ブルアカクラフト   作:蒼/ao

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16話:アンペア救出作戦③

 どれくらい走っただろう。

 工場の爆音が遠ざかり、ようやく足を止めた瞬間、全員がその場に膝をついた。

 

「はぁ....はぁ....」

 肺が焼ける。

 脚が鉛のように重い。

 それでも、誰も座り込もうとはしなかった。

 耳を澄ますと、自分の荒い呼吸と、心臓の鼓動しか聞こえない。

 

 背中が熱い。

 誰かにじっと見つめられているような、不快な視線が、服の上から肌に突き刺さる。

 ヒフミが木の幹に背中を預けながら、小声で呟いた。

「....まだ、来てる....気がします」

 

 セリカがゆっくりと周囲を旋回し、銃口を下ろさないまま言った。

「....追手は、いないわね」

 その言葉で、ようやく全員の肩から力が抜けた。

 だが、完全にではなかった。

 森の木々の間から、何かが自分たちを観察しているような——そんな生々しい気配が、まだ背後にまとわりついている。

 

「アヤネちゃん、アンペアを連れて撤退できたわよ」

『分かりました!こちらも撤退します!』

 無線越しの声に、少しだけ安堵が混じっていた。

 

「助かったんですね....」

 ヒフミが小さく呟く。

 

 その言葉を聞いて、ようやく実感が湧いてくる。

 目の前にいる。

 ちゃんと、生きている。

 

「アンペア....」

 名前を呼ぶと、彼女は少し困ったように顔を上げた。

 

「....来たんだ」

「当たり前でしょ!」

 セリカが、傷とすすだらけの姿でも決めポーズをした。

 

「アンペアさんが困っているなら、助けに行くのは当然です」

 ヒフミがそう言う。

「一人で抱え込まなくてもいいんですよ」

 ノノミも頷く。

 シロコは黙ったままアンペアを見る。

 

「....仲間だから」

 短い一言。

 でも、それで十分だった。

 

「....」

「それに.....」

 セリカは少しだけ照れくさそうに目を逸らした。

 

「街で、私たちのために色々頑張ってくれたでしょ」

 少しだけ間が空いた。

「工場の機械を一回壊しちゃった時もありましたけど、それでもアンペアさんは頑張って治しましたよね?」

「だから、その....今度はこっちの番だったってだけよ」

 

 みんな、覚えている。

 あの街で、アンペアが自分たちのために動いてくれたこと。

 危険な場所へ向かって、知らない相手のためにも手を差し伸べていたこと。

 

 アンペアは、小さく笑った。

 

「みんな....本当に....」

 うつむく。

 何かを言おうとして、でも言葉にならない。

 きっと、今までこんな風に言ってもらえることは、少なかったのかもしれない。

 

 

 

「....いい仲間を持ったね」

「っ!?」

 

 後ろから声——

 全員が一斉に振り返る。

 

 木々の間。

 そこに、いつからいたのか分からない男が立っていた。

 

「....敵?」

 シロコの指が、引き金にかかる。

「違うよ」

 男は首を横に振った。

 

「少なくとも、今ここで君たちと撃ち合うつもりはない」

「じゃあ、何しに来たんですか?」

 ヒフミが警戒しながら尋ねる。

 男は少しだけ視線を逸らした。

 

「確認したかっただけだよ」

「確認?」

「君が、何を知っているのか」

 その言葉に、アンペアが反応する。

「....」

 アンペアは何もしゃべらない。

 

「クリエイト社の事故。遺跡から発掘された特殊なゲート。そして....あの男」

「あの男....?」

「街のせいじゃないんだろうけど、近いうちに大規模な襲撃になる」

 その言葉に、空気が変わった。

 

「....何を言ってるの?」

 セリカが銃口を少し上げる。

 男は、それを見ても表情を変えなかった。

 

「僕は君たちに忠告をしに来ただけだ」

「予測?」

「うん」

 男は森の奥へ視線を向けた。

 

「ベルダは、森を壊した犯人を探している。そして、"水色の男を見た"」

 その言葉を聞いた瞬間だった。

 

「....」

 胸の奥に、小さな引っかかりが生まれる。

 水色の服。

 藍色のジーンズ。

 

 そんな人物を、自分は知っている。

 

 "スティーブ"。

 でも——

 

(なんで……)

 

 ネザーから訪れたあの島。

 ロッテンが不思議そうに呟いた。

 

——『こんなところにダークオーク?』

 

 あの時は、ただ珍しい木だと思った。

 でも今なら分かる。

 

 ダークオークの森を探している人たち。

 そこに植えられていた、同じ木。

 

「....隣の君は」

 男が、静かにこちらを見る。

「なにか、知っていそうだね」

「....」

 

 返す言葉が見つからなかった。

 

 スティーブのことを話すべきなのか。

 それとも、まだ何も分かっていないことを伝えるべきなのか。

 

 迷っている間にも、男は何かを察したように小さく息を吐いた。

 

「やっぱり、そうか」

「何が?」

 シロコが警戒したまま尋ねる。

 

「いや」

 男は首を横に振った。

「君たちが何を知っているのか、少し分かっただけだよ」

 一歩、森の奥へ視線を戻す。

 

「でも、今はそれを聞き出すつもりはない」

「え?」

「僕がここに来た理由は、確認だけじゃない。忠告だよ」

 

 その言葉だけが、妙に重く響いた。

 冗談を言っているようには見えない。

 でも、脅しているわけじゃない。

 

「次に彼女が動く時は、話し合いでは済まないと思う」

 風もないのに、木々がざわついた気がした。

「....最悪の場合、街を砂粒一つ残さないくらいにはね」

 誰も言葉を返せなかった。

 

「でも、ひとつだけ解決法がある」

「....どんなこと?」

 アンペアは警戒したまま問い返した。

 男は少しだけ目を細める。

「君が、逃げている問題と向き合うこと」

「....」

 男は淡々と続ける。

 

「技術者としては優秀なのに、"一番大事な相手"とは、まだ話せていないみたいだからね」

 アンペアの表情がわずかに揺れた。

「....何を言ってるの」

 男は答えなかった。

 ただ、アンペアの反応を見て、肩の力を抜くように息を吐いた。

 

「....じゃあ、僕はこの辺りで失礼するよ」

 そう言って、男はゆっくりと背を向ける。

 

「待って」

 思わず声をかけそうになった。

 聞きたいことはまだある。

 

 なぜスティーブを知っているのか。

 なぜ、そこまで先のことが分かるのか。

 

 でも、その前に――

「あぁ、あと」

 

 男が足を止める。

「次に会った時のために、僕の名前くらいは覚えておいてよ」

 振り返った男は、少しだけ笑った。

 

「スプレッド。君たちとは、また会う気がするから」

 それだけ言うと、男は森の奥へ歩き出した。

 呼び止める言葉が、喉まで出かかった。

 

 聞きたいことはまだ残っている。

 スティーブとの関係。

 クリエイト社の事故。

 そして、なぜ彼がそこまで知っているのか。

 

 でも——

 

 気づいた時には、もうその姿は木々の向こうへ消えていた。

 

「....変な人でしたね」

 ヒフミが小さく呟く。

 

「ん」

 シロコは森の奥を見つめたまま、短く答えた。

 

 警戒している。

 でも、敵を見る目とは少し違った。

 

 自分も、もう一度だけスプレッドが消えた方向を見る。

 

 不思議な人だった。

 敵なのか、味方なのか、最後まで分からなかった。

 

 ただ、一つだけ分かったことがある。

 あの人は、何かを知っている。

 

「....戻ろう」

 

 アンペアが小さく呟いた。

 その声には、さっきまでとは違う迷いがあった。

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