。

 

 カンッ。カンッ。

 乾いた音が、砲撃に紛れて小さく響く。

 ドアにひびが走る。

 

「もう少し」

 

 ガコンッ。

 ドアが内側へ崩れ落ちた。

 

 ツルハシを背中へ戻し、ライフルを構える。

「突入するよ」

 壁に身を寄せ、静かに滑り込んだ。

 

 セリカが反対側を確保する。

 ノノミが後方警戒、ヒフミが中央援護。

 アレックスが葉っぱを押さえながら、最後に続いた。

 

 工場の中は薄暗い。

 油の臭いと錆びた鉄の匂い。

 振動のたび、天井から埃が落ちてくる。

 

『足音、気を付けてください』

「ん、分かった」

 先頭で通路を進む。

 

『待ってください。前方、複数反応です』

 バタバタバタッ——。

 

「ちょっと待ってよ!隠れるところなんて....!」

「任せて!」

 アレックスがブロックを壁際に二段積み、斜めに一つ重ねた。

「これでいい!みんな入って!」

 

 アレックスが素早く土を取り出し、壁際に積み始めた。

 即座に判断して、その陰に身を滑り込ませる。

 セリカ、ヒフミ、ノノミも続いた。

 上から葉ブロックが被さり、簡易の壁が完成する。

 ....意外と悪くない隠れ方だ。

 

 息を止めた。

 灰色の兵士たちが、すぐ目の前を通り過ぎていく。

 

 

 

「急げ!正門が突破されるぞ!」

「援軍を回せ!」

 

 ブロックを積むだけで、隠れ場所になる。

 覚えておく。

 

 足音が遠ざかっていくまで、誰も動かなかった。

 アレックスがブロックを一つ回収しながら、小さく息を吐くのが見えた。

 ....この世界の人間は、本当に色んなことをする。

 

 角からそっと覗く。

「....ん、大丈夫」

 全員の銃口が下がっていない。それでいい。

 

 通路へ踏み出す。

 油で黒ずんだ床に、白い粉がところどころ残っていた。

 

「これ....」

 ヒフミがしゃがみ込み、小さく指差す。

「小麦粉、ですよね?」

 近づいて指先で触れる。さらりと崩れた。

 

 隠す気がないのか、誰も気づかなかったのか。

 どっちでもいい。助かることに変わりはない。

 

「アンペアさんはこの先に....」

 ノノミが呟く。

『そのまま追ってください』

 アヤネの声。

「分かった」

 跡を追い始める。

 

 誰もいない。

 正面に人手を取られたのか、工場の中は妙に静かだった。

 白い跡だけが、進む方向を示していた。

 

「止まって」

 右手を上げる。

 背後で、アレックスが危うくぶつかりそうになる気配。

 

 通路の突き当たり。

 鉄の扉が一枚。

 他の部屋より頑丈な造り。

 小麦粉の跡は、その扉の前で途切れていた。

 

「蹴破ってみる?」

 セリカが足を上げる。

 

「だめ」

 首を振る。

「音が大きい」

 銃をしまい、背中のツルハシを取り出す。

「こっち」

 

 カンッ、カンッ。

 ガコンッ。

 

「誰!?」

 聞き覚えのある声。

 

「アンペア!」

「....アレックスなの!?」

 椅子に縛り付けられたアンペアの目が見開かれる。

 

「今、助け——」

「だめ!」

 鋭い声。

『っ!気を付けて——』

「来ちゃだめ!」

 

 ヒュンッ。

 風を切る音。

 「危ない!」

 宙に向けて攻撃を放った。

 

 白い、小さな影。

 剣を握った半透明の、翼を持った何か。

 宙に浮いたまま、こちらを睨んでいる。

 

 銃口をその影から離さない。

 動きは不規則だが、完全にランダムというわけじゃない。

 一定の間隔で旋回し、攻撃の隙を狙っている。

 

 

「正面であれだけ騒げば、裏から来るに決まってるだろ」

 太い、威圧的な声。

 ——聞くのは、初めてじゃない。

 

「久しいな、君たち」

 工作機械の陰から、女が姿を現した。

 アンペアへ一瞬だけ目を向け、それからこちらを見渡す。

 

「ベルダ....!」

 アンペアがにらみつける。

「助けに来るとは思っていた」

 女は肩をすくめるように笑い、ゆっくり歩み寄ってくる。

「だが、正面であれだけ派手に暴れるとは予想外だったよ」

 薄い笑みが浮かぶ。

 

「さて、君たちは——」

 

 ——パンッ!

 

 引き金を引いた。

 弾丸はベルダの足元を逸れた。

 

「....最初に私を撃つ。その判断は嫌いじゃない」

 焦る様子も、怒る様子もない。

 まるで最初からこうなることを知っていたような余裕。

 

「....牽制も効かない」

 ベルダの視線が、宙に浮く生き物に流れた。

「ヴェックス、遊んでやれ」

 ヒュンッ。

 白い影が一斉に宙を滑るように飛び出した。

 

「っ!ちょっと我慢してよ!」

 アレックスが咄嗟にアンペアを椅子ごと抱え上げる。

「アレックス!?」

 

 ——ヒュンッ!

 

 鉄の剣がアレックスの頬をかすめた。

 赤い筋が一本、頬に滲む。

 

 物陰へ転がり込んだのを確認して、視線を戻す。

 銃口はヴェックスから離さない。

 

 弾丸は当たっているのに、完全に避けられているわけではない。

 すり抜ける直前の一瞬だけ、実体化している。

 そこを狙えば....。

 

「セリカ、右!」

「分かってる!」

 銃声が続く。

 

 ——パンッ、パンッ!

 

「すばしっこい....!」

「隠れてください!」

 ノノミとヒフミが工作機械の陰へ滑り込む。

 

「えっ!?」

 機械をすり抜け、剣を振り下ろした。

 

「きゃっ!」

 ヒフミの肩口が浅く裂ける。

「ヒフミさん!」

 ノノミの援護射撃で、白い影がまた壁の向こうへ消える。

 

「壁まですり抜けるの!?」

 セリカが舌打ちする。

「でも、弾はよけてる」

 壁から抜け出す一瞬だけを狙う。

 

 ——ヒュンッ!

「今!」

 ——パンッ!

 

 

 

 ——ドン。

 鈍い音。

 ヴェックスじゃない。

 

 弾丸が突き刺さった先は——。

 ベルダの胸だった。

 

 小さな赤い染みが広がる。

 ベルダは何も言わない。

 ゆっくりと膝をつき、床へ崩れ落ちる。

 

 小さな赤い染みが広がる。

 ベルダは何も言わない。

 ゆっくりと膝をつき、床へ崩れ落ちる。

 

 やけに、遅く見えた。

 

 銃を握る手に、力が入らない。

 

「....あっ」

 誰かが息をのんだ。

 それが自分の声だと、少し遅れて気づいた。

 

 

 ——パァンッ!

 光が弾け、木彫りの人形が砕け散る。

 

 ベルダが立ち上がる。

 崩れ落ちていく姿から、床に立つ姿へ。

 巻き戻るみたいだった。

 

 撃たれたはずの胸元に、指先を這わせた。

 傷はない。

 それを確かめてから、握った手を一度、強く握り直す。

 

「悪いな、死なないんだ」

「不死のトーテムまで....!」

 アンペアの声が聞こえてきた。

 

 機械の陰から、縄がこすれる音。

 布と縄が擦れ合う、もどかしい音が続いている。

「あと少し!」

 

「....だが、そろそろ遊びは終わりだ」

 ベルダの低い声。

 

「来い」

 ——ヒュンッ。

 ——ヒュンッ。

 ——ヒュンッ。

 

 機械の陰から。

 割れた窓から。

 天井の梁の隙間から。

 

「....まだいたの!?」

 セリカの声が震える。

 数えられるほどだったヴェックスが、みるみる増えていく。

 六体。

 九体。

 ——まだ増える。

 

「アヤネ」

『....はい』

「....まずそう」

『え!?どういうことですか!?』

「....囲まれた」

『....分かりました』

 

 目の前には、ヴェックスの群れ。

 逃げ場はない。

 

『砲撃支援を要請しました!十秒後に着弾します!』

 無線の向こうで慌ただしい指示。

『壁から離れてください。空いた穴から脱出を!』

 

「十秒....」

 

「時間を稼ぐ」

「了解!」

 ——パンッ、パンッ!

 セリカの弾が白い影を散らす。

 一体退けば、別の一体が飛び込んでくる。

 

「アレックス!」

「もう少し....!」

 縄はまだ解けない。

 

「数が多すぎます!」

 ノノミのミニガンが咆哮を上げる。

 連射音が工場を支配し、白い影がいくつか吹き飛ぶ。

 だが、壁や天井から新たな個体がまた湧いてくる。

 キリが無い....!

 

『残り五秒です!』

「あと一本....!」

 アレックスの声に力がこもる。

 

 ヒュンッ!

「シロコさん!」

 右から、上から、左から。

 

「まだ!」

 セリカの援護がヴェックスを押し返す。

 

『残り三秒!』

 

 ——ブチッ。

「取れた!」

 影の方から、アレックスの声。

 

「立てる!?」

「....走れる!」

 アンペアが赤く痺れた手首を握りしめ、膝に力を込めて立ち上がる。

 

『残り一秒!』

「伏せて!」

 

 ——ドォォォォォン!!

 

 工場全体が跳ね上がった。

 外壁が内側へ弾け飛び、コンクリート片と鉄骨が吹き荒れる。

 爆風が白い影をまとめて飲み込み、土煙が視界を真っ白に染めた。

 

「今!」

「走って!」

 

 煙をかき分けて外へ飛び出す。

 背後で工場の壁が崩れ、ヴェックスの羽音が爆音にかき消されていく。

 

「逃がすな!」

 

 煙の向こうから怒号。

 白い影が一斉に飛び出そうとした、その瞬間。

 

 ——ドォォォォォン!!

 

 爆炎が土砂と鉄骨を巻き上げ、追撃に出ようとしたヴェックスをまとめて飲み込む。

 

「まだ来ます!」

『砲撃継続!急いでください!』

 

 立ち止まる理由はない。

 全員で森へ向かって駆け出す。

 壊れた壁、フェンス、木々が後ろへ流れていく。

 

 振り返る回数は、数えていない。

 今はただ、前だけを見る。

 

 爆音が遠ざかっていく。

 白い影の羽音だけが、いつまでも耳の奥に残っていた。

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