ブルアカクラフト   作:蒼/ao

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「あんたなんか大嫌い!」
 
 薄暗い工場の中で、自分が叫んでいる。
 レンガの壁に罵声が反響して、高い天井まで響き渡った。

 あの日——私はしびれを切らした。
 ずっと、喉元まで出かかっていた言葉だった。
 それなのに今更、何の意味があるんだろう。

 あの日の怒鳴り声だけが、今でも耳に残っている。
「アンペア?」
 声に、引き戻された。

「さっきから浮かない顔してるけど、どうしたの?」
「....なんでもない」
 アレックス。
 一昨日、海で溺れていたところを助けた。記憶をほとんど失っていて、素性も分からない。それでも、なぜかこの世界のことを少しずつ受け入れようとしている。

「疲れてるなら、休憩しよ?」
 シロコとセリカも、こちらを覗き込んでいる。
 キヴォトスとかいう場所から来たらしい。だけど、アレックスの反応的に別の世界だと思う。
 この2人はまだ子供っぽい。でも、シロコの方は昨夜のゾンビの一件を見る限り、肝は据わっている。

 困った時は——いつもあの人に頼っていた。
 こういう時、あの人ならどう動くんだろうと、つい考えてしまう。

 でも、もうそれはできない。
 あの日から、自分で決めると決めた。
 ——今は、私が前に立つしかない。


2話:辛うじて息をする街

「大丈夫だから、心配しないで」

「そう?」

 秘密基地を出てからアンペアは一度も顔を上げなかった。

 その大丈夫という声には、晴れない霧のような、重いため息が混じっている感じがした。

 夜明けと共に歩き始めて、四角い太陽はもう見上げる位置にまで登っている。

 

「かなり歩いたし、そろそろ休憩した方がいいかもよ?」

「いや、もう少しで着くから休憩はそこでしよう」

 背中に銃を背負った2人とは対象的に、自分は原始的な石の剣を背中に抱えながら歩く。

 アンペアに何度も休憩を促したけど、ずっと歩調は変わらない。

 見渡す限りの単調な木と草の景色ばかりが続いている

 それでも、迷いなく足を進めていた。

 

「....あ、見えてきたよ」

 霧の先、微かに見えた。

 鬱蒼とした森が途切れた先に、それはあった。

 風の吹き抜ける草原を一本の川が横切り、その先に架かる木造の橋。

 

「あれが....」

 思っていたよりはるかに大きい。両手を広げても視界に収まりきらない。

 さすが、街と言われるだけはあるような規模。

 石造りの壁で囲まれており、その守らんとする防壁の奥にいくつかの屋根と煙が見えた。

 

 だけど、期待していた光景とは程遠かった。

 街のその壁はところどころ崩れて、長い間放置されているのか草が残骸の間から顔を出している。

 そこから見える内部の風景は人の気配はあるものの、どこか静まり返った空気が漂っていた。

 生きている街....というよりは、辛うじて息をしている――。

 

「あんなところから食べ物なんか本当にもらえるの....?」

 セリカの不安そうな声が耳に届く。

 自分も同じ気持ちだ。

 この街は、到底、分け与える余裕があるようには見えない。

 

「大丈夫....行ってみよう」

 アンペアが先頭に立ち、橋を渡り始めた。

 木製の橋は所々が朽ちかけていて、足を踏み出すたびにミシミシと軋む音がする。

 

 門の前に着いた。

 ここも機能しているようには見えない。

 かつては上部から吊り下げて侵入者を阻んでいたであろう、太い鉄格子と木材で作られた頑丈な門。

 しかし今はその役目を終えたかのように、錆びついた鎖と朽ちた木材が中途半端な高さで無惨に絡まり合っていた。

 片方のワイヤーが切れているのか、巨大な格子は不安定に傾いたまま、風に吹かれるたびにガランガランと虚しい金属音を立てている。

 かつてここにあったであろう街の守りとしての誇りは微塵も感じられず、まるでここの命運そのもののように脆く見えた。

 

 門番のいない入り口を通り、街の中に入った。

 道中、ボロボロの服を着た街の人たちが、疲弊しきった表情で歩いているのを通り過ぎた。

 子供の姿もあったが、その瞳には年齢にそぐわない険しさが宿っていた。

 

 更に歩いていると、街の中心らしき場所に1つの少し大きな家が見えてきた。

 受付のような場所で、麦わら帽子を被った人がエプロンを着込んだ人に俵のような物を渡しているところだった。

 

「はぁ....今日はこんだけだ」

 麦わら帽子の男は、重そうに息を吐いた。

 その人は顔には他の人と同じ疲れがあったが、どこか、まだ"芯"が残っているような雰囲気を纏っていた。

「昨日よりかは....少し増えたね」

「運が良かっただけさ。これで、今日は子供に分け与えても余りができる」

 男の声には疲労が滲んでいた。それでも、どこか安堵の色も混じっている。

 私たちは顔を見合わせてから、受付に近づいた。

 

「あの....」

「....なんだ、見ない顔だな」

 受付の手前の人の顔つきが変わる。

 私たちを歓迎しているようではなさそうな感じだ。

 

「また漂流者ですか......」

 受付の男は、手元の帳面から目を上げることすらなく吐き捨てるように言った。

 ため息交じりのその声には歓迎の意など微塵もなく、ただ処理すべき厄介事がまた一つ増えたことへの隠しきれない倦怠感が混じっていた。

 「またって......?」

「最近君らみたいなやつらが多いんだよ。前来たのは長髪のやつだったか?」

「長髪のやつ?」

「名前が......確かノノミとかだったか」

「ノノミ....?もしかして、ノノミ先輩なの!?」

 

 セリカとシロコが名前を聞いて反応した。

「お前らの友達か?ここから少し先にある司書の家の前でなにかしていたな」

「ごめん2人とも。ちょっと、離れてもいい?」

「別にいいけど....」

「ん、ありがとう」

 

 2人は農民が指を指した方角へと向かっていった。

「....で、君たちはなんの用だ?」

 敵のような、厄介者として険しい目つきで私たちを睨みつけた。

 それは初対面の相手に向ける視線ではない。

 自分たちの乏しい分け前を横から奪いに来た略奪者のように、剥き出しの敵意に満ちたものだった。

 

「少し、食料を分けて欲しいんですけど....」

「....はぁ、無理だ」

「そこをなんとか....」

「なんとかだと?ふざけるなよ!」

 その男は突然怒鳴りだした。

「見て分からねえのか! 畑は枯れ果てて、種芋一つ残っちゃいねえ。子供らに食わせるパンを焼くのにどれだけの血を吐く思いをしてると思ってる!」

 

 男の怒声が、静まり返っていた広場に突き刺さる。歩いていた周りの人が足を止めて一斉にこちらを振り返った。

「え、エメラルドはあるので....」

「金なんて食えやしねえ! 腹を満たせるのはこの土から取れるものだけだ! 出ていけ、さもなきゃ力ずくで追い出してやる!」

 彼の手が立てかけてあった錆びついた鉄の斧を持ち、こちらに向けてくる。

 足が、動かなかった。斧の刃が、鈍く光っている。

 怒鳴り声よりも、その光の方が現実として頭に刺さってきた。逃げた方がいい。でも体が言うことを聞かない。

 

 周りの人は止めるどころか、静観するばかり。それも、まるで壊れた人形のように虚ろな目でただ目の前の出来事を網膜に映しているだけだった。そこには怒りも同情もなく、誰かが傷つくことすら枯れた大地を渡る風と同じくらい無意味な日常に成り果てているかのようだった。

 

「よさんか、ガレス」

 

 不意に背後から、低く枯れた声が響いた。

 振り返ると、そこには背中に大きな金床を担ぎ、袖をまくりながら歩いてくる老人がいた。

 人々が波が引くように道を開ける中、彼は深く被った帽子の下から悲しげな眼差しでこちらを見つめている。

 その歩みは重く、彼自身もまたこの飢えと戦う一員であることを物語っていた。

 

「っけ、長老かよ」

 ガレスは毒づきながらも渋々と斧を下ろした。

 長老と呼ばれた老人は、ゆっくりとした足取りで私たちの前まで進み出ると、深く溜息をついた。

「ウチの民がすまんな。だが、こやつも生きていくのに必死なんだ。分かってくれ」

「こちらこそ、すいません....。無理なお願いだってことは分かっているんですけど....」

 アンペアは消え入るような声で謝罪した。

 

「少しばかりの余裕はあると思う。ガレス、それをこの子らに分けてやってくれ。....それと、こやつらに何をさせればいい?」

「はぁ? っち、そうだな....」

 ガレスが忌々しげに顎で示した先、半壊したガレージの暗がりにさび付いた何かが骸骨のように鎮座していた。

「あれを直して見せたら、渡してもいいかもな」

「だが、あれは....」

「あぁ、昔のクリエイト(Create)社の機械なんだがな」

「だが、この街で作れる人はあんたの....」

 直せるはずがない。ここの誰しもが匙を投げたガラクタを、外から来た余所者にどうにかできるはずがない――と。

 そんな目で見てくる。

 

「意地悪せんと、もう少し簡単なものにしないか」

「うるせぇ!誰がこの街の食い物を作ってると思ってるんだ!」

 ガレスの怒声が広場を震わせた、その時だった。

 不意に、横から熱のようなものを感じて私はハッとして隣を見た。

 アンペアが、一歩前へ踏み出している。

 

「いいよ、その条件乗った」

 急いでもなく、怯えてもなく。ただ、静かに。

 横から短く、それだけ言った。

 

「聞こえなかった?そのガラクタを直してあげるって言ってるの」

「ば、馬鹿を言え。30年以上前の旧式だぞ。直せるわけがない」

「直せるかどうかは、こっちが決める」

 ガレスの剣幕を、アンペアは受け流した。怒鳴り返すわけでも、謝るわけでもない。

 ただ、真っ直ぐガレスを見ている。

「食料を恵んでもらいに来たわけじゃない。対価を払うって言ってる」

 一歩、踏み出す。

 その足に迷いがなかった。

「明日には動かす。それで約束は守ってもらえる?」

 静かな声だった。怒りでも虚勢でもない。

 ただ、できると分かっているから言っている——そういう声だった。

 ガレスは口を開きかけて、閉じた。 アンペアの目を見て、もう一度閉じた。

 

「....好きにしろ」

 吐き捨てるように言って、踵を返す。受付の男が気まずそうに視線を逸らした。

「アンペア、その....機械の修理、本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫」

 振り返らずに答える。

「ウチ、社にいたことあるから、大丈夫」

 それだけ言って、ガレージの方へ歩き出した。

 崩れかけた瓦礫の山に向かいながら、立ち止まって振り返る。

 

「ただ、まぁ少しは手伝って欲しいかな。アレックスは、"クラフト"もできるみたいだし」

 押しつけがましくもなく、突き放すわけでもない。

 ただ、やるべきことを整理した声だった。

 アンペアはすぐに前を向いて、ガレージに向かった。

 入り口で立ち止まり、ポケットから金色のゴーグルを取り出して頭に付けた。それだけで、さっきまでとは少し違う顔になった気がした。

「さ~て....こいつをどうしようかね....」

 さび付いた鉄くずの前で、アンペアは腰に手を置いた。

 

――――――

 

「ノノミ先輩!」

 

 石造りの古い家の前。使い古された羊毛の山に腰掛け、子供たちに囲まれていた少女が顔を上げた。

 陽だまりのような金髪が揺れ、セリカとシロコを見つけるなりその表情がパッと華やぐ。

 角張った姿でも、彼女の容姿は分かりやすかった。

「セリカちゃんに....シロコちゃん?」

「よかったぁ....無事だったのね。もう会えないかと思ってた」

 セリカが安堵のため息をついた。

 駆け寄るセリカの肩をノノミは柔らかく受け止める。

 その動作一つに、ここが荒廃した場所であることを忘れさせるような、穏やかな空気が流れた。

「お二人も無事でなによりです~」

「ところで、ノノミ先輩はなにをしていたの?」

「この街の子供達とお話をしていました」

 

 ノノミが微笑むと、警戒心の強そうだった子供たちが名残惜しそうに彼女の袖を離して家の中へ戻っていく。

 その手には、半分に割られたベイクドポテトが大事そうに握られていた。

「ここのみなさん、いつも暗い顔ばかりしていたのでなにか役に立てられないかなと思いまして」

「そうだったのね」

「ところで、アヤネちゃんとホシノ先輩は?一緒にいられないのですか?」

 

 その言葉に、セリカは視線を足元の丸石の地面へと落とし、シロコは横に首を振った。

 落ちる影は一瞬。

 だが、ノノミはすぐに毅然とした。それでいて包み込むような笑顔を取り戻し、四角い太陽が輝く空を仰いだ。

「ですが、お二人ともこうしてまた会えたんですから、いつか会えると思いますよ」

「....ん。ホシノ先輩なら、砂漠のど真ん中でも寝てそう」

「もう、シロコ先輩ったら」

 

 三人が四角い太陽を見上げた。

 四角い太陽は頂点を過ぎ、西へとわずかにその身を傾け始めている。

 他のみんなも、この太陽に照らされているかもしれない。

 アヤネも。ホシノ先輩も。まだ見つかっていない誰かも。

 この世界のどこかで、生きているかもしれない。

 

 雲ひとつない青空はどこまでも高く、世界の理が違えど自分たちを照らす光だけは変わらない。

 そんな、ちょっとエモーショナルな静寂を破ったのは、ぐぅぅぅ、という情けない音だった。

「....あ」

 

 セリカが、真っ赤になってぺたんとお腹を押さえる。

 シロコとノノミの視線が、一斉に彼女の制服のお腹へと集中した。

「そう言えば、お昼になってからなにも食べてなかったね」

「....っ! な、なによその目は!」

 セリカは跳ねるように一歩下がり、自分のお腹を両手でガードした。耳の先まで真っ赤に染め、シロコのジト目から逃れるように視線を泳がせる。

 

「私は別に、今のはただの....そう、空気が鳴っただけ! ほら、この世界って四角いから、変な音の反響とかあるのよきっと!」

 無理がある。

 自分でも分かっているのか、セリカはあからさまに大きな身振りで街の中心部を指し示した。

 

「そ、それより アンペアさんたちよ! ほら、そろそろあっちも交渉が終わって、美味しい食べ物....じゃなくて、食料とか分けてもらえてる頃じゃない!? ね、そうよね!?」

 詰め寄るような勢いで、セリカは鼻息荒く二人を促す。

 まるで自分は空腹ではないと言い張るような足取りで、セリカは逃げるように歩き出した。

 

「ふふふ、姿かたちがどれだけ四角くなっても、セリカちゃんはやっぱりセリカちゃんのままみたいで安心しました」

「ん。....そうだね」

「じゃあ、私たちは行きますね。....これ、内緒ですよ?」

 唇に人差し指を立ててウィンクし、建物の影に隠れてしまった子供に手を振る。

 子供たちが名残惜しそうに振る小さな四角い手に、ノノミも柔らかく手を振り返しながらセリカを追うように歩き出した。

 

――――――

 

 ガレージの前には人だかりができていた。人たちが遠巻きにこのガレージを囲んで、首を伸ばして中を覗き込んでくる。

「あ〜もう、スレッジまみれでまともに解体すらできないんだけど....。アレックス、そこにあるレンチ取って」

「あ、分かった」

 薄暗いガレージの中、火花こそ散っていないものの金属が激しくぶつかり合う音と、苛立ちを隠さないアンペアの独り言が響いていた。

 舌打ちをしながら、ガンッガンッと乱暴な音がこの機械の下から聞こえてくる。

 さび付いたよくわからない機械。見ただけだと、くず鉄の集まりにしか見えない。でも、アンペアはこの錆の本来の姿が見えているのか、手が止まることはなかった。

 

「あと、これ」

 アンペアから、なにかを渡された。鉄くずのような物と、石とはちょっと違う模様の入ったなにか。

「これを....どうするの?」

「ギュッって押し込んで」

「え?」

「とにかくやって、それの部品が必要なの」

 なにを言っているのか分からない。

 車体の下から、手だけが出てきて早くするよう急かすように振られた。

「細かいことはいいから、言われた通りに!」

「わ、分かった」

 言われたとおりに、鉄塊と石をぐっとこの手で押し込む。ねじ込むような感じで、形が違うのに、なぜかぴたりと収まる感触がした。

 手元を見ると、ネズミ色の豆腐のような物ができた。

「できたら、それを渡してちょうだい」

 出してきた手に、できたその豆腐を渡す。カチン、と小気味よい音が響いた。

 それからしばらく、ガンッガンッという音が続いた。

 

「えっと....。アンペアさんたち、なにをしているの?」

 外の方から、声が聞こえた。セリカの声だ。

「あ、君たらもう戻ってきたの?」

 ズルリ、と油汚れで黒ずんだ作業着のアンペアが機械の下から這い出してきた。

 顔に黒い筋をつけ、巨大なレンチを握りしめながら、忌々しげに前髪を跳ね上げる。

「『食料を分けて欲しかったら、このガラクタを修理しろ』って言われたから、仕方なく直しているところ」

「私はアンペアの手伝い」

「な、なるほど....」

 セリカの困惑した声をよそ目に、足元にあった円柱のような角張った部品を取るやいなや、すぐに残骸の下へ滑り込んだ。顔を上げることなく手元のボルトを力任せに回す。

 そんな中、シロコも人混みから出てきて、その隣にもう一人いた。

 視線が合う。薄い黄色の長髪で、シロコと同じ服を着ている。セリカが「ノノミ先輩」と呼んでいたのを思い出した。

「アレックスさんですね。ノノミといいます、よろしくお願いします~」

 柔らかい笑顔だった。この街に来てから、こんな顔で話しかけてくれた人は初めてかもしれない。

 

「久しぶりだな」

「何がだ?」

「誰かが、この街のために動いてくれてるのを見るのは」

 街人たちの視線は機械の下に潜り込むアンペアへ向いていた。

 

 シロコはガレージの方を一度見た。それから、周囲を見渡した。

 崩れた家。

 痩せた子供。

 俯いたまま歩く大人たち。

 どれも、放っておけばもっと悪くなる。

 

「....見てられない」

 その視線の先では、痩せた子供たちが修理作業を見守っていた。

「まぁ、別に同情とかじゃないけど!」

 セリカはそっぽを向く。

「アンペアさん一人に押し付けるのも気分悪いし」

「うふふ。それじゃあ、私たちもお手伝いしましょうか〜」

 そうと決まってからの三人の行動は早かった。

 シロコは崩れた防壁の瓦礫を軽々と運び出し、セリカは広場の清掃や簡単な修繕に加わった。

 ノノミは持ち前の明るさで来る人たちに声をかけ、沈みきっていた広場の空気を少しずつ解きほぐしていく。

 

 作業の合間、一人の痩せこけた老婆が、ガレージに入ってきて震える手で小さな籠を差し出してきた。中には、薄く切られた乾燥したパンのようなものと、濁った水が入った瓶が一つ。

「旅の方....。こんなものしかなくて申し訳ないが、食べておくれ。あんたたちが来てから、この街に久しぶりに音が戻ってきたんだ」

 一瞬、手を引きかけた。自分はレンチを渡しただけだ。瓦礫を運んだわけでも、人に声をかけたわけでもない。もらっていいのか分からなかった。

 でも、老婆の目を見たら、断れなかった。

「....ありがとう」

 

 一口かじったパンは驚くほど硬くて味もなかった。

 けれど、喉を通るその温かさは、どんな甘いスイーツよりも胸に深く染み渡った。

 

 ガラクタの方を見ると、アンペアはまだ機械の下に潜り込んだまま、ガンッガンッという音を響かせていた。

 そのはみ出ている足の方から、小さく舌打ちが聞こえる。

「....なんだ、予定よりかなり早く終わりそうね」

 その声に、迷いがなかった。

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