ブルアカクラフト   作:蒼/ao

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3-1話:果ての世界

 真っ暗な空。大地を覆い尽くすかのような漆黒の空間に、星はない。

 だが、ここは完全な暗闇ではなかった。地平線の先――この世界には存在しないはずの果て――が、不気味に淡く発光している。

 

 浮遊する白亜の角張った島々。不規則に生える紫色の植物。

 そして、その隙間を闊歩する、背の高い影。

 

「う~ん....」

 

 くたびれた白衣と、その下から覗くセーラー服。

 ゆるく結った桃色の髪が、重力を無視して漂う紫の粒子の中で静かに揺れている。

 小鳥遊ホシノ。

 彼女は無造作に頭をかき、周囲を見渡した。

 

「....寝違えちゃったかな?」

 

 ふと、自分の手に目が落ちた。

 四角い。指も、手首も、腕も——全部、ブロックのような形をしている。周りに浮かんでいる白亜の島と、同じような形に。

 ホシノは少しの間それを眺めて、それから特に気にした様子もなく視線を上げた。

 

 視界の先には、人という原型を留めながらも、到底人間とは形容しがたい存在がいた。体長の二倍はある細長い手足。全身から立ち上る紫色の粒子をまとってそこら中を闊歩している。

 ふと、目が合った。

 細長い影がぴたりと動きを止める。

 

 まずい——本能的にそう感じた瞬間、ホシノの手が腰元に伸びた。

 ない。銃がない。

 影がゆっくりと口を開け、体を向ける。あの長い腕が、持ち上がり始めた。

 

 ——パンッ。

 

 乾いた銃声が、虚空に響いた。

 影が揺らいで、紫の粒子を散らしながら消えていく。

 

「うほぉ~、誰かと思ったら~」

 

 制服の裾を揺らしながら歩いてくるのは、見慣れた顔だった。

 形こそ違うが、白髪をきっちりと整え、銃を構えたまま周囲を警戒している。その肩から腕にかけて、紫がかった光の粒子がふわりと漂い——やがて、溶けるように消えていった。

 

「小鳥遊ホシノ....」

「風紀委員の委員長さんがまさかこんな所にいるとはね~」

「....ここはどこか分かる?」

「残念だけど、おじさんにはさっぱりだよ」

 

 ヒナはホシノを睨みつける。だが、その瞳に嘘はない。ホシノもまた、状況を把握し、あぐねているようだ。

 

「ここがあの世ってところなのかもねぇ~」

「ふざけないで」

「はいは~い」

 

 ホシノは肩をすくめ、浮遊する大陸と小島を眺める。不気味な植物と、紫のオーラを纏う異形の影。どれをとっても、常識の外側にある光景だった。

 

「....ところで、あなた。銃は?」

 

 ヒナの問いかけに、ホシノは腰元に手をやる。当然、そこにあるはずの愛銃は存在しない。

 

「それがね~、腰に付けていたんだけど、どこかに行っちゃってさ~」

「....」

「物忘れが激しくなっちゃって、おじさんもうダメだよ~」

 

 ヒナは溜息をつき、静かに影のほうを向いた。

 

「それにしても、ここは何というか~....。まるで、滅んだ世界みたいだね」

「ここにいる人みたいなやつらは、目を合わせると襲いかかってくるわよ」

「うへ~大変だ~」

 

 ホシノは両手を頭の後ろで組んで、のんびりと空を仰いだ。

 星のない、果てのない黒。それでもホシノは、まるで公園のベンチにでも座っているような顔をしていた。

 

「ところで、委員長さんはどうやってここが分かったの?」

 

 ヒナはポケットから、こけのような色合いのボールの様な球体を取り出した。

 

「あの生き物が消えた時に、光る石みたいなものを落としていったから、それを拾って投げたら、気づいたらここにいた」

「へぇ~、変わったやつだね~」

「ホシノ以外に誰かいないの?」

「いやぁ、起きたばっかりだからな~んもわかんないや」

「今は少し安全な場所に移動しましょう。もしかしたら、話せる人がいるかもしれない」

 

 二人は並んで歩き始めた。

 足音だけが、この静かすぎる世界に響く。

 浮島と浮島の間には、底の見えない暗闇が広がっている。落ちたら終わりだと分かっていても、ホシノの歩調はどこかのんびりしていた。

 ヒナは何も言わず、ただ前を見ている。

 星のない空の下、二人の影だけが、果てのない世界に伸びていった。

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