どれくらい歩いたのか。
もう、二人には分からなかった。
浮島を渡って。
塔を登って。
また別の浮島へ向かう。
その繰り返しだった。
話せる人はいない。
いるのは、時折こちらへ襲いかかってくる、黒く細長い紫のオーラを纏った人のような存在だけ。
どこへ行っても、似たような景色。
似たような塔。
似たような浮島。
何かを見つけるたびに期待して。
何も見つからないたびに、その期待を捨てて。
そうしているうちに、いつの間にか、諦めにも似た空気が漂っていた。
「....随分と歩いたね~」
ホシノが浮島の縁に腰を下ろし、後ろを振り返った。
その視線の先には、今まで歩いてきた島々がある。
遠くに見える白亜の島。
その上にそびえる、見慣れた塔。
どこまで来ても、同じだった。
「これまで、どれくらい歩いたのかしら」
「ん~....」
ホシノは少し考える。
「キヴォトス一周くらいはしたんじゃない?」
「....そんなに?」
「だって、ずっと歩いてるじゃん」
「....そうね」
ヒナは隣に腰を下ろす。
視線の先は、切り離されたかのような虚空が広がる空間。
光すらも、なにもかも見えない先。
風はない。
鳥もいない。
遠くから聞こえてくるのは、時折響く不気味な環境音だけ。
それすらも、もう聞き慣れてしまっていた。
「....帰れるのかしら」
ヒナはぽつりと、呟いた。
「さぁ?」
「そう....」
ホシノは空を見上げる。
漆黒の空。
星すらない。
「....」
何も答えなかった。
否定も、何も、言葉を発することもおっくうになった。
最初の頃なら、手掛かりを探していた。
けれど、これだけ歩いても何も見つからない。
どこへ行っても同じ景色が続く。
この世界には、自分たち以外に誰かがいるのかすら分からない。
「....でも」
ホシノが言葉を続ける。
「帰れないなら、帰れないでさ」
「....?」
「そのうち、帰り方が見つかるんじゃない?」
「....随分と楽観的ね」
「だって、そうじゃない?」
ホシノは笑った。
いつもの、少し眠そうな笑顔。
「ここまで来たんだから、あとちょっとくらい大丈夫でしょ」
「....あとちょっとって、どれくらいよ」
「どれくらいだろうね~」
「....」
ヒナは小さくため息をついた。
——パァァァン。
乾いた音が、虚空の向こうから響いた。
「....」
二人の顔が同時に上がった。
今まで、聞いたことのない音だった。
この世界で聞こえる、不気味な環境音とも違う。
黒い人影が動く時に聞こえる音とも違う。
もっと鋭くて。
もっと遠くまで響く、どこか馴染みのある音。
「今の、何?」
ヒナはゆっくりと立ち上がった。
しばらく待つ。
——パァァァン。
——ドォォォォン。
規則正しい音。さっきよりハッキリと聞こえる。
それに、なにかの爆発音も聞こえた。
音の先は、ただ、虚空が広がっている。
白亜の島もない。
塔もない。
何もない。
けれど——
——ゴォォォォン。
「....!」
今度は、明らかに大きな音だった。
遠くで何かがぶつかったような音。
そして、その直後。
低く、長い音が虚空の向こうへ消えていく。
風すらないはずなのに、髪がたなびいた。
「....誰か、戦ってる?」
「そうみたいだねぇ」
ホシノも同じ方向を見つめている。
何も見えない。
けれど、確かに聞こえる。
——誰かがいる。
この、何もないと思っていた世界のどこかで。
「....行ってみる?」
ホシノが言った。
ヒナは少しだけ考える。
そして。
「....ええ」
短く答えた。
ホシノが目を細める。
「珍しいね。ヒナちゃんから行くなんて」
「誰かが戦っているなら、放っておけないでしょう」
「そっかぁ」
ホシノは背負っていた翼を手に取った。
「じゃあ、これの出番だね」
「....それで飛ぶの?」
「うん。ほら、ヒナちゃんも被ってさ~」
ホシノがもう一つの翼を差し出す。
ヒナはそれを受け取った。
「....ちゃんと使えるでしょうね」
「大丈夫、大丈夫」
「あなたが言うと不安になるのよ」
「失礼だなぁ」
ホシノは笑う。
そして、浮島の縁へ歩いていく。
「....それじゃ、行こっか」
「ええ」
翼を広げた。
目の前には、何もない。
ただ、果ての見えない虚空が広がっている。
それでも。
今まで何度も見てきた、退屈な景色とは少しだけ違っていた。
あの音の向こうには、誰かがいる。
そう信じて、暗闇に飛び込んだ。